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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

金色の欠片

(うーん…)
 今日もダメかあ…、と大きな溜息を吐き出した、ぼく。
 床に這いつくばって頑張ったのに。部屋の隅から隅まで見て回ったのに、全然ダメ。
(…今日も空振り…)
 これ以上、床を這ってても無駄。見てない場所はもう無いから。
 立ち上がって、うーんと身体を伸ばして、それからベッドの上にコロンと転がった。ベッドから床をぼんやり眺めて、また溜息。
(あの床を全部這ったのに…)
 ハーレイが帰って行った後の習慣がコレになってから、もうどのくらいになるだろう。
 始めた時にはその日だけで済むと思ってた。
 まさか今日まで続くだなんて。未だに見付からないなんて…。
(…髪の毛って、そんなに抜けないわけ?)
 ぼくが頑張って探しているもの。
 ハーレイの頭を彩る金髪。少しくすんだ金色の髪。
 ほんの一本、その一本が見付からない。落として行ってはくれないハーレイ。



(…ハーレイが髪の毛の話をした時、貰っておけばよかったよ…)
 ハーレイのじゃなくて、前のぼくの髪の話だったけど。
 前のぼくがメギドで死んじゃった後に、ハーレイは青の間までぼくの欠片を探しに出掛けた。
 ぼくが確かに生きてた証を見たいと、そして形見に一筋の銀色の髪が欲しいと。
 だけど、片付いちゃってた青の間。
 今のぼくもそうだけれども、綺麗好きだった前のぼく。そのぼくが戻ったら綺麗な部屋で寛げるようにと、部屋付きの係がすっかり掃除をしてしまっていた。
 ベッドのリネン類を取り替え、水差しの水も新しいのを満たしてグラスを洗った。ぼくの痕跡は何も残らず、髪の毛なんかは何処にも落ちていなかったんだ。
 ぼくが居た気配が何も無い部屋。空っぽになってしまった青の間。
 ハーレイは其処で泣いたと言った。ぼくの欠片が消えてしまったと、髪の毛さえも自分の手には残らなかったと。
 ぼくは「ごめん」と謝ったけれど、時間を戻せるわけもない。
 前のハーレイはぼくの形見の髪の毛も持てずに、独りぼっちで長い時を生きた。シャングリラを地球まで運ぶためにだけ、前のぼくが残した言葉を守るためにだけ。
 どんなにハーレイが悲しかったか、辛かったか。
 前のぼくの髪が青の間に落ちていたならば…、と申し訳ない気持ちで一杯になった。ハーレイが探しに来ると分かっていたなら、係に一言、「掃除は要らない」と言っただろうに。
 直ぐに戻るから放っておいてと、今日はこのままの部屋がいいのだと…。



 死を覚悟して「これで最後だ」と部屋を見回したくせに、ハーレイへの気配りを忘れたぼく。
 思い残すことなんて無いと、自分自身に言い聞かせることだけで手一杯だった、前のぼく。
 本当は地球を見たかった。
 ハーレイの側に居たかった。
 そんな思いを振り捨てるだけで精一杯だったから、死んだ後のことまで気が回らなかったとでも言うのかな…。
 何か形見を残そうだなんて、まるで思いもしなかった。
 独りぼっちでシャングリラに残ることになるハーレイには何が必要かなんて、ホントに分かっていなかったんだ。ぼくだって一人なんだから。一人きりで死んでゆくんだから…。
 自分のためにと、ハーレイの腕に最後に触れた時の温もりを右の手に持って飛び立ったのに。
 その温もりを最期まで持っていようと、そうすれば独りじゃないとまで思ってたくせに。
 ハーレイのために何かを残そうなどとは考えなかった。あまりに身勝手だった、ぼく。
 神様が罰を当てたんだろうか、ぼくはメギドでハーレイの温もりを失くしてしまった。
 右の手が冷たいと泣きじゃくりながら死ぬ羽目になった。
 それと同じで、前のハーレイも何も持ってはいなかったんだ。前のぼくの欠片。髪の毛の一筋。
 ぼくもハーレイも、互いに失くした。
 誰よりも大切な人の欠片を、誰よりも愛した人の欠片を。



