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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

砂時計

「んーと…」
 ブルーはキッチンの戸棚を覗き込んだ。
 学校から帰って制服を脱いで、おやつのケーキとそれに合う紅茶。母は庭でお隣の奥さんと立ち話中だったから、紅茶くらいは自分で淹れねば。
 何処に行ったかな、と棚のあちこちに目をやって。
「あった…!」
 紅茶の抽出時間を計るための小さな砂時計。母が使っている、お気に入りの品。
 棚から取り出してダイニングへ。それからお湯を沸かして、紅茶の葉を入れたポットに注いで。砂時計をセットし、紅茶が出来上がるのを待っている間、サラサラと落ちる砂を眺める。
 ガラスの容器の中を流れる、粒も見えないほどの細かな砂。
 外に出したなら、風が吹いただけで跡形もなく消えてしまいそうな細かい砂…。



(砂漠の砂って、こんなのかな?)
 細かい砂はとても細かいと聞いているから、どんな風かと思いを馳せた。
 肉眼では一度も見たことの無い砂漠。今の自分も、前の自分も砂漠に立ったことは無かった。
 もっとも、今、住んでいるこの青い地球。
 気候によっては砂漠が広がる地域もあったが、遠い昔にはもっと広範囲だった砂漠。
 前のハーレイが地球に辿り着いた頃には、陸は殆ど砂漠化していたと知っているけれど…。
(その頃の砂漠は、こんな綺麗な砂じゃなかったんだよ、きっと)
 汚染されて死に絶えた地球の砂漠と、蘇った地球の砂漠は全く違うだろう。
 同じ砂でも有害物質を含んで汚れ切った砂粒だったのだろうし、美しく見えるわけもない。
 砂時計に詰めて眺めたいような砂粒であったわけがない。
 サラサラ、サラサラ…。
 音もなく落ちてゆく砂時計の砂。
 木の枠が付いた砂時計。母の好みで砂の色は白。
 砂時計用に着色された砂の色は赤に青にと色々あるけれど、今の青い地球の砂漠なら…。
(いろんな色の砂があるんだよね?)
 赤い砂やら、黄土色やら。黒っぽい砂や茶色の砂だってあるだろう。
 遥かな昔に失われた星、ナスカの砂は赤かったろうか…。



「あ…!」
 つい、うっかり。
 砂漠と砂とを考えていた内に、見とれてしまった砂時計。
 すっかり落ちてしまった砂が流れる様をもう一度見たくて、引っくり返して流れ落ちてゆく砂を眺めてしまった。最後の粒が下に落ちるまで見詰めていたから、二倍もの時間。
 慌ててポットの蓋を開けて覗けば、濃く見える紅茶。
 用意してあったカップに注いでみると、やっぱり濃すぎた。
(失敗だよ…)
 ハーレイに出す紅茶ではなくて良かったと思う。
 母はおかわりをポットで持ってくるけれど、濃くならないよう、茶葉は頃合いを見て引き上げてから運んで来る。薄めるための差し湯の器を置くと、テーブルの上が狭くなるから。
(やっちゃった…)
 濃くなりすぎた紅茶に熱い湯を足して薄めながら、ブルーはしょんぼりと項垂れた。
 まだまだ自分はハーレイのために紅茶を淹れられそうにない。
 抽出時間を教えてくれる砂時計があってさえ失敗してしまう自分。
 ついつい砂時計を眺めてしまっていた自分…。



(でも、ハーレイだって好きそうだよね?)
 砂時計、と気を取り直してケーキを食べながら考える。
 レトロな時計が好きだった前のハーレイ。
 部屋に置いていたアナログの時計。秒針つきの、カチコチと静かに時を刻んだ置時計。
 ゆったりと時間が流れてゆく気がして、ブルーもアナログの時計が好きになった。一分かかって文字盤を一周してゆく秒針。青の間にも置時計を置いて、飽きずに見ていた。
 同じ一分を刻むにしてもこうも違うかと、デジタルの時計よりも味わいがあると。
 ハーレイの方が先に持っていたアナログの時計。
 キャプテンの仕事の反動からか、元々レトロなものが好きだったのか。
 羽根ペンを使っていたくらいだから、ただの趣味だったのかもしれないけれど。シャングリラのキャプテンとしてブリッジで見ていた時計は秒よりも細かい単位の時計。
 目まぐるしく変わってゆく表示に目を凝らし、指示を下すのがキャプテンの仕事。そんな毎日を送っていたなら、のんびりと時を刻む時計を手元に置きたくもなるだろう。
 流石に砂時計は持っていなかったけれど。
 シャングリラに砂時計というものは無かったけれど…。



