シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
クー、クルックー。
鳩か、とダイニングの窓から庭を眺めたハーレイは「おっ?」と顔を綻ばせた。
朝食の途中、庭の方から聞こえた鳴き声。普通の鳩かと思ったのだけれど。
公園などで見かける鳩。野生のキジバトとは鳴き声が違う。何処かの公園から飛んで来たな、と考えた鳩。予想通りの姿の鳩が庭の木の枝に止まってはいたが。
(伝書鳩か…!)
珍しいな、と目を凝らした。鳩の片方の足にチラリと見えた、足の色とは異なった色。
サイオンを使えば、ある程度の距離なら双眼鏡のように拡大して見ることが出来る。サイオンの扱いが不器用になってしまった小さなブルーには出来ないけれども。
(ふうむ…)
やはり、とハーレイの笑みが深くなった。
鳩の足に見付けた、色が異なっている部分。其処に異物がくっついていることが判別できた。
そうではないか、と思ったからこそサイオンを使って見てみたわけだが。
色が違って見えた部分の正体は足輪。
鳥の個体の識別用に、と研究者が付けることも多いが、この種の鳩ならそうではない。鳩の飼い主が付けた足輪で、自分の鳩だと見分けるための認識票。
その足輪に付けられた小さな筒。
レース用の鳩かと思ったけれども、これならば違う。レース用の鳩なら足輪だけだ。
(こいつは本物の伝書鳩だぞ…!)
愛好家が使う、通信用の伝書鳩。レース用とは違った鳩。
ブルーに話してやらなければ、とハーレイは枝に止まった鳩の姿を頭にしっかり叩き込んだ。
その日、運良く早めに終わった仕事。いそいそと学校の駐車場に停めた愛車に乗り込み、目指す家へと出掛けて行った。来客用のガレージに車を置いてチャイムを鳴らせば、二階の窓にブルーの姿。軽く手を振り、門扉を開けに来たブルーの母に案内されて二階へと。
紅茶と、夕食に差し支えない程度の菓子と。
テーブルに置かれたそれを前にしてブルーと二人で向かい合って座り、早速、話した。
「今朝、鳩を見たぞ」
「ぼくは雀も見かけたよ?」
鳩だって見たよ、と得意げに庭を指差すブルーに訊いてみた。
その鳩は足輪を付けていたか、と。
「…足輪?」
「お前ではちょっと見えないかもな」
サイオンで遠くを見られないしな、付いてても分からないかもなあ…。
「ううん、其処の木の枝に止まっていたから、良く見えたよ」
枝で羽繕いしていたけれども、足輪なんか付いていなかったよ。
「そいつは残念な話だな。俺の見た鳩とは違うようだ」
俺の家とは離れてるからな、別の鳩が遊びに来てたんだろうな。
足輪の話は予想通りにブルーの興味を引いたらしくて。
赤い瞳を煌めかせながら、ブルーは問いを投げ掛けて来た。
「ハーレイの見た鳩、足輪が付いてた?」
「付いていたとも。おまけに筒もな」
「筒?」
キョトンとしている小さなブルー。
個体識別用の足輪ならばさして珍しくないが、筒などは付いていないから。
「手紙を入れておくための筒さ」
伝書鳩ってヤツを知らないか?
俺は今朝、そいつに出会ったんだが。
「伝書鳩?」
知らないよ、とブルーは首を傾げた。
「ふうむ…。だが、レース鳩は知っているだろう?」
「なあに、それ?」
どっちも、ぼくは聞いたことが無いよ。
伝書鳩とか、レース鳩とか、それって鳩の種類なの?
