シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ハーレイが教えてくれたシャングリラの写真集。白く優美な船が表紙を飾る。
それをブルーは大切そうに本棚から取り出して机に広げた。
(ふふっ)
夕食を終えて、お風呂に入って。ベッドに入る前のひと時、これを眺める時間が好きだ。
(ハーレイも今頃、これ、見てるかな?)
父に買って貰った本だけれども、この写真集はハーレイが持っているものと同じ。ハーレイとのたった一つのお揃い。
ページを捲りながら「ハーレイも同じページを見てるといいな」と考えたりする。同じページでなくても、この本を同じ時間に広げてくれているだけでいい。手に取らずとも、本棚に目をやって存在に気付いてくれればいい。
ブルーの本とお揃いなのだと、ブルーもこれを広げているかもしれないと。
たった一つだけの、ハーレイとお揃いのブルーの持ち物。
前の生で共に暮らした白いシャングリラの写真集。
ブルーが守ったミュウたちの船。ハーレイが舵を握っていた船。
シャングリラはもう何処にも残っていないけれども、ブルーもハーレイも確かにこの船で生きていた。この船だけを拠り所にして地球を目指した。
ブルーは辿り着けなかった地球。ハーレイが辿り着いた時には死の星だった母なる地球。
長い長い時を経て蘇った青い地球の上に生まれ変わって、またハーレイと生きている。今はまだ共には暮らせないけれど、ブルーが前世と同じくらいに大きくなったら…。
(そしたら結婚するんだよ)
ハーレイと結ばれて、同じ家で暮らして、もう「さよなら」を言わなくてもいい。離れる時には「行ってきます」と「行ってらっしゃい」、帰って来た時には「ただいま」と「お帰りなさい」の言葉があればいい。
その時が来たら、きっと沢山の「お揃い」が出来るだろう。お揃いのカップはもちろんのこと、サイズがあるならスリッパなんかも。同じものを揃えて当たり前の暮らし。
でも、それまでは…。
(…この本だけで我慢するしかないのかな……)
本当はお揃いで使える何かが欲しい。文具でもいいし、ノートでもいい。
けれど両親でさえハーレイの前世はキャプテン・ハーレイだとしか知らないのだし、そういったお揃いの品を持つことは難しそうだ。
(ハーレイが何かくれればいいんだけれど…)
お揃いの何か、と思うけれども強請るわけにもゆかなくて。
だから本だけが唯一のお揃い。前の生で暮らしたシャングリラの写真集だけが…。
恋人同士だった前の生でもハーレイとの仲は隠し通したから、「お揃い」の物は持てなかった。もっともシャングリラの中だけが世界の全てな生活だったし、誰もが似たような物を支給されては自分好みに手を加える程度の暮らしだったけれど。
衣服さえもが制服であったシャングリラ。小さな子供たちから大人に至るまで、基本のデザインが似通った服を纏っていた。
ソルジャーであったブルーとキャプテンだったハーレイ、それに長老と呼ばれた四人。その六人だけが皆とは違った服を着ていたが、ブルーの服はハーレイの服と実は模様がお揃いだった。
デザインも色も全く違うし、身に着ける人間の体格も違う。あまりにも見た目が似ていないから直ぐにそれとは分からないけれど、同じ模様をあしらった上着。
ブルーの上着と同じ模様の服を着ていたのは、後継者となったジョミーの他にはハーレイたった一人だけ。次のソルジャーだったジョミーの服よりも、ハーレイの服の方がブルーのものに近い。ウエストの部分を飾る模様よりも下に描かれた線はジョミーの服には無かったのだ。
そのようにしろ、とブルーが指示したわけではない。ただ偶然にそうなった。
ハーレイとブルーの服にしても同じで、特に頼みはしなかった。デザインした者からも何ひとつ聞かされたことがなかったし、出来上がった服を身に着けただけ。
お揃いなのだと気付いた後でそれとなく尋ねたら、「ソルジャーとキャプテンはシャングリラに欠かせないお二人ですから」という答えが返った。
まだ跡を継ぐ者が必要なのだと考えもしなかった若かった頃。
ハーレイとお揃いの服が嬉しくてたまらず、見た目にお揃いと気付かれないデザインがまた秘密めいていて胸がときめいた。
