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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

覗きで修行を

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




うららかな春の日の放課後。お花見が終わって新学年もスタート、またまた1年A組での学校ライフの始まりです。とはいえ、私たち特別生七人グループの頭の中身はゴールデンウィーク。シャングリラ号に乗せて貰うべきか、はたまた地球で何処かへ行くか…。
「やっぱり何処も混みますしねえ…」
シロエ君が桜カスタードのエクレアを口に運びながら。
「穴場もなかなか無さそうですし、シャングリラ号が一番かと」
「しかしだ、確かに居心地はいいが、かなりの高確率でエライ展開が待ってるんだが」
キース君が割って入りました。
「何事も無く終わる年も無いことはない。だがな、大抵の場合は悲惨だぞ?」
「何処が悲惨だって? ぼくはソルジャーとして色々と気配りしているのにさ」
心外だ、と会長さんが唇を尖らせています。
「快適な部屋に美味しい食事に、楽しいイベント! これだけ揃って悲惨ってことはないだろう」
「そのイベントが問題なんだ! あんたの発想は斜め上だろうが!」
「斜め上? ぼくはこれでも高僧なんだよ、普通の人とは発想が違って当たり前! 君も緋色の衣になったら悟りの境地が分かると思うな」
「い、いや…。俺は謹んで遠慮しておく」
元老寺をしっかり守らなければ、と返したキース君に会長さんが「失礼な!」と噛み付き、お坊さん同士のバトルが始まってしまいました。お経がどうとか鳴り物がどうとか、門外漢には意味不明です。触らぬ神に祟りなしだ、と私たちは二人を無視してティータイム続行。
「終わりませんねえ…。まだまだネタは尽きないんでしょうか」
シロエ君が呟き、サム君が。
「俺たちの宗派でも八百年を超えているんだぜ? 仏教となったら千年どころじゃねえからなあ…。一晩中やってもネタは絶対尽きねえって」
「「「うわー…」」」
まだまだ抹香臭いバトルが続くんですか…。それは勘弁、と思っていると。
「あっちとは関係ないんだけどさ」
ジョミー君が会長さんたちをスル―しつつも横目でチラリ。
「今どき、女の人は入っちゃダメです、って言ってるお寺があるんだね」
「「「へ?」」」
なんですか、その失礼なお寺ってヤツは? 女の人は入っちゃダメって、スウェナちゃんと私は入れないわけ?



ジョミー君が振ってきた腹の立つ話。お寺に入って尼さんに、と思うわけではありませんけど、入門禁止とは時代錯誤も甚だしいです。宗教ならば男女平等に門戸を開け、と言いたいですし、スウェナちゃんも元ジャーナリスト志望の見地からムカついたらしく。
「何よ、それ! 女性の入門お断りって最低でしょ! そういう偉そうなお寺に限って拝観料がバカ高いとか、要予約だとか、観光客相手に儲けてるくせに!」
「…えーっと…。拝観料はどうなのかなあ? 観光バスとか行けそうにないよ」
山の上だし、とジョミー君。
「それに入門お断りってだけじゃなくてさ、そもそも入れないみたいなんだけど」
「「「え?」」」
「昨日、テレビでチラッと見たんだ。この先、女性は入れません、ってリポーターが木の門の前で喋ってたけど」
「「「えぇぇっ!?」」」
入門お断りどころか入れないだなんて、どういうこと? スウェナちゃんと私もビックリですけど、シロエ君やサム君も「嘘だろ?」なんて目をパチクリ。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」もエクレアをフォークに突き刺したままでキョロキョロと。
「知らないよ? ぼく、そんなお寺、知らないけど…。えとえと、ブルー?」
「なに? ぼくはキースとバトル中で!」
忙しいんだ、と会長さんは突っぱねましたが、そこは子供の無邪気さで。
「あのね、一つだけ教えて欲しいの! 女の人は入っちゃダメです、って言ってるお寺があるってホント?」
「「は?」」
坊主バトルの最中にお寺な質問なだけに、会長さんどころかキース君までが休戦モード。二人揃って注目する中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエクレアを口一杯に頬張って。
「んーとね…。ジョミーがテレビで見たって言うの! 女の人は入っちゃダメってお寺があって、門で通せんぼをしているらしいの! そんなお寺って本当にある?」
「…女人禁制とかいうヤツか?」
俺は知らんぞ、とキース君が首を傾げて、会長さんも。
「お寺ねえ…。待てよ、門とか言ったっけ? ジョミー、それって山門かい?」
「山門ってキースの家にあるアレ? そんなのじゃないよ、木で出来た凄く簡単なヤツで、鳥居の親戚みたいな感じ」
でもって観光名所らしい、とジョミー君。ちょっと待ってよ、観光名所? それで女性はお断りだなんて、観光名所の名が泣きますよ!



