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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

生まれた制服

(制服かあ…)
 ママに渡して来ちゃったけれども、今日、学校で配られたもの。冬用の制服の販売のお知らせ。秋の間に注文しておけば、冬までに渡して貰える仕組み。
 学校の制服には三種類あって、夏用と冬用と、春と秋に着る合服と。身体が丈夫だったら夏服と冬服があれば充分、シャツの袖丈とか上着の脱ぎ着でちゃんと調節出来るんだけど。
 ぼくみたいな子は冬の厚手の制服を春や秋に着てたら熱を出しちゃうし、着ないと冷えすぎて風邪を引いてしまう。そういう子供のための合服、冬服よりも薄めの生地。
(だけど…)
 買って貰えそうもない、今の合服より大きなサイズになった冬服。ママはお知らせのプリントを見るなり、「ブルーのサイズは今のでいいわね」って。
 ぼくの背丈は伸びてないから。入学したての春の頃から、一ミリも伸びていないから。



(制服のサイズ…)
 勉強机に頬杖をついて、ぼくは大きな溜息をついた。
 こんな筈ではなかったのに。夏休みが終わった頃には小さくなっている筈だった合服。まだまだ背丈は伸びるだろうから、秋の間に大きいサイズで注文出来ると思った合服。
(春のがそのまま着られるだなんて…)
 おまけに次のシーズン用の冬服までが春と全く同じサイズで注文されてしまいそう。ぼくの背が伸びてくれないから。百五十センチのままで伸びないから。
(予定と全然、違っちゃってる…)
 秋には作れると思った合服。冬服のサイズは秋の合服よりも大きいサイズになると思ってた。
 サイオンが外見に影響し始める年頃だから、制服の注文は季節ごと。夏休みの間にグンと伸びた子は、夏休み明けに新しいサイズで合服を作っていたりする。
 ぼくもそうなると思っていたのに、春に作った合服のまま。冬服の注文の季節になっても、まだ新しいサイズを着られる背丈にならない。



(…最悪だよ…)
 来年の春には合服を新しいサイズにしたいんだけど。大きなサイズのが欲しいんだけど。
 夢で終わってしまうかもしれない、小さなぼく。
 ちっとも背丈が伸びないぼく。
 夏休み前には、新学期になったら制服を申し込むつもりだったのに。
 春に作った合服が小さくなってしまった身体を、新しい合服で包んで御機嫌の筈だったのに…。
(いつになったら育つんだろう?)
 新しいサイズの、大きなサイズの制服が早く欲しいのに。
 少しでも早く背丈を伸ばして、前のぼくの背に近付きたいのに。
 前のぼくと同じ百七十センチに育たない限り、大好きなハーレイとキスさえ出来ない。せっかく再会出来たというのに、キスも許してくれないハーレイ。
 だから早く、とクローゼットに付けた印を何度見上げても、前のぼくの背丈はまだ遠い。
 百五十センチから伸びない背丈。新しいサイズのが買えない制服。
(…家で着る服は、ママが「これ、いいでしょ?」って色々と買ってくれるのに…)
 デザインや色が違っているから、サイズなんかは気にならない。
 だけど制服はサイズが重要。身体に合わせて作られる服。
 背が伸びないって現実を突きつけてくれる、この忌々しい制服なるもの。



(前のぼくはサイズなんか全然気にしていなかったのに…)
 いつも決まった服を着ていた、前のぼく。
 ソルジャーだけが着られる衣装で、あれも一種の制服だった。
 前のぼくが外見の年齢を止めてしまってから出来た服だし、サイズはいつでも全く同じ。
 新しいのを作る時にも採寸なんかはしていない。出来たものに袖を通しただけ。
(同じ制服でも、ぼくとは違うよ…)
 月とスッポンって言うんだったか、こういうことを表す言葉。
 前のぼくが着ていた制服が月で、今のぼくの情けない制服はきっとスッポンなんだ。
(いいなあ、月…)
 サイズが全く変わらなくっても、前のぼくの制服は完成品。完璧に出来上がったもの。今のぼくみたいに「次に作る時は大きなサイズで作りたい」なんて思う必要さえもないもの。
(あれ以上、サイズは変わらないんだし、デザインもあれで完成品だし…)
 なんて素敵な制服だろう。前のぼくがますます羨ましい、と月の制服を妬んでしまう。
(どうせ、ぼくのはスッポンなんだよ)
 まだまだ改良の余地だらけ、と不満たらたらだったんだけど。
(…そういえば…)
 前のぼくが着ていた、月だと羨んだソルジャーの衣装。あれは最初から月ではなかった。
 デザインもサイズも同じだったけど、素材が違った。
 そうだったっけ、と思い出した。
 あの服はミュウの歴史と一緒にどんどん進化していったんだ…。



