シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(…やっぱり子供だ…)
お風呂から上がって、パジャマのぼく。洗面台の大きな鏡に映ったパジャマ姿のぼく。
何処から見たって子供の姿で、前のぼくみたいな姿じゃない。子供の顔をして子供の手足。
早く大きくなりたいと願い続けているのに、伸びない背丈。ハーレイとキスさえ出来ない背丈。どうして伸びてはくれないんだろう。百五十センチのままなんだろう、と悲しくなる。
(手だって子供の手のままなんだよ)
前の生の最期にハーレイの温もりを失くした右の手。冷たく凍えてしまった右の手。
悲しかった記憶は今もあるのに、右手が今も覚えているのに、前のぼくよりも小さくなった手。子供っぽくなってしまった右の手。
(小さい分だけ、悲しさも減ってくれればいいのに…)
普段はすっかり忘れてるけど、メギドの夢を見ちゃった時には前のぼくの悲しみで潰されそうになってしまうから。悲しくて怖くて、今のぼくはただの幻かもしれないと震える夜も多いから。
小さな身体に見合った分だけ、悲しい記憶も減って欲しいと思ってしまう。
(だって、こんなに小さいんだよ?)
前のぼくと手と手を合わせてみたなら、きっと一回りは違うと思う。
だけど此処には前のぼくは存在していないから。
こんな感じで、と鏡の向こうのぼくの右手と、ぼくの右手を合わせてみた。鏡は左右を逆に映し出すから、鏡のぼくの手は左手と言うのかもしれないけれど。
鏡を挟んで重ねた手と手。ぼくの手だからサイズは同じで、ピタリと綺麗に重なるんだけど。
(前のぼくの手だったら重ならないよ!)
絶対、ぼくより大きい筈の手。
鏡の向こうに前のぼくが居たなら、一回りは大きい筈の右の手…。
(…あれ?)
ぼくの記憶に引っ掛かったもの。
前のぼくもこうして鏡に手を当てていなかったろうか?
鏡に映った自分の姿と手と手を合わせて、こんな風に覗いていなかったろうか…?
(…なんで?)
前のぼくは鏡が好きだったろうか?
小さなぼくは毎日のように覗き込んでは溜息だけれど、前のぼくにそんな必要は無い。鏡に映る自分の姿に不平不満などありはしないし、自分の姿に酔ったりもしない。
(嬉しくて毎日覗き込むほど、美人だってわけじゃなかったものね?)
前のぼくの姿形を称賛する仲間は多かったけれど、ぼくにとってはどうでもいいこと。
たった一人が気に入ってくれれば、もうそれだけで充分だった。ハーレイの瞳に綺麗だと映ればそれで充分、それ以上のことを望みはしない。
自分の何処が綺麗なんだか、特に知りたいとも思わない。鏡を覗いて調べたりしない。
(だけど…)
こうして手を当てた記憶。鏡の向こうを見ていた記憶。
何なのだろう、と覗き込んでいたら、ドアを開けてパパが入って来た。
「まだ居たのか? おいおい、そんなに覗いていたって向こう側には行けないぞ?」
昔の絵本でも思い出したか、って笑いながらシャツを脱ぎ始めたパパ。お風呂に入ろうとやって来たパパ。その瞬間に、ぼくは思い出したんだ。ぼくの記憶が何だったのかを。
「ありがとう、パパ!」
「ん、どうした?」
「何の絵本か思い出したよ、おやすみなさーい!」
「ああ、おやすみ」
夜更かししないで早く寝ろよ、と笑ってるパパ。ぼくは「うんっ!」と返事したけど。
ちょっぴり夜更かししちゃうと思う。鏡のことを思い出したから…。
引っ掛かってた、鏡の記憶。正体は絵本なんかじゃなかった。ううん、半分くらいは絵本の世界からやって来た記憶だったかも…。
(パパが言ったから思い出せたよ)
自分の部屋のベッドにチョコンと座って、ぼくは遠い日の記憶を追った。
白いシャングリラで暮らしていた頃。
ぼくが今よりもずっと大きくて、ソルジャー・ブルーと呼ばれていた頃…。
何処で知ったのか、今では思い出せないけれど。
絵本だったか、それとも普通の本だったのか。あるいはデータベースから気まぐれに引き出した情報だったか、今となってはもう分からない。
ただ、前のぼくが何処かで仕入れた知識。SD体制よりも遥かな昔の地球の言い伝え。
(…最初は絵本で読んだのかもね?)
