シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(…もうすぐなのに…)
もうすぐ十八歳なのに、とブルーは大きな溜息をついた。勉強机の前に座って、頬杖をついて。
十八歳の誕生日が近付いて来るのに、一向に伸びてくれない背丈。
ハーレイと再会したあの日のままの背、十四歳の五月の百五十センチから少しも伸びない。顔も手足も小さな子供で、十七歳にはとても見えない。
同級生には似たような状態の子供も多いし、学校では全く問題なし。サイオンが外見に影響することは常識なのだし、誰も心配してくれはしない。
(どうしよう…)
本当にもうすぐ、あと数ヶ月で学校が終わる。義務教育の期間が終わってしまう。
両親は上の学校の資料を取り寄せ、幼年学校へ行くことが決まりそうだ。ブルーのように子供のままの身体と心を持っている子たちが通う学校。
そんな所へ行きたくはなくて、結婚したいと思っているのに。
十八歳になれば結婚出来るし、今の学校を卒業した後、誕生日の三月三十一日が来たら、と夢を見て来た。
その日になったらハーレイと結婚出来る年。誕生日に結婚したいくらいで、早く、早くと願って来た。大好きなハーレイと結婚しようと、今度こそ結婚するのだと。
前の生では誰にも言えなかった恋人同士。ひたすらに仲を隠し続けた恋人同士。
だから今度は幸せになると、結婚して二人で暮らすのだと。
(でも…)
ハーレイからのプロポーズは未だに無かった。もうすぐブルーが十八歳になることをハーレイは知っている筈なのに。義務教育が終わってしまうことも、誰よりも知っている筈なのに。
(…ハーレイ、ぼくの先生だものね…)
生憎と担任にはならなかったけれど、ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師。どの学年でも教えているから、今もハーレイの授業がある。その職業柄、各学年の生徒の年齢などには詳しい。ブルーの学年なら卒業までか、卒業後の三月末までに十八歳だと。
それに何より、ハーレイはブルーの恋人だから。
誕生日には「おめでとう」と祝ってくれるし、誕生日も年も忘れはしない。今度の三月で何歳になるか、ハーレイが知らない筈が無い。
(…だけど…)
その日を迎えたら結婚しよう、とハーレイは一度も言いはしないし、結婚の話題も出なかった。首を長くして待っているのに、貰えてはいないプロポーズの言葉。
(ぼくが小さいままだから…?)
ずうっと昔に、ハーレイと再会して間もない頃に決まった約束。
ブルーの背丈が前の生と同じ百七十センチにならない間は、キスもしないで我慢すること。
約束した時は「ほんの少しの我慢だから」と思っていたのに、少しどころか、今も約束は有効なまま。ブルーの背丈は伸びてくれなくて、キスさえも未だに交わしてはいない。
(…それでプロポーズもしてくれないとか…?)
自分が小さな子供の間は結婚しないということだろうか?
まさか、と不安が膨らんでゆく。十四歳の頃から夢見た未来を塗り潰しそうな勢いで。
(…このままじゃ、ぼく…)
もしもプロポーズして貰えないままで日が過ぎたなら。卒業の日が来てしまったら…。
十八歳の誕生日を迎えても結婚どころか、四月になったら幼年学校に行かねばならない。家から通える場所にあるから、寮に入る必要は無いのだけれど。それでも大切な時間が無くなる。何にも代え難い、ハーレイと会える平日が無くなってしまう。
学校でハーレイと顔を合わせて、授業を受けて。ただそれだけの時間だったが、学校に行きさえすればハーレイに会えた。平日でも毎日ハーレイに会えた。
その大切な時間が消えて無くなる。ハーレイは幼年学校の教師ではなく、学校に行っても会えはしないし授業だって無い。
(ぼくの家には今まで通りに来てくれるよね…?)
ハーレイの表向きの役目とされた守り役は無期限、卒業したって平日でも寄ってくれるだろう。今の学校の教師たちも不思議に思いはしないで、却ってハーレイの負担を心配する筈。
(…ぼくは今と変わらない時間に家に帰って来られるし…)
ブルーにとっては有難いことに、幼年学校の授業時間は今の学校と全く同じ。子供のための学校であって、習う内容が変わるというだけのことだから。
ハーレイが授業を終える頃には、幼年学校の授業も終わる。家に帰ってハーレイを待てる。
けれどブルーは知識を仕入れて賢くなるより、ハーレイの側にいたかった。結婚してハーレイと同じ家で暮らして、食事も一緒。
十八歳になればそうなると信じて今日まで我慢をして来たのに…。
(いつまで駄目なの…?)
