シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。季節は秋で収穫祭も済み、お次は恒例の学園祭の準備ですけれど。学園祭と言えばサイオニック・ドリームでお馴染みになった喫茶、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』です。お部屋の準備は業者さんにお任せ、私たちは当日の接客だけで。
「今年も観光地プライスは外せないねえ」
ぼったくらなくちゃ、と会長さん。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まった私たちはメニューと値段を検討している真っ最中。
「まあな…。もう名物になっているしな、高く払えば美味しい思いが、と」
変な常識が根付いたものだ、とキース君が嘆いています。
「もっと出すから時間延長は無いんですかと訊かれたぞ、今日も」
「あー…。それは無理だと毎年しつこく言ってるのにねえ…」
周知徹底されないねえ、と会長さんはぼやきますけど、時間延長の要望は毎年必ず出るのでした。その度に「そるじゃぁ・ぶるぅが疲れてしまうからダメ」と却下するのも私たちの仕事の一つです。そう、サイオニック・ドリームは今も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで通っているわけで。
「とにかく、時間は徹底統一! そこは絶対、動かせないよ。ぶるぅじゃなくって、ぼくが疲れる」
「ソルジャーのくせに弱いな、あんた。…本当はもっと出来るんじゃないか?」
限界とはとても思えないが、と突っ込むキース君に、会長さんは。
「やれば出来ると、ぼくも思うよ。だけど学園祭はお遊びだしさ。限界に挑む必要は無し! もっと気楽にやらなくちゃ」
それよりも値段、と会長さんの関心はお値段の方。
「安上がりのメニューで観光地価格、今年こそ缶ジュースで勝負したいね」
「それは気の毒すぎますよ…」
ぼくの良心が痛みます、とシロエ君。最初の年にウッカリ観光地価格を口にしたばかりに定着してしまったのがシロエ君の悩み。余計な事さえ言わなければ、と反省しきりな私たちの良心です。
「缶ジュースだけは却下です! あっ、お茶で統一もダメですよ? グラスで提供と各種飲み物は最低ラインなんですからね!」
「分かってるってば…。ペットボトルも却下したよね、その理屈でさ」
うるさいんだから、と会長さんはブツブツと。そう言いつつも外国産の飲み物を取り入れようかとか、考える所はあるようで。
「キッチン担当は君たちなんだし、輸入モノでも責任を持って扱えるよね? 御当地産の飲み物でトリップするのも楽しいよ、うん」
たとえばサボテンジュースとか、と例が挙がるなりテーブルにピンクの飲み物が。
「かみお~ん♪ ブルーに言われて用意したもんね!」
ゼリーとアイスも作ってみたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は鮮やかなルビー色のゼリーが盛られたパフェの器を運んで来ました。早速食べれば、うん、美味しい! ちょっと甘酸っぱくてラズベリーみたいな味わいです。えーっと、サボテンジュースだと何処に行けるの?
