シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ゼルが今の時代に生まれていたら…)
やっぱり禿げていたんだろうか、と新聞の広告を眺める、ぼく。
学校から帰って、ダイニングのテーブルでおやつの時間。ママが焼いたケーキと、熱い紅茶と。紅茶にはミルクをたっぷりと入れた。背を伸ばすにはミルクが一番、って聞いているから。
(でも、伸びないよ…)
ハーレイと再会した時のままで止まった背丈。百五十センチしか無い背丈。毎朝ミルクを飲んでいるのに効果は出ないし、一ミリさえも伸びてはくれない。
(…ハーレイが「ゆっくり大きくなれよ」って言うせいなのかな?)
酷いよね、と文句を言っても始まらないから、ぼくは溜息をつくばかり。
(こういう薬があればいいのに…)
新聞に載ってる、育毛剤の大きな広告。今の時代でも、若くして禿げる人はいるから。
ぐんぐん伸びます、生えてきます、っていう煽り文句が書かれた広告。
背丈は生えてくるものじゃないし、あえて言うなら、ぼくが生まれた時点で生えた勘定。生えているなら伸びればいいのに、どうして上手くいかないんだろう…。
髪の毛だったら育毛剤を振りかけてマッサージすれば生えるし、伸びるのに。
広告に載ってる薬は薬局に行けば誰でも買える。もっと急いで治したい人は、病院へ。処方箋を書いて貰えば、飲み薬なんかも出るらしい。
(禿だったら簡単に治るんだけどね?)
だけど身長…、と考えてみても、そっちの方はとても厄介。
伸ばす薬は存在してるし、治療法だって確立されてる。ただし、本当に必要な場合のみ。身長が伸びにくい体質の人なら、ちゃんと治療して伸ばして貰える。本来あるべき背丈にまで。
でも、ぼくみたいな年頃の子供の背丈が伸びなくっても、個性の問題ってことになるんだ。心がゆっくり成長する子は背も伸びないから、止まったりしちゃう。義務教育の年齢を過ぎても子供の姿のままの子は多い。そういう子供が通う上の学校が幼年学校。
(…このままだったら入れられちゃうよ…)
パパもママも、ぼくは「ゆっくり成長する子」だと思い始めていて、そのつもり。ぼくの将来の夢は決まっているのに、十八歳になったらハーレイと結婚しようと思っているのに…。
(背が伸びる薬、欲しいんだけどな…)
病院に行けばある筈の薬。でも、貰う前に沢山の検査をしなくちゃいけない。薬が必要かどうか調べる検査。ぼくは絶対、パス出来やしない。
(…大きくなりたい、って思う理由がハーレイと結婚するためだしね…)
前のぼくの背丈と同じ百七十センチにならない限りは、ハーレイはキスも許してくれない。結婚だって駄目かもしれない。ぼくが背を伸ばしたい動機は、その二つをクリアしたいから。
(こんなの、検査ではねられちゃうよ!)
凄く子供っぽい動機なんだ、ってことくらい分かる。お医者さんはきっと言うだろう。「時間が解決してくれますよ」って。薬なんかは貰えやしないし、治療も受けずに帰されてしまう。
(背が伸びる薬…)
新聞に広告が出てない時点で、ぼくみたいな動機で伸ばすなって意味。
育毛剤で伸ばせる髪の毛みたいに、すくすく伸ばせやしないんだ…。
ぼくは育毛剤の広告を羨ましく見ながらケーキを食べ終えて、部屋に帰った。ミルクたっぷりの紅茶も綺麗に飲み干して。
(ちょっとくらい、ミルクが効きますように…)
そう祈らずにはいられない。伸びますように、と心からの祈り。
(…ひょっとして、ゼルもそうだった?)