ねえ、ハーレイ、と机の上の写真を眺めても答えは返って来なかった。
二人で過ごした初めての夏休みの記念に写した、ハーレイと庭で並んだ写真。ハーレイの左腕にブルーが両腕でギュッと抱き付いた写真。
木製の飴色のフォトフレームの中、ハーレイはいつも笑顔だけれど。いつも笑顔で愚痴や悩みを聞いてくれるけれど、答えは決して返っては来ない。
(ねえ、ハーレイ…)
ぼく、あと少しで十八歳になるんだよ?
結婚出来る年なんだよ、と心の中で話し掛けても、ハーレイの笑顔は変わらない。
(…写真なんだものね…)
けれど、本物のハーレイも写真と同じ。優しい笑顔を向けてくれても、ブルーが欲しいと夢見る言葉をくれはしないし、気配すらも無い。
(…プロポーズしてくれないよ…)
そういった意味に取れる言葉も、匂わせる言葉も言わないハーレイ。
(ひょっとしたら…)
結婚しようと思っていないのかも、と不安が更に大きく膨らむ。
自分が小さな子供のままで育たないから、結婚などは当分先だという考えでいるのかも、と。
どうにも収まらない不安。もうハーレイに言うしかない、と思い余ってブルーはついに訴えた。いつものようにハーレイが来てくれた週末、母が部屋に来ない時間が来るのを待って。
午後のお茶とお菓子を運んで来た後、母は夕食の支度が出来るまで二階には来ない。ゆっくりとお茶を楽しむべきだと思うらしくて、「お茶のおかわりは如何?」と上がっては来ない。
そのお茶の時間、意を決したブルーは「結婚の話、どうなったの?」と訊いたのに。あと少しで自分は十八歳だし、プロポーズされる日を待っているのだと訴えたのに…。
「プロポーズなあ…」
十八歳は結婚出来る年だが、とハーレイは腕組みをして眉間の皺を深くした。
「分かっちゃいるんだが、お前はチビのままだろう?」
俺の親父がうるさくってな。
あんな小さな子供に手を出しちゃならんと、そんな風に育てた覚えは無いとな。
「でも、ハーレイ…」
一緒に暮らすだけでも駄目?
それでもハーレイのお父さんは許してくれないの…?
「いや、まあ…。俺が我慢をすれば済む話だしな、一緒に暮らすだけだと言うなら親父にも文句は言わせんさ。しかし、お前はどうなんだ?」
本物の恋人同士ってヤツでなくてもいいのか、俺と一緒に住んでいるのに。
「…ぼくも我慢するよ…」
「本当か?」
「ハーレイと一緒に暮らせるんなら、我慢する」
だって今よりはマシだもの。
キスも出来ないままになっても、ハーレイと同じ家で暮らせて食事をするのも一緒だもの。
夜になってもハーレイが「またな」って帰ってしまわないから、今よりもずっとマシなんだよ。
プロポーズして、とブルーは懇願した。結婚しようと言って欲しいと、十八歳になったら二人で暮らしたいのだと。けれど、ハーレイが「ああ」と答える代りに投げて来た問い。
「お前の覚悟は分かったが…。お前のお父さんとお母さんとはどうだ?」
俺の親父とおふくろは何年も前から知っているから驚かん。
しかしだ、お前のお父さんとお母さんは何も知らんし、結婚を許してくれるのか?
「あっ…!」
そういえば両親は何も知らない、とブルーは息を飲んだ。
いつかハーレイと結婚する時に話せばいいと考えただけで、何も告げてはいなかった。いずれは結婚するつもりだとも、相手は既にいるのだとも。
愕然とするブルーに、ハーレイがフウと溜息をつく。
「お前には悪いが、今の状態では俺からは言えん」
きちんと育ったお前だったら、嫁に下さいと頼めるんだが…。
チビのお前を欲しいんです、とは言えないんだ。
「そんな…。いつも、チビでも貰ってやるって…」
ハーレイ、何度もぼくに言ったよ。ぼくがチビでも、育たなくっても貰ってやるって。
「いざとなったらの話だろうが。何十年でも待つと言ったぞ」
お前が育つまで待っていてやると。だからゆっくり大きくなれと。
「それじゃ、ぼくは…!」
「お前が許しを貰えたんなら、考えよう」
チビのお前が、お父さんたちとしっかり話して結婚を許して貰えたなら。
俺からはとても頼めないんだ、チビのお前が欲しいだなんて。
会った時からお前、少しも変わっていないだろ?
