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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

勝負は花火で

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





夏、真っ盛り。恒例の柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院修行体験ツアーも済んで、ホッと一息のお疲れ休みといった所です。会長さんのマンションに集まり、マツカ君の山の別荘行きをいつにしようか相談中で。
「卒塔婆書きの方は順調だからな、俺はいつでもかまわないぞ」
いざとなったら今年は親父に押し付ける、とキース君は今回、なんだか強気。アドス和尚に押し付けるなんて、そんな裏技が可能でしょうか? サム君もそう思ったらしく。
「お前の親父さん、怖いじゃねえかよ。押し付けたりしたら後が大変だぜ?」
「親父には貸しがあるからな。月参りのピンチヒッターで」
「「「ピンチヒッター?」」」
なんですか、それは? 月参りと言えばお葬式と違って日時が決まっている筈ですが…?
「だからこそのピンチヒッターだ。親父のヤツ、仲間とゴルフコンペに行ったのはいいが、日程を勘違いしていやがってな。当日の朝に気が付いたんだ。その日は月参りがフルに入っていたことに」
「「「………」」」
あちゃー…。やっちゃいましたか、ダブルブッキング。以前のアドス和尚だったらゴルフコンペをドタキャンですけど、今はキース君が副住職です。代理で月参りに行って貰えば問題ないというわけで。
「よろしく頼む、と言って来たから「高くつくぜ」と返しておいた。卒塔婆の五十本や百本くらいは丸投げしたって許される」
あっちはゴルフに行ったんだしな、と鼻で笑っているキース君。お坊さん同士のゴルフコンペって全く想像つきませんけど、ゴルフばかりか野球チームもあるそうです。キース君にも入らないかと声が掛かるのを断り続けているらしく。
「…野球自体は面白そうだが、年に何度か試合があるんだ。その打ち上げがパルテノンの高級料亭らしい。舞妓さんを呼んで派手にやるから、と言われても俺にはそういう趣味が…」
「ついていけない世界なわけだね、万年十八歳未満お断りじゃねえ…」
お気の毒さま、と会長さんがクスクスと。
「君はそういう世界よりかは柔道部の合宿で騒いでる方が好きだろう? 今年は鼠花火だったんだって?」
「「「鼠花火?」」」
何故に柔道部で鼠花火が出てくるのでしょう。花火で遊んでいたのかな?
「…ああ、まあ…。俺はやめとけと言ったんだがな…」
「かなり酷い目に遭ったようだねえ、ハーレイにバレてボコボコではねえ…」
度胸試しもほどほどに、と会長さんは楽しげですけど、柔道部の合宿で何をやったの?



鼠花火で度胸試しをやらかしたという柔道部。教頭先生が顧問で指導係なだけに、ボコボコってことは叱られたに違いありません。シロエ君とマツカ君もバツが悪そうで。
「ぼくもやめるように言ったんですけど…」
「合宿の打ち上げでしたから…」
ハイになった後輩たちには無駄でした、とマツカ君たち。打ち上げってことは最終日?
「正確には最終日前夜というヤツだ。最終日は朝稽古をして帰るだけだし、ハードな練習は前の日で終わりになるからな…。夜の食事もちょっと豪華に、食後の遊びもOKで」
他の日は夕食が終わったらミーティングなどで、自由時間は無いらしいです。終了前夜は翌朝の練習に響かない程度に打ち上げをやるのが毎年恒例。今年もみんなで花火をやろうと買い込んであって、ワクワクの花火大会を。
「最初の間は良かったんだ。花火を持って振り回すくらいは普通だし…。そこへ鼠花火を握るヤツが出て来て、いつまで持っていられるかと度胸試しを」
「危ないじゃないの!」
スウェナちゃんが叫びましたが、キース君は。
「危ないと言えば危ない遊びだが、反射神経の問題だしな。ほどほどにしろよ、と注意しておいた。そしたら更にエスカレートして、鼠花火をよける方向で」
「「「よける?」」」
「そのまんまだ。点火した鼠花火は何処に走るか分からない。その上をだな、飛び込み前転とかバク転で飛んで逃げようという遊びになってしまったんだ。これぞ究極の度胸試し、と」
「「「………」」」
流石は男の世界な柔道部。ウッカリ鼠花火に突っ込んでしまったらどうするのだ、と驚いていれば、シロエ君が。
「現に突っ込んじゃってましたよ、何人か…。でもですね、全体重でブチ当たるだけに花火の方が負けるんです。蝋燭の火を指で摘んでバチッと消すのがあるでしょう? あれと同じで当たった途端に消えちゃうんですよ、鼠花火は」
「へえ…。だったら別に危なくないんだ?」
ジョミー君は好奇心を刺激されたみたいです。
「なんだか面白そうだよね、それ。ちょっとチャレンジしてみたいな」
「…叱られるぞ?」
お前もボコボコにされたいのか、とキース君は怖い顔。
「確かに花火に当たると消えるんだがな、どういうはずみで事故が起こるか分からない。柔道部のヤツらもヒートアップしてきた所へ教頭先生が様子を見に来て、凄い剣幕で怒鳴られて…」
道場で正座一時間の上、翌朝の練習メニューが三倍に増やされて誰もがヘトヘトな結末だった、という話。練習の中身が三倍になっても適宜な休憩などを挟んでいるため、体罰とは無縁。誰も文句を言えないままに稽古三昧でボコボコに…。



