シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(うーん…)
今日はあんなに食べたのに、とブルーは大きな溜息をついた。自分にしては頑張って食べた筈の夕食、学校での昼食も残さずに食べた。普段だったら残してしまうか、友達に譲る量だったのに。
未だに伸びてくれない背丈。ハーレイと再会した五月から全く伸びない背丈。
百五十センチのままの背丈が前の自分の背丈と同じにならない限りは、ハーレイはキスも許してくれない。百七十センチだったソルジャー・ブルーがブルーの目標。
(あと二十センチもあるのに、伸びないんだよ…)
夏休みの間にぐんと背丈を伸ばした友達にコツを訊いたが、「とにかく食ってた」という返事。その後も順調に背が伸びている友人たちを捕まえて訊いては、同じ返事を貰っている。
「まずは食べないと」が皆の共通した意見。ブルーのように食が細くては伸びはしないと、今の食事の量では駄目だと。
沢山食べるということについては、大好きなハーレイも同意見。ブルーの家で食事を食べてゆく時の決まり文句が「しっかり食べろよ」で、「もっと食べろ」とおかわりを器によそってくれる。
ただしハーレイの場合は「ゆっくり大きくなれよ」の言葉もオマケにつくのだけれど。
自分がどれだけの量を食べたか、分かりやすそうなものが体重計だと思った。バスルームの隣に置いてあるそれに、今夜も乗ってみたというのに。
(増えていないよ…)
昨夜見たのと変わらない数字。あれだけ頑張って食べた食事は何処へ消えたと言うのだろう?
(…減ってないだけマシかもだけど…)
体重を計り始めて数日になるが、ブルーの努力はまるで反映されなかった。背丈と同じで体重も増えず、どんなに食べても表示される数字は変わってくれない。
(体重が増えないから、背も伸びないわけ…?)
背丈を伸ばすには栄養が要るし、その栄養は食事で得るもの。食べた食事が養分になって身体を育てることくらい分かる。食べた直後は体重が増えて、それから背丈を伸ばす方にゆく筈。
けれども増えてくれない体重。食べた分だけ重くなりもせず、同じ数字の体重計。
(ぼくって栄養、摂れていないの…?)
たまに体重計に乗っていたけれど、大して気にしていなかった。お風呂上がりに其処に在るから乗ってみただけで、計り終わったら綺麗に忘れた。
背丈ばかりに気を取られていて、意識していなかった体重。
(前のぼくって…)
何キロくらいあっただろうか、と今の自分と変わらなかった頃の記憶を手繰った。
成人検査を受けた時の姿で成長を止めてしまっていたから、アルタミラからの脱出直後は恐らく今と変わらない筈。そこからぐんぐん背が伸びていって、一番の成長期だった頃。
きっと参考になるであろう、と遠い記憶を探ってみたのに。
(…計ってない…?)
覚えていないのならばともかく、計っていないらしい体重。
人類の船に名を付けただけの初期のシャングリラに体重計は備わっていたが、乗ってみた記憶が全く無かった。恐らくは乗組員の体調管理のために置かれていたと思われる体重計。
確か、医務室ではなく休憩用の部屋に在った筈。誰でも気軽に計れるようにという配慮。
最初から其処に置かれていたのか、何処かから移動させて来たのか。とにかく一目で体重計だと分かる代物、前の自分も眺めていたのに。
(なんで計ってみなかったわけ…?)
どうして、と記憶を引っ張ってみても、理由は思い出せなかった。
(これじゃ参考にならないよ!)
役に立ってくれない、前の自分の身体のデータ。
せっかく体重計が置いてあったのだし、乗ってみてくれれば良かったのに…。
参考にしようにもデータが無かった、前の自分の成長期。
背丈は自分では測りにくいが、体重の方は体重計に乗りさえすれば簡単に分かる。その数字さえ記憶に残っていたなら目安になるのに、記憶どころか計ってもいない。
(…体重が増えるのと、背が伸びるのと、どっちが先?)
体重だろうと思うけれども、決め手に欠けた。
(食べないと大きくなれないんだから、体重が先に増えそうだけど…)
前の自分はデータが無いから話にならない。これは先達に訊くしかない、と翌日、学校で友達を捕まえて訊いてみた。身長と体重、どちらが先かと。
「えーっ? どっちが先って言われてもなあ…」
「でもさ、冬ってあんまり伸びなくないか?」
「そういえば夏だな、夏休みにググンと伸びるヤツって多いよな!」
ワイワイと大勢が集まって来て始まった時ならぬ身長談義。
その結果として、夏場は身長、冬は体重が増える傾向にあるという意見が多数を占めた。
(…冬は体重なんだとすると…)
帰宅したブルーはおやつを食べた後、部屋で考え込んでいた。
友人たちの意見が正しいとすると、今の季節に身長の伸びは期待できない。日毎に秋が深まっていって寒い冬へと向かう時期だし、体重しか増えてはくれないだろうか?
