シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
連日の曇りと雨模様。いわゆる梅雨の真っ最中です。せっかくの土曜日だと言うのに外には遊びに行けそうもなく、夜までに雨が上がれば出掛ける予定だったホタル狩りもお流れになりそうでした。私たち七人グループは会長さんの家に来ていますけれど、ジョミー君がブツブツと。
「…止みそうにないね、今日の夜までに」
「当分雨だって言ってたぜ。今朝の予報で」
諦めろよ、と分厚い雨雲を眺めるサム君。
「思いっ切りの梅雨前線だしなぁ、こりゃ仕方ねえぜ」
「あーあ、晴れてた間に行きたかったなぁ、ホタル見物…」
木曜日まではそこそこ晴れ間もあったのに、とジョミー君がぼやけば、会長さんが。
「仕方ないだろう、面子が足りなかったんだから…。それともアレかい、キースを放ってホタル狩りかい? 仕事で出掛けていたのにさ」
それじゃあんまり可哀相だ、と会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頷いています。
「キース、お仕事だったんだもん! 待ってあげるのがお友達でしょ?」
お出掛け出来ない分はお家で楽しまなくちゃ、と出ました、紫陽花の花の形のカップケーキが。定番のゼリーのお花ではなく、紫芋のクリームを絞った花びらが素敵です。マジパンで作ったカタツムリもくっついていて、なんとも可愛い出来上がり。
「えっとね、下はシフォンケーキになってるの! 口当たりが軽いし一人何個でもいけると思うよ、好きなだけ食べてね!」
夜は焼肉パーティーしようか、と提案されて大歓声。ホタル狩りに出掛けた場合は料理旅館で夕食の予定だったのです。お目当ては鮎の塩焼き食べ放題のプランでしたから、家でやるなら焼肉ですよね。鮎の塩焼き、食べ放題な勢いで焼くって無理そうですし…。
「えっ、出来るよ? …雨が降ってなかったら、だけど」
お部屋が煙だらけになっちゃうから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「屋上を使えば簡単、簡単! バーベキューみたいに竈を置いてね、鮎を並べるだけでいけるし」
いつかやろうね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそう。鮎の塩焼きパーティー、いいかも…。
「そうだね、次に晴れたらパァーッとやろうか、いっそ鮎から釣りに行くとか」
会長さんも乗り気です。
「鮎釣りもなかなか楽しいよ? 慣れない間は難しいけど、天然モノは美味しいからね」
「そうだな、確かにアレは美味いな」
こないだ食ったのも美味かった、とキース君。
「…鮎は本当に美味かったんだが、その前がな……」
あれさえなければもっと美味さを味わえたのに、とハアと溜息。お仕事で何かありました?
梅雨の晴れ間だった数日の間、キース君はお仕事とやらで欠席でした。欠席理由は法務というヤツ、お坊さんとしてのお仕事です。大きな法事か、総本山の璃慕恩院でのお手伝いかと特に追及しませんでしたが、打ち上げで食べたのであろう鮎がイマイチと聞けば知りたくなるもの。
「何だったんだよ、鮎の美味さが減点になっちまうような法務ってよ?」
璃慕恩院で叱られたのかよ、と尋ねるサム君。
「なんか先輩が怖いって聞くよな、法要の間にドジを踏んだら打ち上げの席でネチネチ言われるみたいだし…。それにアレだろ、ネチネチついでに偉い人の耳にも入っちまうんだろ?」
同じ宴席に居るんだもんなぁ、というサム君の言葉に背筋がゾクッと。それって上司も来ている宴会で吊るし上げを食らうようなモノですか? そうなれば鮎の味どころじゃないでしょう。自分の今後の評価を思うと生きた心地も…って、キース君がドジを踏みますかねえ?
「で、どういうドジをやらかしたんだよ? 鳴り物のタイミングをミスッたとか?」
「俺の評価を勝手に下げるな、俺は完璧にやってきたんだ!」
求められる以上の働きをした、とキース君はカップケーキを一口食べてコーヒーをズズッ。
「それに璃慕恩院に行ってたわけじゃない。俺の同期の寺の落慶法要だ」
「「「は?」」」
「そうか、素人には分からんか…。落慶法要というヤツはだな、寺の建物を新築した時とかにやる法要なんだが、修理や建て替え完成でもやる。今回は本堂の建て替えだった。それはいい。…それは目出度いんだし、そこはいいんだが…!」
目出度いからってアレは無いだろう、とキース君は顔を顰めました。
「派手にお披露目したいから、と招待状が届いたんだ。…法要の格は出席した坊主の位と人数で決まると言ってもいい。俺たちは大した位ではないが、数が揃えば見栄えするしな。同窓会を兼ねて一席設ける、と言われれば遠い寺でも喜んで、だ」
同窓会がてら祝い金を持って電車を乗り継ぎ、遠くまで行って来たらしいキース君。そこで大学の同期の仲間と旧交を温め、落慶法要に出席したまではいいんですけど…。
「なんでアイツだけ紫なんだ! 落慶法要でも有り得んだろうが!」
紫だぞ、と何度も繰り返し言われましても、何のことやらサッパリです。紫だったら目の前のカップケーキも紫芋のクリームの紫陽花ですよ?
