シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「ほほう…!」
こいつは美味いな、と向かい側に座ったハーレイの顔が綻んだ。
「思いっ切り、季節外れなんだけどね?」
「いやいや、この時期、貴重だぞ?」
専門の店ならともかく、家庭料理じゃ食えないんじゃないか?
「どうなんだろう?」
ママの自慢の木の芽田楽。
水切りしたお豆腐を焼いて串に刺して、木の芽味噌を上にたっぷりと塗って。
木の芽が採れる山椒の木は庭の隅っこにあるんだけれど。
ぼくの背丈よりも大きな木だから、パパとママとぼくでシーズン中に食べ切れるわけがなくて、もったいないからママが柔らかな木の芽を沢山摘んで冷凍にしておくんだけど。
山椒の木は雌雄別株。雄花が咲く木は花を摘み取って花山椒。実が出来る方は実が熟す前の青い間に摘んで使ったり、熟した後の実の皮を乾燥させて細かく潰して山椒粉にしたり。
小さい頃から馴染んでいたから、ぼくにとっては普通の光景。棘がある山椒の木の枝をわざわざ触りに行きはしないけど、ママに頼まれて木の芽を摘みに行くことならある。摘んだばかりの葉を両手でパンッ! と叩いて香りを出させて、煮物とかお吸い物とかに入れるんだ。
何処の家でもやっていそうな気がしたんだけれど…。
「知らないのか?」
山椒の木はけっこう難しいんだぞ、とハーレイが季節外れの木の芽味噌を指差す。
「庭さえあれば植えておけるってモンじゃないんだ、山椒はな」
「そうなの?」
アゲハチョウが好きな山椒の木。来ると卵を産んでゆくから、幼虫やサナギが居たりする。まだ小さかった頃、サナギから蝶が出るのを見たくて通ったけれども、いつも出た後。翅を広げた蝶が枝に静かに止まってるだけで、出て来る所は見られなかった。
山椒を植えてる家の子供は誰でも観察してるものだと思ってたけど、その山椒の木は庭があれば育つと信じてた。アゲハチョウを見たければ山椒を植えればいいんだ、と。
だけどハーレイは「そいつは大きな勘違いだぞ」と窓から庭をチラリと眺めて。
「山椒の木は土が合わないと溶けちまうんだ」
「溶けるって…。なに、それ?」
「ん? 文字通り溶けるって意味じゃないがな、親父とおふくろはそう言うなあ…。いつの間にか消えてしまうんだ。ちゃんと手入れをしててもな」
現に俺の家の庭では溶けちまうらしい。
親父たちの家には山椒の木があるし、種から小さな木も生えるんだが…。
そういう実生の木を貰って来て植えてみてもだ、元気がなくなって枯れちまう。何度挑戦しても同じで、仕方ないから、今じゃ鉢植えのままだ。親父の家で詰めて貰った土を入れてな。
「ハーレイの家にもあるんだね、山椒」
「鉢植えだがな。やっぱり春は美味い木の芽を食いたいじゃないか」
「そうだね、タケノコも木の芽和えにしたりするものね」
タケノコの煮物にも木の芽を添えるし、春は木の芽が美味しいよね。
花山椒をドッサリ入れてすき焼きもするよ、鶏のすき焼き。
ハーレイと二人、木の芽を使った春の料理を幾つも挙げた。
隣町にあるハーレイのお父さんとお母さんの家にも、大きな山椒の木があるんだって。木の芽を摘んで、花山椒も実山椒も。
ハーレイもぼくと同じような料理を食べて育ったんだと思うと嬉しい。春は木の芽で、今の家の庭では山椒の木が溶けてしまうから、って鉢植えの山椒。
一度だけ遊びに出掛けた時には鉢植えなんかは見ていなかった。ちょっぴり残念。気付いてたら多分、訊いたのに。「なんで山椒が鉢植えなの?」って。
ぼくにとっては庭にあるのが当たり前の山椒。
土が合わないと消えてしまうなんて、思いもしなかった山椒の木…。
季節外れの木の芽田楽。
ハーレイは「美味い」と笑顔で食べて、お皿に乗っかった木の芽味噌じゃない田楽も食べて。
「普通の田楽味噌も美味いな、俺はどっちも好きだな、うん」
何処の豆腐だ? ってハーレイが訊くから。
あそこ、ってママが買ってる店の名前を答えたら「なるほどな」と頷くハーレイ。
ぼくたちが住んでいる町は水がいいらしくて、お豆腐を作ってるお店があちこちにある。ママが買う店も家から近くて、うんと近所に住んでいる人は入れ物を持って行けば入れて貰える。