(…あの話の時に思い付いてれば…)
 髪の毛をちょうだい、って頼めばハーレイはきっとくれたと思う。
 自然に抜けた髪じゃなくって、生えているのをプツリと抜いて「ほら」と渡してくれたと思う。ハーレイの髪は短いけれども、長めの部分の一本を抜いて。
 それなのに「ちょうだい」と頼むどころか、髪の毛が欲しいとも思わなかった。あの頃はまだ、机の上にフォトフレームも無かったから。ハーレイとぼくとの記念写真のフォトフレーム。
 ハーレイの写真さえも持っていなくて、一枚だけあった写真は小さな小さなモノクロ写真。転任教師の着任を知らせる学校便りの五月号に載ってた小さな記事だけ。
 学校便りを宝物みたいに大切にしていたぼくだったから、欲が全然無かったのかも…。
 ハーレイの写真も持ってないのに、一足飛びに髪の毛だなんて、思い付く方が変だよね?
 仕方ないとは思うんだけど…。



(夏休みを無駄に費やしたんだよ!)
 自分の間抜けさに腹が立つ。
 前のぼくの髪の毛の話が出ていた頃なら、長い夏休みの真っ最中。ハーレイが何度も来てくれていたし、平日だって二人で過ごした。午前中は柔道部に出掛けたハーレイが午後から来た日も。
(夏休み中に気付いていたなら…)
 拾えたかもね、と楽しかった長い休みを思い返して悔しくなった。
 柔道部を指導した後にプールで泳いでから来てた日だとか、朝から晩まで一緒だった日だとか。庭の白いテーブルと椅子でお茶の時間もあったけれども、ぼくの部屋での滞在時間が一番長い。
(絶対、落ちてた筈なんだよ…)
 くすんだ金色の髪が何処かに。
 なのに考えもしなかったぼくは、せっせと部屋の掃除をしていた。ハーレイが来るから頑張って掃除。いつも以上に張り切って掃除。
 そうやって掃除して、金色の髪も知らない間に捨ててしまったに違いない。
 前のぼくがメギドに飛び立った後に、青の間を掃除した係みたいに。
 銀色の髪の一筋も残さず、綺麗に掃除を終えてしまった部屋付きの係の誰かみたいに…。



(…なんで無いんだろう、ハーレイの抜け毛…)
 ぼくがこんなに探しているのに。ハーレイが来る度に、見送った後で這いつくばって部屋の隅々までチェックするのに、未だに出会えない、くすんだ金色。
 もっとも、ハーレイよりも長い時間を部屋で過ごしている自分の髪の毛も無いんだけれど。
 朝はバスルームの隣の洗面台で髪を梳かすし、寝ている間に抜けた髪は朝一番に屑籠へ。だから滅多に落っこちていない、ハーレイの髪より長めの銀色。
 ぼくの髪だって落ちてないんだから、ハーレイの髪だって難しいとは思うけれども。
(あの髪型が悪いんだよ!)
 キッチリと撫でつけてあるオールバックのヘアスタイル。乱れにくいことはよく知っている。
 前のハーレイがあの髪型に落ち着いた理由も、確かその辺。急ぎの用事でシャングリラの通路を走ったりしても、乱れない髪。キャプテンの威厳を保てる髪型。
(乱れないから、そう簡単には抜け落ちないよね…)
 前のぼくと一緒のベッドで眠っていた頃には、たまに寝癖で逆立っていた。ああいう風になった時なら抜けて落ちるかも、と思ったけれども、ぼくがハーレイの髪をクシャクシャにしちゃったら絶対、叱られるだろう。
(…同じ叱られちゃうんなら…)
 いっそ一本抜いちゃおうか、とまで思ってしまう。
 くすんだ金色のハーレイの髪。欲しくてたまらない、ハーレイの欠片…。



 空振りの日々が続いて、ぼくはとうとう我慢の限界。見付からない欠片に業を煮やして、仕事の帰りに来たハーレイに疑問をぶつけた。ぼくの部屋での食後のお茶の時間。
「ハーレイ、抜け毛は少ない方?」
「はあ?」
 ポカンと口を開けるハーレイ。
「少ない方だが、少なかったら駄目なのか?」
「うん」
「……おい」
 ハーレイのぼくを見る目が咎めるような感じになって。
「お前は俺をゼルのようにしたい、と。そういうわけだな、抜け毛多めで」
「そうじゃなくって!」
 ぼくは慌てて首を横に振った。
 そんなつもりじゃ全然なくって、ハーレイに禿げて欲しいってわけじゃなくって…!
「落ちていないんだよ、ハーレイの髪の毛!」
 いつも頑張って探しているのに。
 ハーレイが帰った後で部屋中の床を探し回るのに、一本も落ちていないんだもの…。
「俺に呪いをかけたいのか?」
 またまたハーレイの怖い顔。呪いだなんて言われても…。
「なにそれ? なんで呪いになるの?」
「知らないのか? 藁で人形を作るんだ。そいつに釘を打ち付けて相手を呪うわけだが…」
 藁人形には呪う相手の髪の毛を入れる。
 そのための一本を探しているのか、と訊いているんだ。
「違うってば!」
 呪ったりしないよ、ハーレイのこと。
 藁人形なんかは知らなかったよ、ホントのホントに知らないってば…!



「なら、何をしてる」
 どうして俺の髪の毛なんだ、とハーレイが睨み付けるから。開き直って言うことにした。
「欲しいんだってば、ハーレイの髪の毛!」
「何故だ?」
「ハーレイの欠片!」
 髪の毛を持ってたら、ぼくはいつでもハーレイと一緒。ハーレイの欠片と一緒だもの。
「…俺はこれから死ぬ予定か?」
「死ぬって…。なんでそうなるの?」
 ぼくが大嫌いな「死ぬ」って言葉。ハーレイの口から聞きたくはない。なのに…。
「いいか、髪の毛を取っておくというのはだ、形見としてのことが多いんだ」
「嘘!」
「本当だ。現に、前の俺だってお前の髪の毛を探していたしな」
 結局、見付からなかったが…。
 掃除されちまった青の間の何処にも、前のお前の髪の毛は落ちていなかったんだが…。
「…ごめんなさい…」
「お前が謝ることではないさ。しかし髪の毛ってヤツは、ほぼ形見だな」
 もちろん例外だって沢山あるぞ。
 ずうっと昔のこの地域には「赤ちゃん筆」というのもあった。
 生まれた子供が初めて髪の毛を切りに行く時、その髪を取っておいて筆にするんだ。
 記念の筆で実用品ではなかったんだが、実際、書きやすい筆ではあったらしいぞ。
 一度も切っていない髪の毛だろう?
 毛先がプツンと切れていなくて、自然に細くなってるからな。



 初めて聞いた「赤ちゃん筆」。今は作ってないのかな、などと考えていたら。
「生きてる間に相手の髪の毛を貰って大感激ってケースとなると、だ」
 結婚宣言だった地域もあるんだが。
 もちろんSD体制の前の時代のことだぞ、大昔だな。
「髪の毛で結婚宣言なの!?」
 言ってみるものだ、と嬉しくなった。大昔のことでも、何処の地域だってかまわない。髪の毛を貰って結婚宣言になるんだったら、貰わなくっちゃと早速おねだり。
「じゃあ、ちょうだい。ハーレイの髪の毛!」
「間違えるんじゃない、お前が俺に、だ」
「えっ!?」
 ぼくが貰える方なんじゃないの?
 あげる方なの、別にそれでもかまわないけど…。結婚宣言するんだしね、と思ったのに。
「ついでに一本や二本じゃないぞ。一房切って貰おうか」
 女性の髪はな、そうそう簡単に切るもんじゃなかった。
 それを一房も切って渡すから意味があるんだ、それほど愛してますって意味だ。
 喜んであなたと結婚します、と。
 どうする、お前?
 結婚宣言出来るか、お前…?