「そうじゃない! 坊主の紫は特別なんだ! ブルーの緋色の下の位になるんだぞ!」
「「「…え?」」」
「紫色の衣の上には緋色しか無い。それくらいの地位に居ないと着られないのが紫だ!」
それをアイツが着やがったんだ、と拳を握り締めるキース君。それって同期生の誰かが紫だったってコトですか? キース君は確か萌黄とかいう緑ですよね?
真面目に有り得ん、と愚痴るキース君の話によると、紫の法衣を着ていた人は落慶法要をしたお寺の住職の息子さんで副住職。キース君の同期生です。居並ぶ同期生たちが緑の法衣を纏っている中、自分のお父さんと同じ紫の法衣で法要を務めたらしく…。
「みんなポカンと口を開けたが、法要の最中に文句は言えんしな…。同期会を兼ねた打ち上げの宴会で追求したら、「法要に箔をつけたかった」ときやがった! そりゃまあ箔はついただろうさ、紫が一人増えてれば! しかしだ、紫はそんな理由で着ていいモノじゃないんだぞ!」
修行を積んで位を上げないと着られないからこそ箔がつく、とキース君はグチグチグチ。
「俺の同期たちもずるい、ずるいと言ってやがったし、いっそチクるかという話も出たが…。チクッたら最後、あいつの人生、終わりになるしな。それは出来んという結論で、後はひたすら愚痴祭りだった」
お蔭でせっかくの鮎が不味くて、と鮎の塩焼きまでようやく辿り着きました。けれど、チクッたら人生終わりって、どういう意味? どうしてチクッちゃいけないんですか?
「ああ、それはねえ…。チクられたら本当に終わりなんだよ。ねえ、キース?」
会長さんが横から割り込んで来て。
「…で、本当に璃慕恩院に密告しないんだ? 持つべきものは友情に厚い同期生ってね」
「当たり前だろう! いくら紫が羨ましくても、友人を地獄に落とせるか?」
俺たちはそこまで薄情じゃない、とキース君は力説しています。えーっと、友情はいいんですけど、なんで密告で人生終了?
「お坊さんとして終わりなんだよ」
会長さんが重々しい口調で告げました。
「僧階……お坊さんの位のことなんだけどね、法衣の色はそれに応じて決まっている。この位ならこの色で、という風に。…自分の位よりも下の位の色を着るのはかまわない。ぼくが紫を着ても叱られないし、キースが墨染を着たりするのもそういう関係」
それは全く問題無い、と会長さん。
「でもね、僧階以上の色を着た時は僧籍剥奪になるんだな。お坊さんとしての資格を失う。住職の資格どころか墨染すらも二度と着られません、という死刑同然の刑になるわけ」
「そういうことだ。一度僧籍を剥奪されたら、復帰するのはまず無理だ。…他の宗派に行くなら別だが、二度と坊主に戻ることは出来ん。ブルーが言う通り、坊主には死刑宣告だな」
いくら紫を着たからと言って同期生を死刑に出来るか、と言われて納得。確かに人生終わりです。二度とお坊さんになれないだなんて、お寺に生まれた人にとっては最悪の刑罰ですってば…。
なんという恐ろしい決まりがあるのだ、と驚かされた法衣の規定。会長さんが緋色の衣を自慢するのも無理はない、と私たちは頭を振り振り、キース君の落慶法要での愚痴を聞き…。夕食はウサ晴らしとばかりに焼肉パーティー、大いに盛り上がった次の日も雨。
「今日もホタルは無理そうよねえ…」
スウェナちゃんが会長さんの家のダイニングの窓から雨雲を眺め、私たちも止みそうにない雨に不満を漏らしつつ、海の幸たっぷりのクリームパスタの昼食を。やっぱりキース君に遠慮してないでホタル狩りに行くべきだったでしょうか? 向こう一週間、ものの見事に雨予報ですし…。
「うん、遠慮してたら負けだと思うな」
絶対に負け、とジョミー君がパスタをフォークに絡めて口へと。
「だからさ、ぼくも遠慮はしないってことに決めたんだよ、うん」
「「「は?」」」
ジョミー君ったら、一人でホタル狩りに行く気だとか? 雨でもホタルは飛んでいますし、もしかしたら家に帰ってパパやママと車で出掛けてホタル見物?