けれども、その体重すらも心許ない。どんなに食べても体重計の表示は変わってくれない。
(ハーレイみたいに凄く大きくなる人もいるのに…)
自分はどうして駄目なのだろう、と思った途端に閃いた。それだ、と手を打つ。
今の学校の教職員の中では一番体格がいいハーレイ。シャングリラに居た頃も一番だった。
(そうだよ、ハーレイは前の時から大きいんだよ!)
あれだけ大きく育ったハーレイなら、背を伸ばすコツを知っている筈。今まで思い至らなかった自分は馬鹿だ、と頭を叩いた。
そうだ、ハーレイに訊いてみればいい。
どうすれば背丈がぐんぐん伸びるか、早く大きくなれるのかを。
世の中うまく出来ているもので、思い付いて間もなく来客を知らせるチャイムが鳴った。窓から見下ろせば、庭の向こうの門扉の所に見慣れた人影。仕事帰りに寄ったハーレイ。
(やった…!)
早速訊こう、と母がテーブルにお茶とお菓子を置いて去って行った後、身を乗り出した。
「ハーレイ、背を伸ばすコツって何?」
「はあ?」
いきなり何だ、とハーレイはティーカップを持ったままで目を丸くしたが、ブルーは負けない。
「背だよ、身長! どうすれば伸びるの、ハーレイみたいに大きくなれるの?」
「そういうコツか…」
なるほどな、と頷くハーレイ。瞳を輝かせて答えを待ったブルーだけれど。
「いつも言ってるだろ、しっかり食えと」
「…それだけ?」
「運動もいいんじゃないかと思うが、お前は無理だし…」
弱いからなあ、スポーツどころか体育だって見学のことが多いだろうが。
だからとにかく食べることだな。
食べろと言われてブルーは失望しかかったけれど、運動も効果があるという。ハーレイは無理と決め付けて来たが、遠い記憶に残っているもの。初期のシャングリラでやっていたこと。
「…前のぼくみたいに散歩とかは?」
エラやブラウに連れられて船内を散歩していた。運動になると連れ歩かれた。
「あれなあ…。今のお前が散歩したとしても、さほど効果は出ないだろうな」
前のお前は長いこと檻に閉じ込められて暮らしてたんだし、あれでも刺激になったとは思う。
しかしだ、今のお前は違うだろう?
バス通学でもバス停までは歩いてるんだし、まるで動いてないわけじゃない。
そもそも劇的に身長を伸ばすためにはスポーツだしな。
「それで伸びるの?」
「伸びるヤツもいるが、個人差だなあ…」
まるで運動しないよりかは伸びるんだろうが、背が高くなるかは別問題だ。
同じようにスポーツをやっていたって、みんな身長はバラバラだろうが。
「そっか…」
コツも秘訣も無いらしい、とブルーは落胆したのだけども。
(そうだ、体重…)
大きく育ったハーレイの場合も冬は背が伸びずに体重が増えていたのだろうか、と気になった。もしも冬場も伸びていたなら、自分の今後にも希望が持てる。これからの季節は伸びてくれないと諦めるにはまだ早い。
「ハーレイ、冬は体重だった?」
「体重?」
「みんなが言うんだ、冬は太る、って」
背が伸びる代わりに体重が増える季節が冬だって言うんだよ。
ハーレイも同じで冬は体重?
「そうだな、冬はあんまり伸びなかったかもしれないなあ…」
背を伸ばすよりも脂肪を貯めなきゃいかんしな?
「なんで?」
「身体が寒くないように、だ」
動物だと冬毛ってヤツがあるだろ、夏よりもモコモコした毛だな。
人間は毛皮を持ってないから、防寒のために脂肪を貯める。そいつを使って暖を取るのさ。
「やっぱり冬は体重なんだ…」
ハーレイでも冬場は背が伸びにくかったと知ったブルーは残念に思い、それと同時に心配事。
「だったらぼくって、これから下手に食べたら太るの?」
「…太る?」
「うん。体重だけ増えて行くのかな、って…」
頑張って食べるようにしているんだけど、体重、全然増えないんだよ。
だけどこれから寒くなったら、背が伸びる代わりに太っちゃう?
