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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

時計と時間

「ふむ。まだまだ充分に時間があるな」
 ハーレイが左腕の時計をチラリと眺めた。週末の午後、ブルーの部屋でのティータイムの途中。昼食もブルーの部屋で摂ったが、食後のお茶が無くなる頃合いでお茶とお菓子が運ばれて来る。
 ポットにたっぷり入った紅茶と軽い焼き菓子やクッキーの類。ケーキやタルトといった本格的な菓子は午後の三時を回ってから。ゆえにティータイムと呼ぶべきか否か、微妙な時間。三時までは一時間以上あったが、この時間帯はブルーの母は二階に上がっては来ない。
「ママが来るまでゆっくり出来るね」
 ブルーも部屋の時計で時刻を確認した。ハーレイが訪ねて来てくれる休日、ブルーの母は来客を気遣って「お茶のおかわりは如何ですか」と顔を出す。午前中はもちろん、午後のお茶の時も。
 どのタイミングで部屋に現れるか分からないから、初めの間はブルーもハーレイも階段を上がる母の足音を聞き逃さないよう、聞き耳を立てていたものだ。なにしろブルーはハーレイの膝の上に座ったり、抱き付いていたりと甘え放題。そんな現場を母に見られるわけにはいかない。
 そうこうする内に、ブルーの母が現れない時間帯があると二人は気付いた。
 昼食の後に運ばれて来る、お茶と軽く摘めるクッキーや焼き菓子。それが出されてから午後三時までは、お茶のおかわりは出て来ない。どうやら母の考えでは三時のお茶が大切なもので、其処で供する菓子を食べるのに響かないよう、あえてお茶のおかわりを出さないらしい。
 それと気付いてから「本当に来ない」と確信するまで暫く時間はかかったけれども、間違いなく来ないと分かった時から「食後のお茶の後」のティータイムは二人の憩いのひと時となった。



 今日も二人きりで寛げる時間。三時になるまでブルーの母は決して階段を上がっては来ない。
 もっとも、ブルーもハーレイと再会して直ぐの頃に比べればかなり落ち着いたし、以前のように始終ベッタリとくっついているわけではなく、テーブルを挟んで向かい合って他愛ない話を交わすことだって多いのだけれど。
 そう、今のように。
 ハーレイが目をやっていた腕時計。前の生でもハーレイが好んだアナログの時計で秒針つき。
(…ハーレイ、ああいう時計が好きだったよね)
 ブルーは懐かしく思い出す。
 遠い昔にシャングリラで共に暮らしていた頃、ハーレイの部屋にはレトロなアナログの置時計があった。いつも微かな音を立てながら規則正しく時を刻んでいた時計。秒針つきの置時計。
 キャプテンとしてブリッジに詰めている時、ハーレイが時刻を確認するために覗く時計は秒単位どころのものではなかった。銀河標準時間を示す時計も、アルテメシアの時間を示す時計も、表示単位は秒より更に細かく、正確さを要求されるもの。シャングリラの行く手を左右するもの。
 アルテメシアの雲海に潜んでいた頃はワープなど必要なかったけれども、ワープするなら時間を正しく読まねばならない。一つ間違えればシャングリラは宇宙の藻屑と消える。そうならないよう常日頃から正確な時刻を確認し続け、表示に慣れておかねばならない。
 それがキャプテンが見るべき時計。目まぐるしい速度で変わり続ける表示される数字。
 ブリッジの時計がそうだった反動からか、レトロなものを好んだハーレイの趣味のせいなのか。ハーレイの部屋の時計はアナログ、秒針つきの置時計。もちろんキャプテンの部屋だけに銀河標準時間とアルテメシア標準時間を示す時計もあったけれども、主役はアナログの置時計。
 ハーレイの部屋を訪ねてゆく度、静かに時を刻み続ける置時計が時刻を教えてくれた。正確さを求められる時計の表示とは違った優しい文字盤。置時計が刻む時の流れはゆったりと流れる大河のようで、決して見る人を急かしはしない。
 ゆっくりと時を刻む時計はブルーの心にも穏やかな時間をくれたから。
 いつしかブルーもアナログの時計に惹かれ始めて、青の間のベッドサイドに置いた。秒針が一周するまでの時間はこんなにも長いものだったのか、と飽きずに何度もそれに見入った。



