シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の冬は寒さが厳しく、積もる、凍るの日が多め。そんな中、土曜の昼前にお邪魔してみた元老寺の辺りもやはり寒さの真っただ中です。日蔭には融け残った雪がありますし、まだ空からはチラチラと白いものが舞い…。こんな所で外にいるのは間違いなく無茶というヤツで。
「寒すぎだってば! 頼んで中に入ろうよ!」
山門前に集合だなんて、とジョミー君が言い出しましたが、待ち合わせ場所は山門前。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来ていない以上、先に入るのはマズそうです。路線バスで来た私たちと違って、あちらはタクシーのお迎えですけど…。
「でも寒いですよ、本当に風邪を引きそうです」
大袈裟に震えて見せるシロエ君に、サム君が。
「シロエは柔道部で鍛えてる分、マシじゃねえかよ。寒稽古だと思っておけよ」
「ぼくたちの部にはありません! 教頭先生の方針でですね、真冬の川に入るような鍛錬よりかは練習あるのみって御指導ですから!」
ひたすら技を磨くんです、とシロエ君が反論を始めた所で黒塗りのタクシーが御到着。降りてきた会長さんはコートに手袋、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もマフラーまで巻いてバッチリ防寒スタイルです。
「やあ。今日も冷えるね」
「かみお~ん♪ キース、遅れるみたいだよ?」
時間どおりに着かないみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そ、そんな…。そんな殺生な…! 元老寺の山門前に居並ぶ面子は一人欠員が出ています。姿が無いのは元老寺の副住職であるキース君。数日前から学校を休んで本山の行事でお出掛けなのを出迎えに来たわけですが…。
「お、遅れるってどのくらいだよ?」
サム君の問いに、会長さんは。
「さあ…。璃慕恩院での法要と解散式は予定通りに終わったんだけど、熱意溢れる青年会の面々だからさ、市内を回ってくるようだ。果たして帰りは何時になるやら…。下手をすると夕方になっちゃうかもね」
「それまでに俺たちが凍るじゃねえかよ!」
寒すぎだって、というサム君の悲鳴は誇張なんかではありません。今日の予報は最高気温が4℃ですから、山沿いの元老寺だと更に低めの2℃前後。風もあるだけに体感気温はマイナスの世界で、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」並みに着込んでいたって効果のほどは甚だ疑問で。
「うーん…。だけどキースは頑張ってるしね、この寒い中を」
「修行なんかと一緒にしないで下さいよ!」
ぼくたち一般人なんです、とシロエ君が叫べば、会長さんは。
「念仏行脚は修行じゃないよ? 宗祖様の遺徳を偲んで、世界平和を祈念しながらお念仏の声を世に届けるという行事。今年で何回目になるんだっけか、キースは初の参加だけどさ」
それも終盤の辺りだけ、と聞けばキース君がズルをしているように響きますけど、念仏行脚は一ヶ月近くかけて六百キロを踏破するもの。初参加で全行程を歩くというのは無茶なのだそうで。
「まあ、キースは頑張って歩いたよ、うん。オマケの市内行脚について行けるのも日頃の鍛錬の賜物だろうね」
「で、でもですね、ぼくたちは突っ立っているだけですから寒いんですよ!」
「じゃあ、その辺を走ってきたまえ。一気に身体が温まるから」
「マツカ先輩とぼくはともかく、他の皆さんが風邪を引きます!」
キース先輩はいつ戻るんですか、と詰め寄るシロエ君と会長さんが揉めかけていると。
「銀青様、お出迎えが遅れて誠に申し訳ございません。この寒い中でお待たせするとは、いや、大変な失礼を…」
どうぞ皆さんも庫裏の方へ、とアドス和尚が現れました。やったぁ、暖房の効いたお部屋が待っていますよ、もしかしたら食事もついているかも?