観光名所と銘打ちながら女性は来るなとは、これ如何に。無礼千万なお寺の態度にスウェナちゃんはもう怒りMAX。
「何なのよ、そこ! 観光だったら拝観料をキッチリ取るでしょ、お金だけ取って「この先、立ち入り禁止です」とか言ってくるわけ? 何処よ、それ!」
「何処だったっけ…。なんか世界遺産で」
ジョミー君の答えで私もプツンと切れました。よりにもよって世界遺産。観光でガッツリ毟っておいて女性排除とは失礼どころの話ではなく、殴り込んでもお釣りが来そうなレベルです。スウェナちゃんと二人して「有り得ない!」と叫んだのですけれど。
「あー、あそこか…」
分かったよ、と会長さんがノホホンと。
「ほら、キース。君も言われたら知ってる筈だよ、修験道のさ」
「あの山か…。そう言えば女人禁制だったな、しかしあそこは寺だったか?」
「忘れがちだけどお寺だよ、アレ。山伏が修行に出掛ける場所だし、山伏の所属はお寺だってば」
だから山頂にお寺もある、と会長さん。
「宿坊も幾つかあった筈だよ、ぼくもまだ出掛けたことはないけれど…。確か五月の三日が戸開け式とかで、それからが修行のシーズンなんだよ」
「世界遺産なのに女性はダメって酷いわよ! 拝観料とかも要るんでしょ?」
スウェナちゃんの怒りは収まりませんが、会長さんは。
「拝観料? うーん、修行をするのに料金と言うか、先達さんを頼む費用は要る筈だけど…。原則、タダじゃないのかな? 観光と言うより修行の場所だし」
「だったら、どうして世界遺産になってるのよ?」
「その山だけってわけじゃないのさ、霊場と参詣道とのセットで登録。山地に神社に、その他諸々。そうそう、メインの神社は君たちも前に行った筈だよ」
あっちのブルーに嫌がらせをする目的でお出掛けしたんだけれど、と言われて思い出しました。ソルジャーとキャプテンの結婚証明書の裏に貼られたブラウロニア誓紙を貰いに行った神社です。そっか、あそことセットで世界遺産かぁ…。でも…。
「セットものでも入れない場所があるっていうのはどうかと思うわ!」
なんかムカつく、とスウェナちゃん。
「修行か何か知らないけれど、今どき何かが間違ってるでしょ!」
「…それはまあ…。たまにモメるね、入れろとか絶対お断りだとか、激しいバトルが」
でも、と会長さんは指を一本立てました。
「実の所はとっくの昔に入っちゃった人がいるらしいけど? 腹が立つなら行ってみるかい、今度のゴールデンウィークに?」



会長さん発のカッ飛んだ提案、ゴールデンウィークはシャングリラ号ならぬ女人禁制の山に突入。それはそれで悪くないかもしれません。今年は五月の六日までお休みですから、戸開け式とやらが終わった後で出掛けて行けばスウェナちゃんと私も見咎められずに行けるかも…。
「そこはサイオンでフォローはバッチリ! 高校生の男子と見間違えるように細工は出来るし、女人禁制を謳う聖地に突入したって仏罰の方も何とでも……ね」
ぼくはこれでも銀青だから、と会長さんは自信満々。
「ただ、山道がけっこうキツイと聞くんだよねえ…。いざとなったら瞬間移動で切り抜けるとしても、荷物を軽めにしておきたいし…。どうかな、荷物を背負う係でハーレイつき!」
「かみお~ん♪ ハーレイが来るならお弁当も沢山持って行けるね!」
そうしようよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちにも否はありませんでした。教頭先生なら重い荷物も任せて安心、美味しいお弁当を期待出来そうです。
「じゃあ、決まり! 荷物係はハーレイだ。そして交通が不便な上に素敵なホテルや旅館も無いから日帰りコース! 朝一番にぼくの家に集合、そこから瞬間移動で登山口まで」
やったあ、なんだか面白いことになりそうです。登山する日は五月五日と決まりました。そこまでのゴールデンウィークは混雑を避けて会長さんの家をメインにお出掛けにグルメ。
「よーし、登山も頑張るぞー!」
ジョミー君が拳を突き上げた時。
「それって、ぼくも行ってもいいかな?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、振り返った先に紫のマントのソルジャーが。
「ぼくの結婚証明書とセットものの場所に行くんだってね?」
「セットなだけで関係ないから!」
其処に行っても御利益の類は何も無いから、と会長さんが牽制したのですけれど。
「御利益は別にいいんだよ、うん。…女人禁制だったっけ? 掟破りに挑戦するって聞いてしまうと興味がね…。ぼくの世界じゃミュウは生きているだけで掟破りだけど、こっちの世界にも理不尽な掟ってヤツがあるとはねえ…。それを破りに行くんだったら、是非行きたい!」
おまけに美味しいお弁当つき、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意したエクレアにフォークを入れながら。
「その上、ぼくの結婚証明書とセットの場所だというのも素敵だ。女子のサポートは手伝うからさ、ぼくも連れて行って欲しいんだけど」
「…君だけだろうね? 流石にイチャイチャするのは絶対アウトだと思うんだけど」
修行の妨げ、と会長さんが睨みましたが、ソルジャーの興味は掟破りの方らしく…。
「ハーレイなんかは連れて来ないよ、ぶるぅもね。それならいいだろ?」
ぼくは掟破りの片棒を担いでみたいだけ、と押し切られてしまい、面子が一名増えました。平穏無事に行けるのかどうか、ちょっと心配になってきたかも…。