「ん? このサボテンさえ生えているならOKだけど?」
いわゆるドラゴンフルーツだしね、と親指を立てる会長さん。こういうチョイスもいいかもです。サボテンジュースの他にも何か…、と熱を帯びてゆく検討会。うん、これでこそ学園祭! みんなで意見を出し合ってこその催し物というヤツですよ~。
喫茶店で出すメニューもトリップの行き先も決まり、チラシなんかの印刷が済めば後は当日を待つばかり。クラス展示をする1年A組のクラスメイトや催しをする有志団体、クラブなんかが大忙しの中、暇になるのが私たち。柔道部三人組も今は現場を離れて指導だけです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! お疲れ様ぁ~!」
焼きそばの特訓、大変だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が柔道部三人組に声を掛けながら飲み物の用意。私たちは一足お先にカボチャムースたっぷりのタルトを頬張り始めていました。キース君たちは柔道部名物の屋台メニューを毎日指導しているわけで。
「くっそぉ、ぶるぅの秘伝の焼きそばレシピを教えてやったばっかりに…」
今年のヤツらは覚えが悪い、とキース君。
「それとアレだな、最初に教えた年の主将も悪かった。門外不出のレシピにするから、と口伝オンリーにしやがって…。お蔭で俺たちは毎年、新入生の焼きそば作りを指導する羽目に…」
「仕方ないですよ、キース先輩。部活が終わった後の一日一回の焼きそば作りで覚えろって方が無理があります、一度じゃ絶対無理ですって!」
最低でも三度は必要ですよ、とシロエ君が力説するとおり、秘伝の焼きそばレシピの命はソースの配合などにあります。一つ間違えれば味は別物、柔道部名物になりません。
「それは分かっているんだが…。部活で疲れたというのも分かるが、もっと熱意を持ってだな…」
「頑張りましょう、キース。あと一歩ですよ」
焼き加減の方は上手くなりましたし、とマツカ君が後輩の腕を褒め、シロエ君も。
「そうです、手際の良さは例年以上じゃないですか? 下ごしらえは文句なしなんですから」
「しかし、味が別物では文句が出るぞ。秘伝と掲げているんだからな」
あれは名物屋台なんだ、とキース君が主張するとおり、柔道部の焼きそば屋台は売り切れ御免の超絶人気。「完売しました」と札を出しても「仕入れはまだか」と並び続ける人がいるので有名です。もちろん仕入れ部隊は出ていますから、後夜祭が始まるギリギリまで売られるという名物焼きそば。
「今年も大勢買う筈なんだ。味が違うというのはマズイ」
「年に一度のお楽しみですしね…」
ぶるぅの味は、とシロエ君も真剣な顔。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る焼きそばだのタコ焼きだのを毎日のように食べてますけど、一般生徒は食べられる機会が全く無し。学食の特別生向け隠しメニューと同じレベルで憧れの味になっています。
「まあ、根性で指導するしかないな。俺たちの役目はそこまでだしな」
「屋台は全部お任せですしね」
ぼくたちは喫茶がありますし、とシロエ君が指を折りながら焼きそばソースの配合を確認し始めました。
「中濃ソースがこれだけで…。醤油これだけ、オイスターソースに…」
「あーーーっ!!!」
突然の大声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シロエ君の指がピタリと止まって。
「な、何か間違えていましたか!? 醤油とか?」
「…え? お醤油って?」
何のお話? とキョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはアルテメシアの観光案内パンフレット。大判でページ数多めの読み応えのある代物です。そういえば会長さんが広げていたのを見ましたっけ…。
「ぼく、グルメの記事はまだ見てないよ? お醤油って何?」
「いえ、それは焼きそば屋台の話で…。じゃあ、さっき叫んでいたヤツは?」
何なんです、とシロエ君が訊くと「そるじゃあ・ぶるぅ」は。
「えっとね…。これ、これ! 秋のライトアップ!」
「「「………???」」」
叫ぶほどのライトアップとは、と覗き込んでみれば記事の写真に見覚えが。この山門は…、と確認すると記憶のとおりに璃慕恩院です。へえ…。プロジェクション・マッピングなんかをやらかすんですか、紅葉に合わせて…。
「見に行きたいわけ?」
ジョミー君の直球に首を左右に振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ううん、どうせ今年もブルーと一緒に行くんだもん。招待状が届くから」
「え? だったら何も叫ばなくても…」
「今年もライブをやるって書いてあるから、聞いてないよって思っちゃって…」
ここ、ここ、と小さな指が示す箇所には有名歌手のライブの告知が。本堂をステージに見立てて歌うという趣向らしいです。でも…「そるじゃぁ・ぶるぅ」って、この人のファンでしたっけ? そうだったとしても招待状が届くんだったら間違いなくライブに行けるのでは…?
