シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(…ふむ)
たまにはこういう昼食もいいか、とハーレイは家のポストに入れられていたチラシを眺めて遠い記憶を思い浮かべた。今となっては懐かしい記憶。
(うん、今だから懐かしいなんて言えるんだな)
間違いないな、とチラシに刷られた写真を見ながらクックッと笑う。
小さなブルーは今も覚えているのだろうか?
懐かしいとさえ思える、遠い遠い記憶。遥かな彼方に流れ去ってしまった、遠い日の記憶…。
その翌日。たまたま仕事が早く終わった金曜日。
週末はブルーの家で過ごすのが常なのだけれど、出来得る限り、平日の夕食もブルーの家で。
最初の間は申し訳なく思っていたものの、ブルーの両親にも「是非に」と誘われ、仕事の帰りにフラリと寄るのがいつしか当たり前になった。夕食の支度に間に合う日ならば、出来るだけ。
だから明くる日は朝からの訪問になると知りつつ、ブルーの家の来客用のスペースに車を入れて門扉の横のチャイムを鳴らした。ブルーがどれほど喜んだかは言うまでもない。
両親も一緒の夕食を終えて、ブルーの部屋で食後のお茶を飲んだ後。
帰り際に「明日の昼食はブルー君と私の分を持って来ますから」と思念で伝えておいた。小さなブルーに気付かれないよう、見送りに出て来た両親にだけコッソリと。
サイオンの扱いがとことん不器用になったブルーは、こういう時には気付かない。何も知らずに笑顔で手を振る。「またね」と、「明日は早く来てね」と。
(さて、と…)
土曜日の朝。ブルーの家へ行くと約束した朝。
分厚いトーストや卵、ソーセージなどで腹ごしらえをして歩いて家を出、先日チラシを見ていた店へと。ブルーの家まで歩く道から外れて、角を曲がって少し行った辺り。
(ほほう…)
角を曲がるまでは分からなかったが、目指す方向から美味しそうな匂いがふわりと漂ってくる。食欲をそそる、複雑に絡み合った食材の匂い。
チラシの効果か、はたまた既に評判の高い店なのか。買おうと並んだハーレイよりも前に三人、待つ間に更に後ろに人の列。
(けっこう買いに来るもんだなあ…)
昼食時にはまだ早いから、今はテイクアウトだけの営業形態。それでもこれだけの人数が並ぶ。併設された食堂が開く時間帯になれば、もっと行列が伸びそうだ。
順番を待つ間に買う品を決めて、目の前で二人分を作って貰って。出来立てを受け取り、さっき曲がって来た通りの方へと戻って行った。
其処からは寄り道せずに歩いて、ブルーの家へ。
買って来た品は、門扉を開けに出て来たブルーの母に預けておいて…。
家の二階にあるブルーの部屋。案内されて、お茶とお菓子がテーブルの上に揃ったけれど。
「あれ?」
ハーレイの向かいに座ったブルーが首を傾げた。
「今日のお菓子、なんだか少なくない?」
ママ、もう一回持ってくるのかな?
いつもはお茶のおかわりだけれど、お菓子もおかわり出て来るのかな?
「お前の胃袋に合わせてもらったつもりなんだが?」
せっかく土産を買って来たのに、食べ切れなかったらつまらんだろう。
なにしろ量を選べなくってな、少なめというのが無かったんだ。
「お土産!?」
ブルーは顔を輝かせた。
「食べ物なんだね、何を買って来てくれたの?」
「せっかちなヤツだな、昼飯まで待て」
出来立ての味というわけにはいかんが、温め直しても美味いと思うぞ。
温め直すならこんな風に、って書いた紙を添えてくれていたしな。
小さなブルーの頭の中は、お土産で一杯になったらしくて。お茶を飲みながら話を交わす間に、何度も探りを入れようとした。ハーレイは何を買って来たのかと、昼食は何かと。
けれどハーレイは引っ掛からない。巧みにかわして、話を逸らして。
ブルーが答えを得られないままに、ティーセットを下げに来たブルーの母がハーレイが持参した昼食の皿をテーブルに置いて「ハーレイ先生、ありがとうございます」と頭を下げた。
そうして母が階段を下りて行った後、ホカホカと湯気が立ち昇る皿。
「お好み焼きだったの!?」
どうしてお好み焼きがお土産なの、とブルーが訊くから。
近所に店が出来たからだ、とハーレイは簡潔に答えてやった。
「この間、チラシが入っていたんだ。お前、好き嫌いは無いって言うしな」
店で一番の豪華版だぞ、豚と海老とイカが入ってる。それに卵だ。
ソースも此処の特製らしい。まあ、食ってみろ。
「うんっ!」
ブルーは嬉しそうにお好み焼きを頬張り、「美味しいね」と顔を綻ばせた。
「凄く美味しいよ、このお好み焼き」
「そりゃ良かった。どおりで行列が出来てた筈だな」
今頃は食堂が開いているから、もっと並んでいるだろう。
確かに美味いな、焼き立てを店で食ったらコレよりももっと美味いんだろうなあ…。
それで…、とハーレイは切り出した。
「ここまで豪華なヤツを食ってたら無理かもしれんが…」
覚えてるか?
