シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園の新年恒例イベント、水中かるた大会が終わると入試シーズンが近づいて来ます。入試とくれば会長さんやフィシスさんが売り歩く合格グッズ。私たちは外見が1年生のままだから、という理由で未だに販売員に加えて貰えません。
「うーん…。ネタってなかなか出ないよね…」
ギブアップ、とジョミー君が天井を仰ぎ、サム君も。
「時間延長して貰っても出て来ねえものは出ねえよな、うん」
諦めようぜ、とレポート用紙をパラパラとめくってギブアップ。今日は土曜日、私たちは朝から会長さんのマンションに来ていました。合格グッズに使うネタの締め切りは昨日でしたが、ロクなネタが無い私たちのために時間延長があったのです。でも…。
「もうギブアップするのかい? あと1時間あるんだけども」
頑張ってみたら、と会長さんが時計を指差し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ クリームたっぷりのココア、飲む? 甘い物って頭に効くんでしょ?」
「ああ、まあ…。そうではあるが…」
だが無理だ、とキース君。
「これは閃きの問題だしな。一週間悩んで出なかったものがココアくらいで出るわけがない」
「ですよね、今年も会長にけなされまくって終わりですよ…」
ぼくの頭も限界です、とシロエ君がレポート用紙の束を投げ出し、マツカ君とスウェナちゃんも続きました。これは私も考えるだけ無駄。テーブルの上のレポート用紙を裏返してしまってギブアップです。会長さんは「あーあ…」と呆れ顔。
「締め切り前に全員ギブアップしちゃうわけ? 入試への参加はこれだけだよ?」
「そう言われても無理なんだってば!」
どうせ今年もダメなんだ、とジョミー君が頬を膨らませ、会長さんがレポート用紙を回収して。
「…なるほどねえ…」
ロクなネタが無いね、と身も蓋も無い言われよう。一週間も考えまくった数々のネタは一蹴されてしまい、採用された人は一人もおらず。
「君たちには遊び心ってヤツが足りないよ。それとキースは凝りすぎだ」
もっと子供らしく幼い気持ちで! と会長さん。
「ぶるぅの欲望っていうのが肝だよ、ネタ作りはね。それでいてクリアが大変な注文、この二つを兼ね備えてこそのパンドラの箱さ」
まだまだ君たちには任せられない、と断言されてガックリ、しょんぼり。合格グッズの『パンドラの箱』は今年も会長さんが一人でウキウキ作り上げることになりそうです…。
ぼったくり価格を誇る合格グッズの中で唯一、破格の安値な『パンドラの箱』。釣りとかに使うクーラーボックスを転用したもので、買った人が開けると注文メモが出て来る仕掛け。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望が詰まっているとの謳い文句で、そのネタ作りが例のレポート用紙。
「さてと…。今年はクリアする人が出て来るといいね」
一人くらいはクリアを希望、と口にする会長さんにキース君が。
「あんたがハードルを思い切り上げまくっているんだろうが! アイスはともかく!」
「アイスキャンデーは基本だからね」
アレだけは絶対外せない、と会長さんが返し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「ぼくのホントのお願いだもん! アイスキャンデー、大好きだしね♪」
今年も沢山食べたいなぁ、と瞳がキラキラしています。私が『パンドラの箱』で補欠合格を遂げた時にもアイスなメモがありました。指定されたお店のアイスキャンデーを全種類買ってパンドラの箱に突っ込めという無茶ぶりでしたが…。
「ぶるぅのアイスを捻るって手もあったんだよ?」
ゼスチャーだけで全部買うとか、と会長さんが挙げた一例にアッと息を飲む私たち。
「アイスの注文は確実なんだし、そこを上手に捻っていたなら採用の確率はググンとアップさ」
「うっわー、そうかよ!」
気付かなかったぜ、とサム君がテーブルに突っ伏し、他のみんなも唖然呆然。こんな基本を見抜けないようじゃ、ネタの採用に至るまでの道は遠そうです。いったい何年かかるやら…。
「かみお~ん♪ ちょっと早いけど、お昼にする?」
みんな疲れてるみたいだし、という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の提案に私たちは一斉に飛び付きました。頭を使うとお腹が減るとか聞いていますが、それとは少し違った気分。脱力した時は腹ごしらえして仕切り直しが一番で…。
「ありがたい。疲れた時には飯に限るな」
よろしく頼む、とキース君が頭を下げて、私たちも揃ってペコリとお辞儀。
「じゃあ、作るね! ちょっと待ってて♪」
