シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ふうん…)
普段よりも早く目覚めたブルーは、朝食が出来るのを待つ間にダイニングのテーブルに置かれた新聞を広げていたのだけれど。
ふと目に留まった占いコーナー。今日一日の運勢なるものが記されていた。
(星座別かあ…)
ぼくの星座は何だったっけ、と確認してから牡羊座の欄をチェックし、ラッキーだと知っていい気分になる。最高にツイている星座。十二個の星座の中でもダントツの一位。今日は一日、最高にツイているらしい。
(ハーレイは、っと…)
いそいそと恋人の星座を確かめ、乙女座の欄を覗き込んでみて愕然とした。誰よりも大切な想い人が属する乙女座は本日、最低最悪の運勢だった。十二星座の中で最下位、要注意という印までがついたアンラッキー。
(……嘘……)
こんな占い、当たりっこない、と思ったのだけれど。
(タロット占いだったんだ…)
よく読んでみれば、それはタロット占いを得意とする人が書いたコーナー。
前の生の頃、フィシスが得意としていたタロット占い。驚くほどに当たったフィシスの占い。
あながち馬鹿に出来はしない、と「タロット占い」との謳い文句に青ざめた。
今現在でも予知能力は神秘の能力。
確実に未来を読める能力者は皆無だったし、フィシスほどの能力は誰も持っていない。
とはいえ、まるで当たらないというわけでもなかった。漠然とした形でなら占える未来。
例えば、人気の恋占い。
今の恋人と結婚出来そうか、まるで希望は無さそうなのか。その程度ならば当たることもある。だから恋人と大喧嘩になってしまった男女が占い師の所へ駆け込んでゆく。
「私たちに未来はあるのでしょうか」と、「謝った方がいいのでしょうか」と。
そして「未来はあります」と聞いて関係修復に努めたカップルは成婚率が高いと聞くから。
占いは当たる時には当たるのだろうし、ましてやタロット占いとなれば…。
(どうしよう…)
とことんツイていないらしい、今日のハーレイ。もう心配でたまらないけれど。
自分が最高にラッキーなことさえ忘れてしまうくらいに、心配でたまらないのだけれど。
(どうツイてないのか分からないよ…)
母が「トーストもオムレツも出来てるわよ?」とお皿を置いてくれても生返事。まだ占いの欄を横目で見ながらトーストを齧り、オムレツを頬張るという始末。
(…アンラッキーって…)
ハーレイの身に何が起こるのだろう?
それさえ分かれば防ぎようもあるのに、と縋るような気持ちで見詰めてみても細かい解説は一切無かった。そもそも占いの結果として出た、タロットカードの記載が無かった。
どういうカードが乙女座に出たのか、それが分かれば…、と考えたのだが。
(カードの意味…)
忘れちゃった、と空っぽになった頭の中の引き出しの中身に衝撃を受ける。
小さなブルーは綺麗に忘れてしまっていた。
前の自分が、ソルジャー・ブルーが熟知していた筈の、タロットカードが持っている意味を。
これではカードがきちんと書いてあってもどうにもならない。
読めもしない未来、参考にすらも出来ない手掛かり。
(…今日のハーレイ、どうなっちゃうの?)
そればっかりを考えていたら、両親の声が聞こえて来た。
「遅刻するわよ?」
「早起きしたからってのんびりしすぎだ、バスに間に合わないんじゃないか?」
「ええっ!?」
壁の時計はとんでもない時刻になっていた。慌てて二階の部屋に駆け戻り、通学鞄を引っ掴んで飛び出す羽目に。なんとかバスには間に合ったけれど、占いはすっかり頭から消えた。
いつも乗ってゆくバスに揺られて、学校の近くのバス停で降りて。
その頃には普段と全く変わらない気分、背筋を伸ばして校門を入った所で出会った人物。朝練の指導を終えたばかりの、スーツに着替える前の柔道着のハーレイ。
朝一番に会えるだなんてツイている、と思った途端に思い出した。
(アンラッキー…)
今日の自分は最高にツイているのだけれども、ハーレイの方はそうではなかった。
現にこうしてツイている自分。ならば、その逆のハーレイは…。
「…ハーレイ先生?」
おはようございます、と挨拶するのも忘れたブルーだけれど。ハーレイは笑顔を向けてくれた。
「おはよう、ブルー。俺に何か用か?」
「…えっと…。ハーレイ先生、今日は気を付けて」
「何の話だ?」
怪訝そうに問われた所へ、柔道部の生徒たちが「ハーレイ先生!」とワッと走って来たから。
ブルーの持ち時間は其処で終了、占いの結果を告げ損ねたままで終わってしまった。
告げられなかった、ハーレイへの忠告。
今日はとてつもなくツイていないから気を付けて、と注意を促したかったのに。
(言い損ねちゃった…)
大丈夫だろうか、と気もそぞろな内に二時間目になって古典の授業。いつものように扉を開けて現れたハーレイに変わった様子は全く無い。
けれども古典の授業があること自体が、ブルーにとってはラッキーだから。
(アンラッキー…)
ツイている自分とは真逆に位置するハーレイが気になってたまらない。
ハーレイに何が起こるのだろう。どういった風にツイていないというのだろう?