鏡の向こうには別の世界があると言うから。
違う世界があると言うから、前のぼくは青の間の奥にあった鏡をよく見ていた。
今のぼくがさっきしていたみたいに、洗面台の鏡なんかに手を当てて。
(別の世界に行けるのかも、って見てたんだっけ…)
向こう側に地球が在りはしないかと、地球への道が鏡を通して開かないかと。
ワープで時空間を超えてゆくように、一足飛びに地球までの道。
それが鏡から開かないかと、開いてくれればいいのにと。
「…こちらでしたか」
鏡の向こう側、前のぼくの後ろに映ったハーレイ。キャプテンの制服を纏ったハーレイ。ぼくの姿が見当たらない時は、こうして奥まで探しに来た。
「また地球ですか?」
「うん。そう簡単に開かないとは思うんだけどね…」
もしかしたら、と鏡にピタリと手を当てるぼく。
サイオンで道を開けはしないかと、開くための手がかりでも掴めないかと。
ワープで時空間を超えられるのだし、鏡の道だって馬鹿には出来ない。ただの伝説だと、作り話だと片付けてしまうには惜しい気がした。
だから鏡で思い出した時には手を当ててみる。其処から道が開かないかと、青い地球まで飛んでゆける道が不意に開きはしないかと。
真剣な顔で、時には「夢の話だよ」なんて笑いながら鏡を覗いていた、ぼく。そんなぼくの夢を笑い飛ばしもせず、一緒に悩んでくれたハーレイ。
「開け胡麻とは行かないでしょうしね…」
「ホントだね。呪文でもあればいいのにね…」
鏡の道を開くための呪文。唱えれば道が出て来る呪文。
幾つもの古いデータを調べて、ありとあらゆる類の呪文を鏡に向かって試したりした。
ちょっと違うかもしれないけれど、と考えながらも魔方陣なんかも描いたりした。
けれど開かない地球への道。
鏡を通して青い地球へと繋がる道…。
そうやって努力して、気まぐれに手を当てて念じたりして。
前のぼくのサイオンでも開くことが出来ない道と格闘しながら、前のハーレイにこう言った。
「鏡の道はきっと、開かない方がいいんだろうけどね」
「何故です?」
それが出来たら、あなたの夢が叶うのでしょうに。
どうして開かない方がいいなどとお思いになるのです、ブルー?
「だって、地球だよ? 地球までの道が開くんだよ?」
開いたらきっと、ぼくは青い地球まで一直線に飛んでゆくだろう。あの青い星へ飛ぶだろう。
そうしたら帰って来ない気がする。青い地球に着いて、幸せな気分で一杯になって。
それっきり二度と帰って来ないよ、行ったきりになってしまうと思うよ。
この船から、ぼくがいなくなったら。…戻らなかったらどうするんだい?
ソルジャーのぼくが消えてしまったなら、キャプテンの君だってとても困るだろうに。
「いいえ。あなたは帰ってらっしゃいますよ」
「ソルジャーだから? そんなことは忘れてしまいそうだよ」
地球に辿り着けたという幸せに酔って。
ソルジャーの務めもシャングリラのことも、何もかも忘れていそうだよ、ぼくは。
「…そうでしょうか? 本当にお一人で大丈夫ですか?」
地球に私はいないのですが…。あなたの隣に私は立ってはいないのですが。
「それは困るね…」
最初は舞い上がっていて気付かないかもしれないけれど。
ハーレイがいないと気付いた途端に、帰りたくなって急いで帰るんだろうね…。
「そうでしょう?」
ですから鏡の道が開いても安心ですとも。
地球に繋がっている秘密の近道が出来る、それだけのことではありませんか。
「青の間から秘密の近道ねえ…」
それもいいね、とぼくは笑った。諜報活動に使えそうだと、便利な道になりそうだと。
「諜報活動と仰いますか…。地球で色々と裏工作をなさるのですか?」
「そうだよ、ぼくはソルジャーだから」
こっそり出掛けて、あちこちでデータを操作してみたり、地球の中枢に入り込んだり。
もしかしたら地球の要のグランド・マザーも壊せるかもね?
「お一人でグランド・マザーを…ですか?」
「うん。ぼくなら出来るかもしれないと思わないかい?」
ぼくは最強のタイプ・ブルーだ。
グランド・マザーがどれほどのものかは分からないけれど、挑むだけの価値はあると思うよ。
もしも壊せたら、マザー・システムはそれで終わりだ。ミュウが虐げられる歪んだ世界も其処でおしまい。いいアイデアだと思うんだけどね?
「…それは承服出来ません。私もお連れ頂かないと」
危険を承知で、あなたをお一人で送り出せるとお思いですか?
諜報活動ならばともかく、グランド・マザーと戦うとなれば私も一緒にお連れ下さい。
「でも…。この鏡、二人で通れるかい?」
「もちろんです」
私も映っていますから。
あなたの隣に、私も映っていますから…。
違いますか、と微笑んで、ぼくが鏡に当てていた手に、自分の大きな手を重ねたハーレイ。
「こうして、手と手を重ねて映して。そうすれば一緒に通り抜けられると思いませんか?」
「そうだね、そうかもしれないね…」
二人で道を通ってゆけるのならば。
鏡の道が開いた時の、記念すべき第一回は君と通れたら嬉しいのに。
「シャングリラはどうなさるのです?」
ソルジャーも、キャプテンも不在のシャングリラを。
「直ぐに戻るよ、君と二人で。そうして一緒にその先のことを考えるんだよ」
「グランド・マザーの壊し方をですか?」
「そうに決まっているじゃないか」
地球までの近道が開けたならば。
グランド・マザーを壊す方法を考えないなんて、ソルジャー失格というものだろう。
ぼくと一緒に行こうと言う君には、とんだ災難かもしれないけどね。
「あなたと一緒にゆけるのであれば、何が起ころうとも悔いは全くありませんが…」
何かのはずみに、あなただけが鏡に飲み込まれたら…、と思うと鏡を塞ぎたくなります。
蓋をするとか、覆いをかけてしまうとか。
「大丈夫。もしも一人で飲み込まれたって、君がいないと気付いたらぼくは戻ってくるよ」
ぼくは絶対に戻りたくなる。
何をしてでも、君のいる世界に戻ってくるよ…。
そんな約束をしていたくせに。
鏡を通って何処へ行こうとも、必ず戻ると言っていたくせに。
ぼくはハーレイを残して逝った。
地球に行ったのならまだマシだけれど、ハーレイを悲しませてしまう死の国に行った。
(…鏡の道を通って行ったわけじゃないけれど…)
どうして戻ろうと微塵も思わなかったんだろう。
ハーレイの所へ、ハーレイが居るシャングリラに戻ろうと、考えさえもせずに逝ったのだろう。
何をしてでも生きて戻ると、戻らなければと、どうしてぼくは……。
ただの一度さえも思いもしないで、ハーレイを置いて逝ったんだろう。
(…ぼくの命は尽きていたから…)
ジョミーに救われて生き延びたけれど、本当ならばアルテメシアで尽きていた筈の命。
赤いナスカまで辿り着ける筈も無かった命。
だけど、諦めが早すぎたろうか。
メギドで撃たれて、ハーレイの温もりを失くしてしまって独りぼっちになった、ぼく。
右の手に持っていた大切な温もりを失くした、ぼく。
独りぼっちになってしまったと泣きじゃくる代わりに、帰りたいと泣けば帰れただろうか。
シャングリラまで飛べる、連れて行ってくれる鏡の道が開いただろうか。
(メギドに鏡は無かったけれど…)
あそこに一枚の鏡があったなら、その鏡にぼくの手を当てて。
ハーレイの温もりを失くした右の手を当てて、強く願えば飛べただろうか。
シャングリラを追って、白い鯨を追いかけて鏡の道を通って。
(…鏡の道かあ…)
通った人の話は幾つもあるのに、開かなかった鏡の道。
前のぼくが探した地球への道。
とうとう開かずに終わったけれども、何度も夢見て手を当てていた。
この鏡から道が開かないかと、青い地球まで行けはしないかと。青の間の奥で、前のぼくが手を当てて願った鏡。その向こうに地球を夢見た鏡。
通れないままで、開かないままで終わってしまった夢物語だと思ったけれど。
(…もしかして、ぼくは通って来た?)
今のぼくが居る、青い地球まで。ハーレイと同じ町に住んでいる地球の上まで。
(…前のぼくたちが生きてた頃には青い地球は何処にも無かったんだよ)
在ると信じていた青い水の星は、マザー・システムが作り上げた偽りの夢にすぎない星だった。前のぼくが残した言葉を守って、懸命に地球まで行ったハーレイ。そのハーレイたちが見た地球は死の星で、朽ち果てた星のままだった。
(そんな地球だとは知らなかったものね、前のぼくは…)
青い地球へ行こうと、其処へ行きたいと鏡の道を開こうとした。思い付く限りの呪文を唱えて、時には魔方陣まで描いて。
ぼくが願った青い地球が出来るまで、鏡の道は開かずに閉じたままだった?
前のぼくが行きたかった先は青い地球だから、鏡の道は開かなかった…?
