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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ドングリのコマ

「ほら、ブルー」
 ハーレイの手のひらから、テーブルの上にコロンとドングリ。ぼくの家にはドングリがなる木は生えてないけど、ハーレイの家にはあるんだろうか。一度だけ遊びに行った時には庭の木まで全部見てはいないし、気が付かなかったけど…。瞬間移動しちゃった時には庭どころじゃなかったし。
 それともハーレイの家のじゃなくって、隣町のお父さんとお母さんが住んでる家の木?
 庭に夏ミカンの大きな木があるって聞いている。ハーレイが子供だった頃、白い猫のミーシャが登って下りられなくなってしまった木も。
 何処の木に出来たドングリだろうか、と眺めていたら。
「これ、知ってるか?」
「えっ? うん、知ってるよ。ドングリでしょ?」
 ぼくの家の庭には落ちてないけど、小さい頃から知ってるよ。
 歌もあるよね、可愛いのが。幼稚園の時に教わったよ。
「ふむ。ドングリころころドンブリコ、ってか?」
「そう! お池にはまって、さあ大変って」
 楽しい歌だったからよく覚えてる。
 ドングリの坊やが池に落っこちたら、ドジョウが出て来て「こんにちは」って言うんだ。
「まあ、ドジョウは此処には居ないんだがな。ドングリだけで」
「池も無いよね、ぼくの家には」
「生憎と俺の家にも無いな。親父の家にも」
 池は無いんだが、とハーレイはドングリを指先でチョン、とつついて。
「だが、その池に居るというドジョウは、だ」
 実はけっこう美味いんだぞ。
「ええっ!?」
 ぼくはビックリして目を見開いた。
 幼稚園で習った歌ではドングリの坊やに「一緒に遊びましょう」って声を掛けるドジョウ。親切なんだな、って思ってただけの小さな魚。
 ドジョウは郊外の小川で見かけたことがあるから知っているけど…。
 うんと小さな魚だったけど…。
 ハーレイ、あれを食べちゃったわけ?



 郊外の小川に泳いでたドジョウ。食べる部分なんて無さそうに見えた小さな魚。
 まさか、と驚いたけれど、でもハーレイは「美味いぞ」なんて言うから、訊いてみた。
「ドジョウ…。食べられるの?」
「美味いと言ったろ、もちろん食えるさ」
「…そうなんだ…」
 ホントにうんと小さいのに。
 あんなの、どうやって食べるんだろう、と考えた途端に思い出した。
(ひょっとして…)
 ぼくが食べたってわけじゃないけど、有名な白魚の踊り食い。SD体制の頃には無かっただろう独特の文化。ぼくとハーレイとが住んでる地域の、復活してきた食文化。
 白魚は半分透き通ったみたいな魚だけれども、サイズはドジョウに近そうだから。
「ハーレイ…。それ、もしかして踊り食いなの!?」
「ん? 知っていたのか、踊り食い」
 ハーレイがニッコリしたから、ぼくはギョッとして後ろに下がりそうになった。実際には椅子が重たかったお蔭で下がってないけど、ハーレイには表情で分かったみたいで。
「おいおい、勝手に勘違いするな。俺が食ったってわけではないぞ」
 ついでに白魚の踊り食いだって、食ったことは無いな。
 美味いと勧められたことはあるんだが、好き嫌い以前の問題でな…。
 あの頃は何故だか分からなかったが、今なら分かる。俺は何処かで覚えていたんだ。
 ブルー、お前なら何のことだか分かるだろ?
「…うん。アルタミラ…」
 ぼくはコクリと頷いた。
 前世の記憶を取り戻すまでは歴史上の事件なんだと思い込んでいたアルタミラ。
 そのアルタミラで何が起こったか、前のぼくたちがどんな目に遭わされたか。ぼくたちは生きて脱出できたけれども、死んでいった仲間の数の方が多い。
 過酷な人体実験の末に殺されていった仲間たち。奪われていった多すぎる命。
 前のぼくたちは知っていたから、記憶を取り戻す前から命を残酷に奪う行為には耐えられない。
 たとえ美味しくても、文化の一つでも、踊り食いなんて出来はしないし、食べられない。
 だって、魚は生きているから。
 生きたままの魚を口に入れるなんて、それは料理するための命の奪い方とは全く違うよ…。



