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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

羨ましいお酒

 ブルーの背丈は一向に伸びる気配もないのに、草木はぐんぐん育って、茂って。日射しも肌には痛いほどになって、蝉の鳴く夏がやって来た。間もなく学校も夏休みに入り、終業式の翌日は平日なのにハーレイが訪ねて来てくれて…。
 午前中は柔道部の指導をしてきたとかで、来訪は午後。生まれつき身体が弱いブルーには想像も出来ない世界だったけれど、柔道部員は朝の涼しい内に外を走って、その後は体育館で柔道三昧。
「…凄いね…。ハーレイも一緒に走ってきたの?」
「決まってるだろう! 俺がついていれば気合も入るし、俺も運動は好きだしな」
 部員たちと一緒に走ってきた上、柔道の技の指導まで。学校からブルーの家までの距離も普通に歩いてきたのだと言うし、ハーレイの体力は凄すぎる。
「ハーレイ。もしかして今も体力、余ってる?」
「そうだな、プールがあったら軽く泳ぎたい気分だな。…学校で少し泳いではきたが」
「ええっ!?」
 まさかプールに入ってきたとは思わなかった。それも水泳部の生徒に混じってコースを何往復も泳いだだなんて、少しと呼ぶには多すぎだ。ブルーは水泳の授業は大抵見学、たまに入っても少し泳げば疲れてしまう。コースの端から端まで休み無しなんて絶対に無理だ。
「…ぼくって、ホントに弱過ぎなんだ…」
「しょげるな、頭はいいんだろうが」
 それで充分いいじゃないか、とハーレイの手がブルーの頭をクシャクシャと撫でた。
「俺と一緒に走れとは言わんし、泳いでくれとも言わないさ。お前には似合わないからな」
「でも……」
 ハーレイと一緒に並んで走ってみたかったな、という気もする。水泳の授業も大嫌いだけれど、ハーレイの隣で泳げるのならば悪くない。それが出来ない自分の身体は…。
「…やっぱりハーレイと走ってみたいし、泳いでみたいな」
「馬鹿! それでお前が寝込んだりしたら、俺は思い切り寝覚めが悪いぞ」
 無茶はするな、と言い聞かされる。ハーレイに迷惑はかけられないから、走るのも泳ぐのも我慢あるのみ。出来たらいいな、と夢見るだけで終わりにしておくべきなのだろう。



 ともあれ、今日から夏休み。平日でもハーレイが来てくれる日が多くなる。そう、明日だって。
 会社から帰った父も交えての夕食の席で、ブルーは普段よりずっと気分が良かった。いつもなら夕食の後はお別れ、土曜日だったら翌日も会えるが日曜の時はそうはいかない。次の週末まで食卓にハーレイの姿は無いわけで…。
(ハーレイ、明日も来てくれるものね。日曜じゃないのに)
 考えただけで頬が緩んでしまいそうになる。そんな自分を抑えつけていたら、父が立ち上がって棚からお気に入りのウイスキーのボトルを持って来た。
「ハーレイ先生。休みに入られたことですし、一杯どうです?」
 美味いんですよ、と父が勧めてグラスも並べる。
「ありがとうございます。遠慮なく頂戴させて頂きます」
「どうぞ、どうぞ。いつもブルーがお世話になっていますから」
 グラスに注がれた琥珀色のそれを、ハーレイは氷も入れずに口に含んでみて。
「…いい酒ですねえ、これはこのままで頂かないと」
「ハーレイ先生、いける口ですね。水割りもなかなかに美味いんですよ」
 御遠慮なく、と父は嬉しそうに言い、夕食の後は母がチーズや軽いつまみを用意しての時ならぬ宴会となった。酒が飲めないブルーと母は紅茶とクッキーだったけれども、父たちの話を聞くのも楽しいものだ。
 最初の間は仕事の話も混じっていたのが、いつしかブルーとハーレイが共に持っている前の生の記憶へと移っていって。
「シャングリラでは酒といったら合成でしたよ、仕込むなどは夢のまた夢でしてね」
「…そうでしょうねえ、補給の問題もあったでしょうし」
「いえいえ、その前に嗜好品に手間はかけられませんよ。あれば充分、そんなものです」
 ブルーが好きだった紅茶にしても、とハーレイはグラスを傾けた。
「香りは二の次、三の次でした。その紅茶も酒も、今では地球の水で淹れたり仕込んであったりと最高の贅沢なんですよ。…思い出す前の私は有難さに気付いていませんでしたが」
 実にもったいないことをしてしまいました、とハーレイが笑う。
「酒は色々と飲んできましたし、地酒なんかもあれこれと…。あの頃に記憶が戻っていたなら、格別の美味さだったんでしょうなあ」
「はははっ、そういう楽しみ方もありますか! …お一人で二人分ですねえ」
 父とハーレイとの弾む話に、ブルーは微笑みながら聞き入っていた。前世の話は今までにも何度か出てはいたのだが、今日のハーレイは本当に楽しそうに話す。辛かった筈の頃の話を、懐かしい昔話のように…。



 次の日、ハーレイは昨日と同じように午後から来てくれた。柔道部に加えて軽く泳いで、歩いてブルーが待つ家まで。その体力もさることながら…。
「ねえ、ハーレイ。お酒ってホントに美味しいの?」
 ハーレイと自分の部屋のテーブルで向かい合ったブルーは昨日からの疑問をぶつけてみた。父と二人でグラス片手に大いに語り合っていたハーレイ。二人とも酔っていなかったのに、普段よりも滑らかだった口調は恐らくは酒のお蔭であって…。
「酒か? 美味いぞ、昨日お父さんに御馳走になった酒なんかは、もう最高に美味かった」
「……そうなんだ…」
 分かんないや、とブルーは呟く。十四歳の今はもちろん、前の生でもブルーは酒を好んで飲みはしなかった。合成の酒が不味かったというわけではなくて、実のところ、酒に弱かったのだ。
 ハーレイの部屋に行けば酒があったし、美味しそうに飲む姿を目にして「ぼくにも」と強請って飲んでみたことも少なくはない。ところが下手をすれば翌日は頭痛の二日酔いコースで、そこまで酷くはなかった時でも身体は熱いしフラフラするしで…。
「お前は酒は駄目だったしなあ…。それで美味いとも思わなかった、と」
 ハーレイの指摘に「うん」と頷く。
「だけど今度は飲めるようになってみたいんだけど…」
「何故だ? 無理に飲んでも二日酔いだぞ」
「…そうなんだけど…」
 ハーレイと一緒に飲みたいな、とブルーは赤い瞳で見詰めた。
「一緒に走るのは絶対無理だし、泳ぐのだって…。でも、飲むだけなら出来ると思う」
「………。お前、幾つだ? 酒は何歳からだった?」
 呆れたような顔のハーレイに「二十歳……」と法律とやらで決まった年を答える。
「話にならんな。まだ六年も先のことだぞ、お前」
 それにお前には多分無理だ、とハーレイは指でブルーの額をつついた。
「前と同じで身体は弱いし、すぐに倒れてしまうしな? そういうヤツには酒は向かない」
「体質は変わっているかもだし!」
 食い下がるブルーにハーレイが可笑しそうに笑いを堪える。
「そっくり同じに弱いくせして、体質も何もないもんだ。きっとお前は酒にも弱いさ」
「今度は耳は聞こえてるし!」
「生憎だったな、その点は俺も全く同じだ」
 補聴器要らずの耳ってな、とハーレイは自分の耳に手をやった。
「しかし、まあ…。お前がそこまで言うんだったら、二十歳になったら飲んでみろ。酔っ払うのも頭痛がするのも俺じゃなくってお前だからな」
 二日酔いに効く薬くらいは買ってやろう、と笑われた。やっぱり自分は今の生でもアルコールに弱い身体なのかもしれない。けれど……。



