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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

育つための言葉

「ちゃんと食べろよ。ハーレイ先生にまた言われるぞ?」
 パパに注意されて「うん」と返事をしたけれど。
 今日はハーレイは寄ってくれなくて、パパとママと三人きりの夕食。ハーレイはぼくの家族っていうわけじゃないから、三人だけの日の方が多くて普通。
 だけど、前の生からぼくの恋人だったハーレイ。ぼくにとっては他人どころか、いつだって側に居て欲しい人。パパやママと同じくらいに大事な人だし、ハーレイがいないと寂しくなる。一緒に食べたかったのに、ってハーレイの影を探してしまう。
 ぼくの守り役をやってる間に、ハーレイはすっかり家族の一員。仕事帰りに急に寄ってもママは「ごゆっくりどうぞ」って夕食を作るし、気取った御馳走なんかじゃない。普段の食卓の料理が殆ど、親しいからこそ堂々と出せる、お客様用じゃない料理。
 なのに、居ない日の方が多いハーレイ。本当の家族じゃないハーレイ。
(ハーレイがいたら、もっとしっかり食べるんだけど…)
 パパとママとぼくと、それからハーレイ。四人で食卓を囲む時には、ハーレイは文字通りぼくの守り役になる。ぼくの食事の進み具合を見て、声を掛けたり、世話を焼いたり。
 もっと食べろよ、ってぼくのお皿によそってくれたり、大皿の方を指差したりと細かい気配り。
 そんな風にされると、頑張らなくちゃ、って気分になる。
 もっとしっかり食べなくっちゃと、もう少し食べてみようかと。
 でも…。



 結局、沢山は食べられなかった今日の夕食。
 パパは「やっぱり注意してくれる人がいないと駄目だな」と苦笑していたし、ママもおんなじ。元々ぼくは食が細いから、食べられる方が凄いんだけど。
 ハーレイの応援のある時だけでも頑張れるって方が奇跡だけれども、その応援。
(…応援の言葉が変わっちゃってる…)
 部屋に帰って、それからお風呂。パジャマに着替えた後で気が付いた。
 変わってしまった応援の言葉。夕食の時にハーレイがぼくを励ましてくれる、食事が進む魔法の言葉。頑張らなくっちゃ、という気が湧いてくる言葉。
 ハーレイがぼくにしてくれることは変わっていない。大皿の料理を取り分けてくれたり、もっと食べろと勧めてくれたり。
 けれども、言葉が前とは違った。似てるようでも、今は前のと違うんだ…。



(しっかり食べて大きくなれよ、って…)
 出会った頃には散々聞かされた、決まり文句だったハーレイの言葉。
 食事をしている時じゃなくても何回も聞いて、覚えてしまった。早く大きくなるんだぞ、って。
 いつから聞かなくなったんだろう。あまりにも自然に変わってしまって、気付かなかった。
 ぼくが今日まで知らなかったほど、ごくごく自然に消えて行った言葉。
 いつの間にか変わってしまった言葉。
 「しっかり食べて大きくなれよ」はもう聞かない。
 代わりの言葉は「もっと食べろよ」とか、「頑張ってしっかり食べるんだぞ」とか。
 ハーレイが掛けてくれる応援の声から「大きくなれよ」は消えてしまった。食事の時にも、それ以外の時も、決まり文句だった言葉を聞かない。
 二人きりの時には「ゆっくり大きくなるんだぞ」と言ってくれるけれど、それは少し違う。
 「しっかり食べて大きくなれよ」は「早く大きくなるんだぞ」って意味がしっかりこもってた。ゆっくりじゃなくて、早くって。
 それが今では「ゆっくり大きくなるんだぞ」。
 早く大きくなれって意味ではない言葉。その逆みたいな「ゆっくり」の言葉。



(しっかり食べて大きくなれよ、って言ってくれない…)
 本当にゆっくり育って欲しいと思っているから、あの言葉を言わなくなったんだろう。
 前のぼくが失くしてしまった幸せな子供時代の記憶の分まで、ゆっくり育てと何度も言われた。何十年でも待ってやるから、という優しい言葉も何度も聞いた。
 ハーレイと再会した五月のあの日から、まるで大きくならないぼく。百五十センチから伸びない背丈。前のぼくと同じ背丈にならない限りは、ハーレイとキスさえ出来ないのに。
 最初の間は凄く焦った。今でも早く伸びて欲しいし、毎朝のミルクは欠かさない。
 それでも前ほど不満ではないし、チビでもいいとは思うんだけど。
 結婚出来る年の十八歳までに大きくなれればそれで充分、って思う部分もあるんだけれど。



