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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

大好きなお風呂

(…ふふっ、サッパリした!)
 バスルームから自分の部屋に戻ったブルーは、パジャマ姿で大きく伸びをした。
 体調を崩して学校を欠席してしまった上、昨日は母に止められた入浴。やっと入れた、と嬉しくなる。たった一日だけだったけれど、お風呂に入れないと気分が落ち着かない。
 高熱を出して寝込んでいたって、何故かお風呂に入りたくなる。それも小さな頃からずっと。
(やっぱりお風呂は気分がいいよね)
 御機嫌でベッドの端っこに腰掛けた。今日はお風呂に入れたのだし、明日は学校に行けるといいのだけれど…。大好きなハーレイに会うことが出来る学校に。
(…行きたいな、学校…。ハーレイに会いに)
 もっとも、学校の中では大好きなハーレイとは教師と生徒の関係になってしまうから、名を呼ぶ時には「ハーレイ先生」。話す時にも敬語が必須。それでもブルーはハーレイに会いたい。
 そのハーレイなら昨日、スープを作りに来てくれたのだけれど。何種類もの野菜を細かく刻んで基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。前の生からブルーが好んだ、ハーレイが作る野菜のスープ。ハーレイ曰く、「野菜スープのシャングリラ風」。
 昨日はそれを作って貰って、今日も見舞いに寄ってくれたのだけれど…。
 それでもブルーには足りなさすぎる。
 もっとハーレイの顔を見ていたい。大好きなハーレイの声を聞いていたい。
 明日こそ学校に行きたいけれども、生まれつき弱い身体だから。お風呂に入れたくらいで明日の健康が保証されているわけではない。あまりに弱すぎるブルーの身体。



(もしも明日も休まなくっちゃいけなくっても、ハーレイに会う前にサッパリ出来たよ)
 お風呂に入れて良かった、と思う。
 母はあまり良い顔をしなかったけれど、もう諦めているのだろう。それに父だって。
 熱が高くて足元が危ういような時でも「お風呂に入りたい」と訴えるのだし、少し熱が下がれば入ろうとする。母がタオルで拭いてくれても、それよりお風呂に入りたいと願う。軽くシャワーを浴びるどころか、バスタブに浸かってゆっくりと。
(今日は浸からせて貰えて良かった!)
 ホントに良かった、ともう一度伸びをし、湯冷めしないようベッドに入った。まだ眠るつもりは無いから明かりは点けたまま、寛いだ気分で天井を見上げる。
 気持ちが良かった二日ぶりのお風呂。
(…ふふっ)
 やっぱりお風呂は気分がいい。無理をしてでも入るだけの価値は充分にある。
 ずっと幼い子供の頃から、お風呂に入るのが好きだった。赤ん坊の頃から好きだったと聞くし、筋金入りのお風呂好き。
 お気に入りのオモチャを浮かべて遊んだ頃ならともかく、今は浸かっているだけだけれど。特に何をするというわけでもないのに、入らずにいられないお風呂…。



(…そういえば…)
 どうしてお風呂好きなのだろうか、と記憶を遡っていて思い出した。
(前のぼくもお風呂が好きだったよね)
 ソルジャー・ブルーだった頃にも好きだったお風呂。
 今と同じでシャワーよりもバスタブに浸かる方が好きで、青の間の広いバスルームでゆったりと手足を伸ばして浸かっていた。
(うん、ドクターに文句を言われても入ってたっけ)
 前の自分が「お風呂くらいはかまわないだろう?」と言う度、苦い顔をしていたシャングリラの医師。ブルーの主治医だったドクター・ノルディ。何度叱られたか分からない。
 彼が「駄目です」と言っているのに、お風呂に入っては叱られた。それでも懲りなかった覚えがある。「自分の身体は自分が一番分かるんだよ」などと言い訳をしては入っていた。
 体調がかなり良くない時でもハーレイの手を借りて入浴していたのだから、その頃の記憶が今も何処かに残っているのかもしれない。自分でも気が付かないような意識の底に。
(…そうなのかもね?)
 だからお風呂が好きなのだろうか、とブルーはクスッと小さく笑った。
 お風呂好きだったソルジャー・ブルー。
 ドクターに止められてもコッソリ入って、何度も叱られていたソルジャー・ブルー。
(今のぼくと一緒で綺麗好きだったんだよ)
 部屋の掃除も自分でしていたソルジャー・ブルー。
 広い青の間を全部は無理だし、部屋付きの係も居たから少しだけ。ハーレイと二人で使っていた洗面台とか、キッチン周りとかの掃除をしては「私たちの仕事が無くなります」と部屋付きの係を困らせていた。
 お風呂好きなのもそれと同じで、綺麗好きゆえだと思い込んでいたのだけれど。