 ハーレイと一緒に走るのも無理、泳ぐなんてことも絶対に無理。
 どちらもハーレイの大好きな趣味で楽しそうなのに、自分はそれを分かち合えない。それならば父と酒を酌み交わしていた時のハーレイの笑顔、あれを自分も分かち合いたい。運動はとても無理だけれども、酒ならばきっと…。
「…ハーレイと飲んでみたいんだよ。ハーレイが好きなお酒を、一緒に」
「俺が美味いと言ったからか? しかしだな、お前にとっても美味いかどうかは分からんぞ」
「好きになるよ!」
 頑張って飲んで好きになるよ、とブルーは言った。
「最初はダメでも何度か飲んだら平気になるかもしれないし! そして好きになる!」
「……お前なあ……」
 無理をして飲む馬鹿が何処にいるか、とハーレイがブルーの頭に手を置く。
「それに美味くて飲むならともかく、我慢して飲むのは美味い酒にも失礼だ」
「だけど…! ぼくもハーレイと飲みたいよ!」
 ブルーはムキになって返した。昨日はあんなに楽しそうだったのに、と。
「絶対、ハーレイと飲むんだってば! パパしかハーレイと飲めないなんてずるい!」
「…お前のパパなあ……」
 問題は其処か、とハーレイはさも可笑しそうに笑い始めた。
「なるほど、お前はお父さんが俺と飲んでいたのが羨ましかったわけだ。…将来、お前が頑張って酒を克服するとしてだな…」
「克服するよ! 絶対、飲めるようになる! 美味しいって言う!」
 ブルーが懸命に主張しているのに、ハーレイの笑いは止まるどころか大きくなって。
「ははは、克服するんだな? それはいいとして、酒はだ、二十歳からだ。それは分かるな?」
「分かってるよ!」
「うんうん、お前が十八歳で俺と結婚するなら、俺は当分、お父さんと飲むしかないんだなあ…。お前、二十歳じゃないんだからな」
「えっ……」
 予想もしなかったハーレイの言葉にブルーは目を丸くしたのだけれど。
「そうだな、お父さんしかないな。…よし、結婚したらお前の家に住むことにしよう。飲み友達が出来そうだしな」
 昨日の酒は実に美味かった、とハーレイがパチンと片目を瞑る。昨夜、父とグラスを傾けていたハーレイの顔は傍で見ていても心が暖かくなるようなもので…。



「ずるい、ずるい、ずるいーっ!!」
 それに酷い、とブルーは椅子から立ち上がらんばかりの勢いで抗議した。
「ぼくがいるのにパパとだなんて、そんなのずるいし、酷すぎるよ!」
「仕方ないじゃないか、お前は十八歳なんだから」
 二年間ほど我慢しておけ、とハーレイはいとも涼しげな表情で返す。
「なあに、たったの二年の我慢だ。そうすれば二十歳になる。それまでは俺はお父さんと飲むさ」
「絶対やだっ!」
 ブルーは今度こそガタンと立つと、テーブルにダンッ! と両手をついた。
「ハーレイがそんな意地悪言うなら、飲めないようにしてやるから!」
「…ん? 俺の大事な酒を捨てる気か?」
「そんなのしないよ!」
 いくらブルーが腹を立てても、酒を捨てるような真似は出来ない。自分には飲めない嗜好品でもシャングリラでは貴重だった酒。ましてや合成品ではなくて地球の水で仕込んだ酒ともなれば…。
 けれどハーレイが父と二人で酒を酌み交わし、自分が其処に入れないなど論外だ。
 そんな結末を迎えるだなんて、とんでもない。それを防ぐには手段は一つ。
 ブルーはテーブルについた両手をグッと握ると、ハーレイに向かって宣言した。
「もう決めた! パパと一緒に飲めないように、ハーレイの家に住んでやるからっ!」
「……俺の家にか?」
「そうだよ! 結婚したら絶対、ハーレイの家に住んでやるっ!」
 そしたらパパと飲めないもんね、と言い放ったブルーの顔には「ざまあみろ」と書いてあったのだけれど、ハーレイの方はプッと吹き出し、必死に笑いを堪え始めた。それが何故だか分からないブルーは得意の絶頂から突き落とされた怒りも併せて背後に回ると、広い背中をポカポカと叩く。
「ハーレイ、何が可笑しいわけ!? ねえ!」
「いや、まあ、なあ…? ははは、俺の家にお前が来るんだな?」
「そうだってば!」
 決めたんだからね、とブルーは唇を尖らせた。
「ぼくが二十歳になったら一緒に飲むから、家で飲み友達は無し! パパとはダメっ!」
「分かった、分かった。結婚したら俺の家に住む、と」
「うんっ!」
 勢いよく「うん」と返事してから、ブルーはハタと気が付いた。
 ハーレイと一緒に飲むことだけを考えて突っ走ってしまったけれども、自分は何を言ったのだ?



