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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

フクロウ

「ハーレイっ…!」
 嫌だ、と泣き叫ぶ自分の声で目が覚めた。
 失くしてしまったハーレイの温もり。青い光の中、独りぼっちで死んでゆく自分。
 遠い遠い昔、前の生での最期を迎えたメギドの悪夢。
「……ハーレイ……」
 常夜灯だけが灯った部屋は暗くて、涙に濡れた声で呼んでも恋人の声は返ってこない。どんなに泣いても会えはしないし、声すら聞けない闇が降りる夜。小さなベッドに独りきりの真夜中。
 ブルーは枕に顔を埋めて、右の手をキュッと握り締めた。
(…どうして…)
 あの夢は見たくないというのに。
 自分は青い地球に生まれ変わって、ハーレイと同じ町に居るというのに。
 夢を見る度に怖くなる。今の自分は幻ではないかと、死んでしまったソルジャー・ブルーの魂が紡ぐ夢ではないかと。
(冷たいよ…)
 右手が冷たい、と強く握り締めながら震えるけれども。
 前の生の最期に失くしてしまったハーレイの温もりを取り戻そうとして握るのだけれど、恋人の温かな手は此処には無いから。
 自分の小さな手しか無いから、懸命に恋人を思い浮かべる。
 いつも温もりを移してくれる手。大きな手をした、優しい恋人。
 自分と一緒に生まれ変わって来た、ずうっと年上の恋人を想って耐えるしかない。
 今までに貰った温もりを心に思い描いて、手が温まるのを待つしかない…。



 そうやってベッドで丸くなっていると、カーテンの向こう、暗い庭から聞こえて来た声。
 人の声ではなく、獣でもなくて、夜のしじまを震わせる声。
 ゴッホウ、ゴロッケ、ゴゥホウ。
(…フクロウ…)
 あの声のせいか、と思い当たった。
 独特の低い声で鳴く鳥。
 直ぐ近くから聞こえて来たから、庭の木のどれかに居るのだろう。
(…嫌だ…)
 なんで、とブルーは上掛けを頭から被った。
 早く何処かへ行って欲しいと、声の聞こえない場所へ行って鳴いて欲しいと。



(フクロウだなんて…)
 初めて見た日は、ずっと幼い頃だった。
 星を見ようと思ったのだろうか、夜の庭に出ていて出会ったフクロウ。
 羽音も立てずに飛んで来た鳥の影を、ただ見上げていた。木の枝に止まった大きな鳥。丸い頭の大きな鳥だ、と真っ黒な影を見ていただけ。何かも知らずに見上げていただけ。
 その後のことは覚えていない。飛び去るまで庭で眺めていたのか、自分が家に入ったのか。あの時の鳥がフクロウだったと気付いたのはずっと後のこと。何年か経った頃のこと。
 けれど、幼かったブルーが目にしたフクロウ。
 それは近所に住み着いたらしく、影を見てから間もない日の夜中に聞こえた気味の悪い声。
 ゴッホウ、ゴロッケ、ゴゥホウ。
 子供の耳には恐ろしすぎた、暗い夜の部屋に響いてくる声。
 泣きながら父と母とを起こした。庭の方から変な声がすると、あれはオバケに違いないと。



 両親は「オバケ?」と直ぐに起きてくれたが、其処へあの声。
 父は笑い出し、母も「あれはオバケじゃないのよ、ブルー」と頭を撫でてくれた。
 「フクロウの声よ、庭に来たのね」と優しく涙を拭いてくれた母。
 可愛くて縁起のいい鳥なのよ、と教えられたけれども、怖いものは怖い。オバケと同じ。両親は何故平気なのかと、庭で鳴く声に怯えて震えた。
 ゴッホウ、ゴロッケ、ゴゥホウ。
 一度オバケの声だと思うと、もうそうとしか聞こえない。真っ暗な庭で鳴く、オバケの鳥。
(ホントのホントに怖かったんだよ…)
 気味の悪い声で鳴く、恐ろしい鳥。
 ずいぶん大きく育つ頃まで、あの鳴き声が怖かった。何度も両親を起こして泣いた。



