シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ハーレイと二人、ぼくの部屋でのお昼御飯に天麩羅いろいろ。
ぼくとハーレイが再会してから、どのくらい経った頃だったろうか。休日にハーレイが家に来てくれて、パパとママも一緒の夕食の席。テーブルに揚げ立ての天麩羅があった。ハーレイがそれを見て言ったんだ。「シャングリラに天麩羅は無かったですね」と。
ぼくたちが生まれ変わって来た青い地球の上。
SD体制の頃には無かった様々な文化が復活していて、ぼくたちの住んでいる地域だと日本風。ずっと昔にこの地域に在った小さな島国、日本の文化を楽しみながら暮らしている。
天麩羅は日本にあった料理で、SD体制前の地球では有名だったらしいんだけど。人気も高くて日本以外の場所でも食べられたほどで、お寿司と併せて「スシ、テンプラ」って言われたくらいに代表的な料理だったらしいんだけれど…。
マザー・システムが支配する世界に地域色なんかは要らなかった。独自の文化も要らなかった。
そういったものは個性を作り出す。画一化された社会に個性は要らない。支配する側には個性は邪魔なものでしかない。誰もが判で押したように同じ思考を持つ方が便利。
ついでに特定の地域への愛着も必要なかった。地球への思慕さえあれば良かった。
その上、地球は滅びたままだったから。マザー・システムは「地球は元通りに復活している」と嘘をついていたから、地球の特定の地域を愛する人間が出てくると都合が悪い。そんな場所は全く存在しないのだから。
そうした理由で抹殺された地域の文化。人間は地球だけを慕えばいい。青い水の星だけを慕えばいい。その星にかつて何が在ったか、それはデータの形で残して夢だけ見させておけばいい。遠い昔はこうであったと、今の地球ではそうではないと。
広い宇宙に散らばった星を統治し、支配するためには画一的な文化がいい。統一された食生活や文化、前のぼくたちが「地球と同じだ」と信じて疑わなかった文化。
それを作り出すために幾つもの文化が、地域性が消され、誰も変だとは思わなかった。
マザー・システムから弾き出された、居場所の無かった前のぼくたちでさえも。
前のぼくとハーレイが暮らしたシャングリラ。白い鯨の形の楽園。
ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
船のデータベースから様々な情報を引き出していたし、SD体制よりも前の時代の本を読んだり歌を歌ったり、色々なことをしていたのに。
自給自足の生活のために食材も料理も調べていたのに、マザー・システムが作り上げた食文化の枠から外へは出られなかった。そんな発想は全く無かった。
多分、成人検査とその後の人体実験で奪われてしまった記憶よりも奥、無意識よりもずっと深い場所に刷り込まれてしまっていたんだろう。統一された文化に疑問を持たないように。他にも何かあるかもしれない、と決して考えないように。
それを考えると、ナスカで自然出産に挑んだジョミーは凄いと思う。機械が植え付けた意識へのコントロールを振り切り、誰も持たなかった異質な発想を勝ち取ったのだから。
(…ひょっとしたら、成人検査の途中で逃げ出せたからなのかな?)
前のぼくと違って、記憶を消されていなかったジョミー。その分、心が柔軟に出来ていたのかもしれない。前のぼくよりも自由な心を、縛られない心を持っていたかもしれない。
(だったら、やっぱりジョミーを選んで正解だったよ)
前のぼくより、断然、ジョミーの方が前向き。機械の支配を跳ね返せる分、ぼくよりも強い。
(…ジョミーだったら、お寿司と天麩羅にも挑めそうだよ)
そっちの方向へ行かなかっただけで、と可笑しくなった。
ジョミーが地球を目指すことに全力を傾けていなかったならば、有り得たかもしれない食文化の改革。自然出産の方が偉大だけれども、食文化だって大切だもの。
「どうした、ブルー?」
何を笑ってる、と向かいに座ったハーレイが不思議そうな顔をするから。
「天麩羅だな、って思ってた。…ハーレイが前に言ったから、ママ、天麩羅に凝ってるなって」
「そういや、今日のもこだわりだなあ…」
たかが俺たちの昼飯なんだが、とテーブルの上を眺めるハーレイ。
シャングリラに天麩羅は無かったという話を耳にして以来、ママは天麩羅の時は工夫を凝らす。ちょっと変わった食材を揚げたり、衣に抹茶を混ぜて緑色の天麩羅を作ってみたり。
今日は材料に凝っていると言うより、食べ方の方。天つゆじゃなくてお塩で食べる天麩羅。そのためのお塩を入れた小さな器がテーブルの上に整列していた。
普通のお塩だけじゃなくって、藻塩に岩塩。それから山椒粉や抹茶や七味唐辛子、柚子の皮の粉とかを混ぜたお塩の器。どれを付けて食べるかは、ぼくたちの自由。
「ママのこだわり、今日はお塩だね」
色々あるよ、と海老の天麩羅に抹茶のお塩を付けていたら。
「塩も色々だが、大元の塩がなあ…。実にバラエティー豊かだよなあ、シャングリラの頃には塩は一種類しか無かったのにな?」
もっとも抹茶も山椒粉も無かったんだが、とハーレイも天麩羅に七味入りのお塩を付けている。
「シャングリラは岩塩だったものね…」
前のぼくが食料を奪いに出ていた頃には、岩塩じゃないお塩もあったんだけれど。
自給自足の生活を始めるにあたって、岩塩が採れる星を探して採って、大量に船に積み込んだ。当分は塩に困らないよう、うんと沢山積み込んでおいた。
船の中での循環システムが上手くいったから、前のぼくが長い眠りに入ってしまう前にも岩塩は充分に残っていたんだけれど。ハーレイの話し方だと、最後まで岩塩だったみたいだから。
「前のぼくたちが採った岩塩、地球に着くまで残ってたとか?」
「うむ。アルテメシアを落としてから後なら、海の塩も補給出来たんだろうが…」
生憎と、キャプテンの俺にその発想が無かったからな。
前のお前が逝っちまった後は、ただ淡々と仕事をしていただけだしな?
アルテメシアでもノアでも、他の星でも海を見たのに、海の塩は考えなかったなあ…。
「そっか…」
前のぼくが死んでしまったせいで最後まで岩塩だったのか、と思ったけれど。
海で採れるお塩を味わい損ねた仲間たちには申し訳ないし、キャプテンだったハーレイの心から余裕を奪ってしまったことも申し訳ないと思ったんだけど…。
でも、お塩。
後生大事に岩塩を抱えていたシャングリラだけど、アルテメシアには海があったから。
「…アルテメシアの海のお塩も作りたかったな、やれば良かった」
きっと美味しいお塩が出来た、と言ったら「馬鹿」と返された。
「どれほどの海水が要るんだ、そいつから塩を作るのに」
「やっぱりダメ?」
「塩が全く無いなら別だが、岩塩が山ほどあったんだ。作る必要は無いだろう」
海水から塩を作り出すには思い切り手間がかかるんだ。
岩塩みたいに掘り出して終わりってわけじゃない。
海水を煮詰めて塩の結晶を作り出さんと、使える塩にはなってくれない。
やってみたいっていう軽い気持ちで挑むと絶対、後悔するぞ。
手間も時間もうんとかかるし、岩塩の方が遥かに楽だ。
岩塩は掘ってくれば直ぐに使える、とハーレイが言うとおり、手間要らずだった岩塩の塊。
不純物の混じったものがあっても、取り除く作業は簡単なもの。
それに比べると海のお塩は無駄が多すぎて無理があったか、と思っていたら。
「もっとも、わざわざ海水から塩を作って遊ぼう、って暇人も昔は居たらしいがな?」
「えっ?」
誰のことだろう、と首を捻ると、「SD体制よりもずっと昔さ」と答えが返った。
「百人一首に歌があるだろ、知らないか?」
来ぬ人を松帆の裏の夕凪に焼くや藻塩の身も焦がれつつ、とな。
この歌を詠んだ人が塩作りの遊びをやってたかどうかは分からないが…。
そういう時代は遠い海から海水を運ばせて、自分の家の庭で塩を作って遊んでいたんだ。
塩釜っていう塩作り専用の釜まで庭に作らせてな。
「…そこまでやるの?」
「ああ。そいつは貴族の優雅な趣味だが、シャングリラでそういう塩は作れん」
「やれば出来たんじゃあ…」
「手間がかかると言ってるだろうが、効率ってヤツが悪すぎだ」
それともお前が趣味でやるのか、ずっと昔の貴族みたいに?
前のお前は確かに基本は暇だったけどな。
ソルジャーとしての役目がある時以外は、暇にしていた前の生のぼく。
キャプテンだったハーレイは常に仕事があったけれども、ぼくはのんびりしていたから。
皆の命を預かるという点ではハーレイと全く同じだった割に、仕事の無い日が多かった。仕事が無いからと保育部に出掛けて、子供たちと遊んでいたほどに。保育部のクルーの手伝いだか、補助だか。それを日常にしていたくらいに…。
そんなぼくだったから、暇はたっぷり。海水からお塩を作る遊びにかかる時間には困らない。
「えーっと…。青の間で塩釜?」
「燃料によっては煙が出るが…。換気設備は完璧だったし、出来んことはない」
大量の海水も前のお前なら軽いもんだろうが、いくらでも調達出来たよな?
「うん。どうせだったら、青の間の水。あれを全部、海水にしておいて毎日、塩釜」
きっと沢山のお塩が作れたよ。
ぼくが暇な時に作る分だけで、月に一回くらいは海のお塩で料理が出来たかも…。
青の間の水って、海水に変えてもシャングリラに影響は出なかったよね?
「うーむ…」
ハーレイは腕組みをして、少し考え込んで。
「青の間の水はあの中だけで循環してたし、海水に変えても影響は無いが…」
海水にすることに意味があるのか、前のお前が塩釜で塩を作る以外に?
「真水でも海水でも、どっちでも良かったんだと思うんだけど…」
青の間の水、非常用の貯水槽でも何でもないよ?
ぼくのサイオンが水と相性が良さそうだから、って水だらけの部屋になっただけだよ。
それに半分以上は見た目重視の部屋だよね、あそこ。
海水に変えて塩釜をやっても、問題なかったと思わない?
「使い道としては無問題だろうが、海水って所が問題だな」
「腐食とか? そういうコーティングは完璧だったんじゃないの、シャングリラは」
宇宙には腐食性のガスとかもあるから、対策には念を入れていた筈。
ぼくのベッドの枠とかだって、耐久性に優れた素材。
青の間の水が海水に入れ替わってしまっても大丈夫だと思ったんだけど。
「潮風だ、潮風」
お前のベッドのリネン類まで潮臭くなるぞ、と真顔で言われた。
真水だったから何の匂いもしなかっただけで、海水だとそうはいかないと。
青の間が潮臭くなってしまう、と指摘された海水。
だけど塩水。しょっぱいだけの水で、真水と変わらないんじゃないかと思う。
今、天麩羅に付けてるお塩も、抹茶とか七味唐辛子が混ざってなければ匂いは無いと思うから。
「海水ってそんなに匂いがしたっけ?」
ただの塩水だよ、と言ったんだけど。
「潮臭いだろうが。ただの塩水とは違うんだぞ」
岩塩を真水に溶かすのとは全く違うんだ。
アルテメシアの海の水を持って来ようというなら、そういうことだ。
「…そういえば潮の匂いがしてたよ、海の側だと」
「忘れてたのか、お前? 潮の匂いを」
海水浴に行ったら嫌というほど潮風の匂いがするだろうが。
塩の他にも色々なものが入っているから、ああいう匂いがするんだな。
「…ぼくは海水浴はあんまり…」
「チビの頃に行ってただけだったか?」
「うん。…ぼく、長い間は入っていられないしね、海もプールも」
だから殆ど忘れちゃってた、潮風の匂い。
青の間が潮臭くなってしまったらちょっと困るかな、ぼくはいいけどゼルとかが。
会議とかで来る度に「変な匂いだ」って言い出しそう。潮風の匂い、みんな記憶に無いものね。
「それを言うなら前の俺だって同じだな」
何の匂いですか、と質問しそうだ。
今の俺だと海も潮風も馴染みの深いものだが、前の俺は全く知らないんだしな。
変な匂いだと言われてしまうらしい、潮風の匂い。
潮風だけでその有様だと、前のぼくが塩釜をやっていたなら変な趣味だと思われるだろう。
岩塩は充分足りているのに、青の間を変な匂いで満たして、時間をかけて塩まで作って。
美味しいお塩が出来ていたなら理解も得られそうだけど…。海水から出来たお塩は味が違うと、青の間は変な匂いがするけど、美味しいお塩が出来る場所だと。
「…前のぼくが青の間で塩釜をやったら、美味しいお塩が出来てたと思う?」
「出来たんじゃないか? …ちゃんと作れば」
美味い塩が売りの場所もあるしな、今の時代は。
この藻塩とかもそうだぞ、きちんと海水を汲み上げて作っているからな。
藻塩ってヤツはだ、ただ海水っていうんじゃなくって海藻も使う。
潮風の匂いの原因の一つだ、海藻はな。
海に生えている海藻が波に乗って、空気に触れて。その海藻から漂う匂いも潮風の匂い。海藻の他にも小さな小さなプランクトンとか、色々なものが混ざって混じって、潮風になる。お塩を水に溶かしたものとは全く違った匂いになる。
ハーレイが言うには、藻塩を作るのに使う海藻はホンダワラ。昔の貴族が遊びでやってた塩釜に使っていたかどうかはともかく、今は塩釜にはホンダワラらしい。
海水を煮詰めてお塩を作るための大きな釜。その上にホンダワラをたっぷりと乗っけて、上から海水を注いで、かけて。その過程で美味しい藻塩のための成分が出来るらしいんだけど…。
塩釜は其処から先が大変。
釜一杯の海水を何時間もかけてゆっくり煮詰めて、それから冷ます。釜ごと水に浸けるのも風を送って冷やすのも駄目で、自然に冷めてゆくのを待つ。
そうしたら釜の中に勝手に出来てくるという、大きなサイズの塩の結晶。角砂糖よりもずうっと大きな、三センチくらいもあるような結晶。
その結晶でもいいんだけれども、美味しい藻塩を作りたかったら、結晶が出来た後の上澄み。
それを掬って釜で煮詰めて、やっと藻塩の出来上がり。丸一日はかかるという藻塩。
手間は沢山かかりそうだけど、面白いな、と聞き入っていたら。
「おい。…前のお前は海水から塩を作り損ねたが、塩釜、やるか?」
やってみたいか、とハーレイに訊かれた。
「塩釜って…。何処で?」
ぼくの家の庭でやるんだろうか、と目を丸くしたら。
「いつか俺と一緒に海で、だ」
「海!?」
ハーレイと一緒に海で塩釜。凄く素敵だと思ったけれども、海と言ったら海水浴の季節。
「…楽しそうだけど、夏は暑そうだよ?」
ぼく、暑い季節は苦手なんだよ。暑いのがダメなの、知ってるくせに…。
「もちろん承知だ。だから暑くない季節でないといかんな、春とか秋とか」
塩釜をやるのにピッタリのシーズンに出掛けないとな?
それから美味い魚も釣らないと。
海辺で塩でバーベキューだ。
せっかく藻塩を作るからには、海の見える場所で味見しないとな?
「わあっ…!」
なんて素敵なアイデアだろう。
藻塩を作るってだけじゃなくって、バーベキュー。
塩釜で作ったお塩を使って、ハーレイが釣った美味しい魚でバーベキュー…。
お塩だけを使ったバーベキューでも美味しそう、と思った所で気が付いた。
バーベキューで焼くもの、魚の他にも海の中には棲んでいる筈。水泳が得意なハーレイが潜って獲れそうな貝とか、ウニだとか…。
これは絶対に焼いて食べなくちゃ、と強請ることにした。
「ハーレイ、バーベキューには魚だけなの? 潜って獲って来てくれないの?」
サザエとかアワビ。
ウニだっているし、焼いてお塩を振っただけでも美味しそうだよ。
「おいおい、潜るって…。夏じゃなくって、塩釜が出来る季節にか?」
「シールドを張ったら寒くないと思うよ?」
「そう来たか…」
まあ、サーファーなんかは年中いるしな、海に入っても変な顔は誰もしないと思うが…。
それにだ、俺は寒中水泳だってやっていたから、短時間ならシールドは要らん。
お前が獲って欲しいと言うなら、アワビもサザエも獲って来てやるぞ。
そういや、お前、ウニは憧れだったんだよな?
前のお前は栗のイガを見ては、ウニが食いたいって言ってたもんなあ…。
よし、とハーレイはバーベキューにするウニとかも獲ると約束してくれて。
「そうだ、俺の親父も一緒に出掛けるか?」
釣り名人だから色々と釣ってくれるぞ、お前の師匠にもなってくれるさ。
お前のためにと新しい釣竿も買って来そうだ、仕掛けもあれこれ作ってな。
「えーっと…」
ハーレイのお父さんと釣りをするのは楽しそうだけれど。
新品の釣竿でハーレイも一緒に、ハーレイのお父さんと並んで釣るのも良さそうだけど…。
わざわざ海まで出掛けてゆくのに、大問題が一つ。
「ハーレイのお父さんと一緒じゃ、ハーレイと二人でくっついてられない…」
「宿の部屋は別にしてやるさ。塩釜をやるには泊まりがけでないとな」
丸一日はかかると言ったろ、釣りをしながら塩釜の番だ。
煮詰めたのを冷ます間はともかく、煮詰める間は誰かが釜についていないと。
そうなると適任は俺のおふくろだ、俺たちが釣りに出掛ける間も見ていてくれるぞ。
親父とおふくろを連れて行ったら実に便利だと思わんか?
それにだ、お前、いつまで俺にくっつくつもりだ。
「一生だよ!」
決まってるよ、と答えたぼく。
どんなにハーレイと一緒に居たって、くっついてたって、飽きることなんて有り得ない。
満足だってきっとしないし、いつまでだって、一生だって…。
でも…、と、ぼくは考えた。
いつまでもくっついていたいと思うハーレイだけれど、ハーレイのお父さんは釣り名人。釣りが大好きで、小さなぼくを釣りに連れて行きたいと言ってくれた人。
優しい、ハーレイのお父さん。隣町の庭に夏ミカンの大きな木がある家に住んでいるお父さん。そのお父さんも一緒に釣りに行くのもいいかもしれない。ハーレイの子供時代の話なんかも色々と聞けそうな気がしてきたから。
「んーと…。ハーレイのお父さんとも行きたいかな、釣り」
「おっ、そうか? 親父は楽しみにしているからなあ、お前を釣りに連れて行くのを」
いつか絶対に連れて行くぞ、と今から計画を練っているんだ。
まずは川で釣って、慣れたら海にも行こうとな。
それにキャンプ場だって諦めていないぞ、何処がいいかと思案中だし…。
俺たちが塩釜をやると言ったら勇んで来そうだ、そういうのは親父もおふくろも好きだ。
賑やかに家族旅行といこうじゃないか。
「家族旅行かあ…」
それならぼくのパパとママも、と言ってしまってから「うーん…」と唸った。
「ハーレイのお父さんとお母さんに、ぼくのパパとママと…。人数、多すぎ!」
ホントにハーレイとくっつけないよ。
そんなに大勢で一緒に行ったら、くっついてる暇が全然ないよ…。
「お前なあ…。本当にいつまで俺にくっつきたいと…」
「一生だってば!」
さっきも言ったけど、一生、くっつく。
一生、ハーレイにくっついていたいよ、前のぼくがくっつき損ねた分まで…。
だから、とぼくはハーレイに言った。
「パパやママが見てても平気でキスが出来るようになったら、みんなで塩釜」
気にせずにくっついていられるくらいに平気になったら、みんなで家族旅行に行こうよ。
それまではハーレイと二人がいい。
ちょっと面倒でも、ハーレイと二人で塩釜で藻塩を作るんだよ。
「俺を独占したいってか?」
欲張りめが、と軽く睨まれたけれど、怒ってないってちゃんと分かるから。
「だって、ハーレイはぼくのハーレイだよ?」
そして、ぼくはハーレイのものなんだよ。
だからずうっと二人がいいんだってば、基本は二人。
「ふむ…。お前も俺のものだと言うなら、それでもいいか…」
俺もお前を存分に独占したいしな?
早くお前を連れて来い、と何度も言ってる親父とおふくろに取られんようにな。
「ね、ハーレイだってそう思うでしょ?」
でもね…。
ぼくはパパとママに取られっぱなしなんだよ、ハーレイを。
晩御飯の度に取られちゃうんだ、パパとママに取られてしまうんだよ…。
「仕方ないだろ、俺は「ハーレイ先生」なんだ」
お母さんたちに悪気は全然無いんだ、俺がお前の相手で疲れただろうと気遣ってくれてる。
晩飯の間くらいは大人と喋りたいだろう、と俺と話をしてくれるんだ。
いくらお前が元はソルジャー・ブルーだと言っても、今は立派な子供だからな。
「…そうなんだけど…」
それは分かっているんだけれど、とぼくは大きな溜息をついた。
ハーレイのためにと天麩羅を揚げてくれたママ。何種類ものお塩を用意してくれたママ。パパも優しいし、文句なんか言ったら罰が当たるというものだけど。
「でも…。早くハーレイを独占したいよ、ハーレイの時間をぼくが独占」
「俺もなんだが…。道は長いぞ?」
まだまだ我慢の日々が続くぞ、と脅されたから。
「十八歳になったら結婚出来るよ、それまでの我慢」
「その前にだ。お前と結婚出来るよう、お前のお父さんたちに申し込まんといかんのだが…」
お許しを貰えるのはいつになるやら…。
いきなり「出て行け」とか「帰れ」と放り出されるかもなあ、お前の家から。
「ハーレイがうんと頑張ってよ。そういうのは大人の役目だと思うよ」
ぼくは子供だから、待ってるだけ。許して貰えるまで待ってるだけ…。
「こらっ! お前も結婚出来る年なんだろうが、俺と一緒に努力をしろ!」
「お酒が飲めない子供だよ、まだ。二十歳までお酒は飲めないよ」
だから大人はハーレイだけだよ、ハーレイがうんと頑張らなくちゃ。
「………。都合のいい時だけ子供なのか、お前」
なんてヤツだ、とハーレイは両手を広げてお手上げのポーズを取ったけれども。
そうやって呆れ顔をしてくれたくせに、目だけは優しく笑っていて。
「まあいいが……な」
子供なんだな、と唇にも浮かんだ小さな微笑み。
それが綻んで笑顔になった。ぼくの大好きな笑顔のハーレイ。
笑顔で天麩羅をお箸で摘んで、器の藻塩をチョイチョイと付けて。
「藻塩、二人で作りに行こうな、結婚したら」
まずは二人で藻塩作りで、いずれは家族旅行で賑やかに塩釜やるんだな?
「うんっ!」
二人きりで塩釜をする時も、魚を釣ってバーベキューだよ?
ぼくは塩釜の番をしてるから、ハーレイが釣って、貝とウニも獲ってね。
うんと美味しい藻塩が出来たら、魚とかに振って食べようね?
「…お前は塩釜の番をするだけか? ずいぶんと人使いの荒いヤツだな」
「えっ? ハーレイも塩釜の番をするでしょ、交代で?」
「俺をそこまでこき使う気か…!」
塩釜なんか教えるんじゃなかった、とハーレイは大袈裟に天井を仰いでいるけれど。
本当はとても嬉しいんだってこと、顔を見てれば簡単に分かる。
いつかはハーレイと二人で塩釜。
パパやママが一緒でも平気になったら、ハーレイにくっついて家族旅行で、みんなで塩釜。
そんな日が早く来るといい。
海辺でのんびり塩釜をやって、美味しい藻塩を作れる日が……。
塩と塩釜・了
※シャングリラでは岩塩だった塩。海水から採れる塩は使っていなかったらしいです。
青の間で塩釜も凄いですけど、今の時代なら、のんびりゆっくり塩釜で遊べそうですね。
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