「せがれがメールを寄越しましてな、まだ遅くなると…。それならそうと早めに電話を入れればいいものを」
メールなんぞは気付きませんわい、とアドス和尚。本堂で昼前のお勤めをしていたそうで、イライザさんの方も宿坊の昼食時間でパタパタと。その間に入ったメールがスル―されても至極当然な状況です。もっとも、そのせいで私たちは山門前で無駄に凍えたわけですけども。
「ごめんなさいね、寒かったでしょう? キースが戻って来ていませんから、御馳走は後になりますけれど…。温かいものでも召し上がれ」
イライザさんが作ってくれた鍋焼きウドンに私たちは大歓声。まだグツグツと煮えている出汁から立ち昇る湯気が嬉しいです。寒風の中を念仏行脚なキース君には悪い気もしますが、一足お先に頂きまーす!
「おっと、その前にお念仏だよ。はい、みんなで声を揃えて十回」
まずは合掌、と会長さんに言われてしまって、食事の前にお念仏を。キース君も今頃は…。
「そうさ、ひたすら南無阿弥陀仏。念仏行脚はキツイんだよねえ、自然な呼吸が出来ないから」
「「「は?」」」
「南無阿弥陀仏と唱えてごらんよ、息継ぎに適していそうかい?」
えーっと…。ナムアミダブツ、いえ、ナムアミダブ? 息は出てゆく一方です。
「じゃあ、連続で大きな声で南無阿弥陀仏。何処まで息が続くだろうね?」
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
あぁぁ、息継ぎポイントが無い!? サム君は上手く続けたものの、私たちは七回目くらいでギブアップ。南無阿弥陀仏の大合唱はブツッと途切れてハァーッと息を吸い込む音が。
「ほらね、論より証拠ってね。座禅の宗派が托鉢する時はさ、途切れなく大声を出しているけど唱える中身が大違い! あっちは『法』って繰り返すだけだし、自然に息を継げるんだ。でも念仏行脚はそうはいかない」
南無阿弥陀仏を繰り返しながら歩き続けるのは苦行なのだ、と会長さんは教えてくれました。他の宗派のお坊さんが趣旨に賛同して参加したりするとビックリすることも多いのだそうで。
「ぼくたちの宗派は修行が楽だと言われてるから、他から参加しても楽勝だろうと思うようだよ。ところがどっこい、南無阿弥陀仏を唱える内に彼岸が見えそうになるらしい。…それほど厳しいヤツだからねえ、キースのお出迎えに来たってわけさ」
「先輩、帰って来ませんよ? 延長戦に出てるんですよね?」
大丈夫でしょうか、と心配そうなシロエ君。お先に温まってしまっていても良かったのかな、と後ろめたい気持ちになってきましたが…。
「問題ない、ない! 念仏行脚でバテてるようでは副住職は務まらないよ。ランナーズハイに近いかな? 達成感に燃えつつ元老寺まで南無阿弥陀仏で歩いて戻って来るつもり」
ゆっくり待とう、と会長さんが予言したとおり、キース君の帰りは数時間後になりました。そろそろ戻って来るというので庫裏から出たのに、今度は御町内一周の念仏行脚に行ってしまったらしく。
「おっせえなぁ…。今、どの辺だよ?」
サム君が両手に息を吐きかけ、会長さんが。
「向こうに見えてる木の辺りだね。最後に裏山の墓地を一周しようと決めたようだし、そっちの方で待っていようか。お堂で風を凌げるよ」
「あそこも暖房、無いけどね…」
壁があるだけマシだけどさ、とジョミー君。私たちは墓地の入口に近いお堂を目指して歩き始めましたが、妙な音が聞こえてくるような…。ガーガー、ガチャガチャ、ガコン、ガコン。音は次第に近くなってきて、道の脇にある竹藪の奥からガコン、ガコンと。
「…工事中かよ?」
シャベルカーだぜ、とサム君が指差す先ではシャベルカーが竹藪の土を掬っていました。ガーガー、ガチャガチャ、ガコン、ガコン。クルンクルンと回転しては土を掬って、ドシャーッと捨てて…。掬って捨ててって、どんな工事?