そんなお前を欲しいと言ったら、俺はロクデナシ教師の烙印を押されちまうんだ。チビのお前と部屋で二人でイチャついていたと誤解されても文句は言えん。
そうだろう、ブルー?
周りには何と言われてもいいが、お前のお父さんとお母さんにだけは俺は間違えて欲しくない。お前を大切に育ててくれてる人たちに悲しんで欲しくはないんだ、つまらない勘違いなんかでな。
ハーレイの言葉に嘘は無かった。逃げ口上でないこともブルーには分かったから。言葉の意味を深く考えるほどに、その通りだと頷くことしか出来なかったから。
もうそれ以上は無理を言えなくて、プロポーズの言葉も貰えないらしいと零れた涙。ハーレイは頬を伝う涙を指先で拭ってくれたけれども、「ごめんな」と詫びの言葉だけ。嫁に欲しいと言ってやれなくてすまんと、自分からは言えはしないのだと。
ハーレイがどういう立場にいるのか、それはブルーにも分かっている。もしも自分を嫁にくれと言えば両親は酷く驚くだろうし、ハーレイがブルーをどう扱ったかも疑い始めることだろう。
けれど、子供に過ぎない自分。心も身体も子供の自分。
その自分ならば、結婚したいと口にしたって「子供ゆえの我儘」で済むかもしれない。結婚とは何かも良く知らないまま、一緒にいたいという気持ちだけで言い出したのだと。
実際、結婚した後も二人で暮らすというだけだったら、ままごとの夫婦と同じなのだし…。
(…だからハーレイ、ぼくが許して貰えたら、って…)
分かるのだけれど、自分が両親の許可を得るなどは考えたことすら無かったこと。結婚する時はハーレイが頼んでくれるのだ、と漠然と想像していただけ。自分は隣に居るだけでいいと。
(…だけど、ぼくが自分で言うしかないんだ…)
でないと結婚出来ないんだ、と項垂れるブルーに、ハーレイは「もう少し待て」と優しい言葉をくれたけれども。何年か経てば小さいままでも貰ってやると、だから無理を言わずに待っていろと言ってくれたけれども、それは悲しい。悲しくて辛い。
ハーレイの立場を考えるのなら、ハーレイからのプロポーズは何年か先がいいのだけれど。
幼年学校も卒業するほどの年になったら、小さいままでも両親は驚かないのだけれど…。
そんなに何年も待てはしないし、待ちたくはない。
けれども無理を言えはしない、とブルーは夕食を終えて帰ってゆくハーレイの背中を見送った。まだ何年もこうして「またね」と別れる日々が続くのか、と心で涙を零しながら…。
十八歳の誕生日を迎えたとしても、出来ない結婚。貰えそうにないプロポーズの言葉。
この現状を打破するためには、自分で何とかするしかない。両親に許しを貰うしかない。思いもしなかったことだけれども、何年も待つのが辛いのならば。
(…どうしよう…)
両親に結婚したいと打ち明けに行くか、黙ったままで何年か待つか。何年か待てばプロポーズの言葉を貰えるだろうし、ハーレイが両親に結婚の申し込みをしに来てくれる。待っていればいつか道は開ける。
(…だけど、まだまだ待つしかないんだ…)
楽な道のように見えるけれども、辛い道。ハーレイを「またね」と見送って別れる日が続く道。十四歳の時から三年以上も待って来たのに、この先もまだ待たねばならない。
(…そんなの、嫌だ…)
十八歳の誕生日がゴールだと思っていたから、待てたのに。
いきなりゴールが遥か先に延びて、しかもゴールと決められた場所が無いなんて。
悲しすぎると思うけれども、それが嫌なら両親に頼みに行くしかない。結婚したいと打ち明けて許しを貰うしかない。
(…それも無理だよ…)
言えやしない、とブルーは俯く。けれど言わなければ未来が無くなる。結婚がうんと遠くなる。
(…どうすればいいの…?)
