忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

収穫祭のキュウリ

 学校から帰ったら、ダイニングのテーブルにママのお茶会の名残。三段重ねのケーキスタンド。もちろんお皿はきちんと洗ってセッティングし直してあるんだけれど…。
(此処でお茶会してたのかな? それともリビング?)
 どっちなんだろう、と考えながらケーキスタンドを眺めてみる。これがあるってことは、ママはケーキもスコーンも用意した筈。
(えーっと、確か…)
 一番下のお皿にサンドイッチ。真ん中がケーキで、天辺がスコーンだったと思う。三枚のお皿は乗っけるものが違うんだ。ママは張り切ってあれこれ作って、これに乗っけたに違いない。
(ぼくのおやつは…)
 ケーキとスコーンを残しておいてくれてるだろう。サンドイッチは無いだろうけど。おやつにはあまり向かないから。ぼくにとってはサンドイッチは立派な食事でお菓子じゃない。
(だって、ホントに食事だものね?)
 どうしてママたちはお茶の時間にサンドイッチを食べられるのか、って不思議な気持ち。他にもスコーンやケーキがあるのに、三段重ねのケーキスタンドにはサンドイッチ。
(おまけにフルーツサンドじゃないんだもの…)
 果物とクリームをたっぷり挟んだフルーツサンドならお菓子だけれど、ママが作ってスタンドに乗っけるサンドイッチにはサーモンとかローストビーフとか。
(絶対、食事だと思うんだけどな…)
 紅茶がついたら朝食かランチ。そんな気がするサンドイッチ。
 いくらフィンガーサンドイッチって言う小さなサイズのサンドイッチでも、中身が食事向けだと思う。だってサーモンやローストビーフ。魚やお肉はお菓子とは違う。



(なんか変なの!)
 分かんないや、とケーキスタンドを見詰めていたら、キッチンの方からママの声。
「ブルー、おやつはケーキにする?」
 それともスコーン?
 どっちもあるわよ、ケーキは梨のコンポートのよ。
(梨のコンポート…)
 美味しそうだけど、スコーンの方も捨て難い。スコーンと梨のコンポートのケーキ。
 どっちにしようか、と暫く考えてから。
「スコーンにする!」
 えっとね、ハーレイのお母さんのマーマレードで!
「はいはい、すぐに用意するわね」
 キッチンでカチャカチャと食器が触れ合う音。お湯を沸かしている音も。
 椅子に座って待つぼくの前に、「どうぞ」ってママがスコーンのお皿を持って来てくれた。隣にマーマレードを盛った小さな器も。
 ハーレイのお母さんが作る、庭の夏ミカンのマーマレード。お日様をギュッと閉じ込めた金色。これを塗って食べるスコーンが大好きなぼく。スコーンにはハーレイのお母さんのマーマレードが絶対一番、だからスコーンに決めたんだ。
(ふふっ)
 ぼくは御機嫌でスコーンをパカッと割った。ママが温め直してくれたスコーンにたっぷり、夏のお日様の光のマーマレード…。



 ママが淹れてくれた紅茶をお供に、スコーンを美味しく頬張っていたら。
 向かいで紅茶を飲んでいたママが、「ブルー、知ってる?」っていきなり訊くから。
「何を?」
 なあに、とぼくは首を傾げた。学校に行っている間に何か大きなニュースでもあった?
 てっきりそういう話題なんだと思ったのに。
「スコーンにマーマレードは駄目、って話よ」
「ええっ!?」
 どうしてスコーンにマーマレードが駄目なんだろう。
 ハーレイのお母さんのマーマレードを初めて食べたの、スコーンだったのに。
 夏休みの終わりに庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子でハーレイと二人で食べた。焼き立てのスコーンにマーマレードの金色を塗って、木漏れ日の下で。
 あの日からぼくは、スコーンとマーマレードの組み合わせが一番のお気に入りなのに…。



