シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ふうむ…)
そろそろか、とハーレイは鏡の向こうの自分を眺めた。
風呂から上がってパジャマ姿での歯磨き中。傍目には分かりにくいが、髪の切り時。
(…確か、この前に行ったのが…)
時期的にもそういう頃合いだな、と自分の目には「伸びた」と映る髪を鏡でチェックする。更に歯磨きを終えた後、両手の指を突っ込んでみて切り時であると確信した。多少伸びても問題の無い髪型だったが、ハーレイ自身が落ち着かない。
(…こいつは俺の性分ってヤツか)
シャングリラに居た頃からそうだったな、と苦笑した。
外見の年齢を止めていても髪は伸びてゆくから、いつも散髪を得意とするクルーに頼んだ。仲間たちの数が多かっただけに、散髪係と呼んでも支障は無かったと思う。ソルジャー・ブルーの髪もキャプテンだったハーレイの髪もカットしていた男性クルー。
(最後まで世話になったっけなあ…)
外見は若いミュウだったけれど、礼儀正しくて好感が持てた。
人類側との会談のために地球に降りる前にもカットして貰って、サッパリした気分で出発したと今でも鮮やかに思い出せる。ブルーが逝ってしまった後は機械的に通っていただけの場所へ、あの日だけは昂揚したとでも言おうか、自分の意志で向かった記憶。
この会談で全てが終わると、ブルーに託された自分の役目は地球で終わると確信していた。役目さえ終えれば自由になれる。キャプテンの任を辞し、ブルーの許へと行くことが出来る。
人生の大きな節目だから、と髪を整えて会談に臨むことにした。キャプテンを辞すまでにはまだ何回か髪を切らねばならないだろうが、此処でも切っておくべきだ、と。
(…最後の散髪になるかもしれん、と覚悟だけはしていたんだが…)
本当に最後になっちまったな、と遠く過ぎ去った日を思い返した。
人類側がメギドを持ち出して来た時には死を覚悟したが、何基ものメギドは発射直前に停止し、無事に地球へと降りることが出来た。
荒廃した死の星だったけれども、地球は地球。
其処での会談に漕ぎ付けたからには、生きてシャングリラに戻れる可能性も半分はあるだろうと思っていたのに、待っていたものは予想だにしなかった最期。
覚悟していた暗殺ではなく、グランド・マザーの崩壊に巻き込まれての地の底での死。
それでも、崩れ落ちて来る天井の下で「これで行ける」と心が解き放たれるような気がした。
メギドで逝ってしまったブルーの所へ旅立てるのだと、この身体はもう要らないのだと。
(…散髪しといて良かったな、とまでは流石に考えなかったがなあ…)
そこまでの心の余裕は無かった。
だが結果的に、カットしたばかりのスッキリした髪でブルーの許へと行くことになった。
(あいつは気付いてくれたんだろうか、俺の髪に)
「凄いね、髪まで切ってきたんだ」と前の俺に言ってくれたんだかなあ…。
それとも死んじまった後には髪型ってヤツは整ってるのが普通で、俺が散髪に行ったかどうかは全く関係無かっただろうか?