(…あれ?)
 何かが記憶に引っ掛かる。
 ソルジャー・ブルーだった頃には、今の自分よりもずっとお風呂が好きだったような…。
 どうにもそういう気がしてならない。
 ハーレイの手を煩わせてまで入浴しようとしていたのだから、今の自分の比ではない。今ならば自力で入れなければ諦める。もちろん両親が手を貸してくれないこともあるけれど…。
(だけど、パパとママが「入れてあげる」って言ってくれても、入るかなあ…?)
 そこまでしてお風呂に入るよりかは、身体を拭いて貰うだけの方が楽だろう。お風呂に浸かれる時間は魅力的だが、どちらかと言えば楽な道の方を選びたい。
 しかし記憶の彼方のソルジャー・ブルーはバスタブに浸かる方が好きだったのだ。今のブルーを遙かに上回るお風呂好き。ベッドで身体を拭いて貰う楽な道より、お風呂が好き。



(なんで?)
 そこまでのお風呂好きが完成するまでに至った理由が気になってきた。今の自分にも少なからず影響が出ているようだし、追究せずにはいられない。
(…宇宙船の中だったからかな?)
 白い鯨のようだった巨大なシャングリラが完成した後ならともかく、それ以前は水の量に限りがあった可能性もある。特に初期の頃は。
 限られた量の水しか使えないなら、当然、お風呂どころではない。
 青の間が出来上がった頃には水もお湯も自由に使い放題、広いバスルームも備えられていたし、其処でお風呂の気持ちよさに目覚めて大好きになってしまったとか…?
(でも…)
 そういった理由ではないような気もする。
 いくら青の間のバスルームの居心地と使い心地が良くても、それだけで「何が何でもバスタブに浸かりたい」ほどのお風呂好きになるとは思えない。
 確かにバスタブに浸かればホッとするけれど、其処へ至るまでの道を思えば一日や二日くらいは浸かれなくてもいい気がするのが今の自分だ。
 ソルジャー・ブルーだって楽な道の方を選べばいいのに、そうしなかった。
 無理をしてでもバスタブに浸かってゆったりする方が好きだった。
 何故だろう、とブルーは考える。
 前の自分はどうしてそんなにお風呂好きだったのか、バスタブに浸かりたがったのかを。



(…前のぼくと、お風呂…)
 遠い記憶を手繰り寄せれば、とても幸せな気分でバスタブに浸かっていたソルジャー・ブルー。気持ちよく寛いでいると、ハーレイが「湯加減は如何ですか?」と訊いたりしていた。
 温度は自動で調節出来たし、望めば常に適温を保っておけるのだけれど。
 わざわざ装置をオフにしておいて、冷めて来たら熱いお湯を足すのも大好きだった。
(うん、冷めたお湯を少し抜いて減らして、代わりに熱いのを沢山入れて…)
 シャングリラの水の循環やエネルギーの供給が上手くいっているからこその贅沢。
 やはりその点が大きいだろうか、と首を捻って、湯加減を訊いていた恋人に思い至った。
(…ひょっとして、ハーレイと一緒に入ってたとか?)
 どうだったろう、と記憶を遡るまでもなく脳裏に蘇った遠い日の思い出。
(…………)
 ブルーは耳まで赤く染まった。
 ハーレイと一緒にお風呂に入った記憶が山のようにある。そればかりか…。
(ダメダメダメ~~~っ!)
 二人でバスタブでふざけ合った記憶まで蘇って来た。
 ゆったりと二人で浸かれる大きなバスタブ。
 褐色の肌をした恋人と其処でキスを交わして、それから、それから…。
(……ベッドの中だけじゃなかったんだ……)
 本物の恋人同士だからこそ持つことが出来る、幸せな時間。
 バスルームでも、バスタブの中でもハーレイと本物の恋人同士。
 幸せな記憶はそのせいなのか、と思ったけれども。
 それがあるからお風呂好きだったのか、と納得しかかったブルーだけれど。



