シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
暑い、暑いと愚痴りたくなる残暑が去って、ようやく秋が訪れました。シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でゆったりのんびり、話題もあちこち飛びまくりです。
「サボッて旅行に行っちゃおうか?」
平日はグンと安くなるしね、とジョミー君が言い出せば、誰かがグルメだと混ぜ返して。
「ですね、食欲の秋ですよ」
シロエ君が俄然乗り気で、会長さんも。
「マザー農場に行くのもいいねえ、ぼくたちは入場料も要らないし…。ジンギスカンの食べ放題とか、バーベキューも特別割引だしね」
「かみお~ん♪ 楽しそう! サボらなくても土曜日とか!」
行きたいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は秋の食材を挙げ始めました。サツマイモにニンジン、ブロッコリーにカリフラワー…。果物だったら葡萄に梨に、リンゴなんかも。どんな料理が作れるかなども楽しそうに話してくれます。
「ぶるぅなら貰い放題だよな、それ全部?」
サム君は涎が垂れそうな顔。私たちと違って会長さんの家での朝のお勤めに出ていますから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る朝食も食べられる立場がサム君です。新鮮な食材で朝から御馳走、食べたいに違いありません。
「なあ、マザー農場、行ってみねえか? 土曜か日曜」
サム君の提案に私たちは一斉に頷きました。旅行もいいですが、急に思い立って出掛けるんなら断然、近場。まずはマザー農場で食べ放題の採り放題から始めよう、ということになったのですけど。
「…すまん、俺は今回、無理そうだ」
「「「えっ?」」」
そういえばキース君は首を縦には振らなかったかも。法事が入っているのでしょうか?
「あ、ああ…。まあ、そういうことだし、みんなで思い切り楽しんできてくれ」
「なんか悪いなぁ、あそこじゃ土産も特にねえしな」
食べたら無くなるものばかり、と申し訳なさそうなサム君に、会長さんが。
「大丈夫。貰って来た食材は美味しいお菓子に化けるしね。食材の方もその内にパーティーすればいいわけだけどさ、その前に…。キース」
「なんだ?」
「土曜日の法事は元老寺かい、それとも檀家さんの家?」
「あ、いや…」
即答を避けたキース君。普段だったらサラッと返事が来るような…?
「ふうん? 珍しいねえ、ホテルとか? そういうのも最近、多いよね」
「…まあな」
「で、土曜日は大安吉日、と。披露宴の隣の広間で法事ってケース、ある意味、キツイね」
「………。あんた、何か言いたい事でもあるっていうのか?」
胡乱な目をするキース君に、会長さんは涼しい顔で。
「ううん、披露宴と法事が隣合わせっていうのはホテルのセンスを疑うなぁ、と思ってさ。いくら入退場の時間をズラして対応したって、どうしても分かってしまうじゃないか。何々家御席と書いただけではバレなくっても服装で即バレ」
片や晴れ着でもう一方は喪服の集団、と溜息をつく会長さん。つい最近も「そるじゃぁ・ぶるぅ」と出掛けたホテルで両者の組み合わせを見たのだそうで。
「ロビーラウンジでコーヒーを飲んでいたらね、引き出物を提げて賑やかなお客さんたちが入って来たんだ。ぶるぅと見ながら結婚式だね、と言ってる所へ今度は喪服の団体様が」
「「「………」」」
それは嬉しくなさそうです。引き出物な人たちは思いっ切り沈黙、喪服の人たちもバツが悪そうだと思ったのですが。
「甘いね、引き出物組の方はともかく、法事組は遠慮してないよ。ドカドカッと座って注文してさ、後は賑やかに笑いも交えてお喋りってね」
「「「ええっ?」」」
喪服で笑いはあんまりでは、と誰かが言えば、割り込んで来たのはキース君。
「分かっていないな、お前たちは。通夜とか葬式の後の席でも賑やかに飲み食いするものだ。まして法事の後となったら、もう完全に宴会だぞ? その流れでラウンジに突入するのは二次会感覚というヤツだな」
「まさにキースの言うとおり! ほろ酔い気分で御機嫌だから、晴れ着の団体様への気遣いも遠慮も吹っ飛んでるよ」
だからフロアを分けるべき、というのが会長さんの見解です。二次会の席がぶつからないよう完璧にあれこれ調整してこそ本物のサービスというものだとか。
「…それで、キースは今度の土曜日、何処のホテルへ?」
「ホテルじゃないっ!!!」
ダンッ! とキース君がテーブルを叩き、お皿の上のフォークやカップがガチャンと音を立てました。な、なんでそこまで怒るわけ? 檀家さんの家か元老寺の本堂で法事なだけでしょ?
