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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ブドウとワイン

 山ブドウのジュース。赤ワインみたいに綺麗な色をしていて、ちょっぴり酸っぱい。
 パパが友達から旅行のお土産に貰って来たから、ハーレイにも。
「ほほう…! 山ブドウか、こいつは美味いな」
「でしょ? 美味しいよね、普通のブドウのジュースも美味しいけれど」
 ハーレイの笑顔までが「美味しいぞ」って言っているようで、とても嬉しい。ハーレイは何でも美味しそうに食べるんだけれど、やっぱり特別な顔があるから。ホントのホントにお気に入りって味に出会った時には、ちゃんとそういう顔になるから。
 たとえば、ぼくのママが焼くパウンドケーキ。ハーレイのお母さんが作るパウンドケーキの味にそっくりらしくて、大好物。パウンドケーキをおやつに出したら、ハーレイの表情はもう最高。
 山ブドウのジュースはパウンドケーキには敵わないけど、素敵な評価を得られたみたい。
(ふふっ)
 出してよかった、とジュースをストローで飲むハーレイを見ていたら。
「山ブドウなあ…。それも天然のか」
「うんっ! 畑のじゃないってパパが言ってた」
 お洒落なラベルなんかは貼ってなかった山ブドウのジュースが詰まった瓶。手作りだって感じが溢れる素朴なラベルに「山ぶどうジュース」の文字と、作った人の名前とかだけ。
 パパの友達は旅行先に親しい友達が住んでて、その人から貰って来たらしい。大きな食料品店に卸すだけの量は作れないから、地元でだけ売られているジュース。自然に生えている山ブドウの実だけで作った、混じりっ気なしの天然もの。
 パパとママとぼくで飲んでみて、美味しかったから。
 ハーレイにも出そうっていうことになった。自然の恵みの山ブドウのジュース。



「ふうむ…。ブドウが自然に育つとはなあ、流石は地球だな」
 感心しているハーレイの言葉で気が付いた。天然ものの山ブドウだから自然のブドウ。
「そういえば、そうだね。…なんだか凄いね」
 シャングリラでは農園で大切に栽培していたブドウ。
 楽園という名の白い鯨に広い畑はあったけれども、手をかけて世話をしてやらなければブドウは実りはしなかった。栗の木みたいに公園や居住区の庭に植えておくだけで沢山の実がなるわけではなかった。
 きちんとブドウ専用の区画を設けて、棚を作ったり枝を剪定してやったり。農園専属のクルーがせっせと世話をし、見事なブドウがたわわに実る。
 今の地球ではブドウ農園に出掛けてブドウ狩りなんかも出来るけれども、シャングリラの農園で実ったブドウは係のクルーが一房ずつ気を付けて収穫していた。子供たちはそれを見学するだけ。ブドウ狩りなんて夢のまた夢、「美味しそう…」って見ていただけ。
 そうやって採れたブドウはフルーツとして食卓に上った。
 房で出されるわけじゃなくって、一人ずつ、お皿に何粒か。それがシャングリラの精一杯。
 ソルジャーだったぼくは「冷やしておけば日持ちしますから」と一房貰ったりしたんだけれど、「少しでいいよ」と遠慮しておいた。ハーレイと二人で食べる分だけあれば良かった。
 だから自分で「このくらいかな」って思う辺りで房をハサミでパチンと切って。
 それを青の間にあるお皿に移して、残りのブドウは運んで来たクルーに「これで充分」と返しておいた。新鮮な間に子供たちにでも分けてあげて、と。
 一房食べるなんて贅沢すぎたシャングリラのブドウ。
 美味しかったけど、ハーレイと二人で食べるにしたって一房は贅沢すぎると思ってたブドウ。



 その貴重なブドウでレーズンとかも作ったけれども、子供たちのためにブドウのジュース。
 合成品じゃない果物のジュースは身体にいいから、ブドウを作っていた主な目的は果汁を絞ってジュースにするため。それと料理やお菓子に役立つレーズン。
 保存が利くジュースやレーズン作りが最優先だから、採れたての新鮮なブドウの実を沢山食べるわけにはいかない。ブドウが実った時にちょっぴり、僅かな量を食べるだけ。
 ブドウのジュースをメインに作る傍ら、大人たちのために、ほんの少しのワインを作った。
 お祝い事なんて無かったけれども、そういう時に飲むために。
 閉ざされた船の中だけの世界に住むぼくたちには誕生日のパーティーすらも無かった。
 ぼくも含めたアルタミラからの脱出組には、誕生日そのものが無かったから。成人検査で記憶を奪われた上に、繰り返された人体実験。過酷な日々を過ごす間に、誕生日なんて忘れてしまった。
 ソルジャーや長老たちに誕生日が無いから、後で加わった仲間たちは遠慮してしまって。
 ちゃんと誕生日を覚えていたって、親しい仲間と個人的に祝い合うだけで誕生日のパーティーは一切無かった。
 子供たちのために養育部門が催す誕生日パーティーはあったけれども、ワインは要らない。
 お酒を飲めない子供たちのパーティーにワインなんかは必要じゃない。
 お祝い事の無かったシャングリラ。
 たまにカップルが成立した時にも結婚披露のパーティーは無くて、内輪でお祝い。船を挙げてのお祝い事の席ではないから、ワインはやっぱり出なかった。



