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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

木漏れ日の下で

 ブルーの背丈は百五十センチから全く伸びなかったけれど、この世界の時間は流れてゆく。
 大好きなハーレイと再会した時は春だったのが、夏の先ぶれの爽やかな青葉の季節へと。ブルーたちが暮らす地域には遙か昔は梅雨と呼ばれる長雨があったそうだが、SD体制崩壊後の地殻変動のせいで今は無い。消えてしまった梅雨の代わりに光が眩しい六月がある。
 暑さにはまだ少し早くて、窓を開け放って過ごすのにちょうどいい季節。いつものように訪ねて来てくれたハーレイと一緒の土曜日の午後をブルーは部屋で満喫していたのだけれど、ハーレイが「すまん」と椅子から立ち上がった。
「少しだけ下へ行ってくる。お母さんに用事があってな」
「…ママに?」
 行かなくってもその内に来るよ、とブルーはハーレイを引き止めてみたが、「いや」とハーレイは部屋から出て行ってしまった。閉じた扉の向こうで階段を下りてゆく足音がして…。
「すみません」
 下りて直ぐに母と出会ったのだろう、ハーレイの声が聞こえて来た。
「明日、ちょっとしたものを持って来てもかまいませんか?」
(…ちょっとしたもの?)
 なんだろう?
 聞こえないや、とブルーは階下に聞き耳を立てたが、分からなかった。階段の下からリビングにでも移動したのか、声を落として話しているのか。
(…内緒の話?)
 ブルーが聞いてもかまわないのなら、わざわざ下りては行かないだろう。母が来た時に言えばいいのだし、それをしなかったということは…。
(ぼくに内緒で持って来るもの?)
 ほんの少し首を傾げている間に「すまん、すまん」とハーレイが戻り、それきり忘れてしまったブルーだったが…。



 父と母も交えての夕食が済んで、ハーレイが「また明日な」と手を振って帰っていった後。
 一人きりになってしまった自分の部屋で「あーあ…」とハーレイがいない寂しさに溜息をついたブルーは、ふと思い出した。昼間、階下へと行ったハーレイ。多分、ブルーには内緒の話。
(…何か持って来てくれるんだよね?)
 聞き取れた部分は其処と、「ちょっとしたもの」という言葉。
(ちょっとしたもの…って、何なのかな?)
 何だろう、と思いを巡らせて「あっ!」とブルーの顔が輝く。
「お土産かも!」
 今週、研修で何処かへ出掛けて行ったっけ。ほんの一日だけだったけれど、学校で会えなかったお詫びに何か買ってきてくれたとか?
(うん、そうかも…)
 研修先が何処だったのかでお土産は変わる。お菓子かもしれないし、名産品とか。
(お土産だったら、ハーレイとお揃いの何かだといいな)
 だって恋人同士だもんね、とブルーは夢を膨らませた。お揃いで可愛いマスコットなんかも素敵かも、と考えてからハーレイの好みではなさそうだと気付く。何と言っても大人なのだし…。
(んーと…。お揃いだったら文房具とか?)
 お揃いのペンとか、手帳とか。想像しただけで胸がドキドキしてきた。ハーレイとお揃いの何かを持っているなんて、如何にも恋人同士らしくて嬉しい。学校に持って行ったらお揃いだとバレてハーレイとの仲を勘ぐられそうだし、家でコッソリ大切にして…。
(…でも…)
 違うのかな、という気もした。お土産だったら直接渡せば済む話。わざわざ母に断らなくても、持って来て「ほら」と手渡せばいい。
(ママに言わなきゃいけないってことは…)
 もしかしてハーレイの手作りの何か?
 料理は得意だと聞いているから、ケーキを焼いてくれるとか。それとも手作りのお弁当?
 食べるものなら予め母に言っておく必要があるだろう。お菓子や食事の支度があるし、ハーレイが作ってくるものに合わせて変更するとか、揃えるとか。
「うん、ひょっとしたら食べる物かも!」
 ハーレイの家で御馳走になった料理は美味しかったし、ブルーが学校を休んだ時に作ってくれる野菜スープも懐かしくて好きだ。細かく細かく刻んだ野菜を基本の調味料だけで煮込んだスープ。ハーレイ曰く、「野菜スープのシャングリラ風」。
 他にもハーレイの得意料理が沢山あるに違いない。明日はその一つを食べられるのかも…!



