シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「ブルー。今日の晩飯、ピンと来なかったか?」
「えっ?」
ぼくはキョトンと目を見開いた。今日はハーレイの仕事が早く終わって、夕食も早め。ゆっくり食後のお茶が飲める、と二人でぼくの部屋に上がって来たんだけれど。ママも「ごゆっくり」って紅茶とクッキーを置いて行ったけれども、晩御飯、何か変わってた…?
考えてみても分からない。具だくさんのオムレツがメインの料理で、肉じゃがにサラダ、それとハーレイのとは違う野菜のスープ。お客さん用じゃない、普段の食卓。
「ピンと来るって…。何に?」
「ジャガイモだが」
「肉じゃが…?」
どうかしたの、と訊いてみたぼく。肉じゃがだなんて、ますます謎だ。
野菜スープならまだ分かるけど、と思った所で閃いた。ハーレイの得意料理だろうか?
「ハーレイ、肉じゃが、得意なわけ?」
「ああ、まあ…。肉じゃがってヤツは料理の定番だよなあ、おふくろの味で」
「そうなの?」
「ずうっと昔は「作って欲しい料理」のナンバーワンだったこともあるらしいぞ」
SD体制よりもずうっと昔だ、この辺りが日本って国だった頃だな。
好きな女性に何か作って貰うんだったら、肉じゃがだ、ってな。
「ふうん…?」
知らなかった、と遥かな遠い昔の地球に思いを馳せてみたんだけれど。
昔と言えば、前のぼくだって遠い昔に生きていた。
でも…。
思い出せない、肉じゃがの記憶。前のぼくは多分、肉じゃがを食べていないから。
「…前のぼく、肉じゃがを食べてない気がするんだけれど…」
好き嫌いは無かった筈なのに、変。
肉じゃがの時には寝込んでたのかな、前のぼくって。
「食ってなくって当たり前だろ、前の俺だって作っていない」
俺がキャプテンになった後もだ、誰も作っちゃいないのさ。
出汁も醤油も無い世界じゃなあ…。肉じゃがを作っても別物になるしな。
「そっか…。肉じゃが自体が無かったんだ?」
「うむ。ジャガイモとタマネギと肉があればだ、煮込み料理になっちまったろうな」
ブイヨンで煮込むとか、トマト煮込みとか。
そいつはどう見ても肉じゃがじゃないぞ。あの味にはならん。
「ふふっ、そうだね」
それでハーレイ、今は肉じゃが、得意なの?
「得意と言うか…。バリエーションも色々あるしな、味噌バター味にするとかな」
「そうなんだ…。今日の肉じゃが、もしかして、お母さんのと同じ味だった?」
ハーレイのお母さんが作る肉じゃが。
ぼくのママのパウンドケーキと同じで、今日の肉じゃが、ハーレイのお母さんの味?
「いや?」
「じゃあ、なんで…」
どうして肉じゃがでピンと来るわけ?
ハーレイのお母さんの味だから覚えておけよ、って言うんだったら分かるんだけど…。
分かんないよ、と首を傾げたぼく。
前のぼくが食べていない肉じゃが。あの時代には無かった肉じゃが。
それを上手に作れるんだぞ、っていう料理自慢だったりするんだろうか?
バリエーションが豊富なんだから、肉じゃがだけでも何十種類も作れちゃうとか…?