 ビックリしちゃって、目が真ん丸になったぼく。
 ママが言うには、SD体制が始まるよりもずうっと昔の地球での話。
 スコーンでお茶会をしていた国では、マーマレードは朝御飯に食べるものだった。カリッと焼き上げたトーストにマーマレードを塗るのが定番、大抵の家の朝御飯はそれ。
 朝御飯のものだから、お茶の時間にマーマレードはマナー違反だって言われても…。
「ママ、それって…。今でもなの?」
「まさか。そんなわけないでしょ、昔の話よ」
 この前、新聞のコラムにあったの。
 今日、お友達に訊いてみたけど、誰もそんなの知らなかったわ。
「そうだよねえ?」
「でも、ブルーなら知っているかと思ったんだけど」
「どうして? ぼくもコラムを読んでたかも、って?」
「違うわ、ソルジャー・ブルーだからよ」
 ママよりもうんと長い時間を生きてたソルジャー・ブルー。
 知識が豊富で、経験豊かで。だからこの話も知ってるかしら、と思ったのよ。
「ママ…。前のぼくはミュウの長ってだけだよ、ただのソルジャー!」
 お茶会なんて管轄外だよ、やっていた人はいたけれど…。
 でもシャングリラは前のぼくたちの船で、そんな厳しいマナーなんて無いよ。



 そう言った途端に、思い出したんだ。
 前のぼくの記憶。ソルジャー・ブルーだった頃の、懐かしい記憶。
「ママ。今度、ハーレイにお茶を出す時、お菓子じゃなくってサンドイッチにしてくれる?」
「えっ? ブルー、おやつにサンドイッチは食べないでしょ?」
「うん。だから、ローストビーフとかじゃなくって…」
 キュウリを挟んだサンドイッチ。
 キュウリだけが入ったフィンガーサンドイッチがいいんだけれど。
「それだけなの? 卵もハムも何にも無しで?」
「うん、それだけ」
 キュウリだけだなんて何があったの、ってママが言うから、教えてあげた。
 前のぼくの、ソルジャー・ブルーの記憶。
 ママは嬉しそうにニコニコ笑って、「キュウリね」と大きく頷いてくれた。



 次の日、仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。
 ママは約束を守ってくれた。お茶の支度がちょっぴり遅れたけれども、サンドイッチ。キュウリだけしか挟まっていない、小さなサイズのサンドイッチが乗っかったお皿。それと紅茶と。
「ほほう…。珍しいな、フィンガーサンドイッチか」
 お茶の時間にサンドイッチは初めてだな、ってハーレイがお皿に手を伸ばした。キュウリだけのサンドイッチを齧って、「こういうお茶もたまにはいいな」って。
 ぼくもキュウリのサンドイッチを齧ってみた。バターとマスタードを塗っただけのパンに、薄くスライスしたキュウリ。ほんのちょっぴり、塩と胡椒と。
「ハーレイ、何か思い出さない?」
「何をだ?」
「キュウリのサンドイッチだよ」
「はあ?」
 ハーレイが二つ目のサンドイッチを摘んだままでポカンとしてる。鳶色の瞳に怪訝そうな色。
「覚えていない?」
 シャングリラでやった、一番最初のお茶会だよ。
 キュウリだけしか入っていないサンドイッチで開いたお茶会。
「ああ、あったな…!」
 懐かしいな、とハーレイはサンドイッチを頬張った。あの時もキュウリだけだった、と。



 シャングリラがまだ白い鯨じゃなかった頃。
 人類のものだった船に名前だけ付けて、船体はそのままだった頃。
 この船を大きく改造しよう、とプランが進行し始めた。でも、改造の前にまずは第一段階。船の改造には技術だけじゃなくて物資が要る。人類から奪った物資で船を改造したって維持出来ない。
 それじゃ駄目だと、物資も自分たちで調達せねば、ということになった。
 物資の調達の練習を兼ねて、船の中で作ろうと決まった畑。自給自足を目指して畑。
 畑作りに必要な土や肥料が手に入る星を探して、採掘して。
 種や苗なんかは前のぼくが輸送船から奪って用意した。
 船の中の空いたスペースに土を運び入れ、耕して作った一番最初の畑。
 トマトにキュウリに、色々と植えた。
 育てやすい野菜を選んで植えたから、初心者ながらも立派に実った。