(…ハーレイが居ない時でも幸せだったよ?)
 キャプテンだったハーレイは青の間に来るのが遅くなることも多かったから。
 そういう時には湯加減を訊いてくれる優しい声も無いまま、一人でバスタブに浸かっていた。
 一人ゆったりと手足を伸ばして、温度の自動調節をオフにして…。
(やっぱり、ホントにお風呂好きだよ)
 どうしてだろう、と更に記憶を遡った先で。
 ブルーは思わず首を竦めた。
「ぐずぐずするな!」
「さっさとしろ!」
 男たちの荒々しい怒鳴り声。
 今の生では聞いたこともない、蔑みに満ちた男たちの声。
(……アルタミラ……)
 過酷な人体実験の後で放り込まれた、バスルームならぬ洗浄用の小部屋。
 服を剥がされ、蹴り込まれた。
 家具ひとつ無い部屋の天井から、壁から、容赦なく吹き付ける洗浄液や水。
 そう、実験の内容によってはお湯ですらなくて水だった。
(…寒い…)
 ブルーはブルッと身体を震わせ、上掛けの下で右手をキュッと握り締める。
 温もりが逃げていかないように。
 ハーレイが何度も褐色の手で温めて移してくれた、温もりが逃げていかないように…。



(…あれのせいだ…)
 アルタミラでの記憶のせいだ、と思い当たった。
 来る日も来る日も、引き摺り出されては繰り返される人体実験。
 人間扱いさえもされずに、実験動物のように洗われた。あの研究所にはシャワーもバスルームも無くて、洗浄のための小部屋だけ。
 湯の温度どころか水量すらも調節は出来ず、洗浄が終わればタオルの代わりに乾燥用の風が四方の壁と天井から吹き付けて来る。酷い火傷を負っていようが凍傷だろうが、肌へのダメージなどは考慮されない。それはまた別に為されること。実験動物の洗浄と治療はまるで別のこと。
 痛みに呻きながら床に倒れ伏していれば、治療用の部屋へと移される。そうして傷が癒えるのを待って、再び実験の日々が始まる。
 実験が終われば洗われる日々。実験動物のように洗われる日々…。



 そんな扱いの中で、いつしかシャワーもバスタブも忘れてしまっていたから。
 アルタミラから脱出した後、初めて船で浴びたシャワーに感激した。その心地よさに涙が出た。
 エネルギーの使用量を最小限に抑えていたから、シャワーの温度はあくまでぬるめ。その水量も少なかったけれども、自分の意志で浴びられるシャワー。洗いたいように洗えるシャワー。
 それはアルタミラが崩壊してゆく地獄の中で被った埃を洗い落とすには充分すぎるものだった。
 ぬるい水を浴びながら、ブルーは何度思ったことか。
 身体を洗うことはこんなにも嬉しいものかと、こんなにも心地よいものなのか、と。
(…あれでお風呂が大好きになったんだ…)
 思い出した、と小さなブルーは遠い記憶の海を漂う。
 最初の間は温度も水量も、使用時間も限られていたシャワー。船にバスタブはあったけれども、満たすだけのお湯は使えなかった。いつか使えるといい、と思って見ていた。
 船での暮らしが軌道に乗って、設備も次第に充実してきて。
 初めてバスタブに浸かれた時には、またしても涙が出そうになった。
 自分たちもようやく此処まで来られたと、実験動物のように洗われることはもう無いのだ、と。
(順番に入るお風呂でも、お風呂には自分で入れるんだしね?)
 放り込まれるのでもなく、蹴り込まれるのでもなく、自分の足で歩いて入れるお風呂。使用規則さえ守れば、どんな入り方をするのも自由。ゆったり浸かるのも、さっさと上がるのも…。
(うん、あれだよ。前のぼくがお風呂好きになっちゃった理由)
 青の間が出来てシャワーもバスタブも一人で好きなように使えるようになった時、どれほど幸せだったことか。どれほど嬉しく思ったことか。
 そう、まだハーレイと結ばれていなかった頃から、ソルジャー・ブルーはお風呂好きだった…。