「ああ、そうか…。シーズンだっけね」
会長さんには作業の意味がしっかり掴めているようでした。もしやアレって整地なのかな、あの辺にお堂を増築するとか?
「それで張り付いて見ていたのか…」
何が起こったのかと思ったぜ、と墨染の衣のキース君が笑っています。朋輩と別れた後も一人で念仏行脚を続けて、最終目的地の墓地へ向かう途中で私たちを発見したわけで。しかし念仏行脚を中断するのは意に反する、と墓地を回ってからもお念仏を唱えながら元老寺に入り、御本尊様に御報告を。庫裏に戻っていた私たちと合流したのはその後です。
「だってさ、あんなの知らなかったし!」
初めて見たんだ、とジョミー君。
「タケノコってさぁ、放っておいても採れそうだから…。春に山へ行けば生えてるしさ」
「ウチのは貸しているからなぁ…」
出荷するなら手入れは必須、とキース君が返したとおり、竹藪で作業していたシャベルカーはタケノコ農家の持ち物でした。正確に言えば専業農家が扱う品物の一つがタケノコ。元老寺の辺りは特に土の質が良いらしくって、美味しいタケノコが採れるとか。
「ああやって土を被せておくとだ、より柔らかいヤツになる。作業はけっこう大変だがな」
「ぼくも説明しておいたんだよ、シャベルカーが出回るまでは鍬を使っていたんだからね、って」
便利な時代になったよね、と会長さん。それでも竹藪の土を掘り起こしては被せる作業は大変な上に、鍬の時代には無かった危険が伴うようになったのだそうで。
「大量の土が要るっていうのは君たちも見ていて分かっただろう? 竹藪の中に小規模な崖が出来ちゃうほどにさ」
「ええ、二メートル近くありましたよね」
シロエ君が頷き、私たちも作業現場を思い返して頷きました。土を掬っては被せる作業を年々繰り返してゆく間に竹藪に段差が出来るのです。会長さん曰く、作業に夢中になっている内に後方不注意でシャベルカーごと段差から転落という事故が、ごくたまに。
「あれくらいの段差、身一つだったら落っこちたって大した怪我はしないんだ。打ちどころが悪かった場合は別だけど…。でもね、シャベルカーごと落ちてしまうと下敷きになって死亡事故とか」
「「「………」」」
それは怖い、と背筋にサーッと冷たいものが。タケノコ農家は命懸けか、と思わず尊敬しそうです。注意していれば平気とはいえ、人間、やっぱりウッカリ失敗するわけで。
「そういった事故で命を落とした人も含めて、誰もがお浄土に行けますようにと俺はお念仏をお唱えしてきたんだが…。流石にキツイな」
全行程はとても無理だ、とキース君は呻いていますが、本音はそうではないでしょう。年々参加区間を延ばして最終的には六百キロを踏破する日が訪れるんじゃあ?