「そいつは多分、無さそうだが…」
「どうして?」
「太った分だけ、あっさり病気で持ってかれそうだ」
風邪を引きやすい季節になるからなあ…。
お前、寝込んだら食わなくなるしな。野菜スープのシャングリラ風だけじゃ栄養は摂れん。
だからだ、太るかもしれんと思う前に食え。
俺がお前くらいのガキの頃には、年がら年中食っていたから。
「それが背を伸ばすためのコツってヤツなの?」
「コツと言うより基本だな」
食わないと栄養が入らないから、背も伸びない。
まずは栄養を摂れってことだな、太るだの何だのと言っていないで。
体重なんぞはお前の年ではほんのオマケだ、背を伸ばすための。
太り過ぎかもと心配するのは大人になった後でいいのさ。
オマケだと言われてしまった体重。ブルーの年ではオマケに過ぎないと。
そういうものか、と思ったけれども、そのオマケすらも分からない前の生の自分。体重を計った記憶さえ無い、今の自分と変わらないほどに小さかった頃の前の生の自分。
オマケならばそれでもいいのだろうか、と考えながらポツリと口にしてみた。
「…前のぼくの体重、分からないんだよ」
体重計があったのは知っているのに、一度も計っていなかったみたい。
今のぼくの体重が足りているのか、足りていないのか、参考にしようと思ったのに…。
「俺もだ、途中からしか計っていないな」
思わぬ言葉に、ブルーは赤い瞳を丸くした。
「ハーレイもなの?」
「全然気にしていなかったしなあ、体力作りに体重は関係無いってな」
それとも乗る気にならなかったか。体重計ってヤツを避けていたかもしれないな。
「どうして?」
「忘れちまったか? お前は長いこと捕まってたしな」
成人検査の前に計っただろう、体重を。
あの忌々しい機械に入れられる前に、検査だからって計っていたぞ。
「あっ…!」
思い出した、とブルーは叫んだ。
遠く遥かな昔の記憶。成人検査を受ける直前の記憶…。
ジョミーたちの時代と違って、成人検査は文字通り検査を装った代物だった。十四歳の誕生日を迎えた子供は医療施設のような場所に集められ、検査用の服に着替えさせられた。
待合室の椅子に座って順番を待って、呼ばれた者から検査室へ。係の看護師から「次はあなたの番よ」と告げられた時には、ただの検査だと思っていた。成人検査がどんなものかも知らずに。
連れてゆかれた検査室。係に促されるままに体重計に乗った。数値は覚えていなかったけれど、確かに乗った記憶があった。
体重を計って、それから上半身の服を脱いで検査用のパッドを幾つも貼られた。台に寝かされ、送り込まれたスキャン用の医療機器を思わせる機械。それが成人検査のための装置で、記憶を全て消し去る機械。
一切の記憶を捨てろと指示され、嫌だと叫んだ。それが地獄の始まりだった…。
「…ぼくは検査だと信じてたんだよ、何かを調べるだけだって…」
「俺だってそうだ。健康かどうか、病気は無いかと調べるモンだと思っていたな」
なにしろ係が看護師だったし、場所も病院だったしな?
まさか記憶を消されるだなんて思わんさ。おまけに検査に落っこちた後があの地獄だ。
記憶はすっかり失くしちまったし、検査の前にはどんな所で暮らしてたのかも覚えてないが…。
成人検査が始まりだったことは忘れなかった。
そのせいで、体重計が置いてあるのを見たって計りたい気持ちにならなかったかもな。
体重を計ったら検査が待ってて、ロクでもないことになるんだからな。
俺は育ってしまっていたから、検査を受けた時の俺とは少し事情が違ったわけだが…。
お前の場合は全く育っていなかったんだ。余計に嫌な気分になるさ。
体重計に乗るのは嫌だと、乗ったら地獄が待っているとな。
「…それで計っていなかったのかな?」
ぼくは忘れてしまっていたけど、記憶の何処かに引っ掛かってた?
「多分な。今は思い出せたろ、完全に忘れちゃいなかったんだ」
だから体重計を避けたし、乗ってみようとも思わなかった。
もっとも、アルタミラで散々痛めつけてくれた研究者どもの方では、だ。
データを取るために何度も計っていただろうなあ、俺たちの体重。
その気になったら実験用の設備でいくらでも計れて、ちゃんと記録も残せるからな。
「そうかもね…」
計っただろうね、とブルーは自分を酷い目に遭わせた様々な装置を思い浮かべた。台に仰向けに拘束されたり、ガラスケースに入れられたり。
前の自分が計ろうともしなかった体重はきっと、研究者たちが常に計っていたのだろう。
自分の記憶には無い体重。乗ってもみなかった体重計。
ハーレイでさえも無意識の内に避けたというそれを、使っていた者はいたのだろうか?