すぐ出来るからね、とキッチンへ飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、特製ふわとろオムライスを作ってくれました。ダイニングに移動し、熱々のオムライスとポタージュスープ、サラダの昼食に舌鼓。こんな日も悪くありません。ネタには苦労しましたけども…。
「うん、こんな日も悪くないねえ」
「「「!!?」」」
あらぬ方から同意の声が。バッと振り返った先には会長さんのそっくりさんが居たのでした。
降ってわいたソルジャーは紫のマントの正装ではなく、私服にロングコートです。何処へお出掛けしようと言うのか、はたまた出掛けてきた後なのか。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに駆けてゆこうとすると…。
「あ、お昼はいいんだ、食べて来たから」
「「「は?」」」
「正確に言えば朝昼兼用って所かな。ノルディと一緒に獲れたてのカニを」
「「「カニ?」」」
何処で、と訊くだけ愚問というもの。ソルジャーはコートを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に預け、空いていた椅子にストンと座って。
「ぶるぅ、お茶だけくれるかな? ミルクたっぷりの紅茶がいい」
「オッケー!」
すぐにホカホカと湯気の立つカップがソルジャーの前に。ソルジャーはカップを傾けながら、カニについて話し始めました。
「ノルディに誘われたんだよね。漁港の近くにいい宿があるから獲れたてのカニを食べに行きませんか、って…。ただ、カニはいいけど、泊まりはちょっと」
「当たり前だろ!」
ノルディなんかと宿に泊まるな、と柳眉を吊り上げる会長さん。
「どう考えても下心アリだよ、カニよりも先に食べられるってば!」
「そうなんだよねえ、それはハーレイに申し訳ないし…。だけど地球の海の傍で獲れたてのカニを食べるというのも捨て難い。…だから、ドライブ」
「「「ドライブ?」」」
「うん。朝早くからノルディの車で海まで行ってさ、旅館で朝食! 他の人たちは普通の朝食らしいんだけど、ぼくとノルディは特別に…ね」
本来だったら夕食に出す料理を朝から賞味、とソルジャーは至極ご機嫌でした。
「カニのお刺身とか焼きガニとかさ、カニ鍋もとても美味しかったよ。しっかり食べてからノルディの車で帰って来たわけ。…ノルディはお酒が飲めなかったのが残念だったみたいだけれど」
飲酒運転になっちゃうからね、と肩を竦めてみせるソルジャー。
「次は泊まりで、と誘われちゃった。たまにはそれも悪くないかな…」
御馳走つきなら泊まりもいいかも、と恐ろしいことを言い出したソルジャーですけど、会長さんが震える声で。
「…ちょ、ちょっと…。それって何さ?」
えっ、何ですか、会長さん? ソルジャーがどうかしましたか?
心なしか顔色が青ざめている会長さん。何事なのか、とソルジャーを観察してみたものの、特に変わった所は何も…。えーっと、服は普通にセーターですし…。あれ?
「ああ、コレかい?」
ちょっといいだろ、とソルジャーが示した右の耳たぶ。そこにはソルジャーの瞳と同じ色をした真紅のピアスが光っていました。気付いてしまえば分かりやすい赤、煌めきと確かな存在感。なんで今まで気付かなかったか、と不思議に思うくらいです。
「最高級のルビーらしいよ、ピジョンブラッドっていうヤツで」
前に指輪も貰ったっけ、とソルジャーは笑顔。
「アレは元々ブルーに贈るつもりで買ってた指輪だったけど、今度のピアスはぼく専用! ぼくのためだけに最高の石を買ってくれたわけ」
「…そ、それでピアスを…?」
ピアス穴まで開けちゃったのかい、と会長さんは顔面蒼白。まさかソルジャーがエロドクターのためにピアス穴を開けてしまうとは…。
「あ、それは無い、無い! これはいわゆる…何だったかな?」
はい、とソルジャーがピアスを外すと其処に穴は無く、でも手のひらに乗っかったモノは確かにピアスの形そのもの。会長さんが恐る恐るといった風で。
「…もしかしてマグネットピアスだとか?」
「そう、それ! 磁石でくっつく仕掛けなんだよ。普通は裏側を見れば丸わかりなのが多いらしいけど…。これはノルディが特注で作ったヤツだからねえ、見かけも完璧らしいんだよね」
素敵だろ、とソルジャーはルビーのピアスを見せびらかして鼻高々。
「カニを食べに行きませんか、って誘われた時にくれたんだ。ほら、泊まりの旅に誘うわけだし、思い切り気合を入れてたらしい。…ぼくってそんなに愛されてるかな?」
「…だろうね、ぼくより脈アリだからね」
少なくとも食事の誘いに乗る程度には、と会長さん。
「それでピアスは片方だけ? 一対じゃなくて?」
「そうだけど? なんか片方っていうのが大切らしいね、ノルディの話じゃ」
「……や、やっぱり……」
ズズーン…と落ち込む会長さんですが、ピアスが片方ってマズイんですか? 特注品なら石が一個な分、お安く上がったと思うんですけど……片方だけなのが大切ってことは深い意味でもあるんでしょうか?
