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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

無用の青の間

(えーっと…)
 こういう時にはなんて言うんだっけ、と考える。確かピッタリな言葉があった筈。
 ぼくの机の上、シャングリラの大きな写真集。お小遣いでは買えなかったから、パパに強請って買って貰った豪華版。ハーレイも同じのを持っているんだ、お揃いの大切な写真集。
 ぼくとハーレイ、夏休みの最後の日に並んで写した写真も大事な宝物。フォトフレームが同じでお揃い、そっくりなのがハーレイの家にも飾ってある筈。
 飴色の木製のフォトフレーム。写真をお互いの手で入れたその日に交換しちゃった、ハーレイが持ってたフォトフレーム。ぼくが写真を入れた方はハーレイが持ってくれている。
 そのフォトフレームを飾った机でシャングリラの写真集を開いて見ているわけだけど…。



(ホントになんて言うんだっけ…?)
 沢山の写真で編まれた写真集の中、ジョミーの部屋にトォニィの部屋。ぼくの後を継いだ二人のソルジャーが使っていた部屋。どちらも、ごくごく普通な感じ。
 二人の部屋は居住区の一角に設けられていた平凡な部屋で、特に広いというわけでもない。他の仲間たちの部屋と違う所は、部屋数くらい。
 ジョミーの部屋もトォニィの部屋も、プライベートなスペースとは別に公務用の部屋が作られている。会議室とは違って応接室かな、長老とか各部門の責任者とかを迎えて相談する部屋。時には会食したりもする部屋。
 もっとも、写真集には公務用の部屋もプライベートな部屋も、どっちも載っているんだけれど。これがソルジャーの悲しい所で、机が置かれた居間はともかくベッドルームまで大公開。
 前のハーレイがトォニィに贈った木彫りのナキネズミが置かれた窓辺も、その横に飾られていたトォニィの初恋の思い出のボトルと一緒に写っちゃってる。アルテラがトォニィに贈ったボトル。宇宙遺産にならなかったから、今は残っていないけど…。
(メッセージが書いてあったんだよね)
 アルテラからトォニィへのメッセージ。「あなたの笑顔が好き」って言葉と、ピンクで描かれたハートのマーク。この写真集には載ってないけど、トォニィだけの写真集なら入っている筈。
 アルテラはボトルを贈ってから直ぐに死んじゃったけれど、メッセージは有名になって残った。トォニィが大切に想っていた人の言葉だから。
 このメッセージをアルテラが書いた文字ごと写したグリーティングカードも売られているんだ。女の子が好きな男の子へのプレゼントに添えたりするのに買って使っている定番。
 トォニィはアルテラのメッセージを残したかったんだろうし、きっと喜んでいると思うけど…。そのボトルが写った写真が残っているのも、きっと嬉しいだろうけど…。



(でも…)
 トォニィのベッドルームの写真は、分厚い写真集の中に一枚きり。ジョミーも同じ。他の部屋は別の角度から写した写真があったりするけど、ベッドルームは一枚だけ。
(二人とも一枚だけなのに…)
 ベッドルームばかりを何枚も載せられてしまっている、前のぼく。
 青の間と言えばこれだとばかりに、天蓋付きのベッドが置かれた空間の写真が幾つも、幾つも。スロープの下から仰ぐ形だったり、逆に奥からの眺めだったり。何通りも写してあったけれども、何処かにベッド。
 行けども行けどもベッドばかりで、その奥にあった小さなキッチンやバスルームなんかは載ってない。それは当然、普通だと思う。ジョミーやトォニィだってバスルームの写真は無いんだから。
 そういった本当にプライベートな空間を除外してくれたことには感謝してるし、文句を言おうと思いはしない。青の間の写真がベッドだらけでも、構造上、仕方ないとは思う。
 ただ…。