「そうか、知らんか…。前の俺たちの時代には無かったからなあ、どっちの鳩も」
種類としては、ごくごく普通の鳩なんだが。
野生のじゃなくて、公園とかで飼ってるヤツだな。
餌を撒いたらわんさと集まる、ああいった鳩と同じ鳩さ。
どちらも知らない、と答えたブルーに、ハーレイは説明してやった。
伝書鳩とはどういうものかを、思念ではなく、きちんと言葉で。
「今じゃ二種類あるんだがなあ、レース用の鳩と、伝書鳩と」
元々はレース用の鳩はいなくて、伝書鳩の方だけだった。
鳩の帰巣本能を使っているのさ、遠くで放すと自分の家へと飛んで帰って行くからな。そういう風に育てた鳩をだ、通信手段に役立てていたのが伝書鳩だ。
足に手紙をくっつけてやれば、そいつを運んでくれるんだな。空を飛ぶからうんと早いし、通信手段が発達していなかった時代は重宝されていたらしい。
ついでに手紙だけじゃなくって、荷物も運んでいたそうだ。背中に荷物を結んでおけば目的地にきちんと届けてくれる。鳩が背負える程度の重さの荷物しか駄目だが、凄かったんだぞ。
人間じゃ簡単に辿り着けないような僻地へ、薬や血清を運んでいたのさ。沢山の人の命を救った偉い鳩なんだ、薬とかを運んだ伝書鳩は。
「へえ…!」
ハーレイが見たのはどんな鳩なの、とブルーが訊くから、手と手を重ねて思念で伝えた。
こんな鳩だと、これが足輪でこれが筒だ、と。
伝書鳩の姿を知ったブルーは、「ぼくも見たかったな…」と羨ましそうで。
「この筒に手紙が入っているの?」
「そうなるな。うんと昔なら、秘密の暗号文とかな」
SD体制よりも前の話だぞ、そんなのは。今の伝書鳩が運ぶ手紙は、ただの手紙だ。
レース用の鳩が殆どなんだが、こういうのが好きな愛好家ってヤツもいるんでな。レースよりも手紙だ、昔ながらの伝書鳩だ。
俺が見た鳩は、手紙を遠くへ運ぶ途中で休憩してたっていうことさ。
「面白いね。レース用の鳩は何をするの?」
「もちろんレースだ、目的地までの飛行時間を競うんだ」
どれだけの時間をかけて着いたか、飛行時間で勝負が決まる。今じゃそっちが殆どだそうだ。
前の俺たちの時代はどっちも無くって、今の世界ならではの遊びだが…。
レース鳩には手紙を入れる筒などは無くて足輪だけだ、とハーレイはブルーに教えてやった。
「その足輪がまた、よく出来ていてな。鳩が家まで飛んで帰って着いた時間を記録するんだ」
そういう仕組みになっているからズルは出来ない。
放した時間も、着いた時間も正確なデータがあるんだからな。
この仕掛け自体はSD体制より前の時代にも存在してたが、レース鳩ごと消えちまってた。SD体制の管理社会には役に立たない趣味だしな?
レース鳩ってヤツも、伝書鳩が通信手段の発達で要らなくなったからこそ出来たんだが…。
そのレース鳩も、伝書鳩の方も、前の俺たちが生きてた頃には無かった。
今はあちこちの星にレース鳩を飼う愛好家がいるが、どの星の鳩が一番速いかはデータからしか割り出せないんだ。一緒に飛ばせて競わせることは不可能なのさ。
なにしろ帰巣本能だしなあ、地球の鳩なら地球の上でしか使えない。他の星から鳩を連れて来てレースをするのは無茶ってもんだ。放した途端に迷子になるのがオチだしな。
伝書鳩だって其処は同じだ、そいつが育った星の上でしか手紙を運んで行ったりは出来ん。
ついでに片道のみってな。
放された場所から自分の家まで、その逆は飛んで行けないんだ。
「そっか、片道だけなんだ…」
返事は運んでくれないんだね、と納得していたブルーだけれど。
突然、「そうだ!」と声を上げて瞳を輝かせた。
「伝書鳩だと片道だけど…。それ、ナキネズミだったら往復出来るよ」
手紙や荷物を運んで、届けて。
「受け取りました」って返事を持たせてやったら、ちゃんと戻って来るじゃない。
片道じゃないよ、往復便だよ、ナキネズミ。
「ああ、ナキネズミな!」
確かに往復出来ただろうなあ、あいつらだったら。
伝書鳩よりも役立つわけだが、あいつらはもう何処にもいないな…。
「うん…」
いなくなっちゃったね、ナキネズミ。
動物園にも、何処の星にもナキネズミはもういないんだっけね。
手紙や荷物を運んで往復出来そうだったナキネズミ。
シャングリラに居た頃、ブルーたちが作り出した思念波での会話が可能な生き物。前のブルーが後継者に選んだジョミーにも一匹渡しておいたほどに、重要な役割を担った生き物だったけれど。
そのナキネズミは消えてしまった。
ハーレイとブルーが青い地球の上へと生まれ変わるまでの間に、時の彼方へ消え去った。二人が生まれた地球の上にも、何処の星にもナキネズミはもういなかった。