前の俺たちがシャングリラで食ってたお好み焼き。
「えっ?」
ブルーの赤い瞳が真ん丸になった。何を言うのか、と驚いた顔。
「お好み焼きって…」
そんなメニューは無かったよ?
シャングリラの食堂で作る料理に、お好み焼きなんか無かったよ…?
「うんと最初の頃の話だ、シャングリラって名前だけだった頃だ」
それとキーワードはキャベツだな。
キャベツ地獄と言ったら思い出せるか?
「…キャベツ地獄…?」
「そのものズバリだ、行けども行けどもキャベツな地獄だ」
前のお前がやらかしただろう。
わざとじゃないのは分かっているがな、食料を奪いに出掛けた時に。
こんなに沢山どうするんだ、って量のキャベツが詰まったコンテナを持って帰ったろうが。
「ああ…!」
忘れちゃってた、とブルーはペロリと小さな舌を出した。
お好み焼きに振りかけてあった、青海苔の粉がくっついた舌を。
「あったね、そういうキャベツ地獄が」
「思い出したか? あの時の俺の苦労の結晶だ」
あったろ、キャベツのお好み焼き。
今、俺たちが食ってるようなヤツほど美味くはなかったがな。
「でも…。キャベツ料理の中では人気じゃなかった?」
シャングリラの厨房に一杯のキャベツ。
炒めたり茹でたりしていたけれども、お好み焼きは「料理しました」って感じだったよ。
キャベツそのまんまじゃなかったもの。
パンケーキみたいな見た目でキャベツたっぷり、好みでお塩を振ったりして。
「料理なんて大層なものでもないがな」
小麦粉とキャベツで作れたからなあ、小麦粉に水と刻んだキャベツを放り込むだけだ。
そいつをフライパンで焼いただけだが、キャベツ炒めよりかは人気だったなあ…。
ナイフとフォークで切って食えるのも料理らしくて良かったんだな。
ブルーが食料を奪いに出掛けて、ハーレイが調理。
いつの間にやら、そういう図式が出来ていた。
シャングリラがまだ名前だけの楽園に過ぎなかった時代。自給自足ではなかった時代。
奪う食料は選べないから、バランスの取れた品揃えもあれば、キャベツ地獄もジャガイモ地獄も存在した。それでも食べねば生きてゆけない。工夫して食べてゆかねばならない。
あれが足りない、これが欲しいと願ったところで、天から降ってくるわけではないから。
前のブルーが宇宙を駆けて奪いに行かねば、何も手に入りはしないから。
ブルーにとっては奪うくらいは簡単なことで、近くを船が通りさえすればいつでも奪いに行けたけれども。何の危険も冒すことなく、瞬間移動で奪って戻って来られたけども。
それを良しとはしなかったハーレイ。最低限の食料があればいいと言ったハーレイ。
皆に我慢をするように説いて、食材を全て管理していた。常に在庫を確認しながら、その食材で出来る料理を調べて、作った。
船のデータベースにキーワードを打ち込み、作れそうなレシピを幾つも拾った。それらを自分で作って試食し、使えそうだと判断したなら、調理担当の者たちと調理して食卓に出した。
元々は食料倉庫の管理人のつもりで仕事をしていた、前のハーレイ。
気付けば食料以外の物資も任される立場になってしまっていて、シャングリラの最高責任者。
「見当たらない物があるならハーレイに訊け」と言われたほどの生き字引。
そうやって船全体の面倒を見ていたからこそ、誰もがハーレイをキャプテンに推した。厨房からブリッジへと居場所が変わって、フライパンの代わりに舵を握った。
操舵も料理もハーレイにとっては大差ないことで、船を傷つけぬように動かしてゆくのも、火にかけた鍋やフライパンを焦がさないのも、同じく細心の注意を払えばいいこと。
キャプテンの任に就いたからにはと操舵を覚えて、直ぐに誰よりも上手く操る操舵士となった。シャングリラの癖を掴んだとでも言うか、まるで最初から操舵士だったかのように。
「船もフライパンも似たようなものさ」とハーレイはよく笑ったものだ。
どちらも上手に御機嫌を取れば、思い通りの結果が出せる。手順を誤れば黒焦げになる所までがそっくりなのだと、焦がすわけにはいかないのだと。
かつては調理の責任者だった、キャプテン・ハーレイ。
前のブルーが奪った食材を料理していた、前のハーレイ。
キャベツだらけの食料庫を睨んで唸った日さえも、今となっては懐かしい過去で。
「前の俺のキャベツのお好み焼きなあ…」
あれな、とハーレイはブルーに微笑みかけた。
「もっと美味いのを作れただろうな、もしも卵があったならな」
ただしだ、前の俺が卵を手にしていたなら、お好み焼きは出来ていなかったろうが…。
キャベツと卵で作れる料理が生まれちまって、お好み焼きは無かったろうなあ…。
「卵が入ると美味しくなるの、あれは?」
もしかしてハーレイ、試してみた?
