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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

幸運な忘れ物

 学校へ向かう路線バスの中。
 ふと気が付いて通学鞄を覗き込んだブルーは顔色を変えた。
(…えっ?)
 いつもの場所にある筈の財布。鞄を開ければ直ぐ分かるそれが見当たらない。まさか、と奥まで手を突っ込んでみたが馴染んだ感触が何処にもない。何度探っても見付からない。
(…そんな……)
 路線バスの乗車賃は財布とは別。鞄に付けている小さなカードを機械が自動で読み取る仕組み。財布が無くても困りはしないが、お金が要る場所はバスだけではない。焦って鞄を探っている間にバスは学校の側のバス停に着いた。



(もしかしたら何処かに挟まってるかも…)
 祈るような気持ちで教室に行って、机の上に鞄の中身を全部取り出してみたのだけれど。逆さにして何度も振ったのだけれど。
(…やっぱり無い…)
 財布は出て来てくれなかった。肩を落として出してあった中身を順に鞄に仕舞い込む。本当なら其処に在った筈の財布。忘れたことなんか無かった財布。
(…なんで?)
 どうしてこうなっちゃったんだろう、とブルーは自分の記憶を探った。財布は外でしか使わないから、いつだって通学鞄の中。たまに何処かへ出掛ける時は外出用の鞄に入れ替えて行って、家に帰ったら直ぐに通学鞄に戻す。財布を鞄以外の所に置いておくことは無いのだけれど…。
(…あっ…!)
 引っ掛かった小さな記憶の欠片。昨日の夜、母にお小遣いを貰って財布に入れた。通学鞄の中が定位置の財布を確かに鞄から出した。
(…それから何をやったんだっけ?)
 母に呼ばれて貰いに行ったお小遣い。ちょうど本を読んでいる時に声を掛けられたから、急いで階下へ下りて行った。鞄から出した財布をしっかりと持って。
 ダイニングで渡されたお小遣いを財布に仕舞って、部屋へ戻った所までは確か。通学鞄に入れるつもりで勉強机の前まで行って…。
(…やっちゃった…)
 広げたままで机に置いて出た写真集。ハーレイとお揃いで持っている本、シャングリラを収めた写真集。開いたページに載っていた写真が前の生の記憶を運んで来たから、手繰り寄せようとして椅子に座った。持っていた財布は…。
(隣の棚に置いちゃったんだ…!)
 ほんのちょっとだけ、懐かしい記憶に浸りたかった。通学鞄を手に取っていたら現実が前の生の記憶を消してしまって追えなくなるかもしれなかったから、写真集の方を優先した。財布は後でもいいと思った。思い出しかけた遠い記憶の方が大切。
 そうやって蘇ってきたシャングリラでの日々がとても懐かしくて、もっともっとと夢中になって写真集のページをめくり続けた。此処でこんなことが、此処でこういう会話があった、と。



 時の流れが連れ去ってしまったシャングリラ。
 ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 ゼルやヒルマンやブラウたちと交わした言葉や、その表情。日常のほんの小さな一コマ。温かな光景が幾つも幾つも胸の奥から湧き上がって来て、幸せな気持ちで眠りについた。シャングリラの写真集をぱたりと閉じて、幸せな気分を仕舞いたくなくて、棚に入れずに机に置いたままで。
(…朝もそのまま置いて来ちゃった…)
 昨夜の幸せを覚えていたから、学校から戻ったら遠い記憶を追おうと思った。心を空っぽにしてページをめくって、浮かび上がってくる記憶の欠片を拾ってみようと。
 写真集を棚に戻さなかったから、棚の方なんか見ていない。財布を置いた棚なんか見ない。
 探していた財布は今も家に在って、ブルーの部屋の棚の上。母が気付いてくれたら届けてくれる可能性もあったけれども、生憎と部屋の掃除はブルーの習慣。ブルーが学校に行っている間に母が部屋に入ることなど滅多に無い。
(……どうしよう……)
 これではランチが食べられない。
 ノートなどを買う予定は無いから、財布が要る場所は食堂だけ。食の細いブルーは昼休みに少し食べれば充分、それ以外に食堂は使わないけれど、食堂で食べるにはお金が必要。いくらブルーの食が細くても、何も食べずに放課後まではとても持たない。
 こうなった以上、ランチ仲間にお金を借りるしか無さそうだ。誰に頼もうかと思案していて。
(そうだ、ハーレイ!)
 この学校にはハーレイが居る。
 校内ではあくまで教師と生徒で「ハーレイ先生」と呼ばねばならないが、そのハーレイは誰もが認めるブルーの守り役。ある意味、保護者とも呼べる立ち位置。
(…友達に借りるより、ハーレイだよね?)
 ランチ仲間は万年金欠の傾向が強い。特に今の時期、お小遣いを貰っていればいいけれど、まだ貰ってはいなかった場合、ブルーに貸すのは大変そうだ。下手をすればランチ仲間全員が少しずつ出してくれて一人分を捻り出すのがやっとかも…。
 そんな迷惑をかけてしまうより、ハーレイに頼んだ方がいい。財布を忘れたと言わねばならないことは恥ずかしかったが、自分の始末は自分で付けねばならないだろう。