(…もしかして、怪我…?)
放課後に行う柔道部の指導で怪我をするとか。
ハーレイの腕前は生徒とは比較にならないけれども、生徒を庇っての怪我なら有り得る。体勢を崩した生徒を受け止めたはずみに足を捻るとか、腕の筋を傷めてしまうとか。
(カードがちゃんと書いてあったら…)
ツイていないと告げたカードが何だったのかさえ、新聞に載っていたならば。
占いの過程で出て来たカードも全て書かれていたなら、ツイていない中身を絞れただろう。何が災いの元になるのか、どうすればそれを避けられそうかも。
(…でも…)
でも、とガックリと項垂れる。
今の自分はカードの意味を忘れてしまった。タロットカードが書かれていても分からない。
どう読み解くのか、そのカードが何を意味するのかも。
「ブルー君?」
自分の名を呼ぶハーレイの声。
当てられていた、と気付いて慌てて立ち上がった。後ろの男子が囁いてくれる。読むべき箇所は教科書の何処か、どのページの何行目からなのかを。
ハーレイに名前を呼ばれて当てられることは、ブルーにとってはラッキーな出来事。
何処を読むのか教えてくれた友人に心で感謝しながら音読しつつも、ブルーはハーレイを見舞う不幸がどうしても頭から離れなかった。
(…結局、あの後、会えなかったよ…)
家に帰って、おやつを食べて。
もう一度ダイニングのテーブルで新聞を眺めたけれども、変わらない結果。
今日の牡羊座は最高にラッキー、乙女座は逆に最低最悪のアンラッキー。
自分は本当にツイていたのに、ハーレイはどうなってしまったろうか。
今の時間は柔道部の部活の真っ最中。
生徒を庇って怪我をしてしまっていないだろうか?
足を捻ったり、腕を傷めたり、大変なことになっていないだろうか…?
(カードさえ新聞に書いてあったなら…)
二階の自分の部屋に戻って、机の前で考え込んだ。
夏休みの一番最後の日に庭でハーレイと二人、写した記念写真を眺めて。
けれど…。
新聞にカードが書いてあっても無駄なのだった、と思い出す。
タロットカードの解説無しでは、今の自分は読み解けはしない。
すっかり忘れてしまったから。
色々な絵が書かれたカードが持っている意味を、綺麗に忘れてしまったから。
(前のぼくって…)
どうやって全てのタロットカードを頭に叩き込んだのだったか。
熟知していたカードの意味。
カードが正しい向きである時と、上下が逆様の時で意味が変わるといったことさえも。
幼いフィシスを救い出した日、フィシスの心を真っ黒な不安で塗り潰していた死神のカード。
文字通りに死を意味するカードの向きを変え、逆様にしてみせた。
上下が入れ替わってしまった死神のカードは再生の意味。死地からの生還。
もう、それだけしか覚えてはいない。
他のカードの意味は何一つ、正しい向きに置かれた時の意味さえ。
前の生でフィシスがカードを繰っていた時は、眺めながらあれこれ考えたのに。
出て来たカードが何を示すのか、自分なりに読もうとしていたのに…。
けれども、何処で覚えたのだろう?
前の自分はタロットカードが持つ意味を何処で知ったのだろう?
(…シャングリラにはタロットカードなんかは無かったよ…?)
アルタミラを脱出した直後はもちろん、白い鯨が出来上がった後にも無かったタロットカード。
フィシスが来るまで、タロットカードは船に存在しなかった。フィシスの占いに必要だから、とデータベースから情報を引き出し、専用のカードを作らせた。
それまではカードと言えばトランプ、戯れにトランプ占いをしていた者たちもいた。
けれども無かったタロットカード。
では、何処で…?
何処で自分はタロットカードの意味を覚えて来たのだろう?