「…ピアスって意味があったっけ?」
知らないよ、とジョミー君が首を傾げれば、キース君が。
「片方だけのピアスってヤツか…。男の場合は勇気の印だったと思ったが…」
そいつの何処がマズイんだ、との言葉に私たちの頭上に飛び交う『?』マーク。勇気の印のピアスだったら特に問題ないんじゃあ?
「…ブルー、念のために確認するけど」
顔を上げた会長さんがソルジャーに。
「そのピアス、つける耳を指定されたかい? たとえば右とか、左にとか」
「うん、そこはキッチリ丁寧に説明されたけど? 間違っても左につけないように、って」
「……じゃあ、意味も当然聞いたわけだね?」
「それはもちろん!」
ついでに記憶力にも自信あり、とソルジャーは胸を張りました。
「左耳のピアスはキースが言ってた勇気の印で、右耳のピアスはゲイのアピール!」
「「「ゲイ!!?」」」
そんなアピールがあったのか、と驚愕と同時にストンと納得。会長さんが落ち込むわけです。自分そっくりのソルジャーが、エロドクターに貰ったピアスでゲイをアピールするわけですから。
「…で、君はノルディの希望通りにピアスをつけてドライブしてきた、と」
「そういうこと! 喜んでくれたよ、似合いますねって」
ぼくのハーレイにも言われたけどね、と悪びれもせずに話すソルジャー。
「ノルディにピアスを貰った時にさ、すぐハーレイに見せたわけ。意味もきちんと説明して…ね。つけて見せたら「お似合いですよ」と褒めてくれたし、いっそ本物のピアスにしようかって言ったんだけど…」
どうせ補聴器で見えないものね、とソルジャーは片目を瞑ってみせて。
「お前への愛の証にピアス穴を開けてもいいんだけれど、と提案したのに、却下されたよ。ドクターに見られたらどうするんです、だって。そういえば診察の時には補聴器を外すし、見付かっちゃうよねえ…」
ぼくはそれでもいいんだけどね、とソルジャーが言おうとも、あちらのキャプテンは気にするでしょう。なにしろソルジャーとの仲がバレバレなことを知らない上に、必死に隠そうとしているわけで。別の世界の話とはいえ、ゲイのアピールという右ピアスは流石に…。
「そうそう、そこが問題なんだよ。だからピアスは磁石でね」
そしてデートの時に限定! とルビーのピアスを右の耳たぶに戻すソルジャー。キャプテンとのデートってあるんですかねえ、あっちの世界のシャングリラ号で?
