シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ふうん…)
ブルーはテーブルにあった新聞の記事を覗き込んだ。学校から帰って、ダイニングのテーブルでおやつを食べている最中だったが、目に留まった記事。動物園で生まれたキリンの名前を募集中。
(どんなのがいいかな?)
応募するつもりは無かったけれども、キリンの写真が可愛らしいから考えてみることにした。
(えーっと…)
親と重なってたら駄目だもんね、と記事を読み進めて吹き出したブルー。キリンの子供の母親の名前はリリーだったが、父親の名前。それはどう見ても…。
(あのジョミーだよね?)
前の自分の頃ならともかく、今の時代にジョミーと言ったらジョミーしかいない。キースと共にSD体制を崩壊させたソルジャー・シン。偉大なるジョミー・マーキス・シン。
(ジョミー、キリンになっちゃってるし!)
これも公募でついた名なのか、はたまた飼育係の趣味か。父親の名前がジョミーだったら、その子供に名前を付けるとしたら…。
(きっとトォニィ多数なんだよ)
キリンの子供はオスということだし、ジョミーの子とくればトォニィだろう。今でも人気の高いトォニィ。三代目にして最後のソルジャー。
(トォニィはグランパって言っていたから、ジョミーはお祖父ちゃんなんだけれどね?)
それでもジョミーの次はトォニィ、誰もが思い付きそうな名前。
(この名前だったらホントに付くかも!)
せっかくだからトォニィと書いて出してやろう、と応募の仕方を読んで葉書に書き込んだ。運が良ければトォニィと付いて、抽選で何か貰えるだろう。記念品とか、動物園のオリジナルグッズの文具とか。
(これでよし、っと!)
住所も名前もちゃんと書いたし、明日、母に投函して貰おう。母が買い物に出掛けるコースにはポストがあるから。学校の近所にもあるのだけれども、ブルーが出入りする方とは違う門の脇。
キッチンに居た母に「お願い」と頼んで、買い物用のバッグの外ポケットに入れておいた。母が手に取ったら直ぐに分かる場所。ポストの前を通り掛かったら入れなくては、と気が付く場所。
応募用の葉書は明日の夕方までには回収されて動物園へ出発することだろう。
(記念品…)
貰えるといいな、と二階の部屋に戻ったブルーは夢を大きく膨らませた。あの手の公募は多数決だから、トォニィはいい線を行く筈だ。得票数が最高だったら、キリンはトォニィ。
(ふふっ、トォニィ…)
自分の閃きに嬉しくなった。小さかった頃に大好きだったキリン。そのキリンに自分が応募した名前が付くかも、と考えると胸が温かくなる。抽選で何も貰えなくても、トォニィと付けば自分が名付けたキリンなのだし…。
(でも、発表の記事を見落とすかもね?)
お披露目の記事は見落としたくない。記事に出会って名前はトォニィ、なおかつ抽選で記念品も欲しい。それがいいな、と考える。思い出に残りそうなラッキーな形。
(こういう募集って楽しいよね)
人気者はそうやって名前が決まるんだよね、と動物園の動物たちを思い浮かべた。キリンなどは大抵、名前は公募。飼育係が名付けるケースもあったけれども、公募が多い。
(変なのを書いて応募する人もいるんだろうけど…)
父親がジョミーだから、あえてキースとか。喧嘩の絶えない親子になりそう、とブルーは思う。キースどころか、ブルーと書く人もいるかもしれない。
(うーん…)
ジョミーの子供がブルーだったら逆なんだけれど、と前の生での自分とジョミーの関係を考え、少し情けない気持ちになった。
(ジョミーに面倒を見て貰うソルジャー・ブルーだなんて…)
確かに見て貰っていたかもしれないけれど、と溜息をついた所で妙な既視感が頭を掠めた。
(あれ?)
以前にもこんな気持ちを抱いたような気がする。そうじゃないのに、と情けない気持ち。
(なんだろう…?)
名前がブルーで、情けない気持ち。そうではない、と溜息をつきたい気持ち。
前世の記憶を取り戻してからは動物園に行っていないが、それよりも前に自分と同じくブルーの名を持つ動物を見たことがあるのだろうか?
(…スカンクとか?)
臭いんだぜ、と鼻を摘んで騒いでいた友達。オナラが凄いらしいスカンク。そんな生き物と同じ名前を持っていたなら、それは大概、情けない。友達も大笑いしただろう。
(でも、もっと…)
スカンクよりも酷かったような、と記憶している情けなさ。特大の溜息が出そうな気持ち。
何なのだろう、と記憶を手繰ってみるのに、一向に思い出せないから。
(まあいいや)
気分転換、と本棚の方を向いた途端に降って来た記憶。視界に入った白いシャングリラを収めた写真集。
(情けない筈だよ…!)
