シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(前の俺とはまるで違うな…)
ハーレイは棚に並べたトロフィーや表彰盾などを眺めながら心で呟いた。夕食の片づけを終えてリビングでコーヒーを飲んでいた時、ふと目の端に留まったから。
それらはごく当たり前に其処にあるもので、学生時代までのハーレイの人生の記録。打ち込んだ柔道と水泳の大会や競技会などで勝ち取り、教師の道を選んでこの家に来る時も持って来た。
掃除の時には軽く払ってやり、磨いてやったりすることもある。数々の思い出が刻まれた品々。手に取らずとも見るだけで輝かしい日々が脳裏に蘇る品たち。
(こいつが一番最初だったな)
次がこれで…、と手に入れた順に目で追い、前にそれらを見ていた恋人を思い出した。
一度だけ招いてやったことがある小さな恋人。十四歳にしかならないブルー。
前の生から愛し続けた愛おしい人は、幼くなって戻って来た。少年の姿で戻って来た。あまりに幼く、心も身体も子供そのものになってしまったブルーだから。どんなにブルーに求められても、応えるわけにはいかないから。「大きくなるまで来てはいけない」と言い聞かせた。
それ以来、ブルーは訪れていない。一度だけ、前の生での最期を迎えた時を夢に見て、無意識の内に瞬間移動をして来たけれども、その一度きり。
(…あの時もあいつはリビングに居たな)
朝食の支度が整うまでの間、パジャマ姿のブルーをリビングのソファに座らせておいた。きっとあの日も、ブルーはこの棚を見ていただろう、という気がする。
(ずいぶん熱心に見ていたからなあ、前に説明してやった時に)
「凄いね」と、「とても沢山あるね」と棚に見入っていたブルー。
「いつ貰ったの?」と、「貰う所を見てみたかったな」と。
問われるままに説明してやったのだが、このトロフィーたちを得て来た今の自分。
好きな柔道と水泳に打ち込み、懸命に高みを目指した自分。
前の生とはまるで違うな、と考える。シャングリラではどちらもやらなかった、と。
ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
アルタミラから脱出して直ぐは皆が忙しくしていたものだが、落ち着いてくると時間が出来た。それぞれが持ち場と決めた場所を守り、其処での仕事が特に無ければ自由時間。
(身体がなまると思ったんだっけな)
実験動物として囚われていた間は狭い檻の中に閉じ込められていたし、運動などはしなかった。そういったものがあったことさえ忘れていたのに、何故、運動をせねばと思ったのか。
(…案外、前の俺も何かスポーツをやっていたのかもな?)
成人検査と人体実験とが奪い去ってしまった、ミュウと断定される前の記憶。
何一つ覚えてはいないけれども、十四歳の誕生日よりも前はスポーツ少年だったかもしれない。あの時代に柔道は無かったのだが、水泳ならやっていたかもしれない。
(ジョミーみたいにサッカーだったかもしれないなあ…)
体格は良かった筈なのだから、ラグビーなどの可能性もある。何かスポーツをやっていたなら、身体が覚えていただろう。競技自体は忘れてしまっても、運動せねばということを。
(身体ってヤツは動かしてやらんと駄目になるしな)
教師になった今も、日々の運動を欠かしてはいない。ブルーの守り役を引き受けた後も。
週末はブルーの家で過ごすのが常になっても、帰宅した後に軽い運動やストレッチ。
(前の俺も、きっと何かをやってたんだな)
トロフィーや表彰盾を貰えるほどのレベルだったかどうかはともかく、スポーツの類。
身体は動かさないと駄目になるものだ、と自然に思い付く程度には。
運動せねば、と身体が訴えて来たから、自由時間を運動に充てた。シャングリラと名付けた船の通路を足の向くままに走って行ったり、部屋で腕立て伏せなどをしたり。