(……も、もしかして……)
 結婚したらハーレイの家に行くと宣言しなかったか?
 あまつさえ、酒が飲めるようになる二十歳までは二年もかかる十八歳で結婚することを前提に。今の学校を卒業するのが十八歳だし、すぐに結婚出来たらいいなと思ってはいたが…。
(……い、言っちゃった? 十八歳で結婚したいって言っちゃった?)
 おまけにハーレイの家で暮らすと言ってしまったし、どうしたら…。
(ダメダメダメ~~~ッ!)
 耳の先まで真っ赤に染まったブルーは慌てて口を開いて叫んだ。
「い、今のは無し! ぼくは何にも言ってないから!」
「………。そうだったか? 十八歳で俺と結婚するとか、俺の家に来るとか聞こえたが…」
 俺の耳は昔と違って確かなんだが、とハーレイがニヤニヤ笑っている。
「補聴器もしていないしな? お前が十八歳で俺のものになると確かに聞いたが」
「言ってないってば!」
「…ふうん? だったら我慢をするってことだな、十八歳では結婚せずに」
「……そ、それは……」
 絶対無理! とブルーは悲鳴を上げた。
 恥ずかしすぎる宣言は撤回したいが、結婚が延びるのは何よりも困る。ハーレイがいるのに結婚しないで我慢なんて出来るわけがない。それくらいなら多少、恥ずかしくても…。
「やっぱり言った!」
 今のは取り消し、と全身が赤く染まりそうな顔で俯けばハーレイの笑い声が大きく響いた。
「そうか、言ったか。…今日の所は忘れておいてやるよ、お前、脱線しただけだしな」
 ……酔っ払いの寝言だと思っておくさ。
 そう告げたハーレイが囁いた言葉に、ブルーはもうこれ以上は赤くなれないと思ったものだ。
「…寝言はともかく、俺と結婚してくれよ? いつかプロポーズはちゃんとするから」
 ハーレイがそれをどんな顔をして言ったのだろう、とブルーが視線を上げた時には何も無かったかのように穏やかで優しいいつもの笑顔。鳶色の瞳も普段通りで、特別な所は何処にもなくて。
(……今のも一応、プロポーズだよね?)
 縋るような瞳を向けてみたけれど、答えは返ってこなかった。
 夏の午後の日射しに目が眩んで白昼夢を見た、というわけではないと信じたい。
 でもハーレイはあまりにも普通で、だからブルーは首を傾げることになる。



 ハーレイ、本気?
 …それとも、冗談?
 ねえ、ハーレイ…。本当に分からないんだけれど…。



 そしてハーレイも心の奥で苦笑する。
 自分と一緒に酒を飲みたい、と言ってくれるブルーは可愛いけれども、まだまだ子供。
 飲み友達の座を自分の父に取られないよう、結婚したら家に来るなどと言い張られても…。
(ブルー、其処はな…。もう少し色気のある理由と言い回しとを選ばないとな?)
 それから俺の家に来い、とハーレイはブルーに気取られないよう、小さな姿をじっと見詰めた。
 まだ身長が百五十センチしか無いブルー。
 ゆっくりゆっくり幸せに育って、いつか前世と同じ背丈になったなら…。
 いつまでかかるか分からなくても、それを待つ時間も幸せだった。
 遠い昔に失くしてしまった愛するブルーが、自分の許に帰って来たのだから……。




      羨ましいお酒・了


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