 船のみんなが頑張った畑。水をやったり肥料を足したり、余分な芽を摘んで世話したり。
 そうやって作物が出来てきたから、船の空気も浮き立っていた。
 後に長老と呼ばれる四人と、ハーレイと、ぼく。会議の席でブラウが言い出した。
「収穫祭と洒落込みたいねえ、せっかくだから」
「そんなに量は無いのだがねえ…」
 畑を見れば分かるだろう、とヒルマンが首を捻って、エラだって。
「少しずつ採れては来ていますが…。食事の大半は奪った食料ですものね」
「採れたものだけで収穫祭をするのは無理じゃろう」
 とても足りんぞ、とゼルも首を振った。
 だけど、船のみんなも考えていることはブラウと同じ。畑を見に行く時の足取りや、作物を見ている瞳の輝き。誰の心も弾んでる。
 ぼくたちの船で初めて出来た作物。畑に豊かに実った作物。
 嬉しくてたまらない気分なんだし、ちょっぴりお祭りしてみたい。初めての収穫を祝うお祭り。
 そんな気持ちが船に溢れているってことは、ぼくにもちゃんと伝わってたから。
「ヒルマン、何か方法は無いのかい?」
 少ししか無い作物だけれど、収穫祭をする方法。
 見付けてくれれば皆も喜ぶし、今後の励みになりそうだけどね。
「ふうむ…。エラと探してみるとしようか」
 古い資料を端から当たれば、何か見付かるかもしれん。
 あればいいのだがね、我々の役に立つものが。



 頑張ってみよう、とヒルマンが顎に手を当てていた日から数日が経って。
 いつもの定例会議じゃなくって、臨時の招集がかけられた。ヒルマンから。
 これは来たな、とぼくは会議用の部屋へと出掛けたんだけれど。
「ハーレイ、紅茶の在庫はどうなっているかね」
 ヒルマンの口から飛び出した言葉は、畑の作物とはまるで繋がらないものだった。紅茶なんかで何をするんだろう。料理に使えるとでも言うのだろうか?
 意味が分からないぼくを放って、ハーレイが紅茶の在庫はあると答えた。
「今ある量なら、全員が毎日飲み続けても一ヶ月分は充分賄えます」
「それは結構」
 ヒルマンが満足そうに頷き、今度はエラが口を開いた。
「パンの材料も足りていますわね?」
「もちろんですが…。紅茶とパンで何をするのです?」
 ハーレイがぼくの代わりに疑問を声にしてくれた。紅茶とパンなんて、どう考えても畑の作物に繋がりやしない。けれどヒルマンは穏やかな笑みを浮かべて。
「お茶会だよ」
「お茶会じゃと?」
 収穫祭の話じゃったと思ったが…。
 何処からお茶会の話になるんじゃ、ええ、ヒルマン?



 ゼルが噛み付いて、ブラウも「ちょっと違うんじゃないのかねえ?」と言ったんだけれど。
 ヒルマンとエラは自信満々、二人で説明し始めた。
 ずうっとずうっと昔、SD体制が始まるよりも千年以上も前の地球。一度滅びるよりも前の青い地球の上、イギリスという名の国が栄えていた頃。
 其処では貴族のご婦人たちがティーパーティーを楽しんでいた。
 午後に開かれる、優雅なお茶会。午後のお茶だからアフタヌーンティーと名付けられた。後には庶民にも広がっていったけれども、最初は王侯貴族だけのもの。特権階級だけのお茶会。
「そのお茶会に、だ。欠かせないものがキュウリのサンドイッチだったのだよ」
「キュウリなのかい?」
 どうしてキュウリ、と驚いた、ぼく。
 キュウリなんかは珍しくもない。輸送船には山と積まれてあったし、ごくごく普通にある野菜。データベースで戯れにレシピを検索したって、サラダなんかによく入ってる。
「それが、ソルジャー。当時のキュウリは今とは事情が違ったようで」
「ええ。とても貴重な野菜だったと資料に書かれていましたわ」
 こんな話が、とエラが教えてくれた当時のキュウリはぼくの理解を超えていた。