お好み焼きのチラシで思い出したから、キャベツのお好み焼きを家で作ってみたの?
「いや。…そうじゃなくって、食ったことがあるんだ」
「何を? キャベツのお好み焼き?」
「キャベツ焼きだ」
そういう名前の食べ物があるのだ、とハーレイはブルーに教えてやった。
学生時代に友人たちと一緒に食べに出掛けたと、お好み焼きとは違うものだと。
「前の俺は全く知らなかったが、キャベツ焼きは立派な食文化の一つだったらしいぞ」
俺たちが住んでる、この地域のな。
SD体制よりもずっと昔の、日本って島国だった頃。
お好み焼きってヤツは種類が豊富で、調理法も名前も細かく分かれていたそうだ。入れる食材が違ってきたなら名前も変わる。キャベツ焼きもそういったものの一つさ。
「そうなんだ…。前のハーレイ、それを見付けていたんだね」
「らしいな、キャベツ焼きという名前に覚えは無いがな」
古いデータも漁っていたから、レシピを引っ掛けたんだろう。
何処の料理かも分からないまま、使えると思って作ったんだなあ、キャベツ焼き。
そして本物のキャベツ焼きには卵を入れる、と今の俺は知っているわけだ。
仲間とワイワイ食いに出掛けて、焼いてる所を見ていたからな。
「そっか、卵を入れていたなら、もっと美味しくなったんだ…」
「天かすなんかも入るんだぞ。ただし、天かすは前の俺たちの頃は何処にも存在しなかったがな」
なにしろ、お好み焼きって食い物自体を前の俺たちは知らなかったしなあ…。
知っていて卵を入れていたなら、シャングリラでも人気メニューになっていたかもな、キャベツ焼き。食材が豊富になっていったらキャベツ焼きからお好み焼きに変身を遂げていたかもなあ…。
「前のぼくたち、ちゃんと日本の料理を食べてたんだね?」
あの頃は全然知らなかったけれど、キャベツ焼き。
今は復活してる料理を、復活する前に作って食べてたんだね…。
「そのようだ」
キャベツ地獄の副産物だが、まさか立派な料理だとはなあ…。
俺が試しに調べてみたら、だ。
ヘルシーメニューで「卵無しのキャベツ焼き」なんていうのもあるんだ、今ではな。
「そのまんまじゃない、前のぼくたちのキャベツ焼きには卵が無かったんだし」
「うむ。どおりでキャベツ料理の中では美味いと人気になった筈だな」
キャベツ地獄が終わった後では作らなかったが、真っ当な料理だったんだ。
知っていたなら定着させたな、レシピをきちんと残しておいてな。
「前のぼくはキャベツのパンケーキだと思っていたんだけれど…」
確かにあれはお好み焼きだね、言われてみれば。
「そうだろう? 正確にはキャベツ焼きだがな」
卵無しのキャベツ焼きってヤツだが、立派な料理でお好み焼きの親戚だな。
知らないってことは実に罪なもんだな、ちゃんと料理を作っていたのに俺は廃番にしちまった。こんなレシピは残す必要も無いと、キャベツ地獄が終わった後にはもう要らん、とな。
由緒正しい料理を抹殺しちまったのさ、とハーレイは笑う。
SD体制が消してしまった昔の料理を復元しながら、残す努力をしなかったと。無知というのは恐ろしいもので、蘇らせた筈のキャベツ焼きを闇に葬ったと。
「やっちまったな、と反省したのと、前の俺たちが食っていたな、という思い出だな、うん」
お前も思い出しただろ?