「……うーん……」
バレちゃったか、と苦笑している会長さん。もしかして、転売しちゃったとかですか、招待状を? この歌手、人気ありますしね…。
「酷いや、ブルー! ライブだって!」
書いてあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんに詰め寄り、キース君が。
「ライブなら俺も知ってるぞ。宗報に載っていたからな。…あんた、チケットを売っ払ったのか?」
「まさか。…そりゃあ、売ったらボロイなんてもんじゃないけど……関係者席のド真ん中だよ、一般人にはキツすぎるってば」
前後左右がもれなく坊主、と会長さん。
「関係者席を知り合いに譲る人もいるけど、受けは良くないみたいだねえ…。坊主だらけの席っていうのは、プラチナチケットの有難味も吹っ飛ぶインパクトらしい」
「それ、ぼくには凄く分かるってば!」
ジョミー君が拳を握り締めて。
「抹香臭いし、ライトで頭が光るだろうし…。坊主だらけって絶対、最悪!」
「お前も一応、僧籍だったと思ったが?」
キース君の冷静な指摘にも耳を貸さないジョミー君。お坊さんの大群の怖さを滔々と語っていますけれども、ライブの話は何処へ行ったの?
「あ、そうだっけ…。チケットを売ったわけじゃないなら、なんでぶるぅに内緒なわけ?」
どうせバレるよ、とジョミー君が言えば、会長さんは。
「…まさか恒例になるとは思わなくってさ…。最初の年にぶるぅが凄く感激しちゃって、こんなステージで歌ってみたいって言い出したから、続くようなら頼んであげるって言っちゃったんだ」
「……なるほどな……」
それは確かに難関だ、とキース君が腕組みをして。
「有名歌手ならギャラを出しても呼びたいだろうが、ぶるぅじゃな…。いくらあんたが銀青様でも、費用は全額負担しますと申し出たって璃慕恩院の許可は下りそうにない」
「そうだろう? ぼくにも銀青としての体面ってヤツが…。本堂を思い切り私物化しました、なんて前例を作っちゃったら示しがつかない」
「だったら妙な口約束をするな!」
「うん、そこは充分に分かってるってば」
だからね…、と言葉を切った会長さんは、キース君の方に向き直ると。
「君が居合わせた場所でバレたのも御仏縁というヤツだろう。…実は、ぶるぅにはこう言ったんだ。璃慕恩院のライブが普通になったら、キースに頼んであげようね、って」
「……は?」
なんで俺だ、と目を丸くするキース君。
「俺はしがない副住職だぞ? 璃慕恩院でのお役目も無いし、これといったコネも無いんだが…?」
「違うよ、これは舞台の問題。同じお寺なら璃慕恩院でなくてもね…。ぶるぅはプロジェクション・マッピングされた舞台で歌って踊りたいだけだし、元老寺の本堂を借して貰えるかな?」
「……な、な、な……」
「君がダメならアドス和尚に頼んでみるよ。ちょっと一晩借りられませんか、って」
簡単だよね、と電話に手を伸ばす会長さんに、キース君が必死の形相で。
「ま、待ってくれ! 親父はあんたに頭が上がらん、電話されたら即オッケーだが…。しかしだな、もう一度きちんと考えてくれ! ぶるぅが本堂で歌って踊って何になる? それはお念仏に結び付くのか?」
「…頭が固いね、人が呼べればいいだろう? 夜の元老寺なんて、除夜の鐘くらいしか大勢の人は来ない筈だよ。ぶるぅの歌と踊りはともかく、プロジェクション・マッピングとなれば近所の人が見物に来る。来た人は一応、お参りするし!」
お参りとくればお念仏、と会長さんは得々と。
「普段だったら人の来ない時期にお念仏だよ、璃慕恩院のライブに比べれば微々たる規模でも立派に宗教イベントだ。お念仏こそが一番大切、と宗祖様も説いておられるよねえ? で、君の返事はどうなのかな? ぶるぅのライブに本堂を…」
「分かった、貸せばいいんだろう! 要は歌って踊るわけだな、親父ともよく相談しておく。だが、親父には、あんたから話を通してくれると有難い」
「それはもちろん。じゃあ、後は日取りと手配だけだね。良かったね、ぶるぅ、出来るってさ」
「わぁーい! ライブだ、ぼくのライブだぁー!!!」
歌って踊って『かみほー♪』だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。今年の秋は賑やかなことになりそうです。元老寺の本堂を舞台にプロジェクション・マッピングだなんて、これは見ごたえありそうな…。
こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元老寺ライブが決定しました。アドス和尚は璃慕恩院のライトアップやライブなんかに憧れていたそうで、二つ返事でOKだったらしいです。ライブの開催は学園祭が終わった後になりますけれど、それまでに準備が必要で。
「かみお~ん♪ 璃慕恩院に負けないようなヤツって作れる?」
「投影する範囲の問題ですしね、多分、なんとか」
やってみますよ、とシロエ君がプロジェクション・マッピングに取り組んでいます。プロにお任せという方法もありますし、サイオンを持つ仲間がやってる会社もあるのに、やりたくなってしまったシロエ君。機材だけを借りて自力で投影するつもり。
「璃慕恩院の投影の動画は会長が借りて来てくれましたし、あれを参考にアレンジして…と。曲は本当に『かみほー♪』だけでいいんですか?」
「うん! あれが好きだし、三回歌うの! だから三回分、違う映像が出せるといいなあ…って」
気持ち良く歌って踊れるといいな、と御機嫌の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は振り付けに余念がありません。三通りの踊りを披露するのだと燃えまくっていて、暇さえあればステップを。今日の放課後も宙返りしたりバク転したりと『かみほー♪』を歌いつつ踊っています。
「うん、いいねえ」
パチパチパチ…とあらぬ方から突然、拍手が。ま、まさか…。
「こんにちは。ぶるぅ、ライブをやるんだって?」
「「「!!!」」」
優雅に翻る紫のマント。ソルジャーはスタスタと部屋を横切り、ストンとソファに腰掛けて。
「えーっと…。ぼくのおやつもあるかな?」
「いらっしゃい! ちょっと待ってねー!」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパンプキンプディングに生クリームを添えて運んで来ました。ライブの準備で踊っていても、お菓子や料理に手抜きは無しです。
「はい、どうぞ。沢山あるから、お土産も持って帰ってね♪」
「それなんだけど…。ぶるぅも踊りたいらしいんだ。こないだから覗き見していて、ぼくも一緒に踊りたいなぁ…って言っててさ」
「「「ぶるぅ!?」」」
よりにもよって悪戯小僧の「ぶるぅ」が…ですか? いえ、それ以前に、アドス和尚は「ぶるぅ」に会ったことがありません。勝手に面子を増やそうだなんて、そんなこと…。
「………。ぶるぅがねえ……」
どうするかな、と会長さんは暫く考えていましたが。
「まあ、いいか。賑やかになるし」
「お、おい! 親父はぶるぅを知らないんだぞ、分身しましたとでも言うつもりか!?」
別の世界があるとは言えん、とキース君が噛み付けば。
「そこは何とでもなるんだよねえ、永住しますってわけではないし…。ほら、夏のマツカの別荘なんかは既に顔パスの世界だろう? 似てますね、ってレベルで済むわけ」
「そ、そういえば…。別荘もそうだし、旅行も一緒に行ってるな…」
「そうだろう? そっくりさんが踊っていれば見栄えもするしさ、ここは歓迎ということで」
でも練習は必須だよ、と会長さんがしっかり釘を。元老寺ライブは既に檀家さんに案内状が出されています。失敗しましたでは済みませんから、いくら「ぶるぅ」が悪戯好きでもキッチリ務めて貰わねば…。
「ああ、その点は大丈夫! ぶるぅは踊りたくって仕方ないから、自主練習をしてるんだ。ぶるぅが考えた振り付けを真似して青の間とか公園で踊っているよ」
「本当かい? それじゃ次から連れておいでよ、此処じゃ狭いし場所を借りよう。ほら、前に行ってたフィットネスクラブ。…あそこ、ぼくは今でも会員だからさ」
体操教室をやってるフロアを貸して貰おう、と会長さん。フィットネスクラブといえば、プールを借りていた所です。人魚泳法の練習をするとか言って貸し切るためにVIP会員になった会長さんですけど、未だに会員やってましたか…。
「え、だって。あそこ、仲間がやってるんだし…。ソルジャーともなれば永久VIP会員だよね」
「あったね、そういうフィットネスクラブ!」
懐かしいなぁ、とソルジャーも記憶を遡っているようでしたが。
「…そうだ、ぶるぅズとハーレイズ!」
ポンと手を打ったソルジャーの台詞で鮮やかに蘇った人魚の競演。…人魚泳法って所で記憶にストップがかかっていたのに、外れちゃいました、あっけなく。ぶるぅズが銀色の尻尾の人魚で、ハーレイズの尻尾はショッキングピンク…。
