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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

お裁縫も得意

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




初めての中間試験が終わってホッと一息の1年A組。入学式の日の約束通りに試験に登場した会長さんは例によって見事にクラス全員に全科目の百点満点をもたらしました。お蔭で1年A組はぶっちぎりの学年一位で、グレイブ先生も大満足の結果でしたが…。
「かみお~ん♪ お弁当、届けに来たよ!」
昼休みの1年A組の教室に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。トコトコと教室の一番後ろの机に向かい、「はい」と大きなバスケットを。
「ありがとう、ぶるぅ。今日のは何だい?」
机の主は会長さん。学年一位な発表を見届けるべく朝から教室に来ています。いえ、そう言えば聞こえはいいんですけど、本音はクラスメイトの感謝と称賛の声が聞きたいだけ。ついでに豪華弁当を自慢し、午後の授業はまるっとサボッてトンズラするのが毎度のパターン。
「えっとね、サンドイッチとスープなの! カリフラワーのポタージュスープにしてみたよ。サンドイッチはローストビーフとサーモンと…」
ズラズラズラと美味しそうな具を羅列する「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、教室中がゴクリと生唾。会長さんがバスケットを開け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョイと何処からか子供椅子を取り出してチョコンと座ると周囲にたちまち人垣が…。
「うへえ…。派手にやってるぜ」
サム君が自分のお弁当箱の蓋を開けながら後ろを振り返り、キース君が。
「いつものパターンだ、放っておけ。どうせ俺たちの分は無いんだからな」
「ですよね、会長、自慢出来ればいいんですもんね」
ぼくたちは侘しい昼食ですよ、とシロエ君も。とはいえ、机を適当にくっつけてお弁当タイムな私たちのお弁当の中身もそこそこです。会長さんがお弁当自慢をやらかす日だ、と誰もが家で予告をしていますから、ママたちも気合が入りますし…。ん?
「…おい、キース。お前、本当に侘しくねえか?」
「うわー、ホントだ…。何それ、何かやらかしたわけ?」
海苔弁以下、とサム君とジョミー君が思い切り正直な感想を。キース君のお弁当箱には白い御飯がビッチリ詰められ、パラパラと胡麻が振られていました。ただそれだけ。梅干しすらも入っていません。これって、あまりにあんまりなのでは…。
「そう見せかけて凄いんじゃない? 実は焼肉弁当です、ってオチでしょ、キース?」
御飯の間に挟むパターンがあるものね、とスウェナちゃんが覗き込みましたが。
「…違うんだ。今日は本当にこれしか無くてな…」
上から下まで白米オンリー、胡麻が振ってあるのは御愛嬌だ、とキース君。えっ、本当に本当ですか? 豪華弁当と張り合おうって日に海苔弁以下って、まさかイライザさんのウケ狙い…?



キース君以外の面子のお弁当には海老フライとか、ミートボールとか。ジョミー君はハンバーグまで入っていますし、御曹司のマツカ君は凝ったテリーヌなんかも。そんな中で白米オンリー弁当。インパクトだけはありますけれども、イライザさんって凄いんだぁ…。
「キースのお母さん、やる時はやるね…」
ホント凄すぎ、とジョミー君が褒めると、キース君は。
「いや、おふくろのセンスではない。それに狙ったわけでもない。…朝イチで枕経が入ってな…。親父の支度と、その後の段取りでバタバタしていて弁当がお留守になったんだ」
「宿坊の人もいるでしょう?」
そっちに朝食を出す筈ですよ、とシロエ君が指摘。
「ついでに作って貰えば良かったんですよ、キース先輩」
「…その発想は無かったな…。気がついたらバスの時間が迫っていたし、慌てて制服に着替えて弁当箱に飯だけを詰めた」
「キース先輩の自作ですか?」
「そういうことだ」
悪かったな、とキース君が白米オンリー弁当を頬張る姿に、マツカ君が。
「舌平目の一口フライですけど、おかずにどうぞ」
白米の上に置かれたフライに「有難い」と合掌しているキース君。私たちは自分のお弁当箱を眺め、数が多めに入っているものを一つずつキース君に譲りました。これで少しはお弁当らしくなったかな、と笑い合っていると。
「かみお~ん♪ キースのお弁当、これもあげるよ!」
はいどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れ、ボワンと机の上にお皿が。ローストビーフやサーモンのスライスが何枚も乗っかっています。こ、これはいったい…?
「ブルーのサンドイッチに挟んだ残り! ブルーがね、キースに分けてあげなさい、って!」
「そ、そうか…。感謝する」
申し訳ない、とキース君が頭を下げて、人垣の向こうの会長さんにも。
「すまん、有難く頂いておく。世話をかけた!」
「どういたしまして」
会長さんが椅子の上にでも立ったのでしょうか、人垣の上から顔を覗かせました。
「スープも沢山作ったからねえ、みんなでどうだい? カリフラワーのポタージュなんだよ」
「美味しいよ! ぼくの自信作~!」
食べて、食べて! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ね、私たちの机にホカホカと湯気の立つスープカップが一つずつ。ちゃんとスプーンも添えられています。うわぁ、ありがとう、キース君! 白米弁当のお蔭で会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお相伴ですよ~!



熱々のカリフラワーのスープは絶品でした。滑らかな舌触りに自然な甘み。お弁当タイムにインスタントじゃない作り立てスープを飲める贅沢、幸せだなぁ、と味わっていると。
「…あれ?」
なんかみんなの視線がこっちに、とジョミー君。顔を上げてみれば、会長さんの机を取り囲んでいたクラスメイトたちが私たちに注目しています。…なんで?
「見たか、スープのカップが出たぞ」
「出た、出た! ついでにスプーンも出たよな」
「でもって食えるみたいだぜ? マジックじゃなくて本当に食えるみたいなんだが」
ザワザワしているクラスメイトたち。…そ、そういえば瞬間移動って、まだ披露していなかったような…。今年の1年A組の面子は今ので初めて見たのです。とはいえ、これからは馴染みの技になるんですから問題なし、と無視してスープを啜っていると。
「会長、今のは何なんですか!」
クラスメイトたちは疑問を会長さんに直接ぶつけました。
「スープカップが降ってわいたとしか見えないんですが!」
「そうです、その直前には肉とかを盛り付けた皿がボワンと!」
あれはいったい何なんです、と口々に騒ぐクラスメイトたちに、会長さんは。
「ぶるぅの力の一つだよ。試験で満点を取らせるだけだと芸が無いだろ、他にも色々あるんだよ。ね、ぶるぅ?」
「うんっ! ぼく、お料理が大好きなの! お掃除も好きだし、お裁縫とかも」
お家のことは何でもするよ、と会長さんの隣に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が胸を張ると。
「いや、えーっと…。料理とか、それに裁縫とか?」
「そういうのは別に不思議と言わないんじゃあ…」
普通だよな? と顔を見合わせているクラスメイトたち。
「もっとこう、何かパァーッと派手で物凄い力ってヤツは?」
「…えとえと…。ぼく、お料理はプロ並みだよ! ドレスとかだって作れるし!」
ホントだよ、と力説する「そるじゃぁ・ぶるぅ」の論点は明らかにズレていました。クラスメイトたちは「うーん…」と唸って、両手を広げて。
「こりゃダメだぁ…。ボワンと出せる力だけかよ…」
「それで充分、すげえんじゃねえか? 普通は絶対無理だしな!」
「ちがいねえ。…おっと、昼休みが終わっちまうぜ」
飯だ、飯だ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を囲んでいたクラスメイトたちは慌てて戻ってゆきました。男子も女子も、もれなくです。思わぬ所で瞬間移動が披露されましたが、カリフラワーのスープ、冷めても美味しい~!