「…制服を作る?」
 ソルジャーだったぼくが会議で聞かされた時は、背丈はすっかり伸びていた。アルタミラを脱出した直後みたいな子供じゃなくって、百七十センチに育った大人。
 外見の年も止めちゃっていた。今が頂点なんだろう、と感じた頃合いで年齢を止めた。
 要職に就いていた後の長老、ゼルやブラウたちは「ソルジャーが若い分、自分たちが重みのある姿で睨みを利かせていかないと」って年を重ねていったけれども、制服の話が出て来た時にはもう年齢を止めていた。
 髭までたくわえて威厳たっぷりのヒルマンと、ツルツルに禿げてしまったゼルと。
 ほどほどに年を取ったハーレイ、女性の中では年配と言えるブラウとエラ。
 そんな五人とソルジャーのぼくが顔を揃える定例会議で、制服の案が飛び出したんだ。
「作りたいっていう意見があってね、あたしも何度も聞いてるんだよ」
「わしもじゃ」
「私の耳にも入っていますわ、制服が欲しいと」
「無視出来ないほどに増えているのだよ。材料は充分あるじゃないか、と」
 ヒルマンが「どう思うかね?」と訊いて来た。
「それはそうだけど…」
 材料は揃っているだろうけど、そこで制服になるのかい…?



 あれこれ奪って生活していた前のぼくたち。人類の船が近くを通れば、絶好のチャンス。
 輸送船か、あるいは民間の船か。人類軍の船だって航行している。
 慣れない頃には艦種の識別が精一杯だったけど、慣れてしまえば簡単なこと。輸送船を探して、前のぼくが補給に飛び出して行った。瞬間移動でコンテナを幾つも失敬してきた。
 最初の間は奪った物資が偏ってしまってキャベツ地獄やタマネギ地獄もあったけれども。
 そういう事件もいつの間にやら笑い話で、ぼくは奪うのが上手になった。バランスよく奪って、余裕がある時は予定以外の物資も頂戴しておいた。
 前のぼくが腕を上げる間に、船のみんなもやりくり上手になったから。
 使えそうなものをきちんと見分けて、後で使えそうなものは整理して纏めて倉庫に保管。
(食料だって、保存食にしたりもしていたものね)
 ハーレイの指揮の下、船の生活は快適なもの。食料も物資も充分にあった。
 シャングリラをもっと大きな船にしよう、といった話も出て来るくらいに余裕のある日々。
 そのための準備を少しずつ進め始めていた。
 データベースから情報を引き出し、船の改造にはどういったものが必要なのかと調べていた。
 いつかは着手するべき改造。シャングリラを本物の楽園に。
 その前にまずは自給自足の生活の基本、畑作りだと思っていたんだけれど…。



「一番最初に作るべきものは、制服よりも畑だろう?」
 そう言ったぼくに、ハーレイが真面目な顔で答えた。
「もちろん畑も大切ですが…。皆で畑を作ってゆくには団結力が必要です」
 団結力を高めるためには、制服があれば効果的だと思われます。
 それに畑は、今のシャングリラにある物資だけでは作れません。まだまだ時間がかかります。
 ですから、畑作りをするよりも前に制服だろうと考えますが。
「ふうん…?」
 そんなものかな、確かに布なら倉庫に山ほどあるだろうけど。
「裁縫が上手い連中がけっこういるからねえ…」
 服飾部門って名乗るくらいだ、制服と聞けば大いに腕が鳴るってね。
 やらせてみたらどうだい、ソルジャー。
 ブラウの瞳は面白そうに輝いていたし、ハーレイは「うむ」と頷いている。
 ゼルもヒルマンもエラも、口々に「やってみるべきだ」って。
 とにかく作ってみたいらしい、ということだけは分かったから。
 ゴーサインを出したら、直ぐにデザイン画が出来てきた。