 お祝い事らしいイベントと言えば、クリスマス。
 人類はクリスマスを祝っていたけど、ぼくたちのシャングリラにもクリスマスはあった。一年に一度のクリスマス。成人検査よりも前の記憶が無くても、クリスマスのことは覚えてた。
 一緒に祝った養父母の顔もパーティーの御馳走も忘れたけれども、とても素敵な日だった、と。サンタクロースがやって来ることも、ちゃんと記憶に残っていた。
 だけど、シャングリラのクリスマスは子供たちのための楽しいイベント。
 夜になったらサンタクロースが来てくれる日で、パーティーの主役も子供たち。
 そう、サンタクロースもシャングリラに居た。正体は養育部門のクルーだったけど、あの独特の赤い服を着て、真っ白な髭もくっつけて。プレゼントが詰まった白い袋を担いで、夜更けの通路を歩いてゆくんだ。子供たちが眠る部屋を目指して。
 ずうっと昔は大人しかいなくて、人類から奪った物資でクリスマスを祝ったこともあったけど。
 奪った物資に紛れていた本物のお酒で乾杯して祝っていたんだけれど…。
 子供たちが主役になってから後は、クリスマスはお酒抜きでのパーティー。
 お祝い事には違いないけれど、ミュウの未来を担う子供たちにうんと楽しんで欲しかったから。
 大人たちはパーティーの席ではお酒を一切飲まずに、後で個人的に飲んでいた。
 個人的な酒宴には合成品のお酒で充分、貴重なワインは出さなくていい。
 シャングリラで採れたブドウのワインは、本当のお祝い事の時にしか出さなくていい…。



 クリスマスにも飲まずに取っておいた貴重なワイン。
 他にどんなお祝い事があると言うんだ、って誰もに笑われそうだけど。
 それは今だからそう言えることで、人間がみんなミュウになった平和な時代だからこそ。
 前のぼくたちにはクリスマスよりもずうっと大切なお祝い事の日があったんだ。
 楽園という名の白い鯨で暮らしたぼくたち。
 ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 そのシャングリラで採れたブドウのワインは、年越しのイベントの時に使った。
 正確な時を刻み続けるブリッジの時計が示す銀河標準時間。二十四時間の一日と三百六十五日の一年が基本の地球の時間を元にした時間。それが一月一日の午前零時になるのをシャングリラ中の仲間たちが待った。それぞれの持ち場で、ブリッジが見える公園などで。
 カウントダウンを待つ間に配られるグラスに一人一杯のワイン。
 シャングリラのブドウの実から作った赤ワイン。
 グラスを手にして待ち受ける仲間たちに新年の到来を告げて、乾杯の音頭を取っていたのが前のぼく。ブリッジの中央に立って、赤ワインを満たしたグラスを高く掲げて。
「シャングリラのみんな、新年おめでとう。新しい年が良き年でありますように。乾杯!」
 乾杯! と唱和する声が返って、船のあちこちでグラスを傾けながら皆が喜び、祈る。
 新しい年を無事に迎えられたと、また一年間生き延びられたと。
 迎えたばかりの新しい年も、生きてゆくことが出来ますように、と。



 遠い昔にはワインは神様の血だと言われていたというから。
 SD体制が始まるよりも前の時代の暦の始まりの年に生まれた神様、クリスマスに地球の小さな馬小屋で生まれたと伝わる神様の血。
 前のぼくたちの時代にはクリスマスだけで、神様も居たというだけで。神様の身体だとされてた儀式用の小さなパンも無ければ、赤ワインを神様の血になぞらえるための儀式も無かった。
 だけど、前のぼくは赤ワインが神様の血だった時代が確かにあったと知っていたから。失くした記憶の代わりに詰め込んだ知識の一つとして知っていたから、年越しのイベントに赤ワイン。
 神様の血だという赤ワインを飲んで、新しい年の無事を願った。
 ぼくたちの船を、仲間たちを守って下さいと。
 一人でも多くのミュウを救い出すことが出来ますようにと、ミュウの未来が拓けますようにと。