(んーと…)
遠い記憶を探ってゆく内、「門前の小僧」とハーレイの古典で習った言葉が頭を掠めた。
それだ、と閃いた「門前の小僧習わぬ経を読む」という遥かな昔の古い諺。
教わらなくとも、見聞きする内に知らず知らずに覚えること。
幼いフィシスが水槽から出され、如何にも女の子が好みそうな個室を与えられた後。
何度もこっそり様子を見に忍び込んで、そして覚えた。
フィシスが繰っていた、タロットカードと呼ばれるカードの意味を。
占いのためだけに作られたカードが持っている意味を、それを繰っては一喜一憂するフィシスの心を読み取りながら。
そうやってカードの並べ方までをも覚えていたから。
あの日、占いの一番最後に出て来た死神のカードの上下を入れ替えられた。
フィシスの未来を示すカードを、死を意味していたカードを逆様に変えて意味をも変えた。
死神のカードが示した未来は自分が変えると、変えてみせるとフィシスに教えた。
その後のことは、逆様になった死神のカードの意味そのまま。
フィシスはシャングリラへと迎え入れられ、死の影は二度と近付かなかった。
(でも…)
ハーレイに迫る不幸を退ける力も、避けるための道を教える力も自分には無い。
たとえ新聞に占いの結果を示すカードが載っていたって、今のブルーには読み解けない。
今日は最低最悪にツイていないというハーレイの乙女座。
極め付きのアンラッキーな今日のハーレイ。
どうすればハーレイを救えるだろうか、と「手遅れかも」と悩んでいる間にチャイムの音。この時間に来客を知らせるチャイムが鳴ったということは…。
(あっ…!)
駆けて行って見下ろした窓の向こう側、庭を隔てた門扉の所に見間違えようもない恋人の姿。
ハーレイが夕食を食べに寄ってくれるとは、もう最高にツイているけれど。
(アンラッキー…)
自分が最高にツイているなら、ハーレイは逆。
ツイていればいるほど、その逆のハーレイは不幸の連続…。
(アンラッキー…)
その言葉が消えてくれないから。
夕食が出来るまでの間、部屋で向かい合ってお茶を飲む時、ハーレイに顔を覗き込まれた。
「ん、どうした?」
どうも元気が無いようだが…。何処か具合でも悪いのか?
「ううん。…ハーレイ、今日はいいことあった?」
「おっ、分かるか?」
相好を崩すハーレイにブルーは驚く。
「…あったんだ、いいこと…」
「なんだ、知っていたんじゃなかったのか?」
てっきり地獄耳ってヤツかと思ったんだが…。たまたま来合わせた生徒もいたしな。
職員室でな、研修で出掛けてたヤツが「土産だ」って美味い蕎麦饅頭を配ってくれたんだ。
其処の町でしか売ってないから、行かないと買えん名物でな。
ほら、お前にも貰って来てやったぞ、余った分があったからな。
「わあ…!」
思いがけなく、お土産まで貰ってしまったけれど。本当にツイているのだけれど。
(アンラッキー…)
最高にツイている自分とは逆の運勢を持ったハーレイが心配でたまらない。
「どうした、蕎麦饅頭、食わないのか?」
皮も中身も実に美味いんだぞ。それとも夕食に響きそうか?
「一個くらい、平気」
薄い包装を剥いで頬張れば、香ばしい皮とくどさのない餡。
名物と言うだけのことはある出来の蕎麦饅頭で。
「美味しい…!」
「そりゃ良かった。貰って来た甲斐があったってな」
「ありがとう、ハーレイ!」
とっても美味しいお饅頭だよ、とブルーは貰った蕎麦饅頭を綺麗に食べた。
ハーレイが貰って来てくれたお饅頭だと、喜びと幸せに浸りながら。
お土産に名物の蕎麦饅頭。職員室で配られたもののお裾分け。
普通の生徒なら貰えないもので、おまけにハーレイが貰って来てくれたもの。
ますますもってラッキーだけれど。
(アンラッキー…)
自分がツイていればいるほど、逆のハーレイはドン底だから。
蕎麦饅頭を美味しく食べ終えた後は心配になるし、表情も暗いものになる。
そんな風にくるくると変わるブルーの様子に、ハーレイが気付かない筈などが無くて。
「おい、ブルー。なんだか変だぞ、今日のお前」
舞い上がったり、暗くなったり。
まるで一定していないんだが、何か心配事でもあるのか?
「だってハーレイ、アンラッキー…」
「はあ?」
「アンラッキーなんだよ、今日のハーレイ!」
ぼくは最高にツイているのに、ハーレイはツイてないんだよ。
そしてホントにぼくはツイてるから、ハーレイのことが心配なんだよ…!