教頭先生がブチ切れてしまった鼠花火の度胸試しは非常にインパクト大でした。イレギュラーな動きが売りの鼠花火を飛び越えるだけでも難しそうなのに、飛び込み前転にバク転だなんて…。そんな遊びをやらかしていれば、キース君だって舞妓さんと遊ぶより楽しいでしょう。
「まあな…。俺も一度は飛んだわけだし」
「え、まさかキースもやったわけ?」
止めてたんじゃあ、とジョミー君が驚くと、キース君ばかりかシロエ君たちまでが。
「合宿は集団生活ですしね、やっぱりノリが大切ですよ」
「皆さんが楽しくやっている以上、先輩のぼくたちが注意するだけでは悪いです」
「…そういうことだ。そしてガッツリ叱られた」
思い切り連帯責任なのだ、と顔を顰めつつもキース君たちは満足そう。合宿を満喫してきたという達成感が顔に出ています。ちなみに三人とも、鼠花火に突っ込むことなく見事にかわしたそうでして…。
「…俺はバク転で行ったんだがな、運が良かったという所か」
「キース先輩、クソ度胸ですよ。ぼくも負けてはいられませんからやりましたけど…」
「ぼくはバク転は無理でした。普通に飛び込み前転です」
「それだって充分すげえじゃねえかよ!」
俺だと頭から突っ込むかも、とサム君が褒めちぎり、ジョミー君は。
「バク転に前転で鼠花火かぁ…。マツカの別荘でやってみたくない? 山の方なら教頭先生は来ないんだしさ」
「おい、お前な…。突っ込んだら笑い物確定だぞ?」
そしてお前は突っ込みそうだ、とキース君。
「日頃から要領が悪すぎる。何かと言ったらブルーに坊主、坊主と言われまくりだ」
「…そりゃそうだけど…。でも、逃げ足の方にも自信はあるよ?」
未だに坊主にされていないし、とジョミー君は親指を立てましたが。
「甘いね、君はとっくに僧籍だろう?」
僧籍となれば立派な坊主、と割り込んできた会長さん。
「徐未って法名も持ってるわけだし、坊主じゃないとは言わせない。逃げ足の速さは認めてあげてもいいけどね。…で、鼠花火を飛び越えたいわけ?」
「だって面白そうじゃない!」
「同じ花火ならもっとスリリングで、度胸試しも鼠花火の比じゃないヤツがあるけれど?」
それはもう半端ないヤツが、と会長さんはニコニコと。…もしかして今年の山の別荘、度胸試しで決定ですか? それも花火で?