 神様は今じゃ沢山復活しちゃって、お守りなんかも色々あるけど、あの頃は一人。
 前のぼくが生きていた時代は神様はたった一人だけだった。
(…なんでだろう?)
 人間が住む惑星は沢山あったし、神様やお守りも何種類かあっても良かっただろうに。
 神様を一人に絞らなくても、もう少し多くても良かったように思うんだけど…。
 だって、データは残ってた。クリスマスが誕生日の神様の他にも居た何人もの神様たち。聖書の他にも色々な本とかが残っていたのに、それを根拠とする神様たちは居なかった。
(グランド・マザーが統治しやすいようにかな?)
 神様の種類が増えたら、神様を心の拠り所にする人間の種類もそれだけ増える。
 マザー・システムお得意の人間の心を分析したり、場合によっては記憶ごと書き換えて従わせる仕組みを楽に使いたければ、心の種類は少なめがいい。パターンは少ないほど便利。
 そのために神様は一人に絞っておいたのだろうか、と推測してみるけれども。
 一人だけに絞られてしまったとはいえ、神様という概念が無くならなかったことは凄いと思う。
 グランド・マザーにも、マザー・システムにも消し去ることが出来なかった神様。
 人間から神様を取り上げることは、あの非人間的なシステムをもってしても不可能だった。
 だから神様は居るんだと思う。
 クリスマスが誕生日の神様は絶対確実に居るし、復活してきた神様たちも、きっと。
 ぼくがハーレイに出会えるように、と聖痕をぼくにくれた神様。
 聖痕は本来、神様が身体に負った傷痕そっくりなもの。
 SD体制の時代にも生き残っていた、クリスマス生まれの神様が死ぬ時に負った傷痕。
 その神様の血だと言われた赤ワイン。
 赤ワインを飲んで神様にきちんと祈っていたから、神様はぼくに聖痕をくれたのかもね…。



 ハーレイにそんな話をしてみたら、「そうかもな」と頷いてくれて。
「あの頃のワインは貴重だったな、本物は一年に一度だけだしな? しかも一人に一杯だけだ」
「うん。今じゃワインも色々あるよね」
 ぼくは飲めないけど、本物のワイン。赤だけじゃなくて、白とかロゼとか…。
 シャングリラでは赤ワインだって普段は合成だったのに。
「うむ。酒好きの俺としては実に嬉しい」
 前の俺たちの頃も人類はあれこれとワインを楽しんでいたんだろうが…。
 前のお前が奪った物資にも白やらロゼやら紛れてたしな?
 しかしだ、今は地球のワインだ。地球で作られた美味いワインを飲み放題だ。



 いい時代だ、とハーレイは笑顔なんだけど。
 小さなぼくはワインを飲めはしないし、大きくなっても飲めるかどうか…。
「ぼく、地球のワインは楽しめないかもしれないんだけど…」
 前のぼくはお酒に弱かったもの。
 ぼくがお酒を飲める年になっても、ワインなんかは飲めないかも…。
「お前、乾杯で酔っ払えるソルジャーだったしな?」
 グラス一杯の赤ワインでも駄目で、ものの見事に酔っ払えたしな?
「そうだよ、そうなるってことが分かっていたから、いつも口だけつけてたよ」
 ほんの一口しか飲まなかったよ、一口どころか舐める程度で。
 せっかくのワインがもったいないから、残りはグラスごとハーレイに渡して。
「ああ。堂々とお前と間接キスってヤツが出来たんだよなあ、人前でな?」
「そうだったね。年に一度だけの「堂々と」だよね」
 間接キスでも、ハーレイとキス。
 ブリッジとか公園のみんなが見ている所でハーレイとキス…。
「裏事情は誰も知らなかったがな、間接キスをしているんです、という辺りはな」
「うん。キャプテンがソルジャーの飲み残しを飲みます、っていうだけでね」
 ハーレイ、お酒に強かったから。
 無駄にするより飲み残しでも飲むべきだよねえ、貴重な本物のワインだものね?
 飲み残しまで責任を持って飲まなきゃいけないキャプテンはうんと大変だけどね?