俺もブルーも死んだ後の記憶が全く無いから、こいつは確認出来ないなあ…。
つらつらと考え事をしていたハーレイだったが、今の自分の髪が伸びたことは事実。出来るだけ早く切りに行かねば、と頭の中で段取りを付けた。
行くなら、ブルーの家に寄るのに支障が出ないよう、仕事が遅くなりそうな日に。
仕事帰りに寄れば夕食を用意してくれるブルーの母。彼女が夕食の支度をするのに充分な時間がある日しかブルーの家には寄らない。
ブルーの家に行くには些か遅い日であっても、行きつけの理髪店は夜までやっているから、仕事帰りでもフラリと行ける。
特に予約の要る店ではなく、待たされることも滅多に無いし…。
(よし、明日あたり、帰りに寄るとするか)
明日は放課後に会議があるから、長引けばブルーの家には行けない。会議が終わった時間次第で決めることにしよう、と頭の中のメモに書き込んだ。
翌日の会議は予定の時間を少しだけオーバーしての閉会。ブルーの家に寄れないこともなかったけれども、此処は散髪を優先すべきだ、とハーレイは決めた。
車を運転しての帰り道、家の近くで別の角を曲がって、いつもの店の隣の小さな駐車場へ。車を降りて向かった理髪店は若人向けのお洒落な構えではなくて、落ち着いた雰囲気を醸し出す店。
柔らかな照明と、木材を多用した内装と。
理髪店だから店内は明るくはあるが、シャングリラに在ったキャプテンの部屋に似ているのだと記憶が戻った後で気付いた。この町に家を買って貰って移り住んだ時からの行きつけの店。
(前世の記憶ってヤツは、戻る前から影響するのかもしれないなあ…)
店の佇まいに惹かれて入ったのが最初。それ以来、この店一本槍。
店主が初老の紳士であることも気に入っていた。理髪店や美容院は見た目が若い者が多い職業。それが好まれる世界だったが、ハーレイは年配の店主が好みだ。
ハーレイも、ハーレイの両親も、ごく最近まで外見の年齢を止めてはいなかった。ブルーと再会したことを切っ掛けに止めたけれども、そうでなければ更に年齢を重ねるつもりでいた。
そんなハーレイだから、初老の店主が一目で気に入ったのだけれど。店主の姿は初めてこの店に入った時から変わっていない。実際の年齢は百をとっくに超えているそうで…。
「いらっしゃいませ!」
自動ではない、重い木製の扉を開けて入ると店主の笑顔。先客は誰も居なかった。
愛想よく椅子に案内してくれた店主は、背後に立って鏡に映るハーレイに呼び掛ける。
「いつもの通りですか?」
「ええ、いつも通りでお願いします」
「かしこまりました」
サッとカット用の理髪マントをハーレイの肩に掛けて広げて、髪の伸び具合を調べながら。
「この髪型も長いですねえ…」
何年くらいになりますかねえ?
ああ、今日のカットは一センチといった所でしょうかね、少し伸びたという感じですね。
「ずっとこの髪型でお願いしたいと思うのですが…」
「少し前から仰ってますね、恋人でもお出来になったんで?」
「は?」
思いもよらない問いに、ハーレイは途惑ったのだけれども。
「分かりますとも、もう年齢を止めていらっしゃる。それで髪型も同じとくれば…」
髪に櫛を入れ、ハサミを取り出す店主に、鏡を見ながら尋ねてみた。
「…分かりますか? この外見では数年くらいは誰も気付かないと思ったんですが…」
「この年ですしね、分かりますよ」
それと職業柄でしょうか、と店主は答えた。
客の外見には敏感なのだと、でなければ一人前とは言えないと。
同じ客でも体重の増減で変わったりするし、それに合わせて仕上げてこその理容師なのだと。
ハーレイが年齢を止めていることを見破った店主は、恋人が出来たことまでお見通しで。
敵わないな、と苦笑いするハーレイの髪を手際よく切りながら問い掛けてくる。
「その方もお好きなんですか? この髪型が?」
「ええ、まあ…」
髪型を変えたら小さなブルーは怒るだろうな、とハーレイは愛らしい恋人を思い浮かべた。
ブルーにとってはハーレイの髪型は今ので当然、他のなど考えもしないだろう。
前の生からこれであったし、再会した時もこの髪だったし…。
「キャプテン・ハーレイ風ですねえ」
タイミングよく言われた言葉にドキリとしたが、元は店主が勧めた髪型だったと思い出す。
青年という形容詞が似合わなくなって来た頃に「如何ですか?」と訊かれたのだった。
「そうです、キャプテン・ハーレイ風です。どうやら気に入って貰えたようで」
「それは良かった。お勧めした甲斐がありましたよ」
お客様がこれでモテなかったら責任を感じてしまいますしね。
きっとお似合いになりますよ、とお勧めしたのは私ですからねえ…。
店主はハサミを使いながら実に嬉しそうに。
「で、可愛らしい方ですか?」
「え、ええ…」
可愛らしいことだけは間違いないな、とハーレイは心の中でも頷いた。
ブルーは整った顔立ちではあるが、美人と呼ぶにはまだ幼い。「可愛らしい」が相応しい。
「まだお若いとか?」
「はい」
若いどころの騒ぎではない、十四歳にしかならない恋人。
結婚出来る年齢である十八歳にさえ届いてはいない、小さなブルー。
「では、ご結婚はまだ…」
「かなり先のことになりそうです」
「そうでしょうねえ、お若い方なら色々とやりたいこともおありでしょうし」
まだまだ遊びたいお年頃でしょうねえ、と店主の目が幼子を見守るかのように細められる。
(そうじゃないんだが…)
ブルーにはやりたいことなど何も無いんだが、と思いつつも相槌を打っておいた。
まさか十四歳の子供が結婚を夢見て待ち焦がれているとは、誰一人として思うまい。
おまけに女性ではなくて少年。
きっと予想も付かないだろう、と考えたのに。
「出来ればその方の髪も切ってみたいですねえ…」
「は?」
予想だにしない台詞を聞かされ、ハーレイは口をポカンと開けた。
(な、なんで男だとバレたんだ?)
思念は漏らしていないと思う。
ガードの堅さは前の生から自信があったし、防御に優れたタイプ・グリーンでもある。前世ではハーレイの心を読める者と言ったらブルーだけしか居なかったのだが…。
(まさかタイプ・ブルーだったのか!?)
それで色々と見抜かれたのか、と鏡の中の店主をまじまじと見れば、背後から笑いを含んだ声が聞こえた。
「ご存じなかったんですか? うちには女性もいらっしゃいますよ」
常連さんも何人かおいでなんですが、お会いになられたことは……無かったですかねえ?
「あ、ああ…。一度も無いですね」
恐らく時間帯が違うのだろう。女性客を見かけたことは無かった。冷静に考えてみれば、美容院よりも理髪店を好む女性は少なくないと聞くし、この店ならば好まれそうだ。
(なんだ、そういうオチだったのか…)
恋人が男だとバレたわけでも何でもなかった。
けれどブルーを自慢してみたい気持ちが湧き上がってくる。
今は幼いが、いつか美しく気高く育つであろう、前の生からの大切な恋人。
店主の人柄は分かっているから、男性の恋人を連れて来たとしても歓迎されるに違いないし…。
暫し思いを巡らせてから、「そうですね…」と口にした。
「嫌がらないようでしたら、連れて来てみます。何年も先のことになりますが…」
「ええ、是非。…ショートカットがお好きな方だといいんですがね」
「はあ?」
どうしてショートカットだなどと言うのか。
幸か不幸か、小さなブルーの髪は短く、今後も伸ばさないだろうとは思う。ロングヘアになったブルーなど想像も出来はしないし、前のブルーも出会った時から最後まで同じ髪型で…。
しかし何故、と鏡の店主を覗き込んでいると。
「いえ、ソルジャー・ブルー風の髪型ですと、二人お並びになればお似合いかな、と」
とんでもない台詞が店主の口から飛び出した。
よりにもよってハーレイの恋人をソルジャー・ブルー風の髪型にしてみたいらしい店主。並べば似合うと言われても…。
(な、なんでバレたんだ、俺たちの仲が!)
前の生での仲はひた隠しに隠して、隠し続けた。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋仲だったことは誰も知らない。今に至るまでもバレてはいないし、そういった噂すらも無い。
酷く驚いたハーレイだけれど、よく考えてみれば店主が知っている筈が無かった。
(…単に並べてみたいだけだな)
そうに違いない、と納得する。
前の生での自分たちが並んだ写真は多く残るし、ハーレイはキャプテン・ハーレイに瓜二つ。
キャプテン・ハーレイ風の髪型を勧めた店主ならではの発想だろう、と結論付けて。
「はあ…。キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーが並ぶ……のですか?」
それは私が尻に敷かれそうな…。
ソルジャー・ブルーはキャプテン・ハーレイよりも立場がずっと上なんですから。
「…そうですかねえ?」
私はそうは思いませんが、と店主は鏡の向こうで首を傾げた。
「深い信頼関係が築かれた、いい二人のように見えますがねえ…」
互いが互いを立てているような。
どちらが欠けても絵にならないような、そんな感じがするんですがねえ…。
「そうですか?」
ハーレイが訊くと「そうですとも」と自信に満ちた答えが返った。
「実は私、密かにファンでしてね」
「ど、どちらの?」
思わず声が裏返りそうになったハーレイに、店主は鏡の中で片目を瞑ってみせた。
「もちろん、キャプテン・ハーレイですよ」
航宙日誌も全巻、揃えています。
いつかは研究者向けの、文字をそのまま再現したのも揃えたいと思っているんですよ。
ファンなら欲しいじゃないですか。
キャプテン・ハーレイが羽根ペンで綴ったという筆跡そのままの航宙日誌。
(し、知らなかった…)
今の今まで知らなかった、とハーレイは店主の知られざる趣味に愕然としたが、店主はそれとは気付かないのか、はたまた趣味を披露する好機と捉えたか。
ハーレイの髪にハサミを入れつつ、店主は心浮き立つ様子で。
「いやもう、うちの店に初めていらっしゃった時には嬉しかったですねえ…」
若き日のキャプテン・ハーレイですよ。
そのまんまの姿形で扉を開けて入ってらっしゃったんですし、あれには本当に驚きましたね。
「…で、では、この髪型を勧めて下さったのは…」
「半分ほどは私の趣味ですね。ああ、もちろんお似合いでらっしゃいますよ?」
店主の言葉に、ハーレイの記憶が蘇ってくる。
(…そういえば他の髪型も幾つか提案されたな、どれになさいますか、と)
あれは店主のプロ魂とファン魂との産物だったか、と脳裏に蘇る幾つかの髪型。今の髪型と全く違う印象のものも勧められはした。勧められたが、気が乗らなかった。これだと思った髪型が今の髪型。
これしかない、と強く感じた理由は今にして思えば前世の記憶ゆえだろう。自分でも気付きさえしない心の奥底に前の生の自分が居たのだろう…。
不思議なものだ、と鏡の向こうの自分を見詰めるハーレイに店主がにこやかに語る。
「この髪型を選んで頂けて嬉しかったんですよ。しかも今後もこれだと仰る」
「ええ、まあ…。そうなりますね」
「おまけに、この髪型で未来の結婚相手まで見付けて下さったと聞けばもう…」
理容師冥利に尽きますよ。
お客様に似合う髪型を仕上げられてこその理容師ですしね。
「で、お相手の方は銀髪でらっしゃいますか?」
「え、ええ…」
銀髪どころか赤い瞳までセットなんだが、とハーレイは小さなブルーを思い浮かべつつ頷いた。もちろん赤い瞳のことは話さなかったが、店主は銀髪だけで充分に感激したようで。
「それは是非! ソルジャー・ブルー風にカットしてみたいですねえ…」
「お、お任せします…」
既にソルジャー・ブルーな髪型なんだが、と口にする代わりにグッと飲み込めば。
「ショートカットの方なんですか?」
「そうですね、少し長めのショートカットといった感じでしょうか」
「なら、お似合いになりますよ」
お任せ下さい、と店主は太鼓判を押した。
「どんなお顔立ちでも似合うように仕上げてみせますよ」
誰が見てもソルジャー・ブルーだと気付く髪型で、恋人さんのお顔立ちに合わせて。
素敵ですよ、お二人でお並びになったら。
「……妙なカップルになりませんかね?」
「大丈夫ですよ、町を歩けば誰もが思わず振り返りますよ」
「それはいわゆる仮装では…」
衣装まで真似ていないだけで、とハーレイが呟くと、「まさか」と店主は微笑んだ。
「お似合いのお二人で、それは素晴らしいカップルだろうと思いますねえ!」
ああ、もちろん。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイがけしからぬ仲だったとは言いませんがね。
ですが、絵になる二人なんですよ。
少なくとも私にはそう見えますねえ、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
ハーレイの髪のカットを終えた店主は丁寧にオールバックに整え、理髪マントを外して衣類用のブラシで肩や背中を払ってくれた。
「如何でしょう、いつもの通りですが」
「ありがとうございます、サッパリしました」
「いえ、こちらこそ。ついつい趣味の話などしてしまいまして…」
キャプテン・ハーレイの話になると止まりませんでね、と店主は笑った。
妻にも子供にも呆れられるのだと、孫や曾孫も呆れていると。
そんな店主に支払いを済ませ、扉を開けると「今日はこれで閉店だから」と駐車場まで見送りに来てくれた。運転席に乗り込み、窓ガラスを開けたハーレイに店主が呼び掛ける。
「ありがとうございました、またいらして下さい!」
いつかは恋人さんも一緒に!
「ええ、何年後かに!」
きっと連れて来ます、とハーレイは窓から手を振り、愛車を発進させた。
キャプテン・ハーレイのマントの色と同じ色の車。
この色も店主は好きだろうな、と車を走らせるハーレイを、店主は車が角を曲がって消えるまで表に立って見送っていた。
(…あの店主、何処まで気付いているんだ?)
家に着いたハーレイは車をガレージに入れて玄関に回り、扉を開けた。
今はまだ一人暮らしの家。夜になれば門灯などが自動で灯るが、待っていてくれる人は無い。
いつかブルーと結婚したなら、ブルーが迎えてくれるのだけれど。
そのブルーは実はソルジャー・ブルーの生まれ変わりで、前の自分はキャプテン・ハーレイ。
前の生では秘密の恋人同士で、今度は堂々と結婚しようと互いに決めている。
そう、前世では秘密の恋人同士だった。
誰一人として知りはしないし、今も噂すら無いと言うのに、さっき理髪店の店主に二人が並ぶと絵になると言われた。
だからキャプテン・ハーレイの髪型の自分の隣にソルジャー・ブルーを並べたいと。
(…前の俺たちの仲は、学者でさえ気付いていない筈だが…)
誰も知らない筈なんだが、と書斎に入って机の上のフォトフレームを手に取った。
飴色の木製のフォトフレーム。夏休み最後の日にブルーと写した記念写真が其処に在る。
ハーレイの左腕に小さなブルーが両腕でギュッと抱き付いて、笑顔。
嬉しくてたまらないという笑顔…。
(なあ、ブルー。…前の俺たちはこんな写真さえ一枚も撮れなかったが…)
恋人同士だって分かる写真も、寄り添った写真も撮れないままで終わっちまったが…。
だが、ブルー。
気付いてくれている人がいるようだぞ?
俺たちの仲にまで気付いてはいないが、絆には気付いてくれている人が。
(ブルー、気が付いたのは誰だと思う?)
俺が行ってる理髪店の店主さ、ビックリだろう?
いつかお前が大きくなったら、あの店にお前を連れて行こう。
お前の今の行きつけの店と同じくらいに見事に仕上げてくれるさ、ソルジャー・ブルーを。
結婚した後に遠くの店まで行かなくてもいいしな、あそこにしよう。
散歩がてら歩いて行ける距離だし、二人で手を繋いで出掛けるのもいいと思わんか?
キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーは恋人同士。
前の生では隠し続けたけれども、今度は堂々と結婚する。ハーレイはブルーを伴侶に迎える。
結婚した自分たちが何度も店に出入りしていたなら、店主は自分たちがどんな表情で互いの顔を見るのか、どう見交わすのかもすっかり覚えることだろう。
そして気付く日が来るかもしれない。
前の自分たちが共に写った写真に、同じ表情を、同じ瞳を見付け出す日が来るかもしれない。
悟られないよう、幾重にも隠した恋人同士の顔なのだけれど。
(…あの店主なら本当に気付くかもなあ…)
それもいいさ、とハーレイは笑みを浮かべた。
学者たちでさえも見抜けない秘密を理髪店の店主が知っているというのも悪くない。
店主は論文を発表する代わりに「自分だけの宝物だ」と大切に隠しておくだろう。
あの店主ならばそうするだろう、と確信に近い思いがあった。
まるで推理小説の世界のようだ、と可笑しくなる。
真相は学者ならぬ理髪店の店主のもの。
ずうっとあの店でブルーと一緒に世話になろう、と…。
行きつけの理髪店・了
※今のハーレイの散髪事情。行きつけの店に、キャプテン・ハーレイの熱いファンが…。
いつか店主は気付くでしょうか、本当のことに。気付いてもきっと、喋りませんね。
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