もちろん船の中が落ち着いた後には使われていたし、ハーレイも計っていたとは聞いたが…。
「ねえ、ハーレイ。…あの体重計、誰か体重、計ってた?」
ハーレイが計るようになるよりも前。
アルタミラから逃げ出して直ぐに、計ってたような人って、いた?
「俺が知ってるのはブラウとエラだな」
「計ってたの?」
「ああ。俺が通ったら「見るな」と叱り付けられたが」
失礼だろ、って睨まれたな。女性が体重を計っているのに見るヤツがあるか、と。
「なんで?」
「女心というヤツさ。今のお前の学校の子だってそう言ってないか?」
体重を訊くなんて有り得ないとか、絶対教えてやらないとか。
成人検査の前の記憶は消えても、そういった部分はちゃんと残っていたんだろう。
体重が重いか軽いか以前に、ロクな食い物が無かったのになあ…。
安全な環境になった途端に気になってくるってヤツなんだろうな、自分の見た目が。
ブラウもエラも、成人検査の前に体重を計られた記憶が消えてしまっていたとは思えん。
本当だったら体重計を避ける筈だが、それを上回る女心の逞しさだな。
「ふうん…」
凄いね、とブルーは感心した。
ハーレイですらも避けて通った体重計を使っていたらしい、ブラウとエラ。今の学校でも女子は体重を気にするけれども、そうした記憶は機械に全てを奪われた後も残るものかと。
(…ぼくもハーレイも、体重計を避けていたのに…)
それを積極的に利用しようという姿勢は実に逞しい。二人が後に長老になったのも当然だろう。船を束ねる者になるには精神的な強さが要る。あの頃から既に強かったのか、と驚くばかり。心に負わされた負の記憶をさえ凌駕するほどに、前向きに生きていたのかと。
(なんだか凄い…)
前のぼくでも負けていたかも、と二人の女性の強さに思いを馳せたブルーだったが。
「そういや、ゼルも計っていたかもしれん」
「ゼル?」
意外な名前に、ブルーはキョトンと目を見開いた。
アルタミラから脱出する時に事故で弟を亡くしたゼル。暫くは落ち込み、自分を責めてばかりの日々だったけれど、立ち直った後は陽気になった。頑固ながらも周囲に笑いが絶えなかったゼル。
そんなゼルだから、強そうではある。
体重計への恐怖心をも捻じ伏せそうな気はするのだけれども、ゼルが体重を気にする理由が全く頭に浮かんでこない。ブラウたちと違って女心は絶対に無いし…。
何故、と首を捻るブルーに、ハーレイは「計っていたかどうかは謎なんだがな」と苦笑した。
「計ったことがあったのかどうか、そこまでは知らん。ただな…」
ゼルと俺とが喧嘩友達だったことは知ってるだろう?
本気で殴り合ったりするわけじゃないが、一種のコミュニケーションってヤツだ。
そいつで俺にデカブツと喧嘩を売って来た時、「お前は俺の何人分だ」と悪態をな。
独活の大木とか、無駄飯食いとか。無駄にデカイと言いたいわけだ。
「…それで?」
「ちゃんと計って白黒きちんとつけようじゃないか、とゼルも譲らん」
受けて立たんと男がすたるし、二人揃って計りに行った。そいつが俺の初計測だな。
「えっ…。どうなったの、それ」
「ゼルが先に乗って、その後に俺で。俺が乗った時、やはりデカブツだと言いやがった」
自分の三人前はあるとか、デカイばかりで中身が無いとか。
それはそれは酷い言いようだったな、ゼルの口の悪さは有名だしな?
ハーレイとゼルの喧嘩はブルーも何度も見ていたけれども、体重勝負は初耳だった。ハーレイの初計測がそれだと聞いたら、結果がとても気になってくる。
「ハーレイ、ホントのトコはどうなの?」
ゼルの三人前も体重、あった?
「いや、三人前は流石に無かった」
「そうなんだ…。って、ハーレイ、体重は何キロあるの?」
喧嘩で計った時じゃなくって、今のハーレイ。
キャプテン・ハーレイだった頃と変わらない今のハーレイだと、体重、何キロ?
「今のお前なら二人前はあるさ。三人前かもしれないな?」
「……嘘……」
そんなに重いの、とブルーは仰天したのだけれど。
「嘘って、お前…」
前の俺と変わっていない筈だぞ、少なくとも俺の記憶では。
もしかして、お前、前の俺の体重、知らないのか?