いくら考えても答えは出なくて、名案も浮かんで来なかった。
けれど…。
迷う内に日が過ぎ、オープンキャンパスの時期がやって来た。年に何度か行われる行事。どんな学校かを見て貰うために上の学校が催すイベント。この時に行きたい学校を下見し、気に入ったらその場で入学を希望してもいい。入学資格があると認められたら、入学が決まる。
そういう時期に入ったのだな、とブルーはクラスメイトの話を聞きながら思っていたけれども。自分のこととは考えておらず、まるで気付いてもいなかった。
それなのに、ある日、ハーレイの来ていない夕食の席で母が笑顔で口にした言葉。
「ブルー、今度、学校を見に行きましょうね」
土曜日もやっているんですって、オープンキャンパス。
ハーレイ先生には留守にします、って言っておきましょ、それとも午後から来て頂く?
「ふむ。パパも一緒に行くとするかな、お前が世話になる学校だしな?」
久しぶりに外でランチを食べるか。美味い店があるんだ、予約しておこう。
「幼年学校…。行かなきゃダメ…?」
ぼく、学校に行かないとダメ?
オープンキャンパスじゃなくて、幼年学校…。
「駄目って、お前…。学校に行かなきゃどうするんだ」
それとも他の学校がいいのか、チビのお前には向いていないと思うが。
「そうだよね…」
駄目だよね、とブルーは肩を落とした。
両親は幼年学校以外に行きたい学校があるのだろうか、と勘違いをして「大きくなったら改めて入学すればいい」と言ってくれたけれども、そうではない。
学校に行きたいというわけではなく、選びたい未来はそれではない…。
しょんぼりと部屋に帰ったブルーだったが、このままでは確実に無さそうな未来。両親と一緒にオープンキャンパスに行けば、入学希望の申し込みをすることになるだろう。子供のままの自分は充分に入学資格があったし、トップクラスの成績なのだから入学の許可は間違いなく下りる。
(…入学することが決まっちゃったら、結婚出来ない…)
結婚は出来るかもしれないけれども、学校生活が最優先。ハーレイとの暮らしよりも先に授業やレポート、二人でのんびり過ごす時間が取れるかどうかが分からない。
それより何より、両親の姿勢。学校へ行くなら学校だけ、と言われることが目に見えていた。
生まれつき身体が弱いブルーに結婚生活との両立は無理だと、結婚は卒業してからだと。
(…やっぱりハーレイと結婚したいよ…)
思い切って打ち明けてみるしかない、と決心を固めたのだけど。
(パパに言う? それともママ…?)
二人が揃っている時に言うより、どちらか片方。その方がいい、という気がした。二対一より、一対一。きちんと向き合って話をするなら、一対一の方が頑張れそうだ。
父に話すか、母に話すか。
どちらにしようかと考えた末に、当たって砕けろと階段を下りた。
リビングに父が居たならば、父に。
母だったならば、母に。
二人揃っているようだったら出直すのみだ、とリビングをそうっと覗いてみて。
(あ…!)
パパだ、とブルーはゴクリと唾を飲み込んだ。
のんびりと新聞を広げている父。母の姿は見当たらないから、今がチャンスだ。震えそうになる手をキュッと握って、リビングへと足を踏み入れた。父が座るソファの隣に立つ。
「パパ……」
「どうした、ブルー?」
新聞から顔を上げた父に、捻りもせずに切り出した。真っ直ぐに父の瞳を見詰めて。
「パパ、ぼく…。上の学校へ行くんじゃなくって、結婚したい」
「結婚!?」
父はバサリと新聞を閉じてテーブルに置くと、「此処に座りなさい」と隣を指差した。ソファに並んで腰掛けたブルーに、父が真面目な口調で尋ねる。
「お前、ガールフレンド、いたのか?」
「ううん…。ガールフレンドじゃなくて、ボーイフレンド」
「なんだって!?」
いつの間に、と仰天する父に打ち明けた。
ハーレイが好きだと、前の生からの恋人なのだと。
前は結婚出来なかったから、今度は二人で暮らしたいと…。
「うーむ…」
父はブルーの話を遮る代わりに最後まで聞いて、難しい顔で腕組みをした。
「お前の気持ちは分かったが…。結婚したいというのも分かるが、お前は子供で…」
年はともかく、こんなに小さい子供だからな…。
何処から見たって結婚どころか、学校に入ったばかりです、って子供ではなあ…。
「だけど、パパ…」
前のぼくだって小さかったよ、と成長を止めていた頃の話をブルーはしようとしたのだけれど。
「ブルー」
父に真剣な瞳で問われた。
「お前、ハーレイ先生とはどうしていたんだ?」
ソルジャー・ブルーだった頃から恋人同士だったと言ったな?
