シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
元老寺の除夜の鐘で古い年を送り、お正月は三が日の内にアルテメシア大神宮へ初詣。学校が始まれば新年恒例の闇鍋に水中かるた大会などなど、今年も行事が目白押し。賑やかなイベントが一段落してもお祭り気分は相変わらずで。
「かみお~ん♪ ゆっくりしてってね!」
週末の土曜日、私たちは会長さんのマンションにお邪魔していました。鍋パーティーということで味噌に醤油にキムチ鍋など様々な出汁を満たした鍋と具材の山が並んでいます。要するに鍋バイキング。好みの鍋で好みの具を、というコンセプト。
「えとえと、反則もアリだから! 合わないんじゃないかな~、って思う具でもね、入れると美味しいこともあるから!」
お好きにどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。よーし、食べるぞー! 押し掛けてきているバカップルことソルジャー夫妻がいますけれども、見なければ害は無いですし…。
「ほら、ハーレイ。こっちで君のを煮ておくからね」
「ありがとうございます。あなたはどれになさいますか?」
どの鍋も美味しそうですよ、と世話を焼きたがるキャプテンと、スタミナ優先とばかりに肉を煮ているソルジャーと。じきに「あ~ん♪」とやり始めるに決まっています。いえ、それどころか…。
「……目の毒だな……」
いつものことだが、とキース君。バカップルは煮えた具にフウフウ息を吹きかけて冷まし、食べさせ合ってはついでにキスまで。ジョミー君が呆れたように。
「それより味とか混ざりそうだよ、いいのかなぁ?」
「口移しで鍋バイキングってことだろうさ」
食ってしまえばおんなじだ、というキース君の意見に妙に納得。なるほど、胃袋で混ざるか口の中か…。私たちだって鍋を移る時に口を漱いだりはしていませんし、かまわないのかもしれません。気にしたら負けだ、と目にしないようにバクバク食べて、締めは鍋に合わせてラーメンに雑炊、うどんなど。
「「「御馳走様でした―!!!」」」
食事の後はリビングで飲み物とお菓子でまったり。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアッと言う間に片付けを済ませ、ウキウキと。
「見て、見て、こんなになっちゃった~!」
「「「!!?」」」
凄いでしょ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来たものはパンパンに膨らんだお菓子の大袋。柿の種にポテチ、他にも色々。まさかの賞味期限切れ…?
「おい、ぶるぅ。…お徳用のタイムサービス品か?」
賞味期限が切れたのか、とキース君が訊けば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで。
「わーい、キースも分からないんだ! 買いたてだもんね!」
賞味期限はずっと先だよ、と小さな指が示す日付は数カ月後のものばかり。じゃあ、どうして袋がパンパンに…?
「えっとね、飛行機で機内持ち込みしなかった時もこうなるよ? えとえと、どういう仕組みだっけ…」
「気圧が下がると膨らむんだよ」
でも品質に影響は無し、と会長さんが引き継ぎました。
「ちょっとシャングリラ号に用があってね、ぶるぅと行って来たんだけれど…。ぶるぅが買い物をしてから行くって言い出して」
「だって、差し入れしたかったもん! スナック菓子はウケるんだもん!」
だから山ほど買ったのだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャトルに乗る時にお菓子の山を貨物室に入れてしまったのだそうです。会長さんもウッカリしていて気が付かないまま、シャトルは離陸して遙か上空のシャングリラ号へ…。
「貨物室も与圧はしてあるけどねえ、所詮は旅客機レベルだからさ…。着いた時にはこういう結果に」
「へえ…。ぼくの世界じゃ無いパターンかな?」
ソルジャーが興味津々でお菓子の袋に手を伸ばすと。