(……えーっと……)
 将来はハーレイのお嫁さんになると決めている、ぼく。
 そのハーレイが教えてくれた、髪の毛を使った結婚宣言。遥かな昔の何処かの習慣。凄く素敵でロマンティックだと思ってしまうし、あやかりたいとも思うけれども。
(髪の毛を一房…)
 ハーレイのためならチョキンと切れる。一房切り取って渡したくなる。
(…やりたいんだけど…)
 今すぐチョキンと切りたいけれども、ぼくの髪の毛は長いと言ってもたかが知れてる。何処かを一房切ってしまったら、ママに一目で見抜かれてしまう。
(どうしたの、って訊かれるよね?)
 ガムをくっつけちゃったから、なんて言い訳したって苦しすぎ。ぼくは自分で切ったりしないでママに助けを求めるタイプ。なんとかして、って慌てて走って行くタイプ。
 だから勝手に切ったり出来ない。自分でチョキンと切り取れない。
(ハーレイのお嫁さん宣言はしたいんだけど…!)
 でも切れない、と悩んでるのに、ハーレイときたら。
「遠慮していないで、まあ、切ってみろ」
 結婚宣言、受け取ってやるぞ。
 なあに、チョキンと一房切り取るだけだ。ハサミは其処だろ、取ってやろうか?
 取ってこようか、とハーレイが椅子から腰を浮かせたから。
「やだっ…!」
 嫌だ、とぼくは悲鳴を上げた。
 髪の毛を切るのはかまわないけど、ママにバレたらとても困ると。
 どうして切ったのか言い訳するのに、とってもとっても困るんだから、と。



 結婚宣言をし損なった、ぼく。チョキンと一房、切ったらバレちゃう髪型のぼく。
 ハーレイはフフンと鼻で笑って、ぼくの頭をクシャリと撫でた。
「確かに何処を切ってもバレるだろうなあ、この髪じゃな?」
 しかしだ、それで俺の髪だけ寄越せというのは虫が良すぎる。
 ついでに遺髪扱いも御免蒙る、俺からは絶対に渡さないからな。
 せいぜい床に這いつくばってろ、と言われたけれども。
(…遺髪だなんて…)
 ハーレイがいなくなったら嫌だ。死んでしまうなんて絶対に嫌だ。
 いつかはそういう時が来るけど、その時はぼくもハーレイと一緒に行くんだと決めているから。独りぼっちで生きていたって仕方ないから、遺髪なんかは絶対要らない。そんな形見だけを持って独りぼっちで残されるなんて、怖くて想像したくもないから。
「…分かった。ハーレイの髪の毛、探すのやめる…」
 縁起でもないって、こういう時に使う言葉でしょ?
 遺髪だなんて言われちゃったら、探したくないし欲しくもないよ…。



「いいことだ」
 そうしておけ、とハーレイの笑顔。ぼくの大好きな笑顔のハーレイ。
「お前、欲しいと言ってるがな…。そういうのは少しの間だけだな」
 どうせいずれは探したいどころか邪魔になるんだ、俺の髪の毛。
「なんで?」
 どうして、とぼくは驚いた。
 ハーレイの髪の毛が邪魔になるなんて有り得ない。だって大好きなハーレイの髪。
 くすんだ金色のハーレイの髪の毛、ハーレイの欠片で大事な一部。
 遺髪だなんて言われなかったら、きっと今でも欲しいと思う。毟っちゃおうかと思ったくらいに欲しくてたまらない髪なのに、何故?
「俺と結婚した後だ。一緒に暮らすようになってからだな」
 こんな所に落ちてたから! と怒鳴りに来るんだ、綺麗好きのお前が掃除中にな。
「やらないよ!」
 前のぼくだって言ってないでしょ、そんなこと!
 ハーレイと一緒に青の間で暮らしていた頃のぼく。ハーレイは夜しかいなかったけど…。
 前のぼくも綺麗に掃除してたけど、ハーレイの髪の毛、邪魔だなんて一度も言っていないよ!