こうして決まった女人禁制の結界破り。穏やかな春の日々は順調に過ぎてゆき、ゴールデンウィークが始まりました。予定通りに会長さんの家を拠点に食べ歩きだとか、穴場を探してお出掛けだとか。そうこうする内に五月五日が到来、私たちは朝一番のバスで会長さんのマンションへと。
「かみお~ん♪ ハーレイもブルーも来てるよ!」
「おはよう、今日はよろしくね」
私服のソルジャーの背中には小さなリュック。教頭先生は登山用と一目で分かる大きなリュックを背負っておいでで、にこやかに。
「おはよう。今日は弁当係なのだが、他の荷物も重いようなら引き受けるからな」
「「「ありがとうございまーす!」」」
いざとなったらお任せします、と私たち。けれど私たちのリュックの中身は主にお菓子で、重量軽め。教頭先生の荷物の方もお弁当を食べれば軽くなりますし、登山はきっと楽勝でしょう。
「それじゃ準備はオッケーかな?」
会長さんの声を合図にソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンも合わせて発動。パアァッと青い光が溢れて、フワリと身体が浮いたかと思うと…。
「「「……山だあ……」」」
思いっ切り山の中だ、としか言葉が出て来ませんでした。鬱蒼と茂る木々は植林されたものではなくて原生林。石碑がズラリと並んだ先に木を縦横に組み上げただけの門というよりゲートがあって、横に渡された木に『女人結界門』の文字が黒々と記され、あまつさえ…。
「イヤね、看板まであるの?」
スウェナちゃんが不快そうに睨む大きな立て看板には女人禁制の文字だけではなく「この霊山の掟は宗教的伝統に従って女性がこの門より向こうへ登ることを禁止します」とデカデカと。門の脇に建つ背丈の二倍ほどもありそうな石碑にも『従是女人結界』とムカつく文字が。
「ふうん…。これが噂の掟ってヤツかぁ…」
掟は破るために存在するモノ、とソルジャーが物騒な台詞を口にした途端に背後でブオォーッ、と響いた凄い音。すわ何事、と振り向いてみれば山伏の一行がホラ貝を吹きながらやって来ます。ブオォーッ、ブオォーッ、とホラ貝を鳴らす御一行様はスウェナちゃんと私に見向きもせずに。
「…行っちゃった…」
「何も注意されなかったわよね?」
大丈夫なのかしら、と結界の門をくぐって行ってしまった山伏たちを見ていると。
「二人とも男だと思ってるんだよ、さあ行こうか」
会長さんが先頭に立ってスタスタと門を通過し、ソルジャーも。よーし、結界、破ります!