「うん、ライブでぶるぅズ再結成なら、この際、ハーレイズも再結成!」
それが最高、とソルジャーが拳を突き上げて。
「ぼくのハーレイを呼んでくるから、こっちのハーレイを動員してよ。でもって『かみほー♪』で踊らせるんだよ、ぶるぅズのバックダンサーで!」
「「「…………」」」
えらいことになった、と誰もが顔面蒼白でしたが、言い出したら最後、後に引かないのがソルジャーで。元老寺ライブは「そるじゃぁ・ぶるぅ」オンステージからグレードアップしそうです。教頭先生とキャプテンがバックダンサーだなんて、それってインパクト強すぎですって…。
何の因果か、ぶるぅズ&ハーレイズ。ソルジャーのゴリ押しで元老寺の本堂を背景に踊る面子は四人に増えてしまいました。キース君がアドス和尚に恐々お伺いを立てに行ったものの、「賑やかなのは大いによろしい」と呵々大笑で通ったそうで。
「…親父には説明したんだが…。教頭先生も踊るのですが、と」
「アッサリ通ってしまったんだろ、ぶるぅのライブが通るんだからさ」
ストッパーを期待するだけ無駄だ、と会長さんはとっくにお手上げ。ソルジャーが出てきた段階で会長さんの負けは決まっていたのです。教頭先生を動員する件にしたって従うしかなく、週末の今日が初めての練習日。フィットネスクラブの貸し切りフロアに朝イチで集合していると。
「すまん、遅くなった」
教頭先生が体操教室の扉を開けて現れました。
「…ダンスを踊れという話だったな? バレエではなくて」
「そっちは君しか踊れないしね」
シンクロ率が大切なんだ、と会長さん。
「ぶるぅの踊りに合わせて踊る! それが君たちの仕事なんだよ、ぶるぅズがステージの主役なんだし」
「かみお~ん♪ ハーレイ、よろしくね!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挨拶した所でソルジャーと「ぶるぅ」、それにキャプテンが空間移動で御到着です。これで面子は揃いましたが…。
「その服でダンスは無理ですよ」
教頭先生がキャプテンの制服を指差して。
「ブルーに言われて二人分のジャージを持って来ました。ロッカールームはあちらです」
「すみません。有難くお借りさせて頂きます」
肩を並べて出て行った二人が着替えてくるなり音楽スタート。大音量の『かみほー♪』に合わせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が軽やかに踊り、「ぶるぅ」もピッタリ息が合っています。自主練習をしていたと聞くだけあって流石ですけど、このダンスは…。
「わ、私たちがアレを…」
「そっくりに踊れというわけですか…?」
ジャンプはともかく宙返りにバク転、小さな身体のぶるぅズには無理なくこなせる技でも教頭先生たちにとっては大技で。
「む、無理です、私にはとても…!」
キャプテンが尻込みするのをソルジャーが肩をガシッと押さえて。
「お前には無理かもしれないけどねえ、こっちのハーレイは武道のプロだ。そこそこ練習を積めばモノになるんじゃないかと思う。その段階で技をサイオンでコピーして貰えば…。出来るよね、ハーレイ?」
視線を向けられた教頭先生、ウッと息を飲み、ぶるぅズのダンスを見ていましたが。
「…私も男です、やってみましょう。その上で技をコピーするのは構わないのですが、まるで基礎が無いと身体に負担がかかりますので…。基本の運動やストレッチなどは必須ですね」
「だってさ、ハーレイ。お前、日頃から運動不足だしねえ…。この際、柔道なんかも覚えてみたら? あ、こっちのハーレイはダンスの練習で忙しいから、そこの子たちに弟子入りで」
「「「えぇっ!?」」」
話を振られた柔道部三人組、まさに晴天の霹靂です。けれど基礎が無いキャプテンに宙返りだのバク転だのが危険なことは間違い無くて。
「…とりあえず、準備運動から始めてみるか?」
キース君が他の二人に確認を取り、シロエ君が。
「ハーレイズから時間が経ってますしね…。あの時はプールがクッションでしたし、サイオンで宙返りとかの反則行為も出来ましたけど、今回は水じゃないですし…。受け身の練習も要りそうです」
「柔軟体操も要ると思いますよ」
とにかく筋肉を柔らかく、とマツカ君。キャプテンは端の方に連れて行かれて準備運動、ストレッチ。柔軟体操が始まると痛そうな悲鳴が上がりましたが、教頭先生の方はそれどころではなく。
「ぶ、ぶるぅ、本当にここで二回連続でバク転なのか?」
「でないと曲と合わないんだもん!」
「かみお~ん♪ ハーレイ、お疲れ気味なの? あのね、ぼくの方のハーレイは昨夜もね…」
ヌカロクで凄かったんだから、と「ぶるぅ」が説明してくれますけど、ヌカロクって意味不明のままなんですよね…。それって疲れるモノなんでしょうか、だったらキャプテン、災難かも…。
「いたたたたたた! む、無理です、これ以上、曲がりません~!」
「押すんだ、シロエ! マツカは膝をきっちり押さえろ!」
「ひぃぃぃぃ~っ!!!」
もうダメです、と絶叫するキャプテンの柔軟体操は容赦ないレベル。お疲れの身体にはキツそうですけど、ソルジャーは。
「柔軟体操もいいかもねえ…。身体がうんと柔らかくなれば、バリエーションが増えそうだ。これは思わぬ副産物! そこの三人組、もっと激しくしごいてくれていいからね!」
その一方で教頭先生は、会長さんに怒鳴られながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊るダンスをコピー中。ああ、またバク転、失敗です。柔道やバレエとは使う筋肉、違うんでしょうねえ…。
来る日も来る日もフィットネスクラブに通い続けて、ダンスに受け身に体操に。教頭先生がやっとのことで三通りのダンスをモノにした頃、キャプテンの柔軟体操や受け身もそこそこのレベルに到達しました。その間、練習が休みだったのは学園祭の前後だけで。
「や、やっとダンスを覚えましたよ、あなたにお伝え出来そうです」
頑張りました、と教頭先生がキャプテンに右手を差し出し、その手をキャプテンが強く握ってサイオンで技のコピーです。これで二人は見事ぶるぅズのバックダンサーとなったわけですが…。
「「「……うーん……」」」
何かが違う、と踊りまくる四人の『かみほー♪』を見ながら首を捻っている私たち。前列で可愛く飛び跳ねている二人は文句無しなのですけど、後ろの二人がいけません。踊りはキッチリ揃っていますし、何がいけないと言うのでしょう…?
「…目立ち過ぎかな、後ろの二人が」
しかもデカイし、と会長さんが呟けば、ソルジャーが。
「ああ、それ、ぼくも思ってた! だけどハーレイズは外したくないし、バックダンサーも欲しいしねえ…。何かこう……。目立たない方法って無いものかなぁ?」
「後ろに下がるというのは無しだぞ」
本堂の中では踊らせん、とキース君。ぶるぅズ&ハーレイズは元老寺の本堂前のスペースで踊るということに決まっていました。プロジェクション・マッピングもそれを前提としての投影です。教頭先生とキャプテンを後退させるとなったら本堂の方向へ下がるしか無く…。
「親父が本堂の中を許しても、俺が許さん! 妙な前例を作られてしまったら何が起こるか分からんからな」
「…君を論破するのは簡単だけどさ、それじゃイマイチなんだよねえ…。バックダンサーが本堂というのは本末転倒、踊るなら主役が踊るべき!」
つまり、ぶるぅズ! と会長さんは言い切ったものの、ぶるぅズが本堂でバックダンサーのハーレイズが前に出るのも許せないらしく。
「確かにいるのに目立たず控えめ、それが理想のバックダンサー! だけどハーレイのあの身体じゃねえ…。何を着せても目立つだろうし……。ん…?」
これがあったか、とパチンと指を鳴らす会長さん。
「そうだ、衣装が大切なんだよ! 隠れてます、って感じで忍者スタイル、これなら目立っても背景扱い!」
「忍者…? いいね、それ! 黒ずくめだから背景に自然に溶け込むし」
時代劇も大好きなソルジャーが賛成しましたけれど、会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「ダメダメ、黒だと消えたも同然! 確かにいますってアピールしないとバックダンサーにならないよ。プロジェクション・マッピングは光で勝負だし、光を捉えて目立つためにも衣装は銀色のスパンコールで!」
「「「スパンコール!?」」」
何処の世界にそんな忍者が、と唖然としたのに、会長さんとソルジャーは乗り気。バックダンサーを従えて踊る「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も乗り気。あまつさえ、ぶるぅズな二人は金色スパンコールの忍者スタイルで前で踊ると言い出しました。なんだか思い切り派手なのでは…?