「なんだ、ホテルじゃなかったんだ? てっきりそうかと」
何事も無かったかのように会長さんが紅茶を啜れば、キース君は。
「やかましい! まだそこまでも行ってないのに、横からベラベラ言いやがって!」
「「「は?」」」
今度こそ話が見えません。法事の会場が決まらなくって揉めてるのでしょうか、家でやるのか、お寺か、ホテルか。大安吉日のホテルだったら早めに押さえておかなきゃですし、場所は確保してあるんでしょうけど…。
「これはデリケートな問題なんだ! いいか、結婚というヤツは」
「「「結婚!?」」」
そっか、法事じゃなくって婚礼でしたか。大学の先輩とか同期とかのに呼ばれたのかな、と納得しかけた私たちですが、そこへすかさず会長さんが。
「言葉を間違えちゃいけないねえ。…結婚式じゃないだろう?」
「悪かったな! そうだ、俺は土曜日は婚活だ!!」
「「「こ、婚活…???」」」
あまりにも予想外な単語に誰もがポカンとしています。婚活って……それ、キース君が?
「おいおい、マジかよ、お前が婚活?」
どうする気なんだ、と最初に立ち直ったサム君が声をかければ、キース君は憮然として。
「頼まれたものは仕方ないだろう! 先輩の人生と村おこしまでが懸かっているんだ、ここで逃げたら男がすたる」
「「「…村おこし?」」」
さっき婚活と耳にしたような、と頻りに首を捻っていると。
「キース、説明は丁寧にね? でないと助っ人が呼べないよ」
ぼくたちも力になれそうだけど、とニッコリ笑う会長さん。キース君は苦虫を噛み潰したような顔でコーヒーが半分入ったカップをじっと睨み付けていましたが…。
「……この際、背に腹は代えられんか…。こいつらが来れば一気に八人……」
よし、と何かを決意したらしいキース君が鞄の中から取り出したものはチラシでした。『大自然の中で遊びませんか?』の文字が躍っています。えーっと、これのどの辺が婚活ですか? どう見てもファミリー向けですよ?
「お前たちに渡すならチラシはコレだ。…で、こっちがだな…」
巷でバラ撒いているヤツだ、と差し出されたチラシに書かれた文字は『村コン開催!』。何かのコンテストみたいですけど、いわゆる合コンとかと同義語だそうで。
「一時期、流行った街コンってヤツを知ってるか? 街の活性化と婚活を組み合わせたヤツで、グループ単位で参加して貰って飲食店とかを回って貰う」
「知らないよ?」
そういうイベントは範疇外、とジョミー君が答え、私たちも同じ。合コンだったら知ってますけど…。いえ、誰も出た事はないんですけどね。
「やっぱり知らんか…。そっち方面は俺もサッパリなんだが、先輩はよく知ってるようでな。出会いの場ってヤツを気軽に作れて、街の飲食店なども潤うってことで流行った時代があるらしい。それに目を付けて村おこしとセットで婚活なんだ」
「それ、どっちかに絞ればいいんじゃないの?」
ジョミー君の意見はもっともでしたが、どうやらそうではないらしく。
「ド田舎だからな、まずはとにかく村おこし! 更に婚活も出来れば一石二鳥、というスタンスだ。家族で遊びに来た人たちには週末別荘などから始めて、あわよくばいずれ移住も…とな」
「とにかく賑わえばいいわけなんだよ」
会長さんがチラシを手に取り、検分しながら。
「キースも賑やかしで招集されたのさ。お寺も会場になるからねえ…。境内や本堂を休憩場所に開放する上に餅つきとバウムクーヘン作りらしいよ」
ほらね、と指差された箇所にはお寺の場所を示すマップと「みんなでおやつ」という文字が。そこそこ若いお坊さんの顔写真も載っています。
「この人がキースの先輩で村コンの発案者。…そして切実に花嫁募集中、と」
「「「はぁ?」」」
公私混同とか言いませんか、それ? 主催者側が婚活中っていうのは…。けれどキース君は「違う」と一言キッパリと。