どんな運動が身体を作るか、調べなくても知っていた。考えなくても身体が動いた。
(やはりスポーツ少年だったか…)
当時は深く考えもせずに運動していたし、仲間たちにも「一緒に軽く走ってみないか?」と声を掛けたりしたものだ。「軽く」と聞いてついて来た者は、置き去りにされてしまったけれど。
(大抵のヤツらは弱かったしなあ…)
ミュウは虚弱な者が多いから、ハーレイのように頑丈な者は例外だった。恐らく成人検査よりも前にスポーツなどはしていないだろう。
(その点はゼルも同じだったろうな)
ゼルとは喧嘩友達だったが、そのゼルも口が悪いというだけ。たまに手が出ても殴る拳に体重が上手く乗っていなくて、大したダメージにはならなかった。まともに食らっても倒れはしない。
(お蔭でデカブツと言われる始末だ、あいつのパンチが弱いだけなのに)
そんなわけだから、ゼルに一発お見舞いする時は手加減をした。倒れない程度に力を弱めた。
(俺と互角に喧嘩できるヤツさえいないんではなあ…)
柔道のような格闘技をしようと思いはしないし、始められもしない。
もっとも、船には格闘技を教えてくれるような者は一人もいなかったのだが。
白い鯨が出来上がった後は、船にプールが備わった。地上であれば競技会にも使えそうなほどの立派なプール。
そのプールでたまに泳いだけれども、あくまで心身のリフレッシュのため。キャプテンの仕事は気が張るものだし、開放感のある水の世界はリフレッシュにもってこいだった。
我流で泳いで、コースを何往復もして。今の自分に敵いはしないが、泳ぎを充分楽しんでいた。水を掻いて泳げば気持ちが良かった。
(ブルーが見に来ていたっけな)
泳いでいると、よくプールサイドから「凄いね」と声を掛けられた。ぼくは全然泳げないのに、と笑って見学していたブルー。
(前のあいつも水には入らなかったんだ)
十四歳の小さなブルーはプールに入る時間を制限されているらしいが、前のブルーも似たようなもの。虚弱な身体はプールで水と戯れられるほどに丈夫には出来ていなかった。
(その代わり、泳ぐどころじゃない凄い技を持っていたんだが…)
サイオンを使えば自在に浮くことも、潜ることも出来たソルジャー・ブルー。身体の周りに水の影響が及ばないようにシールドを張って。
それを応用して、前のブルーはプールの上を歩いてみせた。ハーレイが泳ぐ隣の水面に立って、「そんなに早くは歩けないよ」などと言いながら水の上を歩いて追いかけて来た。
(今のあいつにやれと言っても、沈むだけだな)
サイオンの扱いがとことん不器用になってしまった、小さなブルー。
前の生と同じタイプ・ブルーのくせに、思念波さえろくに紡げないレベル。もしもプールの上を歩こうとすれば、そのままドボンと沈んでしまってパニックに陥ることだろう。
アルタミラから脱出した直後とそっくりな容姿を持っていながら、能力はまるで違ったブルー。
(そもそも、人生、別物だしな?)
俺もブルーも、とハーレイは心の中で呟く。
前の生とは全く違うと、前はこんな風にトロフィーや表彰盾を並べ立ててはいなかったと。
成人検査を受ける前には持っていたかもしれない、そういった品。
スポーツ少年だったとしたなら、貰ったかもしれないトロフィーや盾。
けれども何も覚えていないし、前の自分の養父母だって、それらを捨ててしまっただろう。前の自分を成人検査に送り出したら、それらに用は無いのだから。
次の子供を迎える予定なら不要なものだし、そうでなくても息子は戻って来ないのだから。
(前の俺は持っていたんだろうか…)
トロフィーや盾、と考えてみても答えは出ない。アルテメシアを落とした後でテラズ・ナンバーから得た情報の中に、そこまでは入っていなかった。養父母の名前と写真はあったし、育てられた家の写真もあったが、前のハーレイがどんな子供で、どう育ったかのデータは無かった。
(考えても仕方ないんだがな?)