 幸いブルーは登校時間が早い方。
 柔道部の朝練を終えたばかりのハーレイと出くわすこともしばしばで。
 この時間なら他の先生たちも忙しくしてはいない筈だから、大急ぎで職員室へと駆け込んだ。
「ハーレイ先生!」
 目指す人影は職員室の中でもひときわ目立つ大きな体格。出勤してきた他の先生たちと立ち話の最中で、手には熱いコーヒーが入ったマグカップ。そのハーレイがブルーの声で振り返る。
「どうした、ブルー? 朝早くから」
「……えっと……」
 職員室中の教師の視線を一身に浴びたブルーは真っ赤になって俯いた。ブルーの担任の先生まで居る。この状況で口にするのは本当に勇気が要ったけれども。
「…すみません。財布を忘れて来たんです。少しでいいから貸して下さい」
 消え入りそうな声では失礼だから、精一杯に搾り出した声。ハーレイが「ふむ」と呟いて。
「昼飯用か?」
「……そうです……」
 買えないんです、と顔を上げられないままのブルーに、ハーレイは「よし」と答えてくれた。
「分かった。昼休みに準備室に来い」
「えっ?」
「準備室だ。古典の準備室、知ってるだろう?」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
 返事を貰った以上は礼儀正しく、きちんと御礼を言わなければ。他の先生たちの耳にも聞こえる声で答えて、御礼を言って。ペコリと頭を下げたブルーは職員室を出て、扉を閉めた。
(…は、恥ずかしかったあ…)
 まだ心臓が激しく脈打っている。ウッカリ者の自業自得な情けない末路。とはいえ、心配の種は無くなった。ランチ仲間に無理を言ってお金を借りなくて済む。
(…でも……。準備室に来いって、どういう意味かな?)
 もしかするとハーレイが食堂について来て、その場で支払ってくれるのだろうか?
 考えてみれば、理に適った正しいやり方だった。ブルーがいくらのランチを買って食べるのか、今の時点では分からない。ブルーは嘘を言ってお釣りを懐に入れたりはしないけれども、そういう生徒も絶対いないとは言い切れない。同行して必要な分を支払う方が貸すよりもいい。
 きっとそうだ、とブルーは思った。ハーレイが食堂まで一緒に来てくれる。
(…どうせなら一緒に食べてくれたらいいんだけどな…)
 流石にそれは無理だろうけど。ハーレイにはハーレイの都合があるのだろうし…。