「寺の後継者問題というのは田舎では非常に重要なんだ。今の住職がいなくなっても、本山から新しい住職を派遣する。この寺は檀家さんの数も多いし、希望者は大勢いるだろう。しかし檀家さんの考えは違う。…代々御世話になってきた住職の直系の跡取りを是非、と願うわけだ」
「そうなんだよね。いくらいい人でも地域に縁もゆかりもない人が来るより、先祖代々ここで住職をしております、という人の方がいいだろう?」
田舎はそういう気持ちが強い、と会長さん。キース君の先輩のお寺もその例に漏れないらしくって。
「だからさ、副住職のお嫁さんを募集ついでに村おこしとなれば大いに協力してくれるんだよ。たとえ今回いい人が見つからなくても、二回目、三回目とやるんじゃないかな」
「ああ、既に話は出ているようだ。檀家さんの方でも村コンは大歓迎らしい。嫁さんや入り婿募集ってケースが多いようだぞ」
ついでに移住組も欲しいんだよな、とキース君。ド田舎だけに過疎化するより活性化ということらしいです…。
村おこしも村コンも人数を集められてこそ。現時点でも参加者はそこそこあるそうですけど、コネもバンバン使ってなんぼ。キース君と一緒に招集されたお坊さん仲間は人集めも頑張っていたらしく。
「…未婚の檀家さんを連れて行きますとか、色々と…な。だが、俺はその手の人脈が無くて…」
なにしろ自分がコレだから、と自分の顔を指差すキース君。
「俺と似たような年の独身の檀家さんは大勢いるが、この顔で声を掛けてもなぁ…。ポストにチラシを入れに行っても嫌味なのかと思われかねん。俺は婚活とは明らかに無縁だ」
「「「あー…」」」
それは分かる、と同情しきりな私たち。実年齢よりも遙かに若過ぎる上に現役で高校一年生をやり続けているキース君が村コンのチラシを配りに行ったら怒鳴られそうです。下手をすると次に月参りでお邪魔した時、お茶もお菓子も出てこないかも…。
「だろう? 仕方ないから村おこしバージョンのチラシを軒並み配ったんだが、当然のように申し込みは直接あっちに行くからな。俺の顔で集めました、と胸を張っては言えないんだ。他の連中はグループ参加で何人です、とか報告を上げてきてるのに…。こうなったら俺もコネで行く!」
お前たちだ、とキース君はファミリー向けのチラシを私たちに向かって突き付けて。
「いいな、村おこし活動に参加しろ! どうせブルーはそのつもりと見た」
「察しがいいねえ、マザー農場はいつでも行けるしね? 参加費用はどうしようかな…」
「あっ、良かったらぼくが出しますよ」
マツカ君が名乗り出た時です。
「プラス二人で。…でもって、費用は喜んで出しそうな人がいるけど?」
「「「!!?」」」
いきなり聞こえた嫌というほど馴染んだ声。バッと振り返った先で翻ったのは紫色のマントでした。
「ぼくとハーレイも参加したいな、その村コン! 夫婦者でも歓迎なんだろ?」
「…そ、それは……。週末別荘とか移住を検討している場合で…!」
あんたのケースは当てはまらない、と青ざめるキース君。しかしソルジャーは村おこしバージョンのチラシをチェックし、その文言は何処にも無いと指摘して。
「週末別荘にしても移住にしても、村を気に入って貰わないとねえ? 一度で即決するわけがないし、ひやかしも歓迎ぽいっけど? 参加費用さえ払ってくれれば」
「う、うう……。それは……まあ……」
「じゃあ、プラス二人。いや、三人だね、スポンサーも入れて」
「エロドクターか!?」
あいつは呼ぶな、とキース君が絶叫しましたが、ソルジャーは。
「誰がノルディを呼ぶって言った? 婚活だったら畑違いだよ、そっちはお似合いの人がいるだろ」
「「「???」」」
誰のことだか分かりません。ソルジャーのお財布係はドクター・ノルディの筈ですが…?