意気揚々と女人結界とやらを破って登山を開始。道はきちんと整備されていますし、ぬかるむ場所には木道なんかも作ってはあるのですけれど。
「…なんかキツイよ、この山、シャレにならないよ~…」
ギブアップしそう、とジョミー君。修行の場所だと言うだけあって山道は険しく、ハイキング気分も吹っ飛びそうです。でもソルジャーも会長さんも涼しい顔で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気一杯。教頭先生と柔道部三人組は言わずもがなで。
「うへえ、まだまだ続くのかよ…」
「頑張って下さい、サム先輩。ジョミー先輩もギブアップにはまだ早いですよ」
もう少し行けば休めそうです、とシロエ君が道沿いの木に括り付けられた小さな看板を指差しました。この先に茶店があるようです。きっと観光地価格だか山価格だかで高いでしょうけど、ジュースとかがあるに違いない、と期待して山道を登ってゆけば。
「「「……なにアレ……」」」
道のド真ん中に建物がある、と私たちの目がまん丸に。正確に言えば建物の中を道が通ると言うべきでしょうか、そこそこ大きな茶店の中央が吹きっ晒しの通路で山道。道の両脇に床几が並んで、山伏さんたちが休憩中です。
「此処じゃ茶店は全部こうらしいよ、嫌でも目に入る仕組みらしいね」
何か飲んでく? と会長さん。せっかくだから、と床几に座ると店員さんが出て来ました。当然ながら女性ではなく、「おや、学校のクラブ活動ですか?」と。教頭先生が引率係に見えるのでしょう。
「学生さんなら安くしますよ、熱いうどんなど如何です?」
ジュースもコーヒーもありますよ、と告げられた値段は予想よりも安い良心価格。一休みして再び登りつつ、値段の安さに感激の言葉を交わしていると。
「そりゃそうさ。スポンサーがついているからね」
会長さんの言葉に『?』マークが乱舞。こんな山の中でスポンサーって…?
「此処の茶店は山を信仰している団体様が経営してるわけ。自分たちの仲間も登るし、他の茶店でお世話にもなる。ぼったくるより「お互い様」の精神なんだよ、頂上の宿坊も安いらしいよ」
二食付きでこのお値段、と聞いてビックリ、お風呂もあると聞かされ二度ビックリ。下界の民宿並みの値段でその仕様ですか! こんな険しい山の上まで物資を運ぶだけでも大変そうなのに…。
「そこが信仰の山たる所以さ、普通の山とは違うんだよ」
「そうだったの…。結界を破って悪いことをしたような気がしてきたわ」
スウェナちゃんが漏らした言葉に私もコクリと頷きましたが、会長さんは片目を瞑って。
「気にしない、気にしない! 理不尽な掟には違いないしね」
さあ、行こう! と足取りも軽く先に行かれると、殊勝な気持ちも何処へやら。女性はお断りだか知りませんけど、とっくに登って来ちゃってますし~!



山道は上に進むにつれてハードになりつつありました。茶店を幾つか通り過ぎた後はついに修行の本場とやらで、鎖を頼りに登る場所やら、とんでもない崖のすぐ側を這うようにして通る場所やら。それでもどうにか広い場所に出て、お弁当タイムになったのですが。
「…何か聞こえた?」
ジョミー君が聞き耳を立て、キース君が。
「悲鳴のようにも聞こえたが…」
何だろう、と顔を見合わせた途端、ギャーッ! と凄まじい悲鳴が木霊。もしかして誰か事故ったとか? それなら大変、と慌てて腰を上げかけると。
「放っておいても大丈夫だよ。あれはそういうヤツだから」
「「「は?」」」
会長さんの妙な台詞に首を傾げる私たち。ソルジャーは悲鳴が聞こえた方を見詰めて。
「なんだい、あれは?」
「ん? いわゆる覗きというヤツだけど」
「「「覗き?」」」
なんじゃそりゃ、と間抜けな声が出てしまいました。覗きと言えば痴漢行為の一種ですけど、こんな山の中で何を覗くと言うのでしょう? 第一、女人禁制とやらで女性はいない筈ですが?
「そういう名前の修行の場所さ。西の覗きと呼ばれていてねえ…。こう、崖から落とされそうな姿勢で修行するわけ。さっきの悲鳴はその結果」
もう少し登れば現場に着くよ、と会長さんが教えてくれました。
「この一帯は表の行場で、一般人でもなんとかこなせるレベルの修行が出来る場所。西の覗きは最難関って所かな。でもねえ、裏の行場ともなると命綱も無しで崖を登ったりする凄い修行が…。そっちは先達の案内がないと立ち入りすらも禁止らしいよ、危なすぎてさ」
「「「………」」」
どんな山だ! と心で突っ込みを入れたくなるほど、表の行場も凄すぎました。女人禁制でも納得と言うか、女じゃ無理な山だと言うか…。会長さんたちの助けが無ければ登ってこられなかったでしょう。なのに裏の行場とやらはこの上を行くと?
「行くねえ、ぼくでもサイオン無しではクリアするのは無理だと思う。…でもさ、それより凄い点はさ、その裏の行場に行くための案内料がさ…」
「「「えーーーっ!!!」」」
なんという良心価格なのだ、と心の底から尊敬しました。お値段、たったのコイン三枚。それも大きなコインではなく、ほんの少し足せば缶ジュースを1本買えるコインが三枚です。信仰だけで持っている山、恐るべし…。



