シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「今やすっかり普通になっちまったなあ…」
ハーレイがふと零した言葉に、ブルーは「何が?」と首を傾げた。
仕事帰りに寄ってくれたハーレイと両親も一緒の夕食を食べて、今はブルーの部屋のテーブルで食後のお茶。お菓子は無くてお茶だけだけれど、時間が許す限りはゆっくり話せる。
そんな中で出て来た、何の脈絡も無い話。何が普通だと言うのだろう?
「ん? 何がって…。今日の晩飯さ」
昼飯でもいいぞ、食堂で何か食べただろ?
「お昼御飯…?」
ますますもって分からなかった。学校の食堂で摂った昼食。ランチ仲間と賑やかに食べた。
その食堂にハーレイの姿は無かったと思う。
食堂を利用することもあるハーレイだけれど、飛びぬけて立派なあの体格。何処かに居たなら、まるで気付かない筈が無い。たとえ自分とは遠く離れた席で、柔道部員たちとの食事だとしても。
だからハーレイに会ってはいないし、昼食はヒントになりそうもない。
けれど昼食と言われたからには、此処は考えねばならないだろう。
(今日のランチは…)
日替わりランチは、今日はコロッケがメイン。それにスープとサラダがついた。
トーストを添えるか、ライスにするかはその場で選べる。どちらにしようかと少し迷ってから、ライスに決めた。ブルーは大抵、ランチにはライスを選んでいた。
トーストが食べたい気分の時とか、如何にもトーストが合いそうだとか。そういった時だけ選ぶトースト。普段はライス。コロッケだったから迷ったけれども、やっぱりライス。
ブルーがライスをよく選ぶのには理由があった。その場で盛り付けて貰えるライス。好みの量を選べるライス。「少なめで」と頼んで盛られた量から「もっと減らして」と言えるのが強み。
これがトーストだと、そうはいかない。
厚みや枚数は注文出来ても、出て来たトーストを「多すぎるから」と減らせはしない。
ライスだったら多すぎた分を釜に戻して、次のランチに盛れば済むこと。
しかしトーストは焼けてしまえばそれでおしまい、多すぎる分を切って誰かに回せはしない。
ブルーの昼食の定番と言えば、ランチセットのライスだけれど。
(…だけど昼御飯、他にも色々選べるよ?)
食堂のメニューはレストランには及ばないまでも豊富にあった。
人気のカレーライスや丼、パスタに麺類。もっとも、ブルーは滅多に注文しなかったが。
注文しない理由は日替わりランチのトーストと同じ。量の加減が出来ないから。
(ぼくは大抵、ランチだけれど…)
ハーレイの台詞と繋がらない。いったい何が普通なのかが。
(それに夕食…)
さっき、ハーレイや両親と囲んだ食卓。
テーブルの上にはお客様向けではない家庭料理の鮭のムニエル、野菜の煮物に味噌汁など。
学校で食べたランチとは何の共通点も無く、考えるほどに分からない。
コロッケとムニエルは全然違うし、サラダと野菜の煮物だって違う。スープと味噌汁ともなれば尚更、ハーレイの意図が全く掴めないから。
思い切って訊いてみることにした。一人でぐるぐる考えていても、きっと答えは出ないだろう。
「ねえ、ハーレイ。普通って、何が普通なの?」
「もちろん飯だ」
今日の昼飯。俺は弁当持参だったが、いつも持ってくる二段重ねのでっかいヤツだ。
おかずはたっぷりが俺の基本だ、二段重ねは外せない。…まだ分からんか?
「ハーレイのお弁当まで出て来ちゃったら分からないよ!」
お手上げだよ、とブルーは叫んだ。
自分が食べた昼食と夕食の謎も解けていないのに、見てもいないハーレイのお弁当だなんて。
けれどハーレイは「そうか?」と涼しい顔で続ける。
「ヒントは二段重ねの弁当箱だが」
「…豪華ってこと?」
いろんなおかずが沢山入って、うんと豪華なお弁当?
「いや、俺が言うのは質よりも量だ」
そりゃあ、質にもこだわりたいが…。
栄養バランスと俺の気分とで、あれこれ詰めるのが楽しみなんだが。
「ますます謎だよ!」
「謎って…。同じ食うなら美味い飯の方がいいだろうが」
「そんなことを言われたら、もっと謎だよ!」
美味しいだなんて言われても…。
ぼくはハーレイの今日のお弁当、何が入ってたのかも知らないんだよ!