最高級のルビーのピアスが御自慢のソルジャーは、訊かれもしないのにベラベラと喋りまくってくれました。キャプテンと大人の時間を過ごす時にも付けているとか、全裸でピアスだけの姿にキャプテンがとても興奮したとか、それはもう…。
「退場だってば!!!」
さっさと帰れ、と会長さんが怒鳴り付けても帰ってくれないお客様。これは当分、ソルジャーの右耳のピアスに祟られそうな感じです。会長さんも力尽きたのか、だんだんと声が小さくなって。
「……ぶるぅ、お茶にしよう……」
喉が限界、という言葉を合図に私たちはリビングに移動しました。ソルジャーも当然のようにくっついて来てソファに腰掛け、ニッコリと。
「ブルー、君も右耳にピアスをしてみたら? 多分、ハーレイが喜ぶかと」
「お断りだよ!」
叫んだものの、肩で息をする会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと温かいジンジャーティーのカップを。会長さんは喉を潤し、ソルジャーをギロリと睨み付けると。
「ハーレイを喜ばせる義理なんか無いね、たとえマグネットピアスでもさ!」
「えーーーっ、そうかなぁ? バレンタインデーが近いじゃないか」
毎年、貰いっ放しのくせに、とソルジャーは会長さんに指を突き付けました。
「こっちのハーレイ、毎年、君のために心をこめて作っているよね、ザッハトルテを? なのにホワイトデーは完全にスルーで、何一つ返していないだろう?」
それは最悪、と厳しい指摘。
「マナーとしてもどうかと思うよ、ザッハトルテは食べてるんだし! たまにはお返ししてあげたまえ。右耳ピアスで脈アリかもという夢だけでもね」
「なんでぼくが!」
「つけるだけで済むから楽っぽいけど? 君はピアスをつけるだけ! 後はハーレイがお得意の妄想で勝手に一人で盛り上がるから、君は何一つしなくていいかと」
「むしろ、その逆!」
盛り上がったハーレイが押し掛けて来る、と肩を震わせる会長さん。
「ついにその気になってくれたか、とか、もう色々と…。花束はもちろん、後生大事に仕舞いっ放しのルビーの指輪も出て来るよ。ぼくにプロポーズをしてきた時の!」
あれは何年前なんだか…、と会長さんはブツブツと。
「とにかくハーレイに右耳ピアスは逆効果! 黙るどころか妄想爆発」
でもってぼくが大迷惑、と顔を顰めた会長さんですが。
「ん? ……右ピアス?」
これはいいかも、と小さな呟き。右ピアスは却下と言いませんでしたか?
右耳にピアスをつけるなんて、と嫌がっていたくせに、会長さんの頭の中で何かが閃いたらしいです。赤い瞳が生き生きと輝き、ソルジャーの右耳に光るピアスを「いいねえ…」と。
「やっぱり男は右ピアスかも…。君のアイデア、貰っておくよ」
「その気になった? きっとハーレイも大喜びさ」
「だろうね、ぼくからの贈り物だし」
心をこめて、と返した会長さんにソルジャーが。
「…贈り物って…。まさか右ピアスな君がハーレイの家を訪問とか?」
「うーん、訪問は訪問だけど…。ぼくは贈り物を持って行くだけで、右ピアスは無し」
「えっ?」
それって一体どういう意味さ、とソルジャーは怪訝そうな顔。私たちにも会長さんの意図は不明で、ソルジャーと会長さんとを何度も見比べていたのですけど。
「ぼくはアイデアを貰ったんだ。プレゼントするのが右ピアスなわけ」
「「「は?」」」
「右ピアスはゲイのアピールだろう? だったら、ハーレイもアピールすべき!」
ぼくを嫁に欲しいと言うんだから、と会長さんは得々と。
「ハーレイは童貞一直線だけど、中身は立派なゲイだよねえ? それをアピール出来ないようでは、ぼくとの結婚なんて夢のまた夢。きちんと世間にアピールしろ、と励ましの気持ちをこめて右耳用のピアスをプレゼント!」
それが最高、とブチ上げる会長さんの姿に、ソルジャーも。
「…なるほどねえ…。まずはアピールさせるんだ? 右耳ピアスなゲイなんです、って?」
「そういうこと! うんとカッコいいピアスにしなくっちゃねえ、男らしさが際立つような。…ブラックダイヤモンドなんかがいいと思うけど、どうだろう?」
こんな石だよ、と会長さんの手のひらに硬質な煌めきを放つ漆黒の石がコロンと。
「ふふ、宝石店から無断借用。別にいいだろ、買うんだからさ」
「へえ…。ダイヤモンドなのに真っ黒なんだ?」
ソルジャーが興味津々で直径5ミリほどの円形の石を覗き込み、会長さんが。
「黒いからねえ、男性向けのジュエリーによく使われる。これで1カラットくらいかな。透明なダイヤモンドよりずっと安いし、お買い得なわけ」
これをピアスに加工して貰って…、と会長さんはやる気でした。
「ホワイトデーを待つまでもない。ちょうどチョコレートみたいに黒いし、バレンタインデーにプレゼントしよう。ハーレイの感激する顔が楽しみだよね」
今年のバレンタインデーは久しぶりにぼくからもプレゼント! とブラックダイヤモンドのルースを手のひらの上で転がしている会長さん。ソルジャーがピアスをしていたばかりに妙な話になりましたけれど、教頭先生、右ピアスなんてなさいますかねえ…?
お騒がせなソルジャーが現れた日から時は順調に流れ、入試シーズンを経て学校中がお祭り騒ぎなバレンタインデーがやって来ました。チョコの贈答をしない生徒は礼法室で説教の上に反省文を提出とあって、友チョコ保険も健在です。
「かみお~ん♪ 今年もいっぱい貰っちゃったぁ!」
沢山あるから「ぶるぅ」にも分けてあげようっと、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の戦利品のチョコの山が出来、キース君たちも大きな紙袋持参。中身はしっかりチョコレートで。
「俺たちも貰える数が増えたよな…」
今年もおふくろが張り切りそうだ、とキース君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホワイトデーに配る御礼は手作り品が多いですから、キース君たちも手作り品をお返しする年が多いのです。そういう年には誰の家でもお母さんが技術指導に燃えまくるわけで。
「檀家さんにはとても言えんな、副住職がエプロンをつけて菓子作りとはな…」
「いいじゃないか、若い檀家さんに親しみを持って貰えるよ」
会長さんが茶化しましたが、キース君にそんな気は全く無くて。
「いや、ただでも見た目が若すぎるんだ。悪ノリはダメだ」
菓子作りなぞはもっての外だ、とバッサリと。
「それより、あんたはどうなったんだ? 本気で教頭先生に…?」
「ピアスかい? このとおり無事に出来てきたけど」
ほらね、と会長さんが宙から小さな箱を取り出しました。きちんとラッピングされてリボンもかかった箱の中身を瞬間移動でヒョイと出してみせて。
「どう? ブルーのと同じでマグネットピアスになってるんだよ、ピアス穴を開けろとは言えないからね。…ハーレイのザッハトルテは宅配便で届くし、それを食べたらお届けってことで」
「…ま、まさか…」
キース君の声が掠れて、シロエ君が。
「…ぼくたちも…ですか?」
一緒に行くことになってるんですか、と確認するだけ無駄でした。
「決まってるだろう、ぼくがハーレイの家に一人で行くことは禁止されてる。それにザッハトルテ、毎年、ぼくの家に食べに来てるよねえ? ブルーもセットで」
「「「………」」」
ヤバイ、と思っても時すでに遅し。甘い物が大好きなソルジャーも空間を超えて来ちゃいましたし、もはや逃亡不可能です…。
瞬間移動で連れて行かれた会長さんの家での夕食は、じっくり煮込んだビーフシチュー。寒い夜にはシチューだよね、などと現実逃避をしている間に玄関のチャイムがピンポーン♪ と。教頭先生から会長さんへの貢物、ザッハトルテの到着です。
「うわぁ、今年もいい出来だねえ…」
来た甲斐があった、と上機嫌で頬張っているソルジャー。ホイップクリームをたっぷり添えて頂く教頭先生作のザッハトルテは絶品でした。ただ、問題はこの後で…。
「かみお~ん♪ ブルー、後片付け出来たよ!」
「御苦労様、ぶるぅ。それじゃ行こうか」
「うんっ! しゅっぱぁ~つ!!」
パアァッと溢れる青いサイオン、三人前。野次馬のソルジャーつきで瞬間移動した先は教頭先生の家のリビングで。
「な、なんだ!?」
どうしたのだ、と腰を抜かさんばかりの教頭先生。ソファから半ばずり落ちていらっしゃいます。
「ザッハトルテは送っておいたが、まさか届かなかったのか?」
「ううん、みんなで美味しく食べたよ。御馳走様」
それでねえ…、と会長さんが一歩進み出て。
「いつも貰ってばかりじゃ悪いし、これはぼくからのプレゼント。…そのぅ…。良かったら使って欲しいんだけど…」
「…???」
渡された箱をじっと見詰める教頭先生に「開けて」と促す会長さん。教頭先生はリボンを解き、包装紙を剥がして箱を開けてみて。
「タイピンか?」
「違うよ、マグネットピアスって知ってる? 磁石でくっつけられるピアスで穴を開けずに使えるんだけど」
「…ピアス?」
「そう、ピアス。右耳につけて貰えたら…って思ったんだけど、右ピアスの意味を知っている?」
教頭先生の顔がボンッ! と真っ赤になり、意味を御存知なことが伺えます。会長さんは耳まで赤く染めた教頭先生に、更に重ねて。
「その石、ブラックダイヤモンドなんだ。男性に人気ってこともあるけど、ダイヤだし…。永遠の愛って意味でもダイヤだよね、って思ったわけ。…もちろん嫌なら、つけてくれなくても…」
「いや、喜んで使わせて貰う! それでだな…」
狂喜して会長さんに抱きつかんばかりの教頭先生でしたが、その手はスカッと空を掴むことに。瞬間移動でそそくさと消えた会長さんの逃げ足の速さは流石としか…。
「いいのかい、あれで?」
気分は婚約みたいだけれど、と教頭先生の家の方角を眺めるソルジャー。会長さんから黒いとはいえダイヤのピアスを貰ってしまった教頭先生、大感激で男泣きなさっているそうです。
「あの調子だと明日から君たちの学校につけて行くかと思うけど…」
そうなった時の君の立場は? とソルジャーに訊かれた会長さんは平然と。
「どうもしないよ、ハーレイが一人で暴走しているだけだし…。シャングリラ学園の生徒だったら婚約指輪以外のアクセサリーは禁止だからねえ、「婚約しました」って届け出をしなくちゃいけないけれども、教師は別枠!」
届け出義務も無ければ用紙も無い、と冷たい笑みの会長さん。
「ぼくに貰ったと主張したって、今までの積み重ねが色々と…ね。誰も真面目に受け止めやしないよ、悪戯だろうって思われるだけ!」
ハーレイと言えばセクハラ疑惑、と会長さんはクスクスと。そう受け取られても仕方ないほど教頭先生に濡れ衣を着せまくってきた張本人が会長さんです。今回もまたロクでもない結果に終わるのだろう、と容易に予想がつきました。ソルジャーもフウと溜息をついて。
「…ホントにハーレイは報われないねえ、せっかくのバレンタインデーの夜なのに…。ぼくとハーレイは特別休暇で楽しむ予定を組んでいるのに、君たちときたら…」
「そっちの趣味は無いんだってば!」
「分かってるけど、でもハーレイが気の毒としか…。ぼくがコレさえつけてなければ…」
悪いことをしちゃったかな、とソルジャーが広げた右の手のひらにルビーのピアスが。
「今夜はハーレイと二人っきりだし、出番なんだよ。ハーレイに言わせれば、もう最高にそそられるらしいね。…一糸纏わぬぼくの右耳にキラッとピアスが光るというのが」
「その先、禁止!」
喋るな、と止めにかかった会長さんに、ソルジャーは。
「心配しなくてもすぐに帰るさ、時間が勿体ないだろう? じきにハーレイの勤務が終わる。ピアスをつけて待っていなくちゃ」
でもって朝まで思いっ切り! と赤いピアスを右耳につけたソルジャーの姿がパッとかき消え、代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声で。
「わぁっ、ハーレイ、すっごく似合うよ!」
「「「!!!」」」
つけてしまったのか、と目を見開いた私たちの頭の中に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで覗き見していた教頭先生の映像が。ブラックダイヤモンドのピアスを右耳につけて鏡を覗き込んでおられます。褐色の肌によく似合いますが、勇気の印の左ではなく右耳って所が問題かと…。
翌日からのシャングリラ学園は教頭先生の噂でもちきりでした。飾りっ気などまるで無かった教頭先生がいきなりブラックダイヤモンドのピアス。自分で買ったのか、はたまた誰かの贈り物かと噂が噂を呼びまくりで。
「…おい」
えらい事態になってるんだが、とキース君が会長さんに詰め寄るまでにさほど時間はかかっていません。ピアス登場から一週間目の放課後ですけど、何があったの?
「なんだい、キース?」
柔道部で何か問題でも? と小首を傾げる会長さん。キース君はテーブルをダンッ! と叩いて。
「しらばっくれるな! あんたが贈ったピアスのせいで大変なことに…!」
「え、練習に支障でもあった? それなら指導中は外すようにってハーレイに言えばいいだろう」
運動する時はアクセサリーは外すのが基本だよね、と会長さんが答えましたが。
「違う! 右耳ピアスはゲイのアピールだ、と噂が流れまくったからな…。ウチの柔道部やOBにそっちの道の人はいないが、今までに試合で交流してきた他の学校には多いんだ!」
「ゲイの人かい?」
多いだなんて思わなかったな、と会長さんは大きく伸びを。
「それで? 柔道部の人たちが困っているとか?」
「い、いや…。実害としては出ていないんだが、こう、教頭先生宛の手紙やプレゼントを預けられるヤツが多くてな…。教頭先生に渡そうとしても笑って取り合って下さらない。だから取り次げない、と何度断っても「捨てて下さっていいですから」と押し付けられて…」
部室に手紙とプレゼントの山が、とキース君が額を押さえて、シロエ君とマツカ君も。
「そうなんです! 会長、なんとかして下さい!」
「ぼくからも宜しくお願いします。心のこもった手紙やプレゼントを捨てるなんてこと、柔道の精神に反します!」
どうかよろしく、と頭を下げる二人と、なんとかしろと噛み付くキース君と。…そっか、男の世界な柔道部の部室にラブレターとプレゼントの山が出来ちゃったんだ…。
「なんとかしろと言われてもねえ…」
ハーレイ自身にその気が無いと、と会長さんはのんびりと。
「ゼルやブラウにも「何の真似だ」と突っ込まれたのに、堂々として「ブルーに貰った愛の証だ」と言い切ったような男だよ? 二人ともその場で吹き出したんだけどねえ…」
その反応で普通は気付く、と可笑しそうに笑う会長さん。
「どう聞いても悪戯としか思えないからゼルとブラウが吹き出してるのに、ハーレイときたら「お前たちはブルーの気持ちを無碍にするのか」と逆ギレだよ? もう馬鹿としか言いようがない」
ぼくが本気で贈ったんなら廊下でキスの一つや二つ、と言われてみればその通り。教頭先生の前に姿も見せずに過ごしている辺り、冷静に考えてみれば怪しさ満載ですってば…。
右耳ピアスでゲイをアピールな教頭先生の噂は更に広がり、在校生までは動かないものの、密かに憧れていたらしい卒業生が訪ねて来るようになりました。校内へは入れて貰えませんから門衛さんに手紙やプレゼントを預ける人が多いのですけど。
「…あ、あのう…。ちょっといいかな?」
朝の校門前で後ろから男性の声に呼び止められて、おっかなびっくりジョミー君たちと一緒に振り返れば。
「悪い、見かけた顔だったから…。これを教頭先生に…!」
渡しておいて、と言うなり路上駐車してあった車で走り去ってしまった若い男性。私の記憶が確かだったら、何年か前に一緒に1年生をやっていたような…。
「…うへえ、あいつもそっちだったのかよ?」
敵わねえな、とサム君が嘆き、スウェナちゃんが。
「なんだかどんどん増えているわよ。教頭先生、モテるんだわ…」
「それよりさぁ…。ぼくも人間不信になりそう…」
誰がゲイだか、とジョミー君がぼやけば、キース君も。
「俺はとっくに人間不信だ。好敵手だと思っていた人から教頭先生にラブレターだぞ?」
アイデンティティが崩壊しそうだ、というキース君の心からの叫びは私たち全員のものでした。ゲイも個性の一つであると理解するのと、目の前の現実を受け入れるのとはまた別物で。
「…あのバカップルなら、まだ諦めもつくんだけれど…」
この状態は流石に無理、とジョミー君はお手上げ、私たちも重い足を引き摺りながら。
「…今日はサボるか。俺もそろそろ限界だ」
「だよなあ、ぶるぅの部屋に行こうぜ。おっと、その前に…」
これ、どうするよ? と困り顔のサム君の手の中にお手紙つきのプレゼントの箱が。私たちを狙って取り次ぎ希望の人はサム君の人の好さを知ってますから、狙い撃ちです。
「門衛さんに預けとこうよ、いつもそうだし」
サボるんだけどね、とジョミー君が首を竦めて見せ、シロエ君が。
「それでいいでしょう、門衛さん経由が通常のお届けルートですし…。教頭先生、受け取ってらっしゃらないそうですけど」
事務局に山積みらしいですよね、と情報通っぷりを発揮しつつも、シロエ君はサム君の代わりにプレゼントと手紙を門衛さんに押し付けました。後は野となれ山となれ。サボる以上は会長さんに全責任を、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ出発です~!