 ぼくにとっては残酷すぎる踊り食い。ハーレイが食べたわけじゃないって分かってホッとした。ドジョウも白魚も食べてなくってホントに良かった。でも…。
(あれ?)
 白魚だって食べてない、って言ったってことは、やっぱりドジョウは踊り食い?
 小さいんだもの、踊り食いしか無さそうなんだけど…。
(だけどハーレイ、食べたんだよね?)
 美味いんだぞ、って話したんだもの、食べた筈。
 ぼくは心配になってきたから、確認してみることにした。
「ねえ、ドジョウって踊り食いなんだよね?」
「そうでもないぞ? もちろん踊り食いにする人もいるがな」
 ああ見えてドジョウは色々と食い方があるもんだ。
 有名なトコだと柳川鍋だな、煮込んで卵とじにする。ドジョウ汁や田楽なんかもあるしだ、他に唐揚げ、蒲焼きとかもな。
「蒲焼きって…。あんなに小さな魚なのに?」
「お前、ドジョウをよく見てみたか? ミニサイズのウナギみたいなモンだろうが」
 まあ、ドジョウもウナギも、どっちもシャングリラには居なかったがな。
「ドジョウは考えもしなかったけど…。確かにウナギは無理だったよね」
 前のぼくが憧れないでもなかった魚。
 ウナギは栄養があるというから、美味しいと本で読んだから…。



 シャングリラに本は沢山あった。
 閉ざされた船の中でしか生きてゆけない仲間たちのために、本は山ほど揃えてあった。データを見るだけなら本は要らないけど、紙で出来た本は心が和む。同じ情報を得るにしたって、ページをめくるのと画面を覗き込むのとは違う。
 だから沢山の本を作った。船のデータベースから情報を引き出して、本に仕上げた。
 そうやって出来上がった本は前のぼくも好きで、SD体制よりも前の時代の古い古い本を幾つも読んだ。その中にウナギの話もあった。夏の暑さが厳しい時期に食べると体力がつくとか。
 暑い盛りにウナギを食べる文化はSD体制の崩壊の後に復活してきて、今、ぼくたちが住んでる地域では「土用のウナギ」として定着してる。前のぼくが少しだけ憧れた、美味しいウナギ。
 だけどシャングリラではウナギを飼うのは無理だった。
 深い深い海で卵を産んで、広い海を泳いで川に上るウナギ。そんな環境をシャングリラの中では作り出せない。秋刀魚という字を書く秋が旬のサンマだって、回遊魚だから飼えなかった。
 ウナギもサンマも今の地球にはちゃんと居るけど、シャングリラの中には居なかった。
 もっとも、あの頃の地球にもウナギやサンマは居なかったんだけど。
 ハーレイが辿り着いた地球は青くなくって、死に絶えた星のままだったんだけど…。



 そんな昔のことを考えながら、ふと思い付いた。
 今のハーレイのお父さんは釣りが大好きで、ぼくを釣りに連れて行ってやりたいと言ってくれたほどの釣り名人。そのお父さんなら、もしかすると…。
「ハーレイのお父さん、ドジョウも釣るの?」
「いや、ウナギだけだ」
 ウナギは釣りもするし、仕掛けを沈めて獲ることもあるぞ。
 ドジョウはついでに獲れることもあるが、ドジョウ専門で川には行かんな。
「小さいからかな?」
「だろうな、手ごたえがある魚の方がいいんだろうな」
 でかい魚が釣れた時には大喜びだし、でなけりゃ変わった釣り方をする魚ってトコか。
 前に話しただろ、アユの友釣り。
「うん。ぼく、その釣りが見たかったのに…」
「親父とおふくろに紹介出来るようになるまで我慢しろ」
「ハーレイのケチ!」
 前のぼくと同じくらいの背丈に育つまで、ぼくはハーレイのお父さんとお母さんに会えない。
 隣町にある庭に夏ミカンの大きな木が誇らしげに枝を広げる家に連れて行っては貰えない。
 ハーレイのお父さんはぼくを釣りや川遊びや、キャンプ場に誘ってくれたのに。
 お母さんはぼくと一緒に家の近所を散歩したいって言ってくれたのに…。



「こらこら、そんなに膨れるな」
 ハーレイはテーブルの上のドングリを指先でコロコロと左右に転がして。
「その親父に、だ。教えて貰ったのがこいつでな」
「ドングリでしょ? 何の木のドングリかは知らないけれど」
 ぼくはドングリには詳しくはない。
 樫の木とかの木の実だってことは知ってるけれども、見ただけで何の木かは分からない。でも、ハーレイが考えてたことはドングリの種類じゃなかったみたいで。
「そうじゃなくてだ。こいつの遊び方を知ってるか?」
「ああ!」
 知ってる、とぼくは懐かしい子供時代を思い出した。今も子供だけど、もっともっと小さかった頃。学校にも行っていなかった頃。秋にはドングリで遊んでたっけ…。
 だから得意げに披露した。
「集めるんだよ、誰が一番沢山持ってるか。幼稚園で沢山集めていたよ」
 ドングリを沢山持ってると、うんと偉いんだ。
 家にドングリの木がある友達が羨ましかったよ、自分の家で拾い放題だもの。



 そう、ぼくの家にはドングリの木が無い。
 ドングリを沢山集めたくても、家の庭では拾えなかった。ご近所さんの庭とか、公園だとか…。そういう所で拾うしかなくて、それでも頑張って集めていた。パパとママも協力してくれた。
 というわけで、ドングリ集めでは上位者に食い込んでいたかもしれない、ぼく。
 凄かったんだよ、と自慢しようと思ったのに。
「違うぞ、こいつをこうやって…だ」
 見てろよ、とハーレイが持って来ていた荷物から出した爪楊枝。それと小さな錐。
 ハーレイはドングリのお尻の方って言うのかな?
 木の枝にくっついてた方の真ん中に錐で穴を開けて、其処に爪楊枝を差し込んだ。しっかり穴に刺さったかどうかを確かめてから、ドングリのお尻じゃない方をテーブルにつけて…。
「わあ…!」
 爪楊枝を摘んでいたハーレイの太い指がクルッと動いて、回り始めたドングリのコマ。
 クルクル、クルクル、艶やかな茶色のドングリが回る。まるで本物のコマみたいに。
「どうだ?」
「凄い…!」
 こんな遊び方、見たことないよ。
 ドングリは集めた数で遊ぶんだと思っていたよ…。



 初めて目にしたドングリのコマ。
 クルクルと回る姿を観察してたら、確かにドングリはコマにするのにピッタリの形。バランスが巧く取れそうな感じ。いびつな形のドングリだったら駄目だろうけど…。
 ハーレイは「そうか、知らんか」とドングリのコマを回しながら。
「本格的に作るんだったら、蒸して殺菌なんだがな」
「殺菌?」
「たまにドングリの中に虫が入っていることがあるんだ。そういうドングリでコマを作ると、後で後悔することになる」
 コレクションのコマを入れておいた場所が虫だらけになるのもそうだが、コマも駄目になるぞ。
 穴が開いちまう上に中身はスカスカ、それじゃ回ってくれないからな。
「そうなんだ…」
「しかしだ、こうやって少しの間だけ遊ぶんだったら蒸さなくてもいい」
 お前もやってみるか?
 面白いもんだぞ、ドングリのコマ。
 こういう作業は手先だけだしな、サイオンが不器用でも関係ないさ。
「サイオンが不器用は余計だよ!」
 プウッと頬っぺたを膨らませたけど、ドングリのコマは作ってみたい。
 ハーレイが作ってる姿は楽しそうだったし、クルクルと回るコマもとっても素敵だから。
 自然が作ったドングリからコマが作れるだなんて、素敵だから…。



 ぼくはコマ作りに挑戦してみることにした。
 ハーレイが持って来た小さな錐を借りて、ドングリと爪楊枝とを分けて貰って。
(んーと…)
 上手に真ん中に穴を開けなくちゃ。穴の深さってどのくらいだろう?
「ブルー、そのくらいにしておけよ」
 それ以上やったら開けすぎだ。
 うんうん、其処で爪楊枝を刺す。しっかりと…だぞ?
「こう?」
「よし、いい感じだ」
 爪楊枝が抜けないかどうか、一度回して確かめてみろ。
 上手く出来たら、俺と勝負だ。
「勝負?」
 なに、それ?
 なんで上手く出来たらハーレイと勝負?
 コマがどれだけ回るかどうかを競うんだろうか?