「今が一年で一番美味いが?」
「えっ…?」
謎は一層、深まった。一年で一番美味しいとくれば、恐らくは旬のものなのだろうが。
今の季節は実りの秋。様々な旬の食材が溢れるシーズン。
(鮭のムニエルはママが年中、作っているけど…)
本来は鮭は秋だった筈。川で生まれた鮭が海で育って、産卵のために川を遡る時期。
鮭だろうか、と考えたけれど、鮭はランチプレートの上には無かった。今日のランチはコロッケだったし、コロッケに鮭は入ってはいない。
「ハーレイ。今日の食堂の日替わりランチはコロッケだったよ?」
「コロッケなあ…。お前は、何を食ったんだ?」
「だから、ランチセット!」
ハーレイだって知ってるくせに。
ぼくは殆ど毎日ランチセットで、他のメニューは滅多に頼んでいないってこと!
「ふむ…。いつぞやは大盛りランチを頼んで、分厚いトーストを持ってはいたが、だ」
食えもしないのに頼んでしまって途方に暮れていたよな、お前。
残してた分を俺が食ったわけだが、あの時のトースト、例外だろう?
お前、基本はライスだろうが。あれはいくらでも減らせるからな。
「そうだけど…」
もっと減らして、って言ったら減らして貰えるけれど。
だから大抵、ライスだけど…。
ハーレイとは食堂でたまに顔を合わせるし、一緒に食べたことも何度かあった。
身体測定を控えて背を伸ばそうと欲張って大盛りランチを頼んだ時が最初で、その後も何度か。
ランチ仲間が周りに居るから、二人きりとはいかないけれど。
ハーレイと二人で話したくても、生徒に人気の高いハーレイ。ランチ仲間に囲まれてしまって、ブルーだけとは話してくれない。ブルーもあくまで生徒の一人。
それでもブルーは幸せだったし、特別なランチタイムになる日。
何度も食堂で出会っていたから、ハーレイはブルーがライスを選ぶと当然知っているのだが…。
「ぼくがライスだと、どうかした?」
分からないよ、ハーレイが言ってる話。
何が普通で何が美味しくて、晩御飯とかお昼御飯とどう繋がるわけ?
おまけにハーレイのお弁当だよ、何が何だかサッパリだよ!
「今が一番美味いと言ったぞ」
それに俺の二段重ねの弁当箱は、だ。
一段はおかずをギッシリ詰めるが、もう一段は飯が詰まるんだ。
炊き込み御飯と洒落込むこともあるがな、飽きが来ないのは普通の飯だな。
弁当を開ける頃には冷めちまっているが、おかずを食うには飯が欠かせません、ってな。
「…もしかして、御飯?」
さっきからハーレイが言っているのは御飯なの?
今だと新米を売っているから、一年で一番美味しいお米が食べられるけど…。
「そうさ、俺が普通だと言ったのは米さ」
お前のランチに、俺の弁当。今日の晩飯にも白い御飯がついてただろう?
今じゃ当たり前のように食ってる米だが、あれはシャングリラには無かったろうが。
ブルーとハーレイが生まれ変わった地域は、遠い昔に日本と呼ばれた小さな島国が在った場所。地形はすっかり変わったけれども、画一的だったSD体制時代に消された文化を復活させる努力を続けて結果を出した。
今も日本と呼ばれる地域。米食文化が根付いた地域。
其処では米はあって当然、栽培も各地で行われている。様々な品種の米が栽培されている。
けれども、遠い遥かな昔にブルーたちが暮らしたシャングリラ。
ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
其処に日本の文化などは無くて、米も無かったとハーレイはブルーに言うのだけれど。
ブルーの記憶では米も育てた。白い鯨の広い農場には、米だってちゃんと植えられていた。
「えーっと…。シャングリラにもお米、あったよ?」
ちゃんと育てて食べていたよ。
もしかしてハーレイ、忘れちゃってる?