(砂時計…。作ってみれば良かったかな?)
 抽出時間にこだわりたいほど質の良い紅茶は出来なかったし、時間を計るだけなら専用の道具は色々とあった。タイマーつきの小さなデジタル時計や、厨房で使っていたキッチンタイマーや。
 正確無比な機能を備えたタイマーがあれば、砂時計などは全く不要。
 そんな必要すら感じなかったし、作ろうとさえ思いはしなかったけれど。
 もしも砂時計を作っていたとしたら、きっと子供たちに喜ばれた。
 落ちてゆく砂で時間を計るのは楽しいものだし、流れる砂を見るのも楽しい。
(うん、絶対に喜ばれたよ)
 子供たちにとっては格好のオモチャ。
 砂が完全に落ちてしまえば引っくり返して、また落ちてしまえば引っくり返して…。
 さっき自分がやっていたように、子供たちも砂時計と戯れていたに違いない。
(見せたかったな、小さな子たちに)
 瞳を輝かせて見入る姿が目に浮かぶようだ。
 サラサラと落ちる砂を何度も何度も繰り返し、繰り返し。
(…それとも…)
 もしかしたら、サイオンで砂の流れを止めてしまう子が出て来ただろうか?
 あるいは砂を下から上へと逆流させる子供とか…。



(んーと…)
 自分も逆流させられないかな、とケーキを食べ終えたブルーは挑んでみた。
 吹けば飛ぶように軽い砂粒。
 それを上へと流すくらい、と簡単なように考えたけれども甘かった。力加減が掴めない。上へと上手に流すどころか、容器の中で舞うだけの砂。
 不器用すぎるブルーのサイオンで出来ることといったら、落ちてくる砂を止めるくらいで。
 どんなに頑張って上へ流そうと試みてみても、砂は逆流してくれなかった。
 やるだけ無駄。挑むだけ無駄。
(いいんだよ。時間は逆には流れないんだし!)
 負け惜しみのように考える。下から上へは流れてくれない砂時計。
 けれどハーレイの好きそうな時計。
 今のハーレイの腕時計だってアナログなのだし、砂時計も如何にも好きそうだった。
 もしかして持っているのだろうか?
 秒針つきの時計なんかより、もっとレトロな見た目と機能の砂時計…。



 そんなことをブルーが考えていた日。
 仕事が早く終わったからと、夕食前にハーレイがやって来た。ブルーの両親も一緒の夕食の後、食後のお茶はブルーの部屋で。
 母が運んで来たお茶が紅茶だったから、昼間に眺めた砂時計のことを思い出す。
 これは訊かねば、とブルーはティーカップを傾けているハーレイを見詰めて切り出した。
「ねえ、ハーレイ。砂時計って、持っている?」
「なんだ、いきなり」
 何処から砂時計の話になるのだ、と問い返されて。
「好きそうだな、って思ったから」
 どう? と尋ねるまでもなく。
「おっ、分かるか?」
 あれに限る、とハーレイが笑みを浮かべるから、「ハーレイも?」と驚くブルー。
 この言い方だと、ハーレイも砂時計で時間を計るのだろう。
 コーヒーが好きだと思っていたのに、意外にも紅茶。
 茶葉を計ってポットに入れて、熱いお湯を注いだら砂時計の出番。
 ハーレイが紅茶を楽しんでいたとは知らなかった、とブルーの目は丸くなったのに。



「……カップ麺?」
 なにそれ、とブルーは赤い瞳を更に大きく見開いた。
 けれどハーレイは「カップ麺と言ったらカップ麺しか無いだろうが」とニッコリと笑う。
「お湯を注いで三分間ってのが王道だな。四分とかのヤツもあるがな」
「…それを砂時計で計っているわけ?」
「ああ、なかなかにいいもんだぞ。タイマーとかでは気分が出ない」
 砂が落ちていく間を待つのがいいんだ。
 まだまだだな、とか、もう半分は過ぎたよな、とかな。
 カップ麺が完成に至るまでの時間をじっくり待つには砂時計がいい。
「えーっと…」
 紅茶じゃなくて? とブルーは首を傾げた。
「ハーレイは其処でカップ麺なの、砂時計で?」
「何を計ろうが俺の自由だと思うがな?」
 それに美味いぞ、カップ麺も。
 三分間待って、蓋を開けたら出来上がりってな。