「そんな話じゃないってば! もっと人生、前向きに!」
ぼくの前途は大いに明るい、とジョミー君は至極御機嫌です。何かいいことあったんですか?
「うん、あった! この先、二度と悩まなくても済むんだよ。ぼくの人生、これからなんだ!」
もう嬉しくて嬉しくて、と喜びを抑え切れないらしいジョミー君。そんなに素敵なことがあるなら、ここは是非ともお裾分け! 私たちだってあやかりたいです、何かおごってくれるとか…。
「お裾分け? 何かおごるのは別にいいけど、キースとサムはどうだろう…」
「俺は好き嫌いは決して言わんぞ、おごりならな」
「あっ、俺も! おごってもらって文句をつけるほど心は狭くねえってば!」
どんなモノでも是非おごってくれ、とキース君とサム君が身体を乗り出したのですけれど。
「………。ホントにいいわけ? 人生、終わるよ?」
「「「えっ?」」」
いったい何をおごる気なのだ、と私たちまでがドン引きしました。人生が終わるお裾分けって、それ、怖すぎじゃないですか! キース君とサム君で終わりそうなら、私たちだって…。
「ジョミー先輩、ぼくは遠慮させて頂きます」
おごるなら他の皆さんにどうぞ、とシロエ君が逃げ、マツカ君も。
「ぼくもいいです…。ぼくの分は他の皆さんでどうぞ」
「私もいいわよ、みんなで分けて」
スウェナちゃんまで逃げますか! これは私も逃げねばです。おごってもらえば人生終了、デンジャラスすぎるお裾分け。そんなの絶対お断りです~!
上機嫌でパスタを頬張るジョミー君におごらせる話は頓挫しました。とはいえ、デンジャラスなお裾分けとやらが何だったのかも気になる所。みんなで顔を見合わせたものの、訊いたら強引におごられそうで出来ません。うーん、とっても知りたいんですが…。
「こんにちは」
「「「???」」」
誰だ、と振り返った先でフワリと翻る紫のマント。ソルジャーが笑顔で立っています。
「ぶるぅ、パスタは残ってる? 地球はやっぱり海の幸だよね」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ちょっと待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーの分のパスタを手際よく用意。空いていた席に座ったソルジャー、早速フォークでパクパクと…。
「うん、美味しい! 来て良かったよ。でもって、ぼくは自分の未来に自信あり! ハーレイとも結婚出来たんだからさ、地球にもきっと行けるよね」
地球に着いたら海の見える場所に一戸建ての家を建てるんだ、とソルジャーは聞き飽きるほど聞かされてきた夢の未来を語り始めました。
「ハーレイと二人で暮らす家だよ、ぶるぅの部屋もあるけどね。そして庭には桜の木! 春が来る度にお花見するんだ、桜を一人占めしてさ。…ああ、ハーレイと二人占めかな? ぶるぅは放って夫婦でゆっくり! そんな未来が待ってるんだし、ぼくの人生は終わらない」
だからね、とソルジャーはジョミー君に視線を向けました。
「今日はとっても機嫌がいいけど、お裾分けってヤツを貰っていいかな?」
「いいよ、何にする? お小遣いを貰ったトコだし、ハンバーガーでも買いに行く?」
変わり種が出来たんだってさ、とジョミー君が挙げたお店はアルテメシアの南の端っこに近い神社の近く。お稲荷さんで有名な門前町の中らしいです。
「へえ…。そんな所でハンバーガーかい?」
「らしいよ、パパが仕事で前を通って見付けてきたんだ。仕事中だし、買って帰ってくれなくってさ…。ブルーだったら瞬間移動で一瞬だよね、雨でもさ」
「いいねえ、どんなハンバーガー?」
「お狐バーガー!」
だけど狐の肉じゃないから、とニッコリ笑うジョミー君。えっ、ちょっと待って、人生終わるって言いませんでした? なんでお狐バーガーで?