 貴婦人たちがお茶会を開いていた頃、イギリスとやらでキュウリはとっても珍しい野菜。
 もちろん市場で売られてはおらず、普通に植えても育たなかった。
 王侯貴族が暮らす家ではキュウリ専用の温室みたいなものを作って、庭師に育てさせたという。そんな温室、豊かでないと作れないから懐に余裕がある証。
「ですから、キュウリだけを使ったサンドイッチはステイタス・シンボルというわけです」
 自分の家には温室があると、キュウリを育てたから食べて下さいと披露するのです。
 とても貴重なキュウリですから、サンドイッチにはキュウリだけ。
 キュウリだけでサンドイッチを作れることは最高の贅沢だったそうです。
「キュウリがねえ…」
 ちょっと想像もつかないな、とキュウリを思い浮かべた、ぼく。
 このシャングリラでも育つキュウリが貴重な野菜だった時代があっただなんて…。
 だけど、エラの話には予想以上の続きがあって。
「お茶会には必ずキュウリのサンドイッチを出さなければ、と貴婦人たちは考えましたから…」
 何らかの事情があってキュウリのサンドイッチが出せなかったら。
 料理長の首が飛ぶということもあったそうです、主人に恥をかかせたと言って。
「そこまでキュウリにこだわったのかい?」
「ええ。正確にはキュウリのサンドイッチに、ということになりますわね」
 つまり、キュウリのサンドイッチさえ作れたなら。
 そのお茶会はとても贅沢なもので、王侯貴族のものなのですわ。



 キュウリのサンドイッチがあったらそれは立派なお茶会なのだ、という解説。
 貴婦人という部分が引っ掛かったから、訊いてみた。
「そのお茶会は女性限定じゃないのかい?」
「いいえ、ソルジャー、御心配なく」
 ヒルマンが「大丈夫ですよ」と、その後の歴史を話してくれた。
 貴婦人が始めたお茶会は庶民にも広まっていったけれども、後に男性まで巻き込んで行った。
 由緒あるホテルなんかが男性専用のアフタヌーンティーのメニューを設けていたほどに。
 そして王侯貴族が主催するガーデンパーティーなんかも、紅茶と一緒にサンドイッチ。
 他の料理ももちろんあるけど、キュウリだけで作ったサンドイッチは必須の料理。
「正式なお茶会になればなるほど、キュウリのサンドイッチだったのです」
 これが無ければ正式ではない、と言われていたと書かれていました。
 そのキュウリが畑に沢山あります。
 皆に行き渡るだけのサンドイッチが作れそうですが、お茶会は如何でしょうか、ソルジャー?



 正式なお茶会に欠かせなかったキュウリのサンドイッチ。
 最初は温室で作ったキュウリで、特権階級しか食べられなかったサンドイッチ。
 それをシャングリラで出来たキュウリで作ろうというアイデアは実に素晴らしかった。
 みんなの分のサンドイッチと紅茶さえあれば開けるお茶会。
 遥かな昔の王侯貴族になった気分になれるお茶会。
 ゼルもブラウも大賛成で、ぼくも反対するどころじゃない。
 素敵な資料を見付け出してくれたヒルマンとエラに御礼を言って、実行に移すことにした。
 せっかくだから、ガーデンパーティー風に。
 畑を眺められる所にテーブルを出して、キュウリで収穫祭をしようと。



 お祭りなんだし、ここは大いに盛り上げたい。
 エラが「収穫祭のお茶会」と銘打った招待状を作って、みんなに配った。
 日時と場所が書かれただけの招待状。
 それ以外の情報が何も無いから、探り出そうと誰もがあの手この手で、もう充分にお祭り騒ぎ。
 だけど厨房のクルーたちは「お茶会です」としか言わず、ブラウたちだって喋らない。
 シャングリラの中は「どんなお茶会なんだろう」って話題で持ち切り、挨拶代りにお茶会の噂。
 エラの狙いは見事に当たって、みんながドキドキワクワクしながら収穫祭の日を待った。
 そうして迎えた、お茶会の日。



「お茶はともかく、サンドイッチがキュウリだけだぞ?」
 畑の側に並べられた沢山のテーブル。
 紅茶のポットやティーカップが置かれて、キュウリのサンドイッチのお皿が幾つも。
 そう、サンドイッチのお皿は山ほどあるのに、どのお皿に載ったサンドイッチもキュウリだけ。
 案の定、出て来た不満の声。
 それはそうだろう、お茶会までの間に食べた朝食と昼食には卵やハムもあったのだから。
「他に具材は無いのかよ?」
「入れ忘れたんじゃないのか、厨房のヤツら」
 ワイワイと声が広がり始めた所で、ヒルマンがおもむろに咳払いをして。
「いや、キュウリしか無いサンドイッチで間違いはない」
 これが正式な料理なのだよ、遠い昔の地球のお茶会では。
 始まりはキュウリが貴重だった時代に遡るのだがね…。
 食べながら聞いてくれたまえ、とヒルマンはエラと交互にキュウリのサンドイッチに纏わる古い資料を披露した。
 今でこそ当たり前のキュウリが遠い昔には珍しかったと、王侯貴族の食べ物だったと。



「へえ…! 貴族様しか食べられなかったサンドイッチか…」
「庭に温室って、すっげえ贅沢だったんだろうな…」
 温室のキュウリでサンドイッチか、と、みんな一気に気分は当時の王侯貴族。
 自分たちだってキュウリを作ったと、温室じゃないけど船でキュウリを作ったと。
「王侯貴族ってどんなのだろうな、今の時代は王様も貴族もいないよなあ?」
「メンバーズみたいなモンじゃねえのか、お目にかかったことは一度もねえけどよ」
「会ったら俺たち、終わりじゃないかよ」
 ヤツらはマザー・システムの手先なんだぜ、って言いながらも、みんなは笑ってた。
 まだ人類には見付かっていなかった頃のシャングリラ。
 ステルス・デバイスなんかは無かったけれども、見付からないように飛んでたシャングリラ。
 だからメンバーズだって怖くはない。
 怖い連中だって分かっているけど、出会ってないから怖くない。
 アルタミラの地獄も何十年も前の話で、今はこうして船でお茶会。
 皆で作った畑の作物が無事に実ったと、次はシャングリラの改造なのだと賑やかに。
 キュウリのサンドイッチをつまみながら楽しく続いたお茶会。
 王侯貴族になった気分で、うんと豊かになった気分で。



「懐かしいなあ、キュウリのサンドイッチで収穫祭なあ…」
 ハーレイの目が懐かしそうに細められてる。遠いシャングリラを眺めている目。
「盛り上がったよね、あのお茶会」
 仕事のある仲間も交代で来たし、みんなで紅茶とサンドイッチで。
「うむ。キュウリのサンドイッチだけだったんだが、量はたっぷりあったしな」
 キュウリを薄くスライスっていうのが良かったんだな、一本のキュウリで幾つも作れる。
 あれが普通のサラダだったら、みんなが満足するだけの量は無理だったろうな、キュウリでは。
「そうだね、何か他の野菜を足さないと…」
 他の野菜をプラスしちゃったら、畑の作物が一気に減っちゃう。
 収穫祭のサラダだけでドカンと減ってしまって、見た目が寂しくなっちゃうよ。
「見た目で言えば、だ。サラダしか無い収穫祭なんか有り得んぞ」
 他にも料理を出さんとな?
 そうなると肉だの何だの出て来て、収穫祭と言うよりただの祭りだ。
 シャングリラで採れた作物をしっかり味わうどころか、あれこれと食って終わりだってな。
「そっか…。そういう意味でも、あの時のキュウリのサンドイッチって…」
「ヒルマンとエラは凄いアイデアを出したってことだ」
 みんなが船で採れたキュウリを食うことが出来て、おまけに由緒正しい料理だと来た。
 キュウリとパンだけで王侯貴族が食ってたサンドイッチだ、あの二人に感謝しないとな。



 キュウリだけしか入ってなくても、リッチな気分のサンドイッチ。
 遠い昔に王侯貴族が食べてたキュウリのサンドイッチ。
 船で初めて採れたキュウリで、それを作った。お茶会を開いて、みんなで食べた。
 名前だけだった頃のシャングリラが本物の楽園になってたパーティー。
 誰もが王侯貴族気分で、幸せ一杯だったお茶会。
 あれから少しずつ進歩してって、船を改造して白い鯨が出来たけれども。
 紅茶まで船で作れるようになったけれども、キュウリを挟んだサンドイッチだけしか食べる物が出ないというお茶会は、あの時の一回きりだった。
 次に収穫祭をやった時には作物も増えて、キュウリのサンドイッチに頼らなくても見栄えのする料理を作れたから。収穫祭らしくあれこれ並べて、色々なものを食べられたから。
 だけど、シャングリラで最初の収穫祭。
 キュウリのサンドイッチだけしか無かった収穫祭。
 あの日は確かに、シャングリラで一番の贅沢をした日だったと思う。
 自分たちの手で育てたキュウリで、遠い昔の地球の貴族たちが食べていた料理。
 キュウリだけしか無かったけれども、王侯貴族の気分になった日…。



「うむ、最高の贅沢だったな、あの頃の俺たちにとってはな」
 そして今では地球のキュウリで作ったサンドイッチを食ってます、ってな。
「うん」
 本物の地球で採れたキュウリだよ、地球の光と水と土とで育ったキュウリ。
「美味いな、これ」
「キュウリしか入ってないけどね」
「前の俺たちの収穫祭のと同じヤツだな、あの時もこんな味だっけな」
 シャングリラで作ったヤツじゃなかったが、バターとマスタードを塗って。
 塩はともかく、貴重な胡椒もパラリと振ってみました、ってな。
「だって、収穫祭だしね?」
「違いない」
 其処で出さなきゃいつ使うんだ、って時代だったしなあ、胡椒なんかは。
 そういう意味でも贅沢だったな、あの時のキュウリのサンドイッチは。
「美味しかったよ、凄く美味しいサンドイッチだった、って覚えているよ」
 地球のキュウリに負けないくらいに。
 うんと美味しく育ってる筈の、地球のキュウリのサンドイッチに負けないほどに…。



 今でもアフタヌーンティーと言ったら、キュウリのサンドイッチがついているけれど。
 前のぼくたちは自分たちで調べて、キュウリのサンドイッチを作った。
 キュウリがどんなに貴重だったか、そこまで調べてお茶会をした。
 前のぼくたちのキュウリのお茶会は、記念すべきミュウの最初のお茶会。
 歴史あるキュウリのサンドイッチは、ミュウの歴史で初のお茶会の主役を立派に務めた。
 でも、そのことについて書いてある本は何処にも無いんだ。
 ぼくも忘れていたほどだもの。
 ママには話しておいたけれども、きっとこれからも知られないまま、あのお茶会は幻のまま。
 前のハーレイは航宙日誌に「収穫祭をした」としか書いておかなかったから。
 ハーレイに訊いたら、そうだと話してくれたから。
 どおりで知られていない筈だよ、キュウリのサンドイッチの歴史に加わった新たな一ページ。
 初めての収穫でミュウが作ったと、初のお茶会の主役だったんだ、と。
 前のハーレイが「収穫祭」と書いたイベントは、ホントはお茶会。
 キュウリのサンドイッチで開いたお茶会だったよ、ねえ、ハーレイ…?




         収穫祭のキュウリ・了

※シャングリラで採れた初めての野菜、キュウリのサンドイッチで気分は王侯貴族。
 なんとも素敵なお茶会ですよね、ミュウの船でもアイディア次第で幸せがやって来るのです。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]