「日常的に宇宙船が飛んでいるしね、惑星間での食糧輸送も多いから…。たかがスナック菓子といえども品質管理は万全なんだよ。ぼくが個人的に運ぶ時にも気を付けてるし」
やっぱり美味しく食べたいじゃないか、と口にしつつもソルジャーは。
「でもパンパンになった袋というのも楽しいねえ。量も増えるといいんだけども」
袋いっぱいに中身の方も、と袋を開けにかかったソルジャー。しかし意外に手ごわいようで。
「待ってて、ハサミを取って来るから!」
ちょっと待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走ろうとしたのを止めるソルジャー。
「いいって、いいって! こんなのは少し力を入れれば…」
「「「あーーーっ!!!」」」
パァン! と大きな音が響いて部屋中に飛び散る柿の種。だからハサミって言ったのに…。
会長さん御自慢の毛足の長いリビングの絨毯。四方八方に飛んだ柿の種とピーナツは好き勝手に転がり、凄い有様。どうするんだ、と眺めていれば、ヒョイと屈んだソルジャーが柿の種をつまんでポイと口の中へ。
「…ん、確かに味に変わりはないよね」
「「「………」」」
「どうかした?」
「あんた、拾って即、食うのか!?」
詫びはどうした、とキース君が怒鳴りましたが、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「それが何か? 食べられるんだし問題ないよ」
「そうじゃなくてだな、散らかしてしまってすみませんとか、そういう詫びはどうなったんだ!」
「えっ? 別に綺麗な部屋じゃないか。そもそも土足厳禁だしさ」
拾って食べれば無問題、とピーナツを拾ってまた口へ。罪の意識は皆無です。
「君たちも拾えばいいだろう? 大袋でもさ、みんなで食べたらすぐ無くなるって!」
「確かに食い物を粗末には出来ん。俺も拾うが、しかしだな…。細かい粉も飛び散ったんだぞ? そっちの方は掃除するしかないだろうが!」
ぶるぅとブルーに謝っておけ、とキース君。けれどソルジャーは不思議そうに。
「なんで? 掃除なんかは要らない筈だよ、これなら余裕で」
「「「は?」」」
「物も落ちてないし、片付いてるし…。なんで掃除が必要なわけ?」
「あんたが思い切り汚したんだ!」
すぐでなくても掃除機をかけておかないと、とキース君が怒鳴り付けても、ソルジャーはキョトンとするばかり。
「思い切りって…。飛び散っただけだよ、そりゃあ範囲は広いけど…。食べればきちんと片付くじゃないか、掃除しなくてもさ」
「あんた、どういう発想なんだ! 絨毯だから見えにくいかもしれないが…。こんなのを一晩放って置いてみろ、エライことに!」
「かみお~ん♪ ゴキブリは心配要らないよ! いつも綺麗にしてるもん!」
だけど掃除機はかけなくっちゃね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。でも、その前に柿の種とピーナツを拾わなくてはなりません。私たちはお菓子用の器に拾って回り、責任を取れとばかりに全部ソルジャーに押し付けました。ソルジャーは半分をキャプテンに渡し、もう半分は。
「ぶるぅ、チョコレートがけのヤツって作れる? あれ、美味しいよね」
「柿の種だね! すぐに出来るよ♪」
レンジでチンして混ぜるだけ、と鼻歌交じりにキッチンに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は三分ほどで戻って来ると。
「冷ます間にお掃除するから、みんな廊下で待っててね~!」
簡単、簡単、と掃除機を持ち出し、部屋の隅までキッチリお掃除。終わるとチョコレートがけの柿の種のお皿がポンと出、ソルジャーは御機嫌でポリポリポリ。キャプテンは普通の柿の種。えーっと、謝罪は無いようですねえ…。キース君が諦めの表情で。
「ぶるぅは掃除をやったわけだが、それでも詫びるつもりは無い、と…」
「うん。掃除はぶるぅの趣味だろう? いつ来ても部屋が片付いてるしね」
出来たてのチョコレートがけ柿の種を頬張るソルジャーの隣で、キャプテンが。
「…すみません、ブルーは掃除嫌いなものですから…。いえ、嫌いと言うより苦手なのかもしれません。何でも床に放っておくのがブルーの流儀というヤツでして…。限界を超えると掃除部隊が突入することになっております」
「「「掃除部隊?」」」
「はい、青の間専用に結成される部隊です。掃除は元より、整理分別も得意としているエキスパートで構成されます。行方不明の重要書類が発掘されることも多いですから」
「「「重要書類!?」」」
いったいどんな状態なのだ、と誰もが仰天。けれどキャプテンは淡々と。
「今日も掃除をしている筈です、青の間を留守にしておりますし…。クリスマスからニューイヤーにかけてはイベントも多く、普段以上の散らかりようで」
「そうなんだよねえ、足の踏み場も無いっていうか…。あ、ちゃんと歩くルートは確保してるよ、でないとハーレイがぼくのベッドに来られないから」
「「「………」」」
ソルジャーの青の間は凄まじい状況にあるようです。それに比べれば柿の種くらい、大したことではないのかも…。
掃除嫌いなソルジャーが散らかしまくった年末年始。鍋パーティーの間に作業している掃除部隊は、ソルジャーはキャプテンの部屋で休暇中だと聞かされているとのことでした。他の世界へお出掛けだなんて間違っても言えはしませんし…。
「一応、ぶるぅがお留守番がてら監視中! 万一ってこともあるからさ」
お菓子を与えて頼んでおいた、と言うソルジャー。非常時に備えて待機させたのかと思っていれば、さに非ず。
「どんな所に何があるかも謎だしねえ…。基本、道具も薬も使わないから、大丈夫だとは思うんだけど…」
「「「は?」」」
「夜だよ、夜のお楽しみ! ぼくは全く気にしないけれど、ハーレイが凄く気にしてて…。恥ずかしいモノが紛れていたらどうしようって心配するから、そこをぶるぅがカバーするわけ! 大人の時間には慣れっこだろう? どれがヤバイかもよく知ってるよ」
「そんなモノくらい片付けたまえ!」
会長さんがブチ切れましたが、そんなモノとはどういうモノかイマイチ分かりませんでした。ソルジャーがたまに買っているらしい精力剤は恐らく該当するのでしょうけど。そしてソルジャーの方は悠然と。
「問題ない、ない! ヤバけりゃぶるぅが回収するしさ、後で記憶を操作しとけば…。でもねえ、ハーレイはそれもキツイみたいで、昨夜は必死に探し物をね。…ねえ、ハーレイ?」
「…流石にブルー宛のカードはちょっと…。サンタクロースからのプレゼントの代わりに熱烈なのを書いてくれ、と頼まれて頑張って書いたのですが…」
それも埋もれてしまいまして、とキャプテンは泣きの涙でした。掃除部隊に見付けられたら一生の恥、と散らかった床に這いつくばって上を下への大騒ぎ。結局、カードはベッド周りのカーテンの下から見付かったそうで。
「…ブルーには早い段階で所在が分かっていたらしいです。私の残留思念で見付け出したようで、いつ気付くかと待っている内に焦れてしまったと機嫌を損ねて、宥めるのに苦労いたしました」
「いいじゃないか、夫婦生活の理想の形だろ? 怒っていたことを忘れさせるまで頑張りまくるのも甲斐性だしさ、夫婦円満の秘訣ってね」
「それは確かにそうなのですが…。日頃から部屋が片付いていれば…」
「お前の手抜きが悪いんだ。掃除はお前の仕事だろう?」
キャプテンと兼務でも努力しろ、とソルジャーは無茶な注文を。青の間の掃除はキャプテンの仕事らしいのですけど、青の間に行けば夫婦の時間が最優先。それでは片付く筈もなく…。
「ブルーに掃除をさせようとしても難しいのは分かっています。せめて整理整頓だとか、散らかさないよう気を付けるとか、その辺の心配りを身につけてくれたら、と思わないでもないのですが…」
無理でしょうか、とキャプテンは弱気。ソルジャーの性格や習慣などが劇的に変わるとは思えません。きっと一生、青の間は足の踏み場も無いほど散らかりまくったままなのでは…。
「……うーん……」
会長さんが腕組みをして。
「掃除部隊が入ったのなら、今夜は綺麗になってるわけだ。そのまま現状維持が出来れば散らからないってことだよねえ?」
「そうなのです。ブルーには何度もそう言いましたが、全く聞いて貰えません」
