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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

鳥が鳴く世界

 チュンチュン、チチチ…。
(うーん…)
 ベッドで眠っていたブルーの意識がぼんやりと浮上を始める。
 チチチ、チュンチュン。
 軽やかに耳をくすぐる愛らしい声。耳元で聞こえるわけではないけれど、眠りの中まで届く声。
(…もうちょっと…)
 まだ眠いよ。まだ目覚ましは鳴ってないよ、とブルーは寝返りを打って枕に顔を埋めた。
 それでも可愛らしい声は止まない。
 もう朝だよと、いいお天気だよと鳴り続ける自然の目覚ましの音。
 チュンチュン、チチチ…。チチチ、チュン、チュン。
(…んー…)
 ブルーは寝起きの悪い方ではなかったから。
 うっすらと目を開けて窓の方を見やれば、カーテンの向こうは夜明けの色。
 太陽はまだ昇っていないのか、強い光は無いようだけれど明るさを増した窓の向こう側。
 チュンチュン、チチチ。…チチチ、チュン、チュン。
 自然の目覚ましは止まってはおらず、ブルーは手を伸ばして目覚まし時計のアラームを切った。すっかり目が覚めてしまったのだし、目覚まし時計は必要無い。
 それに休日。ハーレイが来てくれる、週末の朝。



 チュンチュンと鳴き交わす自然の目覚まし。
 ブルーを起こした可愛らしい声。
(……雀……)
 多分、部屋の窓のすぐ外に雀。屋根の上に居るのか、窓辺の僅かなスペースなのか。
 それから庭の木々に他の小鳥も。耳を澄ませば雀とは違うさえずりの声。
(…何の鳥かな?)
 鳴き声だけでは分からないけれど、雀の他にも何羽かの鳥。雀よりも大きな身体の鳥か、もっと小さな鳥が居るのかも鳴き声からは分からない。小さな鳥でも遠くまで届く声で鳴くから。
(…ふふっ、朝から元気そうだよね)
 庭の芝生にも居るかもしれない。芝生の中の虫を探して食べる鳥たち。
 雀は何を食べに来るのか、それとも遊んでいるだけだろうか。
 ごくごく当たり前の朝の光景。
 カーテンを開けて眺めなくても、朝が来たのだと教えてくれる鳥たちの声。
 けれど…。
(…シャングリラに小鳥はいなかったよ)
 こんな風に目覚めることは無かった、とブルーは時の流れが連れ去った船を思い出す。
 白い鯨のようだった船。楽園と名付けたシャングリラ。
 其処は楽園だったけれども、シャングリラの朝に起こしてくれる小鳥は居なかった…。



(…青い鳥を飼ってみたかったんだよ)
 幸せを運ぶと、古い本にあった青い鳥。SD体制が始まるよりも遙かに遠い昔の童話。
 本当に幸せを運んでくれると思ったわけではなかったけれども、青い鳥がいればいいと思った。
 いつか行きたい、辿り着きたい母なる地球と同じ色の青。
 地球の青をした羽根を纏う鳥をシャングリラで飼ってみたかった。飼えば希望が見えそうな気がして、幸せに手が届きそうな気がして欲しかった。
 なのに、ゼルたちに反対されてしまった青い鳥。
 何の役にも立ちはしないと、餌と手間とがかかるだけだと。
 花ならば愛でるだけでも誰も反対しなかったけれど、餌を食べる青い鳥は駄目だった。おまけに花よりも手がかかる。鳥籠に入れねば飛び回ってしまうし、鳥籠でも世話をする係が要るし…。
 自分で世話をすることも考えたけれども、それではブルーが飼うペット。ソルジャー・ブルーの私物のペット。誰もペットを飼ってはいないし、ペットを飼えるほどの楽園でもない。
 シャングリラは人類から隠れて生きるための船。
 自分たちが必死に隠れているのに、閉ざされた世界に隠れているのに、ペットを飼うような余裕などが何処にあるというのか。
 ある意味、自分たちこそが籠の中の鳥。外へ出られない鳥籠の鳥。
 だからペットは要らなかったし、自由に飛べない籠の中の鳥も見ていれば辛くなるだろう。
 青い鳥は諦めるしかなかった。
 夢の中にしか居ない鳥だと、青い地球と同じで今は手が届かない鳥なのだと。