今の時代は禿は育毛剤で治るし、病院で治療を受ければ飲み薬までが貰えてしまう。今は珍しくなってしまった、ゼルみたいに禿げた頭の人。
外見年齢の好みと同じで、すっかり禿げてる人もいるけど、少数派。
けれど前のぼくたちの時代は違った。そこまでの医療技術は無かった。禿げ始めたらもう諦めるしかなかった時代で、育毛剤で多少は食い止められても気休め程度。
(ゼルも祈っていたのかな?)
ぼくが背丈を伸ばしたいように、髪の毛が生えてくれますように、って。
だとしたら、とても切実な祈り。
すっかり禿げてしまうまでの間に、ゼルはどれほど祈っただろう。
(…それよりは、ぼくの背、いつかは伸びるだけマシだよね…)
ゼルの禿みたいに「打つ手なし」ってわけじゃないから。待てば伸びるに決まっているから。
だから贅沢を言っちゃ駄目なんだよね、と自分に言い聞かせようとしたんだけれど。
(でも…)
考えてみたら、ゼルはミュウだった。
今の時代は人間はみんなミュウだけれども、前のぼくの頃は発見されたばかりの新人種。お蔭で酷く迫害されたし、アルタミラでは危うく殲滅されそうになったほど。
それはともかく、ミュウだったゼル。人類とは違って外見年齢を自分の好みで止められた人種。つまり「禿げるかもしれない」と思った時点で年齢を止めれば禿にはならなかったんだ。
けれどもゼルはそうしなかった。髪の毛がどんどん薄くなっても、生え際が後退し始めた時も、「こりゃ禿げそうだな」って言っていたくせに、そのままで年を重ねて行った。
それじゃ禿げても仕方ない。ツルツルになっても自分の責任、自分で選んだ道ってヤツ。
(…なんで止めずに老けたんだっけ?)
今でも禿げてる人はいるから、好みだったのかもしれないけれど…。
思い返してみれば、ヒルマンだって髪の毛も髭も白くなるまで年齢を止めはしなかった。ゼルと同じに年を取って行った。
(…ヒルマンも年を取るのが好きだったのかな?)
そういう人は今の時代にもいるし、今のハーレイのお父さんとお母さんもそうだって聞いた。
ハーレイだってぼくと再会しなかったならば、もっと年を取ろうとしていたらしいし…。
(だけど、前のハーレイだった頃には…)
しっかりと年を止めていた。今のハーレイと同じ姿で外見の年を止めてしまった。
(…なんで?)
実年齢で言えば、ゼルもヒルマンもハーレイも似たような年だったのに。
ゼルとヒルマンが年を取るなら、ハーレイだって仲良く老けても良さそうなのに…。
(ひょっとしてハーレイ、格好をつけて早めに止めた?)
年寄りになるより、若いままの姿。あの姿が好みだったんだろうか?
(それとも、禿の危機だったとか…?)
あれ以上の年を重ねたら禿げてしまうとか、そういう危機感を抱いて止めた?
でも、ハーレイに禿の兆候は無かったと思う。生え際は後退していなかったし、抜け毛が増えたとも聞かなかった。
(うん、今のハーレイと変わらないよ?)
短い金髪が頭をしっかり覆ってた。
今のハーレイだって禿げてはいなくて、ぼくと再会していなかったら、更に年齢を重ねる予定。
生まれ変わりでも基本の部分は変わっていない、って色々と実感させられてるから、ハーレイは年を取りたいタイプなんだ。前のハーレイもきっと、同じだった筈。
だったら、格好をつけるためにゼルたちよりも早めに年齢を止めたわけではないだろう。
(仲良し三人組だったんだけどな…)
ゼルとヒルマンと前のハーレイ、長老と呼ばれるようになる前からの友達同士で、飲み友達。
その三人の中でハーレイだけが若かったなんて、ちょっと不思議だ。
若いと言っても、今のハーレイが「おじさん」なのと同じで、青年とは呼べない年だけれども。
(どうしてハーレイだけが若かったんだろ?)
むくむくと湧き上がってくる好奇心。ハーレイだけが「おじさん」で年を止めた理由。
(えーっと…)
前のぼくは知っていたんだろうか?
ハーレイがゼルたちよりも先に年齢を止めてしまった理由は何かを。
(今のハーレイはぼくに会ってから年を取るのを止めたれども…)
前は違った。前のぼくと恋人同士になった時には、とうに年齢を止めていた。
(とっくにあの姿だったんだから…)
もしも理由を聞いていたとしたら、止めた頃に声を掛けて「何故?」と尋ねたか。それとも恋人同士になった後になって、戯れに訊いて答えを得たか。
(んーと…)
生憎と全く記憶が無い。
前のぼくは訊くほど気にしなかったか、それとも忘れてしまったのか。
仕方ないから、前のハーレイが年を止めた時期を探ってみることにした。運が良ければ手掛かりらしきものが転がってるかもしれないから。
(キャプテンの制服が出来た頃かな…?)
前のぼくの上着とお揃いの模様が上着にあしらってあった、キャプテンの服。濃い緑のマントと金色の肩章、威厳に溢れたキャプテンの衣装。
あれが作られた頃だったかな、と思ったけれども、そうじゃないな、と直ぐに気付いた。
シャングリラに制服が導入された時にはゼルは禿げていたし、ヒルマンはとうに髭まで真っ白。如何にも長老といった外見の彼らに合わせて衣装が出来た。若人向けではなかった衣装。
ということは、キャプテンの制服を貰った時点でハーレイの年は止まっていた筈。
ゼルたちよりも若い姿で制服を貰って、それをカッチリと着ていたハーレイ。
当時のハーレイの外見を考慮して作られた服で、あれを貰ったから年齢を止めたわけじゃない。
(…じゃあ、いつ…?)
アルタミラから脱出した後、厨房でフライパンを握っていた頃は若かった。
厨房の責任者を辞めてキャプテンの任に就いた頃にも、まだ若かった。キャプテンの服が出来ていなくて、他の仲間の制服も無くて、その日その日で服が違っていた時代。
(…あの頃は、ぼくも普通に育っていったんだけどね?)
成人検査を受けた時のまま、今のぼくと変わらない身長のままで外見の年を止めていたぼく。
今のハーレイが「育っても何もいいことが無いから育たずに止めていたんだろう」と言ってた、前のぼく。
その前のぼくは、アルタミラから脱出した直後が一番の成長期。背がぐんぐんと伸びて顔からも幼さが消えて、すっかり大人。
ソルジャーと呼ばれるようになるよりも前に、ぼくは自分の年齢を止めた。
今の身体が一番健康だろうと、使いやすい強い身体であろうと獣のような勘が働いたから。
(そうそう倒れていられないしね?)
虚弱体質でも頑張らないと。無理の利く身体を手に入れないと…。
前のぼくの外見の年は止まったけれども、ハーレイたちの年は止まらなかった。
実年齢は前のぼくよりずっと若かったくせに、年齢を重ね続けていったハーレイたち。どうして止めようとしなかったんだろう、と手繰った遠い日の記憶の向こうで聞こえた声。
「あんたが若い分、あたしたちが踏ん張って睨みを利かせないとね」
そう言ったのはブラウだった、と思い出した。
若い姿だと新しい仲間が加わった時に舐められるからと、威厳を保つには年相応の姿が要ると。
エラも同意見で、ハーレイたちも似たような意見を唱えたと記憶している。有言実行とばかりに年齢を重ね、年を取っていった後の長老たち。
(…すると…)
ブラウが「こんなものだろ」と外見の年を止めた頃。エラも一緒に止めてしまったから、あまり老けたくない女心と、女同士の連帯感ってヤツなんだろう。
(ハーレイもそうだ…)
それから間もなく止めたのだった、と蘇った記憶。
(…やっぱり見た目が大切だった?)
ブラウとエラが止めた以上は、もういいだろうと考えたのか。
(ホントは老けたくなかったのかもね?)
今のハーレイとはちょっと違って…、と考える。今のハーレイはもっと老ける予定だったから。
(前のハーレイが止めてくれてて良かった!)
ハーレイのことは大好きだけれど、あの姿が好き。今の姿をしたハーレイが好き。
前のハーレイの姿があれで良かった…、と恋人が年を取らなかったことに感謝したけれど。
(…外見と仕事のバランスだったよ!)
唐突に浮かんで来た記憶。遠い遠い昔、まだ青の間ではなかった頃のぼくの部屋。白い鯨はまだ出来ていなくて、ぼくの部屋が仲間たちの部屋とあまり変わらなかった頃。
ブリッジでの仕事を終えたハーレイが其処を訪ねて来て、訊かれたのだった。
もう少し威厳を出すべきか否か、と。
自分としては今の姿で充分だと思うが、もう少し年を取るべきか、と。
シャングリラの操船に関しては体力的にはまだまだ余裕があるから、まだ年を取れる、と。
「そう? でも、シャングリラを動かす人は若い方がいいんじゃないのかなあ?」
「些か年を取りすぎましたか?」
「そうじゃなくって、今の姿で充分だってこと」
今よりも老けたら心配になってくると思うよ、若い仲間たちが。
「そうでしょうか…?」
「うん。見るからにきびきびと動けそうな身体を残しておくべきだよ」
キャプテンに任せておけば安心、と誰もが思える身体と年齢。
今で充分、威厳はあるから。
(…ハーレイの年、ぼくが決めちゃった?)
分かりました、と答えたハーレイはそれっきり年を取らなかった。
前のぼくが良しとした外見のままで、年を取るのをやめてしまった。
(あの時、無責任に答えていたら…)
ハーレイは老けちゃっていたんだろうか、とブルッと震えた。
今のぼくなら「止めて」と泣いて頼み込むと思う、ハーレイの年。年齢に応じて老ける外見。
(だけど…)
あの頃のぼくはまだハーレイに恋をしていなかったし、していたとしても気付いていなかった。恋人だとは思ってないから、ハーレイが年を取ると言うのを「止めなければ」とは考えない。
老けていようが気にはしないし、老けたいと言われても止めたりはしない。
ハーレイがキャプテンとしての姿について訊いて来たから、率直な意見を述べただけ。
(危なかったあ…)
もしも「君に任せる」と言っていたなら、ハーレイは年を重ねただろう。キャプテンの仕事柄、ゼルやヒルマンほどには老けなかったと思うけれども、あの姿よりは確実に老けた。
今のハーレイがぼくに出会う前は、そうするつもりでいたように。
(危機一髪…)
ハーレイが年を取ることについて、恋人としての視点はまるで持たなかった、前のぼく。
もしもハーレイが老けていたなら同じように恋をしただろうか、と考えたけれど。
白髪交じりの姿だったら、笑うと目尻に皺が出来る初老のハーレイだったら…。
(…きっと恋をしたよ)
好きになったよ、と自信を持って答えられる。
ハーレイの今の姿が好きだけれども、若い頃の姿も好きだった。アルタミラで同じシェルターに閉じ込められてて出会ったハーレイ。ずうっと若かった姿のハーレイ。
あのハーレイも今のハーレイも同じように好きだし、年を取ったハーレイもきっと好きになって恋をしただろう。白髪交じりで笑うと目尻に皺が出来たりするハーレイでも、きっと…。
(どんなハーレイでも、好きになるとは思うんだけど…)
薔薇の花びらのジャムが一層、似合わなくなっていただろう初老のハーレイ。
前のぼくの後ろに付き従って歩く、厳めしい顔の老けたハーレイ。
そういう姿のハーレイに恋して、恋人同士になっていたなら。
(…今のぼくが再会するのも、老けたハーレイになっちゃってた?)
ただでも「お子さんですか?」と言われちゃいそうなほどに離れた年。
今のぼくのパパと殆ど変わらない年のハーレイだから…。
もっと老けていたら「お孫さんですか?」なんて言われることもあるかもしれない。ハーレイと二人並んで歩いていたなら、手を繋いで一緒に出掛けたなら。
(間違われるのも悲しいけれども、結婚写真だって絵にならないよ…)
ハーレイに両腕で抱き上げて貰って写真を撮ろうと思っているのに。
ぼくの憧れの結婚写真が「お爺さんと孫」の記念写真になってしまったら悲しすぎる。
それは困るし、二人で出掛けて「お孫さんですか?」って訊かれてもショック。
ハーレイだってショックだろうとは思うけれども、ぼくも絶対、ショックだろうと思うんだ。
だからハーレイは今の姿が一番。
白髪も皺も無い、今のハーレイがいいと思うから…。
(前のぼくがいい判断をしたんだよ、うん)
もし、前のぼくが「今で充分だよ」と言わずにハーレイに任せていたならば。
ハーレイはゼルやヒルマンと一緒に仲良く老けて年を重ねて、キャプテンとしての限界を感じる年になるまで老けてしまっていたかもしれない。
(ハーレイ、ブラウとエラが年を止めたから訊きに来たのかな?)
自分もこのくらいにしておくべきかと、年の取り過ぎは良くないだろうか、と。
そうかもしれない、という気もした。他に動機が全く浮かんで来ないから。
(だとしたら…)
ぼくはブラウとエラに感謝しなくちゃいけないだろう。
二人とも女性だったから、「もう充分に威厳はあるだろ」と老けすぎる前に年齢を止めた。若くありたいと願う女性ならではの女心で、お蔭でハーレイも「おじさん」程度の年で止まった。
(あの二人がいなくて、長老が全員、男だったら…)
老けたハーレイが出来上がっていたかもしれない、と考えてしまって怖くなる。
無かったとは言えない可能性。老けてしまった初老のハーレイ。
金色の髪に白髪が混じって、目尻に皺を刻んだハーレイ。
ともあれ、前のハーレイの外見の年は止まって、今のハーレイの年も止まったけれど。
(…ゼルとヒルマンは何だったんだろ…)
文字通りの長老だった二人の外見。禿げてしまったゼルと、髭まで真っ白になったヒルマン。
もう少し、もう少し、と威厳のある姿を追求する内にすっかり老けてしまった結果か、ああいう姿が二人の好みだったのか。
そういえば一度も訊いてみたことが無かったな、と頭を振って。
(ハーレイ、ひょっとして知ってるかな?)
ゼルとヒルマンが老けちゃった理由。気になり始めたら凄く気になる。
訊いてみたいな、と考えていたら、仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。夕食の前にぼくの部屋でお茶を飲みながら、向かい合わせで切り出した。
「ねえ、ハーレイ。…ヒルマンとゼルって、どうしてあんなに老けてたの?」
「長老らしくと言っていたが?」
やはり威厳が大切だそうだ。長老らしく老けておかねば、と思ったようだぞ。
「じゃあ、ゼルの禿は…」
仕方がないって諦めてたわけ?
もっと若い間に年を止めていたら、ツルツルまでは行かなかったのに…。
「個性じゃ、と開き直っていたなあ…」
これも長老ならではなんじゃ、と飲む度に演説をぶっていたしな?
「…年を止める気、無かったんだ…。禿げちゃうって自分で気付いただろうに…」
「ヒルマンが止めていなかったからな」
飲み友達とは同じ年恰好でいたいもんだろ、親友だしな?
「それじゃハーレイ、なんで止めたの?」
ゼルもヒルマンも友達なんでしょ、なんで一人だけ年を取るのを止めちゃったの?
「前のお前が命令しただろ、今の姿で止めておけと」
「…命令したつもりはないけれど…」
前のぼくが止めていなかったとしたら、どうなってたわけ?
「もちろん老けたさ。あいつらほどには老けられないがな、俺は肉体労働だしな?」
見るからに老人っていう姿になっちまったら、シャングリラの舵は握れんさ。
思い通りに動いてくれる身体だからこそ、あの船をちゃんと操れたんだ。
だが、プラス十年くらいだったら余裕でいけたと今も思うし、そこまでは多分、老けてたな。
(…前のぼく、ホントにいい判断をしてたんだ…)
まだハーレイに恋もしていなかったくせに、と思ったけれども。
アルタミラで同じシェルターに閉じ込められた時から、ずっと一緒にいたハーレイ。燃え上がる地獄を二人で走って、幾つものシェルターを開けて回って仲間を助けた。
脱出した後も、ぼくはハーレイにくっついて歩いて、ハーレイの手伝いなんかもしてた。厨房でジャガイモの皮を剥いたり、「何が出来るの?」ってフライパンやお鍋を覗き込んだり。
そのハーレイに置いてゆかれたくなくて、「もう年を取るな」と言ったかもしれない。
ぼくとの見た目の年の差が開きすぎるのが嫌で、そう言ったのかも分からない。
(…どうなんだろうね?)
キャプテンは若い方がいいよ、と言ったぼく。
今の姿で充分だよ、とハーレイの問いに答えたぼく。
深くは考えていなかったけれど、自分でも気付かない意識の奥底では「置いていかないで」って叫んでいたかもしれない。
年を取って離れて行かないでと。
ぼくと年の差が開き過ぎた姿になってしまって、ぼくを独りぼっちで残さないで、って…。
案外、ホントの所はそうだったかもね、と苦笑してたら、ハーレイが「どうした?」って訊いてきたから。
「…ううん、前のぼく、とてもいい命令をしたんだなあ、って」
「はあ?」
何のことだ、って怪訝そうにしているハーレイ。
ぼくの大好きな今のハーレイ。ぼくよりはずっと年上だけれど、白髪も皺も無いハーレイ。
この姿のハーレイで本当に良かった、と心の底から思うから…。
「…あのね、ぼくは今のハーレイの姿が好きだからだよ、ただそれだけ」
老けたハーレイじゃなくて良かった、って思うんだ。
前のぼくが命令したから、年を取るのを止めちゃったんでしょ?
今度も年を取らないでよ?
今がギリギリ、前のハーレイそっくりの今の姿でなくっちゃ嫌だ。
ハーレイが年を取っても嫌いになったりしないけれども、今の姿が大好きだもの。
これは命令だよ、前のぼくが下した命令は今でも有効なんだよ。
「おいおい、前のお前の命令って…。何年前だと思っているんだ」
どう考えても時効だろう?
誰に訊いても立派に時効だ、今の俺まで縛る力は無さそうだがな?
「違うよ、ちゃんと有効だよ」
今度のぼくも、前のぼくと同じ背丈と年とで止めておくことになるんだから。
ぼくに前と同じにしろって言うんだったら、ハーレイも守らなくっちゃダメだよ、前と同じに。
時効なんかにはなりもしないし、させもしないよ、前のぼくの命令。
「お前なあ…。それは絶対、何処に出しても時効なんだと思うがな?」
だが、前のお前は今のお前と同じなんだし、そうなると時効は有り得んか…。
とんだ命令もあったもんだな、前のお前が言った時には此処まで引き摺るとは思わなかったぞ。
「ぼくだって夢にも思わなかったよ、時効どころじゃない未来まで有効に出来るだなんてね」
でも約束だよ、今度もおんなじ姿でなくちゃ。
せっかく二人で青い地球に生まれて来たんだもの。
生まれ変わっても、前とおんなじ。
前のぼくたちの頃と同じ姿で二人一緒に何処までも歩いて行くんだよ。
手と手を繋いで恋人同士で、ずうっと先まで。
だから有効、前のぼくの命令。
今のまんまのハーレイでいてね、絶対に年を取ったりせずに……。
止めた年齢・了
※シャングリラの長老たちが年齢を重ねていた理由。実はブルーが絡んでいたのです。
ミュウは若さを保てる種族で、若い姿のままでもいられた筈。老けた理由はこうでした。
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