「…ああ、いつかはと思ってはいるが…。一ヶ月も学校を休むというのが引っ掛かる。そうだな、サムとジョミーが修行に入ったら考えるか」
二人とも一年は欠席だしな、と僧侶養成コースへの入学をチラつかされてジョミー君がササーッと壁際に退避。いいんですかねえ、お鍋が煮えてきましたが…。
「ジョミー先輩、棄権ですか?」
「戻ってこねえと俺たちで全部食っちまうぜ?」
シロエ君とサム君にからかわれたジョミー君、大慌てで席に戻って来たため「坊主より食い気」と嘲り笑われてしまっても。
「食欲ってヤツも煩悩だよね? ぼくは坊主に向かないっていう証明だもんね!」
好きなだけ食べて食べまくる、と具材をたっぷり掬ってガツガツ。逃げを打つための言い訳に『煩悩』なんて言葉が出てくる辺りが抹香臭い気もするんですけど……お坊さんに近付いている気がするんですけど、黙っておいてあげるのが友情でしょうね。
大いに盛り上がったキース君の念仏行脚の慰労会。歩き始めた日は酷い疲労に悩まされたというキース君もランナーズハイが去った後の疲れは寝込む程でもないらしく。
「この調子だと一晩寝ればスッキリしそうだ。…流石に今は眠いがな」
「かみお~ん♪ だったら明日は遊びに行こうよ、雪遊びしたくなっちゃった!」
うんと大きなカマクラを作って遊びたいな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。それは楽しいかもしれません。この冬は雪が多いですから、山奥に行けば雪がたっぷりある筈で…。
「それならいい場所がありますよ」
笑みを浮かべたのはマツカ君。
「アルテメシア市営の山の家っていうのがあるでしょう? あれの近くに父の土地があるんです。雪の無い季節は近所の乗馬クラブに貸してますけど、冬の間は雪だらけですよ」
行くならマイクロバスも手配します、という提案に私たちは大賛成で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大喜び。よーし、明日は早起きして雪遊びをしにお出掛けです。念仏行脚の御帰還待ちで凍えた不満は何処へやら。待たされるのと遊びに行くのとは月とスッポン、寒さなんかは気にしませんって!
そして翌朝、アルテメシアは雪模様。この冬何度目の積雪なんだか、五センチほどは積もっています。マツカ君の家の土地がある辺りは豪雪地帯らしいですから窓の外を眺めてドキドキワクワク。早く迎えのマイクロバスが来ないかな、とエンジン音に耳を澄ましていると。
『……ごめん……』
会長さんの思念が届きました。えっ、今日のお出掛け、ドタキャンですか? 山の家の方へ向かう道路が通行止めになったとか? ジョミー君たちのガックリ思念も感じましたが。
『…中止じゃなくって、ぼくの力不足。…ごめん、面子が二人ほど増える…』
『『『!!!』』』
ゲゲッ、という思念が誰からともなく上がり、やがて家の前に止まったマイクロバスの中にはダウンジャケットを着込んだソルジャー夫妻が座っています。どうしてこういう展開に~!
「…ごめん、ホントにどうにもならなくってさ…」
出掛けようとしたら来ちゃったんだ、と謝りまくる会長さん。最後に回った元老寺でキース君を乗せ、バスは一路山奥へと向かってゆきます。
「ブルーは言い出したら聞かないタイプだし、情報操作はお手の物だし…。このバスの運転手さんも君たちの御両親たちも、まるで疑っていないだろ?」
それは確かにそうでした。パパもママも「行ってらっしゃい」と手を振っただけで、運転手さんだって何も気にしていません。ソルジャーとキャプテンはアッサリ溶け込んでいるわけで。
「いいじゃないか、別に。…雪遊びくらい、混ぜてくれても」
カマクラ作りは初めてなんだ、とソルジャーは期待に満ち溢れていて、キャプテンも腕が鳴るそうです。あちらの世界のシャングリラ号が今の姿になるよりも前、アルタミラ脱出直後の時代は立派な体格にモノを言わせて力仕事をしていたのだとか。
「雪はけっこう重いですから、力仕事ならお前の出番だとブルーに呼ばれたのですよ。日曜は会議も無いですし」
「この図体は活かさなくっちゃね、ベッドの中だけじゃ勿体ないよ」
「その先、禁止!!」
窓から放り出されたいのか、と会長さんに叩き付けられたイエローカードをソルジャーはパシッと受け止めて。