 幸せを運ぶ青い鳥。
 欲しかったけれど、飼えはしなかった青い鳥。
 それでも忘れることは出来なくて、ナキネズミの毛皮を青にした。青い毛皮の個体を選んだ。
 幸せの青い鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミ。
 開発段階では他の色をした個体も居たのだけれども、ブルーは青い個体を選んだ。この色をした血統を育てていこうと、ナキネズミの毛皮は青にしようと。
(…シャングリラに鳥は居なかったんだよ、役に立たないって言われちゃったから)
 青い鳥どころか、小鳥たちの姿が何処にも無かったシャングリラ。
 楽園という名の船で暮らしていた鳥は鶏だけ。
 卵を産む、役に立つ鶏だけ。
 もちろん鶏は肉にもなったし、餌を与えて世話をする価値が充分にあった。
 けれど他の鳥たちは何処にも居なくて、公園の木々の枝にも鳥が止まりはしなかった。



 チュンチュン、チチチ…。
 青い地球の上で、生まれ変わって来た青い地球の朝に、ブルーの部屋の窓辺で鳴く鳥たち。
 鳥の声で目覚めるような贅沢な朝は、シャングリラでは考えることさえ無かった。
 朝になったら鳥が鳴くとも思わなかった。
 青の間はともかく、公園や居住区では二十四時間の時計に合わせて明るさを変えていたけれど。夜を迎えれば暗くなったし、夜明けと共に明るさは増していったのだけれど。
 人工の光が照らす世界に自然の営みがある筈もなくて、朝に鳴く鳥たちは居なかった。
 今、冷静に思い返せば、鶏が鳴いていたのだけれど。
 朝になれば雄鶏が高らかに時を作っていたのだけれども、それは家畜飼育部での朝の風景。
 ソルジャーだったブルーとは無縁の、視察対象だった家畜飼育部のクルーたちの世界。
 他の仲間たちも仕事以外で家畜飼育部まで行きはしなかったし、朝が来る度に時を告げる雄鶏の声を何人が聞いていたのだろうか。
 子供たちは見学で訪れていた筈だけれども、朝一番に鳴く雄鶏の声を聞いただろうか。
 聞いていたとしても、それを覚えていただろうか、と考える。
 朝は雄鶏が時を作ると、誇らしげに鳴いて朝を告げると。



(…鳥の声かあ…)
 こんな愛らしい、賑やかな声に起こされる平和な朝なら良かった。
 ハーレイと眠っていた頃の朝。同じベッドで眠っていた頃。
 さえずる鳥たちの声の目覚ましなど、夢にも思いはしなかった。
 朝が来れば枕元に在った置時計が鳴って、身体を起こしたハーレイが深い溜息をついた。
 もう朝なのかと、束の間の逢瀬は終わりなのか、と。
 その溜息を聞かなかった日は、優しいキスで起こされた。唇に触れるだけのキス。
 もう朝ですよと、起きて下さい、とブルーの目覚めを促すキス。
 どちらの朝を迎えたとしても、待っていたものはハーレイとの別れ。ブリッジへ行かねばならぬハーレイと、ソルジャーとして青の間に残らねばならぬブルーと。
 名残りを惜しむキスを交わして、強く抱き合って、「また夜に」と言葉を交わしたけれど。
 別れる時には袖を掴んで引き止めたくて、ハーレイもまた何度も振り返りながら出て行った。
 再び抱き合える幸せな夜は、来ないかも知れなかったから。
 これが最後の別れになるかも知れなかったから。
(…一日が無事に終わるかどうかも分からなかったよ、次の日の朝が来るかどうかも)
 鳥たちの声で目覚める朝など、思い描きさえしなかった頃。
 あの頃は明日の朝が明けるのかすらも、定かではなかった世界だったから。
 朝には鳥が鳴くのだとも知らず、朝日が昇る光景さえも知らずに雲の中に居た。人工の光が作る朝を迎えて、その朝でさえも無事に迎えられたと安堵する世界。
 なんと寂しい世界だったかと、作り物だった楽園を思う。
 それでも精一杯に頑張ったけれど、楽園を築こうと常に努力をしていたけれど…。