ブルーはスカンクの名前ではなかった。
そもそも、ブルーですらもなかった。
(…応募者多数でソルジャーなんだよ…!)
それだ、と突っ伏しそうになるほどの衝撃と情けない気持ち。
前の自分が背負った尊称。ソルジャーという御大層なもの。
(…スカンクの名前がブルーだった方が、まだマシ…)
そっちの方が絶対にマシだ、と嘆きたくなるくらいに情けない記憶。
なんだってあんな尊称がついてしまったのか、と溜息をついても始まらない。
遠い記憶を手繰るまでもなく、一気に全てが蘇って来た。
ソルジャー。
前の自分が背負う羽目になった、この御大層すぎる尊称なるもの…。
シャングリラがまだ白い鯨ではなかった時代。アルタミラから脱出した船の名前だけを変えて、楽園と呼んでいた時代。
ブルーは船で生きてゆくために必要な物資や食料を奪いに出られる、たった一人の人材だった。他の仲間に生身で宇宙を飛ぶ力は無く、船にあった小型船は武装していない。ブルーがいなければ誰も生きてゆけず、それゆえにリーダーと呼ばれ始めたけれど。
船での暮らしが落ち着いてくると、新たな問題が生まれて来た。ブリッジや機関部、厨房など。あちこちに其処での責任者が出来て、リーダーと呼ばれている者も何人か。
ブルーは全く気にしなかったが、リーダー多数では話にならない、と言い出した五人。居場所は違えど、仲間たちの信頼を寄せられていた後の長老たち。
彼らの話を聞いたブルーは「別にリーダーでいいじゃないか」と答えたのに。
「大勢いては区別がつかないと思うのだがね」
ヒルマンが重々しく言い、「俺もそう思う」とゼルが応じた。
「私もそうよ」
「あたしもだね」
エラとブラウが賛同した後、「俺もだ」とハーレイまでが続いた。
ただのリーダーでは何かと困ると、直ぐにブルーだと分かる呼び名が必要だと。
「何でもいいだろ、区別がつけば」
ブルー自身はそう考えた。しかし…。
「リーダーの中のリーダーだしなあ、それっぽいのがいいんじゃないか?」
俺は直ぐには思い付かんが、とハーレイが出した案にブラウが即座に反応した。
「いいねえ、あたしもそいつに一票だよ。ヒルマン、何かないのかい?」
「ふむ…。考えてみよう」
それでいいかね、というヒルマンの言葉に皆が頷く。
真のリーダーに相応しい名をと、そういう名前でブルーを呼ぼうと。
数日が経って、ブルーはヒルマンの訪問を受けた。呼び名のことなど忘れ果てていたが、そんなことにはお構いなしにヒルマンが「これはどうかね」と差し出した一枚の紙片。
「なに、これ…。ソルジャーって」
「戦士という意味の言葉なんだがね、据わりはいいと思うんだが」
「…据わり?」
「名前と組み合わせて呼ぶ時だよ。ソルジャー・ブルー、と」
いい響きだと思うのだがね、と聞かされてもブルーにはピンと来なかった。ソルジャー・ブルーなどと呼ばれても困るし、まるで自分では無いようだ。ましてソルジャーとだけ呼ばれても困る。いずれは戦う日も来るだろうが、だからと言って戦士は少し恥ずかしい。
「…それは…。ソルジャーはちょっと…」
「ならばカイザーなどはどうかね」
「カイザー・ブルー?」
「そうなるね」
これも据わりがいいと思う、とヒルマンが「カイザー」と書かれた紙片をテーブルに置く。
「えーっと…。意味は?」
「皇帝だが」
「大袈裟すぎるし!」
ソルジャーどころの騒ぎではない、とブルーは慌てて断った。皇帝では戦士より酷い。そこまで自分は偉くはない。もうリーダーで構わないから、とヒルマンに二枚の紙片を返そうとしたのに、受け取って貰えない紙片。ソルジャー、それにカイザーの案。
ヒルマンは「持って帰って」と懇願するブルーを前にして、頭を振って。
「ふむ…。ナイトという案も出たんだがねえ、据わりがねえ…」
「ナイト・ブルーねえ…」
確かに少し呼びにくいかも、と新たに出て来た三枚目の紙片をブルーは見詰めた。
「意味は?」
「騎士だ。戦士よりも位が高いのだが…。据わりの方が今一つ…」
「そういうのしか思い付かないわけ?」
もっと普通の呼び名は無いのか、と訊けば新しい紙片が差し出された。
「エラのお勧めはロードなのだが…」
「ロード・ブルーね…。意味は?」
「支配者なのだが、昔は神をも指したようだね」
「神様だって!?」
皇帝よりも上があったか、とブルーは愕然と紙を眺めた。