(…でも、無くなってしまったんだよね…)
 ベッドサイドに置いてあったブルーの置時計。
 お気に入りの時計だったというのに、アルテメシアを離れて宇宙に出た後、十五年もの長く深い眠りに就いていた間に、誰かが奥の部屋へと仕舞った。昏睡状態とも言えたブルーの体調管理には不向きな時計だったからなのだろう。
 目覚めた時には味気ない時計、医療スタッフがチェックするための正確な時計。
 置時計は何処へ行ってしまったのかと、あの慌ただしかった時の最中にブルーは捜した。そして奥の部屋で見付けたけれども、元の場所へと運び出したりはしなかった。
 自分に残された時間がいくらも無いことが分かっていたから。
 ゆったりと流れる時間を楽しむ余裕も無ければ、そんな時間が自分には二度と訪れることなく、ひたすらに死へと急ぐだけだと自覚し、覚悟していたから。
 置時計をベッドサイドに置かなかったから、メギドへ飛ぶ前、これが最後だと青の間を見回した時に時計は見ていない。自分が何時に部屋を出たのか、記憶していない以前に全く知らない。
(うーん…)
 青の間を離れた後、立ち寄ったブリッジでも時計を見たりはしなかった。
 自分が何時にシャングリラを出て、それからメギドへと向かったのか。まるで分からない上に、今も知らない。
(でも、ハーレイは知っている筈なんだよね)
 青の間を後にした時間はともかく、シャングリラを出た時間は把握していただろう。そういったことはキャプテンの仕事の範疇だったから、ハーレイに話し掛けてみる。
 自分は全く見なかった時計を、あの日、ハーレイは見ていたのか、と。



「…時計か…」
 何度も見たな、とハーレイは辛そうに顔を歪めた。
「ナスカがどのくらい持ち堪えるのか、次の攻撃はいつ来るのかと時計も他の計器も見ていた」
「そっか…。やっぱりハーレイはキャプテンなんだね」
 ぼくは時間なんて気にしてなかった。
 もう時間なんて関係の無い所へ行くから、どうでも良かったっていうことだろうね。
 死んじゃうんだもの、時間なんか関係なくなっちゃうもの…。
「…お前はそうだったのかもしれん。しかし俺にとっては、そうではなかった」
「えっ? ぼくが何時にどう動いたのか、それ、シャングリラに必要な情報だった?」
 そう尋ねてから、ブルーは「そうか」と思い当たった答えを口にした。
「ワープする時のタイミングなんだ? ぼくがメギドを止められるかどうかは分からないものね」
 自分が失敗してしまったなら、ワープして攻撃を避けねばならない。シャングリラは第二波に耐えられはしない。そのために自分の動きを予測しながら時計を見たのだ、と思ったのに。
「…そうじゃない。シャングリラがどうこうというんじゃなくって、俺のためだな」
「……ハーレイのため?」
 ブルーには意味が掴めなかった。
 あの日に自分が取った行動と、それに関連する時間。
 シャングリラに必要な情報だったと言われれば分かるが、ハーレイのためとは何なのだろう…?



 言われた言葉を理解しかねて、ブルーは首を傾げたのだけれど。
 ハーレイは先刻よりも一層辛そうな表情になって、鳶色の瞳が翳りを帯びた。
 あの日に引き戻されたかのように。ナスカが燃えた日に、ブルーがメギドへ飛び去ったあの日にもう一度戻ってしまったかのように。
 苦しげに何度も溜息をついて、ようやっと紡ぎ出された声は深い悲しみに満ちていた。
「…あの日のことはどうでもいい。あの日に俺が取るべき行動は一つを除いて間違ってはいない」
「一つ?」
「…お前を行かせてしまったことだ。一人きりで行かせてしまったことだ」
 お前を止めるか、お前を追い掛けてメギドへ飛ぶか。
 その選択を俺は誤った。どちらかを選ぶ代わりにお前を一人で行かせてしまった。
 そうしてお前を失ったんだ。…俺が間違った道を選んだせいで。
「ハーレイ、それは間違いじゃないよ。どちらも選ばないのが正しいキャプテンなんだよ」
「…そうかもしれん。…そうなんだろうが、俺は今でも後悔している」
 そんな俺がどうこう言える問題じゃないんだが…。
 あの日、一つだけ知りたかった時間が俺にはあった。
「分かるか、ブルー?」
 …あの日の俺には知りようもなかった時間だったが、その時間を俺は捜し続けた。
 前の俺が死ぬ直前まで捜し続けて、最後まで掴めなかった時間だ。
「何なの、それ? …何の時間?」
 ブルーの問いに、ハーレイは深く大きな溜息をついて。
「…お前の死んだ時間が知りたかった」
 それだけが知りたかったんだ、と絞り出された苦しげな声。
 息を飲んだブルーとテーブルを挟んで向かい合いながら、ハーレイの言葉はなおも続いた。