誰も知らないハーレイとの仲。それなのに服はお揃いなのだ、と。
ソルジャーとキャプテン。
シャングリラを守るブルーと、その舵を握るハーレイと。
どちらが欠けてもシャングリラの安全は守れない。そんな二人だから同じ模様の上着になった。その服が出来て纏った頃にはまだハーレイとは恋仲ではなく、親しい友人だったと思う。
お互いに特別だったけれども、お揃いの服だと気付いて嬉しい偶然を喜び合うには想いが熟していなかった。青の間で、あるいはハーレイの部屋で何度も二人でお茶を飲んだし、向かい合わせで語り合ったのに、服の模様に気付くほどには意識し合っていなかった。
二人の間の距離が近くなり、少しずつ心が寄り添い合って。
恋が実って結ばれた後、ブルーが先にそれと気付いた。
青の間で夜を共に過ごして、ハーレイは其処からブリッジに行く。そんな日々を重ねたある朝、上着を身に着けるハーレイを見ていて「服の模様が同じだ」と気付いた。
しかし、直ぐに告げるには不向きな時間。
ハーレイはキャプテンとしてブリッジで指示を下さねばならず、ブルーは万一の時に備えて青の間に待機せねばならない。人類側との不幸な遭遇は日が昇っている間が一番多い。
幸せな発見を胸の奥深く大切に仕舞い、ハーレイをブリッジに送り出して。青の間で一人、その幸せを何度も何度も繰り返し噛み締めて、笑みを浮かべて。
その夜、勤務を終えて訪れたハーレイに「お揃いだね」と自分の上着を指差して見せた。
怪訝そうな顔をしたハーレイだったが、「この模様だよ」と指で辿れば、「ああ」と自分の服を眺めて、それは嬉しそうに頷いたものだ。「同じですね」と。
シャングリラの中に、同じ模様をあしらった上着が二人分だけ。恋人同士の二人だけが着ているお揃いの上着。
まるで初めからそのために作られた服だったようで、そのことがとても嬉しくて。
ハーレイと二人、お互いの服の模様を指で何度も辿り合っては笑みを交わした。
その夜は服が乱れることも構わず、お揃いの上着を羽織ったままで抱き合い、幾度も幾度も愛を交わして、そして眠った。
誰にも明かすことが無かった秘密の恋。
お揃いの上着がその恋を守ってくれているように思えて頼もしかった。
ジョミーを後継者として迎え入れた時、ハーレイとの「お揃い」の服が無くなってしまいそうで悲しかったけれど、ブルーがデザインに口を出したなら、隠してきた仲が知れるかもしれない。
そう思ったから諦めた。ブルーの寿命は幾らも残っていなかったのだし、ハーレイとお揃いの服を着ていられる時間もあと僅かなのだと分かっていたから。
それなのに、どういう偶然なのか。あるいは神が誰にも明かせない恋人同士の仲を憐れみ、力を貸してくれたのか。ブルーが危惧したジョミーの上着はブルーのものに似ていたけれども、模様が少し違っていた。
基本のデザインが似ているせいで、ブルーの上着とそっくりに見えるジョミーの上着。見た目は殆ど同じに出来ているのに、それに施された模様が違う。ブルーとジョミー、それにハーレイとが並んで立っても誰も気付きはしないだろうけれど、模様が同じなのはブルーとハーレイ。
ジョミーの服をデザインした者に確かめなかったから意図は不明だが、ブルーがハーレイと喜び合った「お揃いの模様」は二人だけのものとして残された。傍目にはブルーとジョミーがお揃いの上着だとしか見えないけれども、本当のお揃いはハーレイの上着だったのだ。
ハーレイとの「お揃い」はこうして守られ、ブルーは嬉しくてたまらなかった。残り少ない命であっても、ハーレイとの恋は続くのだと。最期までハーレイが側に居てくれるとブルーは信じた。
自分の命の灯が消える時にも、自分の側にはハーレイの姿があるだろう。キャプテンとしての顔であっても、自分の魂が飛び去る時には手を握っていてくれるだろう…。
きっとそうだと夢を見ていた。
現実はそうはいかなかったけれど。
切なくも甘い別れの代わりに、言葉さえ交わせない最後の別れと独りきりの死がブルーを待っていたのだけれど…。
最期の瞬間まで抱いていたかったハーレイの温もりを失くしてしまって、ブルーの右手は凍えてしまった。その手が冷たいと泣きじゃくりながら、たった一人で死ぬしかなかった。
