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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

天気雨

「あっ…!」
「おっ、降って来たな」
 真上の空は真っ青に晴れているのに、突然の雨。大粒じゃなくて、霧みたいな小雨。
 庭で一番大きな木の下のテーブルと椅子に居たから、色づき始めた葉っぱが傘になって濡れないだろうとは思ったけれども、本降りになったら大変だから。
 遠くの空には少し雲もあるから、慌ててトレイを取りに走って、お茶のセットとケーキが載ったお皿を乗っけて、ハーレイと二人でぼくの部屋へと避難した。



 ティーカップとポットとケーキのお皿を部屋のテーブルに並べ終わって、トレイをキッチンまで返しに行って。
 それからハーレイと向かい合わせで座って、窓の向こうの不思議な雨を二人で見ていた。太陽が射して、家の上の空は青いのに。雲はずうっと遠くの方に浮かんでいるっていうだけなのに。
 時々、パラッと音のする小雨。霧みたいな小雨。天気雨だな、と思っていたら。
「ふうむ、狐の嫁入りか…」
 ハーレイが妙な言葉を口にした。
「キツネ?」
 何のことだろう、とハーレイの顔をまじまじと眺めた。ぼくが初めて聞く言葉。
「知らないのか? まあ、授業で教える範囲じゃないしな」
 こんな風に晴れているのに降る雨のことだ、とハーレイは青空から降る雨を指差した。
「昔の人は狐の嫁入りと呼んでいたらしい。俺も趣味で知っているという程度の話だ、うん」
「キツネって、動物の狐のこと?」
 ぼくは顔が長くて尻尾の大きい犬みたいな動物を思い浮かべた。
 動物園でしか見たことがない狐だけれども、キツネ色っていう言葉もあるから馴染みはあった。その狐かな、と思ったぼくにハーレイは「ああ」と笑顔を返した。
「そういう狐だ。今じゃ山とかにも住んでいるしな、動物園の中だけじゃなくて」
「なんで狐の嫁入りなの?」
 狐が何かは分かったけれど、嫁入りの意味が分からない。嫁入りって、お嫁に行くことだよね?
 どうして狐がお嫁に行ったら天気雨が降って来るんだろう?



 キョトンとするぼくに、ハーレイは「ずっと昔の言い伝えさ」と教えてくれた。
 SD体制が始まるよりも前の遠い遠い昔。
 地球が今みたいに青くて綺麗な星だった頃で、宇宙船なんかも無かった時代。
「そんな頃には気象衛星なんかも無いしな? もちろん科学も発達していなかったし、こんな風に晴れているのに雨が降るなんて、何故なのか分からなかったんだろう」
 今だと仕組みも分かっているんだが…。
 雨を降らせる雲が雨粒を落とした後で消えてしまうか、でなきゃ雨粒が遠くの雲から風に乗って飛ばされて来るかだな。
 この雨はあっちの雲からだろうな、と遠くの雲に目をやるハーレイ。
「そういう仕組みが分からないから、狐の嫁入りと呼んだんだ。ずっと昔にこの地域に住んでいた人たちは、狐には不思議な力があると信じていた。神様の御使いだとも思っていたそうだ」
 不思議な力がある動物の嫁入りだしな?
 普通じゃないことが起きても不思議じゃないよな、晴れているのに雨が降るとか。
「ふうん…」
 昔の人って想像力が豊かだったんだな、と感心した。
 不便なことも多かっただろうけど、本当の意味で地球と一緒に生きていた時代。
 文明が進み過ぎて地球を壊してしまった愚かな人たちより、賢かっただろう昔の人たち…。



 人が自然と一緒に暮らしていた時代に思いを馳せていたら、ハーレイが窓を軽く叩いて。
「こういった天気雨の他にも狐の嫁入りがあるんだぞ?」
「他にもあるの? それって、どんなの?」
 興味津々で尋ねてみたら。
「狐火ってヤツさ」
「キツネビ?」
 ぼくはその言葉も初耳だった。どんなものかも想像出来ない。
「狐の火と書いて狐火だ。火は燃やす火だ」
「…火なの?」
 ますますもって分からない。狐と火とが繋がらない。
 首を捻るぼくに、ハーレイは狐火とは何なのか、丁寧に説明してくれた。
 真っ暗な夜に、山や野原なんかに灯る火。灯りなんかは無い筈の場所に幾つも灯る火。
 火を灯す人間が居るわけないのに、沢山の火が行列みたいに闇の中を動いてゆくという。
「ずうっと昔は嫁入りは夜のものだったんだ。お前も提灯は知っているだろう? あれを灯して、花婿の家まで行列を組んで行くわけだ」
 それが人間の花嫁の行列。
 同じように狐が灯す狐火が行列するのが狐の嫁入り。尻尾の先に火を灯すのだとか、狐も提灯を持つのだとか。言い伝えは色々とあるらしいけれど、とにかく謎の灯りが狐火。
 狐の嫁入りという言葉だけを聞けば、ロマンティックな感じがするけど…。