「運転手さんに聞こえちゃうから夜の時間の話はしないさ、ハーレイがヘタレちゃったら困るしね。力仕事が待ってるんだよ、パワー全開でいて貰わなきゃ」
夜のパワーはカマクラが出来た後でたっぷり充電、と言われましても…。どうやって充電するつもりだか、と胡乱な目でソルジャーを見てみれば。
「ん? 自家発電とかを想像してる? そんな不毛なことはしないよ、それくらいなら御奉仕あるのみ! だからね、食べて美味しいものは…」
「退場!!!」
今すぐバスの中から出て行け、と会長さんはレッドカードをソルジャーに投げ付けたのですが。
「残念だけど、退場するのは君の方かな? 誰がハーレイのを食べると言った? 食べて美味しい今日の昼食、牡丹鍋で充電バッチリってね」
「「「牡丹鍋?」」」
「あれっ、君たちは聞いていなかったんだ? 昼御飯はカマクラの中で牡丹鍋だよ、車の後ろに積み込んである」
ほら、とソルジャーが示したものはクーラーボックス。隣の段ボールには野菜がたっぷり詰め込まれていて、お鍋やコンロも乗っているとか。
「牡丹鍋は精力がつくらしいんだよ、カマクラ作りで消耗したって充電した上にパワーアップも出来そうだろう? もう食べるのが楽しみでさ」
思い切り遊んで熱い夜、と熱弁を振るうソルジャーが乱入してきた真の目的は牡丹鍋かもしれません。カマクラ作りはきっとついでだ、と誰もが溜息を禁じ得ないままバスは雪深い山奥へ。凄いカマクラは作れそうですが、複雑な気分がしてきましたよ…。
マツカ君が提供してくれた土地は乗馬クラブに貸すだけあって素晴らしい広さで一面の雪。小さな獣や鳥の足跡の他に踏み跡は無く、雪遊びには持ってこいです。
「よーし、カマクラ、頑張るぞ!」
鍋をやっても融けないヤツ、とジョミー君が先頭に立って飛び出してゆき、私たちも続いて雪の中へと。でも、カマクラってどう作るのかな?
「ダメダメ、それじゃ融けるよりも前に壊れるってば」
「えっ?」
会長さんに声を掛けられたジョミー君は雪のブロックを製作中。それを積み上げていけば出来上がりそうに思えますけど、違うんでしょうか?
「そのやり方でも頑丈なのは作れるけどねえ、君のブロックは小さすぎ! 鍋をやるなら壁の厚さは三十センチは欲しいんだよ」
「「「三十センチ?」」」
なんという厚み、と驚きましたが目標は五十センチだそうです。そんなモノ、いったいどうすれば…。
「まずは中心を決めないと。でもって円形をこう描いて…。はい、円内の雪を踏み固める!」
全員で踏めば楽勝だ、と指示されて雪を踏み、しっかり圧雪。カマクラ作りは此処からが本番だとかで、全員がシャベルを持たされて。
「いいかい、カマボコ状に雪を積むんだよ。フワフワの雪だと崩れちゃうから、積む度にしっかり圧雪すること! 充分な高さに積み上がったら、入口を決めて中を刳り抜けば完成ってわけ」
「「「………」」」
会長さんが描いた円は半端なサイズではありませんでした。十一人が揃って入って鍋をやるためのカマクラですから巨大カマクラというヤツです。これだけの範囲に雪を積み上げ、しかもガッチリ固めろだなんて…。
「…会長、高さは一メートルくらいでいいんですか?」
シロエ君がおずおずと訊けば、会長さんは。
「壁の厚みはいくら欲しいと言ったっけ? 一メートルだと中で鍋どころじゃないと思うよ、最低でも二メートルくらいは要るだろうねえ」
「「「に、二メートル…」」」
死ねる、と思ったのは私だけではなさそうです。キャプテンに頑張って貰ったとしても人力だけでは絶対に無理。ここはソルジャーのサイオンという反則技に頼るしかない、と縋るような視線で毎度トラブルメーカーな人を皆で見詰めてみたのですけど。
「…うーん…。力加減が掴めないんだよ、雪遊びなんてこっちの世界に来た時にしかしないしねえ…。三十センチ、ううん、五十センチほど地道に積み上げてみたら後は何とか出来るかも…」
力加減が大切なのだ、と話すソルジャーはサボリ精神で言っているわけではないらしく。
「失敗しちゃったら一気に融けるとか、思いっ切り透明な氷になるとか…。それじゃカマクラにならないだろう? とにかく頑張って積んでみようよ、ぼくが加減を掴むまでさ」
「そうですね。及ばずながら私も努力しましょう」