(筋金入りのお風呂好きが出来上がるわけだよ)
 ちょっと凄すぎ、と小さなブルーは前の自分に思いを馳せる。
 あれだけの目に遭った後なら、お風呂好きにもなるだろう。体調が悪くても浸かりたいほどに、ドクターが顔を顰めようとも入りたいほどに。
 それほどに幸せな記憶があったお風呂だから、記憶が戻る前のブルーもお風呂好きだった。
 赤ん坊の頃から大好きだった、と両親が話してくれるお風呂好きな子供になった。学校を休んだ時にも入りたいほどに、高熱があっても入りたいほどに…。
(…ハーレイもお風呂、好きだったよね?)
 前のハーレイはブルーと同じで大好きだった。シャワーよりも断然、バスタブ派。大きな身体をゆったりと沈め、気持ち良さそうに浸かっていた。青の間でも、自分の部屋のバスルームでも。
(今のハーレイはどうなのかな?)
 そういえば、訊いてみたことが無かった。
 是非訊かねば、と小さなブルーの心が好奇心で一杯になってゆく。
 今のハーレイも自分と同じでお風呂好きなのか、それとも今は違うのか…。



 次の日、登校は出来なかったけれども、仕事帰りのハーレイが見舞いに寄ってくれたから。
 ベッドで終日、退屈していたブルーはしっかり覚えていたから、問い掛けた。
「ハーレイ、今もお風呂は好き?」
「風呂?」
 唐突な問いに鳶色の目を瞬かせたハーレイだけども。
 ブルーに「ぼくはお風呂が大好きだけれど、ハーレイは?」と重ねて訊かれて、遠く過ぎ去ったアルタミラの話まで持ち出されて「ふむ…」と腕組みをした。
「そういえば俺もガキの頃から風呂が好きだな」
 てっきりスポーツをやってるせいかと思ってたんだが、アルタミラか…。
 そんな時代もあったっけな。



 忘れていたな、とハーレイが笑う。
 ブルーよりも長く生きている分、なかなか思い出すだけの余裕が無い、と。
「なんたって今の俺として生きて三十八年近くの間は前の記憶がゼロだったしな? なかなか昔を懐かしむ所まで到達出来ん。その前に今の記憶に捕まっちまう」
 風呂の話にしたってそうだ。
 今じゃ風呂上がりのビールが美味いわけだが、ガキの頃の俺はビールなんかは飲めんしな。
 風呂上がりのビールが飲める幸せってヤツに浸っちまって、風呂まではなあ…。
「風呂が幸せって前にビールだ、そいつが俺だ」
「そういうものなの?」
「まあな。枝豆でも茹でればもう最高だな」
 そう言っているくせに、前の生での幸せな記憶をハーレイは幾つも思い出してくれる。
 こんなこともあった、これもそうだ、と。
 幾つもの幸せな記憶を手繰り寄せてくれるハーレイのことがブルーは好きでたまらない。
 そのハーレイがブルーが尋ねた言葉を切っ掛けに、遠い昔を、アルタミラを語る。本当に悲惨な時代だったと、よく生き残って脱出できた、と。
「いや、実に酷い記憶だとしか言いようがないな、アルタミラは」
「お風呂くらいゆっくり入りたいよね、自分の好きな時に」
「まったくだ。実験が終われば丸洗いだしな」
 あのせいで俺は風呂好きなのか、とハーレイは苦い笑いを浮かべた。
 あの時代に比べれば今は天国のような生活だと、風呂上がりにビールまでついてくるから、と。



「ハーレイはお風呂、楽しんでるんだ…」
 いいな、とブルーは羨ましくなった。
 自分もお風呂好きではあるけれど、入りたいというだけのこと。
 入れば身体も気持ちもサッパリするものの、ハーレイのビールのようにお風呂とセットの素敵なお楽しみは無い。お風呂は確かに好きなのだけれど、ハーレイには負けている気がする。
 ゆったりと浸かることは好きでも、それでは前の生の自分の頃と変わらない。
 ハーレイはお風呂上がりのビールという新しい楽しみ方を見付けて満喫しているのに…。
 ちょっぴり羨ましくなってしまったから、ブルーは「いいな」とポツリと零した。
「ハーレイは今の自分のお風呂を楽しんでるのに…。ぼくは前のぼくと変わってないみたい」
 お風呂好きな所はそっくりなんだよ、入ると気分はいいんだけれど…。
 ぼく、今だって身体の具合が悪い時でも入りたくなるくらいに引き摺ってるよ、前の記憶を…。