そして、ぶるぅズ&ハーレイズの忍者な舞台衣装が出来上がり、シロエ君が頑張ったプロジェクション・マッピングの試験投影も無事に終わって、いよいよ当日。ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」も揃って出掛けて行った元老寺では…。
「皆さん、本日はようこそお越し下さいました」
アドス和尚が、とっぷりと暮れた境内を埋める檀家さんたちにマイクで厳かに。
「元老寺プロジェクション・マッピングを始めます前に、まずは御本尊様にお念仏をお唱えいたしましょう。同称十念~。南無阿弥陀仏」
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
十回唱えるのが基本だと聞くお念仏ですけど、抹香臭いイベントはパス。会長さんとサム君はともかくジョミー君は無視していますし、一般人は無視でいいでしょう。ソルジャーだってまるっと無視です。そもそも此処へ来ている理由は、ぶるぅズ&ハーレイズのライブを見るためで…。
「…南無阿弥陀仏。それでは皆さん、大いにお楽しみになって下さい!」
いざ開幕! と告げるアドス和尚はキャプテンや「ぶるぅ」の正体に全く気付いていませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のステージを盛り上げるために教頭先生と同じく動員された誰かなのだと思っています。ステージ弁当を用意してくれたイライザさんも同様で…。
「「かみお~ん♪」」
金色の忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が本堂の正面に登場した瞬間、本堂は巨大なスクリーンに。シロエ君が頑張っていた映像です。後光のように光り輝く線の中心に、ぶるぅズが。光が広がり、銀色の忍者なバックダンサー、ハーレイズが後ろに現れました。
「「「……スゴイ……」」」
練習で見ていた時より遙かに凄い、と私たちまでが大感動。あんなに渋っていたキース君でさえも墨染の衣でステージと映像に見惚れていたり…。歌って踊って『かみほー♪』三昧、四人の忍者が宙返りやらバク転やら。小さなぶるぅズ、金色の衣装が映えまくってますから完全に主役。
「忍者の衣装は正解だったね、君の提案に感謝だよ」
ハーレイズがちゃんとバックダンサー、とソルジャーが感心すれば、会長さんは。
「ぼくの方こそ、感謝かな。ぶるぅのライブを此処まで派手に演出できたのは君のお蔭さ、ホントなら一人で歌って踊っておしまいなだけのステージだったし…」
ありがとう、とソルジャーに頭を下げる会長さん。元老寺ライブは檀家さんの他にも噂を聞き付けた近所の人たちで大入り満員、シロエ君の力作のプロジェクション・マッピングを撮影している人も大勢います。ソルジャーが最初に現れた時はエライことになったと思いましたけど…。
「大成功よね、このライブ」
スウェナちゃんも撮影に燃えていました。元ジャーナリスト志望だっただけに、素敵な記録が撮れそうです。シロエ君も自前のカメラをあちこちに据えて録画していますし、これはダビングして貰わなくっちゃ~!