前のブルーが幸せの青い鳥の代わりにと、青い毛皮の個体を育てさせたナキネズミ。
地球の色と同じ青を纏った、大きな尻尾のナキネズミ…。
何故ナキネズミがいなくなったか、ハーレイもブルーも知っていた。前世の記憶が戻る前から、学校で習ったミュウの歴史の一環として。
ハーレイは「ナキネズミか…」と前の自分たちが作り上げた生き物の名を呟いた。
「生殖能力が衰えていったらしいな、世代が替わる度に少しずつ…な」
そうして子供が滅多に生まれなくなって、生まれても次の世代が出来なかったり。
頑張って繁殖させようとしても、まるで駄目だったと教わったっけな…。
「元が作った生き物だしね?」
ちゃんと繁殖させるんだったら、遺伝子とかを操作してやらないと。
でないと子供が生まれなくなるよ、繁殖させるために作ったわけじゃないんだから。
だけど、絶滅させないために、って身体をいじるのは良くないよ。
「うむ。自然界に存在していた生き物だったら、手助けってことになるんだろうが…」
ナキネズミはそうじゃないからな。
動物愛護の観点から、ってコトで放っておいたようだな、新たに作り出したりもせずに。
あいつらをどうやって作り出すのか、そうしたデータはあった筈だが。
「滅びていくのがナキネズミにとっては自然の法則ってヤツだったんだと思うけど…」
最後のナキネズミは寂しかったろうね。
仲間は一匹も残っていなくて、広い宇宙に独りぼっちで。
雄だったって習ったけれども、お嫁さんもいなくて、子供もいなくて。
「さあな?」
そいつはどうだか分からないぞ。
大切に飼われていたって話で、飯は食い放題、遊び放題。
自分はナキネズミなんだってことも忘れて、案外、元気にやってたかもな。
こういう姿の人間なんだ、と思い込んでて、人間の友達を沢山作って。
「そうかもね!」
そんな風に幸せに暮らしていたんだったら嬉しいな。
前のぼくが作らせてしまったんだもの、ナキネズミっていう生き物を…。
時の彼方へ消えてしまったナキネズミ。歴史の本やデータにしかいないナキネズミ。
本物のナキネズミを見たことがある人も、とうに時の流れの向こうへと消えた。
けれど、ブルーは知っているから。
前の自分がナキネズミを作らせたことも、どんな生き物だったかも鮮やかに思い出せるから。
ふと思い付いて、口にしてみた。
「ナキネズミ…。伝書鳩のことを知っていたなら、使いたかったな」
前のぼくは伝書鳩もレース鳩も全く知らなかったんだけれど。
「どう使うんだ?」
不思議そうな顔をするハーレイに、ブルーはニッコリ笑って返した。
「お使いだよ」
「…お使い?」
「そう、お使い!」
前のぼく、ハーレイに出前を注文してたでしょ?
青の間からブリッジに思念を飛ばして、「来る時にコレを持って来て」って。サンドイッチや、お菓子や、フルーツ。ハーレイに届けて貰っていたでしょ?
それの代わりに、ナキネズミに手紙を持たせるんだよ。
ブリッジのハーレイにラブレターとか。
「ラブレターだと!?」
なんだそれは、とハーレイは仰天したのだけれど。ブルーは澄ました顔で続けた。
「ラブレターだよ、内緒の手紙」
ナキネズミは思念波で伝言も伝えられたけれども、思念波、筒抜けだったしね?
ぼくたちが声に出すのと同じで、周りのみんなに聞こえちゃうでしょ、伝言の中身。
ナキネズミの思念波は人間と喋るための手段で、内緒の話には向いてなかった。
だから個人的なお使いに使えないのが難点だったけど、手紙をくっつけておくのなら別。
これを届けて、って相手を教えたら一直線だよ。
「そしてブリッジに寄越すのか?」
ラブレターつきのナキネズミってヤツを、俺の所へ寄越そうってか?
「うん」
いいアイデアだと思わない?
ナキネズミに手紙を持たせるんなら、足輪じゃなくって首輪になるかな。
首輪に筒をくっつけておいて、それに手紙を入れるんだよ。
「お前なあ…」
ハーレイは特大の溜息をついた。
「ナキネズミに手紙を配達させる案は悪くないが、だ」
手紙の中身が問題だ。
お前から俺へのラブレターなぞを、ブリッジで読めると思うのか?
「ソルジャーからの伝言です、ってことにしとけば誰も見ないよ」
覗き込んだりしないよ、きっと。
ソルジャーがキャプテンに宛てて出した手紙だよ、特別な手紙に決まっているよ。
キャプテン以外は読んじゃいけない、極秘の手紙が届くんだよ。
「機密事項というわけか…」
確かに安全な伝達方法ではある。
思念と違って漏れはしないし、通信のように傍受も出来んか。
「そう、シャングリラの最高機密」
ぼくとハーレイの仲、誰も知らないしね?