 ハーレイたちが集まる会議の席。其処でデザイン画を出したヒルマン。
「これが男性用の制服で、こちらが女性用になる」
「いいんじゃないかな」
 船にある布で作れるんなら、ぼくは反対しないけど。
 見せに来るってことは、船のみんなの意見はとっくに聞いた後なんだろうし。
「それで、此処にシンボルを付けようという話があってね」
「シンボル?」
「この石だよ、襟元に付いているだろう」
 これくらいは船で合成可能だ。我々のシンボルとして誰もが付ける石にしようと。
「それが?」
「シンボルだからね、石の色を何にするかが重要なのだよ」
「色…?」
 思い出したくもない色談義。赤か緑か、青かってこと。
 服飾部門を名乗るみんなが出した意見は三つあったのに、ヒルマンが強引にこじつけて来た。
 SD体制よりもずっと昔の地球にあったお守り、メデューサの目。
 魔除けの青い目玉を象ったもので、シンボルの石はそのメデューサの目にあやかりたいと。
 それなら青にすればいいのに、よりにもよってシンボルは赤。
 前のぼくの瞳の色にされてしまった、シンボルの石。
 ミュウたちを守る瞳の色だと、ぼくの目の色がお守りなんだと。
 赤い石だけでも、ぼくには大概だったのに。



「まだ作る?」
 制服を?
 この前、決めたばかりじゃないか。
 あれじゃ足りなくて、作業用の服でも作るのかい?
 会議の席で訊き返したぼくに、ヒルマンが代表で答えを返した。
「ソルジャーの分と、キャプテンの分と。それに我々四人の分は別にしたいと、服飾部門に属する者たちが…」
「みんな同じでいいじゃないか」
 それでこそ制服というものだろう。団結力とやらも、みんな揃いの服でこそだよ。
「だけど話が進んでるんだよ、こうだああだと」
「船を統率するキャプテンの服はこうあるべきだ、と資料を探している者もいます」
「そういうのもまた、団結力というヤツじゃろうて」
 服飾部門に限定じゃがのう。しかしヤツらは頑張っておるぞ。
「まあいいけどね…」
 船にあるもので何とかするなら。
 これが要るから奪って来いとか、無茶を言わないなら何でもいいよ。



 前のぼくはみんなを甘く見ていた。
 基本の制服をアレンジすると聞いていたから、色が変わるとかそういうものだと。
 なのに、会議の席でブラウが「出来て来たよ」とテーブルに置いたデザイン画。
「なんだい、これは?」
「ソルジャーの衣装なんだけれどね?」
 ニヤニヤと笑うブラウが広げたデザイン画の服は、みんなの服とはかけ離れていた。
「…どの辺が基本の服だって?」
「此処と此処だよ」
 アンダーは殆ど同じだってさ。それに模様も似てるけどねえ?
「冗談だろう?」
 何処が基本の制服なのか、ぼくには理解しかねるけれど?
「あんたのはまだマシな方だよ、ハーレイはこうさ」
「…………」
 見せられたデザイン画はぼくの想像を遥かに超えていた。
 エラが言うには、船を統率するキャプテンの衣装は威厳が欠かせないらしい。
 それにしたって、この服は…。



 どっちが基本からかけ離れてるのか、咄嗟に判断出来なかった、ぼく。
 ぼくの方が酷いか、ハーレイの方が酷いのか。
 ポカンとしてたら、ゼルが別のデザイン画を持ち出して来た。
「でもって、わしらはこうなるんじゃ」
 ちゃんとマントもついておるぞ、と得意げに見せられて呆然としている間に、ハーレイの声。
「では、賛成多数で可決ということでよろしいですね?」
 これで進めるよう、服飾部門に言っておきます。
「…君はこの服でかまわないのかい?」
「皆がそのように望むのでしたら、特に反対は致しませんが」
「あたしたちもだよ」
 みんなの希望が最優先だよ、せっかく制服を作るんだからね。
「要するにソルジャーだけが反対なんじゃ」
 わしらは全員一致で可決じゃ、誰も文句は言っておらんわ。
「ぼくが却下したら?」
「生憎だけどね」
 甘いよ、とブラウがフフンと笑った。
「制服くらいで特別票は認められないね」
 あれはシャングリラの命運がかかった会議で使うものだろ、ソルジャーの特別票ってヤツは。



 船の安全に関わる案件などでは、ぼくの票は二人分とか三人分とかにカウント出来た。
 ぼく一人で全てを覆す決定は出来なかったけど、かなり強力な技ではある。
 でも、制服。今の案件は、たかが制服。
 こんな日常レベルの会議の席では特別票は使えない。使いたくても認められない。
(…案外、出来上がって来たらマシかも…)
 デザイン画ではやたらと大層だけれど、仕上がりはそうでもないかもしれない。
 この状況だと、そっちの方に期待するしか無いだろう。
 諦めたぼくは、それっきり二度とデザイン画を見ようとしなかった。
 だから一大事が進行していることにも気付かなかった。
 デザイン画を提出させていたなら、事前に気付いて修正くらいは出来ただろうに。



 制服が完成して、シャングリラのみんなに配られた日。
 「ソルジャーの衣装をお持ちしました」と部屋に現れたハーレイの姿に唖然とした。
 デザイン画よりも完成品の方がずっと凄くて威厳たっぷり、金色の肩章が輝いている。
(立派すぎだよ…!)
 ハーレイでこれならぼくの立場は、と慄いた。
 デザイン画を超える代物が登場すると言うなら、ぼくの制服はどうなるのだろう、と。
(…どうしよう…)
 せめてハーレイほどには目立たない服でありますように、と祈るような気持ちでケースを開けてみたんだけれど。
 服やマントが入っている筈のケースの蓋を開けたんだけれど。
(…これは?)
 ケースに収められた衣装の山の一番上に変な物体。
 ヘッドフォンを思わせる形の白い物体。
 何に使うためのものなのだろう?
 ブラウにデザイン画を見せられた時は、こんなパーツは無かったと記憶しているけれど…。



 考えてみても分からないから、衣装ケースを持って来たハーレイに訊いた。
「なんだい、これは?」
「特別製の補聴器だそうです、ソルジャー」
 直立不動で答えたハーレイ。
「…補聴器?」
「私も渡されたのですが…。キャプテン専用にデザインした、と」
 着けてみましたが、まだ慣れないので外して来ました。
 補聴器無しでも、特に苦労はしませんでしたし。
「ぼくも要らないけど!」
「ですが、ソルジャー…。それも衣装の一部ですから」
 ソルジャーのための衣装に合わせてデザインしてある補聴器だそうです。
 ですから着けて頂きませんと…。私も着けるように致しますから。
「こんな補聴器まで着けろって!?」
「服飾部門の意向ですから」
 それにシャングリラの皆の意向でもあります、ソルジャー。
 デザインは皆の意見を図って決定されたものですから。



(………)
 放っておいたぼくが悪いんだけれど。
 デザイン画を何度も提出させずに放置したから、自業自得と言うものだけれど。
 白と紫が基調の立派すぎる服には、有無を言わさず補聴器までがくっついて来た。
 ブーツと手袋はまだいいとして、みんなの制服には無い上着とマントに、おまけに補聴器。
 「如何ですか?」と訊くハーレイは「早くそれを着ろ」と言わんばかりで、ぼくは仏頂面で袖を通すしかなく、アンダーを着けたら上着にマント。しかもマントはハーレイが背中に回って掛けてくれたから、ムカッと来た。そんなにこれを着せたいのか、と。
 しっかり着せ付けられてしまって、補聴器も頭に載せるしかなくて。どうなったのか、と部屋の鏡を覗き込んだら予想よりも遥かに偉そうな衣装。これは酷い、と思ったから。
「色々と動きにくいんだけど…!」
 服もそうだし、マントも邪魔だよ。どっちも重くて動きにくいよ!
「そういう衣装ではない筈ですが?」
 伸縮性のある生地と、動きの邪魔にならないデザイン。
 服飾部門で検討を重ねて出来上がったと聞いております。…如何でしょうか?



 グッと言葉に詰まった、ぼく。
 ハーレイの説明通りに動きやすいし、重くも無かった。
 ぶつけた文句は言い掛かりでしかなく、何の根拠も無い子供の我儘みたいなもの。
 ハーレイは「お分かり頂けましたでしょうか?」と空になった衣装ケースをパタンと閉じた。
「そしてその衣装は、これから色々と改良してゆく予定ですので」
「…改良?」
「シャングリラでの自給自足を目指す過程で、ソルジャーがお召しになる衣装の方も改良します」
 今は普通の素材で出来ておりますが…。
 いずれはサイオンの研究を重ね、それを生かせればと思っております。
 ソルジャーのお身体をお守りするのに必要な強度を上げることが一番重要でしょうか。
 それから手袋は着けておられることが分からないほど、皮膚の感覚に近いものへと。
 なおかつ防御力は上げ、通す熱なども攻撃性の有無で分けられればと…。
 人の温もりやカップの温もりなどは通して、炎やレーザーは弾くなどですね。
 サイオンの研究を進めてゆけば、そういう素材も充分に開発可能であろうと…。



 なんだか色々とプランを聞かされ、ドッと疲れた。
 この御大層な衣装とやらは、この先もずっと改良されつつ追って来るらしい。こんなの嫌だ、と脱ぎ捨てようにも既に手遅れ、ぼくの制服は決まってしまった。
「ソルジャー、皆が待っております。昼食の席でお披露目ですので」
「お披露目だって!?」
 冗談じゃない、と思ったけれども、それでも行かなきゃならない食堂。制服を纏った仲間たちが待っている食堂。
 仕方ないから、ハーレイを従えて通路へと出た。食堂に着くまでに一人くらいは出会うだろうと考えてたのに、こんな時に限って誰にも会わない。誰一人として歩いちゃいない。
(これじゃ反応が分からないよ…!)
 とんでもない服が似合っているのか、いないのか。
 頭に乗っけた補聴器とやらが可笑しくはないか、みんなの視線を浴びるよりも前に予行演習。
 一人だけでも顔を合わせて反応を見たいし、心の準備をしておきたいのに。
 お披露目の前に誰か一人でも…、という切実な願いは叶わなかった。
 それが何故かは食堂に入った途端に分かった。殆どの仲間が食堂に顔を揃えていたから。自分の持ち場を離れられない仲間以外は、全員食堂に集合していた。



「ソルジャーだ!」
「見ろ、ソルジャーがいらっしゃったぞ!」
 ワッと大きな歓声が上がって、割れるような拍手。制服を纏ったみんなの拍手。
 途惑っていたら、長老の制服を着けたヒルマンやエラたちが近付いて来た。
「うむ、なかなかに似合うじゃないかね」
「私たちの目に狂いはありませんでしたわね。補聴器も良くお似合いですこと」
 ぼくの衣装のデザインについて誰がせっせと旗を振っていたのか、大体分かった。
 補聴器に関してはエラなんだ。
 最初のデザイン画には無かった補聴器自体を付け加えたのか、アドバイスしたか。
 もしかしたらマントや上着の色とかも…、と心配になった。デザイン画の色は覚えてないけど、白と紫ではなかった筈。ここまで派手ではなかった筈…。
「紫は皇帝の色なんじゃぞ」
 ゼルがマントに触って言うから。「皇帝って…?」と怖々、訊き返したぼく。「皇帝だとも」とヒルマンが笑顔で答えてくれた。
「紫は遠い昔の地球では、皇帝が身に着ける色だったのだよ」
 私とエラとで紫にしようと決めたのだがね。上着の白はエラの意向だ。
「白は神様と縁が深いのです。天使の衣も真っ白でしょう?」
 穢れの無い白こそ、ソルジャーの上着に相応しいかと思いますわ。



(…皇帝と神様…)
 その二つには覚えがあった。
 ぼくがソルジャーにされてしまう前、シャングリラで行われた船内投票。リーダーと呼ぶのでは誰か特定出来ないから、と候補を募ってぼくの称号を決めた時のこと。
 候補に挙がったカイザーとロード。有力候補だったカイザーとロード。
 カイザーは皇帝の意味でヒルマンの案。ロードは神様、これはエラの案。
 どちらかに決まりそうな勢いだったから、ハーレイに助け舟を出して貰ってソルジャーの称号を得たんだけれど。戦士って意味しか無いソルジャーになったんだけど…。
(…カイザーとロード…)
 ヒルマンとエラは覚えていたんだ。その二つを衣装にぶつけて来たんだ。
 やられた、と心で呻いたけれども、時すでに遅し。
 食堂に集まった仲間たちが揃いも揃って拍手喝采、ぼくは逃げられなくなった。
 皇帝の紫の色のマントに、神様と縁が深い白の上着がソルジャーの衣装。
 御立派すぎる由来をくっつけてくれたヒルマンとエラは、大いに満足そうだった。



 それから本当に改良が重ねられていったソルジャーの衣装。
 マントは高温や爆風に耐えられるようになり、もちろん上着やアンダーだって。
 手袋はハーレイが言っていたとおり、体温などの優しい温もりはちゃんと通して、炎などの熱は遮る仕様に仕上がった。
 補聴器もうんと頑丈になって、後にジョミーがグランド・マザーと戦った時にも壊れなかった。
 ミュウならではのサイオンを生かした素材や、様々な工夫。
 それらの集大成とも言えたソルジャーの衣装は、白い鯨が出来た頃には完成品になっていた。
 色だのデザインだのはともかく、充分に頼もしいソルジャーの衣装だったけど…。