 邪魔だったことなんて絶対に無い、とハーレイに抗議したけれど。
(…あれ?)
 引っ掛かってきた、遠い遠い日のぼくの記憶。
 今のぼくじゃなくて、前のぼく。綺麗好きだったソルジャー・ブルー。
 部屋付きの掃除係がちゃんといたのに、出来る範囲は自分で掃除をしていた青の間。
 そういえば捨てていたかもしれない。
 バスルームは流石に手に負えなかったから、掃除しやすいように軽く片付けてただけ。その時に見付けたハーレイの抜け毛。バスタブの縁とか、たまに一本落っこちていた。
(拾って捨ててたんだよね…?)
 ヒョイと摘み上げて持ち去った記憶。
 こんな所に落として行ったらバレるじゃないか、って苦笑してた、ぼく。
 キャプテンが青の間のバスルームを使っているとバレると、ぼくたちの仲がバレてしまうと。
(…捨てちゃってた…!)
 ついでに邪魔物扱いしてた、と思い出した途端に、ハーレイの声。
「思い出したか? 前のお前の、俺への扱い」
「…うん、思い出した…」
「だったら今度も言うってことだ。髪の毛なんかを落としておくな、と」
 きちんと自分でチェックしておけ、と怖い顔をしてお説教だ。
 それが掃除の基本だろう、とな。



「言わないよ!」
 絶対言わない、とぼくはハーレイに言い返した。
 前のぼくはそれを言っただろうけど、今度のぼくは絶対言わない。
 ぼくたちは結婚するんだから。
 髪の毛を渡して結婚宣言はやり損ねたけど、今度は結婚するんだから。
 白いシャングリラで暮らしていた遠い昔と違って、誰にも内緒にしなくていい。ぼくたちの仲を隠さなくても、秘密にしなくても平気な世界。堂々と結婚出来ちゃう世界。
 そしてハーレイと結婚したなら、家の中にはハーレイの髪の毛が落ちているのが当たり前。家の持ち主の髪の毛が落ちてて当たり前。
 ダイニングだって、リビングだって。青の間の頃みたいにバスルームだって。
(階段とかにも落ちてるかもね?)
 ハーレイが其処に居たって証拠に、家のあちこちに落ちているだろうハーレイの髪。ぴったりと撫でつけてある髪が油断した時に落ちちゃう抜け毛。くすんだ金色の短い髪の毛。
 何処で見付けても、きっと嬉しい。邪魔にする代わりに、きっと嬉しい。
 ハーレイが落とした髪の毛なんだと、一緒に暮らしているんだ、と。
 ぼくの部屋でいくら這いつくばっても見付からなかった髪の毛が沢山。
 いろんな所に、沢山、沢山。
 きっと見付ける度に幸せ。
 此処にもあるって、此処にもあった、って、きっと幸せ…。
「俺の抜け毛が沢山って…。お前は俺をゼルにしたいのか、と!」
「思わないよ!」
 ハーレイは今の姿が一番大好き。
 髪型だって今のが好きだよ、ゼルみたいに禿げたハーレイは嫌だ。
 でもね、もしもハーレイが禿げちゃったとしても…。
 ぼくはハーレイのことが好きなままだよ、だってハーレイはハーレイなんだから。