「買いに行くんだったらぼくも欲しいな」
会長さんが手を挙げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も右手をサッと。
「ぼくも! ぼくにもお狐バーガー!」
えっ、えっ、会長さんたちも人生を賭ける気なんですか? あらら、ジョミー君とソルジャー、瞬間移動で消えちゃった…。
「お、おい…。あんた、本気で貰う気か?」
あんな物騒なお裾分けを、とキース君が会長さんに確認すれば、クスッと笑いが。
「ぼくも人生には自信ありでね。ぶるぅも別に問題ないだろ、六年ごとに人生振り出し!」
「かみお~ん♪ 六歳になる前に卵だも~ん!」
お狐バーガー、とっても楽しみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は浮かれています。人生が終わると噂のお狐バーガー、どんなモノかと思いきや…。
「ただいまぁ~! 瞬間移動ってホントに楽勝! 雨でも全然平気だね!」
「どういたしまして。はい、ブルー。ぶるぅにもお狐バーガー、ジョミーのおごり」
出来たてだよ、とソルジャーが紙にくるんだバーガーを渡し、自分の包みを開けています。ジョミー君も鼻歌交じりに紙包みを開け、中からお狐バーガーとやらが。
「「「…油揚げ…」」」
パンの代わりに分厚い油揚げ、挟んである具は豚カツとレタスで。
「うわぁ、油揚げがパリパリだよ! カツはサクサク! 買いに行けて良かったぁ~!」
みんなにおごっても充分お釣りが来る味だ、とジョミー君は夢中でパクパク。ソルジャーも美味しそうに齧りついていますし、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「美味しいね、ぶるぅ。そうか、アルテメシアにも出来ていたのか、お狐バーガー」
「お稲荷さんの本家本元だしね♪」
出来ていたって不思議じゃないね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。どうやら他所のお稲荷さんの門前町で人気の品だったみたいです。本当に美味しそうなんですけど、でもでも、食べたら人生終わりなデンジャラスなバーガーなんですよ……ねえ……?
「えっ、お狐バーガーが危ないだなんて一度も言っていないよ、ぼく」
ジョミー君が油揚げと豚カツのハーモニーを味わいながら。
「キースとサムにはお裾分け自体がヤバイんじゃないの、って言いたかっただけで…。お狐バーガーじゃなくて稲荷寿司でもヤバイと思うし、普通のハンバーガーでも人生終わるよ」
「どういう意味だ?」
分からんぞ、とキース君が突っ込み、サム君も。
「そうだぜ、なんで俺とキースが終わるんだよ! 他のヤツらは平気なのかよ?」
「…全然平気だと思うけど? なんか勘違いをしてくれちゃったし、ぼくの財布には嬉しいよね」
ブルーが一人増えた分をカバーしたって大丈夫、とジョミー君は御満悦。ひょっとしなくても、私たち、食べ損ないました? 油揚げの匂いが食欲をそそるホカホカのお狐バーガーを…?
ジョミー君の幸せのお裾分け。キース君とサム君以外は、貰っても人生が終わるわけではなかったようです。おごって貰うチャンスとお狐バーガーを逃したショックは大きいですけど、その前に。
「…ジョミー先輩、どうしてキース先輩とサム先輩に限定なんです? 人生終了」
理由を教えて貰えませんか、とシロエ君が切り込み隊長。ジョミー君は「ん?」と最後の油揚げを口に押し込み、モグモグしてから。
「だってさぁ…。坊主終了のお裾分けだよ、キースとサムにはヤバすぎだってば!」
「「「へ?」」」
何ですか、それは? 坊主終了のお裾分けって、何のこと?