「…なんだか怖いよ、そっちの嫁入り…」
 誰も居ないのに真っ暗な夜に火が灯るなんて、気味が悪くて怖すぎる。おまけに行列。何処かでウッカリ出会ったりしたらどうしよう、と背筋が冷たくなってしまった。
 動物園の狐は怖くないけど、狐の嫁入りはどうだろう?
 尻尾の火にしたって、提灯にしたって、出会った人間は無事に帰って来られるだろうか?
「おいおい、今の話が怖いってか?」
 ハーレイは呆れ顔をした。
「お前、元はソルジャー・ブルーだろうが。狐火なんかが怖くてどうする」
「前のぼくなら逃げられるけれど、ぼくは逃げられないんだよ!」
 シールドで隠れることも出来ない、と訴えたら「まあなあ…」とハーレイの頬が緩んだ。
「お前、サイオンはとことん不器用だしな。前と違って何も出来んし、仕方がないか…」
 いっそ狐に化かされてみるか、と笑われた。
 それも初めて知ったけれども、遠い昔には狐は悪戯をしたらしい。
 お金だと思って受け取ったものが葉っぱだったり、御馳走を貰って食べたら泥団子だったり。
 葉っぱや泥団子はまだマシだけれど、狐のお風呂だけは嫌だと思った。
 昔の人たちが肥料にしていた、なんと人間の排泄物。それを田畑の隅に作った肥溜めという名の大きな器に入れていたらしい。その肥溜めが狐のお風呂。
 立派なお屋敷で「お風呂にどうぞ」と勧められて入って、いい湯加減だと喜んで。気が付いたら肥溜めに浸かっていたというから恐ろしい。
 ぼくはお風呂が大好きだけれど、狐のお風呂だけは絶対に嫌だ。



 狐火どころか、葉っぱのお金に肥溜めのお風呂。
 とんでもない悪戯もあったものだ、と狐が持つという不思議な力を考えていて。
「ハーレイ…。狐って、サイオン、あったんだ?」
「サイオン?」
「うん。…サイオンがあったら狐火も出来るし、人間も化かせると思わない?」
 狐火はサイオンで灯す明かりで、化かす方はサイオニック・ドリームなんだよ。
 今のぼくはどっちも出来ないけれども、前のぼくなら簡単だったよ?
「ふうむ…。そいつは全く考えた事も無かったな」
 だがサイオンなら謎が解けるな、とハーレイは「うーむ…」と唸ってから。
「だとすると、だ。…前の俺たちは頑張ってナキネズミを作り出したが、そんな苦労をしなくても狐を使えば良かったのかもな」
「大きすぎだよ! 狐だと肩に乗せられないよ!」
 ナキネズミは自分の肩に乗せたり、上着の胸元に入れたりして側に置いておくもの。
 思念波の中継をさせるために身近に置く生き物だし、狐じゃサイズが大きすぎ。飼い犬みたいにリードをつけて連れ歩くなんて、ちょっと目的から外れてしまう。
 そんなサイズじゃ、ジョミーにだって簡単に渡せはしなかっただろう。アタラクシアの遊園地の檻からは出すことが出来たとしても、シャングリラまで連れて来られたかどうか…。
 ナキネズミの代わりにするには大きすぎる狐。でも、サイオンはあるかもしれないから。
「大きすぎるのは困るけれども、前のぼくたちが狐の昔話を色々と知っていたなら、もっと簡単にナキネズミを作れていたかもね?」
「まったくだ。…もっとも、狐にサイオンがあったら、の話だがな」
 生憎と話し掛けられたことはないな、とハーレイが笑う。ぼくにもそういう経験は無い。
 動物園の狐には何度も会っているけど、キツネ色をした普通の生き物。
 ホントにサイオンを持っているなら、とっくに話題になっているよね…?