 何の勝負か分からないままに、ぼくは出来上がったドングリのコマを回してみた。爪楊枝の端を摘んで、エイッと回すとクルクル、クルクル。
 さっきハーレイがやって見せたみたいにクルクルと回るドングリのコマ。
「出来た!」
 でも、ハーレイ。
 勝負って、いったい何を勝負するの?
「ん? お前、学生帽は持ってないよな、制服に帽子はついてないしな」
「学生帽って?」
「応援団のヤツらが被っているだろう、揃いの帽子を」
「あれのこと?」
 そんな帽子、ぼくは持ってない。
 生まれつき身体が弱いぼくの帽子は日よけが一番大切だから、ママが選んだつばの広い帽子。
 ぼくくらいの年の男の子が被る帽子とは全然違う。
 ハーレイは「本当は学生帽が一番いいんだが…」なんて呟きながら、「これでいいか」と荷物の中から小さな丸いお盆を取り出した。つばが広いぼくの帽子よりも小さなお盆。
 テーブルの上の空いたお皿とかを重ねてスペースを作って、お盆を置いて。
「こうして土俵を作っておいて、だ」
「どうするの?」
「この上で俺とお前のコマをクルクルと回す。ほら、用意しろ」
 お前は此処、と指差された場所でコマを構えて。
 ハーレイもぼくとは反対側に当たる場所で爪楊枝の端を摘んでコマを構える。
「いいか、一、二の三で俺と同時に回せよ?」
「うん。一、二の…」
 三! と声を揃えて、ぼくとハーレイは一緒にコマを回した。二つのコマがお盆の上。
 クルクル、クルクル…。二つのコマが近づいていって。
「そら、勝負だ!」
「あっ…!」
 パチン、とドングリのコマがぶつかった。
 弾き飛ばされた、ぼくのコマ。ハーレイのコマはまだ回ってる。
 そっか、勝負って、このことなんだ…。



 木のお盆で出来た土俵の上。
 ぼくが初めて作ったドングリのコマは、ハーレイのコマにあっさりと負けた。
「どうだ?」
 サイオン抜きでやると面白いぞ、とハーレイが二度目の勝負を持ち掛けてくる。
「お前のサイオンはまるで駄目だが、こいつはサイオン抜きだしな?」
「今度は勝つよ!」
 負けない、と叫んだぼくだったけれど、またハーレイのコマの勝ち。
「ふうむ…。初心者だからなあ、無理もないんだが」
 何度でも挑んでかまわんぞ?
 俺に勝てたら気分爽快だろうが、今じゃサイオンでさえ勝てないんだしな。
「うー…」
 ハーレイは余裕たっぷりに笑うけれども、何回やっても負けてばっかり。
 ぼくとはドングリのコマの経験値ってヤツが違いすぎると思うんだ。
 初心者のぼくと、お父さんから教わったというハーレイと。
 勝ちたくっても敵いっこないよ…。
(回す手つきからして違うものね?)
 弾き飛ばされてばかりのドングリのコマ。
 なんとかハーレイに勝つ方法は…。
(そうだ!)
 技で敵わないなら、道具で勝つ。
 ハーレイのコマより強いコマを持ったら、ぼくでも勝てるに違いないよ!



 思い付いたら実行あるのみ。
 ぼくはハーレイの荷物をチラリと眺めて、上目遣いで強請ってみた。
「ねえ、ハーレイ。もっと大きいドングリ、無いの?」
 ぼくの分のコマ、それで作るよ。
「それは反則と言わんか、ブルー?」
 ハーレイが渋い顔をしたけど、此処で譲ったら永遠に勝てっこないんだから。
 踏んばらなくちゃ、と重ねておねだり。
「だって…。勝てないんだもん、大きいドングリ…」
 欲しいんだけど。
 ほんのちょっぴり大きければいいから。
「うーむ…。まあいい、言うだろうと思っていたから、特別だ」
 ほら、と渡されたドングリは大きくて形もずんぐりしていた。
「わあ、大きい!」
「さっきのとは違う木のドングリなんだ。こいつはクヌギだ」
 でもって、さっきのは樫の木だな。
「ふふっ、ドングリ…」
 これで勝てるよ、と急いでコマを作り始めた。
 丸っこいお尻に錐で穴を開けて、爪楊枝をしっかり差し込んで…。



(ハーレイに勝てるよ、今度こそ!)
 さあ勝負だ、と木のお盆の土俵にコマを乗せようとした、ぼく。
 だけど…。
「えっ!?」
 向かい側に出て来たハーレイのコマ。ぼくのとおんなじ、クヌギのドングリ。
 なんでハーレイまで大きなドングリ?
 それに、いつの間に作ってたの?
 ぼくの疑問を読み取ったかのように、ハーレイは不敵にニヤリと笑った。
「こういうのは公平にやらんとな?」
 お前、気付いてもいなかったろうが。
 俺はお前の向かいに座って堂々と作っていたんだがな?
「ずるいよ! ハーレイ、エキスパートのくせに!」
「じゃあ、訊くがな。お前、シャングリラで俺とのゲームに手加減したか?」
 チェスもそうだし、囲碁だってそうだ。
 お前、一度でも俺にハンデをつけてくれたことがあったのか?
「…そこでそういう理屈になるの?」
「前のお前に何度負けたか…。いざ、勝負だ!」
 いくぞ、とハーレイのコマが回り出す。
 同じクヌギの大きなコマでは勝てるわけがない。
 こんなの、絶対に勝てるわけないよ…!