「俺はどうしても知りたかったんだ。…お前が死んでしまった時間を」
 その日、その時間に祈りたかった。
 お前を失くしてから俺が独りで生きていた間、あの日が巡って来る度に皆で祈った。
 シャングリラ中の皆が祈った、ナスカで死んでいった仲間やお前のために。
 ジョミーがブリッジの中央に立って、皆で黙祷していたものだ。…もちろん、俺もな。
 だが、それだけでは足りなかった。俺はお前のためだけに祈ってやりたかった。
 お前が死んでしまった時間に、何処に居ようと一瞬だけでも祈りたいと思って捜し続けた。
 それなのに分からなかったんだ。
 人類軍の最高機密で、メギドの件だけは掴めなかった。
 アルテメシアを落としても駄目で、ノアを落としても駄目だった。
 グランド・マザーが情報をブロックしてしまっていて、何処からも引き出せはしなかった…。



 最後まで捜し続けていたのだ、とハーレイが呻く。
 死の星だった地球を目にした時にも、今度こそ分かると思ったのだ、と。
 グランド・マザーを倒しさえすれば情報はブロックされなくなる。
 そうしたら分かると、その時間に祈ることが出来る、と。
「…もっとも、それで分かったとしても…。多分、祈るのは一度きりだったろうな」
「なんで?」
「グランド・マザーを倒せたのなら、俺はもうジョミーを支えなくてもいいんだろうが。…お前が俺に残した言葉を守らなくてもいいってことだ」
 だから一度だけ、お前を失くした時間に祈って。
 それからお前を追って行くのさ、先に逝っちまったお前をな…。
「…ハーレイ…」
「どうした? 俺が追い掛けて来たら困るのか、お前?」
「……困らないけど……。困らないけど、でも、ハーレイが…」
 死んでしまう、とブルーは泣きそうな瞳になったのだけれど。
「泣いてどうする、俺が死なない限りは会えないだろうが。…それとも、お前、嬉しくないのか」
「…嬉しいけど…。嬉しいけど、でも……」
 ハーレイが死んでしまうのは辛い。辛くて悲しい。
 そう訴えるブルーに「馬鹿」と応えが返った。
「俺は生きている方が辛かった。お前がジョミーを頼むと言い残したから死ねなかったんだ」
 どれだけ苦しかったか分かるか?
 どんなに寂しくて悲しかったか、生きていることが苦痛だったか、今でも俺は覚えている。
 役目を終えてお前の所に旅立つ日だけを、俺はひたすらに待っていたんだ…。