キャプテンがシャベルを握ってザックザックと雪を積み上げ、シャベルで叩いて更に踏み固めて。雪はアッという間にペシャンコになり、先行きの長さを思わせます。でも二メートルまで雪を積み上げないとカマクラは出来ず、牡丹鍋だって食べられず…。
「ほら、君たちも手伝って! 途中からはぼくが何とかするから」
「「「…はーい…」」」
エライことになった、と後悔したって今更どうにもなりません。一人用のカマクラに逃亡しようにも、作る過程を考えてみれば共同作業で巨大カマクラの方が楽というもの。ザックザックと雪を積んでは踏んで固めて、踏んでは固めて。
「おい、加減ってヤツはまだ掴めないのか?」
疲れて来たぞ、と念仏行脚明けのキース君が尋ねましたが、ソルジャーの答えは否でした。そりゃそうでしょう、雪の高さはまだ十センチそこそこです。カマクラ作りのプロフェッショナルっぽい会長さんなら力加減も分かるのでしょうが……って、そうだ、ソレですよ!
「本当だ…。ぼくとしたことがウッカリしてた」
ブルーにまんまと騙されてたよ、とソルジャーが呻き、私たちは会長さんを睨み付けようとしたのですけど。
「「「あれっ?」」」
天に昇ったか地に潜ったか、会長さんの姿は何処にも見えません。カマクラ作りの言い出しっぺの「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいないのです。
「…逃げられたとか?」
ジョミー君がキョロキョロと見回し、スウェナちゃんが。
「マイクロバスの中かしら? 乗馬クラブの駐車場に行っちゃったのよね、見えないけれど」
「ぶるぅが食材を運んでいたのは見たんですけど…」
そこから後は知りません、とマツカ君。牡丹鍋用の食材は鍋などと一緒にシートを掛けられ、道路脇に。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はマイクロバスで逃げたのでしょうか? 美味しい所だけ持っていく気か、と思わず殺意が芽生えた時。
「「「!!?」」」
ドルルルン、と背後で響いた重低音。振り返った先にはルルルルルル…とエンジンの回転数を徐々に上げてゆくシャベルカーというヤツが在ったのでした。
ドルルルルル……と唸りを上げて近付いてくるシャベルカーは何処から見てもプロ仕様。二人乗りの座席に座って銀色の髪を靡かせている会長さんと、黄色いヘルメットの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。
「な、何なのさ、アレ…」
口をパクパクとさせているソルジャーに、キース君が。
「シャベルカーだな、こう来たか…」
ウチの竹藪で見ていた時からその気だったか、と額を押さえるキース君や私たちの目の前でシャベルカーは大量の雪をシャベルに掬い上げながらやって来ます。
「どいて、どいてーっ!」
「総員、退避ーーーっ!!!」
ハンドルを握る「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「どいて」と叫ばれ、会長さんに退避と念を押されるまでもなく四方八方に逃げた私たち。シャベルカーが運んで来た雪がドスンと放り出され、巨大シャベルの一撃と重量でガッツリ圧雪されました。
「「「………」」」
声も出せない私たちを他所にシャベルカーはルルルルル…と雪面をバックし、他の場所から雪を運んでドッサリと。ドルルル、ガッチャン、ガッコン、ガッコン。みるみる雪の山が出来てゆきます。一メートルを軽く超え、二メートルを超え、充分すぎる高さに積み上がると。
「かみお~ん♪」
ズゴッと雪山に突っ込まれたシャベルが雪を刳り抜き、ルルルルル…と下がってシャベルの雪を脇へとポイッ。ガコンと抉ってポイポイ捨てて。
「わぁーい、カマクラ、出来ちゃったー!!!」
「お疲れさま、ぶるぅ」
思った以上に早く出来たね、と笑顔で高い運転席からヒョイと飛び下りる会長さん。黄色いヘルメットの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャベルカーでルルルルル…と遠ざかってゆきます。なんとも凄すぎるカマクラ作りでしたけど……って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」って無免許なのでは!?
「あ、あんた…! ぶるぅに何をやらせているんだ、無免許だろうが!」
キース君に怒鳴り付けられた会長さんは。
「私有地内で走る分には大特は要らない筈だけど?」
「「「…ダイトク?」」」
「大型特殊免許だよ。通称、大特。…私有地内では不要だからねえ、子供向けの遊戯施設もあったりするんだ。シャベルカーを運転できますよ、というのが売りの」
「嘘をつくな、嘘を!!!」
キース君の叫びは私たちの思いと同じでしたが、そこへヒョコリと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ブルー、シャベルカー、返しておいたよ!」
「「「えぇっ!?」」」
まさか公道を走ってきたのか、とビックリ仰天の私たち。いくらなんでもマズ過ぎでは…、と会長さんをジト目で見れば。
「違うよ、ぶるぅが返した先はマザー農場の車庫だってば! ぼくと一緒に借りてきたけど、返す時には挨拶なんかは必要無いって言ってたからねえ、瞬間移動でヒョイッとさ」
後の整備も農場の皆さんにお任せだ、とニッコリ微笑む会長さんの隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張っています。ヘルメットもちゃんとマザー農場に返したそうで。
「楽しかったぁ~! シャベルカーランドより面白かったよ、あそこ、カマクラ作れないしね」
「「「…シャベルカーランド!?」」」
会長さんが口にしていた遊戯施設は実在しました。アルテメシアの南の方のタケノコ農家が兼業でやっているのです。二歳以上から受け入れ可能でシャベルカーの操作を習う事が出来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も何度か遊びに行ったとか…。
「それでね、こないだテレビで見たの! シャベルカーでカマクラ作ってたの! 楽しそうだなぁって思っていたら、昨日、竹藪で見ちゃったから…」
ぼくも作りたくなったんだ、と得意げな「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシャベルカー魂に火を点けたのは元老寺で見かけた竹藪を手入れする光景でした。会長さんは危険と背中合わせの作業だと教えてくれましたけれど、シャベルカーランドもタケノコ農家がやっているなら真相は…?
「基本はやっぱり危ない乗り物なんだと思うよ、シャベルカーは」
小さな頃から馴染んでいても、と牡丹鍋をつつく会長さん。人力で作っていたなら完成不可能だったかもしれない巨大カマクラは立派に出来上がり、中はポカポカしています。
「その一瞬が命取りとか言うだろう? 油断してたらミスをする。崖から落ちて下敷きとかの事故は自分の力で防がないとね」
「かみお~ん♪ シャベルカーランドでも他所見してたら叱られるもんね!」
注意一秒怪我一生、と口を揃える会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。子供がシャベルカーでカマクラ作りという有り得ない光景を見てしまいましたが、今日は平和に終わりそうです。あのソルジャーですらも流石に度肝を抜かれたらしくて、何もやらかさずに今に至っているわけですし…。
「なるほど、注意一秒怪我一生ねえ…。ぼくの場合は怪我じゃ済まない世界だけどね」
注意していても襲ってくるのが人類側、と言われてみればそうでした。ソルジャーやキャプテンがいくら努力してもSD体制とやらが存在する限り、常に危険が伴うのです。
「シャベルカーはさ、危ない道具でも遊びに使って問題なし! その点、人類側の兵器ときたら…。こっちの世界とは危険のレベルが違いすぎるんだよ、ぼくとハーレイの世界はね。…だから日々、思い残しの無いように! 遊べる時にはしっかり遊ぶ!」
でもってガッツリ大人の時間、とソルジャーは牡丹鍋に自分のお箸を突っ込んで。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「あ、ありがとうございます…」