「違うな、俺が言うのはシャングリラ時代のジャガイモ地獄だ」
「ジャガイモ地獄?」
その言葉だったら何回も聞いた。シャングリラがまだ自給自足じゃなかった時代に、前のぼくが奪った食料の一つ。やたらジャガイモばかり多くて、来る日も来る日もジャガイモだった。
だけど…。
「ハーレイ、さっきシャングリラに肉じゃがは無かった、って…」
「無かったんだが、だ」
記念すべき作物だったな、と思い出してな。
シャングリラで最初の自給自足の、一番最初の収穫物だ。
「えっ…?」
そうだったっけ、と記憶を手繰ってみたけど、ハーレイが言うようにピンとは来ない。
「いろんな作物を植えてみたように思うんだけど…。ジャガイモが最初に収穫できた?」
「その辺は俺も記憶に無いな。航宙日誌を調べれば多分、書いてあるだろうが」
「それじゃ、どうして一番最初がジャガイモだって…」
「言ったろ、ジャガイモ地獄だと」
前のお前が山ほどジャガイモを奪って来ちまって、ジャガイモ地獄だ。
俺は毎日、ジャガイモ料理と格闘してたが…。
あの頃は自給自足だなんて誰も考えちゃいなかったんだが、覚えていないか?
「ああ…!」
思い出した、と手を打ったぼく。
確かにシャングリラで一番最初に出来た作物はジャガイモだった。
前のぼくが沢山奪い過ぎたジャガイモ。正確に言うなら、偏り過ぎてしまった食材。
ジャガイモの料理ばかりが続いて、前のハーレイが奮闘したって飽きが来る。食堂でジャガイモ料理を前にする度、文句の一つも言いたくなる。
食べ物と言えば餌しか無かったアルタミラを思えば、うんと贅沢な毎日だけど。ジャガイモ料理だけしか無くても、ちゃんと調理された立派な食べ物。人間が食べるためのもの。
そういったことは誰だって分かっているんだけれども、ジャガイモばかりじゃ愚痴だって零す。
愚痴が言えるのも自由の証拠で、ぼくは「ごめんね」と舌を出したし、みんなも「ジャガイモはもう勘弁な」なんて言いつつ、笑って食べてた。
そんな毎日がどのくらい続いたんだろう?
ある日、誰かがポロッと零した定番の愚痴。ジャガイモ地獄で聞き慣れた言葉。
「もう食えねえぞ、こんなにジャガイモばっかり出されてもよ」
「ふむ…。食べられないなら植えてみるかね?」
ヒルマンが食堂で投げた言葉に、船のみんなが驚いた。
植えてみるって、このジャガイモを?
ジャガイモを植えたら、それでジャガイモが出来るんだろうか…?
人類の船から奪った食料は多かったけれど、栽培しようとは思わなかった。キャベツもトマトも食べていただけで、育てようと思いもしなかった。
野菜を育てるには専用の設備や苗が必要で、名前だけの楽園だったシャングリラではとても無理だと分かっていたから。
けれども、大量に奪ったジャガイモ。みんなが飽き飽きしているジャガイモ。
ヒルマンが言うにはジャガイモは痩せた土地でも出来る作物で、余っているのなら娯楽を兼ねて作ってみたらどうかって意見。
面白そうだ、と皆が飛び付いた。
ジャガイモはまだまだ山ほどあるから、植えてみるのもいいんじゃないかと。
それが前のぼくたちが初めて自分たちの手で育てた作物。
シャングリラで最初に栽培された作物はジャガイモだった。遊び半分だったけれども。
観葉植物を引っこ抜いて空けたプランター。
植わっていた観葉植物の方は、エラが「勿体ないでしょ?」と水耕栽培にした。プランターから水に移された後も、観葉植物は元気に生きてた。
その観葉植物から失敬した土に野菜くずとかを入れて土作り。ヒルマンがせっせと頑張った。
土が出来上がって、さあ、植えるぞという段階になって。
「ヒルマン、本当にこれを切るのかい?」
「切っちまったら腐らないか?」
みんなが目を丸くした種イモとやら。ヒルマンは植えるジャガイモを切ると言うんだ。大きめのジャガイモを選んだ種イモ。それを三つや四つに切るって、持って来たナイフ。
ぼくも「切るの?」と覗き込んだけど、ヒルマンは自信満々で。
「ジャガイモはこうして増やすんだそうだ」
丸ごと植える方法もあるそうなんだが、これが基本だ。
そして切り口が腐らないよう、灰をまぶしておくわけだな。
