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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

シャングリラの森

 母がおやつに切り分けてくれたバウムクーヘン。流石に母の手作りではなくて、店で買って来たものだけれども、直火焼きと手焼きで評判の品。
 機械ではなく、人間の手で一層ずつ種をかけては焼いてゆく「手がけ」。バウムクーヘンを特徴づける年輪模様は不揃いになるが、その分、余計に本物の切り株らしくなる。自然の中で育つ木は気象条件によって年ごとの年輪の幅が異なるから、不揃いなもの。
(ふふっ、ホントに切り株みたい)
 似ているよね、とブルーは思う。
 美味しいバウムクーヘンだから、少しお行儀が悪いけれども一層ずつフォークで外して食べる。厚さの異なる年輪を一年分ずつ剥がしては口へ。
(…シャングリラには切り株、無かったよね…)
 そこそこ大きな木が伐採された後に残る切り株。人間と自然の協力技で出来る素敵な椅子。
 ソルジャーとしてアルテメシアに何度も降りていた頃、たまに切り株に腰掛けていた。ミュウと判断されそうな子供を救出するタイミングを待つ間などに。
 シャングリラの外に出られるブルーだったから持てた、自然の中で過ごせる時間。人類の社会に潜入していた仲間たちには山の中まで出掛ける余裕は無かっただろう。
 切り株の椅子は気に入っていた。其処に在ったろう木を思い浮かべながら座っていた。
 伐採された木の種類や、在る場所で座り心地が変わる椅子。
 木から生まれる切り株の椅子は、シャングリラの中には無かったのだけれど。



(…でも、期間限定なら在ったんだよね)
 一日どころか、数時間も経たずに消えてしまった切り株の椅子。
 子供たちが腰掛けたり、飛び乗ったり出来た時間はほんの少しだけ。
 シャングリラの中にも木材用の木は存在していた。無かったものは切り株だけ。
 貴重な木は余さず利用されたし、また次の木を植えねばならない。伐採したら切り株もその日の内に掘り起こして、使えそうな部分は取り除かれた。
 切り株が在った場所には土が加えられ、新しい木が植えられた。
 伐採した木は様々な用途に使われた上に、残った部分も引っ張りだこで。
(ハーレイも貰っていたものね)
 あんな端っこを何にするのか、とブルーは不思議に思ったのだが、木で出来た机を愛用していたハーレイならではのユニークな趣味。
 たった一本のナイフで木の塊をせっせと削って、最初に出来たのはスプーンだったか。其処からスタートした木彫り。自分の部屋でも、ブリッジで暇な時にも彫っていた。
 色々な作品があったけれども、独創性だの芸術性だのはハーレイとは縁が無かったらしい。誰が見ても「いいね」と褒められそうなものはスプーンやフォークなどの実用品だけ。
(…ハーレイが彫刻を目指した時って、いつも下手くそだったんだよね)
 その下手くその最たるものが今も宇宙に残ってたっけ、とブルーはプッと吹き出した。
 宇宙遺産になってしまった、キャプテン・ハーレイの木彫りのウサギ。
 「ミュウの子供が沢山生まれますように」との願いがこもったお守りなのだ、と世界中の人間が信じているウサギ。地球で一番大きな博物館の収蔵庫にある木彫りのウサギ。
 実はウサギではなくてナキネズミだとハーレイから聞かされたブルーは驚いたけれど、ウサギは今もウサギのまま。訂正されずにウサギのまま…。



