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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

贅沢だった卵

 朝御飯のテーブルに目玉焼き。
 でなければオムレツとかスクランブルエッグ。
 朝食には欠かせない卵。ぼくはトーストやホットケーキだけでお腹いっぱいになってしまって、食べ切れない時もあるけれど…。パパに「食べてよ」ってお皿ごと渡すことも多いんだけれど。
 それでも朝御飯の席の卵料理は当たり前のように毎朝あるもので、無い時の方が珍しい。
 好き嫌いが全く無いぼくだから、お腹が一杯にならない限りは目玉焼きも半熟玉子も、もちろん他の卵料理も出されたものは綺麗に食べる。
 ハーレイと再会してからは、前よりも頑張って食べるようになった。だって卵は栄養たっぷり。早く大きくなれますように、と背丈を伸ばすためのミルクと同じで祈りをこめて食べてるのに…。
(…全然、大きくなれないんだよね)
 一向に伸びる気配も見せない、百五十センチのままのぼくの身長。
 ハーレイと会った春とおんなじ、一ミリさえも伸びてはいない。とっくに秋になってるのに…。
 草木がすくすくと育つ若葉の季節も、太陽の光が溢れてた夏も、ぼくの背丈には関係無かった。これから冬へと向かってゆくのに、ぼくの背丈はどうなるんだろう?
 ただでも冬場はあまり背丈が伸びないと聞くし、ぼくの経験上も、そう。よく伸びる季節は春と夏。劇的に伸びた経験は無いけど、その時期が一番伸びる時期。
(……もう駄目かも……)
 今年は伸びてくれないのかも、と悲しくなるけど、諦めない。
 背が伸びないとハーレイとキスも出来ないから。
 前のぼくと同じ背丈の百七十センチにならない限りは、ハーレイとキスが出来ないから…。



 一所懸命に努力してるのに、食べた効果が背丈に反映されない小さなぼく。
 学校から帰って、クローゼットに付けた印を見上げて溜息をついた。床から百七十センチの所に鉛筆で微かに引いた線。前の生でのぼくの背丈を示す線。
 ドキドキしながら線を引いた頃は、そこまでの距離は日が経つにつれて短くなってゆくものだと信じていた。毎日は無理でも毎月ごとに少しずつ差が縮まるんだと思っていた。
(…まさか一ミリも伸びないだなんて…)
 どうしてこうなっちゃったんだろう。
 頑張って食べて、ミルクも飲んで、神様にお祈りもしてるのに。
 早く大きくなれますように、ってお祈りするのを忘れた日なんか一度も無いのに伸びない背丈。
(…ハーレイは今のぼくも好きだって言ってくれるけど…)
 大好きなハーレイは、小さなぼくが「可愛い」とお気に入りだけど。
 「急がないでゆっくり大きくなれよ」とも言ってくれるけど、ハーレイにはきっと分からない。ぼくがどんなに悲しんでいるか、背が伸びないことが悲しくてたまらないのか分からない。
 ハーレイはとっくに立派な大人で、いつだって余裕たっぷりだから。
 大きな身体に見合った心はとても広くて、ぼくがどんなに八つ当たりしても「うんうん、お前の気持ちは分かった」って苦笑しながら受け止めてくれる。
 大人で心も広いハーレイ。ぼくと違って、余裕がいっぱい。
 ぼくの背丈が伸びないくらいはハーレイにとっては些細なことで、いつも言ってる「俺は何十年だって待てるさ」っていうのも多分、本当。ぼくの背が伸びてキスが出来るようになって、本物の恋人同士になれる時まで何十年だってハーレイは待てる。
 でも、ぼくの方はそうはいかない。
 ハーレイと違って大人の余裕も広い心も、小さなぼくは持っていないから。
(…持ってるつもりでいたんだけどな…)
 前のぼくの三百年以上もの記憶があるから、大人なんだと何度も思った。ハーレイにだってそう主張した。だけど流石に何ヵ月も経てば自分でも分かる。ぼくはやっぱり子供なんだと。
(早く大きくなりたいのに…)
 背丈も、子供になってしまったらしい心も。
 そのためには食べて背丈を伸ばすしかなくて、近道なんかはありそうにない。毎日のミルクと、食事をしっかり。それしか無いって分かってるけど…。



 悩んでいたって仕方ないから、宿題を済ませて気晴らしに本を読むことにした。その内に薄暗くなってきて、じきに真っ暗。パパが仕事から帰って来る夜。ガレージにパパの車が入って、ママが呼ぶ声が聞こえて来た。「ブルー、御飯よ!」って。
 階段を下りてダイニングに行ったら、夕食は卵を沢山使った具だくさんのオムレツがメイン。
 ママがお皿に取り分けてくれた分を全部食べようと頑張ったけれど、ジャガイモやソーセージがいっぱい入ったオムレツはとても食べ切れなくて。
「なんだ、ブルー。また残すのか?」
 パパに訊かれたから「うん…」と答えたら、「寄越せ」と自分のお皿に移し替えるパパ。ぼくが残したオムレツをペロリと平らげて、ママにおかわりまで頼んでる。凄い、と感心するしかない。パパの背がハーレイとあまり変わらないのも当然だよね、と思ってしまう。
 ぼくもパパみたいに食べることが出来たら、背だってきっと伸びるのに…。
 羨ましそうに眺めるぼくに、パパは「お前はもっと食べないとな」とウインクした。
「でないと大きくなれない上に、料理だってもったいないぞ。パパが食べるから残りはしないが、そうでなければ食べ残しはゴミになるだろう?」
「…うん……」
 パパのお決まりの台詞だけれども、何かが心に引っ掛かった。
 心の何処かに、クイッと何かが。



(…何だったのかな?)
 引っ掛かったものは何だったろう、と食事の後で部屋に帰って考えていて。
(あっ…!)
 パパが言ってた「もったいない」だと気が付いた。
 今日の夕食の具だくさんのオムレツ。ぼくが残してしまった卵を沢山使ったオムレツ。なんとも思っていなかった上に、卵は朝御飯のテーブルの定番だから特に気にしていなかったけれど。
(シャングリラでは卵が貴重品だった時代があったんだっけ…)
 パパの「もったいない」という言葉と、具だくさんのオムレツが運んで来た記憶。
 遠い遠い昔に、ぼくが暮らしていたシャングリラ。
 ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 虐げられていたミュウたちを乗せた、あの頃のぼくの世界の全て…。



 この間、風邪を引いてしまったぼくにハーレイが野菜スープを作ってくれた。
 いつもの「野菜スープのシャングリラ風」は何種類もの野菜を細かく刻んで基本の調味料だけでコトコト煮込んだスープだけれども、それにとろみをつけて卵を落とした特別なスープ。
 ハーレイ曰く、野菜スープのシャングリラ風の風邪引きスペシャル。
 とろみのあるスープに細い糸みたいな溶き卵。
 卵が贅沢に丸々一個。
 今のぼくたちにとっては卵はごくごく普通の食材、贅沢なんかじゃないんだけれど。
 ぼくたちがシャングリラで暮らしていた頃、ハーレイが初めて卵入りのスープを作った時代には卵は貴重な食材だった。
 そう、卵の入った野菜スープはぼくだけのための特別なメニュー。
 ソルジャーだったから貰えた卵。
 ただ一人きりの戦えるミュウだったから貰えた卵。
 貴重品の卵を野菜スープに丸々一個…。



 前のぼくが卵入りの野菜スープをハーレイに初めて作って貰った頃。
 シャングリラでは栄養価の高い卵は貴重品で大切、一人で一個なんかは食べられなかった。目玉焼きでもオムレツでも一人分に卵が半個あったら上等な方。
 身体の大きいハーレイなんかは卵一個の半分なんかじゃ全然足りなかっただろう。他にも食べるものはあったから、お腹が空くわけじゃないんだけれど…。
 卵が一人に一個の半分。
 地獄としか呼べないアルタミラの研究所に居た時ですら、餌の卵は一人に一個あったのに。
 そのアルタミラを脱出した直後は卵があった。脱出に使ったシャングリラの前身だった船の中に保存食の卵が積み込まれていた。
 いわゆる卵って言うんじゃなくって、フリーズドライ?
 とにかく保存食用の乾燥卵で、殻なんか無くて。お湯で戻して料理をしていた。それなりに卵の味がしたから、そこそこ使える食品だった。
 だけど保存食の卵を使い切った後は、卵は一気に貴重品になった。
 鶏さえいれば卵はいくらでも産み落とされるから、何処の惑星でも簡単に自給自足が出来るし、新鮮な卵が手に入る。他の惑星から輸入しなくても済む、食料品の中の優等生。
 そんな卵を大量に乗せた輸送船なんかが宇宙を飛んでいるわけがない。
 ぼくがせっせと奪い取っていた食料の中に卵を積み込んだコンテナや箱などは無くて、保存食の卵も保管場所が違うから滅多に奪って来られない。
 まさか卵が食べられなくなるなんて、誰も思っていなかった。
 アルタミラの研究所に居た時代でさえ、餌に卵があったのだから。