 そして昼休みがやって来た。ランチ仲間には「財布を忘れたから」と真実を告げて、待たないで食べてくれるようにと言った。昼休みの食堂はまさに戦場。出遅れれば売り切れるものも多いし、いい席となれば奪い合い。纏まった数の席を取るのは大変だけれど、一人分なら何とでもなる。
(…ホントはハーレイと二人で食べてみたいんだけどな…)
 食堂の隅っこの席でいいから。教師と生徒の会話でいいから、ハーレイと二人…。
 そんなことを考えながら校舎の中を歩いて、辿り着いた古典の準備室。職員室とは別に教科別に設けられた教師の居場所。授業のある時間帯は準備室で待機し、質問なども受け付ける。
「失礼します」
 扉をノックし、カチャリと開けたブルーは目を見開いた。
(あれっ?)
 何人か居る筈の先生たちが一人もいない。正確にはブルーの方を振り向いたハーレイ一人だけ。机は幾つか並んでいるのに、ガランとした古典の準備室。途惑うブルーに声がかかった。
「来たか。…まあ入れ、今日は俺だけだ」
「えっ?」
 扉を閉めたものの、ブルーはキョロキョロと周囲を見回す。他の先生は何処へ消えたのだろう?
「お前、いいカンしているな。実は不器用じゃないんじゃないか? お前のサイオン」
 ハーレイが「来い」とブルーを手招きした。
「他の先生は研修でな。今日は一日、隣町だ」
 まさか全員がいないわけにもいかんだろうが。俺は別の日に済ませたんだ。
 そう言いながら、ハーレイは自分の隣の席から持ち主が留守の椅子を引っ張り出した。
「というわけで、今日は一人だから豪華弁当と洒落込むつもりだったんだが…。そしたら、お前が来ちまった。御馳走するしかないだろうが」
「ええっ?」
「ついでに人目も無いからな。ハーレイ先生じゃなくてハーレイでいいぞ」
 座れ、と椅子を用意されたブルーは信じられない思いで腰掛けた。
 ハーレイと二人で食堂どころか、準備室で二人で食事だなんて。しかもハーレイ先生ではなく、ハーレイと呼んでいいなんて…。
 本当に此処は学校だろうか?
 夢を見ているのではないのだろうか…。



「遠慮しないで食って行け。自慢のクラシックスタイルなんだぞ」
 ハーレイが四角い風呂敷包みを取り出した。机の上に置いて風呂敷を解けば、中から二段重ねになった弁当箱が現れる。行楽の季節に見かけるような黒く塗られた弁当箱。金色の模様も描かれたそれは、まさにクラシックスタイルそのもの。
「…なんだか凄いね…」
 SD体制の時代よりも遙かに古いスタイル。前の生では情報だけしか知らなかった。実物を目にしたことが無かった。その点はハーレイも同じ筈だが、今の好みはこうなのだろうか?
「ははっ、驚いたか? 俺の親父とおふくろはこの手の弁当も好きなんだ。春の桜や秋の紅葉にはピッタリだろうが、こういうヤツが」
 せっかくの文化を楽しまないとな?
 此処は地球だし、ずうっと昔は日本という名の島国だ。由緒ある場所に生まれて来たんだ、昔の人たちが愛した文化を俺たちもうんと楽しむべきだぞ。
 もちろん今風の飯も美味いし、そっちの味だって捨て難いんだが…。
「どうだ、中身もクラシックスタイルというヤツだ。ちなみに全部、俺が作った」
 見ろ、とハーレイが自慢げに開けた二段重ねの弁当箱。上の段には魚の焼き物や野菜の煮物など何種類ものおかずが詰められ、下の段にはキノコたっぷりの炊き込み御飯。行楽弁当として売られているものにも引けを取らない、ハーレイの手作りがぎっしり詰まった豪華弁当。
「ほら、食べろ。お前、好き嫌いは無いんだろうが。…俺と同じで前世の記憶を引き摺っちまって贅沢を言えない舌なんだしな」
「そうだけど…。ぼく、食べていいの? これ、ハーレイのお弁当でしょ? お腹、空かない?」
「安心しろ。俺の非常食ならこっちにある」
 ハーレイが机の下から引っ張り出した袋に詰まったサンドイッチやホットドッグ。授業の合間に買って来たらしいそれはブルーからすれば驚くほどの量だったけれど。
「柔道部の指導は腹が減るしな、いつも買うんだ。今日は多めに買っておいた」
 だから好きなだけ弁当を食べろ、とハーレイは割り箸を机の引き出しから出して来た。ついでに準備室に備え付けの棚から陶器の皿。これまたクラシックな形と模様のもの。
「…これもハーレイのお皿なの?」
「まあな。俺の私物だ。他の先生も色々置いてるぞ。…茶碗も要るか?」
 炊き込み御飯には茶碗が似合う、とハーレイが棚から取って来た茶碗。それもハーレイの私物の茶碗で、持ち主の手に相応しい大きな茶碗。
「これに一杯はお前は無理だな、好きなだけ入れろ。おかずも好きなだけ取っていいぞ」
 取り分けるための割り箸も用意され、ブルーは感激で胸が一杯だった。普段ハーレイが使う器で食べられる上に、ハーレイの手作りのお弁当。本当に夢じゃないんだろうか…。