「え、だって。掃除はハーレイの仕事なんだよ、毎日きちんと掃除してれば問題無いって!」
ハーレイの怠慢が悪いのだ、とソルジャーは自分の所業を見事に棚上げ。掃除部隊がお片付けした青の間とやらは再び元の木阿弥でしょう。せめてソルジャーに掃除の習慣があったなら…。
「…この際、君は性根を入れ替えるべきかもしれないねえ…」
腕組みしたまま会長さんの視線がソルジャーに。
「一事が万事と言うだろう? 散らかりまくった部屋ってヤツをね、恥ずかしげもなく赤の他人に掃除させるという神経がね…。その恥じらいの無さっていうのが日頃の行いに出てると思う。バカップルな態度はともかく、レッドカードものの発言とかさ」
「失礼な! ぼくはハーレイとの愛の日々をさ…」
「それを他人に喋りまくるのが問題なんだよ、秘めておこうとは思わないわけ? 君のハーレイだって秘密にしておいて欲しいことは多々ありそうだ」
「えーーーっ? そこは自慢する所だろう! 現に昨夜も待たせたお詫びにヌカ…」
もごっ、とソルジャーの声が途切れて、口を覆った褐色の手。
『何するのさ! ヌカロクは大いに自慢すべき!』
思念で続きを言い放ったソルジャーでしたが、キャプテンは空いた方の手で額を押さえて。
「…ブルー、それは夫婦のプライバシーというヤツです。喋りたい気持ちは分かるのですが、そういった事も含めて恥じらって頂ければ……と思わないでもありません」
『恥じらいだって? そんなの今更、身に付かないし!』
無理だ、とキャプテンの手を口から外したソルジャーはプハーッと大きな深呼吸。
「ぼくの性格は元からこうだし、恥じらいも掃除も範疇外! …だけどお前は恥じらった方が好みなわけだね、どうやって演技するべきか…」
そもそも全く基礎が無い、と考え込んだソルジャーに会長さんが。
「整理整頓、片付けくらいなら教えてあげてもいいけれど? 身の周りがきちんと片付いてればね、立ち居振る舞いも自然と落ち着く」
「本当かい?」
それはいいかも、とソルジャーの瞳がキラキラと。何か根本的な所で間違っているような気がしないわけでもないですけれど、整理整頓を心がけるのはいいことです。キャプテンも笑顔で頷いてますし、ここは一発、お片付け修業といきますか~!
その翌日。私たちは再び朝から会長さんの家に集合しました。今日からソルジャーがお片付け修業に来るのです。あちらの世界は落ち着いているようで、何かあった時は「ぶるぅ」が連絡してくる仕組み。さて、ソルジャーは定刻通りに来るのでしょうか? うーん、来ませんねえ…。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」
半時間遅れで現れたソルジャーは悪びれもせずに。
「青の間が綺麗になってたからさ…。サッパリした部屋も悪くないね、ってハーレイと二人で盛り上がっちゃって! あんな状態をキープ出来たらハーレイも喜んでくれるかなぁ…。昨夜もホントに凄かったんだよ、もう何回も」
「ストーップ!!!」
やめたまえ、と会長さんが柳眉を吊り上げています。
「そういう態度を改めてくれ、というのも君のハーレイの願いの内かと…。まあいい、まずは落ち着きってヤツを学ぶことだね、ちょっとやそっとじゃ興奮しない!」
「えっ、そんな…。不感症になれって言うのかい?」
「「「不干渉?」」」
なんのこっちゃ、と一瞬悩みましたが、キャプテンにやたらと干渉しないのも落ち着きの内かもしれません。しかし、会長さんが返した言葉は。
「そういう意味じゃないってば! そっちの方まで抑制しろとは言ってない。…場所を弁えずに無駄にはしゃぐなと言っているだけ」
「「「???」」」
「ああ、君たちには通じなかったか…。まあ、この辺は流しておいてよ、大事なのはブルーの修業だからね。整理整頓第一弾! まずはいつものティータイムから」
さあどうぞ、と案内された先はリビングです。ティータイムが何の修業になるのだ、と首を傾げつつソファに腰掛けてみれば。
「かみお~ん♪ お茶はブルーにお任せ! 別に難しくないからね~」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が押してきたワゴンの上には一人前のサイズに焼かれたタルトタタンを盛り付けたお皿。フォークを添えて配ってゆくのがソルジャーの最初のお仕事で。
「フォークは適当に置くんじゃないっ! ちゃんと正しく、この位置に!」
会長さんがビシビシ指導し、ソルジャーは面倒そうにブツブツと。
「食べられればいいと思うんだけどなぁ…。ぼくはフォークが刺さっていたって気にしないけど?」
「その精神が問題アリだよ、見た目に美しくキッチリと!」
茶道じゃないだけマシと思え、と会長さんが毒づき、キース君が。
「まったくだ。坊主は茶道の心得も要るからな…。そっちの方だと更にキツイぞ」
「そうだったの!?」
知らなかった、とジョミー君の目が丸くなり、サム君がフウと情けなそうに。
「お前、ホントに何も調べていねえのな…。専修コースじゃ茶道の授業が必須だぜ? 週に二時間はあると思っておけよ」
「えーーー!!!」
殺生な、と叫ぶジョミー君のお坊さんへの道は遠そうです。私たちが爆笑している間にソルジャーはお皿を配り終えたものの、すぐに次なる関門が。今度は紅茶とコーヒーが入ったポットとカップとソーサーを乗せたワゴンで。
「お菓子の次はお茶なんだよ。紅茶かコーヒーかをきちんと尋ねて淹れたまえ」
これは面白い、と私たちは一斉に紅茶だのコーヒーだのと先を争うように手を挙げ、ソルジャーはそれだけで軽くパニック。なのに会長さんは容赦もせずに。
「違う、コーヒーはそのカップじゃない! 零さないようゆっくりと! 零れちゃった分は綺麗に拭く!」
「なんでカップが違うのさ! 飲んだらどれでも同じだし!」
「それがダメだと言っているんだ、整理整頓! 紅茶と言われたらこのカップ! コーヒーだったらこっちのカップで、添えるスプーンも違うから!」
慣れれば自然に手が動く、と会長さんはビシバシと。部屋さえ片付けられないソルジャーにティータイムの用意はハードだったようです。ようやっと自分用の紅茶を淹れてテーブルに置き、ワゴンを片付けた後はヘトヘトで。
「…もうダメ…。頭が沸騰しそうな気がする…」
「足を組まない!」
それは思い切りマナー違反だ、と会長さんの厳しい指導が入りました。そっか、足を組むのはダメだったんだ、と私たちの方も大慌てです。そんなことまで気にしていたらティータイムが楽しくないじゃないか、と思うのですけど。
「だよねえ、楽しくやりたいよねえ、君たちも?」
気疲れしちゃうよ、とソルジャーが紅茶のカップを持ち上げた途端。
「ハンドルに指を通さない!」
「「「えっ?」」」
誰もが自分の手元を覗き込む中、会長さんは優雅な手つきで自分のティーカップを傾けながら。
「ティーカップのハンドル……そう、取っ手には指を通さないのが正式なんだよ、こう、ハンドルを摘むように! それが本当の本場のマナー」
「「「………」」」
そんな無茶な、と考えたのはソルジャーだけでは無かった筈です。落っことすじゃないか、と会長さんの手を見てみれば指はハンドルを摘んでいるだけ。根性で真似してやってみたものの…。
「む、無理だって、これ…」
落としそうだよ、とジョミー君が音を上げ、シロエ君が。
「ぼくも無理です。あ、でも…。マツカ先輩、パーフェクトですね」
「あ、ぼくは…。外国の方とお茶をすることもありますから…」
控えめに答えるマツカ君。ということは、会長さんが言ったマナーは正しいのです。スウェナちゃんと顔を見合わせ、改めてハンドルを摘んでみて。
「…難しいわよね?」
「ちょっと滑ったらガッシャーン…よねえ?」
西洋茶道、恐るべし。その後、ソルジャーが派手にガッシャーン! とカップを落とし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の指導の元に床を掃除する羽目に陥ったのは至極当然の流れでしょう…。
気にしたこともなかったティータイムの作法。私たちはお茶とお菓子を頂くだけで済みましたけど、ソルジャーを待っていたのはお片付けでした。カップやお皿をキッチンに下げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が監督する中、洗って拭いて棚に仕舞って。