 あれこれと懐かしく思い出していたら、仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。
 夕食の後で、ブルーは自分の部屋のテーブルで向かい合わせでお茶を飲みながら訊いてみる。
「ハーレイ、シャングリラの木って覚えてる?」
「どの木だ?」
「材木にしていた木のことだよ。成長の早いの、植えていたでしょ?」
「ああ、あれな…」
 切る時はお祭り騒ぎだったな、係のクルーに見学の子供に、野次馬までな。
 滅多にない一種の娯楽みたいなものだったしな…。
 ハーレイが懐かしそうに語る通りに、木の伐採は大掛かりなイベントめいたものだった。
 担当のクルーが伐採用の道具を持ち出し、その頭にはヘルメット。危険防止に被るヘルメットはシールドでの代用は不可とされていたし、彼らの姿を目にしただけで皆がどよめく。
「ぼくならサイオンで簡単に切れたし、怪我の心配だって無かったのにね?」
「ヒルマンたちの提案だったろうが、こういった作業は人間らしく、と」
 何もかもをサイオンに頼っていたのでは退化する、というのがヒルマンや長老たちの見解。
 ゆえに伐採にサイオンは一切使わず、落下物から頭部を守るのもシールドならぬヘルメット。
 それだけでも一見の価値があったから、手の空いた者たちが詰め掛けていた。
「ハーレイは現場で指揮だったよね」
「直接の指揮はしていないがな。キャプテンとして監督していただけだ」
 なにしろ一大イベントだからな、とハーレイは笑う。
 船内の多くの者が集まる以上は、無事に終わるまで見届けなくてはならないと。



 見学に訪れた子供たちから、お祭り感覚の野次馬までが集った木の伐採。
 係のクルーも熟練というわけではないから、万一に備えてブルーも側で待機していた。けれども事故は一度も無かったと記憶している。
 何処から切ろうか、どう倒そうかと担当者たちが練り上げたプランに狂いは無かった。
 最初は枝を落とす所から。
 葉をつけたままの枝がドサリと落ちると、歓声を上げて駆け寄ろうとする子供たち。普段は手の届かない高さにある枝が地面に落ちて来たのだし、我先に触ろうとするのだけれど。枝はまだまだ落ちて来るから、安全な所へ移動させるまで子供たちは手を触れられない。
 係が運んで、木が倒れてこない所に積んでゆく枝。
 使えそうな太い枝とは別に積まれた細い枝たちは、子供たちが引っ張って走ったりした。それに細い枝でリースなどの細工物を作りたい女性。「貰っていっていいですか?」と尋ねてから適当なサイズの枝を選んで運んでゆく。
 クライマックスが木を切り倒す時で、誰もが息を詰めて作業を見守っていた。バリバリと大きな音を立てて木が倒れれば大歓声で、係のクルーへの賞賛の声が幾つも飛んだ。
 切り倒された木は手際よくその場で切り揃えられて、切り株も僅かな時間だけ皆の椅子や遊具になった後で掘り起こされた。
 ほんの少しの間だけしかシャングリラには無かった切り株の椅子。
 それが在った場所には新しく土が入れられ、若々しい苗木が代わりに植わった。



「あの木材って、どうしてたっけ?」
 使うまでの間、とブルーが問えば、ハーレイが「倉庫行きだ」と答えを返した。
「生木のままでは使えないしな、狂いが出ないように乾燥だったろ」
 俺の木彫りに使う木も一緒に入れといたもんだ。
 しっかり乾かして使わないとだ、せっかくの作品がひび割れるからな。
「スプーンとかはともかく、他のは割れても良かったんじゃない?」
「いや、駄目だ。それにきちんと仕上げたお蔭で宇宙遺産も残ったんだぞ」
「…ナキネズミね…」
 ウサギだと思い込んでる人たちが可哀相、とブルーは大袈裟な溜息をつく。
 百年に一度の一般公開の時には長い行列が出来て、遠くの星からも見物の人が来るのに、と。
「それに関しては俺に責任は全く無いぞ」
 前にも言ったが、見る目が無いから間違えるんだ。
 作った俺があれはナキネズミだと言っているんだ、ウサギに見えると思うヤツが悪い。
「ぼくにもウサギに見えるんだけど…」
 ずっとウサギだと信じていたよ。
 ハーレイに聞かなきゃ、今でもウサギだと思ってた筈だよ…。