(そうだったのかも…)
通りたいと願った鏡の道。
神様が開いてくれたんだろうか、青い地球が蘇ってくる時を待って。
前のぼくが何度も願った通りに、鏡から地球へと向かう道を。
ハーレイと一緒に通れるようにと、神様が開いて、青い地球まで鏡の道を繋げてくれた…?
青の間の鏡に映っていたぼくと、隣に映っていたハーレイ。
ぼくたちが全く知らなかっただけで、あの時にはもう用意されていたんだろうか、鏡の道は…。
(…でも…)
青い地球まで来たのはいいけど、小さくなってしまった、ぼく。
前のぼくよりずっと小さい、十四歳の子供になってしまった今のぼく。
百五十センチしかない小さな背丈と、子供っぽい顔と子供の手足。
ソルジャー・ブルーだった頃の、青の間で鏡を見詰めていた頃のぼくの身体は何処にも無い。
(中身は前とおんなじなのに…)
悔しいけれども、これが現実。ハーレイとキスさえ出来ない子供の身体。
鏡には左右が逆に映るように、鏡の向こうに広がる世界はこちらの世界とあべこべになっていることもあると言うから、そういう仕掛けが働いたかな?
ハーレイは大丈夫だったみたいだけれども、大人だったぼくは小さな子供になったとか…。
(…ひょっとしたら、映った鏡のせいなのかも…)
ぼくの身体には聖痕がある。ハーレイと再会した時、沢山の血が溢れた傷痕。
あれっきり二度と出ては来ないけれども、前のぼくがメギドで撃たれたのとそっくり同じ傷痕。
前のぼくの最期の姿を丸ごと映した鏡だったら、メギドに鏡があったわけだけれど…。
(鏡なんかは何処にも無さそうだったけど…)
見た覚えが無い、メギドの鏡。
だけど、人間が見付けた最初の鏡は水だと言うから。水鏡を覗いていたと言うから、姿が映れば何でも鏡。映りさえすれば、何でも鏡になり得るもの。
青の間よりもずっと眩しい青い光が満ちていたメギドの制御室。あれはメギドの炎と同種の何かだったのだろうか、青い光を中に封じた円筒形のガラスの管。それらを支える金属の枠。
前のぼくの姿が映りそうなものなら幾つも在った。どれかが前のぼくを映した。ぼくはその鏡を通ったけれども、ハーレイは違う。地球の地の底の何かがハーレイの最期の姿を映した。
メギドの鏡と、地球の鏡と。
通って来た鏡がまるで違うなら、ぼくだけ子供になってしまっても仕方ない。ハーレイを最後に映した鏡は何の悪戯もしない鏡で、ぼくの最期を映した鏡があべこべの鏡だったんだから。
(…鏡の道を通して貰えたんだし、文句なんか言っちゃ駄目なんだよ、きっと)
前のぼくが行きたいと願った、地球に通じる鏡の道。
青い地球まで近道が出来る、鏡の向こうに繋がってる道…。
(今なら、地球に行ける道よりハーレイの家に行ける道だよ)
青い地球にはもう住んでいるし、その地球の上にあるハーレイの家。「前と同じ背丈に育つまで来てはいけない」と言われてしまった、ハーレイの家に繋がる道が欲しいんだけれど。
(んーと…)
鏡、と立ち上がって壁に掛かった小さな鏡を覗き込んだ。学校に行く前に髪が跳ねていないかとチェックしてみたり、制服の襟元を直したりするための小さな鏡。洗面台の鏡よりずっと小さめ。
(だけど、手よりは大きいしね?)
サイオンがとことん不器用なぼくに、鏡の道が開ける筈も無いんだけれど。
前のぼくでさえ、生きてる間に開く所なんか見ていないくせに、欲張りなぼくは鏡の表に右手をピタリと当ててみた。前のぼくがやっていたように。青の間の鏡でそうしたように。
(こうやって、手を…)
それから行き先を思い浮かべて、開くといいな、と呪文を唱える。
開け胡麻とか、他にも色々。どれが効いたか分からないから、思い出せる限りの呪文を唱えた。前のぼくが使っていた呪文。意味さえ掴めない音だけで編まれた、謎めいた魔法の呪文とかも。
ハーレイの家へ行けますように。
鏡を通って、ハーレイの家まで行けますように…。
うんと頑張って唱えた呪文。だけど鏡の道は開かず、鏡にはぼくが映るだけ。小さなぼくの手とパジャマ姿の子供の顔のぼくと、それからぼくの部屋の中だけ。
鏡の向こうにハーレイはいない。ハーレイの家も映りはしない。
(…どうせ、ぼくには無理なんだけどね…)
だけど今度は確実に開く、ハーレイの家まで続いている道。
いつかハーレイと結婚したなら、ぼくの家からハーレイの家まで行ける道が繋がる。
鏡なんかを使わなくても、ちゃんと通っていける道。
ぼくが歩いて行かなくっても、ハーレイの車に乗せて貰って通れる道が。
前のハーレイのマントと同じ色をしているハーレイの車。
ぼくが助手席に座れるようになったら、シャングリラと同じ色の白い車に買い替えような、って前にハーレイが言ってたけれども、「向こう五年間はこいつに乗る予定だ」とも聞いたから…。
結婚する頃には、まだ今の色の車で走っているだろう。その車にぼくも乗るんだろう。
そうしてハーレイの家まで行くんだ、鏡の道の代わりに本物の道を走って行って。
でも…。
(車は鏡に映らないよね…)
大きすぎだよ、と車と鏡の大きさの違いを思うけれども。
だけど、とちょっぴり考えてみた。
車をそのまま映そうとするから、入りきらないだけのこと。二階にあるぼくの部屋の窓から庭を隔てた表の通りを鏡に映せば、其処を通ってゆく車を丸ごと映せる。
(うん、充分に映るって!)
