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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

白い船の紅茶

「…ふむ」
 紅茶だな、とハーレイが手にしたカップを眺めて呟いた。
 ブルーの部屋でテーブルを挟んで向かい合って二人、ごく当たり前になったティータイム。
 週末が多いが、平日の夕食後ということもあった。
 飲み物は大抵、紅茶だから。食事に合わせて緑茶という日もあったけれども、紅茶が定番のお茶だから。ハーレイの言葉を聞いたブルーは怪訝そうに首を傾げて尋ねた。
「ハーレイ、紅茶がどうかしたの?」
「いや、美味いな…と思ってな」
「いつものだよ?」
 変わってないよ、とブルーは答える。紅茶の種類は色々あっても、母のお気に入りのメーカーは同じ。濃い目の紅茶や香りが身上の紅茶といった違いは出て来るけれども、どれも美味しい。
 けれどハーレイは「そうじゃなくて、だ」と紅茶を一口含んで、味わって。
「俺が言うのはシャングリラだ」
「シャングリラ?」
「お前、シャングリラの頃から紅茶だったろうが」
 今ほど美味くはなかったがな。
 味もそうだし、香りなんかは雲泥の差だな、地球の紅茶とは。
「うん、今みたいに美味しくなかったけれど…。だけど紅茶が好きだったよ」
 優しい味だし、飲むと豊かな気持ちになれたし。
 だけど、ハーレイは紅茶よりもコーヒーの方が好きだったよね?
「代用品だがな」
 雲泥の差だとか、美味い不味い以前の問題だったさ。
 確かにコーヒーの味はしてたが、コーヒー豆じゃないんだからな。



 ハーレイの苦笑いが示すとおりに、シャングリラのコーヒーは代用品のコーヒーだった。ただし合成のコーヒーではない。
 初期の頃には合成品だったコーヒーだったが、「子供たちに合成品のチョコレートは駄目だ」というゼルの一言が切っ掛けになって導入されたキャロブという木。キャロブの実を乾燥させて作る粉末からチョコレートもココアもコーヒーも出来た。
 キャロブの実はカフェインを含まなかったから、コーヒーにはカフェインを加える必要があったけれども、合成ではなくて代用品。自然由来の立派なコーヒー。とはいえ、代用品のコーヒー。
 ハーレイは「ふむ…」とブルーの顔を見詰めた。
「お前は本物志向だったのかもな、紅茶だしな? あれは本物の紅茶ではあった」
「お茶の木の葉だしね。ハーレイはお酒も合成だったし、合成品とかの方が好きだったんだね」
 からかうブルーに、ハーレイが「馬鹿」と苦笑する。
「本物がいいに決まってるだろうが、コーヒーも酒も」
 しかし、前のお前に頼るわけにはいかんしな?
 シャングリラに無い物は慣れるしかないさ。代用品でも、それが俺たちに相応しい代物なんだ。
「うん…。ぼくが奪ってた頃もそうだけど、アルテメシアに馴染んでからでもそう言ってたね」
 ぼくだけじゃなくて、リオみたいな潜入班も居たのに。
 人類に紛れてアタラクシアとかエネルゲイアでちゃんと活動してたのに…。
 潜入班に物資を調達させるのも、ハーレイは反対していたものね。