 とんでもない出世を遂げてしまったナキネズミの木彫り。
 そうした用途に使われなかった残りの部分はどうなったっけ、とブルーは首を傾げたけれど。
「忘れちまったか? 引き取り手の無い分を使って燻製を作っていただろうが」
「ああ…!」
 言われてみれば、と蘇ってくるブルーの記憶。
 合成の木を燃やしても燻製を作るための香りのいい煙は出なかった。公園などの木を剪定しても十分な量の木材は得られず、木の伐採が燻製作りの唯一の機会。
 木を切ると決まれば、それに合わせて鶏などの肉が揃った。船の中でも空調は完璧に出来ていたから、大量の煙が欠かせない燻製を作っても全く支障は出なかった。
「美味かったんだよなあ、あの燻製が」
 ハムとかも美味かったが、スモークチーズもいい出来だった。
 滅多に食えない分、余計に美味いと思えたなあ…。
「お酒のつまみにピッタリだって言ってたものね?」
 ぼくには少し癖があったよ、嫌いってわけじゃなかったけれど。
 ハーレイみたいに出来るのを楽しみに待てるレベルには届かなかったっけ…。
 だから直ぐには思い出せなかったのかもね、燻製作り。
 あれも作ろう、これも作ろうって食材を揃えている仲間が沢山いたのにね…。



「そういえば…」
 木の伐採や燻製作りの記憶を辿っていたブルーは、ふと気になった。
 切り株の無かったシャングリラだけれど、木だけはあちこちに植わっていた。木材にするための木ばかりではなく、果樹や憩いの場を作る木など。
 ブリッジが見える公園はもとより、居住区にも庭が鏤めてあった。
 あの木たちはどうなってしまったのだろう?
「ハーレイ、シャングリラにあった木たちって、どうなったんだろ?」
 写真集で見たら、ぼくが知ってた頃よりも大きく育った木もあったけど…。
 あったんだけれど、シャングリラと一緒に無くなっちゃった?
 消えちゃったの、と顔を曇らせたブルーだけれど。
「安心しろ。あの木たちなら、宇宙に散ったぞ」
「散ったって…。やっぱり消えた!?」
 悲鳴のような声を上げたブルーに、ハーレイは「おい、落ち着け」と苦笑した。
「俺の言い方が悪かったか…。散ったと言っても、散り方が全く違うんだ」
 文字通り、散っていったのさ。
 シャングリラという船があった記念に貰われて行ったんだ。
 人間が住んでいる、あちこちの星に。
「…そうだったの?」
 知らなかった、とブルーは赤い瞳を丸くした。
 今の今まで考えもしなかった、シャングリラにあった沢山の木たち。
 それらが宇宙のあちこちに散って行ったとは、なんと壮大な話だろうか…。



 ハーレイは写真集を眺めている内に、木たちのその後が気にかかり始めて調べたのだという。
 青の間が跡形も無くなったように、公園の木などもシャングリラと共に消えたのか、と。
 けれど木たちは失われてなどいなかった。
 大切に移植され、あちこちの星に根付いて育っていった。
「シャングリラの解体が決まった頃には、まだ地球が蘇っていなかったからな…」
 地球が今みたいな状態だったら、恐らく地球に植えたんだろうが。
 それが出来ないから、他の星になった。
 引き取りたいって星は沢山あったらしいぞ、抽選になったくらいにな。
 でかい木はアルテメシアの記念公園に移して、シャングリラの森ってのを作ったそうだが…。
「シャングリラの森?」
「記念公園の写真くらいは見たことあるだろ? あそこの、こんもり茂った森さ」
 森は今でも残ってるんだが、すっかり年数が経っちまったからなあ…。
 木だって何代も代替わりをして、もう何代目の木になるんだか。
 だが、シャングリラにあった木の子孫には違いない。
 それと同じで他の木も移植されていったのさ、いろんな星に。
 有名なトコだと、前の俺たちの時代の首都星だったノアとかな。



