シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(わあ…!)
通り雨が上がった後での下校時間。バス停で帰りのバスを待っている時に、見上げた方向の空に虹を見付けた。七色に輝く大きな虹。さっきの通り雨のせいだろう。もう青空が出ているから。
(綺麗な虹…)
それに、と虹が架かった場所を眺めて嬉しくなる。ぼくの家とハーレイの家がある辺りの真上を虹のアーチが横切っていた。大きな虹だから何ブロックも離れていたって一跨ぎで、同じ虹の下。まるで神様がセットで架けてくれたみたいに。
(もっと小さな虹だったら…。ぼくの家とハーレイの家とが繋がったのかな?)
そういう虹もきっと素敵だ。虹の橋を渡ってぼくの家からハーレイの家へ。ううん、二人同時に自分の家から虹の橋を渡って、真ん中で出会って抱き合ってキス。
(…今だと「キスは駄目だ」って、叱られそうだけどね?)
ついでに虹の橋、渡れないってことは分かっているけど。あれは細かい細かい水の粒にお日様の光が反射して出来る自然の魔法で、渡れもしないし触れもしない。でも…。
(あれを渡ってハーレイの家まで行けたらいいのになあ…)
渡りたいな、と虹の橋を見ていたらバスが来た。乗り込んで、ちょうど空いていたから虹の橋が見える方の窓際に座る。大きな虹はハーレイの家とぼくの家とを繋ぐ代わりにセットで上を跨いでいるわけだけれど、あの虹でぼくたちの家が繋がっていたら、と夢を思い描く。
(ハーレイの家には行っちゃいけないって言われてるけど、橋が架かったら話は別だよ)
虹の橋を渡って来たら着いちゃったんだ、と庭とかに下りたらハーレイだってきっと断れない。お茶くらい飲ませてくれるだろう。
(橋が消える前に急いで帰れ、とは言いそうだけどね?)
だけど、今、見えている大きな虹の橋。まだ消えそうになくて綺麗な七色。消えるまでに充分にお茶を飲めそうで、もしかしたらお菓子も食べられるかも…。
(…虹の橋、渡って行きたいなあ…。ぼくの家からハーレイの家まで)
今のぼくは前のぼくみたいに空を飛ぶことが出来ないから。
瞬間移動だって出来やしないし、一度だけメギドの夢を見た時にハーレイのベッドまで瞬間移動した事件はあったけれども、あれ以来、再現不可能なまま。またいつか行けると思っていたのに、ぼくは全然ハーレイの家まで飛んでいけない。
ハーレイは「瞬間移動で俺の家まで飛んじまったし、もう大丈夫だと安心したんだろう」なんて笑って言ってる。ついでに「お前、美味しい思いをしたしな? 下心があると無意識の内は二度と飛べんな、残念ながら」と言われてしまってグウの音も出ない。
だって、美味しい思いをしたことは本当だから。ハーレイのベッドの上で目が覚めて、朝御飯はハーレイの手作りで。それからハーレイの車で送ってもらって、ぼくの家まで夢のドライブ。
(…またやりたい、って思ってるからダメなんだろうな、瞬間移動…)
ハーレイの家まで飛んでしまった時は、素敵な目標も夢も無かった。メギドで死んでしまう夢を見てしまって、今のぼくは幻なのかと思った。死んだソルジャー・ブルーの魂が地球へ行きたくて紡いでいる夢。その夢がぼくの居る世界なのかもしれない、と。
(ホントのホントに怖かったんだよ、何もかも消えてしまいそうで…)
あれは夢だと言って欲しくて、ハーレイに会いたいと泣きながら眠った。気付いたらハーレイのベッドの上に居て、瞬間移動をしたのだと知った。
(あのくらい怖い思いをしないと飛べないんだろうな…)
ハーレイの家まで飛びたいけれども、怖い思いはしたくない。メギドの悪夢は今だって見るし、夜中に泣きながら目を覚ますことも何度もあるから、これ以上は勘弁して欲しい。
(…虹の橋なら怖くないしね?)