鼠花火を飛び越えるよりもスリリングな度胸試しの花火。会長さんは何を知っているというのでしょう? 私たちは顔を見合わせましたが、てんで見当が付きません。
「知らないかなぁ、手筒花火」
「「「…てづつ?」」」
聞いたこともない花火です。手筒と言うからには打ち上げ式ではなさそうですけど…。
「昔はマイナーだったけどねえ、ホントに地域限定で…。それが今では出張サービスをする会社もある。花火大会に花を添えるってことで」
こんな感じで…、と会長さんが検索してくれた花火会社のホームページ。『手筒花火』の文字があります。それをクリックして動画をクリック。画面に出現したものは…。
「な、何、これ……」
「火を噴いてますよ!」
ジョミー君とシロエ君が同時に声を上げ、画面の中では法被姿のおじさん達が直径二十センチくらいの大きな筒を抱えています。筒の上からオレンジ色の火柱が勢い良く噴き上げ、高さはそれこそメートル単位。火の粉が降り注ぎ、文字通り炎の噴水の下でおじさん達は仁王立ち。
「凄いだろ? これだけでも充分に度胸試しと言えるんだけどね、最後が凄くて」
「「「最後?」」」
何が起こるというのだろう、と見詰めているとバァンッ! と大きな爆発音が。会長さん曰く、手筒花火のフィナーレはコレ。筒の底から景気良く火薬が炸裂するそうで、根性無しだとこの瞬間に筒を手放してしまうとか。
「ここまでやり遂げてなんぼなんだよ、手筒花火は。…ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 見てるだけでもビックリだよね!」
目の前で見ると凄いんだから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんと一緒に何度か見ていて、子供でも出来る缶ジュースサイズのヨーカン手筒とかいう手筒花火を上げに行ったこともあるのだとか。
「…ぶるぅもやったの? 小型のヤツを?」
ジョミー君の問いに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気良く。
「うん! おっきいヤツはね、ぼくだと小さすぎて持てないし…。だけど一回やってみたくて、ブルーに頼んで連れてって貰って」
「じゃ、じゃあ、ブルーは……本物のアレを……」
凄すぎる、と腰が引けているジョミー君ですが、会長さんはアッサリと。
「やるわけないだろ、ぼくは儚げな美形が売りなんだ。ああいうヤツには向かないよ。…やってやれないことはないけど、絶対やらない」
ヨーカン手筒もやっていない、とキッパリ告げる会長さん。確かにイメージに合ってませんけど、そういう理由で大却下ですか、そうですか…。



会長さん曰く、手筒花火は柔道部なんかを遙かに超えた男の世界。花火からして自分で手作り、ハンドメイドのマイ手筒。
「花火で度胸試しをするなら手筒くらいはやらないと…。鼠花火を飛び越えるよりも男が上がるのは間違いないね。ただし、思いっ切り違法だけどさ」
「「「は?」」」
「手筒花火を自作するのも、上げるのも、免許とか許可が要るんだよ。そのための講座も存在するけど、そこまでやってちゃ面白くない。やるなら無許可で無免許だね。シャングリラ号だって違法なんだし」
届け出もしていなければ何処にも税金を払っていない、と言われてみればその通り。専用空港は正規の空港らしいのですけど、其処を発着するシャトルなんかは無届けで飛んでいるわけで。
「あれに比べれば手筒花火の無届けくらいは可愛いものだよ。夏休みの記念にやりたかったら技術をサイオンで盗んでくるけど?」
どうするんだい、と訊かれた男の子たちは。
「…面白そうな花火ではある。やってみるかな」
「キース先輩がやるんだったら、ぼくもやります!」
「俺だって! 俺もキースには負けないぜ」
「ぼくもやる! 一人だけ負けてられないし!」
怒涛の勢いで決意表明の四人に続いて、マツカ君がおずおずと。
「…ぼ、ぼくはヨーカン手筒でいいです、あんなのはちょっと無理そうです…」
「なに言ってんだよ、やりゃ出来るって! なあ、キース?」
サム君がマツカ君の背中をバンバンと叩き、キース君が。
「無理強いするのは良くないが…。挑戦するのも心身の鍛練になると思うぞ、どうしても無理だと思った時には勇気ある撤退というヤツだ」
手筒花火は無駄になるが、という言葉を聞いた会長さんの赤い瞳がキラリ。
「もったいないねえ、その手筒…。それ、ハーレイに上げさせようか?」
「「「えっ?」」」
「そうだ、どうせならハーレイも一蓮托生! 手筒花火の会の顧問になって貰ってハーレイの分も作らせるんだよ。ヘタレのベクトルが違うかもだから、見事に実演するかもね」
それが最高、と会長さんがブチ上げ、その場で電話。教頭先生、違法行為をやるというので暫く渋っておられましたが…。
「ふふ、男を上げるチャンスだと言ったら食い付いたし! 後は場所だね、花火作りと上げる場所とをどうするか…。マツカ、使える場所はあるかい?」
「なんとか出来ると思います。帰ったら父と相談して…」
最適な場所を見つけ出しますよ、とマツカ君が答えた時です。
「いいねえ、男が上がるんだって?」
ぼくも混ぜてよ、と優雅に翻る紫のマント。えっと、ソルジャー、まさか手筒花火を上げるんですか? 会長さんは自分のキャラじゃないとか言ってましたが、ソルジャーだったらお似合いかも…?