「知らないも何も、聞いたことがないよ!」
「ふうむ…。特に隠すような理由も無いが、だ」
本当に俺は教えなかったか、俺の体重。その辺はどうも記憶に無くてな。
「聞いたかもしれないけれども、忘れた!」
覚えていないよ、そんな前のこと。
前のぼくがチビだった頃に体重を計っていたかどうかも忘れていたのに、覚えていないよ!
自分のことでも忘れているのに他人の分まではとても無理だ、とブルーは頬を膨らませた。
けれども気になる、ハーレイの体重。今の自分の三人前かもしれない体重。
膨れっ面をしている場合ではない、と頭を切り替え、好奇心に溢れた瞳で訊いてみた。
「…それで、何キロ?」
ハーレイ、体重、何キロあるの?
ねえ、と鳶色の瞳を覗き込んだのに。褐色の肌の恋人はニヤリと笑ってこう言った。
「内緒だな」
前のお前も覚えてないなら、今度も内緒にしようじゃないか。
チビのお前には、どうせ関係ない話だしな?
「…なんで?」
「俺の体重で潰されてしまう心配が無い」
そういう頃になったら教えてやるさ。
こんなに重いから用心しとけと、寝てる間に下敷きになって潰されるなよ、とな。
「寝てる間って…」
それがどういう時を指すのか、ブルーには直ぐに分かったけれど。
同時にその日が遥か未来まで来てくれないことも分かってしまって、愕然とした。
知りたいのに教えて貰えない。ハーレイは体重を教えてくれない。
「…内緒なの?」
本物の恋人同士になれるまで内緒?
ぼくが潰されそうになるまで、ハーレイ、教えてくれないの?
「ああ、秘密だな」
お楽しみが一つ増えただろうが。俺の体重、知りたかったら頑張って大きくなるんだな。
「……そんな……」
大きくなれないから訊いてたんだよ、体重の話!
酷いよハーレイ、酷いってば!
内緒だなんて、とブルーは懸命に食い下がったけれど、ハーレイは笑うだけだった。
結局、体重は教えて貰えず、当初の目標だった背丈を伸ばすコツも秘訣も得られないまま。
夕食を終えたハーレイは「またな」と帰ってしまって、部屋にポツンと残されて終わり。
(…なんにも収穫、無かったんだけど!)
うっかり体重にこだわったばかりに、ブルーの疑問はもう一つ増えた。好きでたまらない恋人の体重が分からないだなんて、酷すぎる。ハーレイのことなら全て知りたいのに、増えた謎。
(…ハーレイの体重、何キロなんだろ…?)
押し潰される危険が出るまで、教えて貰えない恋人の体重。今の自分の二人前は余裕で、三人前かもしれない体重。
(…前のぼくって、答えを知ってた?)
忘れてしまったのなら思い出さねば、と懸命に記憶を手繰ったけれども、引っ掛からない。何度探っても答えは出なくて、悩みながら眠ったブルーだったけれど。
(えーっと…?)
次の日の朝、目覚めたブルーは素晴らしいアイデアに恵まれた。
(そうだ、友達に訊けばいいんだ!)
柔道部に所属している友達だったら、ハーレイの体重を耳にしたことがあるだろう。知りたいと言えば、きっと教えてくれる筈。ハーレイはブルーの守り役なのだし、何も不思議に思わずに。
(うん、それがいいよ!)
そうしよう、と決めた途端に、「それでいいの?」と聞こえた心の声。ブルー自身の心の声。
秘密を簡単に知っていいのかと、未来の自分に残しておかなくていいのかと。
(…ハーレイ、お楽しみだって…)
もしも答えを知ってしまったなら、消えて無くなるお楽しみ。
ハーレイの身体で押し潰されそうな日が来るよりも前に、パチンと弾けて無くなってしまう。
(…お楽しみ、きちんと取っておいた方がいいのかな…)
その方がいい、という気もした。それに訊くならいつでも訊ける。
(…今日でなくってもいいんだもんね?)
知ろうと思えば方法はある、と気付けば心に余裕が出て来た。お楽しみは取っておくのもいい。未来の自分に秘密をしっかり残しておくのも、きっと楽しい。
(…置いておこうかな、ハーレイの秘密…)
いつか大きくなった日のために。前の自分と同じ背丈に育った未来の自分のために。
そうしようかな、と心にお楽しみを仕舞ったブルーは、今朝も頑張ってミルクを飲む。
早く大きくなれますようにと、どうか背丈が伸びますように…、と。
体重の謎・了
※前のブルーの記憶に残っていない体重。嫌な過去があったら体重計に乗りたくないですよね。
そして分からない、ハーレイの体重。教えて貰える時が来たなら、きっと幸せ一杯の筈。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv