シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
デザートに生のパイナップル。
美味しかったから、食べ過ぎちゃって。舌がちょっぴりヒリヒリとする。生のパイナップルだとそうなるんだってこと、忘れてた。
(うーん、失敗…)
お風呂に入って歯磨きも済ませたら、すっかりマシになったから。きっと明日の夜も食べ過ぎてヒリヒリするんだろうな、とベッドに転がって考えていて。
(パイナップル…)
そういう事件があったっけ、と思い出した。
遠い遠い昔、ぼくがまだ前のぼくだった頃に。
白い鯨は出来ていなくて、アルタミラを脱出して間もなかった頃に…。
名前だけがシャングリラだった、元は人類のものだった船。
自給自足で生きるどころか、食料も物資も人類側から奪っていた。足りなくなったら前のぼくが奪いに出掛けてゆく。食料なんかは行き当たりばったり、とにかくコンテナごと全部。
計画性も何も無いから、食材が偏ることは珍しくなくて、キャベツばかりとかジャガイモだらけとか。その度にハーレイが奮闘していた。皆を飽きさせないよう、調理方法を懸命に調べて。
そんな中、大量に奪ってしまったパイナップル。缶詰じゃなくて生のパイナップル。
パイナップルは記憶に残っていたから、皆、大喜びで食べたんだけれど。
「おい、舌がヒリヒリしていないか?」
「もしかして毒が入っていたの?」
食堂に広がってゆく不安。毒物だったら…、と恐ろしくなった。みんなパイナップルを口にしていたし、前のぼくだって舌がヒリヒリしていた。
人類がパイナップルに仕込んだ毒物。ぼくたちの命は此処で終わるんだろうか?
(でも…)
パイナップルを積んでいた船は、ごくごく普通の輸送船だった。ぼくたちが奪うことを見越して毒を仕込むなんて有り得ない。たまたま近くを通りかかっただけの船なのだから。
毒ではなくて何かある筈、と船のデータベースを調べてみて。
生のパイナップルを食べ過ぎると舌がヒリヒリするのだと知った。
「なんだ、正真正銘の生のパイナップルって証明か!」
「もっと食おうぜ、美味いんだから」
分かってしまうと誰も怖がらず、ヒリヒリしたってパイナップルは人気。
もっとも、少し経ってしまうと飽きてきちゃって、またハーレイが苦労することになっちゃったけれど。パイナップルを使った料理は何か無いかと、格闘する羽目になったんだけれど…。
「お前ら、たまには生も食べろよ!」
「そりゃ食べるけどよ…。他の食い方も頼むぜ、ハーレイ」
パイナップルを入れた炒め物やら、煮物やら。他の食材と照らし合わせながら頑張っていた前のハーレイ。料理が得意というんじゃなくって、食材の管理や使い方が実に上手かった。
(もちろん料理も上手だったけどね)
不味い料理を大量に作ってしまわないよう、いつもきちんと試食をしていた。上手く出来たら、手の空いた者を動員しながら完成品の料理をドッサリ作る。それがぼくたちの食卓に上る。
「へえ…。パイナップルで料理も色々出来るもんだな」
「生のも食えと言ってるだろうが!」
今日のノルマだ、とカットしただけの生のパイナップルの山。完熟してくると舌がヒリヒリすることはなくなったけれど、そうなるとヒリヒリが懐かしい。
養父母の家で食べていただろう、生のパイナップル。パパやママに「ヒリヒリするよ」と言っていたのだろうか、と思うけれども思い出せない。
そんなささやかな記憶さえも失くしてしまったほどに、アルタミラでの日々は過酷だった。
直接記憶を奪い去ってゆく人体実験も惨かったけれど、与えられる餌と、それから孤独。
調理すらされていない食べ物。栄養分だけ摂れればいいとばかりに檻に突っ込まれる固形物や、水。水は必要に応じてだろうか、添加されるもので色や味わいが異なったけれど、ただそれだけ。美味しくするための加工ではなくて、薬などを入れて溶かしただけ。
これは餌だと、人間扱いされていないのだと誰にだって分かる。
アルタミラを脱出した直後に食べた非常食でさえ、「食べ物なのだ」と思えたくらいに。
密閉されたパッケージを破れば温まる仕様の非常食。
それだけで「料理なのだ」と思った。研究所では温かいものなど一度も食べたことが無かった。
非常食用のパンだって同じ。
焼き立てに比べれば落ちたのだろうけど、パッケージを破るとパンがふんわりと膨らんだ。餌の中にこんなふっくらとしたパンなど無かった。シリアルにも劣る餌ばかりだった。
それに一緒に食べられる仲間。「美味い!」と顔を綻ばせている仲間たち。
誰かと食事を共にすることなど、誰だって忘れ果ててしまっていたから。
皆でワイワイと食べられるだけで、非常食だって美味しかった。
食べ物の味を語り合える仲間が側にいるなんて、なんて素敵なことなのだろうか…。
研究所で閉じ込められていた檻は個室と言えば聞こえはいいけど、ただの独房。最低限の設備が設けられただけの、ベッドさえも置かれていない独房。
それに音やサイオンも封じ込められ、上下左右に檻があるのに何の物音も聞こえてはこない。
実験のために檻から出されて、また入れられて。その時に隣の檻に居る者を目にはしたけれど、次に見た時には顔が違った。死んでしまったのだ、と直ぐに分かった。
ミュウは増えれば相乗効果でサイオンの力が増すと分かっていたから、研究者たちは決して接触させなかった。
檻から出されて実験室に行くまでの間は、サイオン制御のリングを首に嵌められるけども。そのリングを首に嵌めてあっても、本当にただの一度でさえも。
実験室に連れてゆかれる時にも通路を分けられ、出会わないよう管理されていた。
ぼくに分かったのは強い残留思念だけ。実験室で死んでいった仲間の苦悶の声だけ。
それから檻に出入りする時に僅かに感じる、垣間見える隣の住人の姿。
他には何一つ分からなかった。
研究所の中に何人のミュウが居るというのか、それさえも知りようが無かったぼく。
脱出なんかは考えなかった。
一人で逃げてもどうしようもないし、逃げ方だって分からなかった。
逃げ出して何処へ行けばいいのかすらも…。
ぼくたちがアルタミラの惨劇と呼んだ、アルタミラが星ごと砕かれた日。
人類が忌まわしいメギドを使ってミュウを殲滅しようとした日。
あの運命の日に、ぼくは初めて生きている仲間たちに出会ったんだ。
逃げ出すことが出来ないように、と厳重にロックされたシェルターの一つ。元々は人の命を守るためのシェルターを、研究者たちは虐殺用の檻に転用した。
メギドの破壊力の前にはシェルターなど役に立ちはしないし、ミュウを確実に閉じ込めておいて星ごと滅ぼしてしまうことが出来る。個別の檻だと惑星崩壊前の地震で壊れてしまって扉が開き、逃亡される恐れがあると考えた彼らはシェルターを使うことにした。
何も知らずに檻から引っ張り出されたぼくに、研究者は笑ってそう告げて。
「お前たちの研究は全て終わった」と引き摺るように連れてゆかれて、シェルターの中へと放り込まれた。グランド・マザーの命令なのだと、もう生かしておく意味は無いと。
引き摺られてゆく途中、「ミュウは全て殺す」と残酷な宣言を聞かされた時、仲間たちが生きていると分かった。
此処から逃げねば、と初めて思った。
でも、どうやって…?
ぼくが放り込まれたシェルターは直ぐに扉が閉ざされ、何重にもロックしてから研究者は其処を立ち去った。丸い窓の向こうは見えるけれども、閉じた扉は開かない。
振り返れば何人もの仲間たちが居て、誰の顔にも絶望があった。
彼らを見た時、ぼくが何とかするしかないのだと考えた理由。
長い年月を孤独に過ごしていたのに、「救わなければ」という使命感が湧き上がってきた理由。
それは多分、「タイプ・ブルー・オリジン」と呼ばれ続けた名前のお蔭。
ぼくの本当の名前もブルーだったけれど、神の悪戯か、タイプ・ブルー・オリジン。
研究者たちが繰り返す名前のお蔭で、最強のミュウだと頭に叩き込まれていた。
ぼくが最強なら、皆を救うことは恐らくぼくにしか出来ない役目。
だから闇雲に窓を叩いて、叫んで。
ヒビすら入らない窓を拳で何度も叩く間に、首のリングが無いことに気付いた。檻から出された時に嵌められた記憶はあるのだけれども、閉じ込める時に外したのだろうか?
そういえばリングは貴重なのだと研究者が前に言っていた。希少な金属で出来ているから、お前たちには勿体ないと。無駄に高価な飾りなのだと嘲笑っていた。
彼らは用済みになったリングを回収して逃げて行ったのだろう。
星ごと砕いてしまうには高価すぎるリングを回収した後、悠々と脱出したのだろう…。
リングが無いなら、サイオンを使うことが出来るかもしれない。
檻の中や実験室にはサイオンが使えないよう仕掛けが施されていたのだけれども、此処は普通のシェルターだから。本来は人類が避難するための設備なのだから…。
(此処なら使えるかもしれない)
超高温や真空などのガラスケースに放り込まれた時、無意識に使っていたサイオン。自分の身を守るためだけにしか使った経験がなくて、それも無意識。
自分の意志で発動させたことは一度も無いし、どう使うのかが分からない。
でもシェルターを壊したい。壊さなければ、皆が死んでしまう。
使い方すらも分からないまま、夢中でぶつけた感情の爆発にも似た何か。ぼく自身ですら思わず目を瞑ったほどの閃光と衝撃とが空間を揺るがし、シェルターの扉は吹っ飛んでいた。
なんとか壊すことが出来たシェルター。
逃げ出してゆく仲間たちの背中を見ながら、魂が抜けたように座り込んでいたら。
「お前、凄いな」
小さいのに、と助け起こしてくれたのがハーレイだった。
たまたま同じシェルターに押し込まれていた、ハーレイの顔。窓の向こうしか見ていなかったと思う前のぼくだけれども、その顔立ちには確かに見覚えがあって。
助けられて良かった、と安堵の息をついた。シェルターはすっかり空だったけれど、此処に居た仲間は逃がせたのだと、最後の一人が彼なのだと。
それが前のハーレイと、ぼくとの出会い。
ハーレイはぼくの身体を支えて立ち上がらせて、それから大きな身体を屈めて。
「お前のお蔭で助かった。…だが、他にもこれと同じようなヤツがあると思うぞ」
「うん。助けて、って声が聞こえる」
崩れ始めたアルタミラの大気に仲間の悲鳴が混じっていた。助けを求める仲間たちの思念。
研究所の建物はとうに崩れて、空も地面も赤々と燃え上がっていたのだけれど。
ぼくとハーレイは思念を頼りに、幾つものシェルターを開けて回った。ロックを解除し、重たい扉を二人がかりでこじ開けて。
歪んでしまって開かないシェルターがあれば、ぼくがサイオンをぶつけて壊した。必死に走って駆け付けたけれど、間に合わなかったシェルターもあった。
星が壊れるほどの衝撃は想定されていないシェルター。引き裂かれた大地に飲まれたものやら、押し潰されてしまったものやら。
けれど死んだ仲間たちを悼む時間も惜しんで、ぼくたちは走った。
助けなければ、他の仲間たちをシェルターから脱出させなければ、と。
アルタミラから脱出する手段は先に逃がした仲間たちが既に確保していた。
こっちだ、と呼び掛ける複数の思念波。
飛べる宇宙船を一つ見付けたと、なんとか離陸出来そうだと。
赤く染まった空の下でハーレイがボソリと呟く。
「もう誰も居ないか…」
「うん、感じない」
助けを求める思念は無かった。
ぼくはサイオンを使い果たしてしまっていたけど、思念波を拾うことは出来たから。燃え上がる世界に目を凝らしたけれど、仲間の気配は感じなかった。
「なら、行くか。でないと俺たちも死んじまうぞ」
「……うん」
ハーレイに半ば抱えられるようにして走って、歩いて。
やっとの思いで船に乗り込んで、それからも声で、思念で仲間たちを呼んだ。
間違った方向に逃げた仲間が何人か居たから、こっちなのだ、と。
船があるからこっちに来るんだ、と。
乗降口でそうやって呼び掛ける間に離陸の準備が整った船。
操縦室の仲間が「もう誰もいないか」と思念で訊いてくるから、「いない」と答えて、それでも乗降口の扉は開けたままで。
そのまま離陸すると危険だとは誰も気付かなかった。逃げ遅れた仲間がまだ居るかもしれないと燃え盛る世界を見詰めるばかりで、扉を閉めようとは思わなかった。
操縦室に居た仲間の方でも、宇宙船の操縦などは初めてだから。
船のコンピューターが示す手順どおりに実行しただけで、扉にまで気が回らなかった。そうして悲劇は起こってしまった。開いたままの乗降口から放り出されたゼルの弟。
ゼルが掴んだ弟の手。「死にたくない」と、「兄さん」と叫んでいたハンス。
ハーレイたちがゼルの身体を押さえて落下を止めたけれども、ハンスの身体を引き上げるだけの力は無かった。ぼくのサイオンも既に残っていなかった。
ぼくたちはただ見ていただけ。
ゼルの、ハンスの手から力が失われていって、離れてゆくのを見ていただけ。
ハンスの身体は燃える地獄へと落ち、吸い込まれていった。「兄さん」という声を最後に。
弟の名を叫んで伸ばされたゼルの手が、呼び声が空しく届かないままに…。
乗降口は誰かが手動で閉ざした。それから間もなく船は大気圏から離脱したと思う。
気付けば、外は真っ暗な宇宙。
ぼくたちが居た乗降口の辺りはオレンジ色の照明が灯っていたけど、その暖かさも、逃げ出せた喜びも感じるだけの余裕は無かった。
弟の名を繰り返しながら泣き崩れるゼル。
助けられなかったと、自分の力が足りなかったと泣き続けるゼル。
声を上げて泣くゼルのすぐ横で、ぼくも膝を抱えて顔を埋めて、深い自己嫌悪に陥っていた。
あと少しだけのサイオンがあれば。
ほんの少しだけ、皆がゼルに力を貸して引き上げられる所までハンスの身体を運べていたら…。
どうしてぼくは肝心の時にサイオンを使えなかったんだろう。
使い果たしたつもりでいたけど、もしかしたら。
膝を抱えて蹲っているぼく。ちゃんと意識を保っているぼく。
意識を失くしてしまうほどのレベルまでサイオンを発揮していたならば。
ハンスを助けられていたかもしれない。
引き上げた後にぼくが倒れてしまっていたって、それで死ぬわけではないのだろうし…。
どうしてサイオンを使わなかったのか。限界まで使おうとしなかったのか、と自分を責めた。
シェルターを幾つも壊せたサイオン。
ハンスの身体を引き上げるくらい、きっと何でもなかった筈で…。
(…ぼくのせいだ)
ぼくが頑張らなかったから。
精一杯の力を使わずにいたから、ゼルは弟を喪った。ハンスは地獄に飲まれてしまった。
ぼくのせいだ、と丸くなっていたら、ぼくの肩にポンと大きな手が置かれた。
「お前のせいじゃないさ」
(…えっ?)
ぼくの心を読んだかのような声が聞こえて顔を上げたら、ハーレイが覗き込んでいて。
「事故はお前のせいじゃない。それに、お前…」
何人、助けた?
俺も含めて、何人助けた?
なあ、とハーレイは隣に屈んで語り掛けて来た。
「お前が落ち込むことはないだろ、この船のヤツらはみんなお前が助けたんだからな」
これから先も俺たちは多分、お前の世話になるだろう。
そうなっちまう、という気がする。
先なんか見えやしないんだがな。
…予知する力は無いんだけれどな、そうなるだろうと思うんだ…。
ハーレイの言葉をぼくは目を丸くして聞いていた。
ぼくがみんなの世話をするだなんて、本当だろうか?
ハンスを助けることさえ出来なかったぼくに、みんなの世話など出来るのだろうか。
けれどハーレイは心からそう思っていたのか、あるいはぼくを元気づけるためだったのか。
蹲ったままのぼくの腕を取り、「だが」と、その手に力をこめた。
「お前の世話になる前に、礼ってヤツの先払いだ」
グイと起こされ、立ち上がらされて。
此処に居るな、と誰も居ない部屋へと引っ張って行かれて、好きなだけ泣いていいと言われた。見ている者は誰もいないから、好きなだけ泣けと。
辛いなら辛いだけ、悲しいのなら悲しい分だけ、好きなだけ泣いていいのだと。
「此処には俺とお前しかいない。お前が泣いていたって誰も気付かない」
この先、お前は皆の前では、多分、泣けなくなるだろう。
その分まで今、泣いておけ。
俺がこうして抱いててやるから、泣きたいだけ泣いておくんだ、ブルー。
「…ハーレイ…」
シェルターを壊して回った間に、名前を教え合ってはいたけれど。互いに呼び合って仲間たちを助けて回ったけれども、初めて「ブルー」と呼ばれた気がした。「ハーレイ」と呼ぶのも、これが最初だという気がした。
本当はアルタミラで互いに何度も呼んでいたのに、初めてだと感じたその不思議さ。
ハーレイの思いの、その優しさと暖かさ。
逞しい腕がぼくを広い胸へと抱き込んでくれて、大きな手が背中を擦ってくれた。
好きなだけ泣けと、自分しか見てはいないのだから、と。
「…うん…。うん、ハーレイ…」
じわりと涙が滲んで、溢れて。堰を切ったら、もう止まらなくて。
ぼくは初めて泣いた気がする。成人検査で振り落とされて、あの檻の中に閉じ込められてからは何度も泣いていたというのに、初めて零れた温かな涙。嬉しくて流した初めての涙。
辛く悲しかった日々を洗い流すかのように、そうやって泣いて、泣き続けて。
どのくらいそうしていたんだろう…。
「おい、飯らしいぞ」
声と共に扉がノックされた時には、ぼくの涙はもう尽きていた。まだハーレイの広い胸に縋ったままだったけれど、すっかり気持ちが落ち着いていた、ぼく。
行こう、とハーレイがぼくの手を引いて、皆の気配がしている方へと連れて行ってくれた。船の真ん中あたりだっただろうか、元からの食堂と思しき場所。
研究所から逃げ延びた仲間たちが顔を揃えている中、ゼルの顔も見えた。ぼくはハンスのことを思い出して入口で立ち竦んだけれど、ゼルは泣いてはいなかった。
代わりにペコリと下げられた頭。他のみんなも、一斉に頭を下げたから。
ぼくは慌てて「いいよ」と叫んだ。
たまたま力を持っていたから、自分の役目を果たしただけ。
お礼だったらハーレイに言ってと、ハーレイが手伝ってくれたから大勢助けられた、と。
でも、ハーレイは「こいつが頑張ってくれたんだ。小さいのにな」と譲らないから、結局、笑い合って終わりになった。
あの地獄から逃げられて良かったと、無事に脱出できて良かったと。
それから皆で食べた食事の温かさを、ぼくは今でも忘れない。
ハーレイの隣に座って食べた。
人間らしい初めての食事をハーレイの隣で一緒に食べた。
パッケージを開けるだけで温まる仕様になった非常食と、パッケージを開ければ膨らむパンと。
温かい食事と、柔らかなパン。
どちらも美味しくて、ハーレイと何度も頷き合った。
「美味しいね」と、「うん、美味いな」と。
食事はこんなに美味しいものかと、皆と一緒に食べられるだけで更に何倍も美味しくなると…。
あれからずうっと時が流れて、ぼくは生まれ変わってしまったけれど。
前のぼくはメギドで死んでしまって、今のぼくが青い地球の上に生まれて来たけど…。
ハーレイと一緒の町に生まれて再会出来たんだけれど、そのハーレイにいつ恋をしたのか、今も明確に答えられない。これだ、という決め手が見付からない。
でも、多分。
アルタミラでのあの瞬間も、大切な一つだったのだろう。
「お前、凄いな」と助け起こしてくれた大きな手。
二人で開けて回ったシェルター。
それから、「礼の先払いだ」と、ぼくを泣かせてくれたハーレイ。
広い胸に抱き締めて、ぼくの涙が出なくなっても背中を、頭を撫でてくれたハーレイ。
そんなハーレイの隣で食べた、初めての食事は美味しかった。
非常食でも、まるで御馳走みたいに美味しかった…。
(うん、本当に美味しかったんだよ)
パッケージを開けるだけで温まっていた非常食。ふんわり膨らんでくれたパン。
前のぼくたちがシャングリラの名前さえついていなかった船で、初めて食べた記念すべき食事。
それから頑張って生きてゆく中、非常食から料理の日々へと。
奪って来た食材の偏りのせいでジャガイモだらけとか、キャベツだらけとか…。
(…舌がヒリヒリする生のパイナップルもね)
あの日のハーレイの予言通りに、ぼくは皆を世話する立場になったんだけれど。
それが出来たのはハーレイのお蔭。
「礼の先払いだ」と泣かせてくれた、優しくて温かいハーレイのお蔭。
「生も食べろよ!」と山ほどのパイナップルと格闘していたハーレイのお蔭…。
そのハーレイと一緒に生まれ変わって、ぼくたちは青い地球の上。
今度こそ、うんと幸せになる。
ちゃんと結婚して、ハーレイといつも二人で美味しい食事を食べて。
何処までも、何処までも二人で歩いて行くんだ、手をしっかりと繋ぎ合わせて……。
アルタミラの記憶・了
※前のハーレイとブルーの出会い。アルタミラが滅ぼされた日に初めて出会った二人です。
やっと此処まで来ました、二人の過去の物語。回想形式、書くには便利ですけどね。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
- <<蚊遣り豚
- | HOME |
- 行きつけの理髪店>>