スタスタと部屋を横切ったソルジャーは空いていたソファにストンと腰掛け、アイスティーとケーキを注文。運ばれてきたライチのムースケーキにソルジャーは御機嫌でフォークを入れながら。
「あっちから覗き見してたんだけどさ、手筒花火って凄い発想だよね。火の粉をかぶって花火を上げて、最後の最後にドカンだろ? まさに究極の度胸試し! 男の中の男ってね」
「だからって君がやらなくても…!」
ぼくと同じ顔でやらないでくれ、と会長さんが泣きを入れると。
「ぼくがやるとは言ってないけど?」
「…じゃあ、誰が?」
「こっちのハーレイがやると聞いたら直接対決させなくちゃ! ぼくのハーレイはヘタレていないし、絶対、勝つに決まってるんだよ」
男同士のタイマン勝負、とソルジャーはニヤリ。妙な所で闘争心を燃やしているようです。
「だけどハーレイは忙しい身で…。ほら、海の別荘行きがあるだろう? あれに備えて根回し中でさ、花火を作りに来る暇が無い。ぼくが代理で作っていいなら参加させたいと思うんだけど」
「…君が代理で花火作りねえ……」
「ダメなのかい? だったらハーレイのスケジュールを組み直して…」
「要するに、やらせないという選択肢は無いわけだね?」
畳みかける会長さんに、ソルジャーは「うん」と頷くと。
「こっちのハーレイが男を上げるチャンスだというのに、ぼくのハーレイが現状維持ではつまらない。一緒に男を上げてこそだよ、ぼくのパートナーなんだから!」
ヘタレに負けるなんて有り得ない、と自信満々で言い放つソルジャー。何が何でもキャプテンの株を上げたいらしく、キャプテンの都合にはお構いなしで。
「スケジュールの調整が必要だとしてもね、ハーレイは頑張ると思うんだ。ぼくのためなら徹夜の二晩や三晩…。ぼくが頼めば明け方近くまで付き合ってくれる日もあることだしさ」
「「「???」」」
「あ、分からなかった? 徹夜に近い勢いでヤリまくるよりかは、普通に徹夜が楽だと思うよ。そしてヤリまくった次の日も疲れた様子は見せずにいられるのがハーレイで…」
本当に最近ヘタレなくなった、とソルジャーの話が更にアヤシイ方向へ行こうとするのを会長さんがピシャリと止めて。
「その先、禁止! 代理の花火作りは認めるからさ、余計な話はお断り!」
「これからがいい所なのに…。昨夜も二人で」
「退場!!!」
花火作りをやりたかったら大人しくしろ、と会長さんは柳眉を吊り上げています。手筒花火の会の顧問は教頭先生、おまけにソルジャーとキャプテンつき。山の別荘へ出掛ける計画、今年はオジャンになりそうですねえ…。



マツカ君の山の別荘へ行く予定だった夏休み前半。キース君には卒塔婆書きという仕事が山積みのお盆を控えた暑い盛りは、手筒花火なる熱いアイテムに費やされることに決定しました。顧問に迎えられた教頭先生の引率で、初日はマツカ君のお父さんが所有する竹藪へ。
「いいか、竹選びが大切らしいぞ。そのぅ…。何だったかな…」
マニュアルが印刷された紙に目を落とす教頭先生の横から、会長さんがチッチッと。
「ダメダメ、ちゃんと頭に入れて来るようにって言っといたのに…。顧問がそれではマズイと思うよ、これは特別にオマケだからね?」
キラリと走る青いサイオン。会長さんがゲットしてきた手筒花火に関するノウハウが伝達されたみたいです。教頭先生はマニュアルをサッと眺めて、竹藪の竹に向き直ると。
「選ぶ竹だが、まず二年物だ。今年生えた竹はこういう青。二年物は少し茶色くなる。この色だな。こういう色で、太さは中に大人の握り拳が入るサイズで…。そして曲がった竹ではダメだ」
真っ直ぐな竹でないと手筒花火が作れないぞ、と選び出された一本の竹。それが理想の竹らしいですが、使える部分は根元から五節分ほどで。
「これ一本で二人分だな。私と、あちらのブルーの分しか作れない。自分の竹は自分で探す!」
「「「はーい!」」」
男の子たちが竹藪に散ってゆき、アレかコレかと品定め。ようやっと全員分を確保出来るまでには長い時間がかかりました。お昼までには帰れるだろうと思っていたのに、切り倒した竹を運搬用のトラックに積んだら昼過ぎです。
「かみお~ん♪ 竹藪に来たんだし、そうめん流し~!」
お昼にはボリューム不足だけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が冷たい麺を竹の樋から流してくれて、みんなで昼食。ボリュームが足りない分はドカンと山盛りのちらし寿司が。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
「しっかり食っておくんだぞ。午後も作業があるんだからな」
手筒花火への道はまだまだ遠い、と教頭先生。一足お先にトラックで運ばれて行った竹を花火のサイズにカットし、加工しなくちゃいけないそうです。うーん、なかなか大変みたい…。



