シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「ほほう…」
こいつは使えそうだな、ってハーレイが見ているテーブルの上。パパとママも一緒の夕食の席。仕事帰りに寄ってくれたハーレイのお蔭で食卓がグンと賑やかになって、ぼくも嬉しい。
すっかり家族の一員のハーレイ。料理だってお客様向けの気取った料理じゃなくって、いつもの料理。ママが多めに作るというだけ。
(…使えそうって…。今日の、凝ってる?)
ママが得意なポトフのアレンジ、ちょっぴり豪華に見えるテリーヌ。ポトフをゼラチンで固めるだけの普段の料理なんだけど…。
「ハーレイ、これを何に使うの?」
興味津々で訊いてみた、ぼく。ハーレイは「ん?」と、ぼくの方を見て。
「ちょっとした料理だ、閃いたからな」
「閃いたって…」
何が? と訊き返す前に、ママが笑顔で口を挟んだ。
「あらまあ、参考にして頂けるなんて嬉しいですわ」
ハーレイ先生は料理もお得意なんですってね。ご自分で色々お作りになるとか。
「いえ、それほどでも…」
下手の横好きとも言いますからね。作るからと言って、上手かどうかは別の話ですよ。
「ブルーがいつも言っていますわ、得意なんだよ、って」
ハーレイ先生のお宅で食べたお料理が忘れられないみたいなんですの。
それにキャプテン・ハーレイでいらした頃には、元々はお料理をしてらっしゃった、って…。
「ええ、まあ…」
そうなんです、と苦笑いしているハーレイ。
元は厨房担当でしたと、気付いたらキャプテンになっていただけで、と。
ママは「それじゃ色々と大変だったんでしょうね、お料理担当の頃は」と船の仲間の人数とかを訊いて、「そんなに沢山?」とビックリしてる。作ってる間に疲れそうだと、肩だって凝ると。
「いえ、一人じゃとても作れませんよ」
ちゃんと係がいましてね。これとこれを作る、と指示さえすれば一緒に作ってくれるんです。
私の仕事は主に試作ですね、この材料で何が出来るかと工夫をしたり、古いレシピを探したり。
「なるほど、シャングリラのシェフですな」
パパも話に加わった。
「それで今でも料理が得意でいらっしゃる、と」
「キャプテン・ハーレイだった頃の記憶は全く無かったんですが…」
何処かに残っていたんでしょうかね、料理をするのは好きでした。
学生時代もあれこれ作って、友人たちに振る舞っていましたよ。
「まあ、どおりで…。手際が良くてらっしゃいますもの」
ブルーのために、って野菜スープを作って下さる時の。
野菜を刻んでらっしゃる手付きが、素人さんとはまるで違いますわね。
「その野菜スープ…。私の料理の腕を疑われていたような気もするんですが…」
「すみません。だって、味付けがお塩だけだなんて…」
「あれは塩だけだったんですか!?」
パパが今頃、驚いてる。ハーレイがスープを作ってる時にキッチンを覗きはしたんだろうけど、最初から最後まで見ていたわけじゃないらしい。
それはそうだよね、パパだってたまに料理をするけど、横で見られてたら気分が落ち着かないと思うんだ。だからハーレイのスープ作りもチラッと覗いて、それでおしまい。
ママの場合は自分もキッチンで料理中だし、自然と目に入って、ちょっと手助けをしたくなる。不味いスープが出来そうだから、と調味料とかのアドバイス。
ぼくが寝込んでしまった時だけ、ハーレイが作りに来てくれる野菜のスープ。
前のぼくが好きだった、野菜のスープ。何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料と言えば立派に聞こえる塩だけを入れてコトコト煮込んだ素朴なスープ。