こうやって、と種イモを切ってしまったヒルマン。切り口に灰をまぶして、それから土の中へ。上からたっぷりと土を被せて、「これでいいだろう」と頷いた。
(切って埋めちゃったよ…)
前のぼくはもちろん、船中のみんなが半信半疑。切って埋めたら腐るだろう、って。
だけどジャガイモ栽培は娯楽。余っているからやってみただけで、駄目で元々。
(ヒルマン以外は、誰も育つと思ってないしね)
植え付けただけで充分満足、生えて来なくても別にかまわないという感覚で見てたプランター。ある日、其処から芽が出た時にはビックリした。シャングリラ中が騒ぎになった。
ジャガイモの芽なんか知らないけれども、観葉植物とはまるで違う葉っぱ。
そういう植物が生えて来たならジャガイモなのだし、ヒルマンのやり方は正しかったんだ。
種イモをナイフで切っちゃったけれど。腐るんじゃないかと思ってたけど…。
だけどやっぱり、切られたジャガイモから芽が出るだなんて信じられないから。
前のぼくなんかはサイオンで透視してみたくらい。
本当にこれはジャガイモなのか、って。
ジャガイモの芽はちゃんと種イモから生えて来ていた。
日に日に大きく育っていく芽。そのまま世話をするのかと思ったら、ヒルマンが「頃合いを見て芽を減らす」って。一個の種イモに沢山の茎を置いておいたら駄目らしい。
そこそこ育って来たな、と覗きに行ったら本当に芽を減らしてた。沢山あるのを一本か二本に。
「どうして減らすの?」
「養分が葉や茎の方に行ってしまって、大きなジャガイモが出来ないそうだ」
だから元気そうな茎を選んで他は取らねば、と作業をしていたヒルマン。まだ十センチほどしか無かった茎をせっせと調べて、全部の株の芽を減らした。
それから後はこれという作業も無かったけれども、育っていく様子を見るのは楽しい。ぐんぐん伸びて葉をつける茎。日毎に大きくなっていく葉っぱ。
ぼくは観察日記を描いたりもした。娯楽用にと植わってるんだし、観察日記。
土の中はあえて透視しないで、プランターから見える部分だけ。ジャガイモの花が咲いた時には花の絵だけを別に大きく描いてみた。こんな風に立派な花が咲くのに、植える時には種じゃない。なんて不思議な植物だろうと、おまけに切った種イモから生えるだなんて、と。
観察日記を描き始めてから、どのくらい経った頃だったろうか。ジャガイモの葉っぱが少しずつ黄色くなって来た。なんだか元気も無いみたいだから、大丈夫なのかとヒルマンに訊いた。
「ジャガイモ、枯れてしまいそうだよ?」
すっかり黄色くなってしまうよ、このままだと。
「ふうむ…。そろそろ収穫期か」
「枯れそうなのに?」
「そういうものだ。茎も葉っぱも要らなくなったという印だな」
ジャガイモが出来上がったんだ。もう養分は必要無いから、こうして地上の部分が枯れる。
「じゃあ、土の中にはジャガイモがある?」
「もちろんだとも。明日にでも皆で掘ることにしよう」
希望者を募って、とヒルマンが夕食の時に募集をしたら、沢山の手が挙げられた。ぼくも一緒になって手を挙げ、次の日はみんなで掘ることになった。
プランターで育てて来たジャガイモ。
船にあった園芸用のスコップを持って、ヒルマンの指図で、傷つけないように、そうっと。土を少しずつ交代で剥がした。全員分の数の株は無いから、グループを作って一株ずつ。
慎重に土を取り除いていって…。
「イモだ!」
誰かが叫んで、後はあちこちで次々に歓声。ぼくが掘ってた株にもジャガイモ。土の中から顔を覗かせた、丸々と太った見事なジャガイモ。
(ホントにジャガイモ、出来ちゃったよ…)
みんなで頑張って掘り起こしてみたら、ヒルマンが最初に植えた種イモはすっかり縮んで小さくなってしまっていた。
不思議な植物。
切ってあったのに生えて来るなんて。
花だって咲いていたというのに、種じゃなくって切った種イモから育つだなんて…。
シャングリラで初めての収穫物だった、プランターのジャガイモ。前のぼくがやったジャガイモ地獄の副産物。ハーレイから聞くまですっかり忘れていたけれど…。
「あれ、塩だけで食べたんだっけ?」
みんなが食べるだけの量は充分あったけれども、料理じゃなくって塩だったよね?