「いや、米があったことくらいは覚えているさ」
農場で何を育てていたのか、知らないようではキャプテンなんぞは務まらん。
収穫時期だの、採れた量だの、次の栽培の計画だのといった報告まで来るんだからな。
しかしだ、シャングリラで育てて収穫した米。
そいつでピラフだのリゾットだのを作ってはいたが、ただの白い飯は無かったろうが。
米を水だけで炊き上げたヤツは無かったんだぞ、水と鍋があれば炊けるのにな。
「そういえば…」
無かったね、とブルーは遠い昔の記憶を探った。
シャングリラで採れた米はピラフに、リゾットなどに調理されたけれども。
時には様々な野菜やハーブを刻んで混ぜ込んだ米を、くり抜いたトマトなどに詰めてオーブンで焼いた料理も作られたけれど、ただ白いだけの米は無かった。
味付けもされず、具材も何も入ってはいない、ただの白い米。
鍋と水さえあれば炊き上がる筈の、いわゆる「ご飯」は見なかった…。
今のブルーには馴染みの「ご飯」。
学校の食堂で「ライス!」と頼めば盛られて出て来て、家でも毎日のように炊かれる「ご飯」。
あまりにも普通で、幼い頃から口にして来たものだったから。
ハーレイが「すっかり普通になっちまったなあ」と言わなければ気付かなかっただろう。
前の自分は白い御飯を知らなかったと、食べたことさえ無かったのだと。
「白い御飯、シャングリラに居た頃には無かったんだっけ…」
ちゃんとお米を育てていたのに。
リゾットとかピラフを食べていたのに、どうして普通に炊こうと思わなかったんだろう?
白い御飯を食べるって文化、日本と一緒に消えちゃった?
日本って国の文化が無くなった時に、白い御飯も消えちゃったの…?
「いや、消えちまったスケールってヤツは、もっとデカイな」
白い飯は日本の文化と一緒に消えたんじゃない。
日本と呼ばれた国だけじゃなくて、地球と一緒に消えたんだ。
「地球…?」
「そうだ、白い飯は地球と一緒に消えた」
スケールがデカイと言っただろう?
地球ごと滅びて消えちまったのさ、白い飯を食おうって食文化はな。
「どうして地球…?」
ブルーは酷く驚いた。日本という小さな島国ならばともかく、母なる地球。
白い御飯が地球と一緒に滅びただなんて、あまりにもスケールが大きすぎる話。日本で馴染みの白い御飯が、どうすれば地球ごと滅びるのだろう?
確かに日本は、地球の一部であったけれども…。
「驚いたか? だが、本当の話だ、これは」
お前、好き嫌いが無い上に、寿司は好きだろ?
「うん。お寿司は元から好きだったけれど、前のぼくの記憶を取り戻してからは、もっと好き」
地球の海で獲れた魚とか貝が沢山だもの。
青い地球まで来られたんだな、って実感出来る食べ物だもの。
「その寿司が、だ。日本で生まれて世界中に広がって人気だった時代があったんだ」
「お寿司が?」
「ああ。今もあちこちの地域で人気のようだが、その比じゃない」
何処の国にも寿司を食べさせる店が沢山あったくらいに、寿司ってヤツは人気だったのさ。
ところが、寿司は地球と一緒に消えちまった。
それと一緒に寿司を乗っけてた白い飯も消えてしまったわけさ。
もっとも、寿司に使う飯には酢を入れるがな…。だが、炊く時にはただの白い飯だ。
そいつが姿を消してしまった。
ついでに白い飯で食うのが基本の、日本の和食の文化もな。
「なんで…?」
地球と一緒に
消えちゃうだなんて、どうしてなの?
お寿司も和食も、どうして地球と一緒に消えてしまうの、お寿司は人気だったんでしょ?
人気があるなら残りそうだよ、とブルーはハーレイに言ったのだけれど。
「残したくても、そうするわけにはいかなかったんだ」
寿司ネタに欠かせない、魚や貝や。
和食に使う出汁の元になる、昆布にカツオ。
どれも海だろ?
海から取れるものばかりだろ?
