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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

船と天麩羅

 好き嫌いの無い、ぼくだけど。
 食べられる量はちょっぴりなくせに、食べられないっていう食べ物は無いんだけれど。
 うんと小さい頃からそうだし、今だってそう。
 パパとママは「何でも食べるから、大きな病気はしなかったのかも」って言ってるくらい。すぐ寝込んじゃう弱い身体でも、大きな病気はしたことが無い。
 好き嫌いが無い理由ってヤツは、どうやらぼくの前世が関係しているらしい。
 アルタミラの研究所に捕まってた頃は、食事どころか餌と水だけ。文字通りの餌。それを食べて命を繋いでいたから、脱出した後に出て来た食事は非常食でも美味しかったんだ。
 初期のシャングリラでは食材が偏ることもあったし、調味料だって限られていた。だけど調理がしてある食べ物。餌じゃなくって、人間の食べ物。
 本物の食事を味や食材で好きだの嫌いだのと言いやしないし、食べられるだけで充分、幸せ。
 そんな時代を経験したから、前のぼくには好き嫌いが存在しなかった。今のぼくも前世の記憶が戻る前から、それを引き継いでいたんだろう。



 そういったわけで、好き嫌いは全く無いぼくだけれど。
 前のぼくの記憶を取り戻してからは、時々、あれっと思ってしまうことがある。
 いつもの食卓、いつもの料理にいつもの食材。
 食べ慣れたもので、見慣れたもの。ママが作ってくれた食事で「あれっ?」と驚く。
 これ初めてだよ、とか、珍しいな、って。
 前のぼくの記憶が反応するんだ、「見たことない」とか「珍しいものだ」って。
 調理法はもちろん、食材にだって。
 前のぼくが知らなかった料理は山ほどあるけど、食材もそう。
 知っていたって、滅多に食べられなかった食材だとか。
 今のぼくとの間のギャップにビックリさせられる、料理や食材。でも新鮮な驚きではある。
 最初は確か、海老フライだった。
 ハーレイと再会して、聖痕現象を派手に起こして、記憶が戻って間もない頃。
 夕食のテーブルに普通に出て来た海老フライ。
 海老だなんて、と感動した。
 前のぼくは海老を知っていたけど、白い鯨が出来上がった後には食べた記憶が無かったから。




 海老は今では珍しくない。小さな海老から大きな海老まで、種類も色々。
 その海老を使って、ママが海老のチリソース炒めを作ってくれた。ハーレイも一緒の夕食の席。
 シャングリラでは一度も食べなかった味。チリソース炒めは食べてはいない。
 だから「海老だな」って、前のぼくの記憶が蘇って来て、食後のお茶の時にハーレイに訊いた。ぼくの部屋のテーブルで、向かい合わせに座りながら。
「ハーレイ、海老は覚えてる?」
「海老?」
「前のぼくが調達してた海老だよ、あったでしょ?」
 人類の船から奪って来てたよ、海老だって。
 海老を乗っけた輸送船があったら、ちゃんと失敬して来たんだから。
「ああ、海老な!」
 覚えてるぞ、とハーレイは直ぐに思い出してくれた。前のぼくが奪った海老のことを。



「前のお前、生簀ごと盗って来てたんだっけな、生きてるヤツだと」
「うん、魚も生きてたら生簀ごとだよ」
 沢山の量でも長持ちするしね、生きたままなら。
 これは使える、って判断した時はそっくり貰ってしまってたんだよ。
「あの海老は実にデカかったよなあ、一番最初に生簀ごと盗って来ちまったヤツ」
「ふふっ、伊勢海老?」
 だって、山ほど生簀に入っていたんだもの。
 みんながお腹いっぱい食べられそうだし、これは貰っておかなくっちゃね、って。
「…そいつで俺は苦労したんだぞ、痛かったし」
 ロブスターと違ってハサミが無いから、挟まれることは無かったが…。
 その代わり、殻が棘だらけみたいなモンだからな。
 前の俺は全く知らなかったが、うんと昔はアイツを使ってシェフの卵をしごいてたそうだ。
「ホント!?」
「うむ。SD体制よりもずっと昔の頃の話だな、この辺りが日本って国だった頃の」
 伊勢海老って名前は日本の地名がついてるほどだし、名産品だ。
 レストランでも出て来るわけだが、仕入れた伊勢海老を洗う係がシェフの卵さ。
 手袋なんかははめずに洗えと、綺麗に洗えて一人前だと大量の伊勢海老を洗わせるんだ。
「…痛そうだよ?」
「そりゃあ痛いさ、しかし一人前のシェフを目指すなら頑張らないとな?」
 痛いんです、と休んでるようじゃ料理を教えて貰えない。
 俺も伊勢海老でしごいてみれば良かったなあ…。厨房のヤツら。
「自分で洗っていたじゃない」
「タイプ・グリーンを舐めるなよ?」
 海老を傷めない加減が分かれば、手にシールドを張ればいいしな?
 ただ、その加減を掴むまでの間に素手で洗った伊勢海老の数が多すぎたんだ!



 俺の手でも実に痛かった、ってハーレイは自分の手を眺めてる。
 自分の手だって傷だらけになった伊勢海老なんだし、ぼくの手だったら大惨事だって。
「手の皮の厚みが違うからなあ、俺とお前じゃ」
「そうだね、ぼくも伊勢海老を洗うのを手伝おうとは思わなかったよ」
 ハーレイ、痛いって言っていたもの。それに見るからに痛そうだったし、伊勢海老の殻。
「まあ、苦労して洗った甲斐はあったがな。デカイ海老だけに」
「食べられる部分が沢山だものね。そう思ったから生簀ごと貰っておいたんだよ」
 でも、海老かあ…。
 シャングリラの改造が完成した後は、海老の料理はもう無かったよね。
「海老は養殖しなかったからな」
 魚と一緒に飼うのは無理だし、専用の場所を作らなければ、ってほどのモンでもないからな。
 生きて行くのに必須の食材じゃなかった所が大きいか…。
 そうか、海老を養殖してないってことは、食ったことのないヤツらもいたんだなあ…。
 ナスカで生まれた子供たちなんかは食ってないんだ、トォニィとかな。
 もっとも、アルテメシアを落とした後なら、食おうと思えば食えたんだが。
 手に入れた星じゃミュウも自由に出歩けたからな、案外、食っていたかもしれんな。
「そっか…」
 地球に辿り着く前でも、海のある星なら海老はいるしね。
 初めて見た、って言いながら何処かで食べていたかもね、トォニィたちも。



 想像したら、ちょっぴり嬉しくなった。
 前のぼくが会ったナスカの子たちは、地球に着くまでに欠けてしまったけれど。揃って地球には着けなかったけど、それまでの間に手に入れた星で自由時間はあったんだ。
 トォニィはアルテラたちと一緒に出掛けて、海老の料理を食べたかもしれない。こんな食べ物は見たことがないと、珍しいから食べてみようと。
「トォニィ、アルテラと一緒に海老を食べたかもね?」
「その可能性は大いにあるな。あいつらの中身は子供なんだし、好奇心ってヤツも旺盛だ」
 自由時間に何か食うなら、見慣れたものより知らない料理を食おうってな。
 海老は如何にも選ばれそうだが、あの時代だったら海老フライとかか…。
 生憎と海老天は無かったからな。
「天麩羅そのものが無かったものね…」
「和食の文化が消えていたからな」
「チリソース炒めはあったのかな?」
「さてなあ…」
 そいつは俺も調べていないな、どうなんだろうな?
 恐らくは消えていたと思うが…。
 海老のチリソース炒めを食わせる店がだ、地球の何処にでもあったとは考えられん。
 何処ででも食えて大人気だった寿司さえも消してしまったヤツらが、わざわざ残すか?
 SD体制時代の文化の基礎にと選ばれた国は、チリソース炒めの国じゃないんだからな。



 基本になる文化だけを残して、他の文化は消してしまったSD体制。
 それでもデータは残っていたから、シャングリラでもSD体制よりも前の時代の本が読めたし、色々と研究出来たんだけど。
 毎日の食事を変えていこうって発想はまるで無かった前のぼくたち。
 せっかく自由の身になったんだし、ミュウならではの食文化だって作れたのに。人類と全く同じ食材から違う料理を作れたというのに、そうしなかった。そういう風にはならなかった。
 きっと機械が意識の底深くに刷り込んでたんだ、逸脱していってしまわないように。
 自由になったようでも、SD体制の軛から逃れられなかった前のぼくたち。
 食文化を変えられなかった、ぼくたち…。



「ねえ、ハーレイ。シャングリラでは海老にはお塩だったね、一番最初は」
「焼いただけでな」
 伊勢海老を焼いて塩だけだなんて、もったいない話だったんだが…。
 いや、贅沢とも言えるかもしれんが、あれだけの数だ。
 うんと豪華に色々な料理を作れただろうな、今だったらな。
「シャングリラでも海老フライとかは作っていたよ?」
「卵があった時にはな」
 だが、海老と卵が揃うんだったら…。
 あの頃の俺が、天麩羅を知っていたならなあ…。
「どうするの?」
「ん? 海老フライの代わりに美味い天麩羅も作れるが、だ」
 小さな海老しか無かった時でも、デカい海老に見える天麩羅ってヤツを作れたのさ。
 もちろん、食ったら中身は小さいとバレるわけだが…。
 バレるまでは立派な天麩羅に見えるし、ちょっとした遊び心だな、うん。
「そんなの、あるんだ?」
 中身は小さいのに、大きな天麩羅。
 ねえ、どうやって作るの、ハーレイ?
「言っておくが、今は存在しないぞ。そういう海老の天麩羅は」
 そんなのを出せば文句を言われるからな。
 ずうっと昔にあった天麩羅さ、SD体制よりも遥かな昔の日本にな。
 海老が高価な食材だった頃に生まれたらしいぞ、海老よりも衣の方がデカイ天麩羅。



 ハーレイが教えてくれた、紛い物みたいな海老の天麩羅。最悪だと中身は尻尾くらいだって。
 丼に乗せたり、お蕎麦に入れたり、豪華に見せるための天麩羅。
 どうしてそんなの知っているの、と訊いてみた。古典の範囲じゃなさそうだから。
「あながち古典と無縁じゃないがな」
「えっ?」
「昔の本を読んでたんだが、そいつに謎の言葉が出て来た」
 天麩羅学生と書いてあってな、注釈を読めばそいつの意味は分かったが…。
 ついでだから、とデータベースで調べていた時に引っ掛けた。衣だけがデカくて、中身は小さい海老の天麩羅をな。
「天麩羅学生って、ぼくも初めて聞くけど…。なんなの、それ?」
「偽学生だ。その学校には通ってないのに、学生のふりをしているヤツだ」
「なんで天麩羅?」
「天麩羅はメッキの意味だったのさ」
 どんな食材でも包み込んで立派に見せちまう。
 そいつの極端な例がコレだ、と載っていたのが衣ばかりの海老の天麩羅ってわけだ。
「へえ…!」
 天麩羅にそんな意味があっただなんて、と驚いたけれど。
 メッキってことは、それは褒め言葉じゃないんだよね?
 天麩羅はとても美味しいのに。
 衣ばかりが大きいっていう海老の天麩羅だと、ガッカリしちゃうかもしれないけれど…。



「天麩羅、メッキって意味なんだ…」
 悪い意味だよね、そのメッキって?
 表面だけってことだもんね。
「うむ。シャングリラはメッキじゃ作れないってな」
 見かけだけ立派でも強度不足じゃ話にならん。
 中までキッチリ本物でこそだ、でなけりゃ丈夫な船は作れん。
「シャングリラは海老じゃなくって鯨だよ?」
「きちんと改造してあったからな」
 こけおどしの船なら、たとえ見た目が鯨であろうが海老の天麩羅と何も変わらん。
 本物の海老の天麩羅じゃなくて、衣ばかりのヤツのことだぞ?
 なりばかりデカくてどうにもならん、って辺りがそいつにそっくりだ。
 もっとも、シャングリラはそういう船ではなかったが…。
 人類軍の旗艦よりも遥かにデカイ船だったんだが、ちゃんとしっかりした船だった。
 人類の船にはついてなかったシールドも装備してたしな?
 おまけにステルス・デバイスつきだ。
 元の船には無かっただろうが、ステルスなんぞは。ついでにサイオン・キャノンとかもな。
「あの船、ゼルが頑張ったよね」
 サイオンを生かして、いろんな設備を付け加えて。
「ヒルマンもな。ゼルと二人であれこれやってたっけな」
 あいつらがいなけりゃ出来ていないさ、シャングリラは。
 白い鯨に仕上げるどころか、シールドさえ出来ていなかったかもな…。



 ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 最初は白い鯨じゃなかった。人類のものだった船にシャングリラと名付けただけだった。
 それを巨大な船に改造して、完全な自給自足が出来る世界を作った。
 広い公園だの、展望室だのと皆の希望を詰め込んで。
 メッキじゃなくって、自分たちで採掘して来た資源を使った船体。元の船より丈夫な船体。
 装甲用に使った素材のせいで、シャングリラは白い鯨になった。
 白く輝く頑丈な船に、誰が言い出したんだったか…。
 遠い昔の地球の文字の一つ、ギリシャ文字。アルファベットの元になった文字で、その中にMと同じ文字があった。その字は「ミュー」と呼ぶそうだから、と船にあしらうことに決まった。Mのままでは「エム」と読めるから、独特な形の小文字の方で。
 それから、翼。何処へでも自由に飛んでゆくことが出来る翼の模様。



 ミュウを表す文字と、自由の翼と。
 この二つが船の上部に描かれたけれども、これとは別に、制服と同じシンボルマークも。
 ブリッジ関係者の制服に施す、羽根の形のシンボルマーク。由来はフェニックスだった。地球に伝わる伝説の鳥で、永遠に死ぬことがない。
 それにあやかろうと思ったけれども、フェニックスは架空の鳥だから。データベースで示される絵の羽根は色々、これだと決まったものが無かった。
 困っていたら、エラが探して来たデータ。昔の地球で高度な文化を築いたとされる東洋と西洋。フェニックスは西洋のものだけれども、東洋では鳳凰という鳥が霊鳥。不老不死の鳥。姿は細かく決まっているらしく、尾羽は孔雀なのだという。
 孔雀の尾羽なら一目で分かるし、それを使おうと決まったんだけど。制服の袖や手袋には金色の羽根があしらわれていたんだけれど。
 そのままのデザインではシャングリラの船体にしっくり来ないから、と簡略化された。ついでに金色一色ではなく、赤い色まで加わった。
 エラ曰く、孔雀の尾羽の模様は目玉。だから魔除けのぼくの目の赤。ミュウの制服についている石と同じで、赤い色の目玉の魔除けのお守り。それをシャングリラにもつけておこう、と。
 出来ればやめて欲しかったけれど、孔雀の羽根はとうにシンボルだったから。その羽根に目玉がつくに至った神話までをエラに持ち出されたから、仕方ない。
 そんなこんなで、シャングリラにまでぼくの瞳の色のお守りとやらがついてしまった。みんなの制服の石と違って、普段は目には入らない分、前のぼくも忘れがちだったけれど。
 白い鯨のデザインはとっても気に入ってたのに、あれだけは今でもちょっと癪に障る。
 前のぼくの瞳の色のお守り、シャングリラにまでつけなくったって…!



 それはともかく、シャングリラは見事に変身を遂げた。白い鯨が完成した。
 人類から物資を奪わなくても、自分たちだけで生きてゆける船。完全な自給自足が出来る船。
 発見されないためのステルス・デバイス、攻撃を受けた時に防げるサイオン・シールド。それに万一の時には迎撃可能なサイオン・キャノンも備わった。
 名前だけじゃない、本物の楽園になったシャングリラ。前のぼくたちの夢を詰め込んだ船に。
「…ハーレイ、改造中だった時のシャングリラは天麩羅みたいだと思わない?」
「天麩羅?」
「そう、天麩羅。どんどん大きくなっていくけど、ステルス・デバイスとかは無いしね」
 もちろんサイオン・シールドだって。
 中身はちょっぴり、外側だけが大きいんです、って海老の天麩羅そのものじゃない?
 ハーレイが言ってた、中身ちょっぴりの海老の天麩羅。
「言われてみれば天麩羅かもなあ…」
 前のお前が頑張っていたから、何も起こらなかったんだが。
 人類軍の船が近くを航行中でも、逃げられない時もあったしなあ…。
 ああいう時にはお前がシールドしてたんだっけな、ヤツらに発見されないように。
「無人の惑星に降ろしてた時も、シールドで隠してあったしね」
「宇宙空間では無理な作業もあったからなあ、重力が無いと」
 あの頃は確かに天麩羅だったな、お前のシールドっていうメッキの衣つきの。
「うん、鯨のまるごとの天麩羅だよ」
 だけど鯨は外側だけで、中身が詰まってないんだよ。
 スカスカの鯨で、衣だけが立派な海老の天麩羅みたいなものだよ、あの頃のシャングリラ。



「ふうむ、天麩羅のシャングリラなあ…」
 懐かしいな、とハーレイがぼくの目を見て笑ってる。そんな時代が確かにあったと、あの頃には色々苦労もしたと。
「鯨の天麩羅が出来上がって、だ。それで終わりじゃなかったからな」
 ステルス・デバイスが本当に役に立つのかどうかをチェックする必要があったしな?
 わざわざ人類の船の航路を横切って行こうというんだ、あれは俺でも怖かった。
 いざとなったらお前が何とかしてくれるとは分かっていても、だ。
 俺としてはサイオン・キャノンも使う覚悟でいたからなあ…。
「ハーレイ、やるって言ってたものね」
 普通の船でも、場合によっては撃ち落とすって。
「俺たちの存在を知られるわけにはいかんしな?」
 それくらいなら事故で消えて貰うさ、宇宙空間ではよくあることだ。
 操船ミスで爆発しちまう船だってあるし、そういった事故で片付くからな。
「だからと言って、人類軍の輸送船の航路を横切らなくてもいいと思うけどね?」
「いや、一般人が乗った船を落とすよりかは良心の呵責ってヤツが無いしな」
 ヤツらがミュウの船だと気付くかどうかはともかくとして。
 俺たちからすればヤツらは敵だし、撃ち落としたって問題無いだろうが。
「それで本気でやっちゃう所がハーレイだよ…」
 ステルス・デバイス、効かなかったら大変だったよ?
 サイオン・キャノンだってちゃんと照準を合わせて撃てたかどうか…。
「サイオン・シールドはとうにテストを済ませていたぞ」
 最初の攻撃はそいつで防げる。出来るだけお前に頼らずにやらねば、と思っていたな。
「結局、何も起こりはしなかったけどね?」
「上手く成功したんだよなあ、あんなにデカイ船が横切ってくのに…」
 ヤツら、気付きもしなかった。
 あれがシャングリラが本当の意味で楽園になった瞬間だったよな。



 前のぼくがシャングリラの船体の上に立ってハラハラする中、通って行った人類軍の輸送船。
 自分たちの航路を横切った船があるとも知らずに、その船がまだ居ると気付きもせずに。
 ゼルとヒルマンの指揮で搭載されたステルス・デバイスは完璧だった。
「人類の船に見付からない、っていうのは何より安心だものね」
「うむ。いくら頑丈な船を造っても、逃げ回ってばかりじゃどうしようもない」
 楽園どころの騒ぎじゃないしな、自給自足だって危ういモンだ。
 下手すりゃ修理ばかりに追われて、資材の補給に飛び回るとかな。
 そうならない船がついに出来たんだ、って嬉しかったな、あの時には。
「ぼくだってとても嬉しかったよ、これで安心して寝込めるって」
「そうだろうなあ、改造中はお前の負担が大きかったしな」
 他の船が来る度にシールドを張ったり、色々とな…。
 シャングリラが動けない時に限って通るんだよなあ、船ってヤツが。
「それは気のせいだと思うけどね?」
 普段はハーレイが早めに気付いて避けていただけで、船はいつでも飛んでたよ。
 だから、おあいこ。
 ハーレイの力じゃ避けられない時はぼくがシールド、普段はハーレイが避けるのが仕事。
「そうなのか?」
「うん、そうだったよ」
 ぼくはそうだと思っていたよ。
 もちろん、前のぼくだけど…。今のぼくはシールドどころじゃないしね。
「違いないな!」
 お前、とことん不器用だしな?
 まあいいじゃないか、その分、今度は俺がお前を守るんだからな。



 シャングリラで頑張ってくれていた分、のんびりしろよ、ってハーレイがぼくの頭を撫でる。
 もうシャングリラは守らなくていいと、白い鯨を守る必要は無いのだから、と。
 衣ばっかりの海老の天麩羅だったらしい、改造中だった頃のシャングリラ。
 大きいばかりで役に立たない、自力で船すら避けられなかった時さえもあったシャングリラ。
 だけどシャングリラは改造が済んで、立派な海老の天麩羅になった。
 衣で大きく見せるんじゃなくて、中身がしっかり、きっちり詰まったシャングリラ。
 シャングリラは本物の天麩羅になった。
 鯨だけれども、うんと立派な本物の海老の天麩羅に。
 そのシャングリラは、時の流れが遠くへ連れ去ってしまったけれど。
 ぼくはハーレイと青い地球の上、シャングリラの思い出を語り合ってる。
 あれは立派な天麩羅だったと、本物の海老の天麩羅だった、と…。




          船と天麩羅・了

※海老の天麩羅に例えられてしまったシャングリラ。改造中だと、衣ばかりの天麩羅です。
 けれど改造が済んだ後には、中身がしっかり詰まった天麩羅。ミュウの箱舟になりました。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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