竹の加工はマツカ君の家の庭でやることになりました。広い芝生にテントが張られて、その下で竹を六十センチほどにカットしてから節抜き作業。
「一番下の節は残しておきなさい。そっちが発射口になる」
「「「え?」」」
竹が丸ごと発射口かと思ってましたが、違うようです。要らない節を抜くのも慎重に。
「うーん、こんな感じでいいのかなぁ?」
「ジョミー、竹は丁寧に扱うようにと言った筈だが?」
下手にぶつけたりしないように、と教頭先生の注意がビシバシ。小さなヒビが入ったりすると点火後に割れる危険があるのだとか。もっとも、そこは違法行為を働こうという会長さん主催の手作り会。サイオンでコーティングという安全確保の裏技アリです。しかし…。
「コーティングは油抜きをしてからなんだよ、まずは油抜き! 頑張るんだね」
今日は暑さが厳しいけどさ、と会長さん。…えーっと、油抜きっていうのは何ですか?
「竹の油と水分を抜いて乾かすわけ。自然乾燥だと間に合わないから、火を使う」
「「「火!?」」」
この暑いのに、と嘆く男の子たちは穴掘りに駆り出され、裏庭の使われていないスペースに大人が一人埋められそうなほどの大きな穴を。その底に一面に炭を並べて点火し、節を抜いた竹を穴の上に並べて干してジュウジュウと…。
「……暑いな……」
「なんか朦朧となってくるよね…」
キース君やジョミー君が汗だくでブツブツこぼせば、教頭先生の厳しい声が。
「今から暑くて手筒をどうする! 本番では火がついた筒を抱えるんだぞ!」
「「「はーい…」」」
でも暑い、と文句たらたらの男の子たちの隣ではソルジャーが涼しい顔をしていました。シールドを張って冷却中に違いありません。スウェナちゃんと私も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドの中にいるわけですから、高みの見物に限りますよね!