「分かってないねえ、ハーレイだってば、こっちのハーレイ! ブルーが婚活に出掛けると聞けば黙っていないと思うけど?」
「ぼくが行くのは村コンじゃなくて村おこし!!」
「でもさ、現地でやることは基本、おんなじだよね? 婚活を意識しないで田舎ライフって書いてある。その中で運良く出会いがあったらお楽しみ、って」
ソルジャーが言うとおり、チラシにはそう書かれていました。村でのイベントはグループ単位であればどれでも参加OKです。餅つきもバウムクーヘン作りもファミリーでも良し、独身も良し。もちろん私たちみたいな高校生の団体だって。
「というわけで、参加費用も大人と中学生以下とで違うだけだ。君たちが村おこし感覚で参加してても、ブルーに目を付ける村コン組がゼロとは言えない」
「え、えっと…。そういうのは多分、無い…んじゃないかな……」
婚活だけに、と会長さんは返しましたが、ソルジャーは。
「そこは謎だよ、村の人との出会いだとしても婿候補とかさ。でなきゃ普通に女性目当てで参加した人がフラフラッと君に惹かれたり…とかね。リスクは完全にゼロではないかと」
論より証拠、とソルジャーが思念に切り替えて。
『ハーレイ? 今ね、ぶるぅの部屋に遊びに来てるんだけど…。ブルーが婚活に行くらしいよ?』
『なんですって!?』
教頭先生は即レスでした。ソルジャーが中継してくれた画面には教頭室が映っています。教頭先生、チェックしていたらしい書類を床に派手にぶちまけ、わたわたと。
『こ、婚活とは……いったい何処へ?』
『村コンだってさ、ちなみにチラシはこんなのだけど』
瞬間移動で教頭先生の手に渡された村コンのチラシ。教頭先生は完全にパニック状態で。
『な、何故ブルーが…! 婚活するとは、私の立場は…!!!』
『さあねえ、君も参加してブルーのハートを射止めてみれば? 目の前で他の男に掻っ攫われるリスクも高いけどさ』
『さ、参加します! 情報ありがとうございます!!』
土下座せんばかりの教頭先生はチラシの隅っこにクッキリ書かれた「同時開催、村おこしイベント多数」の文字を綺麗に見落としてしまっている模様。ソルジャーはクスクス笑いながら。
『それでね、ぼくとぼくのハーレイも賑やかしで参加したいわけ。他にもゾロゾロ参加するから、情報提供料ってことで参加費用を負担してくれると嬉しいなぁ…って。君を入れたら十一人かな?』
全部でこれだけ、と告げられた金額を教頭先生は検算もせずに。
『分かりました、当日、持っていきます! それで集合場所などは…?』
「だってさ、ブルー。何処にする?」
教頭先生を釣り上げたソルジャーの笑みに会長さんは額を押さえていましたが…。
「ぼくのマンションの駐車場でいいよ。マツカ、マイクロバスの手配を頼んでいいかい?」
「もちろんです! キースも乗って行きますか?」
「そうだな、俺のコネでこれだけ集めました、とアピール出来るし有難い」
話はトントン拍子に纏まり、ソルジャーが思念で集合時間と場所を教頭先生に伝えて中継終了。さて、教頭先生はイベントの正体に気付くでしょうか?