何も食べたくないって時でも、あのスープだけは喉を通った。ハーレイはどんなに忙しくっても作ってくれたし、ぼくが食べ終わるまで側についててくれた。
思い出が沢山詰まっているから、スープのレシピは変わらないまま。
シャングリラに色々な調味料が出来てブイヨンなんかが常備されても、ぼくは塩だけのスープが好みだったし、栄養のためにって卵を落として貰うのが限度。それ以外の変更は全く無し。
そんなわけだから、今のハーレイが作ってくれるスープも、もちろん塩だけ。
見ていたママが「これはこうしたら」とか「こんな味付けもありますよ」って言いたくなっても無理ないと思う。
野菜は煮る前に炒めてみたら、とか、ブイヨンを使った方がいいとか。
お塩しか入っていないスープは野菜の旨味が溶け込んでるから、実は優しい味がする。おまけに今は地球の野菜で作られるせいで、シャングリラの頃よりもずっと美味しい。
だけど傍目には塩だけのスープ。正体を知ったパパが仰天するスープ。
ママが「本当にお塩だけなのよ」ってクスクス小さく笑いながら。
「最初は驚きましたけど…。ブルーはあの味が好きなんですってね?」
「そうです、シャングリラに居た頃にレシピを変えたら叱られましてね」
あの味がいいと、前の味の方が良かったと。
私としては美味しく工夫をしたつもりなんですが、端から駄目だと言われましたよ。
ソルジャーなだけに頑固でしたね、頑として譲らないんですから。
「ふむふむ…。ソルジャーだったら頑固な所も必要になってくるんでしょうが…」
今のこいつだと我儘にしかなりませんなあ、同じように頑固に踏ん張ってみても。
「それもそうねえ、ブルーだとただの我儘だわね?」
「酷いよ、パパ、ママ!」
ぼくは我儘じゃないってば、って抗議したけど、ハーレイまでが「いやいや、どうだか…」って笑う始末で。ソルジャー・ブルーだった頃なら「意志の強さ」で通った部分は、今じゃ我儘になるらしい。
プウッと頬っぺたを膨らませたぼくを放って、野菜スープのシャングリラ風の話題に花が咲いたテーブル。前のハーレイの厨房時代の話なんかも飛び出した。
夕食が大いに盛り上がったから、食後のお茶もぼくの部屋じゃなくてダイニング。パパとママも一緒に賑やかに過ごして、ハーレイは「またな」と帰って行ったんだけれど。
(ハーレイ、今でもホントに料理好きだよね)
お風呂に入って、パジャマに着替えて。ベッドに腰掛けて、楽しかった夕食を思い出してみた。
ハーレイがシャングリラで作ってた料理の話や、それを今ならこんな風に料理してみたい、って話だとか。前のぼくたちが知らなかった和風の出汁を使えばこう変わる、とか。
パパとママも相槌を打ったり、一緒になってアレンジの仕方を考えてみたり。
(ひょっとしたらハーレイ、何か夜食に作ってるかもね?)
シャングリラの頃の料理じゃなくても、ちょっとした料理。手早く作れて美味しいもの。
(食べてみたいな、作ってるんなら…)
ぼくも食べたい、とハーレイの料理が欲しくなった所で引っ掛かった記憶。遠い昔の前のぼくの記憶ってわけじゃなくって出来たてほやほや、今日の夕食で出て来た話題。
(…ハーレイ、使えそうだって言った…?)
話が横道に逸れて行っちゃって、ぼくは訊き損ねてしまったけれど。
野菜スープの話が始まった切っ掛けはハーレイの言葉で、「閃いた」っていう言葉。
ちょっとした料理に使えそうだと、ポトフのテリーヌを眺めて言ってた。
ハーレイは何を作ろうとしているんだろう?
ポトフなのかな、それともテリーヌ?
ヒントはポトフのテリーヌだけ。それだけじゃぼくには分からない。料理は調理実習くらいしか経験が無いし、前のぼくだって料理はしていなかったから。
(ポトフから何か閃くのかな?)