乾かした竹は翌日、中を滑らかにヤスリがけ。それから後は竹の周りに縄をギッチリ巻き付ける作業の開始です。会長さんに見せて貰った動画にあったような太さになるまで幾重にもガッチリ、ギッチリと。驚いたことに縄巻き用の機械なるものが登場で…。
「ふふ、本場のをお借りしてきたよ。使ってない時は無用の長物だしね」
倉庫の奥から無断借用、とウインクしている会長さんが調達した機械のお蔭で作業は劇的にスピードアップ。手作業だったら数日はかかったであろう過程を一日で完了、残るはハイライトの火薬詰めというわけですが。
「いやもう、これをマツカの家の庭でやろうというのが最悪」
火薬詰めの日、会長さんが呟くと、ソルジャーが。
「なんで?」
「火薬だからだよ、人家の近くで扱うモノじゃないんだってば! 手筒花火を作る時もね、これだけは花火工場に行くという決まりになってる。花火工場の敷地を借りて詰めるわけ」
花火工場は人里離れた山奥なんかにあるものだ、と会長さん。万が一、火薬が爆発しても周囲に被害が及ばないよう、そういう立地になっているとか。…ということは、いくら敷地が広いとはいえ、マツカ君の家の庭というのは…。
「そう、違法行為も此処に極まれり…ってね。花火工場よりも安全なんです、と説明しようにもシールドなんかは警察に説明出来ないだろう?」
「「「………」」」
だったら花火工場に行けば、とは誰一人として言えませんでした。内緒で作ろうというのですから当然です。いよいよ違法行為の域に足を踏み入れるのか、と緊張の面持ちでジョミー君たちは縄を巻いた筒を節の方を下に固定して火薬詰め。これにも順番などがあるようで…。
「一番最初は赤土だぞ? 蓋の部分になるからな。火薬は棒でしっかり突き固めるように入れなさい。これだけ入れる度に百回くらいは突かないとダメだ」
「「「ひ、百回…」」」
この暑いのに、とゲンナリしつつも男の子たちは頑張りました。ソルジャーはと言えば、キャプテンの男を上げるためのアイテム作りの大詰めとあって嬉々とした表情でトントントン。隣で作業している教頭先生に負けじと根性で火薬を詰めて、詰めまくって…。
「ハーレイ、こんな感じでいいのかな?」
「そうですね。最後がハネ粉です、爆発用の火薬です。和紙に包んで、こう、真ん中に置いて…。後は新聞紙を詰めて下さい」
なんと、大トリは新聞紙ですか! 固く丸めた新聞紙が幾つもも突っ込まれて火薬詰めは無事に終了。筒の上下を引っくり返して残してあった節の真ん中に穴を開け、点火用の口粉を詰めてから紙で穴を覆って、丸めた新聞紙を置き…。
「この紙を上に被せて蓋をするんです。被せたら紐で強く縛って…。はい、出来上がりですよ」
お疲れ様でした、と教頭先生がソルジャーを労い、男の子たちの手筒花火も完成しました。街のド真ん中で危険な火薬を詰めていたなんて、ちょっと人には言えませんねえ…。



ついに完成した違法アイテム、ハンドメイドの手筒花火。上げるのも違法行為ですから、マツカ君が提供してくれた場所はお父さんが所有している山奥の駐車場でした。観光シーズンしか開かないとあって、花火をやるには最適で。
「湿気も風も無いし、絶好の花火日和だね」
空気も最高、と会長さん。私たちは夕方に会長さんのマンションに集合してから、瞬間移動で駐車場まで。なにしろ危険な手筒花火があるのですから、マイクロバスでの移動はマズイです。腹が減っては戦が出来ぬとばかりにスパイスたっぷりエスニック料理の夕食の方もたっぷり食べて…。
「ブルー、この衣装はどういう趣向なのです?」
キャプテンが自分の衣装を改めて見回し、ソルジャーが。
「手筒花火の制服らしいよ、そういう衣装が正式だそうだ。そうだよね、ブルー?」
「うん。手筒花火は本来、神様に奉納するもので…。お祭りに法被はお約束さ」
みんなそういう格好だろう、と会長さんが示すとおりに男の子たちは全員、法被。この日のためにと会長さんが誂えて来た、襟に『シャングリラ組』の文字が入ったお揃いです。背中には大きく『祭』の一文字。教頭先生も法被姿で、颯爽と前に進み出て。
「ブルー、そろそろ始めるか?」
「そうだね、最初はぶるぅのヨーカン手筒からかな」
「かみお~ん♪ ぼく、いっちば~ん!」
手筒花火作りが羨ましかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、教頭先生に頼んでヨーカン手筒を作って貰っていたのです。手筒花火を初めて目にするキャプテンのためにも、初心者向けの演技は欠かせませんし…。
「ぶるぅ、点火するぞ?」
「うんっ!」
教頭先生が種火から採った火を入れ、子供法被の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が握った缶ジュースサイズの筒からシューッと噴出するオレンジ色の火花。一メートル以上も噴き上がる火にキャプテンは仰天したようですけど、それは手に持っているからであって。
「あれが手筒花火というものですか…」
「正確にはヨーカン手筒だけどね。お子様向けの小型版かな」
会長さんが解説している間にシューシュー噴いていた花火は終わりました。時間にしてほんの二十秒ほど、大した長さじゃありません。ハネと呼ばれる爆発も無く…。
「今のが小型版ですと、私が上げるというコレはどういうサイズなのです?」
どうも想像がつかないのですが、とキャプテンがソルジャーが作った手筒花火を見下ろし、教頭先生が。
「今から私が始めますので、どうぞご覧になって下さい」
「ああ、二番手でらっしゃいましたか。よろしくお願いいたします」
見学させて頂きます、と深々と頭を下げたキャプテンでしたが…。