 天気雨はいつの間にかすっかり止んでいた。雨の落ちて来ない青空が広がっている。けれど庭に戻るには、またティーセットやお皿を運ばなくてはならないから。ケーキも食べてしまったから、そのままぼくの部屋のテーブルで過ごすことになった。
 天気雨を降らせていたらしい雲が消えてしまった空を眺めて、ハーレイに訊く。
「雨は止んだけど…。さっき狐がお嫁に行ったの?」
「昔の伝説を信じるのならな」
 嫁入り先に着いたんだろうさ。でなきゃ俺たちの町の上を通り過ぎて行ったか、どっちかだ。
「…いいな、狐は…」
 羨ましいな、と空を見上げていると、ハーレイが「どうした?」と首を傾げた。
「狐はサイオンが使えそうだからか? 今のお前よりも遙かに器用そうだしな」
「そうじゃなくって…。お嫁に行けるからいいな、って言った」
 ぼくはお嫁に行けないのに、と呟いてみたら。
「お前、まだ結婚も出来ない年じゃないか。十八歳にならんと無理だろうが」
「だけど狐が羨ましいよ…」
 ホントにいいな、と嫁入り行列が通って行ったらしい青い空を見る。
「それに嫁入りなら、ぼくにブーケをくれればいいのに」
 狐の花嫁のブーケでもいいから欲しかった。
 花嫁が投げたブーケを貰えば、次の花嫁になれると言うから。
 少しでも早く、ハーレイと結婚したいから…。
 そう思ったから、ブーケが欲しいと言ったのに。



「狐の嫁入りにブーケだと?」
 それは違うぞ、とハーレイに間違いを指摘されてしまった。ハーレイは古典の教師だから。
 趣味で知ってる話だとはいえ、誤った考え方は正さずにはいられないらしい。
 狐の花嫁の衣装は白無垢とやらで、ブーケなんかは持たないって。
 せっかく狐の嫁入りに遭遇したのに、ぼくは狐の花嫁の幸せにあやかることが出来ないらしい。
「そっか、ブーケは持ってないんだ、狐の花嫁…」
 とても残念だったけど。
 空からブーケが降って来なかったのも残念だけど…。
 だけど、と少し考えてみた。
 ハーレイとぼくの結婚式。いつか必ず挙げる日が来る結婚式。
 ぼくは真っ白なウェディングドレスを着るんだとばかり思っていた。どんなデザインにするかは決めていないけど、純白のドレスとベールと、花嫁のブーケ。
 そういう姿を思い浮かべていたんだけれども、白無垢っていうのもいいかもしれない。
 だって、ハーレイは紋付と袴も似合いそうだから。
 スーツと普段着の他には柔道着のハーレイしか見たことがないけど、きっと似合うと思うから。



 白無垢のぼくと、紋付に袴のハーレイと。
 そんな結婚式もいいな、と嬉しくなって提案してみた。
 ドレスは女の人しか着ない服だから、ちょっぴり悩んでいたんだけれど。
 白無垢だったら着物なんだし、ドレスみたいに女性限定っていうものでもないし…。
 とても素敵な思い付きだと喜び勇んで言ってみたのに、こんな返事が返って来た。
「俺は一向にかまわんぞ。…ただしだ、それだとお前の夢の一部が叶わないんだが?」
「えっ?」
 夢の一部って何だろう?
 叶わないと聞いて不安になったぼくに、ハーレイはニヤリと笑って言った。
「お前、お姫様抱っこが憧れだろうが? 白無垢の花嫁を抱いて家には入らんぞ」
「そうだったの!?」
「うんと昔からそういう決まりだ。白無垢の花嫁は自分で歩いて入るんだ」
「……そうなんだ……」
 それはとっても困ってしまう。
 パパとママとの結婚写真のお姫様抱っこに憧れてるのに…。
 ぼくがタキシードだと結婚記念のあの写真がサマにならないと分かっているから、ウェディングドレスを着ようと決心してたのに…。
 白無垢にするなら女の人限定の服を着なくて済んで、お姫様抱っこで記念写真。
 そう思ったのに、白無垢にしたらお姫様抱っこは付かないだなんて…。



 壁にぶつかってしまった、ぼく。
 女の人限定のウェディングドレスでお姫様抱っこか、お姫様抱っこは付いてこないけれど、女の人限定じゃない着物の白無垢にしておくか。
 いったいどっちがいいんだろう、と頭を悩ませていたら、ハーレイが声を掛けて来た。
「お姫様抱っこの記念写真が要らないんだったら白無垢もいいと思うがな? 記念写真にそんなにこだわらなくても、お姫様抱っこは後でいくらでもしてやれるからな」
 お望みとあらば毎晩でもだ、とウインクされる。
 そういえば前の生では何度もベッドに運んで貰った。強い腕で抱き上げて運んで貰った。
(そっか、写真が無いっていうだけなんだ…)
 お姫様抱っこは何回、ううん、何百回だってして貰える。
 でも結婚式は一度きりだし、おまけに記念写真だって残る。
(…記念写真でウェディングドレスかあ…)
 女の人限定のドレスで写真に写ったぼく。悪くはないけど、ぼくも一応、男だし…。