「うん」
「これで分からないか?」
寿司も和食も、海ってヤツから切り離せない。
生命を育む海が要るんだ、そいつが無ければ寿司も和食も作れないんだ。
「あっ…!」
そうだったのか、と気付いたブルーの瞳が翳った。
遥かな昔に滅びてしまって、前のハーレイが辿り着いた時には死の星だったと聞いている地球。
今でこそ青い水の星として蘇ったけれど、一度は滅びてしまった地球。
大気は汚染され、地下には分解不可能な毒素。
生命の源、海からも魚影が消えて行った果てに、地球は滅びた。
その地球を再び蘇らせるために、と人の未来を機械に委ねてSD体制の時代になった…。
「海が駄目になって消えたんだ、お寿司…」
ブルーの瞳が悲しげに揺れる。
愚かだった遠い昔の人々。地球を滅ぼしてしまった人々。
彼らが地球を滅ぼしたせいで、前の自分たちは酷い目に遭わされ、生きる権利さえも奪われた。
それでも尚も地球を目指して、いつか行こうと焦がれ続けた。
地球が死の星のままだとも知らず、前の自分は仲間たちの命を守るためにとメギドで散った。
今はもう遠く過ぎ去った時代のことだけれども、あの頃を思うとやはり悲しい。
どうして人は地球を滅ぼしてしまったのかと、母なる星を死へと追いやったのかと。
俯いてしまったブルーの頭を、ハーレイの褐色の手がポンポンと軽く優しく叩いた。
「落ち込むな、こら。…元々は寿司の話だろうが」
それと、白い飯。
前の俺たちには想像もつかなかった美味い飯がある世界に来たんだ、何もかも全部昔のことさ。
青い地球だって今はあるんだ、海の中には魚も貝も山ほど棲んでいるんです、ってな。
「そうなんだけど…」
青い海はちゃんとあるんだけれど、と返したブルーは「あれ?」と首を捻った。
海ならばアルテメシアにもあった。人工の海ではあったけれども、魚も海藻も存在していた。
昆布から作る出汁はともかく、寿司は作れたような気がする。
けれども寿司は無かったから。地球と一緒に滅びたと聞くから、確認してみた。
「ハーレイ、アルテメシアにも海はあったよ?」
ミュウの子供を救出する時に海に隠れたら、いつも魚が泳いでいたよ。
あの魚でお寿司、多分、作れたと思うんだけど。
アルテメシア以外の星にも海はあったし、お寿司は消えずに済みそうなのに…。
「そいつは前の俺たちの時代だったから、そう思うだけさ」
SD体制が始まる前。
人類は住める星を探して、植民惑星を幾つも作った。アルテメシアもその一つだな。
だが、植民惑星に海を作れる技術はあっても、生態系を維持するだけで精一杯といった所だ。
やっとのことで定着させた魚や貝などを食ってしまえるわけがない。
もちろん養殖技術もあったが、食うための魚や貝は必要最低限でいい。食えればいい。
海ってヤツから切り離せないような食文化は消すに限るんだ。
SD体制とマザー・システムは、それを実行したわけだ。消してしまえと、滅ぼせばいいと。
そうやって寿司は地球ごと滅びた。
寿司も和食も、海が無ければ駄目な食文化は消えて行くしかなかったのさ。
「だったら、お米は? …白い御飯は?」
海が無くても白い御飯は作れるよ?
シャングリラでも多分、知っていたなら炊けた筈だよ、白い御飯を。
「白い飯だけじゃ美味くないだろう、って消えたんだろうな、寿司も和食も無いからな」
もちろん白い飯を食ってた地域は日本の他にもあったわけだが。
多様な文化は必要無い、というのがSD体制だ。
地球を席巻していた大人気の寿司も消してしまったようなヤツらが残そうと思うわけがない。
ヤツらが選んだ文化の他には何も要らない、宇宙の何処でも判で押したようにそっくりな世界。
白い飯はヤツらに選ばれなかった。
米はあっても、白い飯を食うって文化を残さなかった。
美味くないと判断したんだろうなあ、寿司を作れない世界じゃな。
もっとも、俺に言わせれば、だ。
白い飯に酢を混ぜて寿司用の酢飯に仕立てなくても、ただの白い飯で充分に美味い。
握り飯にして塩をパラリと振ったら、それだけで美味いものなんだがな。
「海苔を巻いたら、もっと美味しく食べられるよ?」
「その海苔が無かった時代だろうが」
海苔も海だぞ、海が無ければ作れないんだぞ?