どうせ戻れはしない過去だし、前世の記憶が戻るよりも前は過去があったとも思わなかった。
自分がキャプテン・ハーレイだとも知らず、生まれ変わりだとも考えなかった。
あまりに姿が似ているから、と「生まれ変わりか?」と訊く者もあったが、あくまで冗談。
ハーレイ自身も「そうかもしれんぞ」などと笑って応じていただけ。
今の自分よりも前の自分が存在したとは、夢にも思いはしなかったのだ。
小さなブルーと出会ったあの日まで、記憶が戻った五月三日が訪れるまでは。
あの日が来るまで小さなブルーが何も知らずに生きて来たように、ハーレイも今の自分の人生を好きに生きて来た。前の自分を思い出しもせずに、三十七歳までは自由に生きた。
(もう少しで三十八年だったんだが…)
三ヶ月とちょっと足りなかったな、と指折り数えて苦笑するけれど、充分自由に生きたと思う。
釣り好きの父に連れられて海や川で泳いで、自然に水泳の道へと進んだ。
限られた季節しか泳ぐことが出来ない自然の水泳場では物足りなくなって、いつでも自由に水に入れるスポーツクラブに入会したのが切っ掛けだった。どうせ泳ぐなら、と教室に入り、みるみる腕を上げ、上のクラスへ、更に上へと。
柔道の方も父と無縁ではない。父の釣り仲間に「体格がいいから向いていそうだ」と勧められて道場へ見学に出掛けて行ったのが最初。水泳とはまるで違う世界に魅せられた。礼に始まって礼で終わる競技。一対一での真剣勝負。入門した後はひたすら努力し、上を目指した。
水泳も柔道も、鍛えるほどに成果が上がって上へと進める。努力しただけ結果が出せる。
勝って、勝ち進んで、幾つものトロフィーや盾を貰った。
前とはまるで違う人生。
前の自分の欠片すら無い、運動に打ち込んでいた自分。
(…待てよ?)
強くなりたいと思っていた。誰よりも強く。
守りたいのだと常に考えていた。だから柔道は性に合ったし、もっと強くと技を磨いた。身体を鍛えて持久力をつけ、筋力もつけて勝負に挑んだ。
負けは殆ど知らないと思う。始めた頃こそ負けたものだが、一通りの技を身につけてからは師と仰ぐ者と兄弟子以外に負けはしないし、調子が良ければ兄弟子でさえも倒すことが出来た。
強くなって、必ず守らなければ。いつもその思いが頭にあった。
だからこそ強く、もっと強くと努力出来たし、勝ち続けてトロフィーや盾を貰ったけれど。
(…誰を守りたかったんだ?)
いったい自分は誰を守りたかったのだろう。誰を守らねばと思い続けていたのだろう?
ただ漠然と「男だしな」と考えていたが、もしかしたら…。
(…前の俺なのか?)
ブルーを守ると何度も誓って、果たせなかった。
守ってやると何度誓ったか分からないのに、それは言葉の上だけだった。
ソルジャーの名の通り、ただ一人きりの戦える者だったソルジャー・ブルー。それに引き換え、前の自分は戦えるだけの力すらも持たず、ブルーの支援が精一杯で。戦いに赴いたブルーを決して見失わぬよう、シャングリラを操って追っていただけ。ただ追いかけて飛んでいただけ。
(俺は守れなかったんだ…)
守れる力を持たなかったから、ブルーを守れはしなかった。
何があろうと守ってやると誓ったブルーを守れなかった。だからブルーを失くしてしまった。
たった一人で死が待つメギドへと飛ばせ、愛おしい人を失くしてしまった。
それをどれだけ悔やんだことか。どんなに悔やみ続けたことか。
死の星だった地球に辿り着くまで、前の自分の生が終わるまで、悔やみ続けて自分を責めた。
どうして守れなかったのかと。
守りたかったと、その身を呈して最後まで守ってやりたかったと。
(まさか、俺は…)
自分が守りたいと思っていたのは、ブルーだったろうか?
前の生の記憶が戻る前から、ブルーを守ろうと努力して力をつけたのだろうか?
(まさかな…)
記憶も戻っていないのに、と一笑に付したい所だけれど。
考えてみれば、水泳の道も柔道の道も、プロとして歩もうとは思わなかった。どちらもプロから誘いがあったし、コーチや師からも進むべきだと何度も背中を押されたのに。
(水泳のプロは…)
外見の年齢を肉体の頂点で止めてしまえば、実年齢が許す限りは現役の選手を続けられる世界。第一線を退いた後も、現役の体力を保ったままで後進の指導をすることが出来る。
遣り甲斐があるとは考えたのだが、ハーレイは年を重ねたかった。若々しい青年の姿を保つのが大切な水泳のプロは向いていない、と選ばなかった。
自然に年を取ってゆきたいし、そうしたい。年を止めるにはまだ早いのだ、と。
(柔道のプロなら、それでも充分いけたんだ…)
礼を重んじる柔道の道は、外見の重みも尊ばれる世界。水泳と同じく実年齢で現役時代が終わるわけだが、若い青年の選手もいれば、初老の選手も少なくない。自然に年齢を重ねたいだけなら、柔道のプロを選べば良かった。
そちらの道に進んでいたなら、今も現役だっただろう。試合に出ながら後進も指導し、充実した選手人生を歩んでいたに違いない。
(何故、プロの道を選ばなかった…?)