ハーレイがお豆腐を買いに行くお店も、同じサービスをしているらしい。専用の容器が要らない分だけ、お豆腐の値段が安くなる。もっとも、ハーレイは入れ物を持って出掛けるには少しばかり距離が遠すぎて、駄目なんだって。
「俺の足なら軽い距離だが、豆腐を入れた器を抱えて散歩はなあ…」
「すれ違う人が眺めてそうだね、器の中身」
「うむ。この俺が豆腐入りのボウルだのタッパーだのを抱えて歩いていたら、だ」
「凄く目立つね、似合わないものね」
女の人とか、子供だったら誰も気にしてないだろうけど…。
ハーレイの身体だと大きすぎだよ、お豆腐を持って散歩するには。
お豆腐を自前の容器で持って帰ると、悪目立ちしそうなハーレイだけど。
そのサービスが受けられないだけで、お豆腐を買いに行くこと自体は珍しくないんだって。
「美味い豆腐が近所で買えるのはいいことだぞ」
豆腐は何かと役に立つしな。
酒のつまみにも夏の冷奴は実に美味いし、冬だって昆布と一緒に温めて湯豆腐感覚で食える。
「ぼくもお酒はまだ飲めないけど、お豆腐、好きだよ」
今日みたいな田楽でもいいし、冷奴も湯豆腐も美味しいよね。
豆腐ステーキとか豆腐ハンバーグも好き。
ママが色々作ってくれるよ。
「豆腐ステーキに豆腐ハンバーグと来たか…」
あれも美味いな、とハーレイが田楽を頬張って。
「シャングリラにもあれば良かったなあ、豆腐。まだ肉が作れなかった頃のシャングリラにな」
「豆は貴重なタンパク源だったものね、あの頃には」
「実際、豆のことを貧乏人の肉って言ってた時代もあるらしいからな?」
SD体制以前の地球だが、とハーレイはぼくに教えてくれた。
誰もが肉を食べられるわけじゃなかった時代。人間が飢饉に怯えていた時代。
肉は豊かな人たちが口にするもので、貧しい人たちは肉の代わりに豆だった、って。保存が利く豆を柔らかく煮たり、スープにしたり。
そうやってタンパク質を摂っていたのに、食生活が豊かになったら豆はヘルシー食品になった。肉よりも健康的な食べ物。
似たような話があったっけ、と思い出す。
前のぼくたちがシャングリラで作った代用品のチョコレート。カカオの木は育てられないから、代わりに育てたキャロブの木。その実でチョコレートやコーヒーなんかを作っていたのに、今ではキャロブはヘルシー食品。健康志向の人たちに人気の代用品のチョコレート…。
キャロブの木を植えるどころの話じゃなかった、ごくごく初期のシャングリラ。
自給自足で頑張っていたけど、肉までは手が届かなかった。畑を作るのが精一杯で、家畜の餌は賄えなかった。
貧乏とはちょっと違うけれども、肉が無かったシャングリラ。
タンパク質を摂れるものと言ったら、豆の料理ばかり。
あの頃にお豆腐があったなら…。
「もっと色々と食えたよな。お前が言った豆腐ステーキとか豆腐ハンバーグとかな」
「お豆腐、工夫して作ってみればよかったね…」
ちょっと視点を変えれば色々食べられたのか、と思ったんだけど。
肉が無い分、お豆腐でカバーしておけば良かった、と前のぼくの知識不足を嘆いたんだけど。
ハーレイに「おい」と真顔で訊かれた。
「その豆腐だが、シャングリラに大豆はあったのか?」
「……大豆……」
言われてみれば大豆は植えていなかった。
豆は何種類も育てていたけど、シャングリラの畑に大豆は無かった。
「…大豆を植える所からかあ…」
お豆腐を作るには大豆が必須。
大豆が無かったシャングリラではお豆腐なんかは作れやしない。
「お豆腐、作れなかったんだ…」
「そのようだ。大豆は畑の肉って呼ばれてたほどの豆なんだがなあ…」
これもSD体制よりもずっと昔の時代なんだが、とハーレイが残念そうに言うから。
「そうだったの?」
「そんな名前がついてた時代もあったんだ。普通の豆よりタンパク質が多めでな」
貧乏人の肉どころじゃない、畑の肉だ、って話になった。
凄い豆だと評判になって、あちこちで育てようとしていたようだぞ、その頃の大豆。
「大豆、そんなに凄かったんだ? なのに…」
なんで無かったんだろう、前のぼくたちの時代。
ぼくはシャングリラで育てる豆を人類の農場から盗み出したけど、大豆なんかは見なかったよ?
作物の苗を扱う場所にも大豆は無かったと思うんだけど…。
「山椒と同じだ、土が合わなくて育たなかったんだろう」
SD体制よりも前の地球でもそうだった。
大豆を植えても育たない場所が沢山あったらしいぞ、きっとデリケートな豆なんだ。
今だって俺たちの住んでいる地域が大豆には一番合うんだそうだぞ。
一度滅びたり、地殻変動が起こったりして、すっかり変わった地球なのにな?
もしもシャングリラに大豆があったら。
お豆腐はきっと作れただろうし、他に大豆で出来るものと言えば…。
「ねえ、ハーレイ。シャングリラで大豆を育てていたなら、お醤油なんかも作れたかな?」
「麹菌を探して来なきゃならんが、作れんことはなかっただろう」
そして大豆と麹があれば、だ。それと塩とで味噌も出来るな。
「そっか、お味噌も大豆だっけね」
シャングリラの畑に大豆があっただけで、お豆腐だけじゃなくて、お醤油にお味噌。
大豆って凄い、と改めて思う。
それがシャングリラの畑に植わっていたなら…、と夢を見たくなる。
「前のぼくたちが大豆を育てて食べてたとしたら、凄くない?」
お醤油にお味噌にお豆腐だよ?
どれも人類の世界に無かったものだし、人類よりも豊かな食文化じゃない?
「いいな、グルメなシャングリラか」
大豆を植えてりゃ、酒のつまみに枝豆だって食えるしな。あれは大豆の若い豆だからな。
「枝豆も大豆の内なんだ…。うんとグルメなシャングリラだね、ベジタリアンでも」
「うむ。精進料理の世界だな。追求してみる価値はあったかもな」
肉を作れるようになっても、ベジタリアン向けとそうでないメニューを作ってみるとか。
そういう発想は無かったなあ…。
「凄くゴージャスだよ、ベジタリアン向けのメニューまであれば」
「やりゃ良かったなあ…」
大前提として大豆が要るが、だ。
種になる豆は探せばあった筈だし、土だって改良出来たんだよなあ、俺たちミュウの得意技だ。
長生きする分、時間はたっぷりあったんだからな。
「お味噌にお醤油だと、和風だけれど…。昆布の出汁はどうするの?」
シャングリラで昆布は採れないよ、と言ってみたら。
「合成すれば何とかなったろ」
それにアルテメシアに居た間だったら、天然ものの昆布が手に入ったかもしれないぞ。
前の俺たちが海藻を食べる文化を知らなかっただけで、あそこの海にも色々と生えていた筈だ。
「うん。多分、昆布もワカメもあったんだろうね」
前のぼくは海藻だな、と漠然と認識していただけだったけれど。
大豆を栽培しているシャングリラだったら、きっとデータを調べたと思う。
お醤油とお味噌を使う料理には昆布の出汁だと気付いたと思う。
そしたら昆布とは何なのか調べて、基本は合成。余裕のある時はアルテメシアの海で本物を調達して来て、干して昆布を作るんだ。その昆布から天然ものの昆布出汁。
昆布出汁が出来たら、お味噌汁とか色々作れた。
前のぼくたちの時代には無かった、和食の文化を再現出来た…。
豆だけだった時代に頑張ってみれば良かったかな、と思ったから。
もっと豆を食べる文化を追求してれば、食料事情が変わってたかな、という気がしたから。
「前のぼく、もうちょっと豆を追求しておくべきだったかな?」
タンパク源が豆しか無い、って考えるよりも、豆の良さを調べるべきだったかな?