「そっか…」
おにぎりに胡麻も美味しいけれども、白い御飯が無いんじゃね…。
シャングリラで胡麻は育てていたけど、おにぎりは作れなかったんだね。
前のぼくたち、白い御飯を知らなかったから。
お米はリゾットやピラフにするもので、水で炊くだけなんて誰も思いもしなかったから…。
地球と一緒に滅びた文化。数多の文化と共に食文化も滅びて消えて行った。
今は食卓に当たり前にある白い御飯も、それに酢を混ぜた酢飯で作られる寿司も。
青い地球と共に蘇った文化は、消えた食文化も連れ戻して来た。
ブルーとハーレイが生まれ変わって来た地域には、寿司も和食も戻って来た。
シャングリラでは誰も考えなかった、知りもしなかった米の食べ方。
水で炊くだけで主食になる米。酢を混ぜてやれば寿司が作れる米。
その上、海も魚たちを連れて戻って来た。寿司のネタに出来る魚たちを。
「ねえ、ハーレイ…。白い御飯もお寿司もある今って、とっても贅沢?」
「うむ。白い飯は繊細な味の料理を壊さないしな」
ピラフとかではそうはいかんぞ、せっかくのおかずをブチ壊しちまう。
でもって、寿司はだ。海の幸を山ほど食えるからなあ、地球の海で獲れた新鮮なのをな。
前の俺たちには想像も出来なかった贅沢な飯だな、白いだけの飯は。
「白い御飯で食べると美味しいものね、コロッケとかでも」
シャングリラだったら、コロッケにはパンがくっついてたのに。
もしも白い御飯がくっついて来たら、きっとミスだと思ってたよね。
ピラフを炊くのに失敗したなと、何も入れずに作っちゃったんだな、と。
「そうだな、俺もそう思っていただろうな」
厨房のヤツらは何をしてるんだと、作り直してやろうかと。
今の俺なら「今日は白い飯か」とバクバクと食って、「美味かった」と食器を返すんだが。
白い飯にすっかり慣れちまったしなあ、単に「飯か」と思うだけだな。
実に変われば変わるもんだな、所変われば品変わるってな。
今や普通に主食になったな、とハーレイは笑う。
シャングリラで暮らしていた頃なら失敗作かと思ったであろう、白いだけの御飯。色も無くて、具材の一つも入ってはいない白いだけの御飯。
それを美味しく食べられる世界に来てしまったと、おまけに今では寿司までがあると。
「前のぼく、お寿司なんかは知らなかったよ」
本で読んだからデータは知ってた。だけど食べたいとも思わなかったよ。
白い御飯はよく分からないし、生の魚を乗っけるのも変。
それにお醤油とワサビが全く想像出来なかったよ、どんなものだかサッパリだったよ。
「だろうな、あの時代には醤油も作られていなかったしな」
寿司といえば、だ。
今の俺はちらし寿司もけっこう得意なんだが、ついつい作りすぎりちまう。
たまに食いたくなって作ると、下手すりゃ二日は白い飯の代わりに食う羽目になるな。
「その内にぼくが手伝うよ」
結婚したら手伝ってあげるよ、ちらし寿司。
「食う方か、それとも作る方なのか?」
「どっちも手伝う!」
「いいな、そしたら手巻き寿司もやるか。こいつは一人じゃ出来ないからな」
独身男が一人で手巻き寿司だと侘しいだろう?
だから手伝え、お前が俺と結婚したらな。
「うんっ!」
食べるのも用意も、どっちも手伝う。
ちらし寿司も手巻き寿司も、どっちも作って一緒に食べるよ、いつかハーレイと結婚したら。
シャングリラには無かった、水で炊いただけの米を食べる習慣。
地球と一緒に滅びてしまった、白く炊き上がった色のついていない米。
いつか結婚した時には…、とハーレイとブルーは指切りをする。
ちらし寿司や手巻き寿司もいいのだけれども、普段の食事。
白い御飯を二人分で炊くのが当たり前の時が来たならば。
その幸せを感謝しようと、これが蘇った地球の恵みなのだと。
シャングリラの中でしか生きられなかった時代は遥かな時の彼方へと去って、青い地球の上。
其処には白い御飯が当たり前にあると、二人分の茶碗にそれをよそって食べるのだと。
ハーレイの茶碗と、ブルーの茶碗。
二つの御飯茶碗を食卓に置いて、「いただきます」と二人で声を揃えて…。
消された食文化・了
※白い御飯も和食も無かったSD体制の時代。もちろん、お寿司もありません。
けれど今では御飯が普通。いつか食卓に、ハーレイとブルーの御飯茶碗が並ぶのです。
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