「うーん…」
 白無垢の方にしておこうかな、とハーレイに尋ねてみることにした。
「それなら少なくとも女装なんです、って感じはしないよね? ハーレイと同じで着物なんだし」
 紋付と袴でも着物は着物。
 だから白無垢、と言ったんだけれど。
「…お前なあ…」
 ハーレイがフウと大きな溜息をついて。
「白無垢は立派な女装なんだぞ、あれは花嫁しか着ない」
「ええっ!?」
「しかしお前には似合うかもなあ、白無垢で綿帽子なんかを被ってな」
 そうしないか? と訊き返された。
 ウェディングドレスよりもいいかもしれん、と真顔で言われた。そう言うハーレイだって紋付と袴がとっても似合いそうだから。
「いいかもね。ハーレイもきっと、紋付、似合うよ」
「おっ、そうか? そう思うか?」
 白無垢と紋付袴もいいな、とハーレイがぼくの大好きな笑顔になった。
 そういう衣装で結婚する人は珍しいけども、古典の教師としては憧れるのだ、と。



 ウェディングドレスにしようか、白無垢にしようか、結婚式の衣装の選択肢が増えた。
 これってちょっぴり前進したって言えるかな?
(ぼくの背は伸びてないんだけどね…)
 未だに百五十センチから一ミリも伸びてくれない背丈。
 ハーレイと出会った五月の頃から少しも伸びてくれない背丈。
 部屋にあるクローゼットに付けた前のぼくの背丈を示す印はまだまだ遠くて、結婚式なんて夢のまた夢、いつになるかも分からない状況なんだけど…。
 それでも少しだけ前に進んだ。
 ウェディングドレスか、白無垢にするか、悩める分だけ前に進んだ。
 ぼくが着るものも気になるけれども、ハーレイの衣装だってとても気になる。
 タキシードのハーレイはきっと、キャプテンだったハーレイみたいにかっこいい姿に違いない。
 紋付袴だと、キャプテンよりも貫録たっぷりになりそうだ。
 どちらのハーレイも捨て難いから、ハーレイが着る衣装の分まで併せて悩むことになる。
 ウェディングドレスを着ることにするか、白無垢を着て式を挙げるか。
 どっちでも女装になってしまうんなら、ホントのホントに決め難いんだよ…。



 狐の花嫁はぼくにブーケを投げてくれる代わりに蘊蓄をくれた。
 ハーレイに教えて貰った狐の嫁入り。
 天気雨の嫁入りと、狐火を幾つも連ねる嫁入り。
 狐が人を化かす話も初めて聞いたし、不思議な力を持つという言い伝えだって知らなかった。
 SD体制が敷かれるよりもずっと昔の、人が自然の中で暮らしていた時代の狐の伝説。素敵だと思う話もあったし、背筋が寒くなる話もあった。狐火の方の嫁入り行列は出会いたくない。
 それから狐のお風呂も嫌だ。
 ハーレイは「安心しろ。今の時代の田畑に肥溜めは無いぞ」なんて言うけど、嫌なものは嫌。
 サイオンがとことん不器用なぼくは、騙されてしまいそうだから。
 気が付いたら狐のお風呂に入ってました、なんていう情けないことにはなりたくないから…。



 狐の花嫁の嫁入り行列に出会ったお蔭で、少し知識が増えたぼく。
 古典の授業で習う範囲ではないらしいけれど、こういう蘊蓄は嫌いじゃない。遙かな昔の地球で生きていた人たちの話は、前のぼくが焦がれた母なる地球から人への恵みそのものだから。
 青い水の星が在ったからこそ、自然の中でしか生まれない話が幾つも伝わったのだから…。
 狐の花嫁がくれた蘊蓄。
 それともう一つ、白無垢っていう考えてもみなかった結婚式の衣装の選択肢。
(……白無垢かあ……)
 真っ白な絹の着物に、ハーレイのお勧めの綿帽子。
 ウェディングドレスだとデザインだけでも山のようにあって選ぶのが大変だけれど、白無垢だとデザインは悩まなくていい。ハーレイは「その分、別の所で悩むらしいぞ?」なんて言うけれど、どうせ真っ白。色の違いとか刺繍の柄とか、裏地の色とか、悩まなくてもいいんじゃないかな。
 悩むんだったら、其処はハーレイに任せておこう。
 模様の意味とかも詳しそうだし、ハーレイがうんと悩めばいい。
 ぼくはハーレイが選んでくれるだけで幸せ、それを着てハーレイと結婚出来ることが幸せ。
 ウェディングドレスなら、ぼくも見た目で選んだり出来るし、二人で選びたいけれど。
 白無垢にするならハーレイに任せて、選んで貰ったのを着るだけでいいよ…。