「…無理じゃないかな、当日までさ」
会長さんが溜息を吐き出し、ソルジャーが。
「当日になって気が付いてもね、婚活気分で君にせっせとアタックする方に賭けておくよ。ぼくとハーレイが参加する以上、夢の結婚後の姿ってヤツを嫌でも目撃するからねえ…」
「ちょ、ブルー! 健全な村コンでいつもの調子でやるのはマズイよ、いくらなんでも!」
会長さんの声が裏返り、キース君も顔面蒼白になりましたが。
「大丈夫だってば、バカップル程度に留めるからさ。その程度なら潤滑剤! 相手さえいればああいうことが、とカップル成立に大いに貢献出来ると思うな」
村コンを楽しみにしているからね、とニコニコ顔のソルジャーはソファにしっかり腰を下ろして紅茶とケーキを要求しました。今日も居座るらしいです。話題はきっと村コンでしょうねえ…。
こうして迎えた土曜日の朝。高く澄み渡った秋晴れの空の下、私たちは会長さんのマンションの駐車場に集合しました。私服のソルジャーとキャプテンも来ています。間もなく現れた教頭先生、やや緊張の面持ちで、ソルジャーに。
「おはようございます。先日は情報提供をして下さってありがとうございました」
「どういたしまして。婚活、全力で頑張ってよね」
「もちろんです!」
ブルーの心を射止めて見せます、と燃え上がっている教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が混ざっていることも、万年十八歳未満お断りの団体様の私たちが参加していることも不審に思っていませんでした。どう見ても婚活とは無縁なのですが…。
『……つくづく馬鹿じゃないかと思うよ……』
分かってたけどさ、と会長さんの嘆きの思念が。私たちはマツカ君が手配してくれたマイクロバスに乗り込み、ソルジャーとキャプテンは隣同士でイチャイチャと。その二人さえ気にしなければ車内は快適、バスは村コンが行われるド田舎へ向かって野越え山越え走ってゆきます。
「かみお~ん♪ ブルー、まだまだ遠いの?」
「そうだね、峠をもう一つくらいかな?」
それで着くよ、と言われたものの、峠が半端じゃありません。此処は本当に同じアルテメシア市内に含まれるのか、と疑いたくなるほどの距離を走って着いた所は別天地。たわわに実った稲穂が黄金色に光り、赤く熟れた柿の実があちこちに…。
「うっわー、凄いね、茅葺の家が沢山あるよ」
チラシのイメージ写真だけかと思ってた、とジョミー君が声を上げ、私たちも長閑な風景に感動中。キース君の先輩が副住職を務めるお寺は山沿いにあって、マイクロバスは山門前の駐車場に滑り込みました。村コン&村おこしイベント会場と書かれた看板とテントが目立っています。
「先輩、遅くなりました!」
なんとかこれだけ集まりました、と私たちを指差すキース君。普通に私服姿ですけど、先輩と呼ばれた男性は墨染の法衣に輪袈裟です。
「よくやった、キース! おっと、そちらの美人さんは?」
お前も隅に置けないな、とキース君を肘で突っつく先輩の視線の先にいたのは会長さんで。
「ああ、学校の…。って、先輩、ああいうのがタイプですか!?」
やめた方が、とキース君は焦ってますけど、会長さんは。
「はじめまして、ブルーと言います。今日は色々お世話になります」
「い、いえ…。楽しんで頂けましたら光栄です! あ、あのですね、ウチの寺では餅つきと手作りバウムクーヘンをやることになっておりまして…。よろしかったら、あちらに御席を」
「「「………」」」
先輩さんが求める出会いは後継者を確保するためにも女性なのでは、と呆れ返ってから気が付きました。長年、一緒に居すぎたせいで頭からスコーンと抜けてましたが、超絶美形な会長さんは女性のようにも見えるのです。あまつさえ会長さんは先輩さんの勘違いを楽しんでいる模様。
『や、ヤバイんじゃない…?』
ジョミー君が思念で囁き、サム君が。
『俺だってもう泣きたいぜ! なんで違うって言ってくれねえんだよ、ブルーはさ!』
『どうなるんでしょう、これ…。キース先輩も何も言えないみたいですよね…』
ピンチかもです、とシロエ君。私たちが思念でヒソヒソ話す間もキース君の先輩さんは会長さんに自己紹介をし、お寺の由緒なんかも説明してます。このまま話が進んで行ったら会長さんは…?