『かみほー♪』が三回も踊られたライブは大歓声の間に無事に終わって、締めはアドス和尚の先導でまた十回のお念仏。短いながらも素晴らしかった舞台を務め上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と教頭先生たちの慰労のために、と庫裏のお座敷にイライザさんが御馳走を準備してくれていて。
「じゃあ、ぶるぅズとハーレイズの健闘を讃えて……。乾杯!」
会長さんの音頭で私たちはジュースのグラスを掲げました。忍者の衣装から私服に着替えた教頭先生とキャプテンはビール、会長さんとソルジャーのグラスにもビール。
「「「かんぱーい!!!」」」
賑やかにグラスが触れ合うお座敷にアドス和尚とイライザさんの姿はありません。キース君は法衣のままですけれど、私たちだけの気楽な宴席ということで…。
「お疲れ様でした、教頭先生」
キース君が教頭先生にビールを注げば、ソルジャーも負けじとキャプテンに。
「どうぞ、ハーレイ。今日でステージも無事に終わったし、後は今後に生かすだけだね」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、とビールを注ぐソルジャーに注目の私たち。このステージを今後に生かすって、キャプテン、あちらの世界で「ぶるぅ」と『かみほー♪』を踊るとか…?
「あ、違う、違う! どっちかと言えば、ぶるぅはお邪魔」
「かみお~ん♪ 大人の時間は、ぼくは土鍋の中だもん! ハーレイ、今夜から頑張るんだもん!」
もう疲れても大丈夫だからヌカロクだもんね、と「ぶるぅ」はニコニコ、ソルジャーは。
「そういうこと! 体力もついたし、身体もすっかり柔らかくなったみたいだし…。どのくらいグレードアップしたのか、もう、楽しみで、楽しみで」
「ちょ、ちょっと…。その先、禁止!」
言わないように、と会長さんがストップをかければ、ソルジャーは「そう?」と微笑んで。
「それじゃ話を切り替えて…、と。今日のステージ、お念仏だと何回くらいに相当するわけ?」
「さ、さあ…。大勢の人がお念仏を唱える切っ掛けになったわけだし、どのくらいだろう? 阿弥陀様がどう評価なさるかは分からないけど、とにかく、沢山」
多いことだけは間違いない、という会長さんの答えに、ソルジャーはとても満足そうに。
「それは良かった。…ハーレイ、お念仏を凄く稼げたらしいよ、努力した甲斐があったよね。これで極楽にお世話になる時、いい蓮が貰えるといいんだけれど」
でも阿弥陀様からは遠いのがいいな、とウットリしているソルジャーが何を夢見ているのか、嫌と言うほど分かりました。キャプテンと二人で過ごすための蓮で、確か色にも指定があって…。
「ハーレイの肌の色が映える蓮の色ってどんなだろうねえ、シロエが投影していた中にも蓮は色々あったけど…。ピンクなのかな、それとも白かな? 青の間のイメージで青っていうのもいいかもねえ? どう思う、ブルー?」
高僧としての君の意見を、と訊かれた会長さんがブチ切れるのとキース君の怒声は同時でした。
「余計なことを考える前に、君もお念仏に精進したまえ!」
「貴様ぁ! よくもそういう穢れた気持ちで御本尊様の前でライブなんぞを!」
許さんぞ、と怒鳴り付けるキース君にソルジャーはヒラヒラと右手を振ってみせて。
「ライブはぶるぅとハーレイだってば、そっちは純粋に踊ってただけ! お念仏パワーで理想の蓮をゲットなんだよ、君も祈ってくれるんだろう? ぼくが贈った桜の数珠でね」
だから今夜もハーレイと二人で極楽へ…、と語るソルジャーが言う極楽とは、多分、天国のことでしょう。ヌカロクってそんなにいいんですかねえ、ぬかるみみたいに聞こえますけど…。足を踏み入れたら逃れられない中毒性でもあるのかな? ともあれライブは大成功ですし、ヌカロクに乾杯しときます~!
踊って元老寺・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ぶるぅズ&ハーレイズを覚えてらっしゃった方はおいででしょうか?
人魚ショーなお話は特別生ライフ二年目の 『特訓に燃えろ』 でした。
ご興味のある方は覗いて下さいv → 『特訓に燃えろ』
次回は 「第3月曜」 5月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
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こちらでの場外編、4月は恒例のお花見なのですが…。またもソルジャー夫妻乱入?
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