 お弁当とはいえ、本格的な和風のおかずと炊き込み御飯。ハーレイ御自慢の豪華弁当。
(…どれを貰ったらいいんだろう?)
 ブルーは嬉しい悩みを抱えて所狭しと詰まったおかずを眺めた。さっきハーレイが言った通りにブルーには好き嫌いが無い。前の生でアルタミラの研究所で食事とも呼べない餌を与えられ、脱出した後も耐乏生活が長く続いた。そのせいか、ハーレイともども好き嫌いが全く無いのだが…。
(それとこれとは話が別だよ…)
 出来ることなら全部食べたい、ハーレイ手作りの豪華弁当。しかしブルーの食は細くて、とても全部は食べられない。魚の焼き物を一切れと炊き込み御飯を茶碗に半分も貰えば満腹、他には入りそうもない。美味しそうなおかずが沢山あるのに、どれを選べばいいのだろう?
「おいおい、遠慮しなくていいんだぞ? 好きなだけ食え」
「…食べたいんだけど…。ぼく、沢山は食べられないよ…。ほんの少しでお腹一杯」
 どれにしようか迷っているのだ、とブルーは悩みを打ち明けた。全種類を制覇したいけれども、その前に満腹してしまう。だからお勧めのおかずがあったら教えて欲しい、と。
「ハーレイのお勧めのおかずにするよ。それと御飯を少しでいいよ」
「なるほどな…。お前、少ししか食わないからなあ、しっかり食べろと言っているのに」
 だから大きくなれないんだぞ、と苦笑しながらハーレイは魚の焼き物に割り箸を入れた。小さく割れた端っこをブルーの皿に取り分け、次は野菜の煮物を少し。それから玉子焼きを半分。
「何してるの?」
「試食サイズだ。これなら全種類でもいけるだろうが。気に入ったのがあって入るようだったら、また後で取れ。炊き込み御飯は自分で入れろよ、俺には適量が分からんからな」
 自分で調理したと言うだけあって、ハーレイが取り分けた試食サイズとやらは立派な盛り付けとなってブルーの前に供された。ブルーがお弁当のおかずにするには充分な量。
「お前が食べるならこのくらいか? どれも美味いぞ」
「ありがとう、ハーレイ! このくらいだったら食べ切れるよ、ぼく」
「だったら炊き込み御飯も取っとけ、一緒に食うのが美味いんだ」
「うんっ!」
 ブルーの手には大きすぎるサイズのハーレイの茶碗。其処にキノコの炊き込み御飯を取り分け、ハーレイと二人で「いただきます」と合掌をして。
 ドキドキしながら、ブルーはハーレイが最初に盛り付けてくれた魚の焼き物を頬張った。普通の付け焼きとばかり思っていた鮭。ハーレイ曰く、幽庵焼きとかいう付け焼き。醤油や味醂のタレに柚子を入れてあるのだと聞いて納得した。どおりでほのかに柚子の香りがする筈だ…。