「な、なんですか、あれは…!」
とんでもない火が、とキャプテンが叫んだ点火の瞬間。手筒花火は地面に横倒しにして火を入れ、そこから起こしてゆく仕組みです。点火と共に噴き出した炎は数メートルの彼方まで…。
「ああ、あれが手筒花火の目玉らしいけど?」
「…め、目玉……」
どうなるのですか、と慌てるキャプテンの目の前で教頭先生が筒を抱え起こして仁王立ちに。片方の足を後ろへと引いたポーズは最後の爆発で火傷しないためらしいです。火柱は思い切り高く上がって、会長さんが言うには地上から十メートルくらい。
「も、燃えてます、ブルー、燃えていますよ!」
パニック状態のキャプテンの肩をソルジャーがポンと軽く叩いて。
「そりゃあ燃えるさ、火薬が詰まってるんだしね。あの火花だけど、法被が多少焦げる程度で火傷は滅多にしないらしいし! 火薬に混ぜる鉄粉がダマになって落ちたら火傷というから、そこは気を付けて混ぜておいたよ」
心配せずに堂々とやれ、とソルジャーは言ってますけど、キャプテンの顔は真っ青です。
「ま、まさかこういう花火だとは…。か、抱える花火だとは聞きましたが…」
「クライマックスは最後だってさ、なんかドカンと」
「…ドカンと?」
何が起こるのですか、とキャプテンが身体を震わせた途端にバァン! と耳をつんざく爆発音がして手筒の底が吹っ飛びました。花火終了、教頭先生は燃え尽きた筒を抱えて、にこやかに。
「如何でしたか? 次、なさいますか?」
「…い、いえ、私は…!」
もう少し見学させて頂きます、と逃げ腰のキャプテンに代わってキース君が進み出、点火したマイ手筒花火を抱えて不敵な笑み。ジョミー君たちが写真や動画を撮影し始め、キャプテンは後ろでオロオロと。
「…ど、どうなっているのですか、ブルー! この花火はあれが普通ですか?」
「普通だってば、キースがやってるヤツもそろそろ…。あ、ほら」
バァン! と底が抜け、驚愕のキャプテン。続いてシロエ君が、ジョミー君が、サム君が…。キャプテンの恐怖は最高潮に達し、そこでマツカ君が。
「…あのぅ……。やっぱり、ぼくには無理みたいです…」
すみません、と謝るマツカ君に、教頭先生が大らかな笑顔で。
「気にするな、マツカ。無理をして火傷や怪我をするより、引き下がるのも男だぞ」
代わりに私が上げておこう、とマツカ君が作った花火を抱えて火の粉を浴びる教頭先生は男の中の男でした。一方、最後に残った手筒花火を上げるべき立場のキャプテンは…。
「む、無理です、ブルー! わ、私にはとても、あんな花火は…!」
「そう言わずにさ! 男の世界な花火なんだよ、こっちのハーレイには負けられないだろ?」
「……し、しかし……!」
そういうレベルの問題では、とキャプテンが絶叫し、バァン! と吹っ飛ぶ手筒の底。残るはキャプテンの手筒だけです。ここで上げずに退散したら、法被が泣くと思うんですけど…。



「…なんだかねえ……」
ぼくは心底ガッカリしたよ、と肩を落としているソルジャーと、「すみません…」と項垂れているキャプテンと。男の中の男を夢見てソルジャーが作った手筒花火は、教頭先生の逞しい腕に抱えられて火柱を噴き上げていました。キャプテンの背中の『祭』の文字が寂しそうです。
「…すみません、ブルー…。あなたの期待を裏切ってしまい…」
「うん…。お前の方がヘタレだったなんて、ぼくにも信じられないよ…」
なんでこういう展開に、と愚痴るソルジャーを他所に、教頭先生は勇壮に火の粉を降らせています。会長さんの前でキャプテンに勝つという快挙を成し遂げ、自信に溢れてヘタレも返上。この勢いなら会長さんにもアタック出来てしまうかも…。間もなくバァン! と底が抜けて。
「見てくれたか、ブルー!?」
やり遂げたぞ、と引き揚げて来る教頭先生に、会長さんが。
「そのようだねえ…。君の男は上がったようだよ、代わりに犠牲者が約一名」
「…犠牲者?」
「あっちの世界のハーレイさ。ブルーもガックリきたみたいだから、離婚の危機かも」
ヘタレに負けたらキツイよねえ、と会長さんは同情しきり。手筒花火の度胸試しは意外な結末を迎えてしまい、キース君たちも困った顔で。
「…もっと事前に学習してきて貰うべきだったな…」
「でもさ、それ、ぼくたちの仕事じゃないし!」
やるべき人が他にいた筈、と非難の視線はソルジャーに。キャプテンが男らしく見えるイベントに違いない、と勝手に思い込んで割り込んだ挙句、落ち込まれても私たちに責任は取れません。教頭先生の男が上がった件についても同様で。
「ブルー、これから祭りの打ち上げだったな? 成功した祝いに一杯やろう」
「そ、そりゃあ……。君は今回の殊勲賞だけど…」
乾杯するなら全員で、と必死に逃げを打つ会長さん。男を上げろと煽っただけに、いつもの調子で突っぱねるわけにもいかないようです。たまにはビールの一杯くらい、お疲れ様と注いであげるしかなさそうですねえ…。