 案の定、ぼくは連戦連敗だった。
 何度挑んでも勝てやしなくて、ハーレイのコマにパチンと弾き飛ばされて…。
 そのハーレイは勝利を収める度に笑顔で、満面の笑顔。
「実に爽快だな、お前に連戦連勝とはな」
 シャングリラでは考えられなかった素晴らしい勝ちっぷりだ、と御満悦だから。
 ぼくは頬っぺたを膨らませた。
「ドングリで勝負を挑まなくても、水泳でも柔道でも勝てるじゃない!」
「お前、水泳も柔道も最初から全く出来ないじゃないか」
 こういうのはなあ、お前が俺と同じ土俵に上がって来ないと駄目なんだ。
 結果が見えているような勝負は勝負とは言わん。
「それでドングリのコマなんだ…」
「同じ土俵に上がれるからな」
 俺がエキスパートで悔しかったら、改めて勝負してみるか?
 他のゲームで。
 ただし、サイオンは……って、言うまでもないな。
 今のお前は不器用だしな?



「サイオン抜きって…。それじゃ勝てないし!」
 そう叫んでから「しまった」と気が付いたんだけど。
 ハーレイは「む?」と腕組みをして、ぼくの顔をじっと覗き込みながら。
「…ということは、だ。前のお前、やはりサイオンで反則してたのか?」
 鳶色の瞳に射すくめられて、ぼくは小さく肩を竦ませた。
「………ちょっとだけね」
「こらっ!」
 よくも、とハーレイの瞳が睨み付けてくる。
「俺はお前を信じてたんだぞ、あれはお前の実力だと!」
「だから実力!」
 サイオンを使ったことなんか殆ど無いよ。
 たまにだよ、ほんのちょっぴりだよ。
「何がたまにで、何がちょっぴりだ!」
 一事が万事だ!
 騙されてた俺が馬鹿だった!



 罰だ、とドングリのコマを取り上げられた。
 小さいのも、後から作ったクヌギの大きいドングリのコマも。
 ハーレイが作った分と一緒に荷物に入れられ、持って帰られてしまったドングリのコマ。
 ぼくが作ったドングリのコマ…。
(うー…)
 欲しかったのに、とハーレイが帰った後で、空っぽのテーブルの上を眺める。
 あそこでハーレイと一緒にドングリのコマを作って、勝負して。
 連戦連敗のぼくだったけれど、ドングリのコマは楽しかったんだ。
(だって、今の地球でしか出来ない遊び…)
 シャングリラにドングリのコマの遊びは無かった。
 教えてくれるハーレイも、ハーレイに教えた釣りが大好きなお父さんだって居なかった。
 前のハーレイとぼくは二人で色々とゲームをしたけど、あんな自然の遊びは無かった。
 自然の恵みを使ったゲームは一度だってやったことが無かった。
 ドングリでコマが作れるだなんて知らなかったし、お盆の土俵も無かったから。
 ううん、お盆はあったんだけれど、土俵になるなんて知らなかったから。
 ハーレイが言ってた学生帽の土俵なんかは、そもそも存在しなかったから…。



 樫の木とクヌギの木のドングリで作った、爪楊枝を刺した小さなコマ。
 ハーレイと二人で作ったドングリのコマ。
 クルクル、クルクル、木のお盆の上で何度も回って、弾いて、弾かれて回っていたコマ。
 そして何よりも、ハーレイの大きな褐色の手が器用に作ったドングリのコマ。
 記念に持っていたかったな、と思うけれども。
 勉強机の引き出しに仕舞うか、棚に飾るか、大切に持っていたかったけれど。
 でも、きっとハーレイが大事にしてくれるだろうという気がするから、それでいい。
 蒸して殺菌して貰ってるといいな、ぼくが作ったドングリのコマ。
 殺菌は先にするんだって言っていたから、順番が逆になっちゃうけれど…。
 そうやって蒸して、保存しておいて。
 いつかハーレイと結婚した時、「ほら」って見せてくれると嬉しい。
 大きな褐色の手のひらに載せて、あの時の思い出のドングリだぞ、って……。




          ドングリのコマ・了

※今はドングリのコマで遊べる時代。ハーレイに作り方を教えて貰って。
 こういう遊びもいいんですけど、前のブルーがズルをしていたのがバレちゃいましたね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv




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