ハーレイとの絆が切れてしまったと、もう会えないのだと泣きじゃくりながら…。
あまりにも悲しすぎた永遠の別れ。ハーレイに会うことは二度と叶わず、独りぼっちになったと思った。そうやって終わった前の生の後に、ブルーは青い地球の上に生まれて来た。先に生まれたハーレイを追うように、彼が住んでいる町に生まれて来た。
再び巡り会えた前の生からの恋人同士の二人だというのに、今の生に「お揃い」の服は無い。
お揃いの物さえ、シャングリラを収めた写真集の他には何ひとつ無い。
それがブルーには少し寂しい。
ハーレイと二人だけの秘密であった、前の生で着ていたお揃いの上着。
自分たちは対の存在なのだと、互いが互いのために在るのだと示すかのようなお揃いの上着。
せっかく二人で生まれて来たのに、前世で焦がれた青い地球の上に生まれて来たのに、お揃いの上着を纏うどころか、同じ写真集を持っているだけ。
もっとハーレイとの絆が欲しい。
二人の間を結び付けてくれる強い何かが欲しいのだけれど、それを求めるのは我儘だろうか?
ハーレイはブルーの守り役として頻繁に訪ねて来てくれるのだが、その前に教師と生徒の関係。学校ではブルーは制服を着なくてはならず、ハーレイはスーツ。
好きな服を着ていい下校後や休日もお揃いの服は無理そうだった。前の生のように仕立てて貰うなど夢のまた夢、既製品の服で揃えたくてもブルーの両親はハーレイとの仲を知らないのだから、揃いの服など買って貰える筈もない。
ましてやハーレイがブルーとお揃いの服を買って来て贈ってくれるわけもなく…。
(…やっぱり、お揃いの本が限界なのかな…)
欲しいんだけどな、とブルーは呟く。
誰一人気付く者など無くてもいいから、ハーレイとお揃いの何かが欲しいと。
出来ればいつも二人で着ていられる服。それが一番欲しいけれど、と。
いつかハーレイと恋人同士だと堂々と言えるようになったら、お揃いの服を着られるだろうか?
ハーレイとブルー、二人だけのためにデザインされた服を誂えることが出来るだろうか?
前の生と違ってソルジャーでもなく、キャプテンでもない自分たち。特別な立場にいるわけではなく、その責任や地位を表す服は作って貰えそうにない。
(…普通の服なら作れるかな?)
スポーツをやる友人たちが揃いのシャツを作っていたり、子供たちのためのキャンプに出掛けた友人が「キャンプ中はコレを着るんだぜ!」とマーク入りのシャツを得意げに着ていたりしたから誂えられることは知っているけれど、そういった服はあくまで普段着。
(ハーレイ、学校に着て行けないよね…)
お揃いは休日か仕事が終わった後にしか着られないのだろうか、と溜息をつく。
前の生のお揃いの上着は何処へでも着て行けたのに。それが自分たちの正装であって、着ていることが普通だったのに…。
(…今のハーレイが仕事で着るならスーツなんだけど…)
お揃いのスーツが作れたとして、その時は自分がどうなるか。
ハーレイとお揃いのスーツを身に着けた自分の姿など、ブルーには想像もつかなかった。
(…ぼく、先生になれるんだろうか?)
スーツを着るなら、ハーレイと同じ教師を選べば同じ職場に通うことも夢ではなさそうだ。父のような会社員もスーツが多いし、選択肢としては無難だけれど…。
(どっちかと言えば先生なのかな…)
生まれつき身体の弱いブルーは、友人たちが夢見るようなスポーツ選手や宇宙船のパイロットといった花形職業を思い描いたことは無かった。本を読むことが好きだったから、学者になろうかと思っていた。具体的に何を専攻するのか、其処までは考えていなかったけれど。
(…学者も先生も似てるよね、うん)
先生になるのもいいのかも、と思ったのだが、弱すぎる身体が問題だった。病欠の多い教師など聞いたこともないし、ブルーには不向きな職かもしれない。ハーレイと同じ職場が魅力とはいえ、「なりたい」と「なれる」が違うことは分かる。
(…学者だったら、弱くてもなんとかなりそうだけど…)
研究室に籠もって実験三昧は無理だし、ハードなフィールドワークをこなすのも無理。学者なら何でも出来るわけではなさそうだったが、教師よりはまだマシだろう。
(そのくらいしかないのかなあ? 学者だってスーツは着てるよね?)