(…ぼくって、それまでに大きくなれる…?)
 十八歳を迎えるまでに、ぼくの背丈は伸びるんだろうか。前のぼくと同じに伸びるんだろうか?
 もしも全然育たなくっても、ハーレイは結婚してくれるらしいけど。
 本物の恋人同士になれないってだけで、同じ家に住めるようにはなるらしいけれど。
 パパとママとがなんて言うかな、許してくれればいいんだけれど…。
(幼年学校へ行くんじゃなくって、お嫁さんだものね…)
 義務教育の期間を終えても、心も身体も子供のままで育たない子が通うためにある幼年学校。
 ぼくがこのまま育たなかったら、普通は行く筈の上の学校。
 けれど、其処には行きたくない。ハーレイの側で暮らしたいから、結婚したい。
(パパとママ、ビックリするんだろうけど…)
 ぼくがお嫁さんになると言ったら、二人とも腰を抜かしそう。
 だけど、優しいパパとママ。ぼくを宝物だって言ってくれてるパパとママ。
 許してくれるといいな、と思う。
 大きくなれずにチビのままでも、ぼくはハーレイの側にいたいんだから。



 チビのぼくでも恋人扱いしてくれるハーレイ。
 キスさえ出来ない小さなぼくでも、優しく抱き締めてくれるハーレイ。
 そのハーレイが前は何度も口にしてた言葉。ぼくを応援してくれた言葉。
(しっかり食べて大きくなれよ、って…)
 きっとこれからも言ってはくれない。チビの間は言ってはくれない。
 ぼくの背がぐんぐん伸び始めるまで、あの懐かしい言葉が聞けない…。
(…懐かしい…?)
 あれっ、と心に引っ掛かった何か。
 懐かしい、って思った途端に引っ掛かって来た記憶の欠片。
(…しっかり食べて…)
 そうだ、同じ言葉をずっと遥かな昔に聞いた。
 名前だけが楽園だった頃のあのシャングリラで、ハーレイがキャプテンじゃなかった時代に。



 前のぼくとハーレイ、アルタミラがメギドに滅ぼされた日に初めて出会った。
 偶然、同じシェルターに閉じ込められてて、それが切っ掛け。前のぼくがシェルターを破壊した後、二人で他のを開けて回った。閉じ込められたままの仲間はいないかと、燃え上がる炎の地獄を走った。幾つも幾つもシェルターを開けて、中に居た仲間を逃がしながら。
 後にシャングリラと名付けることになる船で脱出した後、ハーレイはぼくが年上だと知って仰天したけど、「こいつで慣れてしまったからなあ」って、言葉遣いは「俺」で「お前」のまま。
 ぼくは全然気にしなかったし、第一、中身は子供だった。
 ハーレイが「お前、最近、捕まったばかりか?」って訊くから、もっと前だと答えたけれども、何年前かは全然覚えていなかった。ただ、成人検査を受けた年の暦年。これは実験の時に研究者たちが確認のために読み上げてたから、覚えてた。それをハーレイに伝えてみた。
 ぼくはハーレイの方がかなり年上だろうと思っていたのに、暦年を聞くなり絶句したハーレイ。「お前、年上だったのか」って。
 そんな出来事があったくらいに、中身は子供だったぼく。
 研究施設に閉じ込められてた間は成長を止めていたのと同じで、心も年齢どおりじゃなかった。見た目と同じに子供の心で、まるで成長していなかった。
 誰も育ててくれなかったから。
 ぼくの心が育つ言葉を掛けてくれる人たちはいなかったから。



 育ててくれる人がいなかった、って点ではハーレイも同じなんだけど。ゼルやブラウたちだって一人ずつ檻に閉じ込められてて、誰とも接触は無かったんだけど。
 ぼくと違って他のみんなは同じサイオン・タイプが居た。同じ個体ばかりを使って実験するより複数の方がデータを集めやすいし、回復させるための治療も最低限で済む。だから実験で食らったダメージから身体が回復するまでは次の実験は無くて、放っておかれた。最低限の治療だけで。
 ハーレイたちから聞いた話では、相当にキツかったみたいだけれど。
 研究者たちは「飲んでおけ」と薬を檻に入れて行くだけで、飲ませようとはしなかったらしい。自分の命を保ちたければ、のたうつような苦悶の中でも這いずって行って飲むしかない。どんなに身体が辛い時でも飲まなければ死ぬし、生き延びたければ頑張るしかない。
 そうして苦痛が癒えてくる度、「何としてでも生き延びてやる」とハーレイたちは心に誓った。研究者を憎み、実験を憎み、自由になる日を思い描く中で心が成長していった。



 けれど、唯一のタイプ・ブルーだった前のぼく。
 ぼくの代わりは誰も居ないから、過酷な実験が終わった後には治療の時間が待っていた。決して死んでしまわぬようにと、懇切丁寧に治療をされた。優しい言葉の一つもかけずに、淡々と。
 治療が終われば実験室へと送られる。実験が終わればまた治療をされ、実験室への繰り返し。
 前のぼくの日々は実験室の中か、治療中だったか、その合間に檻に戻される僅かな時間だけで。
 檻に居た時はぼんやりと蹲っている間に時間が過ぎた。突っ込まれる餌と飲み水を機械的に口へ運んで食べていたけれど、何も考えてはいなかった。
 どうしてこんな目に遭うんだろうか、と思いはしたけど、ただそれだけ。
 此処から出たいとか、生きなくてはとか、まるで思いはしなかった。
 つまりは余裕が無かった、ぼく。
 自分で自分を育てられずに、心も身体も成長を止めた。
 今のハーレイは「育っても何もいいことは無さそうだから止めたんだろう」と言ったけれども、それが当たっているんだと思う。
 多分、生き物としての本能だけで「生きなくては」と現状維持。それより先は望みもしなくて、心も身体も育たなかった。



 成長で明暗が分かれてしまった、前のぼくと他の仲間たち。
 同じ船で暮らしてゆくことになったけれども、ぼくだけが子供。成人検査を受けた時点で成長が止まってしまった子供。周りの仲間は大人ばかりで、ぼくは正直、途惑った。サイオンが強くても子供は子供で、ハーレイの後ろにくっついていることが多かった。
 ハーレイは大人だったから。見た目通りに大人だったし、何より、知り合い。あのアルタミラで幾つものシェルターを二人で開けて回った、初めて出来たぼくの知り合い。
 そんな理由でハーレイの後ろにくっついていたら、ゼルやブラウたちとも知り合いになった。
 ぼくのサイオンが強大だから、と距離を置く仲間も多かったけれど、遠慮が無かったハーレイやブラウ。それにヒルマン、ゼルにエラ。
 ぼくを育てようとしていたんだろう、どんどん話しかけてはあちこち引っ張り回された。今日はこっちだ、そっちも行こう、って思い付くままに。



 心を育てるために言葉を掛けて、身体もきちんと育てなくてはと適度な運動とやらで散歩。
 ハーレイなんかは「体力作りだ」と走っていたけど、ぼくはエラやブラウに連れられて散歩。
 そうして食事の時間になる。
 ぼくはゼルたち四人と集まって座って、ぼくの隣にはいつもハーレイ。
 名前だけの楽園だった船でも、食堂でみんなに配られる食事は内容はともかく量はたっぷり。
 アルタミラで食べていた餌と違って、料理と呼べるレベルの食べ物。
 頃合いを見て厨房の係がおかわりを配って回る中、よくハーレイが「頼む」と呼び止めて自分の器に沢山入れて貰った後で。
 「こっちにも頼む」と指差す、ぼくのための食器。
 止める暇もなく注がれるスープや、お皿に盛られる炒め物やら煮物やシチュー。
 その度に聞かされた決まり文句が「しっかり食べて大きくなれよ」って、あの言葉。ハーレイの手がぼくの頭をポンと叩いて、あの決まり文句。



 こんなに沢山入らないよ、って何度も言うのに、ハーレイときたら。
 「残ったら俺が食ってやるから」って豪快に笑って、「しっかり食えよ」って。
 食べ残したらハーレイは本当に食べてくれたけれども、いつも隣でぼくに睨みを利かせてた。
「まだ食えるだろ。もう少し食ってからギブアップしろ」
 今日のは俺の自信作だぞ、うんと昔のお助けメニューと言うんだったか…。
 これだけしか食材が揃わない、って時に作って食ってたらしい。
 お前、つまみ食いをしてただろうが。
 「何が出来るの?」って訊きに来たから食わせてやったろ、あれの完成品なんだ。
 美味い筈だぞ、だから食っとけ。