 食べたくても食べられない卵。貴重品になってしまった卵。
 そんな中、ぼくが食料を奪いに出た時、どういうわけだか大量の卵を手に入れたことがあって。
 誰もが大喜びで卵を食べた。保存用の卵は作れなかったから、せっせと食べた。
 もう食べ飽きたと笑い合いつつ、それでも卵料理のバリエーションがいくらでもあった。食料の在庫を管理していたハーレイがメニューの選定を頑張り、厨房にだって立っていた。
 だけど卵はいつか無くなる。
 奪って来たって、じきに無くなる。
 どうしても卵が欲しいなら…。栄養価が高くて調理法も多い卵を手に入れたいなら、鶏を育てて産ませるしかない。
 けれど、鶏をどうやって育てればいいのか。
 鶏を飼うためのスペースが要るし、餌だって要る。環境も整えてやらないと…。



 出来はしないと皆が思った。卵なんかは無理だと思った。
 でも、問題は鶏だけじゃなかった。
 食料も物資も今は人類から奪っているけど、それが出来るのはぼく一人だけ。奪いに行くための船だって無い。
 シャングリラと名付けた船の格納庫には救命艇とシャトルだけしか無かった。武装している船が無ければ、奪った後に逃げることさえ出来ない。
 つまりは、ぼくが倒れてしまえば食料も物資も補給不可能。
 そういう面でも非常に弱いし、人類から奪った物でしか生きられないなら、そんな種族に未来は無い。シャングリラなんていう御大層な名前の船に住んでいたって、名前だけ。正真正銘の楽園に住みたかったら、シャングリラを本物の楽園に造り替えてゆくしかない。
 奪う生活から、自給自足の生活へ。
 人類が持っている物資に頼らず、ぼくたちだけの力で生きてゆける世界を創り出すこと。それが出来て初めてミュウは一つの種族になれる。
 ただの理想だ、と言う者は一人もいなかった。
 きっと誰もが心の底ではとうに分かっていたのだろう。自分たちの足で立たねばならぬと、今のままでは駄目なのだと。



 そうして正式にキャプテンが選ばれ、ぼくはソルジャーと呼ばれる立場になった。
 ハーレイの指揮の下、衣食住の全てを自分たちで賄える船を目指して改造が始まる。住む場所は元からの船室があったけれども、それも将来、人数が増えることを見越して改装を。
 服も一から作り出せるように、設備などを整えてゆかねばならない。
 そして何よりも肝心の食料。スペースの限られた船内に農場を設け、まずは簡単に栽培が出来て収穫量の多い野菜を植えた。上手くいったら別の野菜を、それが採れたらまた別のものを。



 野菜の収穫のサイクルが出来て、シャングリラの中だけでパンが焼けるようになった頃。
 船の改造もずいぶん進んで、皆に余裕が出来てきた。
 自分たち以外の生き物が船に乗っていたって、気に障らないだけの心の余裕が出来た。そういう余裕が無い環境では船で家畜はとても飼えない。
 そろそろ良かろう、とハーレイやゼルたちと話し合いをして、ぼくは鶏を奪いに出掛けた。鶏を飼っていそうな大型の船を探して、つがいで五組。全部で十羽。
 ようやっと手に入れた十羽の鶏。つがいが五組。
 卵を産んだ時には食べたかったけれど、みんながグッと我慢した。
 鶏を育てて増やさないことには、卵は無くなってしまうから。雛を育てないといけないから。
 卵が孵って雛が育って、一人前のシャングリラ生まれの鶏のつがいが何組も出来た。
 近親交配にならないように気を付けて、頑張って世話をして。
 シャングリラで育った鶏たちが卵を産むようになった。ついに食べてもいい卵が出来た。
 それでも次の世代を育てなくては、と全部を食べたりはしなかった。