 何の努力をせずとも夜が明け、鳥たちが鳴き交わす今の地球の朝。
 ハーレイと二人、生まれ変わって来た青い地球の朝。
 小鳥たちの声で目覚めて色々と思い出していたから、ブルーは訪ねて来てくれたハーレイの顔を見詰めて訊いてみる。自分の部屋で向かい合わせに座って、お茶とお菓子を前にしながら。
「ハーレイ、小鳥の声で目が覚めることって、よくある?」
「あるな。地球ならではの素敵な目覚まし時計だな」
 シャングリラに居た頃は何処にも無かった時計だ。
 実に贅沢な自然の時計だと思わないか?
「ハーレイ、とっくに気付いてたんだ…」
 目を丸くしたブルーに、ハーレイは「まあな」と片目を瞑った。
「その様子だと、お前は今朝気付いたのか?」
「うん。…今までに何度も起きてたのにね、小鳥の声で」
 ぼくは全然気付かなかったよ、当たり前すぎて。
 朝になったら雀が来てるし、他の鳥だって来るんだもの。
「いいことだ。前のお前の記憶ばかりに縛られてるより、その方がいい」
 忘れられることなら忘れておけ。
 楽しい思い出なら持つ価値もあるが、嫌なことは忘れておくもんだ。
 覚えておいて反省材料にするならともかく、そうでなければ忘れないとな?
 でないと人生、楽しくないぞ。
「そういうものなの?」
「ああ。前のお前と今のお前は違うんだからな」
 今のお前が背負わなくてはいけないものなど何も無いんだ。
 アルタミラだって忘れていいんだ、前のお前は決して忘れなかったがな。
 死んでいった仲間のためにも覚えておかねばと、彼らの分まで地球を目指さねば、と。
 そうしてメギドで死んじまった。地球には着けずに死んじまった…。
 だがな、前のお前が背負っていたものはそこで終わりだ。
 今のお前は自由に、好きに生きていいんだ、前のお前が辛かった分まで幸せにな。



 忘れておけ、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべた。
 鳥の鳴き声で目覚める世界が嬉しかったなら、その幸せだけを覚えておけ、と。
「朝になったら起きるんだよなあ、鳥ってヤツは。フクロウみたいな夜の鳥もいるが」
 俺が実家に居た頃は親父とおふくろが餌をやっていたから、沢山来たぞ。
 今でもついついやってしまうな、朝のパンを切った時なんかにな。
 パン屑を庭に撒いてやるんだ、拾いやすい場所に。
「それで鳥、来る?」
「来るぞ。お前もやってみるか?」
 お母さんの代わりにパンを切ってだ、出た屑を撒けば拾いに来るさ。
「うーん…」
 パンかあ…、とブルーは考え込んだ。
 鳥が来るのは見たいけれども、朝のパンを切るなら朝食のテーブルに着くよりも前。母が料理を始める頃にはキッチンに行かねばならないだろう。
 どうしようかな、と小鳥への餌やりと自分が上手にパンを切れるかを考えていて。
(…そうだ)
 まるで違うことが頭を掠めた。ハーレイの母が飼っていたという白い猫。ハーレイの子供時代に家に居たと聞く猫のミーシャは大人しく小鳥を見ていただろうか?
「ハーレイ、ミーシャは? ミーシャは小鳥を捕らなかったの、庭に来てた小鳥」
「ミーシャか? そうならないよう、おふくろがしっかり食わせていたさ」
 それでも猫にとっては獲物だ、欲しそうな目で見ていたけどな。
 だからミーシャが居た頃は、だ。ミーシャを部屋に閉じ込めておいたな、餌やりの時は。
「ミーシャって甘えん坊なのに…。それでも鳥を捕ろうとするんだ、やっぱり猫だね」
「あいつの場合は食うんじゃなくってオモチャだろうなあ、鳥はあちこち動くしな」
 ミーシャは生の魚を食うより、焼いたりしたのが好きだったんだ。
 鳥を捕まえても食えなかったんじゃないかと思うな、生肉だしな?
 焼いてくれ、って持って来たかもしれんな、鳥を咥えてな。
「猫なのに?」
「うむ。生の肉より調理済みだな」
 鳥を焼くなら焼き鳥ってトコか。
 そんな悲劇が起こらずに済んで実に良かった、せっかく小鳥が来てたんだしな。



 ハーレイは懐かしそうに目を細めてから、「そういえば…」と笑顔になった。
「親父たちは今でも餌やりしてるぞ。ミーシャが居ないから技も増えたな」
「技?」
「冬の間だけだが、木の枝にリンゴやミカンを刺すんだ」
 食べやすいサイズの輪切りにしてな、葉が落ちた木の枝に刺しておくんだ。
 ミーシャが居たら出来ん技だな、ミーシャは庭で遊んでいたしな。
「木の枝に刺すの? ミカンとかリンゴ」
「ああ。ちゃんと鳥が来るぞ、そういった果物が大好きな鳥が」
「そうなんだ…」
 ブルーは驚いて想像してみた。
 葉が落ちた冬の木の枝に輪切りの果物。それに小鳥が来るという。
 パン屑を撒けば来るというのは分かるけれども、木の枝に刺さった果物だなんて。
 鳥たちはどんな風にして食べるのだろうか。
 枝に止まるのか、小さい鳥なら果物の方に止まって食べることもあるのか。
 果物を刺しに庭に出たなら、待っている鳥もいるのだろうか…。



 木の枝に刺さった果物と鳥とを思い浮かべるブルーに、ハーレイが訊いた。
「果物は人間が刺してやるんだが、自分で餌を刺しておく鳥は知ってるか?」
「なに、それ?」
 キョトンとするブルーは、もちろん知らない。
 餌を自分で刺す鳥だなんて、木の枝に刺さった果物以上に想像がつかない代物だけれど…。
「やはり知らんか。モズって鳥でな、小さな鳥だが木の枝に獲物を刺しておくんだ」
「獲物?」
「虫とか、小さなトカゲとかだな。冬の間に餌に困らないよう、刺すって話もあるんだが…」
 そうやって獲物を刺しておくのを「はやにえ」と呼ぶのさ。
 刺さっている枝の高さで冬の積雪量が分かるなんていう話もあるな。
 雪が深いと獲物を刺した枝が隠れちまうし、雪の多い年は高い枝に刺さっているとかな。
「ホント?」
「…さあな? この辺りじゃ埋まるほど雪は降らんし、どうだかなあ…」
 確かめようが無いってな。
 そういう研究をしている学者が何処かに居るかもしれんがな?
 なんと言っても平和な地球だ。
 モズのはやにえをせっせと探して、雪の深さと照らし合わせて…。
 そういう暇な研究をしていても、文句を言いそうなグランド・マザーはもう無いからな。
「無いね。…前のぼくはグランド・マザーは見ていないけどね」
「前の俺も知らんさ、辿り着く前に死んじまったからな」
 話の種に見ておきたかった気もするんだがな、今となっては。
 お前と二人で青い地球に来られると分かっていたなら、根性で一目…。



 見たかったな、というハーレイの言葉に鋭い鳥の鳴き声が重なった。「キィーッ!」と高い声で一声鳴いた、庭で一番大きな木の枝に止まった小さな小鳥。
「おっ、あれだ!」
 今、鳴いたろう? とハーレイが指差す、長めの尻尾を上下させる小鳥。
「あれがモズだな、あそこに居る」
「刺さってる? ハーレイ、はやにえ、枝に刺さってる?」
 ブルーはワクワクしながら尋ねた。
 自分のサイオンは不器用すぎるから見えないけれども、ハーレイならば遠い枝でも見える筈。
 教わったばかりの「はやにえ」は刺さっているのだろうか。虫かトカゲか、とにかく獲物。
 ハーレイが枝の方へと目を凝らしてから。
「いや、無いようだ」
「無いの? ちょっと残念…」
 せっかく教えて貰ったのに。モズが来たのに、とガッカリしていると、ハーレイに言われた。
「残念も何も、そもそもお前じゃ見えないだろうが」
「双眼鏡を使えば見えるよ!」
「それに、刺されたら獲物は死ぬが?」
 刺された直後は生きてることだってあるんだぞ。
 そいつを此処から見物するのは愉快ではないと思うがな?



「そっか…。それ、見世物じゃないものね」
 見世物じゃないね、とブルーは反省した。
 刺された獲物が生きているなら、眺めて気分がいいものではない。
 もはや死んでゆくしかない生き物の姿を双眼鏡で見物するなど、それではまるで…。
(…アルタミラみたいだ)
 死ぬと承知で人体実験を繰り返していた研究者たち。
 サイオンを封じられていたブルーだったけれど、実験室で何が起こっていたかは分かった。
 実験のために引き出される度、死んでいった仲間たちの残留思念が告げて来る。どう扱われて、どう死んだのか。どんな言葉と仕打ちとを受けて、自分たちは死んでいったのか…。
 「このくらいのレベルで死ぬんだったな」「ああ。もう少しゆっくりレベルを上げるか」。
 のた打ち回る仲間の姿を横目に、データを取るためだけに死の実験を続けた者たち。
 どう死んでゆくか、どう死んだのかも彼らにはデータの一部でしかなく、まるで見世物。
 ヒトの死という悼むべき事象が、ミュウであったばかりに見世物扱い。
 そのアルタミラの地獄を思い出したブルーはキュッと拳を握ったのだけれど。
「そうだな、確かに見世物じゃないな」
 だが、とハーレイの大きな手が伸びて来てブルーの頭をポンと叩いた。
「はやにえってヤツは、モズにとっては正しい世界だ」
 アルタミラの研究者どもとはまるで違うさ。
 お前、連想してただろう?
 そういう悲しい記憶ってヤツも、普段は忘れておくのがいいんだ。
 モズのはやにえ、生きてる状態で見るのはキツイが、それはお前や俺だからだ。
 アルタミラなんぞを知らないヤツなら、「残酷だな」と思うだけで済む。
 だからある意味、見たがったお前も正しいんだぞ。
 好奇心と探求心だな、そいつを持つのはいいことだ。
 いつか木の枝に刺さったモズの獲物を「凄い!」と目を輝かせて見られるほどにだ、お前の心に刻まれてしまった酷な記憶も消えてくれるといいんだがなあ…。



 キィーッ!
 また高く鳴いて、モズは何処かへ飛び去って行った。
 庭で一番大きな木の枝に刺すべき獲物を探しに行ったか、その木は気に入らなかったか。モズが再び戻って来るのか、戻って来たとしても獲物つきなのか、ブルーたちには分からない。
 けれどハーレイは「はやにえに来ても嫌ってやるなよ?」とブルーに優しく微笑みかけた。
「あそこの枝にカエルやトカゲが刺さったとしても、そいつは自然の営みだからな」
 いわゆる食物連鎖ってヤツはだ、ちゃんと綺麗に循環している。
 無駄に命を奪いはしない。
 アルタミラだとかSD体制みたいな、機械が作った歪んだ仕組みや世界なんかとは違うんだ。
 もっとも、モズは自分が刺しておいた獲物を忘れちまうことも多いらしいがな…。
 それでも自然の中での流れだ。忘れちまうのも理由があるんだ、他に獲物を見付けたとかな。
 アルタミラとは全く違うさ、モズを嫌ってやっては駄目だぞ。
「うん。生きたトカゲを刺しに来たって、追っ払わないよ」
 刺してる所は見たくないけど、モズには遊びじゃないんだもんね。
 それが自然で、地球に自然が戻って来たから木の枝にトカゲが刺さるんだものね。
「そうさ、それがあるべき地球の姿だ」
 一度はすっかり滅びちまって、死んじまった星にしか見えなかったが…。
 前の俺が見た地球は死の星だったが、お前がこういう姿に戻した。前のお前がメギドを沈めて、俺たちの命を守ったからだ。シャングリラが地球まで辿り着けたからだ…。
「違うよ、それは」
 ハーレイが地球まで運んだからだよ、シャングリラを。
 地球まで運んで行ってくれたからだよ、ぼくが頼んだとおりにジョミーたちを乗せて。
 シャングリラを運んでくれなかったら、何も始まりはしなかったんだよ…。



 青い地球を取り戻すための鍵になった者は誰だったのか。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーか、キャプテン・ハーレイだった頃のハーレイなのか。
 どちらが欠けても地球は死の星のままだったろうが、SD体制を崩壊させた立役者はジョミーとキースの二人。地球の地の底で死んだ二人の英雄。
 けれども、ジョミーとキースが地球で出会うためにはシャングリラが地球に着かねばならない。でなければ何も始まりはしない。
 そしてグランド・マザーの最後の指示だった地球の破壊を止めた者たち。トォニィたちと人類の精鋭部隊と、残った一基のメギドに船ごと体当たりして逝ったマードック大佐。
 誰が欠けても今の地球は無い。
 木の枝にモズのはやにえが刺さる世界も、朝が来れば鳥たちがさえずる世界も。



 ブルーと二人、モズが止まっていた木を眺めながらハーレイが呟く。
「まあ、結局は、人間だろうな。…この地球を取り戻したのは人間なんだ」
「そうだと思うよ、地球を壊したのも人間だけど…」
 だけど、ちゃんと青い地球は戻って来たよ。
 人間が道を間違えなければ、青い地球はちゃんと蘇るんだよ。
「しかし、お前がメギドを沈めなかったら、その人間は何処にもいなかったわけで…」
「それは無し」
 それは無しだよ、とブルーはハーレイの言葉を遮った。
「ぼくじゃなくって神様だよ、きっと」
 神様が人間を守ってくれて、地球を元の姿に戻せるようにと手伝ってくれた。
 地球に自然が戻って来るよう、神様が手伝ってくれたんだよ。
 モズがはやにえを作る世界も、朝になったら鳥が鳴く世界も、前のぼくは知らなかったもの。
 知らなかったものを作れはしないし、元の姿に戻せもしないよ。
 この青い地球は神様が元に戻した世界。
 きっと神様にしか出来ないことだよ、何もかも…。
「そうだな、神様に感謝しないとな」
 お前にも会わせて下さったしな。この地球の上で。
「うん。ハーレイと二人で青い地球まで来られて良かった」
 ちゃんと二人で地球に来られたよ、ハーレイと一緒に青い地球まで。
 モズが居て、朝は小鳥がさえずる世界にハーレイと来たよ…。



 キィーッ!
 甲高い声が響いて、庭で一番大きな木へと飛び込んだ小鳥。
 さっきのモズが戻って来たのか、別のモズかは分からないけれど。
「ハーレイ、来た!?」
「うむ、モズだな」
 ふーむ、と目を凝らすハーレイに向かってブルーは叫んだ。
「言わないでよ? 何か刺さってても言わないでよ!?」
「安心しろ、何も刺さっていない」
 それにしてもだ。
 お前のその不器用さは何とかならんか、前と同じタイプ・ブルーだろう?
「無理!」
 だからトカゲが刺さっていたって見えないよ。
 見えなかったら分からないから、モズを嫌いになったりしないよ。
「屁理屈を言うな、単なる不器用のくせに」
「自然に優しい不器用なんだよ」
 木の枝にトカゲが刺さっても平気なように出来てるんだよ、とブルーは微笑む。
 アルタミラを思い出さなくて済むし、モズも嫌いにならないから、と。
 ハーレイと二人、枝に止まったモズを見ながら語り合って、地球で暮らせる幸せを思う。
 自分たちはなんと幸運なのかと、なんと恵まれた場所に生まれたことか、と。
 朝は鳥たちの鳴く声で目覚められる世界。
 前の生では夢にも思わなかったと、この世界で共に歩いてゆける、と……。




         鳥が鳴く世界・了

※シャングリラの中にはいなかった小鳥。役に立つ鶏だけしかいなかった世界。
 けれど今では、小鳥の声で目覚められる朝。庭にモズまでやって来るのが地球なのです。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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