「だからさ、ぼくが坊主をやめるわけ! ブルーに無理やり坊主にされてさ、いつかは住職の資格を取れって言われてきたけど、もう終わりだし!」
目出度く坊主を卒業なのだ、とジョミー君は宣言しました。
「ブルーがどんなに頑張ったって、二度と坊主になれなくなったら手が出せないよね? なんだったっけか、僧籍剥奪? その判決を受けるんだってば、死刑宣告!」
「「「えぇっ!?」」」
どうやって、と目を剥く私たちに向かって、ジョミー君は得々と。
「紫の衣だったっけ? それでもいいし、ブルーみたいな緋色でもいいし…。そういうのを着たらアウトで死刑になるんだよねえ? そんな楽勝な手があったなんて、もう嬉しくて」
永遠に坊主の道とはサヨウナラ、と幸せに酔うジョミー君。…そっか、その手があったんだ! キース君の僧籍剥奪ネタから閃きましたか、そりゃあソルジャーにまでお狐バーガーをおごるくらいに心が浮き立つことでしょう。まさに人生バラ色ってヤツで…。
「ま、マジかよ、お前?」
サム君が声を震わせ、キース君も。
「そ、それは…。確かにそういうお裾分けなら欲しくもないが、本気で本気か?」
「もちろんさ! 紫がいいかな、それともパァーッと豪華に緋色かな? 同じやるなら緋色の方かな、最高のヤツを着て僧籍剥奪!」
頑張るぞ! とジョミー君は燃えていました。身体から立ち昇る幸せオーラが見えるようです。パチパチパチ…と拍手が聞こえて、お狐バーガーを食べ終えたソルジャーが祝福を。
「なるほど、それで人生終了なんだ? だったらぼくには無関係! 素晴らしいアイデアが見付かったことを心の底からお祝いするよ。おめでとう」
「ありがとう! お狐バーガー、気に入ってくれた?」
「君のおごりだと思うと美味しさ倍増! 何かあったら遠慮なく言ってよ、今日の御礼に手伝うからさ」
御馳走様~! と軽く手を振り、ソルジャーは姿を消しました。うーん、私たちもお狐バーガー、おごって貰うべきだったかも…。
大盤振舞いをやらかすほどに舞い上がっているジョミー君。その幸せのお裾分けがキース君とサム君限定でヤバイ理由も判明しましたが、お坊さんという点では会長さんも変わらないような…? そこをシロエ君が問い質すと、ジョミー君は明快に。
「えっ、ブルーは緋色の上が無いんだし、人生終了にならないよ。自分よりも上の位のヤツを着るのが重要なポイントになるんだからさ」
「…そうですか…。で、本当にやる気なんですか、ジョミー先輩?」
「決まってるじゃないか! もう明日にでも着たいくらいだよ」
一日でも早く坊主にサヨナラ、と期待に胸を膨らませているジョミー君ですが。
「……いいけどね……」
会長さんが口を開きました。
「紫だろうが緋色だろうが、着たければ好きにすればいい。ちゃんと衣が手に入るならね」
「え?」
怪訝そうな顔をするジョミー君に、会長さんは。
「君は法衣を注文したことが無いだろう? 何処で紫を仕立てるんだい、緋色にしてもさ。法衣は普通の着物とは違う。自作なんかはまず無理だ」
ぶるぅ並みの裁縫の腕が無いとね、と鼻で笑われ、ジョミー君は憤然と。
「通販するし!」
「…ふうん? まあ、今どきはネット通販も出来るけど…。予算はちゃんとあるんだろうねえ、法衣は高いよ?」
「人生のためなら前借りもするよ!」
お小遣いを十年単位で前借りしたって後々を思えば安いものだ、とジョミー君は言い切りました。おおっ、十年単位で前借りですか! お狐バーガーをおごった件といい、お坊さんの道と縁が切れるなら金銭問題は些細なことに過ぎないようです。
「前借りねえ…。借金取りに追われないよう、頑張って返済するんだね。君のパパとママは優しそうだけど、大金を貸したら流石に黙っちゃいないと思うな」
月々の返済計画表を作られたりして、と会長さんはニヤニヤニヤ。
「昔から言うよね、ご利用は計画的に、ってね。返済が滞ったってビタ一文貸してはあげないよ? ぼくが導いてあげた仏の道をチャラにしようと言うんだからさ」
借金で火の車ならぬ火だるまになっても放置あるのみ、と会長さんが冷笑を浮かべ、キース君とサム君も冷たい声で。
「罰当たりめが…。銀青様のお導きを足蹴にするなど、地獄に落ちても文句は言えんな」
「だよな、お念仏さえ唱えていれば極楽に行けるってぇのによ…。信じられねえや」
南無阿弥陀仏、と二人は声を揃えてお念仏。ジョミー君の未来は前借り借金地獄ですかねえ?