「良かったあ…」
 消えたわけではなかったのか、とブルーは安堵の吐息をついた。
 青の間は命を持ったものではないから、シャングリラごと消えてもかまわないけれど。木たちは命を持っていたから、生き残っていて欲しかった。
 その木たちが宇宙のあちこちに移され、生き延びたという。
 アルテメシアの記念公園には今も、シャングリラの森があるという…。
「ねえ、ハーレイ。地球には無いの? シャングリラの森」
 今もアルテメシアにシャングリラの森があるんだったら、地球にあっても良さそうなのに。
 代替わりした木でも子孫なんだし、記念に何処かに作ればいいのに…。
 それとも何処かにあったりする?
「作ろうかって話もあったようだが、ジョミーたちの墓が地球に無いのと同じだ」
 すっかり地形が変わっちまった新しい地球には要らないだろう、と作られていない。
 シャングリラの森も、記念公園もな。
「そっか…。ちょっと残念…」
 あるんだったら見たかったな、とブルーは呟く。
 シャングリラの木たちの子孫が枝葉を広げる立派な森を。
 写真でしか知らないアルテメシアの記念公園のように、こんもりと茂った緑たちを。
 けれど地球にはシャングリラの森は無いらしい。
 新しく蘇った青い地球には、遥かな昔の英雄たちの墓碑が無いのと同じで…。



 地球の上には無い、ジョミーたちの墓碑。
 彼らが命を落とした場所には設けられていない、英雄の墓碑。
「…ジョミーたちのお墓があるのって、ノアだったよね?」
 他の場所にもあるみたいだけど。
 アルテメシアにも有名なのがあるみたいだけど…。
「記念公園のヤツのことだな、あそこよりもノアの方が先だそうだぞ」
 SD体制時代の首都星だしなあ、交通網が一番整っていた。
 みんなが墓参りに行きやすい場所だってことでノアに白羽の矢が立ったんだ。
 墓参りをしたいってヤツが多かったらしい、ミュウだけじゃなくて人類の方もな。
 なにしろジョミーとキースの墓が並んでいるんだ、どっちかに花を供えたいよなあ…。
 もっとも、蓋を開けてみたら、墓参りのヤツらは両方に花を置いてたらしいが。
 人類がジョミーに、ミュウがキースに。
 花輪とか、花束とか、そりゃあドッサリと積まれたようだぞ。
 その辺もあって、あちこちに墓が出来たんだろうな。
 わざわざ遠くまで出掛けなくても、英雄に花を供えられるように。
 どうせジョミーたちが死んだ地球には墓が無いんだ、何処に作ってもかまわんだろう?
 その頃の地球は地殻変動の真っ最中で、墓なんか作りようがないんだからな。



「…それで幾つもあるんだ、お墓…」
 ブルーはポカンと口を開けた。
 ジョミーたちの墓碑が複数あることは知っていたけれど、ゆかりの地にあるのだと信じていた。
 まさか墓参に行きやすいように作られていたとは、と驚くばかり。
 それほどの人気を誇ったジョミーたちなのに、最期の地である地球には墓碑が無いという事実が潔い。シャングリラの森も記念公園も無くて、青い地球だけがあるなんて…。
 もしも自分がジョミーやキースの立場だったら、地球に墓は要らないと言うだろうけれど。
 蘇った地球は新しい地球で、古い時代の自分たちの墓など必要無いと言うだろうけれど。
 ジョミーたちの意見を訊きもしないで、作らない決断を下した人たち。
 その人たちには、ジョミーたちの思いが正しく理解出来ていたのだろう。
 どんな思いで地球まで行ったか、どんな思いでグランド・マザーに逆らったのかが。
 そう、新しい時代を築けるのならば、その礎になれればいい。
 礎に墓碑など要りはしないし、新しい時代があればいい。
 ブルー自身もそうだった。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーも、そうだった。
 自分の命は消えるけれども、ミュウの未来は続いてゆく。
 そのためであれば、命は要らない。
 新しい世代が生きてゆけるなら、それだけでいい…。
(ちょっぴり後悔しちゃったことは仕方ないんだよ)
 ハーレイの温もりを失くしてしまって泣いたけれども、泣きながら死んでしまったけれど。
 前の自分だってヒトなのだから、とブルーは思う。
 人間なのだから、後悔もする。けして完璧などではない、と。