「ああ。ホクホクに茹でて、塩だけだったな」
それでも美味いと思ったもんだ。自分たちで育てたジャガイモだからな。
「うん。美味しいからって、種イモも残しておいたんだっけね」
ぼくたちはジャガイモ地獄も忘れて、次の代のジャガイモを育ててやろうと張り切った。だけど前と同じに育てたジャガイモは、それほど立派な芋じゃなかった。その次の代はサッパリ駄目で。
やっぱり無理か、とガッカリしながら諦めた。
船の中では上手く育たないと、自分たちの手で栽培するには技術が足りなさすぎるのだと。
今から思えば連作障害。同じ畑で同じ作物を続けて育てると起きる現象。
後のシャングリラでは連作障害を回避する方法も分かっていたから上手くやったけど、あの頃のぼくたちは何も知らなかった。
ヒルマンでさえも気付かなかった連作障害。それほどに知識が無かったぼくたち…。
「ねえ、ハーレイ。あれから相当経ってからだよね、本格的な栽培を始めたのって」
「そうだな。俺はとっくにキャプテンだったし、シャングリラの改造案が出て来た頃だな」
うんとでっかい船にしよう、と夢を幾つも盛り込んだっけな。
本当に本物の楽園らしい船にするんだと、名実ともにシャングリラだと。
「そのシャングリラよりも先に立派な畑が生まれていたよね」
船のサイズはそのままだったし、使っていない部分に土を運び込んで。
土とか肥料になるものが採掘できる星を探して、ハーレイ、データと睨めっこだっけ。
ヒルマンと二人でああだこうだと、この星にしようか、別のを探すか、って。
「とにかく自給自足の道を、と俺たちが挑んだ第一歩だしな」
畑作りが上手くいったら食料の方に余裕が出来る。
前のお前に頼りっぱなしでいなくても済むし、まずは食料事情の改善からだ。
土だの肥料だのの採掘で自信をつけたら、他の資源も探して採掘していけばいい。
人類から奪ったものばかりで船を改造したって維持が出来んし、自分たちで補給しないとな。
そのための準備段階でもあったろ、あの畑作り。
前のぼくたちが自分たちの足で前に進むための第一歩。
人類から奪った物資に頼らず、自分たちで全てを賄ってゆくための最初の一歩が畑作りだった。船の中の空いているスペースが畑に変わって、色々な作物を植え付けた。
前のぼくが手に入れた種や苗に混じって、ちゃんとジャガイモも植わっていた。
「ハーレイ、畑に出ていたっけね、キャプテンの制服を脱いでしまって」
他のみんなと変わらない格好で畑を見回って、たまに作業もしてたよね。
耕してみたり、水を撒いたり。
「お前もじゃないか」
ソルジャーは畑仕事はなさらなくっていいんです、とエラが言うのに。
マントも上着も、その辺にヒョイと置いちまって。
「だって、触ってみたいと思わない?」
本物の地面じゃないけど土があるんだよ、プランターと違って畑だよ?