 日曜日の朝、いつもより早く目覚めたブルーはハーレイが来るのを今か、今かと待ち焦がれた。掃除を済ませた部屋の窓から庭の向こうの通りを見下ろす。
 いい天気だから、ハーレイは今日も昨日と同じで歩いて訪ねて来るだろう。背の高いハーレイは生垣越しに二階のブルーに手を振ってくれて、それから門扉のチャイムを鳴らして…。
「…あれ?」
 ハーレイが歩いてくる筈の方から一台の車がやって来た。見覚えのあるハーレイの車。晴れた日には歩くのが「軽い運動に丁度いいんだ」と言っているのに…。
「寝坊して急いで来たのかな?」
 きっとそうだ、とガレージに入ってゆく車を眺める。ハーレイは何を持って来てくれたのか。朝から料理をしていたのなら、そのせいで遅くなったかも…。
(寝坊だなんて言ってごめんね、ハーレイ)
 作るのに時間がかかるものなら、色々な食べ物がギッシリ詰まったお弁当? 手の込んだ料理? ハーレイお手製のそれに胸がときめく。何が出て来るかと窓からガレージを覗いていたのに。
「………???」
 車から降りたハーレイは何も持ってはいなかった。運転席のドアをバタンと閉めて、母が開けた門扉から入ると家の方へと。
(…昨日のアレって、聞き間違いかな?)
 確かに聞いたと思うんだけど、とブルーは期待が裏切られたことにガックリとする。それでも僅かな望みをかけて待っていたのに、部屋を訪ねて来たハーレイはやっぱり何も持ってはいない。
「ブルー、おはよう。…どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
 勝手に一人で勘違いして、そのせいでガッカリしているだなんてハーレイに言えるわけがない。せっかくハーレイが来てくれたのだし、うんと甘えて話をして…。
 そうしよう、と気分を切り替えたブルーは「あれ?」とハーレイを案内してきた母を見詰めた。
「ママ、お茶とお菓子はどうしたの?」
 普段だったら母はとっくに階段を下りてお茶の用意をしている筈だ。でなければ案内してくる時にトレイを持っていて、手際良くテーブルに並べてゆく。どうしたのだろう、と思ったら。
「用意してあるわ、下にあるわよ」
「…え?」
 今日はいきなり母も交えてのお茶なのだろうか。ハーレイに甘えたかったのに…。こんな筈ではなかったのに、とブルーは先刻の勘違いの分も含めて更にガッカリしたのだけれど。



「すみません、お手数をおかけしまして」
 ハーレイが母に声を掛け、母が「いいえ」と笑顔を返した。そしてブルーに微笑みかける。
「ブルー、ハーレイ先生がね。今日のお茶は外にしましょう、って仰ったのよ」
「…外?」
 言われた意味がサッパリ分からず、ブルーはキョトンと赤い瞳を見開いた。ハーレイが「ん?」と腰を屈めて視線を合わせて。
「ついて来い、外と言ったら外だ」
 行くぞ、と先に立って階段を下りて行ったハーレイは庭に出た。それから「其処で待ってろ」とガレージに入り、車のトランクをバタンと開けると…。
(わあっ…!)
 ブルーの心臓がドキリと跳ねた。
 まるで魔法のようにハーレイが引っ張り出してきた折り畳み式のテーブルと椅子。それは簡素なものだったけれど、庭で一番大きな木の下にしっかり据え付けられて。
「どうだ、木の下にお前の椅子が出来たぞ」
 座ってみろ、と促されて座るとハーレイが向かいに腰掛けた。体格のいいハーレイの体重を軽く受け止める椅子は見かけよりも随分しっかりしているらしい。
「お前、壊れるかと思っていたな? キャンプ用だぞ、こう見えて頑丈に出来ているんだ」
 教え子たちを招いた時に庭で活躍する椅子たちだ、とハーレイは言った。
「バーベキューとか、色々とな。お前も呼んでやりたいんだが…」
 ハーレイの声は其処で途切れて、トレイを持った母がやって来た。
「外だから冷たいレモネードにしたわ。アイスティーの方が良かったかしらね?」
 お菓子はハーレイ先生がお好きなパウンドケーキよ、とテーブルの上に支度を整え、母は家へと戻ってゆく。その姿が家の中に消えてから、ハーレイは先刻の言葉の続きを口にした。
「本当は呼んでやりたいんだがな、どうして駄目かは分かっているな?」
「……うん…」
 残念だけれど、ブルーは呼んで貰えない。クラスメイトたちと一緒だったら行けるのだろうが、それではブルーも「その他大勢」と同じ扱い。かまわないと思って出掛けて行っても、きっと不満が募るのだろうし…。
「お前を家には呼んでやれんし、俺もあれこれ考えてみた。それでこういう結果になった」
 木の下のテーブルと椅子は気に入ったか? とハーレイはパチンと片目を瞑った。
「前に俺に言っていただろう? 違う所で食べてみたい、と」
「あっ…!」
 ブルーの脳裏に自分の言葉が蘇った。何処でもいいから違う所で食事をしたい、と頼み込んだら断られた上に、それはデートの誘いのようだと指摘されてしまい…。