実はそういう仲なんです、って書いてあるのがラブレターだよ。
それが最高機密でなければ何だって言うの、ホントのホントに極秘の中身。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋人同士だったことは誰も知らない。
共にシャングリラの命運を左右する立場に居たから、明かせなかった。二人きりで過ごせる時を除けば、甘い言葉を交わせはしない。恋を語るなど、とても出来ない。
ましてやシャングリラの中枢と言えるブリッジともなれば、恋人同士として振る舞うどころではないのだけれど。
ブルーは其処へラブレターを届けさせると言い出した。ハーレイに宛てて書いたラブレターを、ナキネズミの首輪に付けた筒に入れて。
ハーレイは「うーむ…」と眉間に皺を寄せると。
「前の俺たちの仲は必死に隠し通していたのに、そんな中で堂々と寄越すのか」
よりにもよってブリッジの俺に、お前が書いたラブレターを。
「ブリッジにも思念波は送っていたよ?」
出前を頼むついでに「愛してるよ」だとか、何度も送っていたじゃない。
恋人なんです、って思念は何度も送ってたけど、それじゃつまらない。
ラブレターっていうのがいいんだよ。ちゃんと形になってる手紙で、愛の告白。
「…俺は返事を書くのか、それに?」
往復便とか言っていたよな、返事が要るんじゃないだろうな?
「要るに決まっているじゃない!」
ナキネズミは青の間に戻ってくるんだよ?
ぼくがラブレターを送っているのに、空っぽの筒を持たせて帰すつもりなの、ハーレイは?
それって、恋人としては最低じゃない?
ラブレターが仕込まれた筒を付けたナキネズミがハーレイの許へやって来たなら、返事が必須。書いて貰わねば、とブルーは言い張る。
でなければ恋人失格なのだと、自分への愛が足りないと。
「ぼくが愛をこめて書いた手紙を無視ってことだよ、返事無しなら!」
恋人だったら、直ぐに返事を書かなくちゃ。
気の利いた言葉は期待しないけど、きちんと愛がこもった手紙を。
「…そうするよりも前に、まずは暗号の開発からだという気がするが」
万一ってことも考えてみろ。
暗号だったら誰も読めんし、何の心配も要らないが…。
普通に書かれた手紙なんぞはどうかと思うぞ、お前から俺へのラブレターだぞ?
ソルジャーとキャプテンは恋人同士だとバレたらどうする、シャングリラ中が大騒ぎだ。
「平気だってば」
大丈夫だよ、ハーレイがぼくの書いた手紙を落としたりしない限りは絶対バレない。
一人でコッソリと読んで、内ポケットに大事に仕舞っておいたら大丈夫だよ。
落としたり、失くしてしまったり。
そうならないよう、細心の注意を払っておいてよ、ぼくから届いたラブレター。
「俺にそこまでの責任を負えと!」
バレないように手紙を読んで、部屋に戻るまで厳重に保管しておけと?
「そうだけど?」
ついでに返事もちゃんとお願い。
その辺のメモに書いたヤツでいいから、ラブレターの返事。
ナキネズミの首輪の筒に入れておいてよ、ぼくが返事を待ちくたびれているんだから。
ロマンティックだよね、とブルーは微笑む。
人目があるどころの騒ぎではない、シャングリラの中枢部であるブリッジ。其処を舞台に誰にも言えない秘密の恋を語り合うために、ラブレター。ナキネズミに持たせたラブレター。
ブルーが書いたラブレターを首の筒に入れて、ナキネズミがハーレイの所まで行く。ハーレイはそれを読み、返事を書く。返事はナキネズミの首に付いた筒に。
そうしてナキネズミは青の間に戻り、ブルーが筒から返事を取り出す。ハーレイが書いてくれた手紙を、自分への想いが熱く綴られたラブレターを。
ハーレイからのラブレターを読むブルーの側では、無事にお使いを終えたナキネズミが御褒美を貰っていることだろう。
きっと、好物のプカルの実。普段は限られた数しか貰えないそれを、専用の器にたっぷりと。
「うん、プカルの実が一番いいよね、ナキネズミへの御礼」
またお使いに行ってくれるよ、とブルーはハーレイに同意を求める。プカルの実はナキネズミのためだけに栽培されていた植物の実だが、お使い用に株を増やすのもいいと。
「毎日お使いして貰うんなら、それ専用に何本か植えておくとか…」
「おい、ラブレターは毎日来るのか!?」
「ハーレイ、毎日だと嬉しくないの?」
邪魔だって言うの、ぼくからの手紙。
ぼくがハーレイのためにって書いたラブレター、毎日届いたら嬉しくないの?