(…ぼくって、制服運が悪いの?)
 前のぼくは酷い目に遭わされちゃったし、今のぼくはサイズで悩んでる。
 制服なんて無ければいいのに、と文句を言おうとしたんだけれど。
(制服を着ないと学校に行けない…)
 学校には制服を着て行く決まり。私服だと門をくぐれない。
 ぼくが通っている学校。ハーレイが先生をしている学校。
 その学校の中に入れなければ、ハーレイに会えない。ハーレイの授業にも出られない。
(…ハーレイが先生をしてくれていても、ぼくが生徒じゃなかったら…)
 会えやしないし、会いに行けもしない。無事に再会出来たかどうかも分からない。
 ぼくが制服を着ている生徒だったから、ハーレイに会えた。
 あの日、教室でハーレイに会えた。
 ぼくが記憶を取り戻した日。前のぼくが最期に負った傷痕が身体に浮かび上がったあの日。
 それに、前のぼくが着ていたソルジャーの衣装の上着。
 ハーレイのキャプテンの制服の上着とお揃いの模様だったっけ…。



(…ハーレイが絡むと制服に文句は言えないんだよ…)
 前のぼくはハーレイとお揃いの模様の上着が嬉しかったし、大好きだった。お揃いだって気付くまでには、ずいぶん長く掛かったけれど。
 今のぼくは制服のお蔭でハーレイに会えて、今だって学校でハーレイに会える。
 だから制服には文句を言えない。制服運がいくら悪くても、文句を言ったらきっと罰が当たる。
(前のハーレイは制服に文句は無かったのかな?)
 ぼくと同じで補聴器とセットの制服を押し付けられていたけれど。
 キャプテンだから、って威厳がどうとか、肩章までついた凄い制服を着てたんだけど…。
(文句を言わずに真面目に着た分、今は制服から解放された?)
 今のハーレイは制服なんかは着ていない。子供時代は着ただろうけど、今は着てない。
(スーツとネクタイは大人の制服なんだけど…)
 色も形も決まっているってわけじゃない。
 ちょっとした約束を守りさえすれば、自分で自由に選べる制服。
 前のハーレイみたいに選ぶ余地も無いってわけじゃないから、うんと自由な今のハーレイ。
 キャプテンの制服を着なくても済んで、好きにネクタイを選べるハーレイ。



(ぼくもあと少しの我慢なんだよ)
 制服に「さようなら」って言える年になったら、結婚出来る。
 卒業して十八歳の誕生日が来たら、大好きなハーレイと結婚出来る。
 ぼくの制服は、あとちょっとだけ。
 最期までソルジャーの衣装を着続けた前のぼくと違って、数年だけの我慢。
 制服運が悪かったとしても、その間にはきっと大きなサイズの制服だって買えると思う。



(大きなサイズの制服になったら嬉しいしね?)
 今のぼくの悩みはサイズなんだし、背丈が伸びて大きいサイズの制服が買えたら悩みは解消。
 ソルジャーの衣装は改良されていったけれども、今のぼくの制服はサイズが変わる。
 ぼくの背丈が伸びるのに合わせて、どんどん大きくなっていくんだ。
 それに、今度は前のぼくと違って、周りのみんなと同じ制服。
 学校の友達と同じ制服、みんなと同じの色とデザイン。
 ソルジャー・ブルーと同じ背丈になっても、制服はみんなと同じで一緒。
 一人だけ違う服を着るんじゃなくって、誰もが一緒。
(みんなと同じ制服だったら、前のぼくみたいな悩みは無いしね?)
 御大層な服も、カイザーだのロードだのと妙な由来もくっついて来ない。
 周りの友達はみんな同じ服、誰もが同じデザインの服。
 そう思うと、ちょっぴり心が弾む。
 制服運が悪くなかったら。ぼくの背丈が、順調に伸びてくれたなら。
 今度はみんなと同じデザインの制服を着るんだ、ソルジャー・ブルーと同じ背丈で…。




       生まれた制服・了

※シャングリラにいたミュウたちの制服や、ソルジャーの服はこうして出来たみたいです。
 そしてソルジャーの衣装は、ハーレイとお揃いの模様なんですよね。公式設定でも。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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