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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

歩きたい場所

 ハーレイの家から歩いて行ける食料品店。ハーレイでなくても、女子供でも楽に歩ける近さ。
 以前は気が向くままに出掛けて覗いたり、散歩がてらに立ち寄ったりと頻繁に出掛けた店だったけれど。この春から事情はガラリと変わった。正確に言えば五月の初旬、勤務先の学校が変わってから後。
 其処で出会った十四歳の小さなブルー。前世で愛した大切な恋人の生まれ変わり。
 幸運にもブルーの家を頻繁に訪ねることを許され、それがハーレイの表向きの役目ということになった。休日はもちろん、学校のある日も仕事が早く終われば立ち寄る。
 そういう生活が始まって以来、買い出しはブルーの家に出掛けない日に済ませておくのが習慣。今日も行かねば、と帰宅してガレージに車を入れたハーレイは着替えて家を出た。
 仕事は早めに終わったけれども、ブルーの家には昨日も行った。そうそう毎日行けはしないし、今日は買い物。



(…あいつなら来いと言うんだろうが…)
 昨夜、「また今度な」と手を振った時に「また来てね!」と叫んだ恋人。今日の放課後、学校の廊下ですれ違った時にも期待に満ちた瞳をしていた。家に来てくれるといいな、という瞳。
 ブルーの両親もハーレイの来訪を待っているだろうが、流石に悪いという気がする。一家団欒の夕食の席に余計な一人。しかも食欲旺盛なハーレイのための食事はいつも大盛り。
(結婚してたら毎日だって行けるんだろうが…)
 食事が一緒でも普通なんだが、と考えてから浮かんだ苦笑い。
(それでは同居と変わらないじゃないか)
 毎日夕食をブルーの両親と共に食べるとなったら、同居とさほど変わらない。食事の後で自分の家に帰ってゆくのか、部屋に帰ってゆくかの違い。
(…ブルーがそうしたいと言い出したならば、同居もいいがな)
 言わないだろうな、と小さな恋人を思い描いた。
 事あるごとに「早くハーレイと結婚したいよ」と訴えて来る小さなブルー。早くハーレイを独占したいと、両親に取られたくないと。
 そんなブルーが両親との同居や、毎日一緒の食事の時間を望むとはとても思えない。
(うんうん、あいつは俺にベッタリくっつきたいんだ)
 食事の時間も、それ以外の時も。
 ハーレイさえ居ればそれでいいのだと、満足そうな顔が目に浮かぶようだ。
 小さな小さな、幼い恋人。十四歳にしかならない、小さなブルー…。



 子供らしい我儘を炸裂させるのも得意になってしまったブルー。
 ソルジャー・ブルーだった頃にもハーレイにだけは甘えたものだが、今は両親にも甘え放題。
 そういう姿も気に入っていた。
 ソルジャーの重荷を背負っていなければ本来こうかと、これが本当のブルーなのかと。
 今度は甘えさせてやりたいと思う。
 前の生では叶わなかった分、甘えさせて、我儘も沢山言わせて。
 そんなブルーを守ってゆこうと、今度こそ自分が守るのだと。



(さて、と…)
 買わねばならない物は何だったか…、と考えを切り替えて歩いてゆく。
 家にある食材は一通りチェックを済ませて来たから、あれと、これと…、と。他にも目に付いた品があったら買うのもいい。
 新鮮さが命の刺身だとか、早めの調理が旨味を引き立てる野菜だとか。
 何を作って食べるのもいい、気楽な自分一人の食卓。今夜の献立もまだ決めてはいない。買った食材の種類次第で何にするかを考えればいい。
(ブルーと一緒に飯を食うのも楽しいんだが、両親付きはなあ…)
 昼食はブルーの部屋で二人で食べることが多かったけれど、夕食は両親も一緒の食卓。ブルーの相手ばかりでは大変だろう、と気遣ってくれるブルーの両親。大人同士で話したいだろうと、心を配ってくれるブルーの両親。
 平日に訪ねて行った時にはブルーが食卓の王様だったし、ハーレイを独占していたけれど。王様ではなくて王子様だろうか、自分が話題の中心なのだと、それが当然だと笑顔のブルー。
 ハーレイの名を連発するブルーを両親は温かく見守っていたし、居心地はけして悪くなかった。
 ただ、ブルーの両親が考えているような「キャプテン・ハーレイ」ではない自分。
 ソルジャー・ブルーの右腕だったと伝わるだけではない自分。
(…実はブルーの恋人だなんて、夢にも思っていないだろうしなあ…)
 たまに後ろめたい気分になったりするから、一人きりの食卓も気楽でいい。
 気の向くままに料理を作って、のんびりと時間を過ごしながら。