「お前なあ…」
アンラッキーの根拠が何かを訊き出したハーレイは、呆れたような顔で笑った。
「その占いがたとえ当たっていたとしてもだ、乙女座のヤツが何人いるんだ」
この地球の上に何人いると思っているんだ、この町だけでも何十人では済まないぞ。
それが全員アンラッキーなら、今日は救急車がてんてこ舞いかもしれないな。
お前はたまたま占い通りに大当たりの牡羊座だったらしいが…。
牡羊座でもドン底のヤツはいると思うぞ、俺たちの学校だけでもな。
今日、上の学年で抜き打ちテストをしたから、あの学年の牡羊座は殆ど不幸な筈だが。
「…牡羊座なのにドン底って…」
そういうものなの、今日の占い。
ぼくの学校でもツイてない人がいるくらい?
あれってけっこう当たるんだな、ってハーレイのことを本気で心配してたのに…!
「おいおい、冷静に考えろよ?」
フィシスほどの予知能力を持った人間は、今の時代までに流れた長い時間にも一人もいない。
そいつはお前も知っているよな?
そのフィシスでさえ、個人の未来をきちんと読むのは無理だったぞ?
シャングリラの未来を占えはしても、乗ってたヤツらを星座別になんか占っていない。
それどころか、前のお前の未来でさえも正確に読めてはいなかったろうが。
「…そういえば…。ただ漠然と読んでただけだね」
「もしも完全に読めていたなら、ナスカが燃えてしまったあの日。フィシスはお前を離さんさ」
どんな理由を付けたか知らんが、とにかく離しやしなかったろう。
離したらお前はメギドに行くって、フィシスには分かっているんだからな。
「見送ってくれたよ、「行ってらっしゃい」って」
ぼくは補聴器を預けたのに。
驚いてはいたけど止めなかったよ、ちゃんと見送ってくれていたよ。
「ほら見ろ、占えていなかったんだ」
フィシスは前のお前みたいに強くはなかった。
お前の未来が見えていたなら、止められないと分かっていたって縋り付いたさ。
見送らなければ、と心で思っても感情がついていかないってヤツだ。
お前はフィシスの腕を振りほどいて行く羽目になったと断言出来るぞ、間違いない。
「…だけど、ぼくがフィシスをシャングリラに連れて来た日の朝…」
死神のカードは確かに出てたよ?
フィシスが占っていた未来。死神のカードは確かにあったよ、ぼくはこの目で見たんだから。
カードを見たフィシスが怯えていたから逆様にしたよ、死神のカード。
そうすれば再生の意味になるから。まるで反対の意味になるから…。
「危機が迫っていたからだろうさ、それもフィシスの上にだけな」
それとも、たまたまだったのか。
偶然に出ただけのカードかもしれんな、その死神は。
「…たまたま?」
「もしも本当に未来を読んで、死神のカードを出せたのならば、だ」
前のお前がどうなるかだって占えた筈だ、同じ理屈で。
あれほどにお前を慕っていたフィシスが、目覚めたお前の未来を占わなかったとは思えない。
だが、死神のカードは出はしなかった。
不吉な予兆を示すカードは出たかもしれんが、死神のカードは出なかったんだ。
だからこそ「行ってらっしゃい」と言えた。
死神のカードを目にしていたなら、「行っては駄目です」と絶対に止める。
お前だって、そう思わないか?
フィシスには「行ってらっしゃい」と送り出せるほどの強さは無かった、ってな。
未だに伝説の占い師と名高い、前のブルーが女神と呼んでいたフィシス。
そのフィシスにさえ確かな未来は読めなかった、とハーレイは言う。
読めていたならフィシスはメギドへと向かうブルーを阻止しようと縋り付いただろう、と。
「…それじゃ、小さかったフィシスが怯えた死神のカードは…」
「本当にたまたまだったのさ。偶然の巡り合わせってヤツだ」
でなきゃ、ナスカでも出た筈なんだ。
フィシスがお前を占った時に、その時と同じように死神のカードが。
「…ぼくはわざわざ、死神のカードを逆にしたのに…」
小さなフィシスが怖がらないよう、逆にしてから連れ出したのに。
「それはそれで別にいいんじゃないか?」
まるで無駄にはなっていないさ、フィシスの信頼は勝ち取れただろう。
前のお前には未来さえも変える力があると、自分を助けてくれたんだ、とな。
助けるから、とカードでメッセージを伝えてみせて、その通りの結果を出したんだから。
「…死神のカード、たまたま出ただけだったんだ…」
「俺の推測に過ぎないわけだが、そいつで当たっていると思うぞ」
占いなんてそういうものさ。
あのフィシスでさえもその有様だ、前のお前の真の未来を読み取れなかった。
だから新聞の占いごときが当たるか、今日の俺はツイているってな。
「ツイているって…。本当に?」
蕎麦饅頭を貰った他にも何かあったの、ツイていること。
「あったとも。…お前が心配してくれた」
一日中、俺を思っていてくれた。俺の心配をしてくれていた。
それだけでもう最高じゃないか、これをラッキーと言わずにどうする。
お前の心を一人占めだぞ、お前は俺のことだけをひたすら考えてくれていたんだからな。
「えーっと…」
そうなのかな、とブルーは考えたけれど。
一日中、心に引っ掛かっていた言葉はやはり心配で、それがポロリと口から零れた。
「だけど新聞には、アンラッキーって…」
ツイてないかもしれないんだよ。
たかが占いってハーレイは言うけど、でも、やっぱり…。
「安心しろって、俺には最強のお守りってヤツがあるからな」
「最強って…。ハーレイ、何か持ってるの?」
凄いお守り、何処かで買って持ってたりする?
「分からないか?」
これだ、これ。
こいつがそうだ、とハーレイが指差す、ブルーの顔。
「…なに?」
「赤い瞳だ、お前のな。前の俺たちの服に付いてた赤い石さ」
魔除けのお守り、付けていたろう?
青いメデューサの目のお守りの代わりに、お前の赤い目。
「ちょ、ちょっと…!」
「そいつが俺を一日中、見守ってくれてました、ってな。どんな不幸でも避けられるぞ」
死神のカードも逆様に変えてしまえたお前だ、アンラッキーを避けるくらいは軽いだろ?
まさに最強のお守りってヤツだな、お前の瞳は。
シャングリラで制服を作った時にシンボルに決まった赤い石。
遥かな昔の地球にあったという、青い魔除けのメデューサの目のお守りに因んだ赤い石。
メデューサの青い瞳の代わりに赤い瞳が皆を守ると、ブルーの瞳が魔除けなのだと。
ハーレイはそれを持ち出した上に、今のブルーの瞳がそうだと言うから。
最強のお守りなのだと言うから。
「でも、ハーレイ…。凄い力を持っていたのは前のぼくだよ?」
今のぼくだと、死神のカードを逆様には出来ても、フィシスを助けられないよ?
だって、サイオン、とことん不器用…。
「俺にとっては今も同じさ、お前の瞳が見ていてくれるなら頑張れる」
不幸なんかは跳ね飛ばさんとな、お前を心配させてはいかん。
だから不幸に遭いはしないし、巻き込まれたりもしちゃいられない。
というわけでな、俺には一生、不幸ってヤツは来そうにないな。
最強のお守りの赤い瞳が俺を見ていてくれる以上は。
「…そうなるわけ?」
だったら、ぼくはどうなるんだろう?
そういうお守り、持っていないよ。ぼくのお守りは何になるの?
今日は最高にツイていたけど、ツイてない日はどうすればいいの…?
「お前は俺が守ってやるさ」
今度こそ俺が必ず守ると言っただろうが。
俺がお前のお守りってヤツだ、目だけと言わずに身体ごとな。
つまり、お前にも不幸は来ない。お前に近付く不幸ってヤツは、俺が端から投げ飛ばすんだ。
柔道でエイッと投げ飛ばすように、不幸も投げてしまえってな。
俺たちの未来にはラッキーしか無いさ、とハーレイは笑う。
不幸を避けるお守りを互いに持っているのだから、と。
ブルーの赤い瞳がハーレイのお守り、ブルーのお守りはハーレイ自身なのだから、と。
ブルーが守って、自分が守って。
互いが互いのお守りとなって不幸を退け、幸せだけを拾ってゆこう、と。
「そっか、お守り…」
ちゃんと二人とも持っているんだ、とブルーは微笑む。
不幸を避けるためのお守りを、互いのために自分自身が持っているのだ、と。
(アンラッキーなんて無いのかもね?)
きっとそうだね、と自分たちの未来を思い描いた。
今はまだ離れて暮らしているから心配だけれど、結婚したならお互いに守り合うのだから。
不幸が近付いて来ることはないし、幸せだけを拾い集めながらハーレイと二人で歩いてゆく。
もっとも、ブルーは見守るだけ。赤い瞳で見守るだけ。
今度の生ではハーレイが守る。
前の生で守れなかった分まで、不幸を端から投げ飛ばしながら…。
占いとタロット・了
※新聞のタロット占いでは、アンラッキーな今日のハーレイ。心配なブルーですけれど…。
ハーレイが言うには、最強のお守りはブルーの瞳。それに占いは当たるとは限らないのです。
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