お弁当を食べて元気とエネルギー充填、険しい山道を登ってゆくと『西の覗き』と書かれた道標。これがさっきの悲鳴の場所か、とドキドキしながら歩いていけば。
「「「……スゴイ……」」」
それしか言葉が出ませんでした。目もくらみそうな崖から上半身を突き出した人と、その人を命綱で引っ張る人たちと。ギャーッ! と派手な悲鳴が上がって、それが修行のクライマックス。何人かの団体で来ているらしくて、一人終わればまた一人。仕切っている人は山伏さんです。
「あれってメチャクチャ怖そうだよねえ…」
命綱が切れたら終わりだよね、とジョミー君。上半身を突き出した人の背中を山伏さんがグイッと押しながら何か叫んで、突き出された人は「ハイッ!」を繰り返し、最後がギャーッ! で。
「…俺は間違ってもやりたくないぞ」
キース君が言い、シロエ君が。
「ぼくもです。ああいう趣味は無いですってば」
「だよねえ、ぼくにも無いんだよね。ブルーはやりたい?」
会長さんの言葉に、ソルジャーですらも首を左右に振りました。
「やる方ならともかく、やられる方は勘弁だよ。サイオンも無いのによくやるねえ…」
落ちたら確実に死ぬじゃないか、とソルジャーまでが逃げ腰な修行。けれど山伏さん以外は普通の服装の男性ですから、一般人だと思われます。ホントによくやる、と眺めていると。
「おーい、そこのデカイの!」
山伏さんが大きな声を張り上げました。私たちの方を見て手を振っています。
「お前も一緒にやってやるから、こっちに来ーい!」
「「「???」」」
「聞こえなかったか、デカイあんただよ、あんた、先生か何かだろー! 早く来ーい!」
「…わ、私のことを言っているのか?」
まさかな、と教頭先生が青い顔で周囲を見回しましたが、私たちの他には誰もいません。山伏さんはブンブンと手を振り、早く来るようにと叫んでいます。
「ハーレイ。…せっかくだから体験してみたら?」
会長さんが教頭先生の背中をトンッ! と押しました。
「多分アレだよ、この辺りの通過儀礼だよ。あれをやらなきゃ一人前の男じゃない、って言われる地域があるんだってさ。やれば男になれるかも!」
「そうだね、ブルーに認めて貰える立派な男を目指してみれば?」
応援するよ、というソルジャーの台詞が教頭先生の闘志に火を点けたらしく。
「よし! 私も男だ、やってみるか!」
拳を握って宣言なさった教頭先生。私たちは盛大な拍手を送って、山伏さんの方へみんな揃ってゾロゾロと。教頭先生が一人前の男になれる修行とやらを見届けようではありませんか!



「よしよし、来たか。あんた、学校の先生か?」
山伏さんが綱引きに使うような太い縄を教頭先生の方へと差し出しながら。
「ほれ、ここに両腕を通して肩に掛けるんだ。リュックを背負うみたいな感じでな」
綱の先っぽには輪っかが二つ。教頭先生は綱を背中に背負う形になり、その綱を山伏さんと他の人たちとが引っ張ることになるようです。
「そこの岩に腹ばいになって、ゆっくり前へ。もっと前へと行かんかい! 生徒が見てるぞ!」
教頭先生、おっかなびっくりズルリ、ズルリと腹ばいで前へ。崖の下が見えて来たのかスピードが緩むと山伏さんが「遅い!」と足を蹴飛ばし、とうとう鳩尾あたりまで崖から突き出す羽目に。
「ハーレイもなかなか頑張るじゃないか」
ソルジャーが感心していますけど、会長さんは。
「まだまだ。修行はこれからだしねえ、最後は絶対ギャーッ! と悲鳴が」
間違いない、と会長さんの唇が笑みの形に吊り上がった所で山伏さんが呪文を唱え始めました。サッパリ意味が分かりませんけど、キース君によると真言だそうで。
「確かに寺だな、神社じゃコレは言わんしな…。しかしだ、この先、どうなるんだ?」
キース君の言葉が終わらない内に、山伏さんが教頭先生の足首をグッと掴んで両足を持ち上げ…。
「仕事しっかりやるかっ!」
グイッ! 山伏さんは教頭先生の巨体を3センチほど崖の方へと。すっごーい、力持ちなんだ…。押し出された教頭先生の方は「ハイッ!」と叫んだものの声がすっかり裏返っています。行者さんは更にグイッと押して。
「奥さん大事にするかっ!」
「は、はいっ!」
「「「……奥さん?」」」
いないよねえ、と顔を見合わせる私たち。教頭先生、「はい」と叫んでいましたけれども、奥さんがいるわけありません。会長さんに片想い一筋三百年以上、どうして「いいえ」と正直に答えないのだろう、と思いましたが、その次は。
「浮気したらいかんぞ!」
「は、はいっ!」
まあ、これは間違ってはいないでしょう。浮気以前に本命すらもいないんだけど、などと笑い始めた私たちは見物モードに入っていました。教頭先生、どんな質問にもひたすら「はい」のみ。あの状況で「いいえ」と答える度胸は無いのかも…。あっ、山伏さんが教頭先生を引き上げています。
「よーっ…」
なんだ、つまらない。悲鳴も上げずに終了なんだ、と思った途端。
「しゃーーーっ!!!」
よっしゃ、の「しゃー!」に合わせて山伏さんは教頭先生を押し、両手を離したのでした。



ギャーーーーーッ!! と響き渡る野太い悲鳴。教頭先生、真っ逆さまに落ちてゆくかと思われましたが、そこで出ました、命綱。ピーン! と張り切った綱が教頭先生の落下を食い止め、岩の上へとズルズルズル。
「…………」
引き上げられた教頭先生は完全にへたり込み、どうやら腰が抜けている模様。けれど山伏さんは笑顔で教頭先生の肩をポンポン叩くと。
「良かったな。…これであんたも男になったぞ」
「……そ、そう…でしょうか……」
辛うじてそう答えるのが精一杯な教頭先生に、山伏さんは。
「ああ、一人前の立派な男だ。これからは何でも死んだ気でやれよ!」
じゃあな、と手を振り、山伏さんと御一行様はホラ貝をブオォーッ、ブオォーッと吹き鳴らしながら山頂目指して去ってゆきました。さて私たちも、とリュックを背負い直したものの。
「…本気で腰が抜けたって?」
会長さんが呆れ果てた顔で教頭先生を見下ろしています。
「まだこの先は長いんだけど! どうせなら山頂まで行きたいんだけど!」
「…す、すまん、私は置いて行ってくれ。帰りにも此処を通るのだろう?」
とても立てん、と泣きの涙の教頭先生。
「…一人前の男にはなれたらしいが、どうにも腰が立たんのだ…」
「腰は男の命じゃなかったっけ? まあいいけどねえ、好きにすれば?」
それじゃサヨナラ、と冷たく言い放った会長さんはスタスタと山伏さんたちが去った方向へ。教頭先生を放置してゆくのは気が引けますけど、女人禁制の山へ遊びに来ることなんて二度と無いかもしれません。いえ、あったとしたってこの山道を再体験したいとは思いませんし…。
「行くか、迷子になる前に」
キース君が歩き出し、サム君も。
「一本道だとは思うんだけどよ、鎖場とかだと迂回路ついてることもあるしな…」
「そうです、はぐれたらおしまいですよ!」
遭難コースまっしぐらです、とシロエ君。私たちは教頭先生が背負っていた荷物から必要なペットボトルなどを取り出し、ご本人は見捨てることにしました。懸命に手を振ってらっしゃいますけど、どうせ帰りに拾うんですから今は前だけ見てれば充分!



山の頂上まで頑張って登って、立派な宿坊で一休み。スウェナちゃんも私も女とはバレず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「こんなに小さいのによく登れたな」と褒められてアイスキャンデーを貰って御機嫌。私たちも良心価格の狐うどんを食べ、それから下山で…。
「いた、いた! ハーレイ、腰は治った?」
「あ、ああ…。まあ、なんとかなったな」
西の覗きの断崖の傍で涙の再会とはいきませんでした。会長さんは教頭先生を「荷物持ちを放棄して居残った腰抜け」と罵倒しまくり、ソルジャーが「男になったんだから許してあげれば?」と言っても聞く耳を持たず…。
「ふん、バカバカしい! あの程度で腰が抜けるなんてね、男が聞いて呆れるし!」
男なら根性で覗きに耐えろ、と下りの道をズンズンと。
「覗きってヤツはやり遂げてなんぼで、それでこそ男と言えるんだよ! 腰を抜かして歩けません、なんか男の内には入らないっ!」
女人結界にでも引っ掛かってろ、と言いたい放題、罵り放題。
「あーあ…。こっちのハーレイ、結果的には男を下げたねえ…」
気の毒に、とソルジャーが首を振りつつ溜息。
「掟破りの楽しい登山に同行させて貰った御礼に、ハーレイを助けてあげたいけれど…。覗きにはやっぱり覗きだろうか?」
「「「は?」」」
「覗きかなぁ、って言ってるんだよ。覗きで潰れたハーレイのメンツってヤツを取り戻すんなら覗きじゃないかと思うんだけどね?」
「ダメダメ、それじゃ恥の上塗り!」
二度目をやっても結果は同じ、と会長さんには取りつく島もありません。
「最後にドーンと突き落とされる、と分かっていたって腰は抜けるかもしれないし? そうなったら恥の上塗りな上にぼくの愛想も今度こそ尽きる」
今はまだ荷物持ちを続けさせる程度には残っているんだけどね、と会長さん。教頭先生の大きなリュックには私たち全員のリュックが器用に縛り付けられていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で紐を運んで頑張ったのです。
「全員分の荷物を背負って登山口まで! そこまで下りたら腰を抜かした分は帳消し、愛想もいつかは復活するさ。そのつもりでガンガン歩くんだね。分かった、ハーレイ?」
「…わ、分かっている…。不甲斐ない男で本当にすまん」
ションボリとした教頭先生を最後尾に据え、私たちの女人結界突破の登山は無事に終了。帰りは瞬間移動で楽々、会長さんの家まででしたが…。



「「「え?」」」
登山が楽しい思い出になった一週間後の放課後のこと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で味噌餡シフォンケーキに舌鼓を打っていた私たちの目が見事に点に。
「だからさ、ハーレイの名誉挽回のための計画だよ!」
これでも色々考えたのだ、と熱弁を奮う別の世界からのお客様。ソルジャーは味噌餡シフォンを美味しそうに食べ、紅茶もしっかり味わいながら。
「…覚えてないかい、山を下る時に言ってただろう? 覗きにはやっぱり覗きかなぁ、って」
「その案は却下した筈だけど? ハーレイに二度目のチャンスを与えようって気持ちも無ければ、二度目のチャンスで挽回できる可能性も殆ど無いってね」
今度も却下! と会長さんは即座に切り捨てましたけれども。
「ダメダメ、人の話は最後まで聞く! 誰もあそこで覗きをしろとは言っていないし!」
「「「は?」」」
ソルジャー、教頭先生に覗き修行をもう一度、とか言いませんでした? あそこでなければ何処に覗き修行があるのでしょう? ん…? もしかして、その覗きって…。
「おい。もしかしなくても裏なのか?」
キース君が私が思ったのと同じ考えを口にしました。
「確かあそこは表の行場で、裏の行場もあるんだったな? そっちに覗きがあると言うのか?」
「ああ、うん…。裏には違いないねえ」
「先達無しでは行けないとブルーが言っただろうが! 宿坊にもそう書いてあったぞ!」
うんうん、と頷く私たち。休憩した山頂の宿坊の受付に張り紙があったのを覚えています。「裏の行場、先達案内のお申し込みはこちら」の文字と、良心価格にもほどがあるコイン三枚分の料金。お値段は確かに安いですけど、またあそこまで行くんですか?
「そう、先達は必要だよ。…でないと絶対、遭難するしね」
「あんたな…。教頭先生を何だと思っているんだ、表の行場でもあの有様だぞ? 裏ともなれば更にハードな修行らしいし、どうなるか結果は目に見えている!」
俺は絶対反対だ! とキース君が拳でテーブルを叩き、会長さんも。
「ぼくも無駄だと思うけどねえ? それに付き合い登山も嫌だ。君が証拠に動画を撮ってくるなら一万歩譲って許すけど…。でも、腰が抜けたら名誉挽回どころか汚名の方を挽回だよ?」
それで良ければ、と会長さんが渋々言えば、ソルジャーは。
「動画かい? 任せといてよ、しっかり撮るから! ぶるぅはあんまり器用じゃないから手ぶれするかもしれないけどね」
「「「へ?」」」
どうして其処で「そるじゃぁ・ぶるぅ」? それに器用だと思うんですけど?