(…こんな考えがバレたら、あいつは怒るな)
 四六時中ベッタリくっついての暮らしも気にしないどころか、それを熱望する小さな恋人。
 結婚したなら買い物に行くのも二人一緒になるのだろう。
 軽く歩いて行ける距離でも、必ず一緒。
(あいつが寝込んだら、俺は買い物禁止になっちまうのか?)
 買い物の代わりに看病よろしく外出禁止を仰せつかって世話だろうか、と可笑しくなった。
 ブルーだったら言いかねないなと、買い物に出掛ける暇があったら側に居てくれと。
(そうして野菜スープを作らされる羽目になるんだな)
 家にある野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んで。
 野菜スープのシャングリラ風が出来上がったならば、ブルーのベッドに運んで行って…。



 その、野菜。
 いつもの食料品店に足を踏み入れると、実に豊富な品揃え。
(シャングリラでは出来なかった贅沢だよなあ、季節外れの野菜も山ほどなんてな)
 今が旬ではない野菜も多い。けれども、どれも食べれば美味しい。地球の光と水と土とが育てた野菜は、露地物でなくても豊かな味わい。
(これと、これと…)
 こいつも美味い、と店の入口で手に取った買い物用の籠に入れてゆく。野菜のコーナーを巡った後は肉類を選んで、それから魚や貝の売り場へ。
(うん、今日もいいのが入っているな)
 魚介類が水揚げされる港から毎日入荷する海の幸。海が荒れた時には品数が減るが、今日は色々揃っている。どれにするかな、と覗き込んで、好みの品を選んで、籠へと。
 もしもブルーが一緒に居たなら、どんな買い物になるのだろうか、と選びつつ考えたりもして。
(好き嫌いが無いのが俺たちの売りだが、それでも何か言いそうだよな?)
 この魚を焼いて食べるのがいいとか、こっちを買って煮付けだとか。
 タコを買って今日は刺身で食べて、明日はタコ焼きを作って食べたいだとか。
 我儘も言うだろう、生まれ変わって来たブルー。
 ソルジャー・ブルーだった頃とは違って、我慢が基本ではないブルー…。



 今はまだ小さな恋人の未来の姿を想像しながら、店内をぐるりと一回りして。
 買いそびれた物は無いかと確認してから会計を済ませ、買った品物を詰めた袋を提げて出ようとしていた所で、後ろに女性。両手に提げている、重そうな荷物。
「お先にどうぞ」
 自動ドアではあったけれども、扉の幅には限りがあるから、女性優先。社会の一員になって間もない頃からのハーレイの習慣。大先輩だった紳士な教師がやっていたのを見て以来。
 女性は笑顔で会釈してドアを通って行った。



(…ふむ…)
 荷物を提げて店の外へとドアをくぐって、ふと考えた。
 ブルーと暮らすようになったら、こうした時にはやはりブルーが優先だろう。ブルーの手に何も荷物が無くとも、先に通してやらねばと思う。
 けれど…。
(今度はあいつが先ではないのか)
 先に扉を通らせてやっても、ブルーは出てすぐの場所で自分が来るのを待っていそうだ、という確信。先に歩いて行ったりしないで、笑顔で待っているのだろうと。
(…前はあいつが先だったのに)
 ハーレイの前を行くのがソルジャー・ブルーだった頃のブルーの歩き方。
 常にハーレイを後ろに従え、シャングリラの中を歩いて行った。視察の時も、それ以外の時も、ハーレイと共に歩く時にはソルジャー・ブルーが先だった。



 しかし、今度の小さなブルー。
 自分と一緒に青い地球の上へと生まれ変わった小さなブルー。
 将来、大きく育ったとしても。
 ソルジャー・ブルーと同じ背丈に育って自分と一緒に暮らす日々が来ても、きっとブルーは…。
(あいつは俺より先には行かない)
 二人で買い物に出掛けたとしても、ブルーが歩く場所は隣か、後ろか。
 自分よりも前を歩きはしない、と小さなブルーを思い浮かべる。
(…あいつが俺より先に行くのは…)
 ブルーの家を訪ねると「早く!」と先に立って自分の部屋へ駆けて行ったりするのだけれども、ハーレイが帰る段になったら決して先には行ったりしない。先に階段を下りてはゆかない。
 庭にある白いテーブルと椅子で過ごして、家へと戻る時にも同じで、先には行かない。
(…そうだ、今のあいつは俺の後ろからついてくるんだ)
 でなければ、隣。手を繋いだりはしないけれども、隣に並んで歩いていた。
 学校で出会って話しながら廊下や校庭を歩く時にも隣か、後ろか。
(絶対に前を歩きはしないな、今のあいつは)
 あまりにもそれが普通だったから、気が付かなかった。
 前の生では必ず前を歩いていた筈のソルジャー・ブルー。
 ハーレイが後ろに付き従うのが常だった筈のソルジャー・ブルー…。