 ハーレイはいいな、と呟いたブルーに、ハーレイが驚いた顔をする。
「そうだったのか? 具合が悪くても入るのか、お前」
「うん…。ママに止められなかったら、だけどね」
 昨日もお風呂に入ったんだよ、でも今日は学校に行けなかった。
 そんな時でも入りたいほど、ぼくはお風呂が好きなのに…。
 好きだってだけで何もオマケが付いて来ないよ、ハーレイのビールみたいな何か。
「俺のビールなあ…」
 お前は酒は苦手だろうが、とハーレイは首を捻ったけれども。
 前のブルーは酒が飲めなかったから、今のブルーが酒を飲める年齢になっても無理であろう、と考え込んだのだけれど。
 ふと閃いた、とある考え。
 それをハーレイは口にしてみる。



「だったら、アレだ。お前が風呂を楽しめるように、結婚したら温泉巡りに行くか?」
「温泉?」
 キョトンとするブルーに「温泉はいいぞ」とハーレイは片目を瞑ってみせた。
「お前、殆ど旅行はしてないらしいしな? 温泉巡りもしてないだろう?」
「うん…」
「温泉巡りはいいもんなんだぞ。あちこちにあるし、行った先でも何種類も温泉があったりする」
 同じ場所なのに、湯が違うんだ。
 色が違ったり、湯の成分が違ったりもするぞ。
「聞いたことはあるよ。でも、見に行ったことは無いかも…」
 うんと小さい頃なら行っているかもしれないけれど、とブルーが言うから。
「なら、行くとするか。いろんな種類の湯に入れる上、温泉卵なんかもあるしな」
「温泉卵は知ってるよ? 半熟のでしょ?」
 美味しいよね、とブルーが微笑む温泉卵は温泉卵という名の料理だった。それはハーレイが意図するものとは違う。
 ハーレイがブルーを連れて行きたい温泉の卵はそれではない。
 そしてブルーはどうやら知らないようだったから、ハーレイは大いに満足した。
 お風呂の楽しみ方が広がらないことを嘆く恋人には、やはり温泉巡りがピッタリだろう。



「違うぞ、ブルー。そういう卵のことじゃなくて、だ」
 俺が言うのは本物の温泉でしか作れん温泉卵だ。
 温泉のお湯に浸けて茹でたり、蒸気で蒸したりして作るんだ。
「本物の温泉で卵を茹でるの!?」
 ブルーの赤い瞳が丸くなる。
「ああ。蒸す方は危ないから観光客は見ているだけだが、茹でる方なら自分で作れる所もあるぞ」
「それ、やりたい!」
 茹でてみたい、と瞳を煌めかせる小さな恋人。ハーレイの読みは見事に当たった。
 ブルーのお風呂の楽しみ方は温泉巡りで広がりそうだが…。
「ふむ。まずは温泉卵を作るのか、お前? 俺と一緒に風呂ではなくて、だ」
 温泉地に行けば風呂も沢山あるんだが?
 宿の部屋でも入れたりするのに、俺と一緒に風呂に入るより温泉卵がいいんだな?
(え?)
 たちまちブルーは思い出した。
 前の生でハーレイと青の間で入ったお風呂。二人で浸かって、それから、それから…。
(…え、えーっと……)
 何と返事をしたらいいのか分からない。
 ブルーは耳まで赤くなったが、ハーレイは「卵でいいさ」と可笑しそうに笑った。
 今のブルーには温泉卵くらいで丁度いいのだと、無理して背伸びをしなくてもいいと。
(…ぼく、背伸びなんかしていないのに…)
 けれど、温泉と聞いて浸かるよりも先に、温泉卵に釣られてしまったことは事実だから。
 それもいいな、とブルーは考える。
 今の所は、温泉卵。
 いつかハーレイと結婚したなら、二人で温泉。
 お風呂上がりにビールを楽しむハーレイお勧めの温泉巡り。お風呂の楽しみ方が広がる温泉。
 地球の恵みの温泉に行って、ハーレイと二人で熱いお湯に卵を浸けてみよう、と…。




         大好きなお風呂・了

※ブルーがお風呂好きだった理由は、アルタミラの悲惨な体験のせい。可哀相かも。
 けれど、今度は温泉巡りに行けるのです。温泉卵も作ってみたいですよね。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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