ハーレイ、昼間はブリッジに居るから、会いに行っても恋人同士の話なんかは出来ないのに…。
代わりにラブレターを出そうと言うのに、それ、要らないって言い出すの?
「い、いや…。そ、そんなことは…!」
「だったら、毎日」
ぼくは毎日、ラブレターを書くよ。ナキネズミに毎日届けて貰うよ、そして返事を貰うんだ。
ハーレイ、書いてくれるよね?
返事を書いてナキネズミに持たせてくれるよね?
ナキネズミが空っぽの筒をくっつけて帰って来たりしたら、うんと怒るよ?
ハーレイが青の間に来た時に平手打ちだってしちゃうかもだよ、最低だ、って。
恋人がくれたラブレターに返事を書かないだなんて、ホントのホントに有り得ないから!
ナキネズミの首輪にくっついた筒には、必ず返事を入れておくこと。
そうやってラブレターを交わし合ってこそのナキネズミだ、とブルーは力説して譲らない。
片道だけしか手紙を運べない伝書鳩とは違ったナキネズミ。
届けた先から返事を受け取り、持って帰れるナキネズミ。
それを生かさない手は無いのだと、ラブレターには返事を書くものなのだと。
「せっかくお使いしてくれるんだよ?」
手ぶらで帰すなんて、ナキネズミにだって失礼だよ。
返事を書いたから届けてくれ、って頼むのが礼儀ってものだよ、ハーレイ。
「…俺はあの時代に伝書鳩を知らなくて良かったという気がして来たぞ」
知っていたなら、ナキネズミのヤツが毎日ブリッジに来るんだろう?
「ブルーの手紙を持って来たよ」と、筒をくっつけた首輪をつけて。
俺はそいつは御免蒙る、手紙の内容がいつバレるかと生きた心地もしないじゃないか。
「そうかな、ぼくは素敵だと思うんだけれど」
ハーレイがとんでもないヘマをしなけりゃ、手紙の中身はバレないよ?
それに返事も、「機密事項だ」って言えば覗かれないから堂々とブリッジで書けるしね。
ナキネズミのお使い、絶対にいいと思うけどなあ…。
伝書鳩と違って、ナキネズミは往復してくれるんだし。
「頼むから、ラブレターだけは勘弁してくれ…!」
伝書鳩代わりに使いたいなら、荷物を持たせて差し入れくらいにしておいてくれ、とハーレイは悲鳴を上げたけれども。
首の筒に手紙を入れる代わりに、勤務中には厳禁とされるアルコール。合成ラムかウイスキーを少し、ほんのちょっぴり届けてくれ、と代替案。お菓子に入れる程度の量をコッソリ、ブリッジで頑張る自分に差し入れてくれ、と頼んだのだけれど。
「それでハーレイへの愛を示せるなら、それでもいいけど…」
ぼくへの返事は何が届くわけ?
ナキネズミのお使いは往復なんだよ、ぼくにも何かくれるんだよね…?
「それはマズくないか!?」
ソルジャーがキャプテンを労うのならば話は分かるが、逆はどうなんだ。
俺から何かを届けたりしたら、俺たちの仲を疑われるぞ…!
「それじゃ、帰りはラブレターでいいよ」
ぼくからの愛を受け取りました、って手紙を書いてよ、ラブレター。
お酒を入れておいた器に入れてくれていいから、ナキネズミに持たせて帰らせてよね。
「…どう転んでも俺はラブレターを書く羽目になるのか…!」
差し入れが来ても、手紙が来ても。
俺は書くしかないってわけだな、ラブレターを…。
なんてこった、とハーレイが天井を仰ぎ、ブルーはコロコロと可笑しそうに笑う。
往復が出来るナキネズミは手紙の返事を運んでこそだと、ラブレターを運ばせるべきだと。
そうして二人で笑い合ったけれど、全ては遥かな遠い昔の話で夢物語。
伝書鳩代わりになりそうだった、便利なナキネズミはもういない。
青い地球にも、広い宇宙の何処を探しても…。
伝書鳩・了
※伝書鳩ならぬ、伝書ナキネズミ。伝書鳩よりは役に立ちそうですけれど…。
運ぶ手紙の中身によっては困り物。青の間とブリッジでラブレター交換、ハーレイは大変。
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