 一週間に一個くらいなら、二個くらいなら…、と少しずつ増えていった食べるための卵。
 皆で分けたら一人に一個は行き渡らなくて、二人で目玉焼きが一つだったり、オムレツが二人で一個だったり。
 そんな貴重な卵の中からハーレイが一個貰って来てくれた。
 寝込んでしまったぼくに飲ませる野菜スープに入れるためにと、丸々一個。
 二人で一個の卵だった時代に、贅沢に丸々一個の卵…。
(…あのスープ、とっても美味しかったっけ…)
 野菜を煮込んだだけの素朴なスープも好きだったけれど、とろみをつけて溶き卵を入れてあったスープも大好きだった。とても力がつきそうな気がした。
 今では「風邪引きスペシャル」という名前になってしまった卵入りのスープ。
 ハーレイが作ってくれる「野菜スープのシャングリラ風」よりも豪華な卵入りのスープ。
 あの頃にはとても贅沢だった、卵を丸ごと一個も入れて作った野菜のスープ…。
(…そういえば…)
 ぼくのためにと貴重品の卵を一個貰ってくれたハーレイ。
 そのハーレイはいつ、一個の卵を食べたんだろう?
 シャングリラ産の卵をハーレイが一人で丸ごと一個、口にしたのはいつなんだろう…?
(…いつだったのかな?)
 ぼくの記憶には全く無い。
 ハーレイは身体が大きいんだから、早い時期だとは思うけれども…。



 初めの間は贅沢品だったシャングリラ産の鶏の卵。
 ぼくが丸ごと一個を野菜スープに入れて貰っていた頃、他のみんなは二人で一個。もっと少ない日もあったろう。
 シャングリラ産の鶏の卵を一番最初に丸ごと一個食べられた幸運な人間は、前のぼく。
 そのぼくに卵を貰ってくれたハーレイは、いつ一個の卵を食べられたのかが気になったから。
 次にハーレイが来てくれた時に訊こうと思ってメモを貼っておいた。
 ハーレイとお茶を飲むテーブルの上にペタリと「卵」と書いたメモ用紙。
 卵の文字は卵型の枠線でぐるっと囲んだ。
 こうしておけば忘れないだろうし、ハーレイだって気付くだろうし…。



 メモを貼った次の日、仕事帰りのハーレイが車で訪ねて来てくれた。夕食が出来るまでの時間をぼくの部屋で過ごすから、ママが部屋まで案内して来て、テーブルにお茶を置こうとして。
「あらっ、卵? なあに、このメモ」
「うん、ハーレイに訊こうと思って。シャングリラに居た頃の卵の話」
「ああ、シャングリラね」
 きっと楽しいお話なのね、とママは紅茶とクッキーを置くと「ごゆっくりどうぞ」とハーレイに軽く頭を下げて出て行った。
 ママもパパも、ぼくたちの前の生の話に基本的には立ち入らない。ぼくやハーレイが夕食の席で話す時には興味津々で聞いているけれど、それ以外の時は自分たちから話題にはしない。
 ぼくとハーレイへの気遣いなんだと思うけれども、ちょっぴり申し訳ない気分。
 だって、ママたちがキャプテン・ハーレイだと信じているハーレイは、本当はキャプテンである前にぼくの恋人。ソルジャー・ブルーだった頃のぼくの恋人。
 おまけに今も恋人同士で、本物の恋人同士じゃないだけ。キスさえ出来ない関係なだけ。
 ごめんね、ママ。
 ぼく、ママとパパに内緒で恋人と会っているんだよ。
 卵の話も、ハーレイがぼくの恋人でなかったなら、メモを貼るほどの話じゃないかも…。



 ぼくの頭は卵からズレた方向へ行ってたみたいで、ハーレイに「おい」と声を掛けられた。
「なんだ、このメモは? 卵って、なんだ」
「えーっと…」
 咄嗟に考えが纏まらなくって、「んーと、えーっと…」と繰り返してから、やっとのことで。
「ハーレイ、シャングリラで育った鶏の卵、初めて一個食べたのはいつ?」
「卵?」
「うん、卵。ぼくのスープに入れるために一個貰って来てくれたよね?」
 あの頃は、一人一個は食べられない時代だったから…。
 ぼくのために一個貰って来てくれたハーレイが丸ごと一個を食べられたのはいつなのかな、って思ったから…。
「俺か? 俺は最後に決まってるだろう」
「最後?」
 それって、どういう意味だろう?
 キョトンとするぼくに、ハーレイは「最後と言ったら最後だろうが」と返して来た。
「卵の数が少しずつ増えて、みんなが一個ずつ食べられる時代が来てからだ。全員が一個ずつ卵を貰ったのを確認してから、俺の分を貰いに行ったんだ」
 だから最後だ、とハーレイが微笑む。
 俺が一番最後なんだ、と。