「ジョミーたちのお墓、沢山あっても地球には無いっていうのがいいね」
 とってもジョミーたちらしい。
 調べればきっと、何処にお墓を建てればいいかは分かるだろうにね…。
「まあな。ユグドラシルがあった辺りに作れば間違いないしな」
 だが、ジョミーたちはそれを望んじゃいないさ。
 お前が言う通りにジョミーたちらしいさ、蘇った地球に墓なんか要らない、ってな。
 マードック大佐とパイパー少尉の二人だけだろ、この地球の上に墓があるのは。
 二人が乗った船が体当たりしたメギドが残っていたんじゃ無理もないよな、そのメギドも遥かな昔に撤去されちまったらしいけどな。
 風化が進んで危険になったから解体されたって話だったか…。
 今は墓だけが森の中にひっそり残っているそうだ。
 とはいえ、マードック大佐もパイパー少尉も、あちこちに墓参用の墓碑があるがな。
 あの二人の墓は人気なんだぞ、カップルに。
 結婚式の後でわざわざ花輪を供えに行くカップルも多いと聞いてるんだが、お前、どうする?
「…地球のは森の中なんでしょ?」
「ああ。ついでに、俺たちの住んでる場所からは思い切り遠いな」
 結婚式の後にちょっと、という距離じゃないな。
 行くだけで一泊必要になるが、行きたいと言うなら連れてってやるぞ。
「えーっと…。地球でもカップルに人気の場所なの、そのお墓」
「いや? 結婚式の後に寄るには向いてないしな」
 森の中を一時間ほど歩いて行かないと着かないらしいし、ウェディングドレスで森は歩けん。
 あやかりたいカップルは森の入口で花を供えて記念写真だが、多分、地元のヤツらじゃないか?
「それなら別に行かなくていいよ」
 あやからなくても、ちゃんとハーレイと一緒に地球に生まれて来られたし…。
 それにマードック大佐もパイパー少尉も、ぼくたちが行ったらビックリだろうし。
「違いない」
 想像もしなかったカップルが来た、と腰を抜かすかもしれないぞ。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが結婚の報告に来るんだからな。



 メギドから地球を守った英雄、マードック大佐と、メギドに体当たりした彼の船から退艦せずに運命を共にしたパイパー少尉。
 彼らの墓は結婚式を挙げたカップルに人気だというが、ブルーは遠慮しておくことにした。
 伝説にも等しい英雄の二人に腰を抜かして欲しくはないし、そこまでして彼らにあやからずとも前の生からの恋人が今も側に居てくれるのだから。
「…ハーレイもノアにお墓があるんだよね?」
 アルテメシアの記念公園とかにもあるけど、ノアのが一番最初だよね?
「お前の墓だってノアだろうが」
 ついでに宇宙のあちこちにあるな、俺よりも数は多い筈だぞ。
 ジョミーとキースと、前のお前と。
 他のヤツらの墓は無くてもこの三つだけは、って場所も沢山あるしな。
「ぼくのお墓は名前だけだよ、ノアのだって中は空っぽだもの」
 前のぼくの身体、何処に行ったのかも分からないんだし…。
「おいおい、俺だって同じことだぞ」
 あそこに前の俺の身体は無いからな。
 地球の何処かに埋まっちまって、今では地球の一部だからな。