 ホントはハーレイは禿げたりしない。
 ぼくと再会するのが遅くて、ハーレイが年を取り続けてたら危なかったかもしれないけれど。
 ハーレイはもう年を取るのを止めているから、ゼルみたいに禿げることはない。だから抜け毛も増えたりはしない。
 そういうことは分かっているけど、ついつい二人で笑ってしまった。
 抜け毛を沢山落とすためには、ハーレイはゼルみたいな頭を目指すしかないと。沢山の抜け毛を見付けて幸せなぼくは、ハーレイがすっかり禿げてしまった後は幸せ探しをどうするんだろうと。
「俺の抜け毛で幸せの数を計られてもなあ…」
「大丈夫。抜ける毛がすっかり無くなっちゃったら、他の幸せが降ってくるよ」
 だって、結婚してるんだもの。
 いつまでもハーレイと一緒なんだもの、幸せは増える一方なんでしょ?
「確かにな。うんと幸せになるんだったな、今度はな」
「そうだよ、ハーレイが禿げたとしてもね」
「禿に関しては安心しておけ。俺の親父はヒルマンに少し似てると言っただろうが」
 つまりだ、禿げてないわけだ。
 この間、年を取るのを止めたばかりだってことも知ってるな?
 俺はゼルにはならないわけだな、抜け毛だって増えたりしないってな。



 そんな話で笑い交わして、ハーレイが帰って行った後。
 いつものようにティーカップとかをキッチンにいるママに届けて、テーブルを拭いて。それから椅子の位置を直して、これでいいかな、と床を眺めた時。
(あっ…!)
 ハーレイが座っていた椅子の直ぐ横に、キラリと金色。
 屈み込んでみたら、くすんだ金色の短い糸。ついに見付けた、念願の抜け毛。ハーレイの欠片。
 拾い上げて明かりに透かしてみて。
(…ハーレイの欠片…)
 やっとあったよ、と胸がドキドキしたけれど。
 大切に仕舞っておこうと嬉しい気持ちになったけれども、耳の何処かに残っていた声。
 ハーレイが言ってた髪の毛の話。
 結婚宣言に一房切り取って渡した地域もあったという髪。
 赤ちゃん筆なんかもあったという髪。
 でも、髪の毛を取っておくってことは、大抵は…。



(……遺髪……)
 ブルッと肩を震わせた、ぼく。
 遺髪だなんて耐えられやしない。前のハーレイはぼくの髪の毛さえ手に入れられずに、長い長い時を独りぼっちで生きたけれども、ぼくには無理。
 たとえハーレイの髪があっても、ハーレイがいない世界で生きていけやしない。
 ぼくよりも強かった前のぼくでさえも、独りぼっちになってしまったと泣きながら死んだ。右の手が冷たいと泣きじゃくりながら死んでしまった。
 独りぼっちには耐えられない。ハーレイのいない世界なんて嫌だ。
(…こんなの、縁起でもないってば…!)
 やだ、と屑籠に捨てることにした。昨日までなら欲しかったけれど、今は要らない金色の髪。
 だけど、ハーレイの欠片だから。
 大好きなハーレイが落っことしていった欠片なんだから、ゴミとは違う。



(…ゴミ扱いだなんて、もったいないよ…)
 どうしようかな、と考えた末に、真っ白な紙に大切に包んで、おまじない。
 おまじないには詳しくないから、ぼくの自己流。
(ハーレイの髪の毛を沢山見付けられる日が早く来ますように…)
 家にハーレイの髪の毛が落ちているのが普通になる日が、早く来てくれますように…。
 お祈りをしてから、髪の毛を包んだ紙にキスをして、捨てた。
 屑籠にポイと入れる時にも、「これが普通になりますように」って心で唱えた。
(今度は邪魔物にしたりしないよ、ハーレイの髪の毛)
 ふふっ、と捨てた包みを見下ろした。
 おまじないも出来たことだし、これからもやっぱり探してみよう。
 くすんだ金色の短い糸。
 ハーレイが滅多に落としてくれない、金色の欠片。
 幾つも拾って、紙に包んで、おまじないとキス。
 沢山おまじないをかけておいたら、結婚が早くなりそうだから…。




          金色の欠片・了

※ハーレイの髪の毛が落ちていないか、頑張って探していたブルー。金色の欠片を。
 やっと見付けたものの、保存するのは…。ならば、と今度はおまじないです。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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