 美味しいんだぞ、ってぼくを釣ったり、栄養豊富で大きくなれると励ましたり。
 いろんな言葉でハーレイはぼくに食べさせようとして頑張っていた。
 残してもいいからとにかく食べろと、でないと身体が育たないと。
(…それで大きくなれたのかな?)
 チビのままの今のぼくと違って、あの頃が一番の成長期。
 食べ切れないほどに沢山の食事と、散歩とはいえ適度な運動。船の中を歩いていただけの散歩。
 子供だった前のぼくの心も身体も、ハーレイたちが育ててくれた。
 長い間成長を止めていたぼくを、ちゃんと大きく育ててくれた。



(もしもハーレイがいなかったなら…)
 ゼルやブラウたちとの橋渡しをしてくれたのもハーレイだった。
 「俺の一番古い友達だ、うんと年上だが見た目も中身も子供なんだぞ」って。
 一番古い友達も何も、アルタミラから脱出する直前に出会ったっていうだけなのに。二人で色々頑張ったけれど、前からの知り合いでも何でもないのに。
 だけど「一番古い友達」。ハーレイの一番古い友達。
 ハーレイがそう言ってくれたお蔭で、「よろしくな」って差し出された手。ゼルもヒルマンも、ブラウもエラも「これからよろしく」って握手してくれた。
 仲良くやろうって、せっかく自由になれたんだから楽しく生きていかなくちゃ、って。



 ハーレイは誰とでも仲良くなれたし、船のみんなに直ぐに顔が売れた。
 誰よりも大きな身体を持っているくせに、優しくて面倒見のいいハーレイ。人気が出ないわけがない。あちこちから呼ばれて、その場で人の輪が出来ていた。
 そうした中で、ハーレイはぼくを連れて歩いてはみんなに紹介してくれた。
 「俺の友達だ」と、「一番古い友達なんだぞ」と。
 シェルターを壊した凄い子供だとしか思われていなかったぼくを、怖がられないように。
 友達だから怖くなんかないと、怖いヤツと友達になる趣味は無いって笑いながら。
 それでもやっぱり怖がる仲間もいたんだけれど。
 底抜けに明るい性格のブラウや、弟を亡くしたショックから立ち直って陽気になったゼル。少し厳しい所はあるけど思いやりの深いエラに、思慮深くて穏やかな笑顔のヒルマン。
 そんな四人と仲がいいから、距離は置かれても嫌われたりはしなかった。四人とも船のいろんな所に知り合いが居たし、友達だって多かったから。
 おまけに、ぼくはハーレイの「一番古い友達」。誰とでも仲良くなれるハーレイの友達。
 これだけの条件が重なっていたら、怖がられはしても嫌われはしない。



 前のぼくが脱出直後の船で仲間たちに上手く馴染めて、受け入れて貰えたのはハーレイのお蔭。
 ブラウたちと知り合えたことも含めて、何もかもが全部、ハーレイのお蔭。
 ぼく一人だったら上手くいかない。絶対に上手くいってやしない。
 怖がられていると気付いても、どうにも出来ない。友達が欲しくても、作れやしない。
 だって、周りは大人ばっかり。子供のぼくにはどうすればいいか分からない。
 ポツンと独りぼっちの子供で、周りだってきっと困ってた。
 一人きりのぼくは心が育っていなかったんだから、落ち込んでいたか、泣きじゃくったか。
 物資は奪いに出ただろうけど、船のみんなと仲良く付き合えはしなかったと思う。