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日は早いね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれて早速出て来るパンケーキと飲み物。けれど和んでいる場合ではなく。
「あんた、いい加減に何とかしやがれ!」
この騒動を、とキース君が怒鳴りましたが、会長さんは。
「ハーレイ的には何の問題も無いみたいだよ? 元々ぼくに惚れてるだけに、自分に自信がついたようでさ…。これだけモテるなら時間の問題でぼくも落ちる、と思って御機嫌」
だから放置でいいじゃないか、と他人事のように言う会長さん。
「ぼくも見ていて楽しい日々だし、右耳ピアスに感謝だよ、うん」
「しかしだな…!」
俺たちは本当に限界なんだ、と訴えるキース君の後ろで私たちも視線で「お願い」攻撃。けれど根っから楽しんでいる会長さんには全く効かず…。
「あの右ピアスをハーレイが自ら外すまではね、ぼくは楽しませて貰う気なんだよ」
「「「………」」」
そんな殺生な、という魂の叫びが奇跡的に空間を超えて響いたか、はたまた単なる偶然か。
「えっ、あのピアスを外させる方法かい?」
とびっきりのヤツを知ってるけども、とフワリと翻る紫のマント。優雅な手つきで補聴器を外したソルジャーの右耳にはルビーのピアスが光っていました。
「ぼくのピアスが元ネタらしいし、外させる方法を教えてもいいよ」
「ダメだってば!」
ぼくはまだまだ楽しむんだ、と唇を尖らせた会長さんに、ソルジャーは。
「…自主的に外したい気持ちに駆られたハーレイが裸で逃げ出す方法でもかい?」
「「「裸?」」」
「そう、裸。ブルーは手紙を書くだけでいいんだ、待ち合わせのね」
それだけでハーレイが裸で逃げ出した上にピアスを自分で外す、と畳み掛けられた会長さんは興味を抱いた様子です。
「それってどういう方法なのさ?」
「君は知らないと思うけどねえ、ノルディから仕入れた情報ではさ…」
そっくりさん二人が額を寄せ合い、小声でコソコソ、ヒソヒソと。やがて会長さんが書き上げた手紙を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭室までお届けに。あれの中身って何なのかな?
その日の夜。私たちとソルジャーは会長さん宅へ鍋パーティーに招かれ、グツグツと煮える寄せ鍋のお供とばかりに壁にサイオン中継の画面が。仕事を終えた教頭先生、家に帰って私服に着替えて愛車で雪が舞う夜の街へと…。
「ふむ、此処か」
とあるスーパー銭湯の駐車場に車を入れると建物の中へ。えーっと、お風呂の覗き見ですか?
「ブルーが待っているのは濁り湯、と…。そしてロッカーの鍵は左足首に付けるのが通の証、と」
浴衣に着替えて服や貴重品をロッカーに仕舞った教頭先生、ロッカーの鍵を左の足首に。そういうのが「通」の証明だなんて、スーパー銭湯恐るべし…。
「違うよ、左の足首に鍵を付けたらヤバイんだってば」
特に此処では、とソルジャーが鍋をつつきつつ。
「ブルーが待ち合わせを指示した濁り湯、その道の人の御用達! もちろん普通の人も多いから、同好の士だと見分けるための目印が左足首の鍵なわけ」
「「「えぇっ!?」」」
それってゲイの人が多いお風呂ってことですか? ビックリ仰天な私たちにソルジャーは悪戯っぽくパチンとウインク。
「ノルディの情報に間違いは無いよ。ハーレイの騒動、ノルディの耳にも入っていてさ…。どうせだったらモテまくるのがいいでしょう、と教えてくれたのが此処なんだ」
右耳ピアスに左足首の鍵で濁り湯に行けばモテまくり、と自信溢れるソルジャーの言が正しかったことは時を経ずして見事に証明されました。
「ち、違う、私は此処で待ち合わせを…! 誰でもいいというわけでは…!」
そんなつもりで来たわけでは、と湯煙の向こうから響き渡る野太い悲鳴。
「ブルー、まだなのか!? お前が来るまで待っていられそうにないのだが! ブルー…!!」
もうダメだ、という絶叫と共に素っ裸の教頭先生が中継画面を駆け抜けてゆき、スウェナちゃんと私の目にはモザイクが。教頭先生が走り去った後の濁り湯ではブーイングの声が何人分も。
「はい、待ち合わせもオシャカってね」
これで結婚の夢は振り出しに…、とソルジャーが笑い、会長さんも。
「お風呂での甘い時間で始めよう、って書いたしねえ? 約束を破る男に未来は無いさ。ついでに迫られまくった記憶がトラウマ、右耳ピアスは外すしかないね」
ぼくと二人きりの時を除いて…、と爆笑している会長さん。濁り湯の中で本物の人に囲まれまくった教頭先生、スーパー銭湯を出てゆく時には耳にピアスはありませんでした。会長さんの愛が詰まったブラックダイヤモンド、二度と出番は無いかもですねえ…。
男の右ピアス・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生の右耳に輝く、ブラックダイヤモンドのピアス。ビジュアル的には渋いです。
ちょーっと問題ありすぎましたが、似合うんじゃないかと思いますよ?
次回、10月は 「第3月曜」 10月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月はお彼岸。ソルジャーがスッポンタケの法要を希望で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
- <<見ていない地球
- | HOME |
- 幸せのクローバー>>