神様が気まぐれに架けてくれる橋。それがぼくの家とハーレイの家とを繋いでいたなら、渡って出掛けても叱られはしない。七色に輝く虹の橋を見て渡りたくならない方がおかしい。
(ハーレイの家まで虹の橋を渡って行ってみたいよ)
水の粒と光で出来た虹の橋。歩いて渡るなんて無理だってことは分かっているけれど、それでも虹の橋を渡ってハーレイの家まで出掛けたかった。
(あんなに綺麗な橋なんだもの…)
渡って行ければきっと幸せ、ハーレイの家に下りて行ければきっと幸せ。
空に架かった大きな虹はバスが家の近くのバス停に着いても、まだ見事なアーチを描いていた。
(うん、お茶を飲む他にお菓子を食べる時間もありそうだよね?)
虹を渡ってハーレイの家に出掛けて、お茶とお菓子と。それから虹の橋を渡って帰るんだ。
(…そういう虹があればいいのに…)
渡りたいな、と家に帰ってからも何度か窓から虹を眺めた。消えるまでの間、何度も、何度も。
シャングリラでは見られなかった虹。
常に雲海に潜んでいたから、虹なんか見られるわけが無かった。
ぼくたちが保護したミュウの子供たちは画用紙に虹の絵を描いていたけれど、それは子供たちがまだ地上に居た頃に目にした虹の絵。養父母と暮らした幸せな時代の暖かな記憶。
アルタミラの研究所で成人検査よりも前の記憶を奪われてしまった前のぼくたちは、虹を見た記憶も持っていなければ、本物の虹も見られなかった。
ソルジャーとして外の世界へ出ることのあったぼくは、アルテメシアの虹に出会ったこともあるけれど、ハーレイや長老たちはシャングリラの中で生きていたから見ていない。他のミュウたちも虹を見られる機会が無いから、「今日、虹を見たよ」とは告げられなかった。
シャングリラの一角に設けられていた展望室。本当だったら外の景色が窓いっぱいに広がる筈の展望室の向こうは、いつだって、雲。昼の間は真っ白な雲、夜になったら闇を含んだ重たい灰色。
展望室に太陽の光は射しはしないし、虹だって見えはしなかった…。
(ハーレイだって本物の虹は一度も見てない筈だよね…)
おやつを食べた後、二階のぼくの部屋に戻って勉強机の前で考える。
机に飾ったフォトフレームの中、ぼくの隣で笑顔のハーレイ。左腕に今のぼくが両腕でギュッと抱き付いた写真。この写真のハーレイは今日のぼくみたいに虹を何度も見てるだろうけど…。
(…前のハーレイは見ていないよね?)
前のぼくが外で見て来た虹の記憶は前のハーレイに何度も見せた。ぼく一人だけの秘密のままで隠しておくより、二人で共有したかったから。
ハーレイはぼくの恋人で、誰よりも大切だったから…。
幸せな記憶を分かち合いたくて、虹を見た時の記憶をハーレイにだけは渡していた。二人きりの青の間で手を握り合って、あるいは額をくっつけ合って。
その度に「綺麗ですね…」と呟いていたハーレイ。
本物の虹は見られないまま、死の星だった地球の地の底で死んだハーレイ…。
(ハーレイも、ゼルも、ヒルマンも…。エラもブラウも本物の虹は知らないままだよ…)
やっぱり、ぼくだけ「虹の橋を渡りたい」なんて夢を見てたら駄目なんだろうか?
それとも生まれ変わったからには時効だろうか、などと考えていたらチャイムが鳴った。
(…お客さんかな?)
窓の方へ行って見下ろしてみたら、門扉の前にスーツのハーレイ。ガレージを見るとハーレイの車が入ってる。
(来てくれたんだ…!)