煮込む材料を変えてみるとか、新しい味付けを思い付いたとか。
(テリーヌだったら…)
駄目だ、ポトフよりずっと手強い。テリーヌは色々あるんだもの。今日みたいなゼリー寄せとは違って、ママがオーブンで焼いて作るのもある。そっちの方が種類も豊富。ハーレイがオーブンを使うテリーヌの方で閃いたんなら、ぼくはお手上げ。
(何だったんだろう、ハーレイが作りたい料理って…)
ポトフなんだか、テリーヌなんだか。凄く気になるし、知りたいんだけど、それと同時に。
(…どっちにしても…)
ぼくは食べさせては貰えない。
ハーレイが新作を完成させても、ぼくの家に届けてくれたりはしない。ぼくの家で食べる料理はママの管轄、ハーレイの料理は有り得ない。「俺が作って持って来たら恐縮されちまう」と何度も言ってて、買った食べ物しか持っては来ない。
(…食べられないんだ、ハーレイの新作…)
前のぼくみたいに試作品のつまみ食いをすることも出来ない。
作ってる横から「何が出来るの?」って覗き込んで味見をすることだって。
(聞かない方が幸せだったかも…)
ハーレイの呟き。
使えそうだな、っていう料理の閃き。
出来た料理を食べられないなら、聞かなかった方がマシだった。新作を作るって知らなかったら食べたいだなんて考えもしない。食べられないことで悲しくなったりもしない。
ぼくは食べたくて仕方ないのに。
ポトフのテリーヌで閃いたというハーレイの新しい料理。食べてみたくてたまらないのに、今のぼくは食べる機会が無い。ハーレイの家に行けはしないし、持って来て貰うことも出来ないから。
(結婚したら食べられるんだろうけど…)
一緒に暮らすようになったら、食事も一緒。ハーレイが作る料理を食べられるけれど。
その頃にはぼくは忘れちゃってる。
ポトフのテリーヌで生まれた料理があったってことを忘れちゃってる。
(覚えておこう、ってメモをしたって…)
きっと忘れるし、メモだって失くす。
宝物みたいに大切に残しておいたとしたって、ポトフとテリーヌじゃ分からない。ぼくが日記をつけてたとしても、其処にキッチリ書いておいても、肝心の料理を食べる頃には意味不明。
何がポトフでテリーヌだったか、思い出せやしないに決まってる。第一、日記を読み返さないと今日の出来事は出て来やしない。
(ホントに聞かなきゃ良かったかも…)
今のハーレイの新作だなんて。
ぼくは食べられない新作なんて…。
かなり落ち込んでしまったけれども、ぼくは十四歳の子供だから。
食べられもしない新作のことでいつまでもくよくよしていられるほど暇じゃなくって忙しい。
学校に行く日と、ハーレイが来てくれる週末、他にもいろんなことが夜明けと共に訪れる日々。新しい一日が次々と来るし、平日だってハーレイの仕事が早く終われば一緒に夕食。
毎日が充実しているお蔭で、ポトフとテリーヌで受けたダメージも和らいでいく。
食べられる頃には忘れていたって、新作はいつか食べられる。
ハーレイと暮らせるようになったら、いつかはきっと食べられるんだ、って。
ぼくが忘れてしまっていても。
ポトフとテリーヌを忘れちゃってても、新作は逃げて行かないから。
その頃にはハーレイの定番の料理になってしまって、当たり前のように出されそうだけど。
「今日はこれだぞ」って出て来そうだけど、それでもいいんだ。
運が良ければ思い出せるよ、ポトフとテリーヌ。
そして訊けるよ、「これがあの時の新作だった?」って。
そういう毎日を過ごしていたのに、今日は起きたら途端に眩暈。
大したことはないんだから、と顔を洗いに出掛けた所でもう一度起こして座り込んでしまった。ほんのちょっとだけ座っていれば治ると思っていたのに、ママに見付かって学校は休み。
(ハーレイの授業がある日なのに…)
熱だって無くて眩暈だけなのに、と悔しいけれども、身体の弱いぼくは用心も大切なんだから。
甘く見ちゃって酷い目に遭ったこともあるから、休まされても仕方ない。
(だけど学校、行きたかったよ…)
ぼくは寝ているだけなんだから。
頭もお腹も痛いわけじゃないし、寝かされてるってだけなんだから。
退屈な日が過ぎて、夕方になって。
そろそろハーレイの仕事が終わる時間で、もう少し経てばぼくの家に寄ってくれそうな頃。
(スープ、作りに来てくれるよね?)
ぼくが休んでいるんだから。
よっぽど仕事が忙しくない限り、ハーレイは野菜スープを作りに家まで来てくれるんだから…。
もうすぐだよ、と待っているのに、鳴らないチャイム。
いつまで経っても鳴ってくれない、来客を知らせるチャイムの音。
(もうこんな時間…)
枕元の時計を眺めて溜息をついた。
野菜を刻んで煮込むだけでも一瞬で出来るわけじゃないから、ハーレイは夕食を食べに寄る時と変わらない時間に来ることが多い。その時間はとっくに過ぎてしまって、食事の前のお茶の時間も終わりそうな時刻。
この時間までに来てくれなかったら絶望的。
ハーレイは来ない。
きっと忙しかったんだろう。今日はハーレイは来てはくれない。
(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
今日はホントにツイていない、と涙が零れそうになる。
ハーレイに会えずに終わる一日。会えないままで終わってしまう日。
もう何度目だか分からない溜息を零した所でチャイムが鳴った。今頃、誰かは知らないけれど。
(きっとご近所さんだよね)
でなければパパかママの友達。そういう人しか、もう来ない時間。
もっと早くに鳴って欲しかった、とベッドの中で丸くなった。
ハーレイが鳴らすチャイムの音を聞きたかったのに。それが鳴るのを待っていたのに、とうとう鳴らずに終わったチャイム。他の誰かが、こんな時間に鳴らしたチャイム。
もうすぐママが食事を持って来てくれるだろうけど、食べたくない。
お昼御飯は食べたけれども、今は食べたくない気分。
ハーレイの野菜スープなら食べるのに。
あのスープだったら、どんな時でも食べられるのに…。
もう嫌だ、って丸くなってたら。
「…ブルー?」
起きてるか、って聞こえたハーレイの声。それに扉が開く音。
(なんで?)
どうしてハーレイが此処に居るの、って顔を上げたらパッと点いた明かり。ハーレイが扉の所にトレイを持って立っていた。見間違えようもない大きな身体と、優しい笑顔。
「ハーレイ…。来てくれたの…?」
いつもの時間よりずっと遅いよ、もう来ないんだと思っていたよ。
忙しかったのに、わざわざ帰りに寄ってくれたの…?
「いや。早めに終わったからこいつを作りに帰っていたんだ」
待たせちまったが、晩飯の時間までには間に合わせたと思うがな?
「…なに?」
「こないだ言っていただろう。使えそうだと」
俺の新作、野菜スープのシャングリラ風が化けました、ってな。
ほら、とハーレイがぼくに差し出したトレイ。
お皿の上に綺麗なテリーヌ。細かく細かく刻んだ野菜が閉じ込めてある。
野菜スープがテリーヌに化けた。ゼリー寄せになって、テリーヌに化けた…。
(これだったんだ…)
ハーレイが閃いたって言ってた新作。ママが作ったポトフのテリーヌがヒントの新作。
ぼくは食べられやしないって落ち込んでたけど、ちゃんと出会えた。食べて下さい、ってぼくの前に出て来た、野菜スープのシャングリラ風。それを固めて作ったテリーヌ。
「ん、どうした?」
レシピはなんにも変えちゃいないぞ、味が変わらないように試作もしたしな。
「ホント!?」
「本当だとも。まあ、食ってみろ。お前好みの味の筈だぞ」
「うんっ!」
ドキドキしながら添えてあったスプーンで掬ってみた。スプーンの上でぷるんと揺れたスープを口に運んだら、懐かしい味。前のぼくが食べていた時より遥かに美味しく感じるけれども、野菜と塩だけで出来たスープの素朴さは同じ。ぼくが大好きな野菜スープのシャングリラ風。
だけど不思議な、滑らかな喉越し。ツルンと喉を通ってゆく。塊になったスープが喉をスルリと滑り落ちてゆくし、舌の上で柔らかくほどけたりもする。
(美味しいよ、これ…)
おんなじ野菜のスープなのに。
いつもと変わらない味がするのに、とても新鮮。
ハーレイの新作の野菜のスープ。ポトフのテリーヌから生まれた新作…。
ぼくは夢中で掬って食べた。ぷるるんと揺れる野菜スープを、野菜スープのテリーヌを。
掬って、舌で味わって。それから喉へと送り込んでいたら、ハーレイがぼくに訊いて来た。
「どうだ?」
俺の新作、気に入ったか?
「うん、美味しい!」
同じ味なのに全然違うよ、スープとおんなじ味がするのに。
ゼリーで固めたら感じが変わるね、だけどとっても美味しいよ、これ。
「そうか。俺が食うには物足りなくてな、試作中にはあれこれ工夫してたが…」
食う時に色々なソースを添えたりしていたもんだが、お前はやっぱりコレなんだな。
手を加えるより、この味がいい、と。
「そう!」
お洒落なテリーヌに仕上げるんなら、それこそソースを添えるんだろうけど…。
ハーレイが食べてたみたいな方法がいいんだろうけど、ぼくはこれが好き。
前のハーレイのスープと同じ味がするから大好きなんだよ、お塩だけしか入ってなくても。
それに…。
「それに?」
なんだ、と先を促すハーレイは料理の感想だと思っただろう。
でも、ぼくが言いたかったことは違うんだ。感想の内には入るだろうけど、味じゃなくって。
「ハーレイの新作、食べられたよ」
「だから新作だと言ってるだろうが」
「そうじゃなくって、ハーレイが閃いたって言ってた新作」
ポトフのテリーヌで閃いたって言っていたから、ハーレイが家で食べる料理だと思ってた。
まさかこんなのだとは思わないから、ぼくは食べさせて貰えないんだ、って…。
ハーレイが作って食べていたって、ぼくはハーレイの家には行けないから。
大きくなるまで食べられなくって、食べられる頃には新作のことも忘れてるよね、って。
新作が出来ても、これなんだって分かる間には食べられないって思ってた…。
すっかり忘れた頃に食べても、なんだか寂しい気がするから。
聞かなきゃ良かったと思ってたんだよ、新作の話。
ぼくはテリーヌを食べる手を休めて一気に話した。
ハーレイの新作を食べられないことで落ち込んでたとか、メモを残そうとしただとか。ポトフとテリーヌってメモを残しても無駄だろうから諦めたとか。
「ホントのホントに残念だったんだよ、ハーレイの新作が食べられないんだ、って」
ちゃんと食べさせて貰ったけれど。
ポトフのテリーヌがヒントの新作、覚えてる間に食べられたけど…。
「そうだったのか…。お前、俺の台詞をしっかり覚えていたんだな」
お前のために作る予定だったし、説明は要らんと思ったんだが。
あの後、お前が落ち込んじまうと分かっていたなら、話してやれば良かったなあ…。
俺の手料理、お母さんの手前もあるから、持ってくるわけにはいかないんだが。いつもの野菜のスープだったら工夫してくるのもアリだってな。
それにしても、こういうアレンジもあったか、野菜スープのシャングリラ風。
長い長い間、こいつを作っていたのに、前の俺には思い付かなかったな、テリーヌはな。
ぼくもビックリした、野菜スープのシャングリラ風の大変身。
ハーレイの新作がこんなのだなんて思いもしないし、本当に夢を見ているみたい。落ち込んでた頃が嘘みたいだけど、ホントに新作を食べられたんだ。ポトフのテリーヌから生まれた新作。
「ねえ、ハーレイ。…ぼく、ハーレイが作る料理が好きだよ」
前のぼくの頃もそうだし、今だって、そう。
ハーレイが作ってくれるものなら何でも食べるし、食べられるよ。
「うんとでかいステーキ肉でも食べられるか?」
「それは無理!」
きっと美味しいと思うけれども、食べ切れないよ。
食べられることと食べ切れることは話が別だよ、ぼく用の量を考えてよ!
「ふうむ…。今日のスープの量はいつもと変えていないが、食べ切れそうか?」
「うん。これくらいが今のぼくの適量」
「分かった、分かった。そして食欲のある時だったらもっと食える、と」
しかし、お前が寝込んだ時にはこの量なんだな。
こいつを目安にまた工夫するか、閃いた時に。なあ、ブルー?
次の閃きがいつになるかは分からんがな、ってハーレイがぼくの頭を撫でてくれた。
ぼくの大好きな温かな笑顔で、「しっかり食べろよ」って決まり文句も。
ハーレイが作ってくれた新作、野菜スープのゼリー寄せ。
野菜スープのシャングリラ風のテリーヌをお洒落に呼ぶなら、なんて名前になるんだろう?
食べながらハーレイにそう訊いてみたら。
「うーむ…。野菜スープのシャングリラ風、テリーヌ仕立てっていう所か?」
「なんだか凄いね、レストランに行ったら出て来そうだよ?」
「違いない。スライスして洒落た皿に乗っけて、ソースを添えてな」
「ハーレイの腕の見せ所だよね、シャングリラのシェフの」
名前だけなら人気が出そうだ、と二人で笑った。メニューに載せても塩と野菜の味しかしなくて素朴すぎるから、もう一度食べたいって人はきっと一人も無いだろうけど、と。
野菜スープのシャングリラ風、テリーヌ仕立て。
こんな新作が食べられるんなら、たまには寝込んでしまうのもいい。
学校でハーレイに会うことは出来ないけれども、ハーレイの新作が食べられるなら…。
料理と新作・了
※食べてみたい、とブルーが思ったハーレイが作る新作の料理。食べる機会は無いというのに。
けれど、食べられた素敵な新作。寝込んでしまっても、これならきっと幸せです。
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