(前のぼくの部屋だけ、特大なんだよ!)
 ジョミーやトォニィの部屋とは比較にならない、とてつもなく広かった前のぼくの部屋。
 ただ広いっていうだけじゃなくって、巨大な貯水槽のように満々と水を湛えていた部屋。あんな部屋は他に一つも無くって、そのせいで余計に写真が多い。
 水と、暗めの照明と。まるで深い海の底みたいに見えるし、神秘的とも思えるビジュアル。青の間の写真はとても人気が高くて、ぼくが持ってる写真集でも見開きのページがあるくらい。
(だけど…)
 青の間がシャングリラの貯水槽を兼ねた部屋だった、っていうんだったらマシだけれども、青の間のためだけに存在していた貯水槽。
 前のぼくのサイオンが水と相性が良かったから、というだけの理由で作られてしまった超特大の部屋と貯水槽…。



(…無用の長物…)
 それだ、と閃いた、ぼくが探していた言葉。なんだったっけ、と探してた言葉。
 青の間をズバリと示す言葉で、ピッタリの言葉。「無用の長物」。
 そうとしか言えない、前のぼくの部屋。未だに人気の青の間だけれど、まさに無用の長物だった部屋。無駄に広くて、大きかっただけ。おまけに巨大な貯水槽つき。
(ホントのホントに無駄だったんだよ!)
 前のぼくが死んでしまった後には、誰もこの部屋を使わなかった。長老たちを集めて会議とかをするのに使われはしても、誰も住もうとはしなかった。ジョミーも、その次のトォニィも。
 二人とも普通の部屋を使って、何の不自由も無かった証拠が写真集の中の二人の部屋。青の間は次のソルジャーの部屋にはならずに、前のぼくの部屋のままだった。
 お蔭で、余計に人気の青の間。伝説のタイプ・ブルー・オリジン、ミュウの初代の長が暮らした青の間。ソルジャー・ブルーだけのための部屋。
(ジョミーもトォニィも、あそこに引っ越してはくれなかったし…)
 なんで作ってしまったんだろう、こんな無駄な部屋。
 前のぼくにしか意味のない部屋、無用の長物としか言えない青の間。



(…そもそも意味はあったんだっけ?)
 あのデカイ部屋、と考える。遠い記憶を手繰ってみる。
 青の間の象徴とも言える、水を満たした貯水槽。前のぼくのサイオンを増幅するための設備だと説明されたけれども、ぼくには水なんか必要無かった。あそこに水が張ってあろうと、水が無くて空っぽになっていようと、前のぼくには関係なかった。
 あれだけの水を使ってサイオンを増幅しているのだ、とシャングリラの仲間たちは信じて疑いもしなかったけれど、実際、どうだか…。
(ほんのちょっぴりだったと思うよ)
 寝ている間も楽にシャングリラを守れるようにと作った増幅装置だ、と発案者だったゼルたちは唱えていたけれど。シャングリラのみんなも信じていたけど…。
 前のぼくがあの水の力を借りていたとしても、ほんのちょっぴり。
 ぼくにしてみれば、水無しの状態で同じ量のサイオンを使ったとしても、違いは息を余計に一回するかしないか程度でしかない。それも一日で息を一回、たったそれだけくらいの違い。
 一日に何回息をしたかなんて数えていないし、数えもしない。息をたったの一回分。
 ハーレイを驚かせようとして瞬間移動で追いかける方が、よっぽとサイオンを消費していた。



(それに寝ていた間だって…)
 眠っている間も、シャングリラ中にサイオンの糸を張り巡らせていた前のぼく。
 シャングリラを守るためにとやっていたけれど、呼吸と同じで自然なこと。一度サイオンの糸を張ってしまえば、無意識の内に維持出来たから。特に力は要らなかったし、疲れもしない。大量の水の補助が無くても、全然平気。
(昏睡状態だった時でも、多分…)
 アルテメシアを脱出した後、前のぼくが十五年間も眠っていた間。
 ぼくのサイオンはシャングリラを守れる状態ではなかったけれども、キースが逃げ出した騒ぎで目覚めた所からして、サイオンの糸は細く張り巡らせたままでいたんだろう。自分でさえ気付いていなかったけれど、そうでなければ目覚めない。
 その糸を張ったままで眠っていた、ぼく。十五年間も深く眠っていた、ぼく。
 水があったから楽に眠れたとか、助かっただとか。そんな感覚は何処にも無かった。サイオンの糸を維持しておくのに水の力は借りずに眠っていたんだと思う。
 だって、元から使ってないから。借りる習慣が無かった力を無意識の内に借りたりはしない。
(そんな方へ意識を向けられるんなら、眠ったままにはなっていないって!)
 つまりはホントに無用の長物、あんな部屋はぼくには必要無かった。
 巨大な貯水槽付きの青の間なんかは、本当に要らなかったのに…。