こいつはかなり豪華すぎだが、前の俺たちのキャベツ焼き。
「それでお好み焼き、買って来たんだ…」
「葬っちまったキャベツ焼きへの罪滅ぼしにな」
キャベツ焼きは今じゃ、それ専門の店で焼かれているんだ。
お好み焼きって看板じゃなくて、キャベツ焼きって名前で店を出してる。
生憎と俺の家から此処までの道には店が無くてな、キャベツ焼きは買って来られんなあ…。
もっとも、俺は自分で作れるがな。
前の俺が作ったヤツとは違って、卵を入れて。
天かすも入れて、小麦粉も水じゃなくって出汁で溶いてな。
美味いんだぞ、とハーレイは片目を瞑ってみせた。
学生時代に食べたキャベツ焼きが懐かしくなったら焼いているのだと、専門の店に出掛けてゆくより気楽でいいと。
「焼き立てにソースをたっぷり塗ってな、青海苔なんかを振りかけてもいい」
熱々のヤツを肴にビールを飲むんだ、いいもんだぞ。
「それ、食べたい!」
ぼくはビールは要らないけれども、キャベツ焼き。
ハーレイが作ったキャベツ焼きをもう一度食べてみたいよ、うんと美味しくなったのを。
「おいおい、手料理を持って来られるわけがないだろう」
俺は「ハーレイ先生」だぞ?
手料理なんかを持って来ちまったら、お前のお母さんが困るだろうが。
買って来ただけでも恐縮されちまうんだし、手料理となったらどうなることやら…。
キャベツ焼きを食ってみたいんだったら、お母さんに頼んで作って貰え。
レシピは調べりゃ見付かるからな。
「それじゃママの味になっちゃうよ…。ハーレイの味がいいんだよ」
ハーレイが作ったキャベツ焼きだから、食べたくなってしまうんだよ。
前のぼくがシャングリラで食べていたっけ、って思い出したくなるんだよ。
キャベツが入ったパンケーキだって思い込んでた、キャベツ焼き。
シャングリラで食べてたキャベツ焼きを食べてみたいんだよ…。
「あのキャベツ焼きとは違うぞ、今のは」
さっき中身を教えただろう?
今の俺が食いたくて作ってるヤツは、シャングリラのよりもうんと豪華だ。
卵も入るし、天かすも入る。ついでに決め手は小麦粉を出汁で溶くってトコだな。
昆布だけではコクが足りんから、カツオも入れる。
もはや別物だぞ、前の俺が焼いてたキャベツ焼きとは。
「そうだろうけど…。でも美味しかったよ、前のハーレイが作ったキャベツ焼きも」
ソースなんかは塗ってなくって、お塩を振って食べてたけれど。
卵も入っていなかったけれど、小麦粉とキャベツでちゃんと料理になってたよ?
名前を間違えてパンケーキだって思ってただけで、美味しいキャベツ焼きだったんだよ。
「どうだかなあ…。なんたって、ああいう時代だったからな?」
キャベツだらけのキャベツ地獄だの、来る日も来る日もジャガイモだの…。
調味料だってロクに無かったし、火さえ通せば料理な時代だ。
アルタミラと違って料理が食えると、料理してあるものが食えると皆が思った時代だぞ?
不平不満を言いはしてもだ、餌よりはずっとマシだってことを忘れてなかった頃の話だ。
何でも美味いし、何でも料理だ。
そんな時代に美味かったものが、今も美味いかどうかは謎だな。
前の自分が作ったレシピでキャベツ焼きを再現してみたとしても。
それは美味しくないであろう、とハーレイは遠い記憶を手繰って断言した。
刻んだキャベツと、水で溶いただけの小麦粉と、塩。
名前だけがシャングリラだった船で作られたキャベツ焼きの中身はそれが全てで、卵も天かすも入っていないと。昆布とカツオで取った出汁も無くて、何処にも旨味というものが無いと。
「俺は自分で料理をするから分かるがな…。出汁と水との違いはデカイぞ」
卵の有無でもドカンと変わる。
うどんに卵を落とせば美味いが、何も入れなきゃ素うどんだろうが。
「でも、前のぼくたちにとっては美味しかったよ?」
ひょっとしたら、ぼくとハーレイと、二人。
あれを作って二人で食べたら、懐かしい味で美味しいのかも…。
「そいつはどうだか…」
思い込みってヤツもあるしな、あれっきり作らずに終わった料理だ。
前の俺が闇に葬っちまったレシピなんだし、前のお前もあの時しか食ってはいないんだぞ?