「…ハ、ハーレイ、忘れてなかったの!?」
 耳の先まで真っ赤に染まったブルーの姿にハーレイが喉の奥でクックッと笑う。
「こらこら、大きな声を出すなよ? 此処はお前の部屋と違って庭なんだからな。一階の窓と同じ高さで、お母さんたちから丸見えだ。窓が開いてりゃ大きな声だと丸聞こえだぞ」
「……ハーレイの意地悪……」
 ブルーは上目遣いにハーレイを睨み、小さな声で文句を言った。それとは知らずにデートの誘いをしてしまった事件。ハーレイには忘れていて欲しかったし、自分では綺麗に忘れていたのに…。
「そう怒るな。…あの時、俺は言った筈だぞ、嬉しかったと。この椅子たちの季節が来たんで思い出してな、お前に普段とは違う所で食事をさせてやろうと思った」
 食事じゃなくてティータイムだが、とハーレイがレモネードのグラスを指で軽く弾く。それからテーブルでチラチラと揺れる光たちの欠片をチョンとつついて。
「どうだ? シャングリラでは見られなかった本物の木漏れ日というヤツだ。おまけに地球の太陽なんだぞ、素敵じゃないか」
「……ホントだ…」
 ブルーはグラスに、ケーキの皿に、テーブルの上に零れる光たちが描く模様に目を細めた。木の葉の間から射してくるそれは繊細なレースの細工にも似て、吹いてゆく風に揺られて踊り回って。
「綺麗だね…。こんな風に見たこと、一度も無かった」
「そりゃまあ、なあ…。普通に生きてりゃ、木漏れ日なんかは何処でもあるしな」
 木さえあればな、とハーレイが頭上に広がる枝と重なる葉を仰ぎ、またテーブルに視線を戻す。その鳶色の瞳が何か宝物でも見付けたかのように不意に煌めいて。
「ブルー、これ。此処を見てみろ」
「えっ?」
 トン、トン、とテーブルを叩く指先。ブルーにはただの木漏れ日にしか見えなかったけれど。
「…分からないか? ほら、この光。ちょっとシャングリラに似ているだろう?」
「あっ…!」
 そう言われてみれば、其処に懐かしい白い船の形が揺れていた。
 遙か上空から見たシャングリラ。ブルーが守って、ハーレイが舵を握っていた船。
「…似てるね、ホントに」
「そうだろう? もうシャングリラは何処にも無いがな…」
 時間が連れて行っちまったな、とハーレイが青い空の遙か彼方を見上げる。
「だが、俺たちは此処に居るんだ。お前が行きたかった地球の上にな」
 とりあえず昔を懐かしみながら今は健全なデートをしよう。……お母さんたちの目もあるしな。
 ハーレイの言葉にブルーの顔はまたしても真っ赤になったが、今度は怒る気はしなかった。



 庭で一番大きな木の下で、レモネードとパウンドケーキのティータイム。
 それをデートと呼ぶのか否か、ブルーには今一つ分からなかったし、色っぽい話をしたわけでもなくて昔話をしていただけ。白い船の中しか無かった頃を思えば、今はどれほど幸せなのかと。
 そんな時間を二人で過ごして、ちょっぴり特別な気分になった。
 やっぱりあれもデートと呼ぶのだろうか、とブルーがしみじみ考えるようになった頃に夏休みが始まり、平日でもハーレイに会えるようになって。
 あの日のことなど忘れ去っていたら、カラリと爽やかに晴れた日の朝、またハーレイがテーブルと椅子とを持って来てくれた。其処で母が淹れてくれたアイスティーを飲み、昼食も其処で。
 ブルーの部屋で過ごす時間と違ってハーレイに甘えたり抱き付いたりは出来ないけれど、真夏の強い日射しを遮る木の下で笑い合ったり、互いに微笑み交わしたり。
 そういうデートを何度か重ねて木の下の席がブルーのお気に入りの場所になって間もなく、父がハーレイに申し出た。
「ハーレイ先生。いつも持って来て頂くのも申し訳ないですし、買いますよ」
「いえ、私が好きでしていることですから」
 それに重くもないですよ、とハーレイは笑って言ったものだが、両親は本当に申し訳なく思っていたらしく、数日後には新品のテーブルと椅子が庭の木の下に据え付けられた。