お弁当を食べ終えた会長さんは「それじゃ、ぼくはこれで」と鞄を手にして帰って行ってしまいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も空になったスープカップとスプーンを回収に来てバスケットに入れると、「じゃあね~♪」と手を振り、サヨウナラで。
「やっぱり午後はサボリだったね」
来なかったね、とジョミー君。終礼に来たグレイブ先生も会長さんが消えた件については特に何も言わず、1年A組の学年一位を改めて褒めただけでした。定期試験は毎年、毎回、このパターン。試験終了日の打ち上げパーティーと同じく、判で押したようにお決まりのコース。
「ブルーがサボるのは普通だけどよ、今日は珍しいパターンだったぜ」
キースのお蔭で、と放課後の中庭を歩きながらサム君が。
「惨めな弁当が出て来なかったら、カリフラワーのスープは無かったんだしよ」
「それは言えてる! アレ、美味しかった!」
教室でっていうのが最高なんだよ、とジョミー君が指を立て、シロエ君も。
「そうですね! 会長の家で食べても美味しいですけど、お弁当が基本な教室って場所がグンと気分を盛り上げるんです」
ピクニックとかと同じ理屈かも、と言われて納得。普段とは違う場所で食べると同じものでも違うもの。今日のスープは美味しかった、と私たちは御機嫌で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入って行ったのですけど。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
パッと立ち上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに駆けてゆきました。でも…。いつもは綺麗に片付いているテーブルの上にスケッチブックや画用紙なんかが雑然と散らかり、色鉛筆が沢山入ったケースも。これって、何?
「あ、ごめん、ごめん。散らかしちゃってて」
ちょっと夢中になっちゃってね、と会長さんが画用紙を集めてスケッチブックと一緒に重ね、色鉛筆のケースも蓋をして奥の小部屋にお片付け。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にお絵描きしてたのでしょうか?
「そんなトコかな。あれこれやってて、ついつい時間が」
どうぞ座って、と会長さんに勧められてソファに腰を下ろすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルを拭き、オレンジシフォンケーキが出て来ました。コーヒーや紅茶も配られ、オレンジの香りも高いケーキを食べながらのティータイム。まずはキース君がお昼の御礼を。
「今日は思いがけず御馳走になった。礼を言う」
「どういたしまして。白米弁当とは悲惨だったねえ、副住職」
それでも持って来ただけマシか、と会長さん。そっか、持たずに来るっていう選択肢もありましたっけ。コンビニ弁当を買ってくるとか、パン屋さんとか。キース君、真面目だったんだぁ…。



潔く白米弁当を持参したキース君の勇気を讃えて万歳三唱。本人曰く、お弁当自慢の日だと思い込んだら一直線で「持って行かない」という考えは浮かびもしなかったそうですが…。
「本当に必死だったんだ。とにかく弁当を持って行かねば、と」
「それで白米オンリーだもんね、なんか凄すぎ」
ふりかけとかは無かったわけ? とジョミー君が訊くと、キース君は。
「普段、あんまり食べないからな…。何処にあるのか分からなかったし、とりあえず胡麻で」
「胡麻はその辺にあったんだ?」
「寺だからな」
精進料理の基本は胡麻だ、とキース君。どうやら御本尊様にお供えするお膳用の胡麻を失敬してきたみたいです。御本尊様とペア弁当か、と思わず吹き出す私たち。そこへ…。
「よし! 御本尊様とペア弁当までやった勇者なら大丈夫だ!」
君なら出来る、と会長さんがキース君にビシッと人差し指を。えっ、何ですか、何のお話?
「キースを真の勇者と見込んで、とびきりの栄誉を与えよう」
「「「は?」」」
キース君も私たちも『?』マークで一杯でした。勇者って、それに栄誉って?
「ぶるぅのパワーを披露するための広告塔だよ、1年A組のみんなが期待してたろ?」
「かみお~ん♪ お裁縫の腕もスゴイんだよ、って自慢したいの!」
是非よろしく、とウインクを飛ばす会長さんと、瞳を輝かせる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。広告塔だの、お裁縫だのって、全然話が見えませんけど…?
「広告塔って言ったら分からないかな、モデルって言えばいいのかな? ぶるぅの自作の服を着込んで授業に出てくれればいいんだけれど」
「なんだって!?」
キース君がガタンと立ち上がりました。
「ぶるぅの自作の服で授業だと!? それは校則違反だろうが!」
「だからそこだよ、大切なのは。クラスのみんなは瞬間移動よりも派手なパワーに期待している。だからこの際、サイオニック・ドリーム! 全校生徒にはキチンと見えて、先生方には制服に見える素晴らしい服を披露しようかと」
「ほ、本気か…?」
「本気だってば、思いっ切りね」
ぶるぅとあれこれ考えたんだ、と会長さんはニッコリ微笑みました。
「ぶるぅパワーと裁縫の腕を両立させる素敵企画だ、もちろんやってくれるだろう? 白米弁当の恩もあるしね、副住職」
否を言わせない迫力の台詞。キース君は「バレないのならな…」と渋々、頷いたのでした。



「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーとお裁縫の腕を宣伝するための広告塔。キース君が引き受けた途端、会長さんは奥の小部屋へと。さっき画用紙やスケッチブックを片付けた部屋です。そんな所に何の用が、と誰もが首を捻っていると。
「…さて、どれにしよう? キース、好みの服はあるかい?」
あれば言ってよ、と会長さんがズラリ並べた画用紙に描かれたデザイン画。色鉛筆で色もつけられ、実にお洒落でカラフルですけど、このデザインって…。
「な、なんだこれは!」
キース君の声が引っくり返り、会長さんがしれっとした顔で。
「ロリータ・ファッション」
「「「ロリータ?」」」
「そう、ロリータ」
可愛いだろう、とデザイン画をめくる会長さん。
「フリルひらひら、リボンにレースに、ふんわりスカート。ぶるぅの裁縫の腕をアピールするには一番なんだよ、こういうのがね」
「かみお~ん♪ この服はどう? 背中をリボンで編み上げみたいに閉じるヤツなの、腰におっきいリボンもつくよ!」
スカートの形も可愛いんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコニコ。
「下のパニエが見えてるような感じに仕上げてレースたっぷり! この辺とかにリボンを沢山つけてもいいよね、ブラウスもレースたっぷりで!」
袖口なんかもヒラヒラだもん、と小さな指先が示すブラウスは膨らんだ袖と袖口に重なったレースがなんともゴージャス。背中の編み上げデザインがいいでしょ、と言うジャンパースカートと共に仕立てるのに手間がかかりそうです。
「…こ、こんなのを俺が着るのか…?」
引き攣った顔のキース君に、会長さんが。
「何か問題でも? 校則違反はサイオニック・ドリームでバッチリ解決、ぶるぅのパワーを大きく印象付けられる。それに裁縫が上手いというのもロリータファッションならインパクト大!」
「……そ、そんな……」
「四の五の言わずにビシッと着る! 他のデザインでもいいけどさ」
お好みは? と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が広げるデザイン画はどれでも似たり寄ったりでした。色も形もバリエーションだけは豊かですけど、どう転んでもロリータファッション。ふんわりスカートとひらひらテイストは外せないポイントというわけで…。
「く、くっそぉ…。煮るなり焼くなり、好きにしやがれ!」
俺も男だ、とキース君が叫び、私たちは思わず拍手喝采。ここまで過激なロリータファッション、スウェナちゃんと私でもキツイですってば…。



お裁縫の腕を披露出来ることになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は張り切りました。放課後のおやつは手抜きなしですが、衣装の方も着々と。奥の小部屋からミシンの音がダダダダダ…と響く日もあれば、細かい部分を手縫いするとかで物音ひとつしない日も…。そして。
「かみお~ん♪ やっと出来たよ、キースの服!」
「らしいよ、お披露目は明日ってことで。よろしく、キース」
朝一番で此処に来るように、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えっとね、下着とか靴も用意しとくから、制服のままでこっちに来てね!」
「く、靴もか…?」
「決まってるでしょ? スニーカーとかじゃ似合わないもん!」
スカートと共布の可愛らしいのを作ったよ、と自慢する「そるじゃぁ・ぶるぅ」は靴まで作ってしまったようです。スゴイ、と息を飲んでいると。
「ちゃんとバッグも作っちゃったぁ! 鞄が無いと授業に出られないもんね!」
「バッグだと?!」
「うんっ! ハートの形になってるんだよ♪」
だけど強度と収納スペースはバッチリだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自信満々。どうやらキース君は鞄の中身も入れ替える羽目に陥る模様。サイオンでパパッと着替えさせる技は今まで何度も見て来ましたけど、明日のキース君はどうなるのやら…。
「……俺の人生、明日で終わった……」
キース君がボソリと呟く帰り道。ハイテンションだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが壮行会と称して豪華なデザートバイキングを開催してくれ、私たちは大いに満足、満腹。キース君の前途に乾杯です。終わったなんて言ってますけど、どうせ先生方には見えないんですし…。
「ああ、先生方には見えないだろうさ。…しかしだ、生徒はもれなく見るんだ!」
「見えなきゃ広告塔って言わないし!」
見えてなんぼ、とジョミー君。
「それにキースが引き受けたんだし、文句があったらブルーに言えば?」
「それが出来たら誰も悩まん!」
相手はブルーで銀青様だ、と悩みをズルズルと引き摺りながら、キース君は元老寺の方面へ向かう路線バスに足取りも重く乗ってゆきました。私たちはバス停で無責任に手を振り、明日は始発のバスで来ようとガッチリ約束。キース君の変身過程を最初から見なくちゃ損ですよ~!



翌日の朝、校門前で待ち受けていた私たちの姿にキース君は露骨に顔を顰めましたが、怯むような面子は一人もおらず、みんな揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。
「かみお~ん♪ キースのお洋服、素敵でしょ?」
見て、見て! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。レースとフリルたっぷりの白いブラウスに、リボンが幾つも縫い付けられた可愛いピンクのジャンパースカート。デザイン画よりも遙かにゴージャスな仕上がりのソレは凄すぎで。
「…こ、これを着るのか…」
覚悟を決めていた筈のキース君さえ腰が引けています。しかし会長さんが奥の小部屋からピンクのサテンのハート型のバッグを持って来て。
「まずは荷物を入れ替えたまえ。忘れ物まではフォローしないし、教科書に筆箱、ティッシュなんかも忘れずにね。…そうそう、今日は柔道部は?」
「誰が出るか!」
今日は休みだ、と吐き捨てるように言い、キース君は鞄の中身をハートなバッグへ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の自信作だけあって、華奢な作りに見えていながら重い教科書やノートを入れても型崩れしない出来栄えです。ハート模様の刺繍なんかも可愛いなぁ、と眺めていると。
「荷物が出来たら着替えだね。制服とアンダーシャツを脱いだら、これを着て」
「「「………」」」
会長さんがビラッと広げたものはレースびらびらのキャミソールとペチコート。それもまさかの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手製で。
「下着のサイズが合ってないとね、服が綺麗に着られないらしい。遅刻したくなければさっさと着替える!」
「……そこまでするのか……」
どうして俺がこんな目に、とキース君は泣きの涙で制服とアンダーシャツを脱ぎ、キャミソールとペチコートを身に着けました。お次はふんわり膨らんだパニエ。ブラウスに袖を通し、ジャンパースカートを着れば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が背中の紐を編み上げてキッチリ結んで。
「わーい、サイズもピッタリだぁ! 後は靴下を履いて、この靴だよ!」
「…分かった。これで仕上げだな?」
真っ白な靴下もまたレースびらびら、ジャンパースカートと共布のピンクの靴はリボンを編み上げてふくらはぎまで。これは凄い、とキース君のロリータファッションを眺めていると。
「はい、仕上げは頭にヘッドドレス~♪」
これがなくちゃキマらないもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が白いレースとピンクのリボンで出来たカチューシャもどきをキース君の頭に被せて、顎の下で白いリボンをキュキュッと。うひゃあ、ここまでやりますか! もう完璧なロリータファッション、装飾過剰の域ですってば…。



「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
ちゃんと制服に見えるんだろうな、と教室に向かう廊下でキース君は何度も念押し。けれど…。
「ごめん、ぼくたちも生徒だからさ…」
その服にしか見えないんだよね、とジョミー君が言いにくそうに。
「キース先輩、事務局に顔を出してみますか? あそこだったらエラ先生が」
「馬鹿野郎! 飛んで火に入る夏の虫というヤツだろうが!」
エラ先生は風紀の鬼だぞ、とキース君。この格好で出くわした日には、特別生といえども停学は免れないでしょう。厳しいという点ではグレイブ先生も同様です。会長さんが操っているサイオニック・ドリームが本物かどうかは先生方に出会う時点まで分からないわけで…。
「広告塔だと言っていやがったのを信じるしかないな。…万が一の時には停学か…」
ブツブツと呟きながらキース君が歩く廊下に人影はまだありません。他の生徒が登校するには少し時間が早すぎるのです。グラウンドへ行けば朝練の生徒が多分大勢いるでしょうけど。
「グラウンドに行くっていうのはどうだよ? シド先生とかいるんじゃねえか?」
そこで試せよ、というサム君の意見をキース君は即座に却下しました。
「シド先生はチェックするには最適だが…。他の生徒が問題だ。朝練の邪魔をするのはマズイ」
「お前が見られたくないってだけの話じゃねえかよ」
どうせ時間の問題だぜ、とサム君が言い終えるのと同時に1年A組の前に到着。扉をガラリと開けて入ってゆくと…。
「「「あーーーっ!!!」」」
すげえ、と中から歓呼の嵐。ど、どういうことですか、なんでクラスメイトがこんなに沢山…!
「夢で言われたとおりだったな!」
「ぶるぅのパワーってすげえんだなあ、夢枕にまで立つのかよ!」
そしてコレが夢で言ってた力作だな、とキース君に群がるクラスメイトたち。
「凄いわ、ホントの本物よ~!」
「どうなってんだよ、これ? ちょっとスカートめくってもいいか?」
「ま、待ってくれ、これには事情が…!」
それに俺にも心の準備が、とキース君はパニックですけど、クラスメイトたちはお構いなし。
「いいって、いいって! ちゃんとぶるぅに聞いてるし!」
「そうよ、今日はモデルをするのよね? 全校生徒限定で!」
先生方には見えないのよね、と女子はキャーキャー、男子はワイワイ。ハート型のバッグは手渡しで回覧されつつあります。会長さんったら、ご丁寧に夢で宣伝しましたか! うわぁ、隣のクラスからも人が来ましたよ、この後はもう口コミで学校中に拡散ですねえ…。



やがてキンコーン♪ と予鈴が鳴って、隣近所からの見物客は立ち去り、クラスメイトたちも自分の席へ。キース君も緊張の面持ちで座っていますが、パニエで膨らんだスカートは椅子の両脇からはみ出しています。机の横には学校指定の鞄の代わりにハート形をしたピンクのバッグが…。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が靴音も高く入って来ました。教室中をグルリと見渡し、満足そうに。
「ふむ、今日も全員出席、と…。服装の乱れも無くて大いに結構。それでは今から出欠を取る。…ん? どうかしたかね?」
私の顔に何かついているかね、と尋ねるグレイブ先生に、クラスメイトたちは声を揃えて。
「「「なんでもありませーん!」」」
「…そうか。では、締まらない笑顔は慎むように。キース・アニアン!」
「はいっ!」
今年の名簿ではキース君が一番でした。ピシッと背筋を伸ばして答える頭にはレースびらびらのヘッドドレスが揺れ、服はピンクのロリータファッション。けれどグレイブ先生は淡々と次の生徒の名を呼び、朝のホームルームは何事もなく…。
「すげえや、あれがぶるぅの不思議パワーかよ!」
バレなかったぜ、とクラスメイトたちに取り囲まれたキース君は一躍、クラスの英雄です。
「これって写真に撮れるのかな? あれっ、撮れねえ…」
「ホントだ、制服が写るんだ…。先生に見えてるのはこっちのバージョンなんだな?」
ますますスゲエ、と話題沸騰。噂は光の速さで広がり、お弁当を広げる昼休みには上の学年からも見物客が次々と。上級生は「学園祭でこの力を使った出店がある筈」とサイオニック・ドリームが売りの『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』の宣伝までしていってくれました。
「すげえな、そるじゃぁ・ぶるぅって…。1年A組で良かったぜ!」
「うんうん、マジで一年間、色々楽しめそうだしな!」
ワクワクしている男子がいれば、ドキドキしている女子たちも。
「こんなドレスが作れるなんて凄すぎよ! もしかして靴も手作りかしら?」
「あ、ああ…。まあ、そう聞いているが」
キース君が答えると「キャーッ!」と黄色い悲鳴が炸裂。
「こういうのって買うととっても高いでしょ? バッグだって安物だとすぐに破れちゃうし…。お願いしたら何か作って貰えるのかしら、ダメ元でお願いしようかしら?」
「そうね、ついでに会長さんとお近づきになれたら最高かも!」
「い、いや、それは…」
悪い事は言わんからあいつはやめとけ、というキース君の忠告は無視されました。キース君にこれを着せちゃった人が会長さんだと大声で言ったら女子生徒の熱は収まるでしょうか? ううん、嘘だと流されて終わりでしょうねえ、超絶美形な会長さんの人気は半端じゃありませんから…。



「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーとお裁縫の腕の動く広告塔、キース君。移動教室でも全くバレず、午後の授業も無事に終わって残るは終礼だけという時。
『ちょ、ちょっと…!』
「「「???」」」
会長さんの悲鳴のような思念が頭の中に響きました。何だろう、と顔を見合わせましたが、同じサイオンを持つ特別生のアルトちゃんとrちゃんは知らん顔です。ということは、今の思念波は私たち七人グループ限定。いったい何が、と思った瞬間。
『ダメだってばーっ!!!』
会長さんの絶叫が聞こえ、教室の前の扉がガラリと。
「諸君、終礼…」
そこまで言ったグレイブ先生がピキンと固まり、入口でワナワナと震えています。一度青ざめた顔がみるみる真っ赤に変わって、出席簿でバァン! と壁を殴ると。
「な、なんだ、その服は、キース・アニアン!!!」
「…えっ?」
「しらばっくれるな! 答えてみろ、今日はハロウィンかね、カーニバルかね?!」
「「「………!!!」」」
バレた、と私たちは瞬時に悟りました。グズグズしてはいられません。何が起こったか分かりませんけど、サイオニック・ドリームが解けたのです。証拠写真を撮影されたり、このまま連行されたりしたらキース君はたちまち停学の危機。ここは急いで逃げるしか…!
「キース先輩、逃げて下さい!」
シロエ君が叫び、サム君が。
「急げ、捕まったら終わりだぞ!」
「こらぁっ、お前たち、さては共犯か! 全員、今すぐ…」
「「「失礼しまーすっ!」」」
最後まで言わせず、私たちは教室を飛び出しました。キース君はハート形のバッグをしっかりと抱え、私たちも自分の鞄を持って。クラスメイトたちのエールを背中に、ひたすらダッシュ。
「頑張ってー!!」
「最高のショータイム、ありがとうなー!!」
「そるじゃぁ・ぶるぅと会長によろしくーっ!!!」
あぁぁ、みんなパフォーマンスだと信じていますよ、これって不幸な事故なのに! あっ、向こうから教頭先生?! すみません、私たち、急ぐんです! こんな格好で失礼しますーっ!!!



「廊下を走るな」と言いたかったらしい教頭先生は、キース君のロリータファッションと私たちの必死の形相に圧倒されたか、ザッと壁際に退避しました。その前を駆け抜け、中庭で出くわしたゼル先生の怒声をぶっちぎり、息を切らして走り込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋では…。
「こんにちは。凄いね、その服」
「「「!!!」」」
ちょっと見せて、とツカツカと近付いてくる会長さんのそっくりさん。紫のマントの正装でなくても分かります。もしかしなくても、サイオニック・ドリームが解けたのは…。
「…ごめん。ブルーがロリータファッションに興味を持っちゃって…」
申し訳ない、と頭を下げる会長さん。
「え、別にいいだろ、少しでも早く見たかったんだし…。あのままだったらまだ一時間は此処に帰って来そうもないし」
学校中の人気者、とソルジャーはいけしゃあしゃあと。
「サイオニック・ドリームが解けてしまったら逃げるより他に無いからねえ? ちょっとブルーと勝負をね」
「…で、負けたんだな?」
あんたの方が、とキース君が会長さんをギロリと睨んで。
「停学になったらどうしてくれる! あんたが絶対安全だと言うから引き受けたんだぞ、広告塔を! 俺の立場はどうなるんだ!」
「ああ、それねえ…。ぼくが見たくて呼んだんだからさ、万一の時にはフォローはバッチリ! 証拠隠滅も記憶操作も任せといてよ、SD体制の世界に比べりゃチョロイもんだし」
それよりも、とソルジャーはキース君の姿を上から下まで眺め回しました。
「これがロリータファッションかぁ…。裁縫の腕を競う服だと思ってたから、普通に覗き見してたんだけど…。今日はノルディとランチに出掛けて、そこでキースの話をしたらさ、ノルディが「もったいないですねえ、キースには…」って」
「「「は?」」」
「なんか、そそられる服なんだって? この下はどうなっているんだろうとか、どう脱がすのが素敵だろうとか…。過剰包装の極みみたいなファッションだからさ、脱がしてみたいって気持ちになったらワクワクしてくるタイプの服だと」
普通の男は着ないらしいけどね、と片目を瞑ってみせるソルジャー。
「でもさ、女装が好きなタイプの男の中にはこっち系が売りのもいるらしい。ノルディは場数を踏んでいるから、そういう系のも好みだそうだよ。でもって、ぼくのハーレイにお勧め」
この手の服で燃えそうだってさ、とソルジャーはキース君のスカートをヒョイとめくって。
「うん、いいね。…めくっても中がまるで見えない」
ぶるぅ、ちょっと、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手招きを。これは良くないフラグのような…。



「んとんと…。ブルーだったらピンクもいいけど、もっと赤いのも似合いそう!」
大人っぽい感じになっちゃうけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がデザイン画を幾つも並べています。テーブルの上にはレモンクリームたっぷりのシトロンのタルトが置かれていますが、ソルジャーはそれどころではないらしく。
「うーん…。ハーレイの好みはどっちだろう? 大人っぽいのか、ふんわりお姫様テイストか…。ねえ、君たちはどう思う?」
「知らないよ!」
会長さんが突っぱね、キース君も。
「知るか! それより、これは脱いでもいいのか!?」
「あーっ、ダメダメ! 脱がす過程が大事なんだってノルディが言ったし、参考のために後でじっくりと…。いいだろう、キース? 脱がすくらいは」
君に手を出したりはしないからさ、と言われたキース君、顔面蒼白。
「ちょ、ちょっと待て…! なんであんたが…!」
「どうせ自分じゃ脱げないだろう? 背中の方とか無理だと思うよ、着る時もぶるぅが着せていたしね。ぶるぅかぼくかの違いだけだよ、後で是非!」
何処から脱がすかも参考までに、とソルジャーは赤い舌で自分の唇をペロリ。
「ヘッドドレスは最後がいいかな、それとも靴と靴下を残すべきかな? とにかくぼくが脱がしたいから、そのまま着てて」
ぼくのドレスが決まるまで、と言うなりキィン! と青いサイオンが走り、キース君が慌ててヘッドドレスを結び付けた顎のリボンに手をかけて…。
「…ほ、ほどけない…?」
「マジかよ、ぶるぅが普通に結んでたぜ?」
ほどけるだろう、とサム君がリボンを掴んだものの、結び目はビクとも動かないらしく。
「無理、無理! ぼくのサイオンで縛ったからねえ、君たちじゃ絶対ほどけないね。ドレスも靴も全部そうだよ、ぼくが脱がすまで待っててくれれば簡単、簡単」
「…ま、待て! 俺はあんたに脱がされる趣味は…!」
「いいじゃないか、別に減るもんじゃなし…。それより、ぶるぅ。背中はやっぱりリボンで締めるタイプがいいかな、手間暇かかるっていう意味ではさ」
「かみお~ん♪ 脱がしにくいのを選ぶんだったらお勧めだよ!」
キースのと同じタイプだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーのために作るドレスのデザイン選びに燃えていました。そしてソルジャーは後でキース君をじっくり脱がせるつもりです。キース君は会長さんに必死に助けを求めていますが、会長さんにも不可能らしく。
「…ご、ごめん…。サイオニック・ドリームが解けた責任はブルーに取らせるし、その対価だと思って耐えて! 多分、脱がされるだけだから…。手つきが多少アヤシイかもだけど、実害は無い筈だから…!」
「耐えられるかーっ!!!」
殺される、というキース君の悲鳴を私たちは耳を塞いでスル―しました。キース君には悪いですけど、ここは一発、人柱! ソルジャーの興味はキース君の方へと向いてますから、広告塔らしく最後まで! ロリータファッションを極めたいソルジャーのフォローよろしくお願いします~!




          お裁縫も得意・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 キース君のロリータファッションですけど、元ネタ、実はあるんですよね、本家キースで。
 放映当時に出たスピンオフ漫画、『青き光芒のキース』。当時はスルーしてましたけど。
 今頃になって読んだらキースが女装で、「公式でやっていたんなら!」と…。
 来月は第3月曜更新ですと、今回の更新から1ヶ月以上経ってしまいます。
 よってオマケ更新が入ることになります、3月は月2更新です。
 次回は 「第1月曜」 3月7日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、2月は、ソルジャーをスカウトしたい人物が現れたようで…。
 






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