其処に色々なものが生えてるんだし、触ってみたいし、世話もしたいよ。
「そういえば、お前、観察日記を描いてたっけな、ジャガイモの時に」
「あれを描いていたことは忘れてしまっていたんだけれど…」
ぼくたちの船だな、って思うとね。
ぼくが守る船にこんなに立派な畑が出来た、って嬉しかったし、触りたくもなるよ。
「そいつは俺も同じだったな、俺たちの船だと」
この船を俺が動かしてるんだ、と思ったら畑に出てみたくもなる。
俺の指図で動いてる船が畑を作れる所まで来たと、この先ももっと頑張らないと、と。
まだ人類軍とは一度も遭遇したことが無くて、平和だった頃のシャングリラ。
人類の船にも見付からないままで飛んでいたから、ステルス・デバイスだって備えていない船。そういったものは改造する時に付け加えていった。
畑を作り始めた頃のシャングリラはまだ、武装すらもしていなかった。
そんな船だから、万一の時には前のぼくが船ごと守る以外に道は無かったわけなんだけれど。
「…あの頃のぼくが守ってたのって、もしかしなくても、仲間と畑…」
他にはなんにも乗っかってないしね、大切なもの。
居住区や公園が出来る前だし、前のぼくたちが作って乗っけてたものって畑だけだよ。
「そうなるな」
俺も畑が乗っかった船の舵を握っていたわけだ。
仲間の命と畑を乗っけて宇宙を航行してたわけだな、御大層な制服を着てはいてもな。
「そうだよねえ…。そして乗っけてた畑の一番最初は…」
ジャガイモだよね、とプランターに植えてた頃を思い出したらポンと頭に浮かんで来たもの。
畑を乗っけた船のキャプテンに相応しい気がする、素敵な渾名。
「ねえ、ハーレイ。畑を乗っけた船のキャプテンなら、芋キャプテンがいいと思わない?」
ジャガイモで始まった畑だもの。
あの頃のハーレイに渾名を付けるなら、芋キャプテンがいいと思うんだけどな。
「誰がイモだ!」
芋と呼ばれる覚えはない、と眉間に皺を寄せてるハーレイ。
ちょっと素敵だと思い付いたから言ってみたのに、芋キャプテンは好みじゃないんだろうか?
「ハーレイ、芋キャプテンっていうのは嬉しくないの?」
何処が駄目なの、芋キャプテンの。
畑を乗っけて飛んでた船だし、芋キャプテンってピッタリだよ?
「お前なあ…」
その調子では知らないんだな、とハーレイは大きな溜息をついた。
知らないって、ぼくが?
何を知らないって言い出すんだろう、芋キャプテンって言葉は駄目だった?
目を丸くするぼくの頭をハーレイの手がクシャリと撫でて。
「知らないのなら仕方がないが…。今じゃ使わん言葉だからなあ…」
いいか、芋という言葉には意味があってな。
食べる芋とは別の意味でだ、田舎者だとか洗練されていない人を指しているんだ。
「…嘘…」
「本当だ。俺が古典の教師でなければ知らなかったかもしれないが…」
元々は田舎侍の意味で芋侍と言っていたらしい。
侍だからな、SD体制の前どころじゃない、うんと昔の話だな。
芋が名産の辺鄙な田舎から出て来た侍を芋侍と呼び始めたのが始まりだって話もある。
そいつが最初で、田舎者とかを「イモ」と馬鹿にしていた時代があった。
キャプテンの前に芋と付くなら、そっちを連想するだろうが。
「芋って、意味があったんだ…」
知らなかったよ、と答えたぼくだけれども、シャングリラで一番最初の作物はジャガイモ。
そのジャガイモから始まった畑を乗っけてただけのシャングリラなら…。
「だったら、ぼくは芋ソルジャーだね」
畑と仲間だけを守っていた頃の、前のぼくに渾名を付けるんだったら芋ソルジャーだよ。
そしてハーレイが芋キャプテンだよ、ぼくとセットで。
「芋の意味を説明したというのに、俺を芋キャプテンにしたいのか、お前」
「だってハーレイがジャガイモだったって思い出したし、畑の頃には芋キャプテンだよね」
畑はジャガイモから始まったんだし、芋キャプテンでいいと思うよ。
「最初のジャガイモは畑じゃなくってプランターだ!」
おまけに定着しなかったんだぞ、あれっきりで。
畑を作り始めるまでの間に、どれだけ経ったと思ってる。
それに畑はジャガイモだけってわけじゃなかった、色々な作物を同時に栽培し始めたろうが。
やたら芋だと強調しないで、畑くらいにしといてくれ。
「…畑キャプテン…?」
それはちょっと、と唇を尖らせたい気分になった。
畑キャプテンだと呼びにくい。畑ソルジャーだって、響きが悪い。
頭に何かくっつけるんなら、断然、芋の方がいい。芋キャプテンで、芋ソルジャー。
ハーレイは田舎者とか芋侍とか言っていたけど、そんな言葉は今は無いから。古い本でも開いてみないとお目に掛かれない言葉なんだから、芋でもいいと思うんだ。
それにシャングリラで一番最初に採れた収穫物はジャガイモ。
ホクホクに茹でて塩だけで食べた、プランター育ちだったジャガイモ。
自給自足の始まりじゃなくても、あのジャガイモは記念すべきジャガイモだったと思うから。
「一番最初に育ててみたのはジャガイモなんだよ、芋キャプテンでいいんじゃない?」
ぼくは芋ソルジャーでもかまわないから。
あの時代のぼくたちを呼ぶ時の名前は芋にしようよ、芋キャプテンと芋ソルジャー。
ちょっといいでしょ、いつの頃だったか直ぐに分かって。
「芋キャプテンだった頃の話だよ」って言えば通じるもの。
「どうしても芋キャプテンにしたいんだな、お前」
なんだか複雑な気分なんだが、ってハーレイは苦笑しているけれど。
芋キャプテンと対の芋ソルジャーだった頃のぼくは芋侍なんて言葉も知らなかったし、どういう意味かも知らなかった。
あの頃に誰かが「畑がお好きなら芋ソルジャーですね」って言っていたなら、前のぼくは喜んでその称号を貰ったと思う。芋がトマトでも、キャベツであっても。
それくらいに嬉しく思った畑。前のぼくたちが頑張って作った、初めての畑。
ぼくは畑を乗っけた船を守って、ハーレイが舵を握っていた。
まだ畑だけしか無かった船でも、あれがシャングリラの本物の楽園への第一歩だった。
(芋ソルジャーでもいいんだよ、うん)
あの頃は芋が何を指すのか知らなかったのに、今ではハーレイに「芋」って言ったら眉間に皺。芋キャプテンって渾名を付けようとしたら、眉間に皺。
そうして挙句に苦笑いだけど、芋と呼ばれたら困る世界に生まれ変われたから二人で笑える。
芋キャプテンで芋ソルジャーだ、って二人で笑って幸せになれる。
(芋キャプテンで笑えるっていうのは、ぼくたちが幸せな証拠だよね?)
褒め言葉じゃない、芋って言葉。前のぼくなら喜んで貰っておきそうな芋ソルジャーの称号。
だけど今のハーレイは芋キャプテンが嫌で、芋ソルジャーだって乗り気じゃない。
プランターで大事に育ててたジャガイモを芋呼ばわりしてけなせる世界が今の世界で、とっても平和な青い地球の上。
ぼくとハーレイ、二人揃って、芋が別の意味を持っているらしい世界の住人。
芋キャプテンだと嬉しくないらしい世界の住人。
いつかハーレイと結婚したなら、ハーレイに肉じゃがを作って貰おう。
今のハーレイが得意な肉じゃが。シャングリラに居た頃は無かった肉じゃが。
そうして二人で思い出すんだ、美味しい肉じゃがを頬張りながら。
芋キャプテンと芋ソルジャーだった頃の、ずうっと昔のシャングリラを…。
始まりの芋・了
※シャングリラで初めて栽培された野菜はジャガイモ。本物の畑とは違いましたけれど。
初の畑がジャガイモだけに、「芋キャプテン」にされそうなのがハーレイ。それもいいかも?
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