 それなのに出来てしまった青の間。作られてしまった、特大の部屋。
(言い出しっぺは…)
 ゼルだったかな、と遠い記憶を探ったけれども、ヒルマンだった?
 ひょっとしたらエラってこともあるかもしれない。エラはやたらと礼儀作法にうるさかったし、前のぼくへの言葉遣いでハーレイたちを叱っていたから。敬語を使え、って何度も、何度も。まだシャングリラが名前だけの時代、ぼくがソルジャーと呼ばれ始めた頃に。
 ハーレイたちが敬語で話さないといけないソルジャー。それが前のぼくについた肩書き。本当は尊称と言うんだろうけど、要は肩書き。
 ぼくはリーダーで充分だろうと思っていたのに、それじゃ話にならないらしい。いろんな部門にリーダーは居るし、何処のリーダーだか分からないから、ってことでソルジャー。
 そのソルジャーに相応しく大きな部屋を、と言われたんだ。
 まだ名前だけの楽園だったシャングリラという船。アルタミラから皆で脱出した船。元は人類の持ち物だった船を、白い鯨へと改造することが決まった時に。



 一度改造の話が決まると、次から次へとプランが出て来た。自給自足で生きてゆくために必要な設備や空間だけじゃなくて、展望室だの、公園だのと。
 どうせやるなら徹底的に、とプランは生かすことにした。前のぼくたちの世界はシャングリラの中が全てだったし、其処しか生きる場所が無いなら、名前通りの楽園にしたかったから。
 うんと大きな船に造り替えて、公園も一つじゃなくて沢山。広い公園は一ヶ所あればいいけど、他にも憩いの場所を幾つも。居住区の部屋の窓から眺められるよう、幾つも幾つも。
 展望室や今よりも広い食堂、子供たちが遊ぶための部屋。学習するための部屋も作らなくては。
 そんな調子で色々と増えて、一つ決まるとまた一つ増えて…。
 来る日も来る日も会議に集会、そうして決まってゆく新しいシャングリラに出来るもの。
(プラネタリウムまで作ろうってことになっちゃったもんね)
 まだ見ぬ地球の夜空にあるという星座を投影して眺められる部屋。天体の間って名前までが先に出来上がっていて、作りたいと願っている仲間が沢山。
 天体の間は集会室として使えそうだから、とゴーサインを出したぼくだけれども、自分の部屋については渋った。ソルジャーに相応しく大きくしようと言われても困る。
(寝る部屋があったら充分なんだよ)
 ベッドルームがあればそれで充分、机だって其処に置けばいい。
 どうしてもと言うならキャプテンの部屋と同じ程度で、と申し出を何度も断ってたのに…。



(頑固なんだよ、ゼルたちは!)
 広い方がいいと、ソルジャーの部屋らしくするとゴネられた。
 ソルジャーなんて御大層な尊称とやらと、マントまでくっついた立派な、仰々しい服と。
 この二つだけでも大概だって思っているのに、部屋まで大きくしようだなんて…。
(ぼくに祭り上げられる趣味は無いから!)
 ソルジャーなんです、と威張り返るより、普通が良かった。みんなと同じでいたかった。
 だけど反対すればするほど、向こうも意地になって反撃するから。
 ああだこうだと理屈を述べたり、SD体制よりもずっと昔の「前例」とやらを持ち出したりと、うるさく攻撃してくるから。
 ぼくはすっかり疲れてしまって、もうキャプテンに任せると言った。
 ハーレイがそれでいいと言うならそれにしておけ、と。
 そうしたら…。



「ソルジャー、少しお話が」
 ハーレイがぼくの部屋へとやって来た。ブリッジでの仕事が終わったんだろう、夜だったから。宇宙船の中では昼も夜も無さそうって感じだけれども、前のぼくたちはちゃんと決めていた。
 まだアルテメシアには着いていなかった頃で、窓の外は真っ暗な宇宙空間。それでも昼と夜とを作ろう、って銀河標準時間で決めた。地球を基準とする二十四時間、一年は三百六十五日。それに合わせて船内の照明の明るさを変えた。昼は明るく、夜は暗めに。
 個人の居室以外のスペースや通路の明かりが暗くなる、シャングリラの夜。
 その暗い通路を歩いて来たハーレイを部屋に通して、来客用の椅子に座って貰って、熱いお茶を淹れた。シャングリラ産の紅茶はまだ無かったから、合成の粉末をお湯で溶いた紅茶。
 ぼくの分も淹れて、ハーレイに紅茶のカップを渡して。「何の用だい?」と尋ねたら、出て来た図面。テーブルの上に部屋の設計図。
「…なに、このだだっ広い部屋?」
 それが最初の感想だった。何に使うのか見当もつかない、やたら広そうな謎の空間。
「仮名称は「青の間」ですが」
「ふうん? この部屋は何に使うんだい?」
 名前よりも目的が気になった。だだっ広い部屋の使い道。なのにハーレイの答えときたら。
「そのままですが」
「……そのままって?」
 意味が分からないからオウム返しに訊くしかなかった。
「青の間ですから、ブルーです。あなたの名前をそのまま付けては失礼だと、エラが」
 ぼくの名前を部屋の名前にして、どうするんだろう。どういう意味があるんだろう?
 これまた全然分からないから、もう一度訊いた。
「それで、何のために使う部屋なんだい?」
「ですから、あなたの部屋ですが」
「ぼくの部屋!?」
 ガチャンとカップが割れなかっただけマシ。
 ぼくの声は完全に引っくり返って、目は真ん丸になってたと思う。
 広すぎるどころか、集会室で通りそうな部屋。この広い部屋がぼくの部屋だなんて…!



 零れ落ちそうなほどに見開いてた目をパチパチとさせて、図面を見直したけれど。
 設計図がそれで変わる筈もなくて、青の間とやらは巨大なまま。
「どうしてこんなに大きいわけ?」
「任せると仰いましたので…」
 ハーレイの答えに嫌な予感がした。とてつもなく嫌な予感に声が震えた。
「まさか、この部屋…」
「既に資材の調達に入っております。本日は着工前の御報告をしに参りました」
 任せたぼくが馬鹿だった。話はとっくに決まってしまって、ぼくに拒否権なんかは無い。とうに手遅れ、後の祭りと言うべきか。
 仕方ないから、馬鹿でかい部屋の設計図を子細に見ることにした。今からでも変更可能と思える部分があったら、少しでもマシに。少しでも普通の部屋らしく…、と。
(どういうセンスの部屋なんだろう、このスロープ…)
 入口から緩やかな螺旋を描くように上へと伸びたスロープ。その先端に設けられた場所にぼくの寝室やバスルームなんかを作る仕様になっていた。
 そんな高い所に寝室とかを作ってどうするんだと、意味があるのかと尋ねてみたら。



「水だって!?」
「はい」
 この高さまでは水が入ります、そう設計をしております。
 もちろん人工重力で制御しますので、船体が傾くことがあっても溢れることはございません。
 ハーレイの指が「此処までです」と示す所に、言われてみれば印が付けられていた。
「これだけの水って…。ぼくは新しい貯水槽の番人を兼ねているってわけ?」
「まさか。あなた専用の貯水槽です」
 あなたのためだけに満たす水です、此処だけで循環させることになります。
「魚でも飼えと!?」
「そのように出来てはおりませんが…」
 お望みでしたらそのように、と大真面目に言われて慌てて止めた。
 部屋で魚を飼う趣味は無い。魚を見るのは好きだけれども、部屋で飼おうとは思わない。
(でも…)
 巨大すぎる貯水槽を備えた部屋なら、有効活用すべきだろう。シャングリラの他の部分の役には立たない水だと言うなら、なおのこと。
 シャングリラで食べる魚の養殖施設に、と考え直して修正案を出しておいたのに。



「却下された!?」
「はい。ソルジャーのお部屋で養殖などとは、恐れ多いかと…」
 ゼルたちは却下してくれた。ぼくは懸命に譲歩したのに、歩み寄る代わりに蹴飛ばしてくれた。
 シャングリラの仲間たちの役に立つなら…、と魚を飼おうと提案したのに。
「それじゃこの部屋、どういう意味が!」
 こんなに沢山の水を満たして、船の役にも立てないで…。
 貯水槽でも養殖施設でもないと言うなら、この水に何の意味があると!?
「あなたのサイオンの増幅用です、一種の増殖装置です」
 水と相性が良くていらっしゃいますから、これだけあればソルジャーのお役に立つかと。
「意味ないよ!」
 ぼくのデータはキャプテンの君も持ってる筈だよ、分かるだろう?
 相性がどうこうと言うのは誤差の範囲に収まる程度の数値で、大した意味は無いってことが。
 ぼくに大量の水を渡した所で、ぼくのサイオンが高まるわけではないってこと…!
「ですが、ソルジャー…」
 船の皆には、心の拠り所が必要ですので。
 ソルジャーが船を守って下さる、ソルジャーが此処にいらっしゃる、という安心感。
 そのソルジャーがお住まいになる部屋というわけです、この青の間は。



 演出です、とハッキリ口には出さなかったけれど、本当の所はそういうこと。
 とにかく青の間はこけおどしだった。
 船の仲間たちを安心させるためだと言ってはいたけど、どうなんだか…。
 ソルジャーの威厳を高めようとか、そういう気持ちも入っていたことは間違いない。あの部屋を押し付けて来た面子の中には、エラも混ざっていたんだから。
(ソルジャーには必ず敬語で話せ、ってハーレイたちを叱っていたしね)
 ぼくのサイオンは水と相性がいいから、と強引にこじつけて作られた青の間。
 あんな貯水槽、必要無かった。大量の水には意味が無かった。
 要は一種の舞台装置で、ソルジャー・ブルーを、前のぼくを派手に演出するためのもの。
 青の間の住人はとても凄いと、これだけの水を操ってシャングリラを常に守っているのだと。
 ところがどっこい、あの水にはそんな力も無ければ、ぼくの役にも立たなかったわけで…。



(ジョミーもトォニィも、絶対それに気付いてたんだよ!)
 同じタイプ・ブルーの二人だったら見抜けただろう。青の間を満たす水には何の意味も無いと、ただのこけおどしで演出なのだと。
 気付いてしまえば、あんな部屋に住む必要は無い。あんな巨大な部屋も要らない。
 ジョミーやトォニィのサイオンが何と相性が良かったのかは知らないけれども、相性が良くても誤差の範囲内。その物質を満たした部屋など作るだけ無駄、作っても無駄。
(だから二人とも、青の間も継がずに、別の部屋だって作りもせずに…)
 居住区の普通の部屋に住んでいた、二人のソルジャー。
 ちょっと部屋数を増やしただけの場所を居室にしていた、二人のソルジャー。
 ジョミーもトォニィも特別な部屋を作らないままで終わってしまって、青の間だけが残された。
 お蔭で青の間は今も人気が高くて別格、前のぼくだって特別扱い。
 青の間を専用の部屋にしていた初代の長で、伝説のタイプ・ブルー・オリジンと言われる有様。
 そこまで凄くはないって言うのに、青の間は勝手に一人歩きをしてしまった。
 ソルジャー・ブルーの威厳を高める部分だけが今でもキッチリ生きてる。
 白いシャングリラが無くなった後も、青の間の主は偉大なソルジャーだった、と宣伝しながら。



(あんな部屋を作ってくれたからだよ!)
 初代のソルジャーだったことや、メギドを沈めたことは本当だから何も言わないけれど。
 青の間に関しては嘘八百だって分かってるから、ぼくは恥ずかしくてたまらない。演出だなんて言えやしないし、もう、どう言ったらいいんだろう…。
(褒められたって困るんだけど…!)
 前のぼくはなんにもしちゃいない。青の間を何にも役立てちゃいない。
 せめて魚の養殖だけでもしていたなら…、と思うけれども、今となってはどうにもならない。
 よくも、と赤っ恥をかかせてくれた部屋の写真を睨み付けても、犯人はみんな逃げてしまった。前のぼくに青の間を押し付けたみんなは遥かな時の彼方へと逃げた。
 今のぼくなんかは知らないよ、とばかりに何処かへ行ってしまった。
(ホントのホントに大恥なんだよ…!)
 青の間に何の意味も無かったことにはジョミーとトォニィしか気付かなかっただろうし、ぼくが喋らなければバレはしないと思うけど…。
 シャングリラはもう無くなっちゃったし、永遠にバレはしないだろうけど…。
 だけど自分が恥ずかしい。
 あんな大きな部屋を独占して、前のぼくがやっていたことはといえば…。



(ハーレイと…)
 あの部屋で、あの部屋のベッドで、こそこそと逢瀬。
 夜はベッドで二人で眠って、翌朝は何食わぬ顔をして二人で朝食。ソルジャーとキャプテンとの朝食会だという名目を掲げて、二人で仲良く食事をしていた。
 誰も気付かなかった恋人同士。誰一人として気付きはしなかった恋人同士…。
(…ハーレイと暮らしていただけだなんて…!)
 もう本当に恥ずかしすぎる、と両手で顔を覆った所で気が付いた。
(残ってたよ…)
 そうだ、一人だけ残っていた。
 前のぼくに赤っ恥をかかせてくれた、青の間を作った犯人の一人。
 ゴーサインを出したキャプテン・ハーレイ。
 生まれ変わって来たからキャプテンじゃないけど、ハーレイはちゃんとこの地球に居た。



(ハーレイは逃げ場が無いんだよ)
 ぼくの恋人だから逃げようがない。
 前の時はゼルたちと連帯責任で一人じゃないから知らんぷりを決め込んでたけど、今度はぼくの前にはハーレイだけしかいないんだ。
 それに結婚して、何処までも一緒。二人一緒に暮らすんだから…。
(思いっ切り文句を言わなくっちゃね)
 一生ネチネチ言ってやろうか、と思ったんだけど。
 言ってやろうと決心しかかったけれど、ちょっと待って。
 もしも青の間のことでぼくが文句を言ったなら…。



(…復讐される…?)
 ぼくはハーレイと結婚予定で、いつかはハーレイのお嫁さん。
 ハーレイと一緒の家に住んでるお嫁さん。
 つまりハーレイがその気になったら…。
(今度こそぼくの部屋がメチャクチャ!?)
 シャングリラに居た頃の青の間よりも酷い結末になるかもしれない。
 お姫様みたいな部屋にしてやろう、ってフリルだらけで壁紙も家具もそれっぽくとか…。
 決定権は家の持ち主のハーレイにあるし、「模様替えだ」って言われちゃったら断れない。
 どんなに凄い部屋にされても、「ありがとう」って笑って御礼を言うしかない。



(…………)
 復讐は困る。とっても困る。青の間なんかより、もっと、ずっと、困る。
 だけどハーレイには実行するだけの力がある上、お嫁さんのぼくには断れない。
(…青の間の文句、下手に言ったら、ぼくはおしまい…?)
 青の間を前のぼくに押し付けた犯人は一人だけ、今も存在してるんだけれど。
 仕返しが怖いから、何も言えない。
 言いたくっても、仕返しが怖い。
 前のぼくより立場が弱そうな、今のぼく。
 だから今度は祈るしかない。
 神様、どうか結婚した後、ハーレイがとんでもない部屋をぼくに寄越しませんように…。




         無用の青の間・了

※実はこけおどしだった青の間。ソルジャーの偉さを強調するための演出とも言います。
 けれど、押し付けられた文句を言おうものなら…。結婚した後のブルーの部屋が大惨事かも。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv





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