 ハーレイが砂時計で計る時間は紅茶の葉が開く時間ではなくて、カップ麺。
 お湯を注げば出来上がってくる、インスタントの麺だという。
 予想外の答えに目を白黒とさせるブルーに、ハーレイは「どうした?」と微笑みかけた。
「カップ麺、そんなに驚いたのか?」
 あれでなかなか美味いじゃないか。
 たまに食いたくならないか? 軽く、夜食に。
「ぼくは夜食は食べないよ!」
 食べられないよ、とブルーは叫んだ。
 ただでも食が細いのだから、夕食の後に夜食なんかは入らない。
 食後に出てくるお茶はともかく、デザートにケーキでもあるというなら食事の前に予告が必要。でないと食事だけでお腹が一杯になって、デザートが入る余地は無い。
 そんなブルーだから、食べ盛りの友人たちは夜食を食べたりしているけれども経験は皆無。
 食べたいと思ったことすら無いのに、カップ麺を「軽く」夜食にだなんて…。
 そうでなくてもカップ麺など、殆ど食べたことがない。
 嫌いとか不味いだとかいうわけではなく、食べたら最後、普通の食事が食べられないのだ。
 カップ麺といえども麺類なだけに、胃袋にずっしり存在感。食の細いブルーには充分すぎる量。ゆえにカップ麺を食べた経験は数えるほどで、是非食べたいとも思わないのだが…。



「いかんな、立派な食文化なんだぞ」
 ハーレイが腕組みをして難しい顔をするから、ブルーは「えっ?」と訊き返した。
「食文化って…。カップ麺が?」
「ああ。ずうっと昔の、SD体制よりも前の地球でな、この地域が発祥の地なんだ、うん」
 前の俺たちの時代には姿を消していたんだが…。
 出来た頃にはインスタント食品の王者だったんだぞ、カップ麺は。
 湯を注ぐだけでラーメンも出来るし、うどんも出来る。
 非常食としても役立ったそうだぞ、湯さえ沸かせば何処でも食えるし、保存も利くし…。
「…それでハーレイ、カップ麺なんだ? 食文化だから」
「そういうことだ。古典の教師としては押さえたいじゃないか、カップ麺」
 今じゃインスタント食品も色々あるが、だ。
 自分で料理をしないで何か食うならカップ麺だな、レトロな気分に浸れるのがいい。



 うんとクラシックなカップ麺が特に好みだ、とハーレイは言った。
 今風の味付けのカップ麺も買いはするけれど、初期の味わいを再現したものが好きなのだと。
「複雑な味よりシンプルなヤツだな、昔ながらって感じがいいんだ」
 そいつに熱い湯を注ぎ入れてだ、砂時計を置いて三分間待つ。
 実に贅沢な待ち時間だな。
「カップ麺、そんなに贅沢な味なの?」
「待ち時間を砂時計で計るのが、だ」
 さっき言ったろ、出来る過程を砂が示しているようだ、と。
 まだまだ待て、もうちょっと待て、って砂の量が示してくれるんだ。
 あのゆったりとした時間がいい。



 砂時計の砂が計る時間は普通の時計よりもいい、とハーレイは目を細めた。
「前の俺にも欲しかったな、と思うようになってきた今じゃ尚更だ」
「やっぱり欲しい? 前のハーレイも?」
「そりゃなあ…。あの良さを知ってしまうとな?」
 アルテメシアじゃ作れなかったが、ナスカに居た頃なら作れただろうな。
 あそこには細かい砂で覆われた場所もあったしな…。
「赤い砂で作った砂時計?」
 綺麗だね、と瞳を煌めかせたブルーだったけれど。
 ハーレイは「いや」と首を左右に振った。
「砂時計にぴったりの砂はあったが…。ナスカじゃ作りはしなかったろうな」
「なんで?」
 どうして、とブルーには分からない。
「砂時計、欲しいのに、なんで?」
 せっかく丁度いい砂があるのに。
 ナスカの砂で作ればいいのに、どうして「作らない」なんて言うの、ハーレイ?
 あの頃のハーレイは砂時計を欲しいと思っていなかったから要らないだろうけど…。
 今、してるのは「砂時計が欲しい」ハーレイの話だよ?
 欲しいならナスカで作ればいいのに…。