自分には向いていないと思った、女性ファンたちに騒がれる選手人生。試合の度に大勢の女性が応援に来ては、声援や、時には差し入れなども。もちろん男性ファンも数多かった。
そうした騒ぎに巻き込まれるよりも黙々と競技に打ち込みたかったし、プロにはならずに趣味の道でいいと考えたのだが。
(…ファンだけだったら、道場には来るなと釘を刺しときゃ良かったんだ)
来るなと言えば追っては来ない。プロの選手に迷惑をかけてはいけないことくらい、ファンにも分かる。試合に声援は付きものなのだし、その雑音に負けるようではプロとは言えない。
そう、練習の場である道場さえ静かに保てていたなら、特に問題は無かった筈だ。プロの選手を抱えるような道場だったら、そうした手段も講じていた筈。
たった一言、「静かに練習したいのですが」と言いさえすれば解決したこと。
それを試みもしない内から、何故、自分は…。
どうして早々とプロの道を諦めてしまったのだろう、と当時の記憶を探ってゆく内に。
(…教師がいいな、と思ったんだっけな)
そうだった、と思い当たった今の自分へと繋がる記憶。
ある日、ふと教師になりたくなった。
仕事をしながら水泳と柔道を趣味で続けられて、後進の指導もしてゆける世界。まだ原石でしかない後進たちを育てて磨いて、可能性を伸ばして送り出せる世界。
そうするためには義務教育の最終段階の教師がいいだろう。十四歳から十八歳までの子供たちが通う学校、心身共に一番大きく伸びる時期。
(そういうつもりで選んだんだが…)
教師の道を選んで、必要な資格を取得して。
それでもプロへ、と誘いに来る声を全部端から断り続けて、この道に来た。
自分が育った隣町でも教師のポストはあったというのに、小さなブルーが住んでいる町を選んで職に就き、この町に家まで持ってしまった。
(もしかしたら…)
ブルーと、十四歳のブルーと出会うために自分は今の仕事に就いたのだろうか?
十四歳からの子供が通う学校の教師の職を選んで、この町にやって来たのだろうか…?
(…そうなのか?)
もしも教師でなかったなら。柔道か水泳のプロの選手になっていたなら。
十四歳のブルーと出会うことは恐らく出来たのだろうが、頻繁に会って話せはしない。仕事場で会うなど夢のまた夢、教師だからこそ学校でもブルーに会うことが出来る。ブルーの家に寄れない時でも、学校でブルーの顔を見られる。
ブルーの守り役という役目にしたって、プロの選手なら無理だった。
守り役自体は引き受けられても、ブルーに会うための時間が取れない。プロの選手は練習時間も多いものだし、試合のためには遠征もあった。地球の上だけでは済まない遠征試合。
(規模のデカイのになったら、一ヶ月くらいは軽く地球を留守にしちまうしな?)
大会の前の合宿に始まり、あちこちの星を転戦しながら試合を続けることもある。プロの道とはそうしたもの。自宅に長期間戻れなくても、それが当たり前の厳しい世界。
(…俺はともかく、ブルーは確実に泣いちまうな…)
せっかくハーレイに会えたのに、と涙を零す姿が目に浮かぶようだ。
「また試合なの」と、「次に帰ってくるのはいつ?」と。
(…もしかして、俺は…)
もしかしたら、と何度も頭で繰り返して来た言葉を纏め上げる形で組み上げた。
(ブルーを守るためにと柔道をやって、出会うために教師だったのか…?)
そうなのか、と自分自身に問い掛けてみたが、否という答えは返らなかった。
前の生から愛し続けて、再び出会った小さな恋人。
守ってやると誓っていたのに、前世では守り損ねた恋人。
その恋人を守るためにだけ強くなろうと努力を重ねて、プロになれるほどの技を身につけた。
プロへの道が開けていたのに、恋人に出会うためにその道を捨てて教師になった。
(…きっとそうだな)
そうなんだな、とハーレイは思う。
出会う前からブルーを守ろうとして柔道を始め、出会う日のために教師の道へと。
そうやって自分は今の生を生きて来たのだと…。
柔道と教師には意味が大いにあるようだけれど。
柔道よりも先に始めた水泳の方はどうなのだろう?