 いくらハーレイがお酒に強くて好きであっても、飲み残しを押し付けていたことは事実だから。
 ちょっぴり申し訳ない気分だったのが前のぼくなのに、ハーレイは笑ってこう言った。
「知ってたか? あの飲み残し、けっこう熱い目で見られていたぞ」
「なに、それ?」
 なんで熱い目?
 いったい誰が何の目的で、とぼくはビックリしたんだけれど。
「やはり気付いていなかったのか…。露骨に視線が行っていたがな?」
「そうだったの? ぼくは全然知らないけど、誰?」
 ワインを一口飲んだだけで身体が熱かった、前のぼく。
 みんなの前では酔っ払えないし、平気なふりをしてグラスをハーレイに渡すことだけで精一杯。周りを見ている余裕なんか無くて、威厳を保って立っていただけ。
 誰が飲み残しのワインなんかを見てたんだろう?
 それに熱い目って、どうして熱い目?
「お前に想いを寄せる女性陣ってヤツだ、惚れてるヤツらは多かったろうが」
 あの飲み残しが貰えたら…、って視線が集中していたぞ。
 貰えたらお前と間接キスだし、そりゃまあ、憧れもするだろうなあ。
 その飲み残しを飲んでいた俺は、彼女たちを敵に………まあ、回してはいないがな。
「薔薇のジャムが似合わないハーレイだしね?」
 キャプテン、お仕事ご苦労様です、としか思われてないよ。
 仕事で飲むよりこっちに下さい、くらいにしかね。
「まったくだ。俺が飲んでも絵にならないから助かったんだ」
 まさか本物のカップルで間接キスだとは誰一人として思わんさ。
 シャングリラ中の誰が眺めても、仕事でソルジャーの飲み残しを片付けるキャプテンだ。
 俺たちが恋人同士だったことは最後まで誰も知らないままで終わったしな。



「今もだけどね?」
 恋人同士だって誰も知らないよ、と、ぼくは微笑んだ。
「パパとママ、全然、気付いてないよ。ハーレイがぼくの恋人だってこと」
「…バレたら俺は叩き出されるか? 山ブドウのジュースでもてなされる代わりに」
「うん、多分…」
 ハーレイは叩き出されてしまうし、ぼくは部屋に閉じ込められちゃうよ。
 抜け出してハーレイに会いに行けないようにされてしまいそうだよ、バレちゃったら。
「今も秘密か…。あの頃から進歩してないわけだな、俺たちは」
「そうかも…」
 シャングリラに居た頃も、今も秘密の恋人同士。
 せっかく平和な地球に来たのに…、とガッカリしかけて、ふと思い出した。
 ちょっぴりだけど前より前進してる。
 まるで秘密ってわけじゃなかった、って気が付いたから。
「ううん、ハーレイ。ちょっとだけ前より進歩してるよ」
「どの辺がだ?」
「ハーレイのお父さんとお母さん! ぼくたちがいつか結婚するって知ってるじゃない!」
「なるほどな…」
 俺の親父とおふくろか。
 確かに楽しみに待ってはいるなあ、俺がお前を連れて来る日を。
「ね、そうでしょ? マーマレードだって無くなる前に貰っているもの、大きな瓶を」
「お前のお父さんとお母さんは全く知らないままなんだがな…」
「いつかビックリしちゃうんだろうね…」
 ぼくがハーレイと結婚するってことになったら。
 腰を抜かすかもしれないけれども、絶対、許して貰わなくっちゃね。
「そうだな、俺も土下座してでもお前を下さいと言わんとなあ…」
 でないと幸せになれんしな?
 今度こそ結婚式を挙げてだ、堂々と幸せになろうじゃないか。



 前のぼくとハーレイにとっては夢でしかなかった結婚式。
 今度はパパとママさえ許してくれれば結婚式を挙げて結婚出来る。
 ハーレイと結婚出来るんだけれど、結婚式っていうのは確か…。
「ねえ、ハーレイ。結婚式にはワインで乾杯するんだよね?」
「そこはシャンパンだな、シャングリラでは作っていなかったがな」
「シャンパンなんだ…。シャンパンは作ってなかったね…」
 白ワインもロゼも無かったシャングリラ。
 ブドウの皮と種とを除いて作るような手間のかかるワインは無理だった。本物のブドウで作ったワインは赤ワインだけで、白ワインとロゼはもちろん合成。シャンパンだって合成だった。
 でも合成ならあったんだよね、と思い出していたら。
「知ってるか? 遠い昔は本物のシャンパンは地球でしか作れなかったんだ」
 それも決まった地域でだけだぞ、SD体制よりも前の時代の話だがな。
「今は?」
「何処の星でも作れるんだが、地球の本物のシャンパンを名乗るヤツだってあるんだぞ」
 SD体制よりも前の時代の、フランスって国のシャンパーニュ地方。
 ずうっと昔は其処で作ったヤツだけが本物のシャンパンだった。
 地球が死の星になっちまった後はシャンパンどころじゃないからなあ…。そういった話も消えてしまったが、今は地球と一緒に文化の方だって復活してる。
 俺たちの住んでる地域が元は日本だったっていうのと同じで、フランスだってあるだろう?
 そのフランスのこの辺りです、っていう地域があるのさ、シャンパーニュがな。
 其処で作ったシャンパンが本物のシャンパンらしいぞ、昔ながらの。