学校の帰りに寄ってくれたんだ、と胸が高鳴る。
今日の夕食はハーレイと一緒。パパとママも一緒の夕食だけれど、ハーレイと一緒…。
夕食までは少し時間があるから、ママがハーレイをぼくの部屋まで案内して来た。いつも二人で向かい合わせで座るテーブル、其処に紅茶とクッキーが少し。夕食に差し支えない程度のおやつ。ハーレイと二人、紅茶を飲みながらクッキーを摘み、「あのね」とぼくは虹の話をした。
「とても綺麗な虹だったんだよ、それに大きかった」
「ほほう…。俺は二重の虹というヤツも見たことがあるが、お前はどうだ?」
「二重の虹!? ハーレイ、見たの?」
写真でしか知らない二重の虹。ハーレイは何回か見ているらしい。
「ダテに年は食ってないからな? お前の二倍と十年分だ。お前もこれから見られるさ」
運が良ければ、と付け加えられたけれども、いつか見られるといいな、と思う。ハーレイの隣で一緒に見上げられたらいいな、と夢が膨らんだ所で肝心のことを思い出したから。
「えっと…。今のハーレイは二重の虹も見てるけれども、前のハーレイ、知らないよね?」
「何をだ?」
「虹だよ、空に架かった本物の虹。…ハーレイもゼルたちも見ていないよね…」
シャングリラは雲海の中だったから。虹なんか何処からも見られるチャンスが無かったから…。
「いや、本物の虹なら見たが? 俺も、もちろんゼルたちもだ」
「えっ!?」
ぼくは驚いて目を見開いた。
シャングリラから虹は見られなかった筈だというのに、ハーレイは虹を見たと言う。しかも他の長老のみんなも見ていただなんて、いったい何処で…?
どう考えても分からないから、疑問をぶつけることにした。
「虹って…。何処で?」
「ナスカさ」
お前の知らない赤い星だ、とハーレイの答えが直ぐに返って来た。
「前のお前は降りもしなかったし、第一、眠ったままだったしな? どんな星だったのかもろくに知らずに逝っちまったが、今のお前はそこそこのことは知ってるだろうが」
あれこれ話してやったしな、という言葉どおりに思い出話は色々と聞いた。前のぼくが深く深く眠っている間にナスカで起こった様々なこと。
若者たちと長老たちとの対立なんていう深刻な話から、他愛ない日々の出来事まで。
そうか、ナスカなら虹も見られただろう。恵みの雨が降り注ぐから、とジョミーがナキネズミに「レイン」と名付けた、あの星ならば。
「…ハーレイ、ナスカで虹を見たんだ…。ゼルやヒルマンも」
「俺たちだけじゃないぞ? もれなく全員見てる筈だな。フィシスだって多分、見ただろう」
最初の間はナスカへ降りなかったと聞いているフィシス。
ジョミーが遠い昔に入植した人類が残した肖像画と墓碑とを見せてから後、降りるようになっていたらしい。肖像画と墓碑はハーレイも知っていて、何度か足を運んだそうだ。
今のぼくより少し小さいか、同じくらいの年頃の子供と両親を描いた肖像画。遠い昔の展望台を思わせる廃墟と化した家の直ぐ前に、白いプラネット合金の墓碑。肖像画の子供のための墓碑。
其処に刻まれた、風化して消えそうな文字に心を打たれたと聞いた。「誰が私に言えるだろう。私の命が何処まで届くかを」。ハーレイには前のぼくの思いそのままだと感じられた、その言葉。SD体制よりも遙かな昔の詩人、リルケによって書かれた詩の一節。
ハーレイも案外ロマンチストだと思ったのだけれど、その墓碑があったナスカの虹。今の地球の虹とよく似ていたのか、あんまり似てはいなかったのか…。
「ハーレイ、ナスカの虹は地球のと似てた?」
「そりゃまあ、虹は七色だしな? しかしなあ…。如何せん、空の色がな」
ラベンダー色だったというナスカの空。
アルテメシアでも地球でも空は青いから、ぼくにはちょっと想像出来ない。ハーレイの前世での記憶を見せて貰ったことはあるけれど、なんだか不思議な色の空。
あの空に虹が架かったとしたら、紫なんかは見えにくいのかな?
「いや、見えにくくはなかったな。ちゃんと七色の虹だった」
「何回か見たの?」
「ああ。雨上がりによく架かっていた」
虹が目当てで雨の降りそうな日を狙って視察に降りたこともあった、とハーレイは笑う。
そして散歩に出掛けたのだ、と。
「…散歩?」
ぼくはキョトンと首を傾げた。
虹はともかく、雨の降りそうな日に散歩だなんて…。普通は晴れた日じゃないんだろうか?
散歩は天気のいい日が似合う。暑すぎも寒すぎもしない、穏やかに晴れた日。強い日射しに弱いぼくでも、散歩をするなら晴れた日が好き。ぼくくらいの年の男の子はあまり被らない、大きくてつばの広い帽子を被って家の近くを歩いてみるとか。
今のハーレイだって、ぼくの家まで歩いて来る日は晴れた日が多い。晴れた日の散歩が好きだという証拠。それなのに、前のハーレイはナスカで雨の降りそうな日を狙っての散歩。虹が出たって地面は濡れるし、絶対に歩きにくいと思う。どうにも不思議でたまらない。
「ハーレイ、前は雨の日の散歩が好きだったの?」
「そういうわけではないんだが…。虹を見たいなら雨が降りそうな日が狙い目だしな」
雨が上がって虹が架かったら出発だ、とハーレイは鳶色の瞳に懐かしそうな光を湛えて。
「空気が薄いからシールドを張って、それから虹を目指すんだ。…何度も何度も虹の橋のたもとを探しに行った」
「なんで?」
虹の橋のたもとって、何だろう?
七色に輝く虹の端っこ。それを探してどうするんだろう?
「ん? 虹の橋のたもとには宝物が埋まっているという話だからな?」
ヒルマンがそう言ったんだ。ナスカで初めての虹が話題になった時に、皆に説明してくれた。
だから宝物を探しに出掛けた。
虹が架からないと行けないからなあ、雨の降りそうな日を選ばないとな?
まさかキャプテンがナスカに常駐しているわけにもいかんだろう。シャングリラを放って下には居られん。あまり行けないナスカだからこそ、虹の架かりそうな日にしたかった。
ハーレイが大真面目な顔で言うから、ぼくは宝物とやらが気になってきた。
ヒルマンは「宝物が埋まっている」とSD体制よりも古い時代の伝説を披露しただけで、宝物が何を指すのかは特に話していなかったという。
だけどハーレイは宝物を探しに何度も出掛けた。わざわざ虹が架かりそうな時を選んでナスカに降りてまで、虹の橋のたもとを探しに行った。
ハーレイが探した宝物って何だろう?
それに宝物を見付けることって、出来たんだろうか?
「ねえ、ハーレイ。その宝物って、何だったの? 人類の隠し財産か何か?」
そういうものならハーレイが頑張って探していたのも分かる。
ナスカに基地を築いたとはいえ、ミュウは追われる種族だったから、資材はいくらあっても充分ではない。宝物の中身が何であっても探し出すだけの価値はある。皆の命を預かるキャプテンともなれば、率先して探したかっただろう。そう思ったのに…。
「残念ながら、人類の隠し財産などという噂も資料も無かったな」
それに、とハーレイの瞳が真っ直ぐにぼくを見詰めて。
「…俺の宝物と言ったら一つしかない。そして如何にも虹が似合いそうな…」
お前だ、とハーレイは真剣な眼差しでぼくの瞳を覗き込んだ。
「今の俺にとっては宝物と言えばお前なんだが…。前の俺には前のお前だ」
「…前のぼく?」
宝物と呼んで貰えたことは嬉しいけれども、どうしてぼくを探しに行くわけ?