「ぼくのお墓…。ハーレイのと並んではいないんだよね…」
 ブルーは写真で見たノアの墓地を思い浮かべて肩を落とした。
 アルテメシアの記念公園と同じくらいに美しく整備された記念墓地。其処に前の自分やジョミーたちの墓碑が立つのだけれども、ブルーの墓碑は一番奥。その手前にジョミーとキースが並ぶ。
 全ての始まりとされるソルジャー・ブルーの墓碑と肩を並べられる墓碑は一つも無かった。一番奥に設けられた墓碑に供えられる花は多いけれども、ブルーが欲しいものは花ではなかった。
「仕方ないだろう、お前は別格だしな」
「立派なお墓で一人きりより、みんなと一緒が良かったよ…」
 ジョミーも、それにキースも一緒でいい。
 なんでぼくだけ一人なのかな、ジョミーはキースと並んでいるのに…。
「みんなでいいのか? 本当に?」
「…ホントはハーレイと一緒が良かった…」
 ハーレイのと並べて欲しかったよ。
 ぼくのお墓とハーレイのお墓、並べて作って欲しかったよ。
 マードック大佐とパイパー少尉みたいに恋人同士のお墓にして下さい、っていうのは無理でも、二つ並べてくれたらいいのに…。
「…無茶な注文だが、気持ちは分かる」
 俺もお前と並んだ墓が良かったな。
 死んだ後まで離れ離れだ、こいつは辛い。
 生きてる間に俺たちの仲を秘密にしたんだ、仕方ないんだが…。
 並べてくれって方が無茶だが、並べたかったな。俺とお前の墓くらいはな……。



「んーと…」
 ブルーの脳裏に浮かんだ、ノアやアルテメシアの自分の墓碑。
 ハーレイの墓碑とは引き離されて立つ、独りぼっちのソルジャー・ブルーのための墓碑。
「ぼくはソルジャー・ブルーなんです、って正体を明かせばハーレイのと並べて貰えるかな?」
 前から恋人同士なんです、今度は結婚するんです、って。
「お前、そこまでの度胸があるか?」
 えらいことになるぞ、とハーレイが眉間に深い皺を寄せる。
 取材が押し寄せて揉みくちゃにされる上、ただのブルーではいられなくなると。
 誰もがブルーとソルジャー・ブルーを重ねるだろうし、色々と期待もされそうだと。
「…やっぱりそう?」
 それに歴史も変わりそうだしね、ソルジャー・ブルーに恋人がいたら。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは実は恋人同士でした、って大事件だよね…。



 フウ、と大きな溜息をつくと、ブルーは「放っておくよ」と微笑んだ。
「前のぼくのお墓は今のままでいいよ、ハーレイと離れ離れでも」
 今度のお墓がハーレイのと並べて作って貰えるんなら、それでいい。
 ちゃんと結婚した恋人同士のお墓になるなら、それだけでいいよ。
「………。気の早いヤツだな、まだ結婚もしない内から墓なのか、おい」
 呆れ顔のハーレイに「うん」と答えて、ブルーの笑みが深くなる。
「今度はお墓に行くまで一緒、っていう意味だよ」
 ずうっとハーレイと一緒なんだよ、今度は一緒。
 離れずにずうっと、ハーレイと一緒。
 ノアのお墓なんかはどうでもいいんだ、あそこにぼくは居ないんだから。
 ぼくはハーレイと一緒に地球に来たもの、と幸せそうに微笑むブルー。
 ハーレイは「そうだな」とブルーの手を取り、キュッと握って笑みを返した。
「今度は何処までも一緒だったな、まずは結婚しなくちゃならんが」
 何処までも一緒に行こうな、ブルー。
 誰が見ても恋人同士だと分かる墓を作って貰えるように。
 その墓が出来た後も、死んじまった後も、今度こそ俺はお前と一緒だ。
 だからお前も勝手に行くなよ?
 前みたいに俺を置いて行くなよ、なあ、ブルー……。




         シャングリラの森・了

※シャングリラにあった木たちを移植したシャングリラの森。そして記念墓地。
 アニテラの最終回に出て来た風化したメギド、あれの跡地が今はカップルの聖地です。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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