 お蔭で罰が当たったがな、とハーレイは苦い笑みを浮かべた。
 ブルーのために祈るどころか、その前に死んでしまったと。
 ブロックされていた情報を引き出すことも出来ずに、地球の地の底で死ぬ羽目になったと。
「お前のために祈りたかったのに…。そうする前に俺は死んじまった。俺は一度も、お前のために祈ってやれなかった…」
「…そうだったんだ……」
 ハーレイが最後まで捜していたという時間。
 前の生でブルーがメギドで逝ってしまった時間。
 ソルジャー・ブルーだったブルー自身は全く意識していなかったけれど、ハーレイはその時間を知りたかったという。グランド・マザーがブロックしていた人類軍の最高機密を。
 今の地球にはグランド・マザーはもう在りはしない。SD体制は過去のものとなり、蓄積された情報は機密も含めてデータベースに入っている筈。
 そう、今ならば分かるだろう。だからブルーは口にしてみる。
「今は分かるね、ぼくが死んだ時間」
「知ってどうする、お前は俺の前に居るのに。…祈る意味がもう無いだろう」
「ふふっ、そうだね。調べても意味は無いかもね…」
 それでも少し気になったブルーは「調べてみよう」と思い立った。
 前の自分がいつ死んだのか、何時に死んでしまったのか。
 ハーレイが捜し続けたと聞いたから知りたくなって、勉強机の上の端末を起動しようとして。
「こらっ、調べるつもりか、お前!」
 馬鹿なことをするな、とハーレイの手がブルーの手を掴んで止めた。
「調べたりしたら、また夢を見るぞ。お前の嫌いなメギドの夢を」
「ちょっと調べるだけだってば!」
「その情報にはもれなくメギドが絡んでいると思うがな? 下手をすれば映像があるかもしれん」
「…えっ……」
 ブルーが沈めたメギドの映像。
 それが存在していることをハーレイは身を持って知っている。偶然見付けた写真集の中に入っていたから。『追憶』という名のソルジャー・ブルーの写真集。最後のページが爆発するメギド。
 ブルーはそれを知らなかったけれど、映像と聞いて震え上がった。
 そういったものを目にしたが最後、メギドの悪夢は確実に来る。大慌てで端末の起動を放棄し、元の椅子へと座り直した。



(…あの夢は見たくないものね…)
 何度見ても慣れることのないメギドの悪夢。
 前の生の自分が死んだ時の夢。ソルジャー・ブルーだった頃の自分の最期の瞬間。
 それが何時頃の出来事だったか、前の自分は意識していない。今のブルーも全く知らない。
(うん、前のぼくがいつ死んだのかなんて、ぼくには意味が無いことだしね?)
 ぼくもハーレイも此処に居るんだから、と考えた所でブルーは気付いた。
 前の自分が死んだ時間はデータベースに在るのだろうが、目の前に居るハーレイは…。
「そういえばハーレイは何時に死んだか、記録も残ってないんだね…」
「まあな。俺はお前みたいに華々しく死んでないからな? 地球の地の底でひっそりと…、だ」
 どうなったのかを知っていたのはフィシスくらいで、正確な時間は多分、分からなかったろう。
 ジョミーやキースと一纏めになって「この辺り」という曖昧なモンだ。
 第一、誰もが地球から逃げ出す真っ最中だしな?
 記録する余裕なんかは何処にも無くって、後で通信記録などから割り出した時間なんだろう。
 実に大雑把な時間だからなあ、午後の四時には全て終わっていました、だからな。
「そうだっけね…」
 人類軍の指揮官だったマードック大佐が地球を破壊しようとするメギドに旗艦ごと体当たりして沈めた時間は記録に在る。直後にシャングリラに長老たちによる瞬間移動で戻されたフィシス。
 この二つだけが正確な時間が分かっているもので、ジョミーとキースの死亡時刻も公式な記録は残されていない。マードック大佐よりも先にメギドに立ち向かったトォニィが生きた彼らを見てはいるのだが、その後の消息は謎だとされる。
 ゆえにシャングリラが地球に居た人々の回収を終えた午後四時が全ての終わりの時間。
 午後四時には生存者は誰も居なかった、というのが公式見解であり、誰が何時に生を終えたか、詳しいことは何も分かってはいない。
 全ては午後四時よりも前の出来事。マードック大佐の最期とフィシスの帰還が午後の二時頃。
 その間の何処かがハーレイや長老たち、ジョミーとキースの死亡時刻というだけの記録。



「ハーレイ、午後の二時頃には生きてたんだよね?」
「そうらしいな。…ただ、その後がなあ…」
 フィシスをシャングリラに送って直ぐに死んだのか、一時間くらいは生きていたのか。
 天井が崩れ落ちてくるまでが長かったような、短かったような…。
 記憶自体が曖昧なのだ、とハーレイはフウと溜息をつく。
「ああいう時には時間の感覚がおかしくなるしな? 時計を見ておけば良かったなあ…」
「だったら、今くらいの時間だったかもね?」
 午後の三時にはまだ早い時間。ブルーの母がお茶とお菓子を持ってくるには早過ぎる時間。
「そうかもなあ…。それを言うなら、お前も今かもしれないな」
 ナスカからワープアウトしたのが午後三時になる少し前だった、というハーレイの話にブルーは「そっか…」と小さく頷く。
「…前のぼくたち、今頃の時間に死んじゃったのかもしれないんだ…。だったら二人でお祈りしておく? ハーレイもぼくも生きてるけれど」
「そうだな。これも何かの縁ってヤツだな、俺たちの新しい命に祈っておくか」
「幸せになれますように、って?」
「そんな所だ。よし、ひとつジョミーを真似るとしよう。黙祷!」
 一分間だぞ、というハーレイの合図で二人は揃って瞼を閉じた。
 テーブルを挟んで向かい合わせで、一分間。
 ハーレイの腕のアナログの時計の秒針が、文字盤の上を六十秒かけて一周するまで。



 二人同時に目を開けた後、お互い、日付こそ遠く隔たっていても似たような時間に前の生の命が尽きたらしい偶然を語り合ってから。
 ブルーは「今度は本当に一緒がいいな」と切り出した。
「今度こそ二人一緒がいいな。二人一緒に幸せに生きて、命が終わる時も二人一緒で」
「其処も一緒にしようと言うのか?」
「うん。ぼくはハーレイと一緒がいい」
 絶対に一緒、と言い張るブルーに、ハーレイは「うーむ…」と腕組みをする。
「どうやって一緒にするべきなのかが悩ましいんだが…。そうそう一緒に死ねるものか?」
 考えたくはないが事故ならともかく…、と口ごもるハーレイだったが、ブルーは「なんで?」と無邪気に微笑んだ。
「簡単だよ、きっと。サイオンできちんと結び合っていれば。心をきちんと結んでおけば」
 心が一緒に結んであったら、心臓もきっと一緒に止まるよ。
 だから絶対に大丈夫。ぼくのサイオンは不器用だから、ハーレイがきちんと結んでおいてよ。



 ハーレイ、ぼくより年上だよね、とブルーは笑みを浮かべて続けた。
「前にハーレイ、「今度は先に逝かせて貰う」って言ってたけど…。ぼく、あの時はビックリして泣いてしまったけれども、今なら平気。ハーレイが先に死ぬのなら一緒に連れてってよ」
 いとも簡単に言ってのけたブルーだけれども、ハーレイにすれば心穏やかではない。
 まだ十四歳にしかならない小さなブルーは、三十八歳のハーレイよりも遙かに年下で幼い存在。一緒に連れて行けと頼まれても、二十年以上もの年の差がある。
「おい、ブルー。…そいつは無茶だぞ、お前の寿命が俺よりもうんと短くなっちまうんだが…」
「かまわないよ」
 そんなの全然気にならないよ、と赤い瞳が煌めいた。
「ハーレイ無しで生きていくより、一緒がいいよ。ぼくも一緒に連れて行ってよ」
 前のぼくがハーレイを独りぼっちで置いてった罰に、今度の命は短めでいいよ…。
「いいのか、それで? …本気にするぞ?」
「本気でいいよ。冗談なんかで言いやしないよ、今度こそ二人一緒がいいよ」
 連れて行って、とブルーは微笑む。
 今度は何時何分なのかは分からないけれど、秒まで一緒で二人がいい。
 同じ日に二人同時がいい。
 ハーレイと一緒に連れて行ってよ、ぼくの寿命が短くなってもかまわないから。
 サイオンが不器用なぼくの代わりに、ぼくたちの心を結んでおいて。
 ねえ、ハーレイ。今度こそ二人一緒がいいよ。何時何分、何秒まで一緒。
「はい、約束。絶対に、一緒」
 ブルーが強引に絡めた小指をハーレイは「ああ」と絡め直した。
 お前がそれでいいと言うなら、一緒に行こう。いつか俺たちが結婚する時に心を結ぼう。
 今度こそ二人で一緒に行こうな、お互いに置いて行かずにな…。
 なあ、ブルー……。




       時計と時間・了


※今度は二人、死ぬ時も一緒。ブルーの真剣なお願いです。ハーレイと絶対に一緒、と。
 それがブルーの心からの願い。この二人ならきっと、そうするのでしょう。幸せに生きて。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv





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