わざわざ虹が架かるのを待ってまで、虹の橋のたもとに探しに行くわけ?
前のぼくはナスカじゃなくってシャングリラの中で眠っていたのに。
宇宙に浮かんだシャングリラの青の間で眠っていたのに、ぼくを探してどうするわけ…?
ナスカには居ないぼくを探しに、虹の橋のたもとを目指したハーレイ。
どうしてだろう、と目を丸くしたままハーレイの顔を見ていたら。
「不思議でたまらない、って顔をしているな。そりゃそうだろうな、俺の勝手な思い込みだし」
「……思い込み?」
「虹はあんなに綺麗だろうが。そして虹の橋のたもとに宝物だぞ」
お前の魂が埋まっていそうな気がしたんだ。
見付けたらお前が目覚めるかと思って何度も探した。虹が架かる度に、何度も、何度も…。
お蔭で沢山散歩が出来た、とハーレイは褐色の頬を緩めた。
ナスカで生活していた者たちを除けば、自分が恐らく一番沢山の距離を歩いただろうと。
「虹が架かったら、とにかく探しに行かんとな? ジョミーみたいに飛んだりは出来んし、自分の足だけで虹を目指した。今度こそは、と虹の橋のたもとを探した」
しかしだ、相手は水と光が空に描き出す幻の橋だ。
俺がどんなに歩き続けても、橋のたもとには決して辿り着けなかったんだがな…。
「いつだって消えてしまうんだ。俺がたもとまで辿り着く前に」
「……ごめん……」
ハーレイがどれだけの距離を歩いたのか、どれだけの悪路だったのか。
それを話してはくれなかったけれど、道のりが楽でなかっただろうことは想像出来る。そうして歩いて歩き続けても、虹の橋のたもとには着けなくて。
宝物が埋まった虹の橋のたもとには辿り着けなくて、ぼくの魂も見付からなかった。
眠ったままのぼくは目覚めず、ハーレイを独りきりで孤独に放り出したまま眠り続けて、やっと意識が戻った時にはナスカの惨劇の直前で。恋人同士の時間なんかは持つことも出来ず、語らいの時すら持てないままで運命の時が来てしまった。
ぼくはハーレイを残してメギドへと飛び、それっきり二度と戻らなかった…。
「……ごめん。…ごめん、ハーレイ…」
ハーレイは懸命にぼくを探してくれたのに。
眠り続けるぼくが目覚めないかと、宝物だというぼくの魂を探しに歩いてくれたのに。
虹の橋のたもとを探し出すなんてこと、不可能に近いと分かっているのに、探し続けてナスカの大地を何処までも歩き回ってくれたのに…。
ぼくはハーレイの想いに応えて目覚めるどころか、シャングリラに独り置き去りにした。
メギドへ飛んだぼくも辛かったけれど、ハーレイの温もりを失くしてしまって独りぼっちで死ぬ羽目になったけれども、前のぼくの生は其処までで終わり。
でも、ハーレイの生は終わりじゃなかった。
ぼくがいなくなった後も独りきりで生きて、白いシャングリラを遠い地球まで運んで行った。
ハーレイはどんなに辛かっただろう。どんなに悲しかっただろう…。
「…ごめん、ハーレイ…。宝物を探してくれていたのに…」
それなのに宝物を見付けるどころか、失くしてしまった前のハーレイ。
ぼくのせいで失くした前のハーレイ…。
「探さなくても良かったのに…。そんな宝物、探さなくても良かったのに…」
ポロリと涙が零れて落ちた。
虹の橋のたもとを探して沢山の距離を歩いたハーレイ。
散歩だと言って出掛けるのだから、もちろんキャプテンの制服と靴で出掛けただろう。あの靴は雨上がりのぬかるみや、岩だらけだったと聞くナスカの大地を長時間歩ける仕様ではない。恐らくハーレイの足は痛んで、もしかしたらマメだって出来たかもしれない。