 思いもよらなかったハーレイの答え。
 一番身体が大きかったハーレイはもっと早くに貰ったものだと思っていた。
 どうしてそういうことになったのか、本当に分からなかったから。
「なんで? …なんでハーレイが一番最後?」
 尋ねたぼくに、鳶色の瞳が片方パチンと閉じられて。
「キャプテンだったからさ」
 そうでなければ食えたんだろうが…。
 この身体だから、うんと早めに食えたんだろうと思うがな。
 現にみんなも食えと何度も言ってくれたが、キャプテンだしな?
「キャプテンってヤツは船のみんなが快適に過ごせるようにと気を配るもんだ。そのキャプテンが先に食ったら駄目だろう?」
 最後の最後でいいんだ、俺は。
 みんなに卵が行き渡ったのを見届けて初めて、食える立場がキャプテンなんだ。
「そうだったんだ…」
 ぼくの知らなかったハーレイの世界。
 キャプテンとして色々と気を配っていたことは知っているけれど、卵までとは思わなかった。
 メモを貼っておいて良かったと思う。卵の話を訊いて良かったと思う。
 責任感の強いハーレイ。
 前のぼくが好きだったキャプテン・ハーレイ。
 最後まで卵を食べずにいたほど、シャングリラのみんなを大切に考えていたハーレイ…。



 シャングリラ産の鶏の卵。
 贅沢品だった頃の卵を最初に一人で一個食べられたのが前のぼく。ハーレイが最後まで食べずに我慢していたってことは…。
「ねえ、ハーレイ。それじゃ卵を一個丸ごと食べたの、ぼくが最初でハーレイが最後?」
「そうなるな」
「…ふふっ、シャングリラの卵事情の最初と最後はぼくたちなんだね」
 ぼくはなんだか嬉しくなった。
 ハーレイの責任感の強さを物語るエピソードを聞けたことも嬉しいけれども、卵が一人一個ずつ行き渡るまでの時間の最初と最後がぼくとハーレイ。最初がぼくで、最後がハーレイ。
 本当に嬉しくてたまらない。そんな所でもハーレイとぼくがしっかり繋がっていたことが。
 だからハーレイに訊いてみる。一番最後まで待って一個の卵を口にしたと語ったハーレイに。
「ハーレイ、今も卵は好き?」
「好きだな、前に一番最後まで食えなかったせいではないと思うが…」
 卵料理は実に美味い、とハーレイが穏やかに微笑むから。
「今は山ほど食べられるね、卵」
「そうだな、好きな数だけ食い放題だな、それも地球で育った鶏の卵だ」
 うんと美味い卵を食いに行こうか、と鳶色の瞳が煌めいた。
「いつか二人で、俺の車で」
「ホント!?」
「ああ。平飼いの鶏の卵が美味い農場があってな、オムレツやケーキが食べられるんだぞ」
「行きたい!」
 連れて行って、と頼んだら「よし」と褐色の小指が伸びて来た。
「大きくなったら連れてってやろう。しっかり食べて大きくなれよ」
「うんっ!」
 約束だよ、と小指を絡めたぼくに、ハーレイは友達と出掛けたという農場の話をしてくれた。
 なだらかな丘で沢山の鶏を放し飼い。鶏たちは好きに歩いて餌をついばんで、黄身がこんもりと盛り上がった卵を産むという。地球の太陽を浴びて育った鶏の卵。



(…きっとシャングリラの卵の何百倍も何千倍も美味しいんだよ)
 それをハーレイと一緒に、ハーレイの車で食べに行く。
 シャングリラ産の鶏の卵を丸ごと一個食べるのを一番最後まで我慢していたハーレイと。
 そのハーレイが好きなだけ卵料理を食べる姿を見ていたら、きっと幸せな気持ちになれる。
 ぼくたちは二人で地球に来たんだと、美味しい卵を幾つ食べてもいいのだと…。
(…だけど、ぼく…。オムレツとかケーキとか、そんなに沢山食べられるかな?)
 ちょっぴり心配になったけれども、ハーレイがいるから大丈夫。
 食べ切れなかった分はきっとハーレイが綺麗に平らげてくれるから。
 うん、食べたいメニューは全部注文したっていいよね?
 ねえ、ハーレイ…?




         贅沢だった卵・了

※シャングリラでは贅沢品だった時期があった卵。鶏がいないと卵は難しかったのです。
 こういう前世の記憶のお蔭で、地球の卵も美味しく食べられるんですね。うんと贅沢に。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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