 母が「私も庭でお茶にしたいわ」と白に決めてしまったテーブルと椅子。
 ハーレイにはちょっと似合わないかも、とブルーは秘かに心配したというのに、いざハーレイが其処に座って向かい合ってみれば、なんだか意外に似合っている。
「……不思議…」
「何がだ?」
 怪訝そうに尋ねるハーレイに「白いテーブルと椅子は似合わないかと思っていた」と答えたら。
「…俺にシャングリラは似合わなかったか?」
 白かったぞ、と大真面目な顔で返事が返って、ブルーはストンと納得した。
(…そっか、シャングリラも真っ白だった…)
 どおりでハーレイに似合うわけだ、と白いテーブルと椅子とを眺めて、其処に座る恋人の褐色の姿に遠い昔の記憶を重ねる。今は半袖のシャツを着ているハーレイだけれど、前の生ではカッチリとキャプテンの制服を身に着け、いつも威厳に満ちていて…。
(ぼくたちが暮らした白い船。ハーレイが舵を握っていた船…)
 シャングリラはぼくたちの楽園だった、とブルーの思いは過去へと飛んだ。
 懐かしい船。ハーレイと暮らした楽園という名の真っ白で優美な大きかった船。
(……だけど……)
 この木の下の白いテーブルと椅子も、ぼくたちが二人で過ごす楽園。
 シャングリラよりもずっと小さいけれども、幸せな時だけが満ちた楽園…。



 こうして木の下のテーブルと椅子は、天気のいい日の定番になった。
(ふふ、今日もとってもいい天気だよね。…ハーレイは柔道部で出掛けちゃったけど)
 夏休みも残り僅かとなった平日、ブルーは朝食の後で白い椅子に一人チョコンと座った。
 ハーレイが訪ねて来られない日も、腰掛けて見上げると世界の何もかもが変わって見える。
(…ハーレイ。ぼくはとっても幸せだよ、ハーレイ…)
 君の椅子が此処にあるんだもの、とブルーは向かい側にハーレイが居る日を思い浮かべた。
 今日は一人で座っているけれど、向かい側はハーレイの指定席。
 ハーレイと二人で生まれて来た地球に、自分とハーレイのためのテーブルと椅子があるなんて。
 なんて幸せなんだろう。
 いつまでもハーレイとぼくと二人で、此処に座って居たいけど…。
 そう考えながら幸せな溜息を一つついた時、視界の端がブルーの家を捉えた。
 さっき飲み物を持って来てくれた母がリビングかキッチンに居る筈で、夜になったら父が仕事を終えて帰って来る家。
 ハーレイと二人、この木の下のテーブルと椅子をいつまでも使うということは…。
(…パパとママの居る家で、ハーレイとずっと一緒に暮らすの?)
 いつか本物の恋人同士になった後もずっと、この家で…?
(ダメダメダメ~~~っ!)
 ハーレイとキスを交わして、それから、それから…。
 そういうことをしているんです、なんてパパとママに言えるわけがない。
 でもこのテーブルと椅子もお気に入りだしどうしよう、とブルーは耳まで赤く染まって考える。
 いつかはきっと、ハーレイと一緒。
 だけど木の下のテーブルと椅子も欲しいんだけど、と真剣に悩むブルーは十四歳の小さな子供。
 お気に入りの席と、恋人と共に歩む未来を秤にかけてしまう辺りが、まだまだ幼い。
 そんなブルーが伸ばそうと懸命になっている背丈は今でも百五十センチ、ハーレイと会った春の頃から少しも変わっていなかった……。




        木漏れ日の下で・了


※いつもハレブル別館にお越し下さってありがとうございます。
 ハーレイ先生のお誕生日は8月28日という設定。
 お祝いに更新いたしましたが、お誕生日ネタではなかったりして…。
 今年中には必ず書きます、お誕生日の公式発表は暫しお待ちを~。

 ←ハレブル別館へのお帰りは、こちらv




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