 そう思ったから、「選んでくれる?」って訊いてみたら。
「任せろ、先達もちゃんと居るしな」という思いもよらないハーレイの返事。
 先達って誰のことだろう?
 まさかさっきの狐じゃないよね、と尋ねて爆笑されてしまった。
(……だって、狐かと思うじゃない!)
 話の流れからして狐だと思っても仕方ないよ、と主張したけど、ハーレイは笑い続けてた。
 ぼくが狐だと勘違いをした先達はハーレイのお母さんだった。
 ハーレイのお父さんとお母さんは紋付袴と白無垢で結婚式を挙げたんだって。
 隣町の庭に大きな夏ミカンの木がある家に住んでいる、ハーレイのお父さんとお母さん。
 いつかハーレイのお嫁さんになるぼくのために、と手作りのマーマレードをくれた人たち。
 そんな優しい人たちが先達だったら、白無垢もいいかな、と思ってしまう。
 でも…。



(…お姫様抱っこも捨て難いんだよね…)
 ぼくのパパとママの結婚写真は、ウェディングドレスのママをパパが両腕で抱っこした写真。
 他にも何枚か飾ってあるけど、お姫様抱っこの写真がぼくの憧れ。
 だからウェディングドレスを着ようと思った。女装でもいいから着ようと思った。
 ハーレイにお姫様抱っこをして貰って素敵な写真を撮ろうと、それを飾っておくんだと。
(…でも白無垢だと、ハーレイが紋付袴になるしね?)
 柔道着のハーレイは貫録があるから、紋付袴だともっと素敵に違いない。
 それに古典の教師としては、白無垢に綿帽子のぼくとの結婚式が憧れらしいし…。
(ぼくの憧れがお姫様抱っこで、ハーレイの憧れの白無垢だとお姫様抱っこは付かなくて…)
 ハーレイの憧れを優先すべきか、ぼくの憧れを貫くべきか。
 それに衣装も全く違う。
 ウェディングドレスとタキシードにするか、白無垢と紋付袴にするか。
 決め難いなんてレベルじゃなくって全く別物、衣装ごとコロッと別物だなんて…。



 狐の花嫁が着ていた白無垢か、狐の嫁入りに出会う前から考えていたウェディングドレスか。
 どっちにしようか、どれを着ようか、ぼくとハーレイとの結婚式。
(…んーと、えーっと…)
 ハーレイはニヤニヤ笑っているけど、直ぐに答えは出やしない。
 笑って見ているハーレイにだって、これだと決めてる答えなんかはまだ無いと思う。
(だって、キスさえまだなんだよ?)
 百五十センチから少しも伸びないぼくの背丈がちゃんと伸びるまで、先はまだまだ長そうで…。
(…悩む時間だけは山ほどありそうで困るんだよね…)
 結婚式に何を着るかというだけじゃなくて、きっとこれからも沢山悩む。
 パパとママとに「結婚したい」っていつ言うのかとか、婚約と結婚をいつにするかとか。
 婚約したってきっと悩むよ、どんな結婚式にするかを。
 何処で式を挙げて、新婚旅行に何処へ行くかも、きっとハーレイと二人で悩む。
(だけど、全部が幸せなんだよ)
 どんなに沢山悩んだとしても、悩むことが出来るのが幸せの証拠。
 前のぼくには出来やしなかった結婚式。
 結婚したいと夢見ることさえ叶わなかった前のぼくたち。
 今度はハーレイと幸せになれるよ、青い地球の上で結婚式を挙げて。
 狐の花嫁のブーケは貰えなかったけれども、今度こそ幸せになれるんだから……。




          天気雨・了

※狐の花嫁のブーケが欲しかったブルーですけど、貰ったものは薀蓄でした。
 ウェディングドレスか、白無垢にするか。幸せな悩みが増えたみたいですね、花嫁衣装。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv





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