シャングリラで大豆を育てる方向に行くべきだったかもしれないね、ぼく。
人類も育てていない大豆で頑張っておくべきだったのかも…。
「うむ。シャングリラに大豆は無かったんだが、豆との縁はしっかりあったな」
「えっ?」
「前のお前は眠っていたから知る筈もないが、ナスカでのことだ」
あの星に最初に根付いた植物、豆だったんだぞ。
桃色の花が咲く豆だった。
トォニィの父親が育てていたなあ、ユウイって名前の若いミュウでな。
生憎と事故で死んじまったが、トォニィはあの豆の花を「パパのお花」と呼んでたな…。
「そうなんだ…。トォニィのパパかあ…」
前のぼくが知らない、トォニィの父親。
最初の自然出産児だったトォニィと血が繋がった実の父親。
その人がナスカで豆を育てていたなら、大豆も育てられただろうか。
もしも大豆の種があったなら、ナスカでも大豆が育つようにと工夫をこらしてくれただろうか。大豆に合うよう土を探して、必要とあれば手を加えて。
ナスカは大豆が育つ星になって、あの赤い星でもお味噌やお醤油を作れただろうか。
お豆腐を作って、合成でも昆布の出汁を作って。
独自の食文化を築き上げたミュウが、あの赤い星に居たのだろうか…。
大豆を食文化の中心に据えて、ナスカでも大豆を栽培して。
そんな風だったら面白かったかもね、とハーレイに言ったら「それ以上だ」と返事が返った。
「前の俺たちが人類とは違う食文化を築いていたなら、変わったかもなあ、色々とな」
「変わるって…。何が?」
グルメなシャングリラのことだろうか、と思ったんだけど。
ベジタリアン向けとそうでないメニューが出来ていたって意味なのかな、と思ったんだけれど。
ハーレイがぼくに返した答えは、そんなレベルのものじゃなかった。
「分からんか? 捕虜にしたキースに豆腐田楽を食わせるとか、だ」
「ああ…!」
それって、ミュウの文化を知ってもらうチャンス…。
食べたことのない変な食事が出て来るんだものね、ビックリするよね?
お味噌汁とかもちゃんとついてて、お醤油をかけた冷奴とかも。
不味いんだったら「捕虜向けの餌か」と思うだろうけど、美味しいんだものね。
ミュウを見る目が変わってたかもね……。
「そういうことだ」
キースが同じように逃げたとしてもだ、その後が変わっていたかもしれん。
報告を聞いたグランド・マザーがどう出て来たかは分からんが…。
ミュウを徹底的に排除するよう出来ていただけに、殲滅しろとは言ったと思うが…。
それを命じられたキースの判断がまるで違っていたかもしれんぞ。
最終的にはグランド・マザーに逆らった男だ、ナスカの段階でサッサと見切りを付けてしまった可能性もゼロではないからな。
なんたってミュウはただの異端分子というわけじゃなくて、独自の食文化を持った種族なんだ。そいつを星ごと滅ぼせだなんて、ちょっと判断に迷うと思わんか?
「…同じ攻撃しに来るにしても、メギドを持って来なかったとか?」
「でなきゃ最初から見逃すとかな」
あの星には何もいませんでした、とグランド・マザーに言っても無駄だが、キースは頭の切れる男だった。
俺たちに逃げろと警告してから攻撃してくりゃ被害は防げる。
そのくらいのことは出来た男だ、メギドを持ち出せたヤツなんだからな。
そうなれば俺たちはナスカから逃げて、キースの方でもグランド・マザーに逆らう道へと行っただろう。着実に出世して、昇進して。国家主席になった暁には、俺たちを地球へ呼んでたかもな。
グランド・マザーを倒しに来ないかと、自由な世界を作らないかと。
ぼくはポカンと口を開けてハーレイの話を聞いていた。
確かにキースなら有り得た話。
ぼくをメギドで撃ったキースはグランド・マザーに忠実な地球の男だったけれど、もしも根幹が揺らいでいたなら、どうだったか。
何が真実かを自分の瞳で見極めるまでは、決して流されない男。キースはそういう人間だった。
ミュウが自分たちとは違う種族だと、ただの異端ではないと気付けば命令違反もするだろう。
本当に人類に仇なすものなのかどうか、確かめるまでは動かないだろう。
其処まで行ったら、キースが辿るであろう道筋は国家主席となった後の彼の道筋と同じ。
ミュウの存在を認め、グランド・マザーに逆らう方へと進んだ筈。
彼なら若くても可能だった。
ナスカに来た頃の若いキースでも、ミュウの、人類の未来を変えることが出来た…。
「そっか…。豆腐田楽が世界を救うんだ?」
捕虜のキースに食べさせるだけで。
「これは何だ?」と訊かれて答えるだけでいいんだ、「豆腐田楽です」って。
お豆腐もお味噌も大豆で作って、こういう料理が出来るんです、って…。
「そうなるな」
あいつがメギドを持って来なけりゃ、ナスカの悲劇は起こらない。
前のお前も死なないわけだな、そもそもメギドが出て来ないんだからな?