 そうした調子で、ハーレイお手製の豪華弁当は作り方まで凝っていた。煮物も揚げ物もひと手間かけた本格仕上げ。もちろん炊き込み御飯も風味豊かで、冷めているのに気にならない。
「凄いね、ハーレイ。…こんなの作ってこられるんだ…」
「そう毎日はやってられんがな、普段はかき込むだけだしな?」
 一人だからこそゆったり食えるし、豪華にやりたくなるもんだ。
 俺の秘かなお楽しみだ、とハーレイは笑う。部屋を独占して豪華弁当を食べ、ちょっとした行楽気分に浸るのだと。今までの学校でもやってきたというリフレッシュ。旬の素材を自分で調理し、二段重ねの弁当箱に詰めて風呂敷に包んでクラシックスタイルの豪華弁当。
「そして弁当には箸でないとな。…箸の使い方も上手いな、お前」
「パパとママが厳しかったんだ。ちゃんと持てないと恥ずかしいぞ、って」
「うんうん、そいつはいいことだ。俺の親父とおふくろが聞いたら大いに喜ぶ」
 親父は釣りが好きだからなあ、アユなんかは箸で食わんとな?
 早くお前に釣った魚を食わせたい、と言っていたから、上手に食ったら大感激だぞ。
「…ホント?」
「本当だとも。親父は自分でアユを焼くから、綺麗に食べて驚かせてやれ。箸を上手に使ってな。…ところで、だ。味噌汁も飲むか?」
「そんなのもあるの?」
 まさか味噌汁まで作ってきたとは思わなかったから、ブルーは驚いたのだけれども。
「いや、味噌汁は此処の常備品だ。…いわゆるインスタントだな。すまし汁もあるぞ、好きな方を選べ。種類も色々揃っているんだ」
 棚の奥から出て来た何種類もの味噌汁、すまし汁。そのくらいなら、まだ食べられる。ブルーは最中みたいな皮の中に具が詰まっているというすまし汁を選んだ。お湯を注げば花の形の麩などが出て来て面白いのだとハーレイが言うから。
「よし、こいつだな? 器は、と…」
 お湯を沸かす間に棚から二つ出されたお椀。そっくり同じ形だったから、ハーレイの私物が二つあるのかとブルーは思ったが、そうではなかった。
「こいつは此処の備品でな。歴代の古典教師が揃えた、いわばコレクションだ」
 古典の教師は和風の食事が好きな人が多く、インスタントの味噌汁やすまし汁もそのために皆で資金を出し合って揃えているのだという。
 ハーレイはブルーが食べ切れなかった分のお弁当を食べ、ブルーとお揃いのすまし汁を飲んで、「実に美味かった」と御馳走様の合掌をして。



「さて、ブルー。…ここまで来たら食後は緑茶で締めんとな?」
 これまた棚の奥から出て来た急須と湯呑み。ハーレイが湯を適温に冷まして緑茶を淹れる。
「とっておきの玉露なんだぞ、生徒用ではないんだが…。俺の客だし、許されるさ」
 買う時には俺だって出資したしな?
 パチンと片目を瞑るハーレイは悪戯っ子のような瞳をしていた。
 嬉しそうなハーレイと二人、すっきりとした味わいの緑茶で喉を潤し、ブルーのランチタイムは終わった。お腹一杯になったけれども、幸せだった昼休み。
「御馳走様でした、ハーレイ先生!」
「ああ、気を付けて教室に戻れよ、食い過ぎで走ると腹が痛くなるぞ」
「はいっ!」
 ブルーはペコリと頭を下げて廊下に出た。
 夢のようなランチタイムは終わって、教師と生徒に戻ったけれど。
 ハーレイの手作りのお弁当を一緒に食べて、いつもハーレイが教師仲間と食べているすまし汁や玉露も御馳走になった。幸せ過ぎて、誰彼かまわず喋りたくなるような素敵なランチ。
 たまには財布を忘れるのもいいな、と弾む足取りで教室に戻ってゆくブルーはやはり子供で。
 ハーレイの方は、思いがけない来客を迎えた喜びと幸せを一人になった部屋で噛み締めていた。自分以外には誰もいない古典の準備室。教師としての自分の居場所。
(…俺の家だとこう冷静には振る舞えないしな?)
 ブルーに手料理ならぬ手作り弁当を食べて貰えて、しかも二人きりでのランチタイム。
 孤独な昼休みが素敵で豪華な時間に化けた。
 たまには研修の留守番もいい。また次の機会に引き受けてみようか、留守番役を。
 もっとも、ブルーが財布を忘れない限り、二人でランチは出来ないけれど…。




           幸運な忘れ物・了

※財布を忘れてしまったお蔭で、ハーレイと二人で昼御飯。幸運だったブルーです。
 ハーレイ自慢のクラシックスタイルのお弁当、美味しかったでしょうね。
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