それでもハーレイは虹の橋のたもとを探し続けることをやめなかった。
探しても無駄だと分かっているのに。
ぼくの魂は其処には埋まっていないし、虹の橋のたもとに辿り着くことなど不可能なのに…。
ポロリと零れた、ぼくの涙。
ハーレイの褐色の指が「泣くな」と、そうっと拭ってくれた。
「探したのは俺の思い込みだと言っただろう? それと我儘だな、宝物欲しさの」
「でも…。でも、ハーレイ…。探したって何処にも無いんだよ?」
宝物も、虹の橋のたもとも。
どちらもナスカ中を探しても無くて、ただハーレイの足が疲れて痛くなってしまっただけで…。
「いや、違うな。…俺は探しに行っておいて良かったと今では思う」
「どうして? 見付かるどころか逆だったのに…」
「…前の時はな」
だが、今は違う。
俺はお前をちゃんと見付けた。だからお前が今、目の前にいるんだろうが?
「あの時、頑張って探していたから。…神様がそれを見ていて下さったから、俺はお前にもう一度会うことが出来たんだろう。この地球の上で」
青い地球の上でお前に会えた、とハーレイはぼくの大好きな笑顔を見せた。
虹の橋のたもとも、宝物もちゃんと見付かったのだ、と。
遠い遠い昔に、遠いナスカでハーレイが探しに行ってくれた虹。
どうしても辿り着けなかったと話すハーレイが追い掛けた虹の橋のたもとに埋まっていたのは、ぼくの魂という名の宝物。
前のハーレイは見付けられずに終わったけれども、今のハーレイはそれを見付けたと言う。
だからハーレイとぼくは青い地球の上で再び出会えて、こうして向き合っていられるのだと。
(…ハーレイ、虹の橋のたもとに行けたんだ…)
きっと今のハーレイが生まれて来る前、何処かで虹の橋のたもとを見付けた。
虹の橋のたもとを頑張って掘って、埋まっていたぼくの魂を其処から掘り出してくれた。
(うん、きっとそうだよ、ハーレイが探しに来てくれたんだよ…)
ナスカで虹の橋のたもとを探し歩いていたように。
岩だらけのナスカの悪路を歩くには全く向かないキャプテンの靴で、足が痛むのもかまわないで歩き続けたように。雨上がりのぬかるみの中を「散歩」と称して出掛けたように。
ハーレイならきっと、どんな所へでもぼくを探しに来てくれただろう。
ぼくの魂が埋まっている虹の橋のたもとを探しに、何処へでも、どんな道であっても。
(…虹の橋のたもと、ハーレイは何処で見付けたのかな…?)
今のぼくには分からないけれど、なんだか嬉しい。
嬉しすぎてまたポロリと涙が転がり落ちた。
辿り着くことなど不可能に近い、七色に輝く虹の橋のたもと。
其処に埋まったぼくの魂を探し出すために、ハーレイがずうっと探し続けていてくれたことが。
探して探して、辿り着いてくれたから、ぼくとハーレイとは地球の上に居る。
何処だったんだろう、ハーレイが見付けた虹の橋のたもと。
見付けて貰ったぼくの魂も、きっときっと、幸せだったと思う。
覚えていないけど、幸せだったと思うから……ハーレイに「ありがとう」と御礼を言った。
虹の橋のたもとを探しに行ってくれてありがとう。ぼくはとっても幸せだよ、って…。
虹の橋のたもと・了
※雨上がりのナスカでハーレイが探した宝物。虹の橋がかかったら、いそいそ出掛けて。
ブルーの魂が埋まっているかも、と頑張ったハーレイ。ブルーは幸せ者ですよね。
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