 アルテメシアの育英都市に潜入していた仲間たち。
 常に居るわけではなかったけれども、ミュウらしき子供を見付けた時には人類側のデータを書き換え、適当な空き家を拠点に送り込んでいた。いざという時に間に合うように。出来るだけ子供を危険に晒さず、シャングリラへと連れて来られるように。
 ただし、彼らの活動資金。人類のふりをして生活してはいたけれど、通貨を使いはしなかった。それを使えば、人類側に動きを把握される恐れがあったから。
 物資を買うには、店のデータを書き換える。たったそれだけ。それで安全に買い物出来た。その気になったらコーヒー豆はもちろん、酒だって買えた仲間たち。滞在中に買って、持ち帰ることも不可能ではなかったのだけど。
 そうしてみたい、と願う者たちも少なくはなかったのだけど…。
 ハーレイはそれに反対した。潜入班の仕事は仲間の救出のみにすべきだ、と。
 危険だというのも理由の一つだったけれど、それ以上に大きな理由が一つ。
 いつ人類の生活圏を離脱することになるか分からないから、いくら状況が許したとしても物資を購入すべきではない。宇宙の放浪者にならざるを得なかった時、贅沢に慣れてしまっていると皆が困るし、それではいけない、というのがハーレイの持論。
 長老たちも理由を聞けば頷き、ブルーも納得せざるを得ない。
 今は状況が許せば何でも手に入る場所に居るけれど、宇宙に出ればそうはいかない。
 人類の世界にしか存在しない物は奪うしかないし、奪いに行くには戦闘班が必要だろう。
 かつて自分がやっていたことを、力で劣る仲間たちにはさせられない。
 自分ならば安全に奪えるとはいえ、それはソルジャーとなったブルーの役目ではない…。



 だからコーヒーも、ハーレイが好んで飲んでいた酒もシャングリラの中で賄った。
 酒は合成、コーヒーはキャロブの実から作った代用品。
 そんなシャングリラで代用品でも合成でもなく、本物だった飲み物の一つが紅茶だった。果物や野菜は作っていたからジュースの類はあったけれども、大量に消費される本物の嗜好品の飲み物の中では紅茶の需要が一番高かった。
 シャングリラの農場で、庭で育てていた何本もの茶の木。葉を摘み取っては紅茶を作った。味も香りも今の地球の紅茶には敵わないけれど、それでも立派な紅茶ではあった。
 ハーレイが「うむ」とポットを手にして、紅茶のおかわりをカップへと注ぐ。
「今の紅茶は美味いんだがな…。どれも美味いし、香りもいいしな」
「だって、環境が違うもの。お日様も風も、それに雨だって。お茶の木を育てる場所だって色々とあるんでしょ? 霧が深かったり、寒暖の差が大きかったり…。シャングリラじゃ無理」
「それは俺だって分かっているが、だ」
 こうも違うか、とハーレイは注いだ紅茶の香りを深く吸い込み、顔を綻ばせた。
 同じ紅茶でも自然の光や風の中で育った紅茶はやはり違うと、まして地球ともなれば違うと。
 実に美味い、と紅茶を飲みながら、ふと鳶色の瞳が煌めきを帯びて。
「覚えてるか、ブルー? 本物の美味い紅茶を無駄にしてた時代」
「えっ?」
 問われてキョトンとしたブルーだったが、ハーレイは「ほら」と続きを口にした。
「人類から奪った紅茶の飲み方を間違えただろうが、ずっと昔に」
「ああ…!」
 思い出した、とブルーはクスッと笑った。
 そういう事件が確かにあった。
 遠い遠い昔、シャングリラがまだ白い鯨ではなく、名前だけの楽園でもなかった時代に。



 アルタミラから脱出するために乗り込み、飛び立った船。
 当座の食料は積んであった分で何とかなったが、飲み物の方は水しか無かった。喉が乾けば水を飲んでいたし、それしか無いと思い込んでいた。脱出直後のゴタゴタが落ち着き、船内をあちこち歩くようになって、仲間の一人がコーヒーメーカーの存在に気付いた日までは。
 船員用の休憩室と思しき一室に在ったコーヒーメーカー。脇にカップが積まれていた。カップがあるのだし、恐らく飲み物を作るための道具だ、と集まった皆で考えた。
 コーヒーメーカーの文字は書かれていなくて、簡潔に絵で示された操作法。とりあえずカップを一個、注ぎ口らしき部分の下へと置いた。後は機械に任せるしかない。
 何が出て来るのか分からないままに、手順どおりに操作してみたら熱いコーヒーがカップの中に注がれ、その光景に皆が驚いた。
「すげえ…!」
「コーヒーはこうやって出来るのか!」
 辛うじて記憶にあったコーヒー。
 成人検査で何もかもを奪われてしまうよりも前、養父母が飲んでいたであろうコーヒー。
 存在と香りは覚えていた。コーヒーなのだ、と直ぐに分かった。
 けれどすっかり忘れ去っていた、そのコーヒーの作り方。
 コーヒーメーカーも、養父母によっては使っていたであろう旧式のコーヒーメーカーの形すらも誰の記憶にも残ってはおらず、ただ感動した。
 コーヒーが出来たと、熱いコーヒーがカップいっぱいに出来上がった、と。