(…それでもやっぱり、リーダーだよね?)
 友達のいない子供だとしても、一番強かったんだから。
 ぼくしか物資を奪いに行くことは出来なかったし、そういう時代が過ぎ去った後も船を攻撃から守る力は前のぼくしか持っていなくて、必然的にぼくはリーダーの立場。
 ソルジャーという尊称が付いたかどうかは分からないけども、ぼくがリーダー。
(…独りぼっちじゃなくて良かった…)
 船の中に誰も友達がいない、孤独なリーダーじゃなくて良かった。
 エラやブラウや、ヒルマンにゼル。
 ハーレイがぼくを「一番古い友達なんだ」って紹介してくれた、後の長老たち。
 それにハーレイ。
 厨房で料理を作ってたくせに、キャプテンに推されて引き受けたハーレイ。
 キャプテンに選ばれるようなハーレイと一緒でホントに良かった。
 ハーレイが居て「友達だ」って言ってくれなきゃ、ぼくは独りぼっちの孤独なリーダー。
 心も身体も育たないまま、子供のままで、それでもリーダー。
 「しっかり食べて大きくなれよ」が口癖だった、前のハーレイが居なかったなら。
 ハーレイがゼルたちと力を合わせて、ぼくを育ててくれなかったなら…。



 前のハーレイが何度も前のぼくに言ってた、懐かしい言葉。
 食堂で強引におかわりさせては、隣で言ってた、あの決まり文句。今のぼくにも言ってくれてた筈の言葉が、消えてしまってもうどのくらいになるんだろう。
(…しっかり食べて大きくなれよ、って言って欲しいな…)
 身体も心も、すくすくと大きく育ちそうなハーレイの魔法の言葉。
 だけど言ってはくれない言葉。
 あの言葉をぼくに掛けてくれたら、ぼくの背だって伸びそうなのに。
 百五十センチで止まったままの背も、ぐんぐんと伸びてくれそうなのに…。
(…それなのに、言葉が変わっちゃったよ…)
 「もっと食べろよ」とか「しっかり食べろよ」とは言ってくれるのに、ぼくが欲しい言葉。
 肝心要の「大きくなれよ」が消えてしまったハーレイの言葉。
 だけど…。



(きっとハーレイには、今度だって…)
 考えがあるに違いない。
 前のぼくを育ててくれたハーレイ。
 心も身体も子供だったぼくを、ゼルたちと一緒に大きく育ててくれたハーレイ。
 おかわりを盛られて「しっかり食べて大きくなれよ」と言われる度に文句を言ってた前のぼく。ハーレイがぼくを育てるためにやってることだ、って気付いてなかった前のぼく。
 今のハーレイもあの頃と同じで、考えがあって「大きくなれよ」を封印してる。「子供の時間をゆっくり過ごして欲しいんだ」って聞かされたアレが、きっと理由だ。
 子供の時間をゆっくり取るより、早く大きくなりたいんだけど…。
 なんでハーレイがそうしたいのかは、今のぼくには多分、きちんと掴めない。前のぼくと同じで後になるまで分からないんだという気がする。
(…子供と大人は違うんだものね…)
 育ってみないと分からないことはあると思うし、実際にある。
 今のぼくは前のぼくの記憶を持っているから、前のぼくが気付かなかった前のハーレイの考えを理解出来たけど、今のぼくの分までは分からない。子供だからまるで分からない。



(でも…。ハーレイはきっと、考えてる)
 今のぼくのために、今のぼくが育つのに一番相応しい道を考えてハーレイは選んでくれてる。
 「ゆっくり育てよ」って言ってくれてる言葉は本物だから。
 ぼくが欲しい言葉は聞けなくなってしまったけれども、今でもハーレイは言葉をくれる。ぼくの食事を応援しながら、お皿によそったりしてくれながら。
 ハーレイはぼくにゆっくり育って欲しくて、あの言葉を言わなくなったんだろう。
 前の生でも何回も聞いた、背が伸びる懐かしい魔法の言葉。



(でも、いつか…)
 育ち始めたら、また言ってくれる。
 ぼくの背が伸びるようになったら、きっと言ってくれる。
 そうに違いない、って予感がするから、今は黙って待とうと思う。
 小さな子供も悪くないって、ぼくも分かっているつもりだから。
(…ハーレイほどには分かっていないと思うけど…)
 だけどハーレイを信じているから、文句は言わない。
 「何十年でも待っててやるから」っていうのが口癖になった今のハーレイ。
 そのハーレイの口から、あの懐かしい言葉が飛び出してくる日をゆっくりと待とう。
 待ちくたびれて当たり散らしたりもするだろうけど、いつかきっと聞ける。
 「しっかり食べて大きくなれよ」って魔法の言葉を、大好きな声で…。




         育つための言葉・了

※前のブルーが止めていた成長。心も身体も、成人検査を受けた時のままで。
 それを育てたのが前のハーレイたち。今のハーレイも、きっと同じに思っている筈。
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