でも…、と前の生を思い浮かべてガックリとした。
死の星だった地球が再生するほどの時を経てもなお、語り継がれているソルジャー・ブルー。
伝説のミュウの長、タイプ・ブルー・オリジンとして誰もが畏敬の念を抱く存在。
それほどの人間であったからこそ、ハーレイとお揃いの上着を纏ってシャングリラに居た。皆が上着を作ってくれた。
(…ぼくはスーツが限界っぽいよ…)
ハーレイとお揃いの上着を着ていたソルジャー・ブルーのようにはとても生きられそうもない。
前の自分が偉大すぎて近付けそうもない。
(…ぼくって、何になれるんだろう…)
ハーレイと結婚することしか思い付かない、小さすぎる自分。
学者になるという目標さえも、ハーレイとの結婚という夢の前には雲散霧消してしまう。
(もしかして、ぼくはハーレイと結婚するだけ?)
学者になってスーツを着ている自分の姿よりも、その方が何故かしっくりと来た。
母がやっているように仕事に出掛けるハーレイを見送り、家事や料理をしながら帰りを待って。ハーレイが家に帰って来たなら、二人でゆっくりと夕食を食べて、寛いで…。
そういう姿しか浮かんでこない。ハーレイとお揃いのスーツどころか、それさえ要らないらしいポジション。前の自分が偉大すぎた分、今度の生はうんとちっぽけになるのかも…。
(…ぼくってダメかも……)
よりにもよって、なりたいものが「お嫁さん」。そういう呼び方をするのかどうかは分からないけれど、ハーレイと結婚して温かな家庭を守る職業。伝説のタイプ・ブルー・オリジンと呼ばれたソルジャー・ブルーの生まれ変わりが、そんな未来でいいのだろうか?
(…前はシャングリラを守ってたのに…。今度は家を一軒、守るだけなの?)
落差が大きすぎて情けない気持ちになってきた。
いつもならハーレイとお揃いの写真集を広げて幸せな気持ちに浸る筈なのに、お揃いの上着まで思い出して欲しくなったばかりに大失敗。今の自分にハーレイとお揃いの上着は似合わない。
「…でも、この写真集はお揃いだよね?」
いつかハーレイの分と並べて同じ本棚に入れるんだもの、と呟いたら少し心が温かくなった。
将来、自分が何になろうと、隣には必ずハーレイが居る。
(…うん、お嫁さんでも別にいいよね)
小さすぎるけどぼくの本当の夢だもの、とブルーは写真集を抱き締めた。
母のような料理上手でなくても、ハーレイなら許してくれるだろう。学校へ出掛けるハーレイに「行ってらっしゃい」と手を振って、帰って来たら「お帰りなさい」と抱き付いて…。
ハーレイと自分が持っている写真集が並べて棚に置かれる時には、きっと幸せな自分がいる。
(…ハーレイもこの写真集、見てるといいな)
そうっと写真集を本棚の元の位置に戻して、ベッドに入って目を閉じた。
(小さな夢でもいいよね、ハーレイ? お嫁さんでもいいよね、ハーレイ…)
お揃いの上着は着られないけれど、ハーレイの側に居られればいい。
ちっぽけな未来しか無さそうな今の自分に、ハーレイとお揃いの上着は要らない。
守らなければならなかった船はもう無いのだから。
ハーレイが舵を握っていた白いシャングリラは何処を探しても、もう無いのだから。
大きな船を守る代わりに、小さな家を守ってゆくのが今の生。
お揃いの上着を作る代わりに、お揃いのカップやスリッパなどを揃えて二人で暮らせばいい。
ささやかに生きていければいい、とブルーは願う。
早くハーレイと自分の写真集を並べて、同じ家で暮らせますように…、と。
お揃いの上着・了
※ソルジャー・ブルーの上着の模様と、キャプテン・ハーレイの上着の模様。
お揃いなのです、パッと見ただけでは分からないのが素敵です。
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