「それでですね、あのぅ…。ブルーさんさえ良かったらですが…。一緒に餅をつきませんか?」
「「「!!!」」」
出ました、先輩さんの熱いアタック! 二人で一緒に餅つきだなんて、どう考えても婚活フラグが立ちまくりです。息が合ったら意気投合して次は二人で昼食にとか、そういう流れは明らかで…。
「ま、待って下さい!」
ちょっと待った、と割って入った声は教頭先生。
「餅つきは私も得意としております。御住職、お手伝いなら私も是非」
「…ふうん? じゃあ、手伝ってあげたら、ハーレイ」
力仕事は好きじゃないし、と会長さんが教頭先生を先輩さんの方に押し出して。
「ごめんね、ぼくはこれでも一応、男。君の好意は嬉しいけれどさ、お寺の嫁は務まらないよ。後継ぎを産んであげられないから」
「……お、男……ですか? それ、マジで……?」
愕然とする先輩さんに、会長さんは。
「そこはキースが保証してくれる。期待させちゃってすまないね。お詫びにハーレイを置いていくから、大いに使ってくれるといい。バウムクーヘンを焼くなら薪が要るよね? 薪割りなんかも任せて安心、他にも色々」
ぼくたちはイベントを回ってみるよ、と笑みを浮かべる会長さんとガックリしている先輩さんと。キース君は先輩さんに必死に詫びていましたが…。
「いいって、いいって、気にするなよ。美人さんに会えて幸先もいいし、多分これから出会いがあるさ。…お前はグループ行動だよな? なんかカップル混ざってるけど」
思い切り仲の良さそうな、と先輩さんが視線をやった先ではソルジャーがキャプテンと腕を組んでベッタリ密着中。テント前に張り出されたイベント会場マップをチェックしながらイチャイチャと…。
「す、すみません…。多分、いわゆるファミリー参加に分類可能な人種じゃないかと」
目の毒だったらスル―して下さい、と平謝りのキース君に、先輩さんは。
「いやもう、そこは気にするなって! 美人さんに熱々カップルと来れば幸先良すぎと言うべきか…。下手に独身者をズラリと並べて来られるよりもさ、希望が持てるって気がしてきたぜ。うん、ガッついたら負けだよな。御本尊様にドンとお任せ、いい嫁さんが来るといいな~、って!」
前向きな気分になってきた、と先輩さんは一気に浮上。餅つきとバウムクーヘン作りを通して出会いがある予感がするそうです。会長さんとかバカップルでもヒーリング効果はあるってことかな?
「じゃあ、キース。お前も村おこしイベント楽しんでってくれよ!」
寺のイベントにも顔を出せよな、と餅つきとバウムクーヘン作りの開催時間を書いた紙をキース君の手に握らせた先輩さんの隣には教頭先生の姿がありました。消え入りそうな声でボソボソと…。
「…ブルー、本当に私は此処で手伝いなのか?」
置き去りにされそうな子犬さながらの目をした教頭先生に、会長さんはアッサリと。
「決まってるだろ、キースの先輩に失礼なことをしちゃったからねえ…。ぼくの代わりにお詫びしといて、本望だろう? 後で頑張りをチェックしに来るから」
男らしさをアピールするならチャンスだよ、とウインクされた教頭先生は派手に勘違いをしたようです。しっかり働けば会長さんの心象アップで婚活イベントの本懐達成、と頭の中で答えが出たらしく。
「御住職、餅つき会場はどちらですか? お手伝いさせて頂きます!」
裏方も全てお任せ下さい、と胸を叩いている教頭先生。本当にこれでいいのかという気はしますけれども、本人がそれでいいようですから、この場に捨てて行きますか…。
教頭先生をお寺に一人残して私たちは村おこしイベントへと旅立ちました。キース君が持っていたチラシで読んだとおり、色々な行事が盛りだくさんです。川へ行ったらアマゴ釣りが楽しめますし、釣ったアマゴはその場で焼いて食べ放題。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「こちらも焼けて来ましたよ。どうぞ、ブルー…」
バカップルは串焼きアマゴでも食べさせ合いをやらかすのか、と頭痛を覚える私たちを他所に、釣り体験中の若い男女たちには出会いが生まれてゆきました。最初は男女のグループ別で釣っていたのが合同に変わり、みんなで焚き火を囲むようになり…。
「ほらね、ぼくたちが来て正解だったし!」
次の場所でも縁結び、とソルジャーは得意満面です。村コンという目的を達成するにはバカップルは効くのかもしれません。教頭先生が汗を流していた餅つき会場を覗いてみれば、つきたての餅でバカップルが「あ~ん♪」を始めて、会場内の男女グループが見交わす視線が一気に熱く…。
「美味しいですね、ブルー」
「うん、こっちのハーレイの愛がこもっているからね♪」
ブルーにアピールするために、とソルジャーに改めて言われなくても教頭先生の努力は伝わってきます。ペッタン、ペッタンと餅つき体験をする人たちは今一つ力が足りません。それを補助するのが教頭先生、途切れなく杵に手を添え、ペッタン、ペッタン。
「あれって地味に腰にくる…かな?」
ソルジャーの問いに、会長さんは冷たい口調で。
「多分、明日にはズシンとくるね。だけど、ぼくには関係ないし!」
「そうだろうねえ、ぼくのハーレイだと大変だけどさ」
腰は男の命だものね、とソルジャーは意味深にクスクスと。そういえば教頭先生がギックリ腰になった時にも似たような台詞を言っていたかな、とは思いますけど、今一つ意味が分かりません。大人の時間のこと…なのかな?
「うん、まあね。この会場に来てる人たちにも、いずれ切実な問題に…」
「その先、禁止!」
会長さんのストップが入るってことは、そうなのでしょう。えーっと、次のイベント会場は…。
「バウムクーヘン作りは見たいし、それまでの時間にお昼だね。あちこち食べて回ろうか」
すき焼きにお鍋、と会長さんがマップを広げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大歓声。地鶏や鹿など山里ならではのグルメが満載、これは食べるしかありません。バカップル効果は行く先々で広がり続け、バウムクーヘン作りを見ようとお寺に戻る頃にはカップル多数で。
「おーい、キース!」
先輩さんが声を掛けて来ました。
「お前、今回の功労者だぜ。でもって俺もさ、ほら、このとおり」
「「「えぇっ!?」」」
紹介されたのは素敵な女性で、スタッフでもないのに割烹着。先輩さんがお手伝いの婦人部から借りて来たのだそうです。
「俺のこと、ちょっとタイプかもと思ってくれたらしいんだ。でも坊主だしさ、寺の嫁ってキツイかも、と腰が引けてたらブルーさん登場で持って行かれてガッカリしながら出て行ったんだと!」
しばらく後で戻ってきたらフリーな俺がいたわけよ、と先輩さん。逃がした魚は大きいと言いますが、会長さんに持って行かれかけたことで「黙っていてはダメだ」と女性は決意したらしく…。
「というわけで、もう纏まるしかないって感じ! 優しくて気の利く人だしさ…。田舎暮らしも気にしないってよ」
「そ、そうですか…。良かったですね、先輩」
「おう! そっちのお二人さんにも感謝の声が多数だぜ。背中を押されたとか、勇気が出たとか」
後でお礼をしなくちゃな、と先輩さんはバカップルに深々と頭を下げました。
「何かこう、御希望の品とか、ありますか? 見てのとおりの田舎ですから農産物しか無いですけども…。後は肉ですね、いわゆるジビエで」
「へえ、どんなのがあるんだい?」
鹿ならさっき食べてきたよ、とソルジャーは興味をそそられた様子。名物の鹿肉はステーキやシチュー、串焼きなどなどバリエーション豊かだったのです。ジビエ料理は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も得意ですけど、それとは違って野趣溢れると言いますか…。
「お二人でしたら…」
先輩さんは声を潜めると、割烹着の女性に「もうすぐバウムクーヘンを焼くから」と婦人部への伝言を頼んで、その背を見送ってから。
「………熊の肉なんか如何です? 私は坊主な上に未婚ですので、自信を持ってお勧めしますとは申せませんが……聞いた話では素晴らしく精がつくそうでして」
「本当かい? 熊っていうのは食べたことが無いなぁ…」
「それでしたら是非、お土産に! この季節の熊は美味いんですよ。冬眠に備えてドングリとかをしこたま食べますからねえ、脂が乗って霜降り状態です。すき焼きが特にお勧めですね」
どうぞお二人でお召し上がりを、と語る先輩さんはバカップルの本性を知っているのか、いないのか。精力がつくと聞いたソルジャーの赤い瞳は期待に輝き、キャプテンの方も頬がほんのり染まっています。これ以上、精力をつけてどうするんだか…、と考えるだけ無駄というものでしょう。
「聞いたかい、ハーレイ? 熊肉だってさ」
「嬉しいですね、参加した甲斐がありましたよ」
すき焼きはこちらのぶるぅに調理をお願い致しましょう、とキャプテンが言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に。
「かみお~ん♪ すき焼き、任せておいて! 熊のお肉って美味しいんだよ!」
手のひらは高級食材なんだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」の楽しそうな姿に、先輩さんは私たちの分も熊肉をお土産に用意しようと太っ腹なお申し出。会長さんのお蔭で自分の御縁もゲットしましたし、お礼の気持ちなのだそうです。
「わぁーい! クマさん、右手の方が美味しいっていうの、ホントかなぁ?」
蜂蜜を舐めるのは右手だから右手の方が甘いらしいよ、と疑問をぶつけた無邪気な子供は熊の手のひらも貰えることになりました。今夜の夕食は熊のすき焼き、手のひらは下ごしらえなども要るので日を改めての宴会決定。村コンは大いに実りあるものとなりましたが…。
「おーい、ブルー! バウムクーヘンを焼くぞ、お前も生地を塗ってみないか?」
この竹筒に巻き付けるんだ、と教頭先生が焚き火の側で叫んでいます。手作りバウムクーヘン作りは生地をひと巻きしては焼き上げ、また生地を巻いての繰り返し。その作業を会長さんと共に体験するべく、教頭先生、必死のアピール。
「んーと…。どうしようかなぁ、面倒そうだし…。焼き上がったら食べようかな?」
「そうか、だったら待っていろ! うんと美味しく仕上げるからな」
私の愛を食べてくれ、と盛り上がっている教頭先生は焚き火の炎で汗びっしょりです。懸命に頑張る姿は称賛に値しますけれども、会長さんは。
「…ハーレイは何の役にも立ってないよね、村コンではさ」
「いや、働きづめでらっしゃると思うが」
充分に役に立っておられる、というキース君の発言は会長さんにバッサリ却下されました。
「ううん、ダメだよ、全然ダメ! カップル成立に役立たないなら、意味は全く無いってね。ハーレイに熊肉は食べさせない! 御褒美の対象じゃないんだからさ」
置いて帰らないだけマシだと思え、と言い放った会長さんに、ソルジャーが。
「精をつけても無駄だしねえ? 腰も壊れる予定のようだし、その分、ぼくたちが楽しんでおくよ」
村コン万歳! とソルジャーは熊肉への期待をこめて万歳三唱。バカップルと会長さんが大活躍した縁結びイベントは大盛会に終わりそうです。精がつくかの真偽はともかく、熊肉という珍味も食べられますし…。参加費用を出して下さった教頭先生、心から御礼申し上げます~!
田舎で縁結び・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
シャングリラ学園番外編は去る11月8日で連載開始から5周年を迎えることが出来ました。
月1更新にペースダウンを致しましたが、これから先もお付き合い頂けると嬉しいです。
シャングリラ学園番外編はまだまだ続いてゆきますので!
10月、11月と月2更新が続きましたが、12月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 12月16日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月はソルジャー夫妻と「ぶるぅ」も一緒に七五三ですv
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