駐車場で手筒花火を上げた後始末はマツカ君のお父さんにお任せとあって、私たちは再び瞬間移動で会長さんのマンションへ。使用済みの手筒花火の筒は、お祭りに使った花火の場合は魔よけなどに人気で高く売れたりするらしいのですけど…。
「ふうん…。だけどハーレイはヘタレちゃったしねえ…」
どちらかと言えば厄を呼びそう、と生ビールをガブ飲みするソルジャー。教頭先生は会長さんに注いで貰ったジョッキを上機嫌で傾け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していたローストビーフや唐揚げ、タコスなんかをパクパクと。
「ブルー、もう一杯、頼めるか? いやぁ、花火の後の飯は美味いな」
「はいはい、手筒を上げた数だけ入れてあげるってば。…三発分ね」
これで二杯目、と会長さんがビールを注ぐのを横目で見ていたソルジャーですが。
「…聞いたかい、ハーレイ?」
「は?」
何でしょう、と恐る恐る訊き返したキャプテンに、ソルジャーは。
「…三発だってさ。確かに花火は一発、二発と数えるかもねえ……。で、お前は肝心の一発すらも上げられなかったわけなんだけど」
「…も、申し訳ございません…」
「その分、もっと素敵に一発! 男がググンと上がる勢いを込めて、吹っ飛ぶほどの勢いで!」
「…ですが……」
あの花火だけはどうしても、と俯くキャプテンの顔をソルジャーがグイと上げさせて。
「分かってないねえ、一発だってば! ぼくが壊れるほどの凄さで一発やって、と言ってるんだよ、一発どころか二発、三発!」
とりあえず三発はお願いしたい、と思いっ切りのディープキス。えっ、三発って……手筒花火ではなくて、何を三発?
「ふふ、君たちにも分からない? 三発と言えば三発だってば、ハーレイの特製手筒花火が炸裂ってね」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げた私たちの後ろで火柱ならぬ教頭先生の鼻血がブワッと噴出。会長さんがテーブルに拳を叩き付けて。
「退場!!!」
「言われなくても退場するよ。ハーレイ、手筒花火は盛大にね!」
あやかりたいから貰って行こう、という声を残してソルジャー夫妻は消えました。ついでに手筒花火の筒もソルジャーが作った一個だけしか残ってなくて。
「と、盗られた―っ!」
ぼくの手筒、とジョミー君が叫び、キース君たちも。いくら魔よけとはいえ、六個も持って行くなんて…。自分のを持って帰ればいいじゃないか、と騒いでいると、会長さんが。
「全部で六個ね…。はいはい、分かった、ヌカロク、ヌカロク」
「「「ヌカロク!!?」」」
どういう意味だ、と問い詰めた結果は徒労に終わってしまいました。教頭先生は更に鼻血ですし、ソルジャー夫妻があやかりたかったヌカロクって何のことでしょう? 手筒花火の筒は記念に欲しかったですよ、リベンジのチャンスがありますように~!




     勝負は花火で・了


※いつもシャングリラ学園番外編を御贔屓下さってありがとうございます。
 手筒花火は実在してます、興味のある方は是非とも検索してみて下さい、勇壮です。
 来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
 ですから10月は 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
 次回は 「第1月曜」 10月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
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 こちらでの場外編、9月はソルジャーがスッポンタケの戒名を熱く語り始めて…。
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