 ゴッホウ、ゴロッケ、ゴゥホウ。
 聞きたくないのに、また庭の方から響いてくる声。
 フクロウは暫く来るのだろうか?
 その度にメギドの悪夢を見るのだろうか、と怖くなる。
 ゴッホウ、ゴロッケ、ゴゥホウ。
 お前は死んだと、メギドで死んでしまったのだ、と繰り返すかのようなフクロウの声。
 もう死んだのだと、今のお前はただの夢だと、呪いをかけているような声。
 幼い頃にオバケだと思っていたから、今もオバケの声に聞こえる。
 フクロウなのだと分かっているのに、オバケの声だと思えてしまう。
(…やっぱり怖いよ…)
 フクロウなんて、と幼かった頃の恐怖を思い出す。雷よりもずっと怖かった…。



 そんな思いをした次の日、仕事帰りのハーレイが来て両親も一緒に夕食を食べた。食後のお茶を母がブルーの部屋に運んでくれたから、ハーレイと二人で窓際に座る。
 テーブルを挟んで向かい合わせで、窓のカーテンはまだ開けたまま。昨夜フクロウが鳴いていた木は分からないけれど、黒々と木々の梢が見えていた。ブルーは微かに肩を震わせ、恋人に問う。
「ねえ、ハーレイ。…フクロウ、怖い?」
「はあ?」
 ハーレイはポカンと口を開けたが、ブルーの説明と体験を聞くと腕組みをして頷いた。
「なるほどなあ…。子供には確かに怖いかもなあ、正体不明の声というのは」
 ずっと昔は鵺という鳥が気味悪がられていたそうだしな。
「鵺?」
「頭がサルでタヌキの胴体、虎の手足に蛇の尻尾の化け物だ」
 SD体制よりも遥かな昔に、そういう化け物が出たというんだが…。
 そいつの声だと思われていたのが夜に鳴く鵺で、いわゆる不吉の象徴ってヤツだ。
 声が聞こえたら凶事が起こると信じられていてな、鳴き声がする度に祈祷をしたそうだ。
 正体はトラツグミっていう鳥だったんだが、昔の人にとっては怪鳥だった。
 お前が言うオバケみたいなもんだな。



「…フクロウ、ぼくには鵺と同じくらいに怖かったんだよ」
 鵺っていう鳥は初めて聞いたけれども、それとおんなじ。
 オバケの声にしか聞こえなかったし、フクロウだなんて言われても…。
「だろうな。鵺を信じていた昔の人たちに「トラツグミです」と言っても無駄だろうしな」
 怖いものは怖い、といった所か。
 フクロウやトラツグミに限らず、夜に鳴く鳥はけっこう多い。
 ホトトギスなんぞは風流だがなあ、ずっと昔の歌にも詠まれているくらいにな。
 しかし…。
 しかし、とハーレイは眉間に深い皺を寄せた。
「フクロウの声がメギドの悪夢を連れて来るなら、お前にとってはまさしく鵺か」
「うん…」
 ホントに不吉の象徴なんだよ。
 あんな夢、二度と見たくないのに。
 それなのにフクロウのせいで見ちゃった、フクロウが庭で鳴いていたから…。



 怖い、とブルーは訴える。
 あの鳴き声が怖くてたまらないのだと、また聞こえたらどうしようかと。
 恐ろしそうに庭の方をチラチラと眺めるブルーの姿に、ハーレイの心は痛んだけれども。小さな恋人がどんなに怖いと訴えようとも、夜通し傍には居られはしない。
 どうしたものか、と思案しながら尋ねてみた。
「それで、お前はフクロウそのものも怖いのか?」
「…あの声だな、って思うと、ちょっぴり…」
 だって、本当にオバケだと思っていたんだもの。
 パパとママが「フクロウだから」って言ってくれても、ぼくにはオバケの声だったもの…。
「ふうむ…。いい思い出ってヤツが無いんだな、フクロウの」
「…うん……」
「俺の親父の家にはフクロウも居るがな」
「えっ?」
 何故、と目を見開いたブルーに、ハーレイは「本物じゃないさ」と微笑んだ。
「お前のお母さんが言った、縁起のいいヤツだ」
 フクロウは不苦労とも聞こえるからなあ、福の詰まった籠で福籠っていう音にもなる。
 苦労しないとか、幸福が来るとか。
 幸運のお守りってことで、親父とおふくろがフクロウの置物を飾っているんだ。
 SD体制よりもずうっと昔の日本の文化の一つだな。
 お前もそいつを買って貰っていたら、フクロウも怖くなかったかもなあ…。



「そっか、置物…」
 売られているのを見たことがあるな、とブルーは思った。確か百貨店の文具売り場で見かけた、ペーパーウェイト。陶器のフクロウが並んでいたから、変な形だと眺めたものだ。自分にとってはオバケの鳥なのに、欲しがる人もいるものなのかと。
「ハーレイ、くれる? ぼくにフクロウ…」
 ぼくが知ってるのはペーパーウェイトで大きかったけど、小さいのでいいから。
 置物じゃなくても、何かフクロウ。
 ハーレイがくれたら大事にするから、フクロウ、怖くなくなるかも…。
「フクロウか…。そうだな、買ってやってもいいが…。ん?」
 待てよ、とハーレイは首を捻った。
 フクロウでヒョイと引っ掛かって来た、遠い遠い記憶。
 遥かな昔にブルーと暮らした、白い船での懐かしい記憶。
 それをぶつけることにした。自分の向かいの椅子に座った、小さなブルーに。



「ブルー。…お前、ヒルマンの部屋にはよく行ってたか?」
 シャングリラに居た頃の、前のお前だ。
 俺の部屋にはよく来たもんだが、ヒルマンの部屋はどうだった?
「行かないよ、なんで?」
 怪訝そうなブルーに「一度もか?」と重ねて訊くと、「そうでもないけど…」と途惑う表情。
「用がある時には行っていたけど、ヒルマンの部屋がどうかしたの?」
「なら、奥の部屋までは入っていないんだな」
「寝室の方?」
 行ってないよ、とブルーは答えた。
「手前の部屋から見てただけだよ。ベッドがあるな、ってチラッと見えたくらいで」
 それがどうかしたの?
 ヒルマンの部屋の写真もシャングリラの写真集にあるけど、寝室のは無いよ。
 寝室に何かあったの、ハーレイ?



 ねえ、と好奇心に駆られた様子のブルー。よし、とハーレイは心で頷きながら。
「実はな…。あの部屋にフクロウが居たんだ、うん」
「フクロウって…」
 まさか、とブルーが赤い瞳を丸くする。
「シャングリラで鳥は飼えなかったよ、そういう鳥は」
 だから諦めるしかなかったんだもの、青い鳥。
 幸せの青い鳥が欲しかったのに…。
「もちろん本物のフクロウじゃない。置物さ」
「幸運のフクロウ?」
「いや、そいつはヒルマンが知ってたかどうか…」
 もしかしたら知っていたかもしれんが、少なくとも俺は聞いてはいない。
 そういう注文じゃなかったからな。
「注文?」
「ああ。フクロウを彫ってくれと言われた」
「ハーレイに!?」
 ブルーの声が引っくり返った。
 キャプテン・ハーレイの趣味は木彫りだったが、お世辞にも上手とは言えない腕前。スプーンやフォークといった実用品の類はともかく、写実的なものや芸術性を要するものは破壊的と言っても差し支えの無い酷い出来栄え。
 証拠は今でも残っていた。宇宙遺産に指定されている、キャプテン・ハーレイが彫ったウサギのお守り。その正体がウサギではなく、ナキネズミだと聞かされたブルーの衝撃といったら…。



 下手の横好きとしか言いようがなかった、キャプテン・ハーレイの木彫りの趣味。
 ハーレイ自身も自覚がゼロというわけではないから、ブルーの素っ頓狂な声に苦笑いをする。
「おいおい、馬鹿にしてくれるなよ?」
 下手な彫刻家には間違いないがな、キャプテンだからな?
 キャプテン・ハーレイが彫るとなったら有難味だけはあったんだ。
 現にナキネズミは立派な宇宙遺産になったぞ、俺が彫ったからこそ出世を遂げた。
 それにだ、ヒルマンは俺の飲み友達だ。俺に注文して何が悪い?
「…そうだけど…。ハーレイに頼むなんて酔狂だね」
「だから馬鹿にするなと!」
 キャプテン手ずから彫るんだぞ?
 おまけに注文となれば特注品だし、値打ちもグンッと増すってもんだ。
「そういうことにしてもいいけど…」
 いいんだけれど、とブルーは首を傾げた。
「それでヒルマン、なんでフクロウを注文したわけ?」
「ミネルヴァのフクロウだと言っていたな。知恵の神様のお使いなのだと」
 お前もミネルヴァは知っているだろ、戦いの女神で知恵の女神だ。
 俺にミネルヴァを彫るのは無理だからなあ、それでフクロウだったんだろうな。
「なんだ…。ヒルマンもちゃんと分かってるじゃない」
 ハーレイの木彫りの腕の限界。
 ミネルヴァを頼んでこない辺りが。



「こらっ!」
 ハーレイの拳がブルーの頭に軽くコツンと落とされた。ブルーは「痛いよ!」と大袈裟に両手で頭を押さえて、さも痛かったと言わんばかりに撫でさすりながら。
「…それでフクロウ、彫ってあげたの?」
「もちろんだ」
 威張るハーレイに「どんなの?」と問えば、暫しの沈黙。
「………」
「ねえ、どんなの?」
 見せて、と伸ばされた小さな右手。思念で見せろという意味をこめた手。
 ハーレイは渋々といった様子でその手に自分の手を絡めると。
「………。こういう形だ」
「えーっと…。何処がフクロウ?」
 どの辺が、と首を傾げるブルーに、ハーレイが呻く。
「ヒルマンにも言われた、これはトトロだと」
「トトロ?」
「そういうのが居たんだ!」
 SD体制よりもずっと昔の人気者だ、とハーレイは開き直って言い放った。
 トトロは子供に人気の映画に出て来るオバケで、子供たちにとても愛されたのだと。
 人間が自然と幸せに共存していた時代を見事に描いた映画なのだ、と。



「いい映画だったぞ、トトロの映画は」
「ハーレイ、観たんだ?」
 ブルーの問いに、ハーレイは「いいや」と首を左右に振った。
「ヒルマンに頼んでデータを見せて貰った。観たわけじゃない」
 トトロだと言われりゃ気になるじゃないか、トトロってヤツが。
 知らないままより知りたいからなあ、俺が彫ったフクロウの何処がトトロなのかを。
「それ、どんな映画?」
「もう一度手を出してみろ。見せてやるから」
 ハーレイが差し出した手を握ったブルーは思わず「わあ…!」と歓声を上げた。
 大きな褐色の手から流れ込んで来る、鮮やかな世界。
 地球が一度滅びるよりも前、遠い遠い昔の失われた地球。広がる田畑や、深い深い森。
 断片しか残っていないトトロの映画。それを集めて読み物の形に起こしたもの。
 子供たちが眺めて楽しめるように、絵を中心にして編まれたデータ。
 森の奥に住む、オバケのトトロ。
 フクロウに似ていないこともない姿の、大きなトトロ…。



 心がじんわり温かくなるような、遠い昔に作られた映画。
 ブルーはトトロの世界を満喫した後、手を離してからクスッと笑った。
「ホントにトトロだね、ハーレイのフクロウ」
 バランスが変だよ、下の方が大きすぎるんだよ。
 フクロウならコロンと丸くなくっちゃ、デフォルメするにしても。
「俺がフクロウだと言ったらフクロウなんだ!」
「うん、ナキネズミもそう言ってたね。宇宙遺産のウサギだけどね」
「ヒルマンも納得はしてくれたんだぞ、トトロではあるがフクロウだと」
 ついでにちゃんと飾ってくれたし…。あの部屋の写真が残ってないのが残念だな。
「じゃあ、ハーレイの記憶でいいよ?」
 それを見せて、と手を絡めたブルーに伝わって来たキャプテン・ハーレイの記憶。
 ヒルマンの寝室の奥、置時計の隣に飾られたトトロ。ハーレイが彫ったフクロウのお守り。
「これはホントにお守りなんだね、宇宙遺産のウサギと違って」
「そうだな、お守りでもないのに勘違いっていうわけではないな」
 お守りと言うか、神様と言うか…。あの時代には邪道なお守りだがな。
「今は?」
「ミネルヴァの信者は流石にいないが、別の意味ではお守りだろ?」
 知恵の神様のお使いじゃなくって、幸運が来るフクロウだろうが。
 俺の親父の家にだって居るし、お前のお母さんも縁起のいい鳥だと言ったんだろう?
 フクロウはちゃんとお守りなんだ。
 ヒルマンが彫ってくれと頼んだのもそうだし、今の時代のフクロウもそうだ。
 シャングリラがあった頃から、それよりもずっと遠い昔からフクロウはお守りだったんだ…。



 だから、とハーレイはブルーの頭をポンと叩いた。
「今日からフクロウは俺の彫ったヤツだと思っておけ」
 見た目はトトロだが、ヒルマンも認めたフクロウで知恵のお守りだ。
 そうして今は幸運のお守りだと俺が知っている以上、幸運のフクロウでもあるな。
 こいつを心に仕舞っておくんだ、俺がフクロウの置物を買ってくるよりずっと役に立つ。
 シャングリラと一緒に消えちまったが、キャプテン・ハーレイが彫ったフクロウだ。
 注文で彫ったフクロウなんだぞ、有難味ってヤツもたっぷりだ。
「…駄目だったらフクロウ、買ってくれる?」
 メギドの夢をまた見ちゃった時は、フクロウの置物、ぼくに買ってくれる?
 フクロウが怖くなくなるように。
 あの声がしても、怖い夢を見なくなるように…。
「それはかまわないが、嘘をついても直ぐバレるからな?」
 本当は夢なんか見なかったくせに、見たと嘘を言ってフクロウをせしめようとするとかな。
 お前ってヤツはやりかねないんだ、俺からのプレゼント欲しさにな。
 いいか、良からぬ考えを持つんじゃないぞ?
 前のお前のガードは堅くて破れなかったが、今のお前の心の中身は筒抜けだからな。



 しっかりとブルーに釘を刺したハーレイは、「頑張れよ」と手を振って帰って行った。
 フクロウが鳴いても怖がらなくていいと、あれは幸運のお守りの鳥なのだと。
(…フクロウ…)
 今夜もフクロウは来るのだろうか、と怯えていたブルーだったけれども。
 話は思わぬ方へと転がり、フクロウは前のハーレイが彫ったトトロもどきのお守りと重ねられる結果になってしまった。フクロウに見えない木彫りのフクロウ。ナキネズミが宇宙遺産のウサギになったのと同じで、トトロになった木彫りのフクロウ。
 ヒルマンが知恵の神様のお使いだから、と注文して彫って貰ったフクロウが、今では下手くそな彫刻家曰く、幸運のお守りのフクロウということになるらしい。
(…効くのかな、アレ)
 お守りが効いてメギドの悪夢を見なかったならば、作戦成功。
 効かずに夢を見てしまった時は、ハーレイからフクロウの置物が貰える。
 どちらに転んでも、ブルーには嬉しい話だったけれど。
(…どっちかと言えば、フクロウの置物が欲しいかな…)
 メギドの悪夢は嫌だけれども、副産物としてハーレイからのプレゼントがつくなら一度くらいは我慢しよう、とブルーは思う。
 ハーレイに買って貰ったフクロウの置物を飾ってみたいし、毎日眺めて触ってみたい。
 きっとフクロウが大好きになるに違いない、とまだ見ぬ置物に思いを馳せる。
 どんな置物が貰えるだろうかと、どんなフクロウがやって来るのかと。



 フクロウの置物を貰えるか、メギドの悪夢が退散するか。
 怖かった筈のフクロウが来る予定の庭を窓からドキドキ眺めて、ブルーはベッドに潜り込んだ。メギドの悪夢も今夜ばかりは待ち遠しいと、フクロウの置物を貰わなければ、と。
(…我慢したらフクロウの置物なんだよ)
 ほんの四発ほど銃弾を食らって、右手が冷たいとちょっぴり泣いて。
 泣きじゃくりながら目を覚ましたなら、凍えた右手をいつも温めてくれる恋人からの素敵な贈り物が貰える。幸運のお守りのフクロウの置物。飾って眺めて、撫でて触れる大事なフクロウ。
(フクロウ、絶対、貰わなくっちゃ…)
 だから我慢、と自分自身に言い聞かせながら眠りに落ちたブルーだったけれど。



(…あれ?)
 気が付くとブルーは夜の庭に出ていて、しとしとと雨が降っていた。
 庭で一番大きな木の下、ハーレイと座るための白いテーブルと椅子がある辺り。けれども椅子もテーブルも無くて、何故か代わりにバス停があって。
(こんな所にバスは来たっけ?)
 でも便利だな、と考える。わざわざバス停まで出掛けなくても、バスが家まで来るのだから。
(学校の行き帰りが楽になるよね)
 今のように雨が降っていたって、それほど濡れずにバスに乗れるし…。
(傘を忘れて家を出たって、ママが庭まで迎えに来てくれるよ)
 今はきちんと傘を差しているけれど、と頭上に広げた傘を見上げた時に。
(えっ?)
 隣に傘を持たない相客。
 木の下だからずぶ濡れにはならないだろうが、雨が降る夜に傘が無くては大変そうだ。ブルーの家は其処にあるのだし、自分の傘を貸そうと思った。バスが来るまでに家に走って別の傘を取ってくればいい。
 そうしよう、と傘を渡すべく相客に声を掛けようとして。
(トトロ!?)
 ブルーはビックリ仰天した。
 傘を持っていない相客は、トトロ。見上げるように大きなトトロ…。



「トトロ!?」
 なんで家の庭にトトロが、と驚いた途端にパチリと覚めた目。
(……夢……?)
 ハーレイが変な話を聞かせるからだ、と瞬きした時、カーテンを閉めた窓の向こうから。
 ゴッホウ、ゴロッケ、ゴゥホウ。
 低い声で鳴く、フクロウのオバケ。昨夜と同じに鳴いているフクロウ。
(…夢だけど、メギドの夢じゃなかった…)
 トトロだった、とブルーはガックリした。
 フクロウが鳴いてもメギドの悪夢を見ずに済んだら、フクロウの置物は貰えない。子供の頃から怖かったオバケは鳴いているけれど、メギドの悪夢は来なかった。
 代わりに見てしまったトトロの夢。
 フクロウはオバケではなくなってしまい、前のハーレイが彫ったトトロに化けた。雨が降る夜の庭のバス停で傘を貸さねば、と思ったトトロに。



 ゴッホウ、ゴロッケ、ゴゥホウ。
 庭でオバケは鳴いているけれど、オバケはオバケでもオバケのトトロ。
 メギドの悪夢を運んで来ていた、鵺のようなフクロウはいなくなってしまった。
(…フクロウの置物…)
 ブルーは残念でたまらなかったが、貰えなくなってしまったフクロウの置物。
 自分がどういう夢を見たのか、ハーレイにはバレるに決まっているから、もう貰えない。
 飾って眺めて可愛がりたかった、フクロウの置物のプレゼントは来ない。
 けれど、フクロウは怖くなくなった。
 遠い昔にハーレイが彫った、トトロみたいなフクロウのお蔭で…。




        フクロウ・了

※ブルーが嫌いなフクロウの鳴き声。まるでオバケの声のようだから、と。
 けれどトトロに化けたフクロウ、置物は貰い損ねたとはいえ、きっと幸せになれる筈。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







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