「ロードって…。ぼくに神様って、どういうつもり?」
「エラが言うには、この船の守り神ということで実に相応しいと…」
「相応しくないっ!」
もっと他にも案を出せ、とブルーはゴネたが、ヒルマンたちの意見はとうに纏まった後だった。ブルー自身が選べないなら、名称は公募。今ある四つの案を発表して、その他に「これだ」という名を思い付いた者があれば、それを候補に加えるというもの。
「それでどうかね、候補が全て出揃った後で船内投票で決めることになるが」
「…分かった…」
誰かがマシな名前を思い付いてくれるであろう、とブルーはそちらに期待をかけた。ソルジャーだのカイザーだの、ロードなんぞという名前よりは普通な名前が出て来るだろう、と。
次の日、食堂の壁に意味とセットで掲示された四つの名称の候補。ソルジャーにカイザー、更にナイトにロードの四つ。その脇に応募用の箱が置かれて、他の名称を思い付いた者は専用の用紙に記入し、箱に入れることになったのだが…。
「一つも無かった!?」
募集が締め切られた日の夜、ハーレイがブルーの部屋にやって来た。キャプテンとしての報告であって、ブルーのための新しい名称を考えた者は誰一人としていなかったという。
「じゃあ、あれは…。あの名前は…」
「あの四つで船内投票になるな」
「…嘘…」
酷い、とブルーは泣きそうな気持ちになったけれども。
「安心しろ。お前には一応、拒否権がある」
「ホント!?」
「ただし、行使するなら「これだ」と思う名前を自分で選べ。あの中からな」
「…そ、それは…」
拒否権になっていないから、というブルーの叫びは無視された。
キャプテンは報告を終えて出てゆき、翌日、より詳細な説明が添えられた四つの候補が書かれた紙と、投票用紙とがシャングリラの皆に配られる。
考える期間は一週間。それが過ぎたら、投票をするという運び。
(どれが一番マシなわけ?)
ブルーは白票を投じたい気分だったが、ブルーの分の投票用紙は無かった。意に染まない名前を付けられそうなのに、ささやかな抵抗すらも出来ないらしい。
(せめてマシなの…)
自分で選ぶことはしたくなかったが、マシな結果になっては欲しい。とはいえ、皆の意志次第。どんな結果を迎えようとも、皆の意識を操って投票させるなどは論外、やりたくもない。
(でも…)
ソルジャーが一番マシだろうか、と考えた。でなければ、ナイト。
皇帝を指すカイザーと、神をも意味するロードは避けたい。その二つよりは、戦士か騎士。
(騎士に比べたら、戦士の方が多分、一般的だよね…?)
戦う者なら誰でも戦士と呼べるけれども、騎士はそうではないだろう。投票用にと配られた紙の説明文をハーレイに頼んで見せて貰ったら、遥かな昔には「ナイト」という称号があったことまで書かれていたし…。
(ソルジャーは戦士だけだったんだよ)
他の三つの候補と違って、偉そうな説明は何も無かった。ソルジャーが一番無難に思えた。
しかし…。
投票用紙が配られた二日後の夜、ブルーの部屋にフラリと立ち寄ったハーレイは開口一番、こう言った。
「カイザーとロードが人気らしいぞ」
「ええっ!?」
なんでそういうことになるわけ、と仰天するブルーにハーレイが面白そうに答える。
「偉大な長に相応しく、とヒルマンがカイザーを推して回っている。エラがロードだ」
投票は伯仲するかもしれんな、開票するのが楽しみだな。
「ハーレイは、どっち!?」
「俺はどれでも別にかまわん」
カイザーだろうが、ロードだろうが。決まった名前で呼ぶだけのことさ。
ついでにどれとも決めていないな、どれにするかな…。
「じゃあ、ソルジャー…」
「はあ?」
なんだ、と鳶色の目を丸くするハーレイに、ブルーは「お願い!」と頭を下げた。
「ナイトでもいいから、どっちか推して!」
ソルジャーか、ナイト。
キャプテンの推薦って言うんだったら、第三勢力でいけそうだから。
お願い、ハーレイ。どっちかに決めて、みんなに俺はこれだと言ってよ。
そしたらそっちに票が入るかも、他の二つと戦えるほどの。
「うーむ…」
ハーレイは腕組みをして考え込んだ。
「だから自分で決めろと言っておいたのに…。今からそれだと八百長じゃないか?」
「ぼくはカイザーもロードも御免なんだよ!」
そんなのに票が入ると分かっていたなら自分で決めたよ、違う二つのどっちかに!
「ふうむ…。自分の読みとは違って来たから、慌てて流れを変えたいわけだ」
それで、お前はどっちがいいと思うんだ。ソルジャーとナイト。
「据わりで言ったらソルジャーの方で、意味で選ぶのでもソルジャーかな…」
ただの戦士で充分だし。
騎士とか、ナイトの称号だとか。そういう余計なものは要らない。
「…戦士ってだけでは、重みがなあ…。しかし…」
据わりがいい方が候補としては有利だろうな。
ロードはともかく、カイザーは据わりがいいからな。
「だったら、ソルジャーを推してくれるわけ?」
「頼み込まれたら断れんだろう。アルタミラ以来の付き合いだしな」
「ありがとう、ハーレイ!」
頑張ってよ?
何も応援出来ないけれども、ソルジャーが票を伸ばせるくらいに頑張ってよね。
分かった、とハーレイが引き受けて行って。
翌日、シャングリラ中に噂が流れた。ブルーがソルジャーになりたがっている、と。
ブルーは驚いてハーレイを部屋に呼び出し、「ぼくは言ってないよ!」と怒鳴ったのに。
「あれしか無かろう、カイザーとロードに今から勝負を挑むとなれば」
ハーレイは平然として言葉を続けた。
「現に本人の意向は無視出来ないな、という方向へと流れつつある」
なんと言っても、呼ばれるのはお前なんだしな?
本人が嫌な名前が付くより、好みの名前がいいだろう。
ソルジャーがいいと言っているなら、ソルジャーにしようかと誰でも思うさ。
「…ぼ、ぼくが自分で…。自分でソルジャー……」
自分で決めるのだけは嫌だし、投票でいいって言ったのに!
これじゃ自分で決めているのと何も変わりはしないんだけど!
「なら、カイザーでいいのか、お前」
でなきゃ、ロードか。そういうのでいいなら、取り消してくるが。
「…………」
ブルーは反論出来なかった。
もしもハーレイが自分の発言を取り消したならば、カイザーかロードに決まるのだから。
そうして迎えた投票の日。
シャングリラにはカイザー派もロード派も、もはや存在しなかった。
ブルーの意向が何より一番、カイザーとロードには二票ずつしか入らなかった。
何故二票か。
ヒルマンが買収したゼルと、エラが買収したブラウが入れたと後になってから噂が立った。
ともあれ、シャングリラ中の仲間が立ち会う開票の場で、ソルジャーは見事に一位となって。
「圧倒的多数でソルジャーですわね」
記録を取っていたエラがブルーに微笑み掛けた。
「エラ、その言葉遣いはなに?」
途惑うブルーに、エラは表情を引き締めて皆を見渡しながら。
「こうして公にリーダー、いいえ、ソルジャーになられた以上はけじめというものが必要です」
目上の方には敬語で話さなくては。
私だけではありません。皆もそのつもりで言葉遣いに気を付けるようにして下さいね。
割れんばかりの拍手に押されて、ブルーはその場でソルジャーとなった。
リーダーの代わりにソルジャーと呼ばれ、敬語を使われる立場にされてしまった。
(ソルジャー・ブルー…)
自分の部屋に帰ったブルーは額を押さえた。
カイザーやロードに決まらなかったことは嬉しいけれども、自分でソルジャーになりたがったという不名誉な噂つきでのソルジャー。
皆は「ただの戦士」を選んだブルーを高く評価し、謙虚な姿勢だと受け止めていたが、ブルーはそうは思わなくて。
(…自分で名乗った…)
最悪なことになってしまった、と頭を抱えている所へ、ハーレイが来て。
「ソルジャー、御就任おめでとうございます」
「ハーレイまで敬語!?」
ぼくの部屋でも、と更なるショックを受けたブルーに、ハーレイは苦笑したものだ。
「まあ、一応は…。とはいえ、当分は直りそうもないがな」
「良かったよ…。そっちの言葉が断然、いいよ」
ホッとしたよ、とブルーは安堵したのに、エラは皆に厳しく言葉遣いを指導した。
ソルジャーには敬語で話すように、と。
いつしかハーレイの言葉遣いもすっかり敬語になってしまって、ブルーはソルジャー。
その頃には「自分でなりたがった」かどうかも誰も気にしていなかったのだが、押しも押されぬミュウたちの長で、リーダーではなくてソルジャー・ブルー。
ブルー自身も由来を忘れてしまったけれども、ソルジャー・ブルー…。
(…自分でソルジャーを名乗ったなんて…)
あんまりだ、と小さなブルーは自分の頭を叩きたくなった。
(…こんなのよりかは、スカンクの名前がブルーだった方がよっぽどマシだよ…)
なんて情けない記憶なんだろう、と溜息をついた所で、来客を知らせるチャイムが鳴った。
もしかして、と窓から見下ろせば、庭の向こうの門扉のすぐ横にハーレイの姿。
前の自分をソルジャーの座に着けた、キャプテン・ハーレイの生まれ変わりのブルーの恋人。
(…ハーレイも一応、責任あるしね?)
ブルーがソルジャーになりたがっていると噂を流した人物ではある。
苛めてやろう、と決意を固めた小さなブルーが逆襲されたことは言うまでもない。
ソルジャーの尊称で皆に呼ばれるより、カイザーかロードが良かったのか、と。
「うー…」
ハーレイと二人、テーブルを挟んで向かい合いながら、ブルーはブツブツと文句を零した。前の自分は情けなかったと、何故ソルジャーかは思い出したくもなかったと。
「あれに比べたら、まだスカンクの方が…」
スカンクの名前がブルーだったろうか、と情けない記憶を手繰っていたという話をすっ飛ばして呟いてしまったのだから、当然と言えば当然だけれど。
「お前、ソルジャーよりもスカンクを名乗りたかったのか!?」
知らなかった、とハーレイが驚き、真面目な顔でこう言った。
「それなら候補を入れておいたら、この俺が推してやったのに…」
スカンクくらいはお安い御用だ、流す噂がちょっと変わると言うだけだ。
投票する前に候補を募っていたろうが。
あの時に用紙にスカンクと書いて入れておけばだ、投票の時の候補にスカンクもあった。
候補を書く紙は誰でも自由に書けたからなあ、スカンクと書いて入れときゃ良かったのに…。
それにしてもだ、なんでスカンクだったんだ?
前のお前の趣味は分からん。どうしてスカンクがいいんだ、お前。
何故スカンクだ、と勘違いをして答えを得たがるハーレイだったが、ブルーの耳には全く入っていなかった。頭の中は前の自分の間抜けさ加減に呆れる気持ちでとうに一杯。
(…そうか、その手があったんだ…)
自分で何か候補を考え、応募しておいて候補一覧にそれを加える。
スカンクでなくとも、マシな尊称。
ハーレイが取った戦法でいけば、その尊称を勝ち取れた。
どんなにセンスを疑われようとも、スカンクを名乗ることだって出来た。
けれど…。
(…後の祭り…)
もう手遅れだ、とブルーはガックリと項垂れた。
前の自分はとっくの昔に死んでしまって、今も名前はソルジャー・ブルー。
自分で名乗ったことは知られていないけれども、ソルジャー・ブルー。
変えようもないし、変えられもしない。
ソルジャーに決まる前であったら、スカンクなどという妙なものでも名乗れただろうに。
ブルー自身の望みなのだ、と噂を広めて、別の尊称を得られたろうに…。
ブルーとジョミーと、最後のトォニィ。
三代ものソルジャーが名乗った尊称が決まるまでの間の裏事情。
キャプテン・ハーレイが暗躍していた、シャングリラ中の仲間の投票。
投票の対象が決定する前に、ブルーが候補を出していたなら。
小さなブルーがキリンの子供の名前募集に応募したように、前のブルーが何かを考えていたら。
そうして箱に入れていたなら、どうなったろうか。
流石にスカンクは無かっただろうが、ソルジャーにはならなかった可能性もある。
ミュウの長を指す、偉大な尊称。
ソルジャーの尊称がどういう経緯で生まれたのかを、ソルジャー・ブルーは語らなかった。
ゆえにジョミーも、トォニィも知らずに終わってしまった。
カイザーかロードか、場合によってはスカンクでもおかしくなかったことを…。
ソルジャー誕生・了
※ソルジャーという呼び方が決まるまでには、実は色々あったのです。他の候補も。
流石にスカンクは無いでしょうけど、まるで違った呼び方になっていたかもしれませんね。
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