「…どうだった、ぶるぅ? ブルーの腕は?」
「んーと…。いっぺんにシンクに突っ込もうとするし、洗い上げる時も適当だし…。お皿はお皿で纏めてよね、って何度言っても聞かないし!」
割れなかっただけまだマシかも、と嘆く「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーが気の向くままに洗い上げては積み上げてゆくカップやお皿をせっせと直していたようです。しかしソルジャーに言わせると…。
「効率的にやったつもりだよ、カップとお皿はセットじゃないか。洗う時にもセットにしとけば片付ける時が楽だよね」
「そういう構造になってないだろ、あの籠は! 楽をしようと思っているから掃除もしなくなるんだよ!」
「そうかなぁ? 効率ってヤツも大切だけどね、それと最短距離の動線! 人類軍とやり合う時には最小限の力で最大の効果を上げるというのがポイントでさ」
部屋は使えれば充分なんだよ、と嘯くソルジャーの青の間の床がベッドまでの道を除いて埋もれてしまう理由とやらも最小限での最大効果を狙った末かもしれません。こりゃダメだ、という気がしますけれども、ここで投げては会長さんの男がすたるというもので。
「…君の青の間が片付かないのは大雑把すぎる性格と、やり方のせいだと思うんだ。ティータイムの作法をマスターしろとは言わないけれど、こんなマナーがあったっけ、と気に掛けるだけでも違ってくるよ」
「ふうん? それで片付けが上手くなるって?」
「気配り上手は片付け上手の第一歩! 気持ち良く過ごして貰いたい、と思う気持ちが整理整頓、片付け上手に繋がるわけさ」
会長さんの言葉は至言でした。会長さんの家や「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は普段から綺麗に片付いています。もしも雑然と散らかっていたら、きっと居心地も悪いでしょう。なのに同じ話を聞いたソルジャーときたら。
「気持ち良く? それなら青の間は合格だよねえ、ハーレイはいつも満足してるし! ぼくとベッドさえあれば天国、おもてなしはそれで充分じゃないか」
「間違ってるし! 気配りって点で不合格だし!」
君のハーレイもそう言っていた、と会長さん。
「せめて現状維持が出来れば、と嘆いてたけど、本音は別にある筈だ。掃除部隊が突入する度、とんでもないモノが落ちてやしないかとハラハラするのは御免だってね。君のハーレイに余計な心配を掛けるようでは、気配り上手とはとても言えない」
そうならないよう整理整頓を頑張りたまえ、と会長さんが発破をかけて、ソルジャーは今度は昼食の支度。お料理なんかはまず無理ですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が盛り付けた海老とアサリのスープパスタとサラダを配膳したのですが…。
「カトラリーはきちんと揃えて置く! 器を置くのも向きを考えてキッチリと!」
どうして向きがバラバラなのだ、と会長さんはソルジャーのアバウトさに脱力中。楕円形の深皿は幅が広い方を正面にしてセッティングするのが常識ですけど、狭い方が正面だったり、斜めだったりがソルジャー流で。
「そんなの、どうしても気になるのなら食べる時に直せばいいだろう! 食べる人がさ」
「その考えがアウトなんだよ、君はおもてなし失格だってば! 大切なのは気配りだって言っただろう! 器を直させるなんて気配り以前の問題だし!」
気持ち良く食べて貰いたまえ、と会長さんが文句を言えばソルジャーは。
「うーん…。気持ち良く食べて貰っていると思うけどなぁ? あ、ぼくは食べる方のつもりだけれど、ハーレイ的にはそうじゃない。ぼくを食べるって姿勢のようだし、向きも全く気にしてないよね」
気に入らなければ直すだけだし、と胸を張るソルジャー。えっと…キャプテンに手料理を作ることなんてあるのでしょうか? 自分では食べる方のつもりなんだとか言ってますから、お菓子かな? それをキャプテンにお裾分けなら、気配りなのかもしれません。…って、あれ? 会長さん?