 ブルーには本当に分からなかった。
 砂時計を作るのに適した砂があるというのに、何故ハーレイは作らないのか。
 赤い星、ナスカの砂で作った砂時計。
 如何にもハーレイが好みそうだし、カップ麺はともかく、何かの時間を計ればいいのに。例えばブリッジに行く前のひと時、砂が落ちるのを眺めながらの休憩だとか。
 そう思ったから、ブルーが重ねて尋ねると「だからこそだ」と答えが返った。
「その砂時計を何回分か、と思うじゃないか。…だから作れん」
「何回分って…。何が?」
「お前の時間だ。…前のお前に残された時間だ」
 もし、砂時計を作っていたら。
 引っくり返す度に俺は考えただろう、何回これを引っくり返すことが出来るのか、と。
 お前はいつまで居てくれるのか…、と。
 眠っちまったままで目覚めなくても、居てくれさえすればそれで良かった。
 お前がいつかは居なくなるなんて、それまでの時間を砂時計を引っくり返して計るだなんて…。
 俺には出来ん。
 永遠に引っくり返し続けることが出来るんだったら、砂時計を作る価値はあったんだがな。
 何回そいつを引っくり返しても、お前の命が続くんならな…。



 砂時計で前のブルーの残された時間を計りたくなかった、とハーレイが辛そうな顔をするから。
 ブルーは「そう?」と小首を傾げた。
「砂時計、使い方次第だと思うんだけどな…」
 引っくり返して、時間を計って。
 何回目かで前のぼくの目が覚めるっていう考え方はしないの、ハーレイ?
 寝てるぼくの目が覚めるまでの時間を計るんだったら、少しは価値がありそうだよ?
「お前な…。そうやってお前が目覚めたとして、いつまで俺の側に居るんだ?」
 眠り続けるしかないほどに弱ったお前が目覚めても、其処から時間が減っていくんだ。
 お前が逝っちまうまでのカウントダウンってヤツが始まるだけだろ、違うのか?
「…そっか……」
 ぼくの残り時間は少なかったものね。
 本当だったらアルテメシアで死んでいたっておかしくないほど弱ってたものね。
 ナスカまで生きて辿り着けたのが不思議なくらいに…。



「やっと分かったか」
 だから砂時計なんかは欲しくなかったし、作れない。
 前の俺が「ナスカの砂でなら作れるな」と思ったとしても、作ってはいない。
 お前に残された時間を俺に突き付けるような、そんな砂時計を作りたくはない…。
 幸い、前の俺に砂時計を作ろうという発想だけは無かったんだが。
 無かった分、そいつで時を計ることもしなくて済んだが、結果は同じだ。
 前のお前に残された時間は少なかった上に、目覚めた後の時間はもっと少なかった。
 ろくに話をする間も無かった。
 お前が目覚めて、本当だったら話したいことが山ほどあったというのにな?
 十五年間も眠ったお前が目覚めてからの時間はほんの少しだった。
 少ししかお前の時間は無かった。



 ……そうしてお前は逝っちまった。
 俺が考えもしなかった形で逝っちまったんだ、たった一人で。
 いつ死んだのかも分からないままで、死んだ時間すらも分からないままで…。
「……ごめん……」
 ごめん、と詫びることしか小さなブルーには出来なかった。
 全ては終わってしまったこと。
 遠い遠い昔に終わってしまって、取り返しようもない悲しすぎる過去。
 ハーレイは独りぼっちで取り残されたし、ブルーは独りぼっちで死んだ。最期まで大切に持っていたいと願ったハーレイの温もりを失くし、右手が冷たいと泣きながら死んだ。
 帰りたくても帰れない過去。
 取り戻そうにも戻せない時間。
 砂時計の砂が下から上へは流れないように、過ぎ去った過去に戻れはしない。
 悲しませてしまったハーレイの心を、深く傷ついた心を癒せはしない…。



 ブルーに出来ることは詫びることだけ。「ごめん」と繰り返し詫びることだけ。
 項垂れるブルーの銀色の頭をハーレイの大きな手がポンと叩いた。
「いいさ、お前は此処に居るしな。…お前、戻って来てくれたしな」
 前のお前よりずっと小さいが、お前は戻って来てくれた。
 俺の側に居て「はい」と砂時計を渡してはくれんが、砂が落ちるのを俺の隣で一緒に見ていてはくれんが、お前が居る。
 小さなお前でも、俺と一緒には暮らせんお前でも、ちゃんとお前は此処に居るんだ。
 それを思うと、俺はいい時代に砂時計ってヤツに出会えたわけだな、そう思わないか?
 お前に残された時間を計る代わりに、お前が来るまでの時間を計れる。
 あと何回か引っくり返せば、お前が側に来るわけだしな?
 俺の嫁さんになって側に来るしな。