お料理上手で家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は良い子で器用。動画撮影の腕前はさておき、器用じゃないと断言するとは如何なものか。私たちが口々に文句をつけると、ソルジャーは。
「誰がこっちのぶるぅって言った? ぼくの世界のぶるぅは不器用!」
「なんでそっちが出て来るのさ?」
会長さんの問いはもっともでした。裏の行場へ出掛けてゆくのに「ぶるぅ」は不向きと思われます。先日の登山に来ていませんから地理不案内な上、大食漢で悪戯好き。先達さんや教頭先生に悪戯をしたらそれこそ事故が…。
「事故は想定しているよ。流血沙汰も覚悟の上だし、その辺は特に問題無いけど?」
「大ありだってば!」
ニュースになったらどうしてくれる、と会長さん。
「あそこじゃ時々事故があるんだ! 表の行場の方でもね。西の覗きも死亡事故が二件ほどあったって聞くし、本当にシャレにならないから! 下手したらぼくの責任になるし!」
なにしろ君にソックリだから、と会長さんはソルジャーを睨み付けましたが。
「ソックリな所がポイント高いと思うんだけどねえ、覗き修行は…。君そっくりのぼくと、ハーレイそっくりのぼくのハーレイ! それをキッチリ覗き見してこそ男が上がると!」
「「「は?」」」
ま、まさか覗きって…覗き見ですか? 修行じゃなくて?
「違うよ、立派な修行だってば! こっちのハーレイ、ずっと昔にヘタレ直しの修行をするって覗き見しに来ていただろう? あれと同じでヘタレ直し! 最後まで見られたらヘタレ返上!」
それでこそ男、と拳を握り締めるソルジャーが推奨していた覗きは、よりにもよって大人の時間の覗き見でした。ソルジャーとキャプテンのベッドを覗き見するのだそうで…。
「ほら、青の間のベッドは上に天蓋があるだろう? あそこに登って腹ばいになれば縁から覗き込めるんだ。この間の西の覗きみたいに命綱をつければ気絶したって大丈夫!」
無様に落っこちることはない、とソルジャー、力説。
「無事に最後まで見届けられたら男も上がるし、ブルーとの結婚生活に向けての希望ってヤツも出て来るさ。今のヘタレじゃ童貞返上も難しそうだし、ここは一発、覗き修行で!」
「「「………」」」
誰もが口をパクパクさせる中、会長さんが声を震わせて。
「そ、それじゃ先達って言っていたのは…」
「ぶるぅだけど? 覗き見一筋、そっちの道ではもはや達人! ぼくのハーレイにバレないように覗き見するのも得意になったし、こっちのハーレイの修行の手伝いにピッタリかと!」
命綱の長さも「ぶるぅ」にお任せ、とソルジャーはすっかりその気になっていました。そして…。



「分かってたんだよ、こうなるってことは」
この前の修行を超える恥の上塗り、と冷笑している会長さん。私たちは会長さんの家のリビングでソルジャーが「ぶるぅ」に撮らせた動画とやらを再生中。
「…やっぱりダメダメ認定かい?」
覗きはハードルが高すぎただろうか、とソルジャーは大きな溜息を一つ。
「本人はやる気満々だったんだけどね…。ぶるぅもベストなポジションを見付けて命綱つきで案内したのに、ふと見たら失神してたらしくて」
「君が自分で言ったんじゃないか、流血の惨事も有り得ると!」
そして動かぬ証拠が此処に、と画面を指差す会長さん。
「うつぶせのままでピクリともしないし、何処から見ても鼻血だろ? でもって絶賛失神中! 何処をプリントアウトしようか、ハーレイを脅す道具としてね」
「「「脅す?」」」
「そう! ぼくへの妄想をこじらせた挙句に覗きに出掛けてバレました、の図! これをネタにとことん毟り取る! 慰謝料代わりに!」
よくもノコノコ覗きなんかに…、と吐き捨てるように言う会長さんは深く静かに怒っていました。教頭先生、本物の修行の覗きで腰を抜かしてしまったばかりに裏ビデオならぬ裏の世界な大人の時間の覗きの修行。挙句の果てに会長さんに弱みを握られ、搾取される末路になろうとは…。
「「…覗きってコワイ…」」」
「本物も偽物も怖いようだな」
南無阿弥陀仏、と合掌しているキース君。そういえば本物の覗き修行はお寺のある山、気の毒すぎる教頭先生に仏様の御加護がありますように~!




         覗きで修行を・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生がやる羽目になった覗きな修行と、今どき女人禁制なお寺はモデルあります。
 山伏さんの修行で有名、熊野古道にある大峰山。チャレンジしたい方はどうぞです。
 シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
 次回は 「第3月曜」 8月15日の更新となります、よろしくです~!

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 こちらでの場外編、7月は、お盆を控えて卒塔婆書きに忙しいキース君と…。
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