「どうしてそういう方へ行くかな、君って人は!」
「そりゃあ…。そもそも修業に来た目的がさ、演技の仕方の練習だったし!」
ん? なんだか話が謎っぽいです。お菓子の話じゃなかった…んでしょうか、会長さんの顔が険しいですが…?
「演技の仕方の練習って何さ!?」
ぼくに分かるように説明しろ、とソルジャーを睨み付ける会長さん。ソルジャーは適当に並べて怒りを買ったスープパスタの器の向きを整え、自分の席に腰掛けてから。
「もしかして分かっていなかった…とか? 片付けるのが上手になったら恥じらいってヤツも身に付くんだろう? ハーレイは恥じらった方が好みらしいし、そういう演技をしてみようかと」
「なんだって!?」
会長さんは瞬時に目が点、私たちだってビックリです。恥じらいの演技の練習だなんて、それ、お片付け修業で出来ますか? そりゃあ……マナー違反な行動なんかを教えられたら、今までの自分をちょこっと反省しますけど…。
「だからね、ハーレイのために片付け上手を目指してるわけ! でも上達なんかするわけないから、上達したふりでいいんだよ。きっと恥じらいの演技も分かってくるって!」
どんな感じになるんだろう、とソルジャーは夢多き色の瞳で。
「…向きを気にしろと言っていたよね、気持ち良く食べて貰うには? それってどうすればいいのかな? 今日はコレだと思う体位はハーレイにもあると思うんだ。さっきの紅茶とコーヒーみたいに直接訊くのが一番かい?」
「「「???」」」
ますます分からん、と途方に暮れる私たちを他所に会長さんが。
「それを訊くのはTPOってヤツだろう! 訊いていいのか、訊かずに察して動くべきかが気配りなんだよ、分かってないし!」
「そうなんだ? じゃあ、ハーレイの思考を読ませて貰って好みの向きになるべきだって?」
「恥じらい以前の問題だよ、それ! 恥じらいは限りなくゼロに近いね、そういう思考を持つようではね!」
意味不明な方向に突っ走り始めた会長さんたちの会話でしたが、そこはソルジャーも同じだったようで。
「それじゃ、どうすれば恥じらい込みで好みの向きに出来るわけ? 模範演技とか無いのかな? こっちのハーレイを相手にやれとは言わないからさ、台詞だけでも」
「「「!!!」」」
やっと話のパズルがピタリと頭の空間に収まりました。万年十八歳未満お断りだけに誤差は相当あるのでしょうけど、ソルジャーが会長さんから習いたい事は大人の時間の演技について。
「頼むよ、恥じらいの台詞を教えてくれれば午後の練習も頑張るからさ! 明日以降のお片付け修業にもキチンと通うし、一つだけでも!」
知りたいんだよ、と懇願するソルジャーの希望の品は大人の時間の決め台詞。恥じらい込みで好みの向きを、と言われましても………何の向き? そもそも会長さんに答えが分かるのか、フィシスさんとの時間の応用でいけるのか…?
「……ようこそいらっしゃいました……」
「「「は?」」」
会長さんが喉の奥から絞り出した台詞は斜め上というヤツでした。それって普通にウェルカムメッセージとか言いませんか? ソルジャーもポカンとしていますけれど、会長さんは腹を括ったらしく。
「本日はこういうお茶を御用意しておりますが、どれになさいますか? …これがティーパーティーを始める時のお約束! お茶が決まったら濃さの好みと、ミルクと砂糖の好みを尋ねる。これで気配り万全ってね」
「…なるほどねえ…。まずはハーレイに歓迎の意を表する、と。それから体位を色々と挙げて、どれにするかを決めて貰って、濃いめか軽めかの好みを訊くんだ? 言われてみれば理に適ってるかも…。一度も気にしたことが無いしね、ハーレイの好み」
これは使える、とソルジャーは何度も頷いています。
「恥じらい込みで好みの体位を訊くにはウェルカムの気持ちが大切なんだ? 気配り上手は片付け上手だったっけ? そういう心でウェルカムなんだね、よし、覚えた!」
今夜から早速実践あるのみ、と至極ご機嫌な様子のソルジャー。私たちには意味が掴めない単語も多数ありましたけれど、納得してくれる台詞を捻り出した会長さんは流石というもので。
「覚えたんなら片付けの方もキリキリと! お皿洗いも真面目にね」
「うん、勿論! 身に付くとはとても思えないけど、修業すればスキルアップを図れるんだし…」
目指せ、完璧な恥じらい演技! とソルジャーはやる気満々でした。お昼御飯の片付けを頑張り、午後のティータイムは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に教わりながら練習を。
「ようこそいらっしゃいました。…えーっと、本日のお茶は……と…」
危ない手つきでソルジャーが淹れてくれた紅茶はまずまずの出来。コーヒー党のキース君まで強引に紅茶にされてしまった点は気の毒でしたが、他人様の修業に付き合うというのも仏道修行の一環ですよね?
こうして夕食の片付けまでを懸命にこなして帰ったソルジャー。どうなったのか、と戦々恐々で明くる日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪ねてみれば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「こんにちは。一足お先にお邪魔してるよ」
今日の紅茶はどれにする? とティーセットを前にしたソルジャーが。
「昨夜はホントに凄かったんだよ、恥じらい効果はもうバッチリ! ハーレイときたら耳まで真っ赤になってくれてさ、その後はもう大喜びで…」
「その先、禁止!」
イエローカードを突き付けている会長さんにソルジャーはまるで見向きもせずに。
「好みを訊くって大切なんだね、それだけで違ってくるなんて…。修業に出掛けた甲斐があった、ってハーレイは感激していたよ。ついでに片付けの方もよろしく、と言っていたけど、演技だけで舞い上がってくれるんだったら要らないよねえ?」
片付けなんて、とパチンとウインクするソルジャー。何か間違っているのでは、と首を捻りまくる私たちのために熱々の紅茶が注がれ、今日の修業も絶好調です。会長さんの教えどおりにカップの取っ手を優雅に摘んだソルジャーは…。
「このマナーをハーレイに早く教えたくってさ、今朝は二人でモーニングティーを飲んだわけ。ゆっくり紅茶を楽しんでからハーレイはブリッジに出掛けて行ったよ、満足してね。…それで急いでブルーの家まで報告に来てさ、優雅に地球での朝御飯!」
「…そうなんだよねえ、朝っぱらから押し掛けてきちゃって迷惑な…。あ、カップは洗って片付けてから来たんだろうね?」
訊き忘れてた、と会長さんが尋ねれば。
「え、カップ? 夜にハーレイが洗ってくれるよ、いつも基本はそうだから」
昼間に時間が取れた時には洗いに来ることもあるんだけれど、とソルジャーは片付け修業の一歩目から既に躓いてしまっているようです。青の間が壊滅的な姿になる日も近そうですけど、夫婦円満ならいいのかな? キャプテン、どうか恥ずかしい失せ物の件は諦めてやって下さいね~!
片付かない人・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーの恥じらいの無さは毎度お馴染み、一生モノです。直る見込みはありません。
来月は 「第3月曜」 3月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、シャングリラ学園は今までどおり続きます。
月イチ、もしくは月2更新、それは崩しませんからご安心をv
ハレブル別館で扱っているのは転生ネタです、なんとブルーが14歳です、可愛いです。
先生なハーレイは大人ですけど、エロは全くございません。
ほのぼの、のんびりテイストですので、よろしかったらお立ち寄り下さいv
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毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
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こちらでの場外編、2月は恒例の節分祭に出掛けるバスの車内でエライ騒ぎに…。
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