 だから気にするな、とハーレイは優しい笑みを浮かべた。
 今の自分は幸せな残り時間を計るための砂時計を持っているから、それでいいのだと。
 ブルーと一緒に暮らせる日を迎えるまでに砂時計を何回引っくり返すか、それを楽しみに待てばいいのだと。
「ふむ…。砂時計を何回引っくり返すかってことになったら、食いたくなってきたな」
 今夜はカップ麺を食ってみるかな、久しぶりに。
「ハーレイ、ホントに夜食に食べるんだ?」
 ブルーは思わず目を見開いた。
 さっき両親も一緒に食べた夕食は御馳走ではなくて家庭料理だったけれど、その量はたっぷりとあった筈。身体の大きいハーレイと、ハーレイに負けない長身の父はおかわりもしていた。それを食べた後にカップ麺を夜食にするなんて…。
「悪いか? お前の家の食事が足りなかったわけじゃないんだが、別腹だな」
 夜食は別だ、とハーレイが笑う。
「いずれ、お前も俺に付き合え。ミニサイズのカップ麺しか無理だろうがな」
「ええっ?」
 ぼくも? とブルーは自分を指差したけれど、ハーレイは「うむ」と大きく頷く。
「俺と結婚して一緒に住むなら、夜食も一緒だ」
 お前、青の間に居た頃に俺に出前をさせてただろうが。
 サンドイッチだのフルーツだのと…。あれも一種の夜食だぞ。
「そうかもしれないけど…。カップ麺、食べ切れなかったら、残り、食べてくれる?」
「うーむ…。伸びて冷めちまったカップ麺ってヤツはイマイチなんだが…」
 よし、好き嫌いが無いのが俺の売りだし、食ってやる。
 それに、お前と一緒の食卓だったらきっと美味いさ、伸びていてもな。



 任せておけ、とパチンと片目を瞑るハーレイ。
 帰りにカップ麺を買いに何処かの店に寄ると言うから、ブルーは興味津々で訊いてみた。
「ハーレイ、夜食ってよく食べるの? カップ麺の他にも?」
「まあな。その辺にある材料で適当に作ることが多いが、今日はカップ麺だ」
 砂時計を見たい気分になっちまったからな、幸せな時間を計りにな。
 あと何回ほど引っくり返せばお前が俺の側に来るのか、是非一回は計らんとな?
 一回計れば、一回分、減る。
 お前が来るまでに引っくり返さんといかん回数が一回減るんだ、素晴らしいじゃないか。
「そうかもね…」
 ぼくも砂時計の砂が落ちるのを見たいな、ハーレイと一緒に。
 カップ麺が出来るまでの三分間だよね、その砂時計。
「いつか付き合え、カップ麺ごと。結婚したらな」
 なんたって此処の地域の伝統ある文化だ、二人でカップ麺を食おうじゃないか。
 俺の好みは昔ながらのカップ麺だが、お前は最先端でもいいぞ。
 ああいったヤツは次々に新作が出るからな?
「ぼくもハーレイのお勧めのでいいよ」
「そうなのか?」
「うん。好き嫌いは無いし、どうせだったら思い出の味にしたいもの」
 人気が無かったら消えちゃいそうな新作よりも定番がいいな。
 何十年経っても同じ味のがある方がいいよ。
「ははは、カップ麺で夜食の記念日なんだな? そういうことだな、何年経っても」
「うん。うん、ハーレイ…。何年経っても、二人で夜食を食べるんだよ」
 カップ麺が出来るまでの三分間を計れる砂時計を見ながら、ハーレイと一緒。
 砂時計の砂が落ちてしまっても、ずうっと一緒。
 青い地球の上で二人、いつまでも一緒。
 砂時計を何度も引っくり返して、いつまでも、何処までもハーレイと一緒……。




        砂時計・了

※前のハーレイが好きそうなのに、持っていなかった砂時計。今ではカップ麺用です。
 幸せな時間を計るためなら、砂時計はとても素敵なもの。落ちてゆく砂も。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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