 遥かな昔の製造法まで復活させてきてシャンパンを作っているらしい地域。
 本物の地球産の、本物のシャンパン。
「それって、高い?」
「まあな」
 本当に本物のシャンパンだぞ?
 その辺のワインのようにはいかんさ、前の俺たちの赤ワインには及ばないまでも貴重品だ。
「ハーレイは飲んだことがあるの?」
「友達の結婚式でならな」
「結婚式!」
 いいな、と思ったから口にしてみる。
「ぼくたちの結婚式でも出そうよ、本物のシャンパン! お祝い事だし、出してみたいよ」
「お前、乾杯で酔っ払うぞ?」
「ハーレイに回すよ、昔みたいに」
 今度こそ、うんと堂々と。
 だって、結婚したんだもの。堂々と間接キスでいいもの。
「そうだな、口移しで飲んだってかまわないくらいだしな?」
 お前が口に含んだ分まで引き取ってやろうか、酔っ払わないように?
 みんなが見ている前で堂々とキスだ、お前も酔っ払わなくても済むしな。
「ふふっ、いいかも…」
 飲み残しのグラスを渡して間接キスどころか、堂々とキス。
 ぼくが少しだけ口に含んだ乾杯用のシャンパンを飲み下さなくても、ハーレイが全部引き取って持ってってくれる。
 キスして口移しで、あるだけ全部。
 結婚式に来てくれた人たちが見ている前で堂々とキス。
 それがいいな、と思ってしまった。
 今のぼくがお酒に弱くなくても、全部持ってって欲しいよ、ハーレイ…。



 想像してみただけで幸せ一杯、結婚式が楽しみになった。
 シャングリラには無かった本物のシャンパンで乾杯をして、飲み残しは全部ハーレイに。
 ぼくの口の中に入った分まで、口移しでハーレイが貰ってくれる。
 なんて幸せなんだろう。
 どんなに幸せな結婚式になるんだろう…。
 考えただけでたまらないから、ついつい、ハーレイに強請ってしまった。
「ハーレイ…。せっかくだから久しぶりにキス…」
 いいでしょ、と向かい側に座ったハーレイの所へ行って膝の上に座ったのに。逞しい首に両腕を回しておねだりしたのに、「馬鹿っ!」と頭を小突かれた。
「久しぶりも何も、キスは駄目だと言ってるだろうが!」
「……キスな気分なのに……」
「百年早いっ!」
 さっさと下りろ、と膝から追っ払われてしまった。
 そしてハーレイは「お前にはキスもシャンパンも百年早すぎだ」なんて言っている。
 山ブドウのジュースが丁度いいのだと、赤ワインだって飲めやしないと。



(…どうせ子供で、赤ワインだって飲めないよ!)
 前のぼくがハーレイに飲み残しを渡した赤ワインですらも遠すぎる、ぼく。
 ハーレイとキスも間接キスも出来ないぼく。
(まさか百年は待たなくていいと思うんだけど…)
 思いたいけど、相変わらず全然、背が伸びない、ぼく。
 ハーレイと出会った春から変わらないまま、ぼくの背丈は百五十センチ。
 前のぼくの背丈と同じ百七十センチに育たない限り、ハーレイとキスは出来ない約束。
(神様の血の赤ワインだって飲めないんだけど…)
 赤ワインじゃなくって山ブドウのジュースくらいしか飲めないんだけど。
 山ブドウのジュースにも神様がいるなら、お願いしたいよ。
 ぼくの背が早く伸びますように…って。
 そして早くハーレイと結婚式を挙げて、堂々とキスが出来ますように……。




         ブドウとワイン・了

※シャングリラでは貴重品だった、本物のブドウで作ったワイン。出番は年に一度だけ。
 今は本物のワインが色々、結婚式には本物のシャンパンを使える時代です。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv





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