そんなこんなで迎えた週明け。最初の間こそ浮かれまくっていたジョミー君ですが、早々に壁にブチ当たったらしく、水曜日にはすっかり意気消沈。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でレモンクリームが挟まれたライチのムースのお皿を前に項垂れています。
「どうしたんだい、君の元気は何処かへ旅に出たのかな?」
会長さんのからかう口調に、ジョミー君はションボリと。
「…捜さないで下さいって気分だよ…」
「それはそれは。だったら是非とも捜さないとね、最後に目撃されたのは何処?」
「………多分、月曜日の夜くらい………」
それから後は行方不明、と嘆くジョミー君が失くした元気はネットの海から旅立って行って帰って来る見込みも立たないのだとか。キース君がフフンと鼻で笑って。
「前借り以前の問題なんだな?」
「……途中までは注文出来たのに……」
注文用のフォームは出たのに、と泣きの涙のジョミー君。
「何さ、あれって酷すぎだよ! 所属する宗派の名前はともかく、なんで番号とかが要るわけ? 思いっ切りの個人情報じゃないか!」
「「「…番号?」」」
それは必須の条件だろう、と私たちは呆れ果てました。お小遣いの前借りが十年単位で必要なほどの高額商品を買おうと言うのです。注文主の電話番号も入力せずに済ませられるわけがありません。個人情報という代物について最初から学び直した方がいいのでは…。
「電話番号くらい入れるよ! でなきゃ連絡つかないし!」
「だったら何の番号なんです?」
シロエ君の問いに、ジョミー君は「知るもんか!」と投げやりな答え。
「番号かもだし、記号かも…。ぼくにも謎な自分の番号!」
「「「はぁ?」」」
ますます分からん、と首を捻りまくる私たちの耳に、会長さんののんびりした声が。
「…知らないだろうね、坊主の道にサヨナラだなんて言い出すようなジョミーじゃねえ…。聞きに来ないんだから知りようもない」
「「「……???」」」
「ジョミーが言うのは僧籍の登録番号だってば、ぼくが総本山に届け出た時についた番号。キースとサムは自分のヤツを知っているけど、ジョミーはねえ…。そもそも番号じゃないかもしれない。ジョミーが言う通り記号かもだし、数字かもねえ?」
それが無くては何も出来ない、と会長さんは高笑い。それって暗証番号ですか?
「…暗証番号とはちょっと違うね。平たく言えば個人識別情報かな?」
そんなところ、と会長さんは教えてくれました。
「なにしろ法衣の色ってヤツはさ、決まりを破れば僧籍剥奪に繋がるくらいの大事なモノだよ? それを素人さんがネットでポンと注文出来ると思うのかい? この人は本当にお坊さんなのか、と店も確認くらいはするさ。そのために番号が必要なんだよ」
本当に総本山に問い合わせたりはしないけど、と会長さん。
「それっぽい情報を書き込んでおけば注文フォームの方はOK、店は即座に制作に入る。だけど相手が番号も知らない素人さんだとうるさいよ? 使用目的は何か、身元はキチンとしているか…。それは色々と聞かれるだろうね、衣の色が凄くなるほど根掘り葉掘りの勢いで」
「「「………」」」
ジョミー君の元気が行方不明になるわけだ、と私たちは顔を見合わせました。この調子では僧籍剥奪云々以前に色つきの法衣ゲットが無理そうです。あんなにバラ色だった未来が今や灰色、それどころか暗黒かドドメ色かも…。
「…そうか、そういうシステムなんだ?」
それは大変、と会長さんそっくりの声が聞こえて優雅に揺れる紫のマント。空間を越えて来たソルジャーはスタスタと部屋を横切り、ソファにストンと腰掛けると。
「ぶるぅ、ぼくにもライチのムース!」
「オッケー! それとレモンティーだね!」
ソルジャーの好みを把握している「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意し、嬉々としてムースにフォークを入れるソルジャー。
「通販で壁にぶつかったのかぁ…。お狐バーガーをおごってくれたし、あの時の恩を返そうか、ジョミー? ぼくで良ければ」
「えっ、ホント!?」
ソルジャーの提案にジョミー君の顔が輝き、旅に出た筈の元気がマッハの速さで帰還した模様。
「番号とか突破出来るんだ? そうだね、ブルーは凄いんだもんね!」
SD体制だったっけ、と感心しているジョミー君。
「この世界よりも凄い世界で情報操作をしているんだから、通販くらい楽勝かぁ…。それじゃお願いしようかな? 此処まではぼくでも行けるんだよ、うん」
後をお願い、とジョミー君が部屋に備え付けの端末で法衣専門店のサイトを呼び出し、紫色の法衣のページを開いて注文フォームを。
「緋色は受注生産らしいし、これが限界だったんだ。やるなら緋色でやりたかったけど、早くオサラバしたいから…。もう紫で構わないかな、って」
「了解。この程度ならこうパスを打って…。ん? …あれ? なんで?」
通らない、とキーを叩きまくっているソルジャー。もしや法衣専門店だけに結界が張ってあったりしますか、まさか、まさか…ね……。
別の世界から来た助っ人はプロフェッショナルの筈でした。私たちの世界よりも高度に情報化された世界でセキュリティシステムとかを難なく潜り抜けているソルジャー。そのソルジャーをしてギブアップせしめる法衣店の通販サイト、恐るべし…。
「何なのさ、これは!」
信じられない、とソルジャーは画面を睨み付けました。
「認証は通っている筈なんだよ、なのにどうしてダメなわけ? 自信を喪失しそうなんだけど!」
「喪失してれば?」
この道はぼくの方が上、と会長さんが得意満面で。
「法力ってヤツが最先端の機械にも効くとは夢にも思っていなかったけどね。…正直、君が出て来た時には終わったと思ったんだけど…。買えないんだったら勝ったわけだよ、君の力に」
諦めたまえ、と会長さんは勝ち誇った笑みを浮かべています。
「君とジョミーがタッグを組んでも紫の法衣は注文不可能! 直接出掛けて買うとなったらハードルは今よりもっと上がるよ? ぼくも全力で妨害するから」
そう簡単に弟子を失いたくはないからねえ、と声高に笑う会長さんにはジョミー君の末路が最初から見えていたのでしょう。僧籍剥奪を目指して緋色や紫の法衣を着ようとチャレンジしても、肝心の法衣を手に入れられずにズッコケて終わる惨めな最後が…。
「どうする、ジョミー? お狐バーガーの御恩返しも不発に終わったようだけど…。そろそろ真面目に性根を入れ替えて仏弟子としての自覚を新たに」
「やらないし!」
せっかく道が開けたのに、とジョミー君も負けていませんでした。
「これで終わりって悲惨すぎるよ、地獄の沙汰だって金次第だよね?! お小遣い前借りの覚悟をしたんだ、意地でも紫を着て坊主にオサラバ!」
きっと何処かに道はある筈、と往生際の悪すぎるジョミー君が喚く姿をソルジャーが腕組みをして見詰めています。会長さんに負けたソルジャーの心の中もまた、複雑なものに違いなくて。
「…ジョミー。君が諦めないと言うなら、協力しよう」
ぼくにも意地が、とソルジャーの赤い瞳が会長さんの瞳を覗き込み、バチバチッと火花が散った気がします。「駄目か…」と短く呟いたソルジャー、次はキース君をまじっと見据えて。
「よし、完了。ジョミー、何日か待ってくれるかな? お望みの品を手に入れて来るよ」
お楽しみに、という声を残してソルジャーの姿は消え失せました。えっと、今のって意味があったんですか? 会長さんがダメでキース君なら「よし」って、何が…?
「…正攻法で敗れ去ったら偽物ねえ…」
素人さんには分からないか、と会長さんがクスクスと。ソルジャー、偽物を作る気ですか?
その週末。またしても雨に降り籠められて会長さんの家に集まっていた私たちの前に、ソルジャーが私服で姿を現しました。何やら荷物を抱えています。ラッピングされた箱などではなく風呂敷包みで、それもかなりの大きさが…。
「お待たせ、ジョミー。御注文の品はこれでいいかな?」
どうぞ、と手渡された風呂敷包みを解いたジョミー君は万歳三唱。なんと中身は紫の法衣、会長さんが口にしていた偽物じゃないかとは思いますけど…。
「ぼくの世界で作らせたんだよ、キースの頭に入っていた情報を参考にしてね。糸も布地もぼくの世界で手に入れたヤツだし、もう完全なメイド・イン・シャングリラだけどさ…。アレだろ、見た目にそっくりだったらいいんだろ?」
着ただけで僧籍とやらを剥奪だもんね、と言うソルジャー。
「素材とか手触りまでいちいち確認しないだろうから、これで充分いけると思う。ああ、代金は要らないよ? そこは出血大サービス! ぼくのプライドもかかってたんだし、お狐バーガーで支払い済みってことにしておく」
「ホント!? お狐バーガーだけで坊主にサヨナラ出来るんだ?」
「お伽話みたいな流れだろ? ぼくは鶴とかお地蔵様ではないけどね」
その手の恩返しって多いよね、と語るソルジャーは自分の善行に酔っていました。自分の羽根で織ったわけじゃなし、笠の御礼ならぬお狐バーガーなんですけれども、まあいいか…。ジョミー君ったら、大喜びで服の上から袖を通していますしねえ?