 コーヒーの淹れ方さえも知らなかったくらいに、アルタミラの研究所時代は酷かった。
 飲み物は水か、でなければ補給すべき栄養分が添加されただけの飲み物か。食事は調理段階すら省かれた餌で、料理は一切出なかった。
 奪われる前の記憶も十四歳までのものだったから、養父母任せだった料理のやり方は誰も詳しく覚えていない。学校で調理実習でもあったのだろうか、包丁の使い方などの基礎こそ何とかなったけれども、レシピが全く分からない。
 卵は焼くとか、茹でるのだとか、その程度しか持っていなかった知識。卵の殻に入ってはいない保存食の卵の扱い方にさえ途惑ったくらい。どうやって調理すればいいのか、どう食べるのかと。
 料理ですらもそんな有様だった、ごくごく初期の自分たち。
 子供の飲み物ではなかったコーヒーの淹れ方などを知っている筈も無かった時代。
 それゆえにコーヒーメーカーはまさに奇跡の機械で。
 大勢の仲間が、今は子供ではなくなった仲間がコーヒーメーカーに群がった。脇に積まれていたカップを手にして、我も我もとコーヒーを飲んでは感激していた。
 コーヒーメーカーが発見された部屋は大入り満員、いつ覗いても誰かが居た。子供だった頃には好んで飲んではいなかった筈のコーヒーを前に、幸せそうに寛いでいた…。



「ハーレイもコーヒーメーカーが見付かった時にコーヒー好きになったんだっけ?」
 ブルーはその部屋でハーレイを見掛けた覚えがあった。自分には苦いだけだったコーヒーを手に談笑する仲間たちの中にハーレイも居た。
「美味かったからなあ、あのコーヒーは」
「ぼくには苦いだけの飲み物だったけどね?」
「あの頃は砂糖たっぷりとはいかなかったからな、ミルクもホイップクリームも無いし」
「どうせぼくの舌は子供並みだよ!」
 成長した後も変わらなかったブルーの舌。
 好き嫌いだけは無かったけれども、ブルーはコーヒーが苦手になった。好んで飲みたいと思う味ではないから、飲まなくても全く困らなかった。
 しかしハーレイをはじめ、多くの仲間たちがコーヒー好きへの道を歩んだ。独特の苦みを持ったコーヒーは水とはまるで違った。飲めば心が豊かになったし、舌も大いに満足した。
 けれどコーヒー豆はやがて無くなる。
 コーヒーメーカーにセットするのだと覚えた豆は使えば無くなる。他の食料品と同じように。



 とはいえ、コーヒー豆は比較的容易に調達出来た。
 輸送船を動かす者たちにはコーヒー党が多いのだろうか、物資を奪えばかなりの確率で混ざったコーヒー豆。食料品だと目星をつけて奪った箱やコンテナの中にコーヒー豆。
 ゆえにコーヒーメーカーが置かれた部屋が長期間放置されることは殆ど無くて、大抵コーヒーを飲むことが出来た。コーヒー好きになった仲間たち御用達の休憩室。
 そうやってコーヒーと水と、時には濃縮や粉末のジュースを飲んでいた頃。
 ブルーは大量の乾燥した葉っぱを手に入れた。縮んで小さくなってしまった黒っぽい色の刻んだ葉っぱ。箱には「紅茶」と書かれた文字だけ。
 これが紅茶かと皆で眺めたが、コーヒーと同じで養父母の家にあった飲み物。
 どうやって淹れるのかは忘れたけれども、紅茶なるものは覚えていた。
「紅茶はこういうものだったのか…」
「葉っぱから紅茶が出来るのか…」
 作ってみよう、と早速コーヒーメーカーが置かれた部屋に運んで豆の代わりに入れてみた。
 ワクワクしながら待ったけれども、それで紅茶が出来る筈もない。



「傑作だったよね、コーヒーメーカーで紅茶」
 ブルーがクスクスと思い出し笑いをすれば、ハーレイも「うむ」と大きく頷く。
「今の俺が見ていたら全力で止めに入っただろうな」
「ぼくも止めるよ、それは違う、って」
 二人して笑う、遠い昔の自分たち。
 幸い、コーヒーメーカーは頑丈に出来ていたらしくて壊れなかったが、出て来た飲み物は記憶にあった紅茶ではなくて黒々と濁った粉だらけの異様な液体だった。もちろん飲めたものではない。
 どうやら紅茶の作り方はコーヒーとは違うらしい、と懸命に調べて、分かったものの。
 元々がコーヒーメーカーを備えていたような船だけに、ティーポットなどは何処にも無かった。かつてその船を使っていた人類は紅茶を飲んだりしなかったらしい。
 ティーポットが無くても、紅茶はあるから。
 葉っぱだけは沢山あるから、飲みたい。なんとか紅茶を作ってみたい。



「最初はお鍋で作ったんだっけ?」
「ああ。鍋一杯に沸騰させた湯に、鍋の分も葉っぱをブチ込んでな」
 紅茶の淹れ方は「ポットの分も茶葉をスプーンに一杯」とされていたから、ポットならぬ鍋にも茶葉をスプーンに一杯分。スプーンも相手が鍋だからと大きいものを使って茶葉を量った。
 今度こそ、と挑んだ鍋での紅茶。
 大鍋で煮込んだ紅茶はとても苦くて、遠く微かな記憶に残った懐かしい紅茶の味ではなかった。色も薄めのコーヒーのようで、優しい赤い色ではなかった。
 これは違うと、紅茶ではないと女性陣の試行錯誤が始まる。
 鍋から早めに茶葉を引き上げてみるとか、茶葉の分量を調節するとか、紆余曲折の日々。
「ようやっと美味くなった頃には、残りが少なかったんだっけな」
「うん。ぼくも気に入っていたのにね…。紅茶」
 コーヒーと違って苦くなくって、とても美味しいと思ったのに。
 休憩室であれが飲めたら幸せだよね、と思ってたのに…。



 ブルーは紅茶も奪うことにした。
 嗜好品を奪いに出掛けることにハーレイは反対していたけれども、同じ嗜好品でも菓子と違って紅茶は遙かに簡単だった。
 今にして思えば、あちこちの星に特産の紅茶があったのだろう。環境が違えば味が変わる紅茶。様々な紅茶を楽しみたい人類の欲求に応えるためにと輸送船に積まれた紅茶の箱。それを覚えれば楽に奪える。あれが紅茶だ、と一目で分かる。菓子とは違った分かりやすい箱。
 コンテナごと奪った物資にティーセットが混在していたりして、紅茶事情は充実してきた。
 しかし、自給自足の生活を始めるにあたって紅茶を奪いに出ることもなくなり、それでも覚えたあの味が欲しい。紅茶が飲みたい、とブルーは思うし、他の仲間も同じこと。
 コーヒーを飲んでいた者たちだってコーヒーが欲しいし、飲みたいと願う。
 自給自足の生活を軌道に乗せる傍ら、合成品のコーヒーと紅茶とを作り上げた。当座は合成品で凌いで、ゆくゆくは自分たちの手で原料になる木を育てようとした。
 白い鯨が、文字通りの楽園が完成した頃、着手しようとしたのだけれど。
 コーヒーの木はシャングリラの中では栽培出来ないらしいと分かった。船内の気温が低すぎる。専用の温室を設けるのならば、嗜好品に過ぎないコーヒーよりも野菜用として使うべき。
 けれど紅茶の元になる茶の木は栽培可能なものだった。農場は元より、居住区に幾つも散らばる庭でも手間要らずで育つ。その葉を摘んで揉み、発酵させてから乾燥させれば紅茶になる。
 ブルーが人類から苗を奪って、農場や庭のあちこちに植えて。
 その木が育って、シャングリラ産の紅茶が出来た。
 香り高くはなかったけれども、本物の紅茶。代用品だったコーヒーと違って、紅茶は本物。
 紅茶を楽しむ仲間たちは多く、ティーポットやカップも沢山あった。
 青の間にはブルー専用のティーセットまでが置かれ、いつでも紅茶を飲むことが出来た…。



 遙かな昔の、時の流れが連れ去ってしまったシャングリラ。
 白い鯨で作られていた紅茶と、その元になった茶の木とを懐かしみながらハーレイが言う。
「いっそ緑茶にも挑戦してれば良かったな。元になる葉は同じだぞ」
「無理だよ、それ。誰も緑茶を知らなかったよ、飲んだ人が一人もいないんだもの」
 前のぼくだって、そういうデータを目にしただけ。
 緑茶がどんな味かは知らなかったし、飲んでみようとも思わなかったよ。
「だがなあ…。俺たちだったら絶対いけたぞ、好き嫌いが無いときたもんだ」
 緑茶があったら絶対に飲めた。俺もお前も、ちゃんと飲めたさ。
「だけど好きになったかどうかは謎だよ。ハーレイ、コーヒーよりも緑茶が好き?」
「うーむ…」
 どうだろうか、とハーレイは暫し考えてから。
「饅頭には緑茶がいいと思うが…。あれを食うのにコーヒーを淹れようとは思わんな、俺は」
「ぼくもお饅頭なら紅茶より緑茶で食べたいけれど…。シャングリラにお饅頭は無かったよ?」
 お饅頭は無かったし、餡子も無かったし…。
 緑茶でなくちゃ、っていうようなお菓子、シャングリラには無かったと思うんだけど…。
「違いないな。緑茶を作っていたとしてもだ、合う食い物が無かったか…」
「うん。だから紅茶が精一杯だし、シャングリラはそれだけで良かったんだよ」
 紅茶があったらそれで充分。
 お茶の木があるから、って頑張って緑茶を作らなくても、紅茶で充分…。



 そう微笑んだブルーだけれども。
 ふと青の間にあった自分専用のティーセットを思い浮かべて、其処から生まれて来た疑問。
「ねえ、ハーレイ。シャングリラにティーポットは幾つもあったけど…」
 ティーポットもシャングリラの中で作っていたけど、もしも緑茶を作っていたら…。
「そりゃあ、急須を作るんだろうな?」
 ヒルマン辺りが張り切ってデータを探して来るんだ。
 「ソルジャー、これが急須です。緑茶はこれで淹れるんですよ」とな。
 目に浮かぶようだな、シャングリラの急須。きっと渋いぞ、ヒルマンの趣味で。
「それじゃ、抹茶に挑戦してたら…」
「茶筅を作るしかないんだろうなあ、誰が点てるのかは知らんがな」
 案外、ゼルが点ててたかもな?
 そして俺まで巻き込まれるんだ、「せっかく点てたんじゃ、飲んで行け!」ってな。
「でも、茶筅って…。シャングリラに竹は無かったよ?」
「竹か…。あんな凄いのを植えたら最後…」
 知ってるか?
 竹ってヤツは物凄く繁殖力が強いんだ。
 あれは地下茎で増殖する。鉄板で遮っても下を潜って広がろうとするんだ、本当だぞ。
 ついでにタケノコがこれまた凄い。
 でかい石でも持ち上げて育つし、木の小屋だったら床をブチ抜いてまで生えて来るんだ。
 そんな植物をシャングリラの中では育てられん。
 シャングリラが傾くとまでは言いはしないが、一区画くらいは壊されそうだ。



 竹は駄目だ、とハーレイは腕組みをして断言した。
 抹茶を点てるための茶筅が必要だとしても竹は駄目だと、他の材料を探すべきだと。
「代用品の茶筅なの?」
 それって気分が出ないよ、ハーレイ。
 茶筅は竹だから美味しい抹茶が出来るんじゃないかと思うんだけどな…。
「代用品で充分だ。俺のコーヒーなんかは代用品だった、抹茶はあるだけで充分なんだ」
「でも、タケノコは美味しいよね?」
 竹が無いとタケノコ、食べられないよ。
 タケノコ御飯は春の味だし、他にも色々…。
「キャプテンとしては却下する。タケノコの美味さよりも先にシャングリラそのものの安全だ」
 竹の導入には賛成出来ん。
 キャプテンとして断固、阻止する。
「ふふっ、タケノコ。…美味しいけど危険物なんだ?」
 一区画くらい壊しちゃうほどの。
 シャングリラの中で竹が破壊活動しちゃうんだ…?
「うむ。危険物だな、間違いない」
 美味いかどうかは別問題だ。
 シャングリラを破壊しそうな植物の栽培を認めるわけには絶対にいかん。
 隔壁を閉鎖したってブチ破るかもしれんぞ、地下茎も、美味いタケノコもな。
「ハーレイ、それって凄すぎだよ!」
「しかし有り得る。大いに、有り得る」
 シャングリラを危険に晒すわけにはいかんからなあ、竹だけは駄目だ。
 キャプテンの俺がこうと決めたら、ソルジャーのお前でも反対は出来ん。
 そういう決まりだったよな?
 ことシャングリラに関してはな。



 とんでもない所で持ち出されて来た、遠い昔にシャングリラにあった絶対の規則。
 シャングリラそのものに関する決定権はソルジャーではなく、キャプテンにあった。ブルーでも反対することは出来ず、ハーレイの決定に従うのみ。
「タケノコは認められないんだね? ソルジャーのぼくが食べたいと言っても」
「もちろんだ。茶筅を作ることも認めん、竹が要るからな」
 難しい顔をしてみせるハーレイに、ブルーは「ふふっ」と笑みを浮かべた。
「今で良かった、タケノコが好きなだけ食べられるもの」
「抹茶も飲めるな、茶筅も抹茶も売っているからな」
「うん。やっぱり地球って最高なんだよ、紅茶だけじゃなくって抹茶にタケノコ」
 シャングリラに無かったものばかりだよ、とブルーは微笑む。
 それは嬉しそうに、幸せそうにハーレイを見詰めて、赤い瞳を煌めかせて。
 紅茶の話からタケノコにまで飛躍して発展してしまったけれど。
 今だからこそ出来る昔話で、幸せな話題。
 茶の木から何が出来てくるのか、それはどうやって淹れるものなのか。
 知っているからこそ、笑い合ってタケノコの話まで出来る。
 シャングリラを一区画くらい破壊しそうな竹の威力を語り合って笑える。
(ふふ、タケノコが危険物だなんて思わなかったよ)
 キャプテンに却下されちゃったよ、とソルジャーではなくなった小さなブルーは時が連れ去った白い鯨へと思いを馳せた。
 今はもう無い、楽園と言う名の白い船。
 シャングリラは無くなってしまったけれども、青い地球には来ることが出来た。
 それを思うだけで幸せに満たされ、ハーレイをいつまでも、いつまでも見詰めていたくなる。
 ハーレイと青い地球に来られて良かったと、二人で幸せな地球に来られたと…。




         白い船の紅茶・了

※コーヒーメーカーで紅茶を淹れるのは、流石に無理というものでしょう。違い過ぎです。
 そんな時代もあったというのに、船の中で作っていた紅茶。頑張りましたよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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