ハーレイ先生といつもどうしていたんだ、お前の部屋で。
パパもママも何も知らなかったから一度も覗かなかったが、恋人同士で会っていたんだろう?
パパたちが覗きに行かない間に、お前たちは何をしてたんだ?
「…何も」
何もしていないよ、話していただけ。
それと、たまにぼくがハーレイにくっついてただけ…。
「本当か?」
「うん」
ブルーが頷くと、父は「手を出しなさい」と重々しく言った。
「えっ?」
「本当だったら見せられるだろう、お前の心」
お前が嘘をついてないなら、パパに見せられる筈だよな?
ハーレイ先生とどうしていたのか、いつも二人で何をしてたか。
父の言葉にブルーは震え上がったけれど。
とことん不器用なブルーのサイオンは遮蔽すら出来ず、心を覗き込まれてしまえば隠せない。
今日まで大切に抱え込んで来た、ハーレイとの記憶。優しくて暖かなブルーだけの記憶。それを全て父に明け渡すのかと思うと辛いけれども、そうするより他に道は無かった。
(…パパ、疑っているんだものね…)
仕方がない、と右の手を出した。
遠い日にメギドで凍えた右の手。ハーレイの温もりを失くしてしまって、冷たく凍えたブルーの右手。今のハーレイが何度も温めてくれて、温もりを移してくれた右の手。
父がその手を大きな手で握り、サイオンが絡み合ってゆく感覚。
(…全部、見られちゃう…)
何もかも全部、とブルーが首を竦めた途端に、父の手がパッと右手を解放して。
「…そうか、優しい先生だな」
いい恋人を持ったな、お前、と父の瞳が優しくなった。
ハーレイ先生はいい先生だと、流石はキャプテン・ハーレイだと。
「…パパ…?」
どういう意味か、と首を傾げたブルーの頭を父の大きな手がポンと叩いた。
「キスも駄目とは、いい先生でいい恋人だ。こんなに優しい人は、そうそういないぞ」
チビのお前には値打ちが分かっていないんだろうが…。
うん、ハーレイ先生にならチビのお前でも任せられるか。
結婚したいと聞いた時にはパパも驚いたが、ハーレイ先生ならいいだろう。
「ホント!?」
「ああ。ママにはパパから言ってあげよう」
それからお前も一緒に相談しなきゃな。
「何を?」
「決まってるだろう、ハーレイ先生との結婚式さ」
「わあっ…!」
ありがとう、パパ!
ぼく、ハーレイと幸せになるから。
今度こそ二人で幸せになるから、パパも見ててね、ぼくの幸せ…。
父の手を取って、頬を摺り寄せていたブルーだけれど。
(…あれ?)
其処でパチリと目が覚めた。ブルーの隣に父はいなくて、自分のベッド。
(…パパは…?)
いつの間に眠ってしまったのだろう、と目をゴシゴシと擦って、その手を暗い中で眺めて。
父に「出しなさい」と言われて出した手。メギドで冷たく凍えた右の手。
やっぱり小さな子供の手だな、と寝起きの頭でぼんやりと考えていたのだけれど。
(…今のぼくって…)
十四歳だ、と一気に砕けてしまった夢。
卒業の日も、十八歳を迎える誕生日が来るのも、まだずっと先の未来のこと。夢だったのか、と酷くガッカリして、頬っぺたを抓っても自分は十四歳のまま。
(…結婚式も挙げられなかったよ…)
どうせ夢なら、結婚式まで見たかった。十八歳になっても小さいままだなんて、正夢になったら困るけれども、見てみたかった結婚式。ハーレイといつか挙げたいと願う結婚式。
(…チビだったなんて、あんまりだけど…)
縁起でもない、とブルッと震えて、キュッと握った小さな右手。夢の中で父に預けた右の手。
手を出しなさい、と言われた時には怖かったけれど…。
(…そっか、ぼくがチビのままで大きくならなかったら…)
キスすら交わしていなかったことは武器になるのか、と納得した。
ハーレイが許してくれないキス。前の自分と同じ背丈になるまでは駄目だ、と断られるキス。
(…パパ、いい恋人だって言ってたもんね…)
いい恋人だと、こんなに優しい人はそうそういないと。
それならば耐えていかねばなるまい。
たまには強請ってみたいけれども、ハーレイはきっと断るから…。
夢に見た未来・了
※もうすぐ十八歳になるのに、どうなるのだろう、と心配していたブルーですけど。
お父さんに許して貰えた結婚、けれど目覚めてみたら夢。将来に希望が持てたかも…?
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