「…凄すぎる豆腐田楽だけど?」
前のぼくの代わりに豆腐田楽がメギドを止めるわけ?
ぼくより凄いよ、止めるだけじゃなくて出て来ないようにしちゃうんだから。
「どうせなら冷奴に湯豆腐なんかも振る舞って、だ。豆腐尽くしのもてなしでどうだ?」
「やってみたかったね、捕虜のキースにお豆腐尽くし」
熱々の豆腐田楽を出して、冷奴はうんと冷たくして。
湯豆腐はもしも残っていたなら、本物の昆布でお出汁を取って。
「ああ、本当にやりたかったな。どんな風に歴史が変わっていたか、な」
キースが豆腐田楽を美味いと思った瞬間から歴史が変わるんだ。
実に愉快で爽快だったろうなあ、それで歴史が変わっていればな。
シャングリラとナスカで大豆を育てて、お豆腐を作って、お味噌を作って。
そのお豆腐とお味噌で作った豆腐田楽を捕虜にしたキースに出したら、歴史が変わる。
キースが「美味しい」と思ってくれたら、メギドは出て来もしないで止まる。
なんだか凄い。
凄すぎるけれど、有り得たかもしれない一つの可能性。
もしもシャングリラで大豆を育てていたなら、お豆腐とお味噌を作っていたなら。
お醤油も作って、昆布の出汁を使う食文化を前のぼくたちが立派に築いていたなら…。
シャングリラの畑にドカンと大豆。
お豆腐とお味噌とお醤油を作るのに欠かせない大豆。
本当にそれで歴史を変えていたなら、どうなっただろう?
「…その場合、ぼくたちは歴史に残ったのかな?」
「残ったんじゃないか? ミュウと人類との和解に至るって点では同じだ」
ただし、お前は。
メギドを止めた英雄じゃなくて、豆腐で世界を救ったソルジャーってことになるんだろうが。
「じゃあ、ハーレイは?」
「キャプテンだからなあ、大豆畑の最高責任者って所だろうさ」
教科書に載せて貰える写真がキャプテンの制服じゃなかったかもしれん。
大豆畑の責任者らしく、作業服を着て農作業中の写真だとかな。
お豆腐で世界を救ったソルジャー・ブルーと、大豆畑の最高責任者のキャプテン・ハーレイ。
ハーレイが言う通り、教科書に載せられるキャプテンの写真は作業服での写真かもしれない。
前のぼくだって、ソルジャーの衣装を纏ってはいても背景が大豆畑とか。
でなければ、写真の脇に別枠で豆腐田楽の写真がくっついてるとか。
歴史を変えた豆腐田楽はきっと、伝説のレシピになっただろう。
調理実習では必ず教わる定番の料理で、お豆腐屋さんは偉大な職業。
もしかしたらシャングリラからの伝統を受け継ぐお豆腐屋さんがあったかもしれない。気が遠くなるほどの長い歴史を重ねた凄い老舗のお豆腐屋さん。
「…初代の店長がトォニィだったりするのかな? うんと老舗のお豆腐屋さん…」
「いやいや、そこはお前の名前だろ? 最初に豆腐を作ったんだし」
「そうなるわけ? 初代のソルジャーで初代店長なんだ?」
歴史も変わるけど、ぼくとハーレイの扱いまで全く変わってしまいそうな世界。
お互いイメージが全然違うね、と二人で笑い合ったけど。
大豆畑で枝豆の束を抱えて立ってる、作業服のハーレイまで想像して笑い転げたけれど。
そんな「もしも」を語れる世界に来られて良かった。
ハーレイと二人で来られて良かった。
季節外れの木の芽田楽が美味しい世界。
お豆腐が美味しい、いい水が湧き出すぼくたちの町に。
大豆を育てる光と水と土とが揃った、蘇った青いこの地球の上に…。
豆腐の可能性・了
※もしもナスカで大豆を育てて、豆腐を作っていたならば…。それをキースが食べたなら。
全ては夢のお話ですけど、きっと本当に歴史は変わっていたのでしょうね。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv