シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ぼくの部屋にある勉強机。宿題を終えて、一段落。
(んーと…)
夕食までには時間があるから本でも読もうと思うけれども。
何処で本を広げることにしようか、勉強机か、それとも窓際のテーブルか。どちらも木製。木の温もりが優しい、勉強机とテーブルと。
(えーっと…)
いつもハーレイと向かい合って座る時のテーブル。大きさの割にどっしりと重い。
テーブルも、セットになっている椅子も、ぼくの部屋には立派すぎると子供の頃には思ってた。だけど今ではあって良かったと思う、ハーレイと食事も出来るテーブル。
(あっちにしようかな?)
テーブルもいいけど、ベッドに腰掛けて読むのもいい。コロンと転がって読むのも大好き。
何処にしようかと考えながら、読みかけの本を手に取ってみたら。
(うーん…)
なんだか、軽い。
読んでいた時には丁度良かったけど、もっとずっしりした本が読みたい気分。
何処で読むかは本次第だよね、と本棚をあちこち眺め回して。
「うん、これ!」
これがいいや、とシャングリラの写真集を手に取った。
ハーレイに教えて貰って、パパに強請った豪華版。ハーレイとお揃いの持ち物の一つ。
こういう重たい本を読むなら、似合う場所は勉強机かテーブル。
(…どっち?)
ハーレイと二人で使うテーブルか、ハーレイとぼくとの記念写真が入ったフォトフレームのある勉強机か。ハーレイとお揃いのフォトフレームの中、笑顔のハーレイを見るのも大好き。
だけどハーレイのために在るような椅子とセットのテーブルも捨て難い。ハーレイが座っている方の椅子は、ぼくが座る方よりも座面が少しへこんでる。ハーレイの体重と、何度も膝に乗ってたぼくの体重とでちょっぴりへこんでしまった椅子。
その椅子を前にして座る時間も好きだから。
(やっぱりハーレイの椅子がある方…)
テーブルかな、と本棚の前からチラリと視線を投げた所で。
(…あれ?)
そういえば、前のハーレイの机。
キャプテン・ハーレイの部屋に置かれていた大きな机。
テーブルに行って、ぼくの椅子の方に腰掛けて。それから写真集を広げて確認した。
(…木だったよね?)
うん、と写真集の中のキャプテンの机をまじまじと見た。
白い羽根ペンが小さく写った、前のハーレイが使っていた机。
トォニィが手を触れないで大切に残しておいてくれたから、こうして写真を見ることが出来る。シャングリラは無くなってしまったけれども、今でも懐かしく見ることが出来る…。
前のぼくとハーレイが暮らしたシャングリラ。
ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
楽園という名の白い鯨の中、キャプテンの部屋に置かれていた本物の木で出来たレトロな机。
羽根ペンと同じでレトロなアイテム。
木の机なんかは古めかしい家具で、もっと便利で使いやすい机が色々とあった。持ち運びが楽で傷がつきにくい丈夫なものとか、劣化の心配が要らないものとか。
シャングリラが名前だけの楽園だった頃、ぼくが人類側からドカンと奪った物資に混じっていた家具の一つだった机。レトロな木製。
そういった家具とかは皆の希望で分け合っていたけど、木の机は誰も欲しがらなかった。だって木で出来ているんだから。
今どき珍しいレトロな素材。磨いたり拭いたり、ずいぶんと手間がかかりそう。
希望者が無いなら倉庫に入れるか、邪魔な物資を増やさないよう処分せねばと思っていたら。
「要らないなら俺が貰っていいか?」
まだ若かったハーレイが控えめに名乗りを上げた。物資を分け合う時には見ているだけのことが多いハーレイ。一つしか無い品物を欲しいと挙手したことなんか無いし、沢山あっても一番最後。他に誰も希望者は居そうにない、って時しか欲しいと言わないハーレイ。
そんなハーレイが欲しいと申し出た、一つしか無い木の机。
どうぞ、と誰一人反対しなかった。
元々、誰も欲しがってないし、反対する理由なんか無い。
ハーレイは大喜びで机を貰って、ゼルやヒルマンに手伝って貰って運んで行った。
名前だけの楽園だった頃でも、ちゃんと個室はあったから。
輸送船だった船に居住用のスペースは少なかったけれど、あちこち区切って個室を設けて、皆が自分だけの部屋を持っていた。個人で自由に使えるスペース。
アルタミラの研究所で押し込められていた檻に比べれば天国のような、宮殿みたいな自分だけの部屋。たとえ充分な設備が無くとも、リラックスして過ごせる個人のお城。
木の机はハーレイが使っていた部屋に運ばれて行って、壁際に据えられて存在感を放っていた。あの頃は内装に手を加えるどころの話ではなくて、壁や床の素材と木とはミスマッチ。
それでもハーレイは大満足で、暇な時には机をせっせと磨いていた。木製品を手入れするための道具は無いから、古い布でキュッキュッと拭くだけだけれど、それは楽しそうに、嬉しそうに。
みんなは「変な趣味だ」と思って見ていた。
ただでも手間がかかりそうな机を手に入れた上に、暇を見付けては手入れだなんて。
変わった趣味だと皆が言う中、ぼくは変だと思う代わりにハーレイらしいと思ってた。
誰も欲しがらなかった机を引き取って、大切に手入れしているハーレイ。
広い心と優しさとを示しているような気がして、素敵だと思った。
何にでも価値を見出せる人は、心が温かい人だから…。
殺風景な個室の中。キュッキュッと机を磨くハーレイ。
「磨けば磨くほどに味が出るんだ、この机は」
「そういうものなの?」
ぼくたちが普通の言葉を交わしていた頃、机の手入れをするハーレイを見ながら話をしていた。まだ背が低くて、今と変わらないほどに小さかったぼく。
ハーレイの部屋の壁にもたれて、あるいはチョコンと椅子に座って眺めていた。ハーレイは机の上や横の面を大きな手で撫でては、ニコリと笑って。
「なんたって木で出来ているからなあ…。船の中では貴重だぞ、これは」
船の中でこんな大きな木は育たない、と言われてみればその通りだけれど。
ぼくにそういう発想は全く無かったから。
「それで貰ったの? 貴重品だから?」
「いや、好きなだけだ」
なんでだろうな。
こういうホッとするものが好きだな、味わいがあって。
成人検査よりも前の記憶は失くしちまったが、ガキの頃から好きだったのかもな。
でなきゃ、俺を育てた養父母だろう。
木で出来た古めかしい家具がある家で育ったかもしれんな、すっかり忘れてしまったんだが…。
机をせっせと磨いていたようなハーレイだから、羽根ペンが来た時も喜んで貰って行った。前のぼくが奪った物資に箱ごとドカンと大量に紛れていた羽根ペン。
まだシャングリラは自給自足の時代ではなくて、船体の改造の目途すらも立っていなかった時期だったけれど、ハーレイの立場はとうにキャプテン。シャングリラの舵を握るキャプテン。
ぼくがハーレイの部屋を覗きに行ったら、羽根ペンで日誌を書くのだと言った。
「日誌?」
「キャプテン・ハーレイの航宙日誌だ、俺の日記だ」
だから秘密の文書なのだ、と日誌を読ませてくれなかったハーレイ。
まだまだ普通の言葉も交えて二人で話が出来た頃。
ハーレイがぼくに敬語を使わず、普通に話してくれていた頃。
もっとも、ハーレイの部屋とぼくの部屋以外では、敬語になり始めていたんだけれど。
ぼくに「ソルジャー」の肩書きはついていなかったけれど、立場はリーダー。
物資を奪えるぼくが居なければ生きてゆけないし、万一の時にも戦えやしない。
リーダーに普通の話し言葉は失礼だから、と誰が言い出したんだろう。気付けばハーレイの言葉さえもが、皆の前では敬語へと変わり始めていた。
白い鯨が出来上がった頃には、ぼくはソルジャー。
ハーレイもカッチリと制服を纏ったキャプテンになってしまって、ぼくへの言葉は敬語だけしか出てこない有様だったけれども。
それでも、ぼくはハーレイが好きで。
船のみんなに公平に接し、気を配るハーレイがとても大好きで、部屋を訪ねては話していた。
今から思えば、とっくに恋をしてたんだろう。
ハーレイの側に居たいと思って、足を運んでいたんだろう。
あの木の机がしっくりと馴染む内装になったキャプテンの部屋に。
其処でもハーレイは木の机をキュッキュッと磨いていて。
「また磨いているのかい?」
昔みたいなボロ布じゃなくて、専用の布で磨くハーレイに声を掛けると、大好きな笑顔。
「この部屋ですしね、磨くだけの甲斐がありますよ」
内装に良く似合うんです。
この机も今にもっと重みが出ますよ、何十年かすれば。
「年数を経た机かい? そういう見た目はサイオンで加工してあげられるんだけどね?」
前のぼくには可能なことで、ごくごく簡単だったから。
やってあげようと提案したのに、断られた。
「それでは値打ちが無いんです。時間の経過も味わいの内です」
ゆっくりゆっくり、時間をかけて机を育ててやるんですよ。
本物の木を苗から育てるみたいに、この机も育ててやりたいんですよ…。
キャプテン・ハーレイこだわりの木で出来た机。
前のぼくたちの楽園だったシャングリラの中で、一番の貴重品だったかもしれない机。
あんな大きな机が作れるような木は、船では育てられなかったから。
(うーん…)
実はソルジャーよりも貴重な机を使っていたらしい前のハーレイ。
前のぼくが青の間で使っていた机は、木じゃなくてベッドの枠とかの素材と同じ。
傷つきにくくて変形もしない素材だけれども、船の中でいくらでも作り出せたもの。ベッドの枠から机や椅子まで、好きな形に仕上げて便利に使えた素材。
希少価値で言えば木の机の方が断然上で、比較にならないくらいに貴重。
(…キャプテンも偉いけど、ソルジャーの方がずっと偉いのにね?)
キャプテンでさえ敬語で話さなければならないソルジャー。そのソルジャーも使っていなかった貴重品の机をキャプテンが私物にしていたというのが面白すぎる。
それは間違っているのではないか、と指摘した仲間はいなかった。
誰も気付いていなかったのだろう、木の机はとても貴重なのだということに。
新しい仲間は合成の木だと思っていたかもしれないし…。
(今で言ったら、どんな机だろ?)
有り得ないほど高価な机。それも木で出来た高価な机。
(…紫檀とか?)
それとも、黒檀?
ぼくは木の種類には詳しくないけど、高価な木だったら多分、その辺。
他にもあるかもしれないけれども、うんと重たくて硬い木だと思う。おまけに地球産の木材で。
(思い切り値段が高そうだよね…)
最高級の木材は、やっぱり地球産。
どの木も元々は地球から生まれた植物なのだし、地球で育ったものが一番だって言われてる。
ぼくたちは地球で暮らしているから輸送費はかかってこないけれども、高い木は高い。早く育つ木から出来た木材は地球産でも高くはないんだけれど…。
(だけど貴重品の机なんだし、材料もうんと貴重でないとね?)
きっとハーレイのお給料では買えないんじゃないかな、そういう机。
ハーレイの書斎にも寝室にも机があるのを見たけれど…。
どっちの机も木だったけれども、あれって貴重な机だろうか?
どうなんだろう、と写真集を見ながら考えていたら、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれて。
パパとママも一緒の夕食の後で、ぼくの部屋で食後のお茶を飲みながら訊いてみた。
「ねえ、ハーレイ。今の机って、うんと高いの?」
「……机?」
「ハーレイの家にある机! …書斎のとか、寝室のとか、高い机なの?」
勢い込んで尋ねてみたけど、ハーレイは変な顔をして。
「なんでそういう質問になる?」
「前のハーレイのが貴重品だから!」
シャングリラで一番貴重な机だったよ、ハーレイの机。
だって船では作れない机だよ、うんと大きな木が無いと作れないんだよ?
あれと同じくらいに高い机を使っているの、って訊いてるんだよ!
「…あれに匹敵する机だと?」
ハーレイがポカンと口を開けるから、「うんっ!」とぼくは頷いた。
「あれに負けないくらいの貴重品なの、ハーレイの机?」
「お前なあ…。伝説の宇宙船、シャングリラで一番高級だったかもしれない机と比べてくれるな」
そんな高いのが買えるか、馬鹿。
俺の給料では逆立ちしたって買えん机だ、とんでもなさすぎる。
いいか、伝説の高級品で貴重な机なんだぞ、一介の教師じゃ手も足も出んさ。
「そっか…。前みたいに何処かから奪って来られないしね、そういう机」
「今のお前じゃサイオンで机を奪うどころか…って、犯罪だぞ、それは」
お前の年なら捕まりはせんが、凄いお説教を食らうだろうな。
ついでにお前が奪った机をプレゼントされた俺も、派手に大目玉を食らうんだろうな?