「やったあ、これで坊主にサヨナラ!」
見て、見て! とジョミー君は鼻高々で。
「キースでもまだ着られない色を着ちゃったんだし、これで人生終わりだよね? で、僧籍剥奪って家に通知が届くわけ?」
「…君の家とぼくの家とかな? 師僧にも通達する筈だから」
溜息交じりの会長さんに、ジョミー君がワクワクと。
「そっか、ブルーの家にも届くんだ! それって何日くらいで届くのかなぁ…。まだ六月だし、うんと遅れても棚経までには間に合うよね?」
ついにお盆の苦行にサヨナラ、とジョミー君は喜色満面、お手伝いをしたソルジャーも通販サイトにコケにされた雪辱戦に勝利とばかりにVサインを出していたのですけど。
「…まったく、これだから素人さんは…」
何も分かっていやしない、と会長さんが部屋中を見回しました。
「僧階以上の色衣を着たら僧籍剥奪、それは厳然たる事実。…ジョミーは確かに着てるわけだけど、誰が通報したのかな? まず通報が必要なんだよ」
キースたちは同期生を見逃したよね、と鋭い指摘。そうか、最初に通報ありき…!
メイド・イン・シャングリラの紫の法衣を服の上から華麗に纏って坊主にサヨナラ宣言をしたジョミー君。これで僧籍が剥奪されると狂喜したのに、自分の登録番号だか記号だかすらも知らないジョミー君の登録を抹消するには通報が必要だったのです。
「残念だったね、散々苦労したのにさ。…衣の色で僧籍剥奪は一撃必殺の刑だけどねえ、それだけに適用するまでの審査が厳密なんだな。動かしようがない証拠を提出されない限りは証拠不全でお咎めなしだよ、だから紫がまかり通るわけ」
キースの同期生もその口だ、と会長さんはスラスラと。
「璃慕恩院の目が届かない地方へ行くとね、年功序列みたいな感じでお年寄りのお坊さんが紫を着るのが習慣になってるケースもあるよ。…そんな世界だから、本気で僧籍剥奪を目指すなら証拠の提出! それを着て元老寺の法要に出まくっていたら、いずれ誰かが通報するかも」
「…そいつはいいな」
面白そうだ、とキース君が唇の端を吊り上げました。
「せっかく俺でも着られない紫を仕立てたんだし、俺の家で住み込みで働かないか? そろそろ今年のお盆に備えて卒塔婆書きを始めるシーズンだ。デカイ卒塔婆は住職の資格が無いと書けんし、お前が書いたら法衣とセットでお咎めの対象になると思うぞ」
「そ、そんな…! ぼく、卒塔婆なんて書けないし!」
「書けないだろうな、俺も書かせるつもりはない。…檀家さんに対して失礼になるし、御本尊様にも申し訳が立たん。だから! お前の仕事は俺と親父のサポートだ! 墨を磨れ!」
その有難い紫を着て墨を磨りまくれ、と腰に手を当て、鬼監督の形相で言い放つキース君。
「ブルー、構わないな? こいつを借りるぞ」
「どうぞ、どうぞ。…僧籍剥奪を目指す弟子だし、通報されるまでみっちりと! お盆だけと言わず、秋のお彼岸も年末年始も、来年の春のお彼岸も! 目出度く僧籍を剥奪されるまで遠慮なく顎で使ってやってよ」
アドス和尚にもどうぞ宜しく、と会長さんはペコリとお辞儀を。キース君は「よし!」と頷いて。
「喜べ、師僧のお許しも出たぞ。…俺も同期の紫の法衣でムカついていたし、紫の衣のヤツをいびれるチャンス到来だ。今日から早速! 俺と一緒に帰るよな?」
元老寺にな、とキース君がジョミー君の肩をポンポンと叩き、会長さんが「不肖の弟子を預けるのだから」と一筆書こうとしています。紫の法衣の偽物を作ったソルジャーはコソコソと逃亡するべく「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお菓子を包んで貰っていたり…。
「元老寺なんて冗談じゃないよ、ぼくは坊主にサヨナラだってば!」
お願いだから誰か通報してー! と絶叫しているジョミー君には気の毒ですけど、通報用の窓口とかが分かりません。紫の衣も似合ってますから、これを機会に本物目指して修行がいいと思います。それで全ては円満解決、会長さんもきっと喜びますよ~!
さらば坊主よ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ジョミー君が御馳走していた「お狐バーガー」は某所に実在してます、本当です。
お稲荷さんの本家本元でも売っているかどうかは知りませんけど。
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 3月21日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、3月は、ソルジャーがスッポンタケのお彼岸の法要を希望で…。
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