物心ついた頃には父に連れられて行った川や海辺で泳いでいた。「浅い所で泳ぐんだぞ」と父に見張られ、ごくごく浅い場所から始めた、今の自分の水泳人生。
(水泳には意味が無さそうだがな?)
せいぜい後の柔道のための体力作りの基礎くらいか、と考えてみて。
(待てよ…?)
身体が弱くて殆ど泳げないという小さなブルー。
長い時間は水に入っていられないブルー。
そんなブルーが水に落ちたなら、溺れるしかない。前のブルーのように水の上を歩けはしない。誰かが飛び込んで助けなければどうにもならない。
(まさか、水泳も…)
ブルーを守るために身につけた技の一つなのか、と思うけれども。
(…一つくらいは俺のための趣味があってもなあ?)
今は木彫りはやっていないのだし、その代わりだと思っておこう。
木彫りの代わりに、趣味の水泳。プロになれるレベルでも、あくまで趣味。
一つくらい、と今の自分だけの趣味にこだわりたくなった。
そうした趣味があってもいいと思ったのだが…。
いいさ、とハーレイは考えを変えた。
(全部がブルーのためでもいいさ)
前のブルーは仲間たちのためにだけ懸命に生きた。
仲間を守って、白い鯨を最期まで守って、たった一人で暗い宇宙に散ってしまった。
最期まで持っていたいと願ったハーレイの温もりさえも失くして、独りぼっちで右手が冷たいと泣きじゃくりながら。凍えて冷たいと泣きじゃくりながら…。
そのブルーを守ってやれるのならば。
小さな姿に生まれ変わって来た、愛おしいブルーを守れるのならば。
今度こそ守ってやるためであれば、何もかもがブルーのためでもいい。
自分のための趣味など要らない。
今の自分のためにだけある趣味も仕事も、無くてもいい。
全てはブルーのためだけでいいし、ブルーを守れればそれだけでいい。
(今度こそ俺が守ってやるから)
学校でも、いつか結婚して共に暮らす家でも、自分が守る。
今度の自分は前と違って強くなったし、本当にブルーを守ることが出来る。
何に脅かされることもない平和な世界ではあるのだけれども、守ろうと思えば守れる世界。
ブルーを守って生きられる世界。
(…それに年もな)
前の生ではブルーの方が年上だった。
アルタミラの研究所では心の成長さえも止めていたけれど、年が上なことは間違いなかった。
しかし今ではハーレイの方がブルーよりもずっと年上で、一緒に暮らすならハーレイが保護者。年が上であるハーレイが保護者。
いつかはブルーを伴侶に迎えて、名実ともに保護者になる。
ブルーを庇護して守る立場に立つことになる。
何処から見ても、誰が聞いても、ブルーを守るべき保護者になれる。
(あいつのための人生でいいさ)
何もかも全部、ブルーのためにある人生でいい。
愛おしくてたまらないブルーのためなら。
生まれ変わってもなお、自分だけを一途に想ってくれる愛おしいブルーのための生なら。
(今度こそ俺が守ってやるさ)
前の生で守れなかった分まで、今度は守る。
身につけてきた全ての技と力とでブルーを守る。
そのために強くなったのだから。守らなければと努力を重ねたのだから…。
守ってやるさ、とハーレイは今頃はベッドで眠っているだろう恋人に心で呼び掛けた。
俺が守ると、今度こそお前を守らせてくれと。
(なあ、ブルー…?)
棚に並んだトロフィーや盾はこれ以上増えはしないけれども、それでいい。
この品たちはブルーを守れる自分自身を作る過程で手に入れて来ただけのものだから。
プロの柔道の選手だったらまだ現役でいけたのだろうが、トロフィーや盾を増やすよりも。
栄誉あるメダルを手に入れるよりも、喝采を浴びているよりも。
(…ブルーさえいてくれればいい)
ブルーだけを守れればそれで充分なのだと思う。
今はまだこの家にブルーはいないけれども、いつかは自分が守るべき日が来るのだから…。
今の切っ掛け・了
※今のハーレイが出来上がった切っ掛け。…もしかしたら、前のブルーが影響しているのかも。
何もかもブルーのためだというなら、その人生でいいのがハーレイ。それで満足。
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