今度ハーレイが車で来たなら、車を鏡に映してみようか。開け胡麻、と呪文を唱えてみようか。
ぼくをハーレイの家まで連れてってくれる予定のハーレイの車。
それをしっかり映しておいたら、ぼくが自分の足で歩くよりも早く繋がりそうな鏡の道。
何ブロックも離れた所に建ってる、ハーレイが一人で暮らす家まで。
(んーと…)
よいしょ、と壁の鏡を外して、窓際まで持って行ってみたんだけれど。
夜だから閉めていたカーテンを開けて、表通りを映せるかどうか、少し試してみたんだけれど。
(…ハーレイにバレる?)
ぼくが角度を調べてる内に通りかかった、ライトを点けた何処かの車。ピカッと反射した小さな光が庭の木と一緒に映ってた。黒々と動かない木々の影とは違った、動いてく光。つまり鏡は外の光を反射する。昼間だったら、お日様の光。
この部屋からハーレイの車を映していたなら、きっとキラリと光るだろう鏡。
ハーレイが何かの合図かと勘違いをしてくれればいいけど、前のぼくがやってた鏡の道のことを思い出されたら叱られそう。
今度はハーレイの家まで近道する気かと、そんな道を作ろうとしているのか、と。
チビのお前にはまだ早いんだと、ゆっくりゆっくり大きくなれと。
(…ぼくの心、ハーレイには簡単に読まれちゃうものね…)
頑張って隠そうとすればするほど、何故だかバレる。顔に出てる、と言われてバレる。
だから鏡の道を目指してハーレイの車を映したことだって直ぐにバレるし、叱られるだろう。
チビでいいんだと、小さな子供は子供らしいのが一番なんだと。
(ハーレイの車を映してもダメかあ…)
叱られちゃうよ、と肩を竦めて鏡を元の場所へと戻した。
鏡の道を早く開きたくても、ハーレイの車を映せない鏡。映したらバレて叱られる鏡。
その鏡の中、残念そうな顔の子供のぼくが映ってる。前のぼくよりうんと小さくなってしまった今のぼく。あべこべに映る鏡の悪戯で子供の姿になったのかもしれない、小さなぼく。
(…鏡であべこべになるんだったら…)
小さなぼくを沢山、沢山、鏡に映しておいたなら。
あべこべになる魔法がぼくにかかって、背がぐんぐんと伸びるんだろうか?
(早く背が伸びて欲しいんだけど…)
伸ばしたいんだけど、と鏡を覗く。鏡に映ったぼくと、手と手を合わせる。
お願い、ぼくの小さな鏡。
青の間にあった鏡よりかは小さいけれども、道があるなら早く開いて。
青い地球までの道よりはずっと、近くて簡単な筈だから。
(早く開いてよ、道があるなら…)
ハーレイの家に繋がる鏡の道。
鏡の道を使わなくっても、今度は行けるって分かってるけど、近道が欲しい。
少しでも早く行きたいから。ハーレイの所に行きたいから。
もしも鏡から、道が開いたら。この鏡から道が繋がったなら。
そうしたら真っ直ぐに歩いて行くんだ、ハーレイが待ってるあの家まで。
今はまだハーレイが一人で住んでる家まで、大好きなハーレイの腕の中まで……。
鏡の道・了
※鏡の道から地球へ行きたい、と夢見ていたのが前のブルー。道が開けば、と。
地球に来た今は、ハーレイの家に行ってみたくなる道。いつかは行けるんですけどね。
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