美味しいですね、とイノシシのお肉を噛み締めるキャプテンに次から次へと食べさせるソルジャー。こ、この流れはもしかしなくても…。
「ん? 決まってるだろう、牡丹鍋でしっかりパワー充填、目指せヌカロク! カマクラはシャベルカーが作ってくれたし、さほど消耗してない筈だよ。ねえ、ハーレイ?」
「ええ。…今夜も満足させてみせます」
「そうこなくっちゃ! シャベルカー並みの馬力で来てよね、ズッコン、ズッコン、バコバコバコ…とさ」
「「「???」」」
ソルジャーが何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。ヌカロクは昔から謎ですけれども、ズッコン、ズッコン、バコバコバコって…? 私たちは顔を見合わせ、会長さんが。
「そういう作業は君たちの世界でやりたまえ! 燃料供給もそっちでやる!!」
「分かってないねえ、大きな車は燃費が良くないのがお約束だろ? ハーレイのこの図体だよ? フルパワーを目指すなら精力増強、補給し放題のこっちの世界が最高だってば」
牡丹鍋を沢山食べさせなくちゃ、とソルジャーはカマクラにドッカリ腰を据えてしまって、用意されていたイノシシ肉のかなりの量がキャプテンの胃袋に消えました。ソルジャー曰く、キャプテンは素晴らしいパワーを秘めたシャベルカーに変身しそうだとのことで。
「今夜は壊れちゃうかもね、ぼくは。…ハーレイ、それでもいいから頑張って」
「…よろしいのですか? 明日は朝から会議の予定が」
「壊れちゃったと言っておいてよ、ゼルたちにはさ。運転ミスで崖から落ちまして…ってね」
ハーレイ印のシャベルカーを運転していて事故りました、とソルジャーは可笑しそうに笑っています。キャプテンは「それはちょっと…」と真っ赤になりつつ、まんざらでもない表情で。
「では、あなたを下敷きにしてしまわないよう、慎重に動かせて頂きますよ」
「ゆっくり焦らしてくれるのかい? それもいいねえ、ぼくだけ何度もイカされちゃうのも素敵かも…。ズコズコバッコンも燃えるけれども、エンジンの唸りを感じる時間も味わい深いし」
ドルルルルンでルルルルル…、とシャベルカーのエンジン音を真似るソルジャーがキャプテンに求めているのは何でしょう? ズッコンバコバコがシャベルカーを動かす音だとすると…。
「ふふ、君たちには分からないかな? ズッコンバコバコするためにはねえ、まずはハーレイの大切な」
「退場!!!」
もう充分に食べただろう、と会長さんの怒声がカマクラに響き、「まだ足りない」と言い返すソルジャー。ハーレイ印のシャベルカーとやらは燃費が悪いみたいです。私たちの分のお肉も譲った方がいいのでしょうか? とはいえ、パワーの出過ぎでソルジャーが壊れちゃっても大変ですし…。
「かまわないってば、ああいう車はパワーが命! 君たちの分の肉もよろしく」
今夜は青の間でシャベルカーと一緒に突貫工事、とブチ上げるソルジャーと照れるキャプテン。そっか、突貫工事だったら燃料は多めでいかないと…。キャプテン、お肉は差し上げますからフルパワーで頑張って下さいね。イノシシのお肉でパワー全開、ズッコンズッコンバコバコですよ~!
雪舞う季節に・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回のお話に出て来た 「2歳から遊べるシャベルカーランド」 は実在している施設です。
そして来たる11月8日でシャングリラ学園番外編は連載開始からなんと5周年!
ここまで来られたのも皆様のお蔭です、感謝の気持ちで今月は2回更新にさせて頂きます。
次回は 「第3月曜」 11月18日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
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こちらでの場外編、11月は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の七五三だそうですが…。
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