今のハーレイの机は貴重品ではないらしい。
おまけに前のと同じくらいに貴重な机も買えないらしい。あんなに大切に磨いていたのに…。
「ハーレイ、今度は凄い机は諦めるんだ? …貴重品の机」
「お前が言わなきゃ忘れていたんだ、前の机が貴重品でも当時の俺にはただの木の机だ」
それに高価な木材も使っちゃいなかっただろう。
調べたわけではないから断言出来んが、木の机としては平凡な部類だったと思うがな?
「そうだけど…。でも、貴重品の机…」
凄い机、と諦め切れないのはハーレイじゃなくて、ぼくの方かも。
ハーレイは「おいおい」と、おどけた表情になって。
「羽根ペンみたいに「持ってほしい」とか言い出すなよ? そんなのを買ったら破産だ、破産」
「……やっぱり?」
「お前の小遣いを全部使って援助して貰っても、机の端っこくらいだな」
いや、端っこすら買えないかもな。
木くず程度が限界かもな?
ぼくのお小遣いでは木くずしか買えない貴重品の机。
紫檀か黒檀か他の木なのかは分からないけれど、地球産の高価な木材の机。
ハーレイが買ったら破産だと言うから、きっと一生、お目にかかれそうもないけれど…。
「そういう机を使ってる人、いるんだよね?」
「偉い人は使っているんだろうなあ、俺の知り合いには居ないがな」
「…前のハーレイ、偉かったしね?」
それで机も貴重品なんだね、今のハーレイなら破産するほどの。
「前のお前も偉かったろうが」
「だけど、前のぼくの机は普通だったよ?」
シャングリラで一番普通の素材。
ベッドもテーブルも椅子も作れて、色も形も自由に仕上げられるヤツ。
ハーレイの机はどんなに頑張ってもシャングリラの中では作れなかったよ、大きな木だもの。
「キャプテンの方がソルジャーよりも貴重品の机を持っていたのか…」
お前、取り上げるべきだったんじゃないか?
船ではやっぱり秩序ってヤツが大切だしなあ、ソルジャーよりもキャプテンの方が貴重な物品を持ってるっていうのはマズイだろうが。
「気付いてなかったからいいんじゃない?」
誰も気付いていなかった上に、ぼくも気付いてなかったよ。ハーレイもでしょ?
それに木の机、ぼくは欲しいと思わなかったし…。
ハーレイはとても大事にしてたし、正しい持ち主が持ってたんだよ、あの机。
「ふむ……」
なるほどな、とハーレイは腕組みをして頷き、微笑んだ。
「大事にするっていう意味では、だ。今の机も気に入ってるぞ?」
なんてことはない普通のヤツだが、書斎の机も寝室の机も俺は好きだな。
「それじゃ、今でも磨いてるの?」
「前の俺ほどじゃないが、やっぱり磨くな」
気分転換に磨いていると落ち着くもんだ。
親父とおふくろが道具の手入れが大好きだからな、その血筋だと思っていたが…。親父は釣竿の手入れが好きだし、おふくろだと昔ながらの砥石ってヤツで包丁を研いでみるとかな。
血なんだとばかり思い込んでいたが、前の俺の趣味まで入ってたのか…。
「ふふっ、ハーレイはハーレイだもの」
それで机を磨いた感じは?
前みたいに味わい、出てきてる?
「そうだな…。家と一緒に買ったヤツだし、かれこれ十五年ほどか。いい感じだが…」
もっと時代がつかんとな?
前の俺が使ってた机にはまだまだ届かん、あっちは百年、二百年だぞ。
うんと頑張って磨かんことには、あの味わいは出ないだろうなあ…。
あれは実にいい机だった、とハーレイが懐かしそうな瞳をするから。
今のハーレイが使っている机が同じ味わいを出すようになるには百年、二百年だというから。
「じゃあ、ぼくと結婚した後も磨くんだね?」
「そりゃまあ…。なあ?」
磨いてやらんと可哀想だろうが、せっかく俺の所に来てくれたのに。
嫁さんにかまけて放りっぱなしじゃ机が泣くぞ。
「そうかもね…」
「まあ、一番はお前なんだがな。机はあくまで家具に過ぎんし…」
そうだ、とハーレイはポンと手を打って。
「今度はお前も木で出来た机を使ってるんだし、嫁に来る時に持って来ないか?」
「机って…」
ぼくはキョトンと目を丸くした。
「勉強机? 勉強机を持ってお嫁に行くの?」
「そっちでもいいが、このテーブル。こいつは俺たちの家に置きたいと思わんか?」
これだ、とハーレイの褐色の指がテーブルをトントンと軽く叩いた。
「いつもお前と使ってるだろう? こんな風に二人で向かい合ってな」
俺たちの思い出が山ほど詰まるぞ、結婚出来るまでに。
今日の机の話も含めて、どのくらいの話をするんだろうなあ、このテーブルで。
そういうのが全部詰まったテーブル、家にあったら幸せだろうが?
「そっか…」
ぼくとハーレイが使っているテーブル。
ハーレイが言うとおり、沢山の思い出が詰まったテーブル。
今でも沢山詰まってるんだし、もっともっと思い出は増えるだろうから、持って行きたい。
それと…。
「テーブルを持って行くなら、ハーレイの椅子も持って行く?」
「俺の椅子?」
怪訝そうな顔のハーレイに「それだよ」と指差してみせた。
「今、ハーレイが座っている椅子。ぼくとハーレイの体重の分かな、こっちの椅子よりもちょっとへこんでるんだよ、ちょっぴりだけど」
結婚する頃にはもっとへこんでいるかも…。
だけどハーレイとぼくが何度も一緒に座った椅子だよ、テーブルと一緒に持って行きたいな。
「へこんだ椅子か…。今よりももっとへこみそうな椅子か」
そいつの座面は張り替えた方がいいんだろうが、だ。
このテーブルとセットの椅子だし、置いておくとするか。
俺の分の椅子だけじゃなくて、お前の分もな。
そうして二人で座ろうじゃないか、今みたいに向かい合わせでな。
ハーレイがパチンと片目を瞑ってくれたから、ぼくは「うんっ!」と元気に返事した。
いつかハーレイと結婚する時は、このテーブルと椅子を持って行くんだ。
ぼくたちの思い出がぎっしり詰まったテーブルと椅子で、ハーレイと二人で向かい合わせで…。
其処まで考えて気が付いた、ぼく。
このテーブルと椅子を持って行くなら…。
「ハーレイ。…テーブルと椅子を「持って来ないか」って、ぼくがハーレイの家に行くわけ?」
「ああ。…お前が嫌でないならな」
俺の家には子供部屋まであるんだぞ?
いつか嫁さんと暮らせるように、って親父が買ってくれた家なんだ。
お前が嫁に来てくれるんなら、親父も喜ぶ。
このテーブルと椅子を持って嫁に来るといい、嫁入り道具はそれだけあれば充分だ。
でもって二人で磨こうじゃないか、テーブルと机。
「…ぼくの嫁入り道具って、たったそれだけ?」
「なんだ、勉強机も一緒に持って来たいのか? あれも磨くか、俺と一緒に?」
お前が持って来たいと言うなら何でも持って来てくれていいがな。
俺も色々と買いたいからな?
貴重品の机を買えはしないが、俺たちにぴったりのいろんな家具を、だ。
うんと幸せな家具を揃えよう、お前と二人で。
前の俺たちが持てなかった分まで、二人分の家具を。
「うん。それもやっぱり全部磨くの?」
「どうだかなあ? …嫁さんを放って家具磨きはなあ…」
今度は適当でいいんだ、うん。
こだわりの家具より、うんと美人の嫁さんがいい。
「…ハーレイ、ぼくまで磨かないでよ?」
「いや、磨く!」
嫌と言うほど磨いてやる、って言われちゃったけれど。
どうやってぼくを磨くんだろう?
ハーレイに訊いたら「子供のお前には早すぎるさ」っていう謎の返事が返って来た。
うんと美人になる方法があるらしいんだけど、何だろう?
肌が艶々になって、うんと美人に。
(…お風呂でゴシゴシ擦られるのかな?)
磨くんだからお風呂だよね、と思うけれども、ハーレイは笑って答えない。
机みたいにキュッキュッと磨かれるのかな、ゴシゴシじゃなくて?
でもきっと、大切に磨いてくれるだろうから。
机みたいに大事に磨いてくれるだろうから、任せておこう。
ハーレイがぼくを磨くんだったら、大丈夫。
きっと大切に磨いてくれるよ、前のハーレイが大事にしていた机みたいに……。
木で出来た机・了
※キャプテン・ハーレイが愛用していた木の机。歴史はかなり古かったようです。
羽根ペンといい、木の机といい、つくづくレトロな趣味ですよね。
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