「だけど、思い出したら懐かしいんだよ」
美味しかったよ、前のハーレイのキャベツ焼き。
いつか試してみようよ、あれ。もう一度食べてみたいんだよ…。
「それで不味かったらどうするんだ?」
「ぼくは今でも好き嫌いは無いよ?」
前のぼくと同じで何でも食べるよ、焦げていたって。
ハーレイはキャベツ焼きを焦がさずに焼けるし、それだけで充分美味しいよ。
フライパンも船も焦がさないのが大切だ、って前のハーレイ、よく言ってたしね?
「ふむ…」
前の俺たちの時代を懐かしみながらキャベツ焼きってか?
シャングリラの舵の代わりにフライパンを握って、焦がさんように。
前と逆だな、前の俺はシャングリラが焦げてしまわないようにと舵を握ってたんだがなあ…。
今度はフライパンの方が優先なんだな、俺が焦がさないように気を付けるもの。
「そうだよ、シャングリラはもう無いんだものね」
ハーレイが焦がしちゃいけないものって、フライパンとかお鍋なんだよ。
だからフライパンでキャベツ焼き。
前とおんなじレシピでやっても、地球のキャベツだから前より美味しくなるんじゃない?
野菜スープのシャングリラ風が美味しくなってしまったみたいに、キャベツ焼きだって。
「そうかもなあ…。地球のキャベツを使うんだしな」
本物の地球の土と光と水で育った美味いキャベツだ、キャベツ焼きも美味くなるかもな。
ついでに小麦粉も違ってくるなあ、地球の小麦で出来てるからな。
お前の言う通り、劇的に美味く化けるのかもなあ、あのキャベツ焼きが。
所変われば品変わるか…、とハーレイは前の自分たちが生きていた頃には無かったお好み焼きを頬張った。あの頃には知らなかった味。知らずに作って、レシピを廃棄したキャベツ焼き。
ブルーと二人で食べてみたなら、それもまた極上の調味料となってキャベツ焼きを美味しくするかもしれない。あの時代には恋人同士ではなかったブルー。今度は伴侶になるブルー。
誰よりも愛したブルーと二人で、青い地球の上に生まれて来た。
野菜が美味しく育つ星の上に、共に生きてゆくために生まれて来た。
伴侶となったブルーと囲む食卓は、きっと幸せに溢れているから。
キャベツと小麦粉と塩だけで出来たキャベツ焼きでも、二人の思い出の料理だから…。
「よし。いつか俺たちが結婚したなら、たまに作るか、キャベツ焼き」
前の俺が作った、レシピを闇に葬っちまったキャベツ焼き。
もちろん普段は豪華版の方のキャベツ焼きにして、そいつに飽きた時とかな。
前の俺たちの頃を思えば、実に贅沢な話なんだが…。
「うん。それしか無いっていうんじゃなくって、飽きたら食べようって言うんだものね」
贅沢なキャベツ焼きに飽きたらなんて…、とブルーはクスクスと可笑しそうに笑った。
なんて贅沢な話だろうかと、飽きたら質素なキャベツ焼きを作って食べるだなんて、と。
キャベツと小麦粉と、塩しか無かったキャベツ焼き。
それをわざわざ作らなくとも、今の自分たちは豪華なキャベツ焼きをいつでも好きなだけ作って食べ飽きるほどに食べられるのに…、と。
選択肢など無かった、遠い遠い昔。
白いシャングリラの舵の代わりに、フライパンを握っていたハーレイ。
そのハーレイの頭を悩ませる食材を調達していた、キャベツ地獄を作ったブルー。
キャベツ焼きに使う食材を選ぶどころか、選ぶ食材さえ持たなかった。
質素なのがいいか、豪華に作るか。そんなことさえ選べなかった。
食べる物さえ選べなかった遠い昔から始まった前の生を生きて、その生を終えて。
けして安らかとは言えない最期を遂げたというのに、地球に来られた。
遥かな時を共に飛び越え、蘇った青い地球まで来られた。
そうして二人で、また生きてゆける。
何に脅かされることもなく、青い水の星で。
青い地球の上で、手を握り合って一緒に暮らしてゆける。
時にはキャベツ焼きを作って、ハーレイがフライパンを握って。
白いシャングリラを焦がさないように気を付ける代わりに、火加減だけに気を配りながら。
ブルーと二人で笑い合いながら、同じ屋根の下で、同じキッチンに立って…。
キャベツの調理法・了
※初期のシャングリラで偶然生まれた、キャベツ焼き。本物とは材料が少し違っても。
ハーレイがレシピを残していたら、お好み焼きが出来ていたかもしれませんね。
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