(…いつからだった?)
 いつからブルーは自分の前を行くようになったのだろうか、と遥かな昔の記憶を手繰った。
 最初はそうではなかった筈。アルタミラから脱出した直後はそうではなかった。
 いつ変わったのか、と考える間に、家の前まで辿り着く。
(…前のあいつか…)
 玄関の鍵を開け、提げて来た荷物を注意して置いた。
 卵を割ったりしないように。ぶつけると傷みやすくなる品物に衝撃を与えないように。
 そうした品々をキッチンへ運び、所定の位置に片付けながら夕食の献立を考える。
 新鮮な刺身を買って来たから、それに合うものを。
 味噌汁にするか、澄まし汁にするか。
 野菜の料理は何にしようか、他に作って食べたいものは…。



 ふむ、と献立と手順とを決めて、料理の支度にかかったけれど。
(いつからだった…?)
 意識は再び、前のブルーへと引き戻された。
 いつから自分よりも先に行くのが常になったかと、いつからそのように変わったのかと。
(…あの頃は俺の後ろにいたな)
 前の自分がキャプテンではなく、調理を担当していた頃。食材の管理が上手だからと献立作りも任されてしまい、船にある食料で作れそうなものをと色々と工夫を凝らした日々。
 調理担当の者は他にも何人もいたが、陣頭指揮はハーレイだった。今日の昼食はこれで、夕食はこれ。明日の朝食にこれを作って、その次は…、と在庫を睨んで計画を立てて。
 そうやって鍋やフライパンと戦っていた頃、「何が出来るの?」と興味津々でハーレイの仕事を覗きに来ていた小さなブルー。
 身体が小さかっただけで年はハーレイよりも上だったけれど、まだハーレイの後ろにいた。船の中を二人で歩く時には後ろから来たし、前を歩きはしなかった。
 脱出直後の小さかったブルー。
 ハーレイを手伝ってジャガイモの皮を剥いたりしていた、小さなブルー。



(あいつが食料を奪いに行っていた頃も、俺の後ろに…)
 船にあった食料が底を尽いた後、ブルーはたった一人のタイプ・ブルーとして食料を奪いに出るようになった。人類の船が近くを通れば、とにかく何かを奪いに出掛けた。
 選ぶ余裕などありはしないから、キャベツだらけとか、ジャガイモだらけだとか。偏った食材と格闘するのがハーレイの仕事で、ブルーは食材の調達係。
 食料の他にも必要な物資をブルーが奪って、ハーレイがそれを調整しながら分配していた。皆に公平に行き渡るように、必要とする者たちの手に渡るように。
 ブルーの力が無ければ生きていけない日々だったけれど、ブルーが歩く場所はハーレイの後ろ。
 シャングリラと名付けた船全体の面倒を見るようになっていた、ハーレイの後ろ。



(…俺がキャプテンになった頃には、まだ…)
 後ろだった、と思ってから「違う」と気が付いた。
 まだソルジャーの尊称こそ無かったけれども、リーダーと目され始めたブルー。
 もう後ろにはいなかった。
 ハーレイが後ろを歩かなかっただけで、ブルーは後ろにはいなかった。
 リーダーの自分が幼子のようにハーレイの後ろをついて歩いては駄目であろうと判断したのか、はたまたキャプテンの仕事の邪魔は出来ないと考えたのか。
 いずれにしても自分の後ろにはもういなかったし、ついて歩きもしなかった。



(俺があいつの後ろを歩き始めたのがソルジャー以降か…)
 ソルジャーと呼ばれ、紫のマントや白と銀の上着を身に着けるようになっていたブルー。
 背丈も伸びて、小さなブルーではなくなっていた。気高く美しく育ったブルー。
 シャングリラの改造もすっかり終わって、白い鯨が完成していた。
 ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 巨大な船となったシャングリラの中を視察して回ったソルジャー・ブルー。
 船内を隈なく歩くブルーにキャプテンとして付き従った。
 そうやって自分が後ろになった、と思い出す。
 視察以外で通路や居住区などを歩く時にも、ブルーはソルジャー。
 誰もが認めるミュウたちの長。
 キャプテンが前を歩けはしない。ソルジャーよりも前を歩けはしない。
 その必要が無い限りは。
 先に立って案内する必要が生じない限り、ハーレイはブルーの後ろを歩いた。



(あいつの方が偉かったからな…)
 キャプテンよりも遥かに上の立場であったソルジャー。
 シャングリラの航路も、仲間たちの命も、ブルー無しでは続きはしない。キャプテンはそれらを握ってはいても、ただ「預かっている」というだけのこと。
 守る力も戦う力も持ってはいないし、いざという時はブルーに頼るしかない。ソルジャーだった前のブルーしか、そういう力は持たなかった。
 だからキャプテンの地位がソルジャーの次でも、天と地ほどの開きがあった。
 ハーレイはそれを自覚していたから、ブルーの後ろを歩き続けた。
 けれどシャングリラの中、誰も周りにいない通路をハーレイが一人で歩いていた時、瞬間移動で背後に現れ、いきなり抱き付いて来たブルー。
 後ろから抱き付き、キスを強請ってきたブルー。
 何度もそういう場面があった。
 ブルーはいつも唇に笑みを浮かべていたから、悪戯なのだと思っていた。
 自分の驚く顔が見たくて不意打ちをしてくるのだろうと、恋人同士ならではの悪戯だろうと。
 何度もブルーが起こした悪戯。
 白いシャングリラで起こした悪戯。
 けれど、もしかしたら。
 悪戯なのだと前の自分は思ったけれども、もしかしたら…。



(…あいつは俺の後ろに居たかったんだろうか?)
 前を行くより、本当は後ろに居たかったのだろうか。
 否応なく前を行っていただけで、前のブルーも後ろについて来たかったのだろうか…。
 今のブルーが後ろを歩きたがるように。
 小さなブルーがハーレイの後ろについてくるように、前のブルーも。
 ソルジャーだったブルーも、もしもハーレイが許したならば。
 後ろを歩いていたのだろうか、と遠い昔に思いを馳せた。
 シャングリラの中を歩いてゆく時、ブルーの居場所が違ったならば、と。



(…もしも、ブルーが俺の後ろを歩いていたら…)
 そう出来ていたら、と考える。
 自分の後ろが定位置のブルー。常に後ろについてくるブルー。
(前のあいつがそうだったなら…)
 ハーレイの後ろに居たがるブルーは、メギドへと飛んで行ったのだろうか?
 たった一人で死が待つメギドへ、そんなブルーは飛べたのだろうか?
(…それでもあいつは飛んだんだろうが…)
 きっと不安な目をしただろう、とハーレイは思う。
 自分に託した言葉は「頼んだよ」と一方的に告げた遺言だったと思いはするが、その時の瞳。
 見上げる瞳が違っただろう。
 笑みさえ湛えていたように見えた瞳の代わりに、縋るような目をしただろう。
 一人で行かねばならないけれども、前を歩いてくれる背中が欲しいと。
 その背を追いかけて歩きたいのだと、ハーレイの背中があればいいのにと。



(…そうして俺が追いかけていたな)
 キャプテンの務めをブリッジの長老たちに託して、シャングリラの舵をシドに託して。
 格納庫に走って、ギブリに乗った。ブルーを追いかけてメギドへと飛んだ。
 人類軍の攻撃を躱して飛ぶだけの腕はあったと思う。そうでなければシャングリラのキャプテンなど務まりはしない。巨大な船を動かせはしない。
 砲撃を躱し、ギブリをメギドに降ろすことも出来た。中へ入り込むことも恐らく出来た。
 その後は兵士たちの攻撃をシールドで防いで、ブルーを追うだけ。ブルーが通ったであろう道を探して、追いかけて彼に追い付くことだけ。
(俺なら追えた筈なんだ…)
 きっとブルーがキースに遭遇するよりも前に追い付けた。追い付いて共にメギドを壊せた。
 ブルーは「何故来た」と怒鳴って怒っただろうが、その一方で泣いたと思う。
 緊張の糸が緩んで泣いたであろう、と。
 前を歩いてくれる背中が出来たと、ハーレイが前を歩いてくれる、と…。



(…俺は間違えていたんだろうか…)
 歩く場所を、と思ったけれど。
 互いの立場を考えたならば、その順番はあり得ない。
 ソルジャーだったブルーが歩くべき場所はハーレイの前で、キャプテンの位置はブルーの後ろ。
 入れ替えることなど出来はしないし、シャングリラに居た頃は仕方が無かった。
 けれど、ブルーの本当の望み。
 ソルジャーだった頃のブルーの本当の望み。
(あいつも気付いてはいなかったんだろうが…)
 自分の後ろをきっと歩きたかったのだろう、と思ってしまう。
 育ってもなお、ハーレイよりも遥かに小さな身体をしていたブルー。
 華奢で細かったソルジャー・ブルー。
 ハーレイが前を歩いていたなら、ブルーの身体は広い背中にすっぽりと隠れていただろう。
 自分の背を追いかけていたかったろう、とアルタミラから脱出した直後のブルーを思った。
 「何が出来るの?」と鍋を、フライパンを覗き込んでいた、小さかったブルー。
 自分の後ろをついて歩いていた、ジャガイモの皮むきをしていたブルー…。



 本当は後ろを歩いていたかったのだ、と今頃になって気付いたけれど。
(…それ以上に俺の隣を歩きたがるんだろうな、今度はな)
 きっとそうだな、と出来上がった料理を手際よく器に盛り付けた。
 野菜の煮物は深めの鉢に。
 刺身だけでは物足りないから、と作ったアサリの酒蒸しは汁の量に見合った深さの皿に。
 味噌汁を注いで、刺身は活きの良さが映える器に移してテーブルに置いた。
(これでよし、と)
 炊き上がった白米を茶碗に盛って、椅子へと座る。
 ブルーの家でも今頃は夕食の時間だろう。
 小さなブルーは心の中では不満たらたら、「ハーレイが来てくれなかったよ」と膨れっ面をしていそうだけれども、そうそう顔には出さないと思う。
 ハーレイが本当は前の生からの恋人なのだと両親に知られてしまわないよう、不平不満は小さな胸の奥に押し込め、愛らしい顔でチョコンと座っていることだろう。



(…すまんな、行ってやれなくて)
 だが、毎日は行けないからな、と小さな恋人に心で詫びた。
 自分の後ろを歩くのが好きな、いずれは隣を歩きたがりそうな小さなブルーに。
(前のお前も本当は、きっと…)
 後ろを歩きたかったのだろうと思うし、隣も歩きたかっただろう。
 ハーレイと並んで前も後ろもなく、手を繋いで歩いてみたかっただろう。
 けれどもソルジャーとキャプテンだった前の生では、並んで歩けはしなかった。
 恋人同士であったことさえ、誰にも明かせはしなかった…。



 今の生でも、まだ手を繋いで並んで歩けはしない。
 ブルーの両親がハーレイがブルーの恋人なのだと知らない間は、歩けはしない。
(…当分は俺の後ろだな、うん)
 小さなブルーはハーレイの後ろを歩いて満足しているし、手を繋ぎたいとも言っては来ない。
 しかし隣に並んで歩いてゆくことを、いつかブルーが覚えたならば。
 其処がブルーの定位置だろう。
 ハーレイの隣に立って腕を絡めて、あるいは手をしっかりと握り合わせて。
(そうか、今度は後ろですらないのか)
 隣なんだな、とハーレイは小さなブルーを想った。
 小さな恋人の背丈が前のブルーと同じに伸びて、気高く美しく育ったならば。
 二人一緒に歩く時には、どちらが前でも後ろでもない。
 あえてどちらかが前に立つなら、其処はハーレイ。
 ブルーを先に通してやるためにドアを開けてやり、先に通ったブルーは其処で止まって待つ。
 ハーレイがやって来るまで待つ。
 そうして二人、並んで歩く。
 ついさっきまでがそうだったように、二人並んで歩いてゆく…。



(…歩く順番からして変わってくるのか…)
 今度はまるで違うんだな、とハーレイの唇に笑みが浮かんだ。
 買い物に出掛ける時も二人一緒に、手を繋いで。
 そう考えてはいたのだけれども、前の生との明確な違いを認識してはいなかった。
 歩く順番が変わってくるとは、まったく気付いていなかった。
 前の生ではブルーが前を行き、ハーレイが後ろ。
 変えることなど出来はしなかった、ソルジャーの、そしてキャプテンの場所。
 けれど今度は並んで歩ける。
 二人仲良く、手を繋いで並んで歩いてゆける。
 それがどれほど幸せなことか、今まで以上に分かった気がする。
 前の生では叶わなかったと、今度は並んで歩けるのだと。
(…早くあいつと一緒に歩きたいもんだな)
 ついでに食事も二人なんだな、とハーレイは刺身を頬張った。
(食事も一緒で、歩くのも一緒か…)
 今度は二人で並んで歩こう。
 買い物でも、近所への散歩でもいい。
 前も後ろも順番も無くて、二人並んでの幸せな道を…。




           歩きたい場所・了

※並んで歩くことは出来なかった、キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルー。
 今度は並んで歩くことが出来るのです。手を繋いで。その日が来るのがとても楽しみ。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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