シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
庭で一番大きな木の下、ぼくのお気に入りの白いテーブルと椅子が置いてある。あそこで何度もハーレイと過ごした。ハーレイが来ない日に、ママと座ったことも何度か。パパとだって。
最初は白くなかったけれど。
ハーレイが持って来てくれた、キャンプ用のテーブルと椅子だったんだけど…。
まだ夏休みが始まる前で、だけど季節は光が眩しい、木漏れ日がとっても綺麗な頃。ハーレイと二人、其処に座ってドキドキしながら午前中のお茶の時間を楽しんだ。
テーブルの上にあった、懐かしいシャングリラの姿。白い鯨の形に見えた木漏れ日。ハーレイが見付けて教えてくれた。
お日様が動いて無くなってしまうまで、シャングリラの形が消えてしまうまで二人で眺めた。
遥かな昔にぼくたちが暮らした船の姿を、地球の太陽が作り出してくれたシャングリラを。
(あの日もパウンドケーキだったんだよ)
木漏れ日のシャングリラを映すテーブルで食べていたお菓子。
ハーレイの好物のケーキだから、ってママが焼いてくれた。ぼくのママが焼くパウンドケーキはハーレイのお母さんのパウンドケーキとおんなじ味がするんだって。
(ぼくもハーレイに焼いてあげられるようになりたいな…)
ママと同じ味のパウンドケーキ。ハーレイが自分で作ってみたって、お母さんの味にはならないらしいパウンドケーキ。
それを焼くのがぼくの夢だけど、今はまだ無理。
ぼくの背丈は百五十センチから伸びないままで、ハーレイとキスも出来ないから。結婚どころかプロポーズもして貰えないチビで、結婚の準備にって料理の練習なんかは出来ない。
(絶対、ママに怪しまれるしね…)
今の所は諦めるしかない、ママにパウンドケーキの焼き方やレシピを教わること。
だけどいつかは習わなくっちゃ、と決めている。ぼくの大好きなハーレイのために。
そんな決心までしているぼくの、一番最初のデートの場所。
庭で一番大きな木の下、今のとは違うものだったけれど、テーブルと椅子とを置いて座った。
忘れられない、大切なデート。
ハーレイとぼくの初めてのデート。
光のシャングリラが揺れるテーブルで、ハーレイの好きなパウンドケーキと…。
(それに冷たいレモネード!)
氷が入った涼しげなグラスは、よく冷えて露を纏ってた。
酸っぱくて甘いレモンのジュースをハーレイと二人、ストローで飲んだ。
テーブルの上の木漏れ日のシャングリラに見守られながら、うんと幸せな時間を過ごした。
(庭でレモネードも、あの日が初めてだったんだっけ…)
身体が弱いぼくはパパやママと庭でピクニックしていたことも多いんだけれど。
山や野原に出掛ける代わりに庭でお弁当を食べたりしたけど、レモネードは庭で飲んでない。
庭でピクニックをしてた頃のぼくは小さかったから、レモネードは出ては来なかった。ごくごく普通にミルクだったり、子供向けの甘いジュースとか。
ちょっぴり酸っぱいレモネードはぼくの記憶には無くて、ハーレイと飲んだあれが初めて。
今の季節は、冷たいレモネードはもう似合わないけれど。
飲むならホットで、ってほどに寒くもないから、ママはレモネードを作らないけど…。
(レモネードかあ…)
よく冷えたレモネードが懐かしくなった。
氷を浮かべたレモネード。あの日の、ぼくの初デートの味。
(パウンドケーキは今だって焼いているのにね…)
「ハーレイ先生がお好きだものね」って、パウンドケーキを作るママ。ぼくのおやつにも何度も出て来て、その度に「ハーレイのお母さんの味なんだな」って思いながら食べるパウンドケーキ。
だけど出て来ない、レモネード。
ぼくのおやつにも、ハーレイが来てくれた時のお茶にも、今はレモネードは出て来ない。
もうちょっと寒くなったらママに頼もうかと思ったけれども、温かいのだと少し違うんだ。
ぼくの初デートの思い出の味は、氷が入ったレモネード。
暑い季節が似合う飲み物、涼しさを感じさせてくれる飲み物。
身体の芯から温まるための湯気の立つレモネードとは違うと思うし、それじゃ別物。
ぼくはあの日に飲んだレモネードが飲みたいのに。
冷えたレモネードが飲みたいのに…。
だけど次の夏まで出会えそうにない、あの日の飲み物。うんと冷たいレモネード。
あれが飲みたい、って勉強机の前に座って頬杖をついて考えていたら、チャイムが鳴った。窓に駆け寄って見下ろしてみると、やっぱりハーレイの姿があって。
ぼくの部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせに座ったけれども、いつもの紅茶。お菓子と一緒にママが運んで来た紅茶。
やっぱりレモネードは出やしない。あの日のレモネードは出て来やしない…。
「…レモネード…」
つい唇から零れてしまった、残念な気持ち。
ハーレイが「ん、どうした?」って訊いてくるから。
「レモネードがいいな、って思うんだけど…」
紅茶じゃなくって、レモネード。とっても飲みたい気分なのに…。
「お母さんに頼めばいいじゃないか」
今日は無理だが、明日のおやつにはちゃんと作って貰えるだろう?
明日になったらもう要らない、って気分がするなら、その程度のものさ。
大して重要なわけじゃないんだ、今のお前のレモネード気分。
「それじゃ違うんだよ!」
「はあ?」
何処が違うと言うんだ、お前。
どうしても今でなくては駄目だと言うならただの我儘だぞ、ガキと変わらん。
それともアレか、お母さんの作るレモネードじゃなくて、売ってるヤツが飲みたいのか?
気に入りの味でも見付かったか?
ハーレイが怪訝そうな顔をするから、ぼくは唇を尖らせて言った。
「ママのレモネードには違いないけど、これからの季節はダメなんだよ」
「どういう意味だ?」
「初デートの味のレモネード!」
冷えたレモネードがいいんだよ。それが飲みたいから、ホットじゃダメ!
「あ、ああ…」
アレな、と答えるハーレイの目がなんだか遠い。焦点がずれた鳶色の瞳。
「…どうかした?」
「いや…。そういや冷たいレモネードだったな、あの日はな。…その話か」
なんだか素っ気ないハーレイ。
もっと懐かしんでくれてもいいのに、ぼくたちの初デートだったんだから。それにデートだって言い出したのはハーレイの方で、そのためにテーブルと椅子を持って来たんだ、って…。
ぼくが「いつもと違う場所で食事をしてみたい」って前に強請ったのを覚えててくれて。
それなのに反応が鈍いハーレイ。目の焦点までずれてたハーレイ。
ホントにおかしい。絶対、おかしい。
ぼくは変なことを口にした覚えなんか無いし、レモネードって言っただけなのに。
初デートの日に飲んだのと同じレモネードが飲みたいって言っただけなのに…。
疑問と不満が膨らむ、ぼく。
ぼくたちの記念すべき初デートの日のこと、ハーレイはなんて思っているんだろう?
何を食べたか、何を飲んだか、そんなのどうでも良かったとか?
デートなんだぞ、って言ってくれたのも、お愛想みたいなものだったとか?
「…ハーレイ、懐かしくないの?」
ぼくとハーレイとの初めてのデート。あの日が初めてだったのに…。
「そりゃ懐かしいさ」
懐かしくないわけがないだろ、今のお前との初デートだしな?
「だったら、なんで遠い目、してたの?」
ぼくは見てたよ、ハーレイの目が遠かったのを。
「なんでもない」
ちょっと考え事をしていたもんでな、そのせいだろう。
「そんなことない!」
考え事なんて、嘘に決まってる。だって、直前まで会話は途切れてなかったんだから。
どうして、とぼくは問い詰めた。
冷たいレモネードの何処がいけないのか、初デートの何処が悪いのか、と。
聞き出すまでは諦めない、って気迫が伝わったんだろう。
ハーレイは眉間に皺を寄せると、腕組みをして「うーむ…」と低く唸った。
「お前に言ったら、やたらと喜びそうだしなあ…」
「何が?」
ぼくは怒り出したい気分だけど?
初デートとレモネードを軽くあしらわれて、頭に来そうな気持ちなんだけど。
それがどうやったら喜ぶ方に行ってしまうのか、全然サッパリ分かんないけど!
「…初デートでレモネードな所が問題なんだ」
「えっ?」
「そいつのせいで俺は遠い目になって、お前は知ったら喜びそうだ、と」
いいか、初デートでレモネードだ。
どうやらお前は俺が喋るまでは諦めそうもないからなあ…。
黙ったままだと膨れっ面になって怒りそうだし、仕方ない、腹を括るとするか。
ハーレイはフウと溜息をつくと、まだ腕組みは解かないままで。
「…あの日は何とも思わなかったし、今、ようやっと気が付いたんだが…」
「何に?」
ねえ、ハーレイ。初デートでレモネードって何かおかしな意味でもあったの?
「ずうっと昔の話なんだが…。SD体制が始まるよりも遥かに昔のことなんだが…」
それも、この地域限定だぞ。此処が日本って小さな島国だった頃。
…初めてのキスはレモンの味だ、っていう噂がな。
「ええっ!?」
どうしてレモン?
初めてのキスがなんでレモンの味になるわけ?
「そういう歌詞の歌が流行っていたんだ、「レモンのキッス」ってタイトルのな」
当時の地球で有名だった男性歌手の娘が歌った曲をだ、日本で別の歌手が歌った。
元の曲は「レモンのキッス」ってタイトルでもなきゃ、歌詞も全く違ったらしいが…。
そいつが由来だ、それで初めてのキスはレモンの味ってことになったんだ。
もっとも、レモンの味って噂は、後にはイチゴに変わっちまったそうだがな。
しかし始まりはあくまでレモンだ、初めてのキスはイチゴ味じゃなくてレモンの味だ。
…もう分かるだろ?
初デートでレモネードだと言われた俺の目が一瞬、遠かった理由。
ポカンと口を開けちゃった、ぼく。初めてのキスはレモンの味…。
「…それも古典の範囲なの?」
「少し違うな、古い本なんかを調べていったら偶然出会った情報ってトコか」
面白いな、と思ったから忘れずにいたんだな。あの日は綺麗に忘れ去っていたが。
「…じゃあ、あの日に飲んだレモネードって…」
初めてのキスの味だったの!?
初デートで初めてのキスの味の飲み物を一緒に飲んだの、ぼくとハーレイ?
「そういうことになるようだぞ」
うんと昔のこの地域ならな。初めてのキスはレモンの味だって言うんだからな。
「…もっと味わって飲めば良かった…」
せっかくのレモネードだったのに…。
レモンの味がする飲み物なのに、初めてのキスの味だったのに…。
「おい、落ち込むな」
俺だって綺麗に忘れていたんだ、仕方ないだろ。
それに落ち込んでも、今の季節に冷たいレモネードは多分、作って貰えないだろうさ。
お前が勝手に買うならともかく、お母さんは作ってくれないな。
身体を冷やすと良くないからなあ、お前みたいに弱すぎるチビは。
耳寄りな話を聞いたというのに、過ぎてしまった冷たいレモネードが飲めるシーズン。
それに初デートの時には気付きもしないで飲んでしまった、初めてのキスの味だから…。
「…ハーレイ。あの日、初めてのキスもしました、ってことにしておいてもいい?」
ハーレイ、キスしてくれないんだもの。
初めてのキスの味のレモネードを二人で飲んだし、あれがぼくたちの初めてのキス。
「お前が勝手に想像するのはかまわんが…」
あの時だけだぞ、あの日だけだ。
今後、レモネードを出して来たって無駄だからな。
あくまで初めてのキスの味なんだ、初めてが何度もあったら困る。
あれっきりだ、とハーレイは苦い表情だけど。
それでも瞳は笑ってるから、お許しは貰えたんだろう。あのレモネードが初めてのキス。
だけど…。
「…だけど、レモンの味だったっけ?」
「何がだ?」
「前のぼくたちの初めてのキス」
レモンの味がしてたんだっけ…?
「おっと、そこまでにして貰おうか」
お前の話にはそうそう釣られん。昔話もたまにはいいがな、キスの話はお断りだ。
その先となったら御免蒙る、俺は一切、応じないからな。
聞きもしないし聞いてもやらない、と見事に突っぱねてくれたハーレイ。
前のぼくたちの初めてのキスを語る代わりに、別の方へと行っちゃったんだ。
「そもそも、シャングリラでレモンと言えば、だ」
どちらかと言えば料理用だったぞ、レモネードじゃなくて。
ジュースはオレンジとかブドウとか…。小さな子供でも飲めるジュースがメインだろうが。
「そうだったっけ…」
今のぼくも小さい頃にはレモネードは飲んでいなかったよ。
小さい子供は酸っぱいのとか、炭酸入りでシュワシュワするのが苦手だったりするものね。
「うむ。だからシャングリラでレモネードは決して定番ではない」
いつでも飲めるってわけじゃなかったから、前のお前はレモンの味にさほど思い入れってヤツは無いってな。少なくとも俺の記憶には無い。
レモンよりかはオレンジだったな、前のお前がこだわりを示した柑橘類は。
もっとも、そいつも「シャングリラにオレンジがあって良かった」って言ってた程度だが。
あれがジョミーの好物だから、と。
「ああ、オレンジスカッシュ…!」
ジョミーがシャングリラに連れて来られてしょげていた時、よく運ばせたよ。
厨房に思念を飛ばして作って貰って、お菓子を添えてジョミーの部屋まで。
でも…。前のぼくだってレモネードをたまに飲んでたよ?
「たまにだろうが、レモネードがジュースのメニューに入ってた時に」
注文してまで作らせてないぞ、前のお前は。
親しみがあったレモンってヤツは料理の方だと思うがな?
「…そうなんだけど…」
肉料理にちょっと添えてあったり、魚料理に搾ってみたり。
前のぼくがレモンで思い出すものは、そっちの方が多いんだけど…。
シャングリラでもレモンは栽培してた。だけど、ハーレイが言う通り。
レモネードを作るためのレモンじゃなくって、料理用に育てていたレモン。たまにレモネードになったりするけど、大抵は料理に使われていた。あとは…。
何だったっけ、と考えていたら、とっくに腕組みを解いてたハーレイがニッと笑って。
「そういや、今日の紅茶は助かったな」
「えっ?」
「ミルクティーだしな?」
お好みでどうぞ、とミルクつきだ。こいつは実に有難いってな。
「そうだ、レモンティー!」
シャングリラにもあった、レモンティー。スライスしたレモンが添えられた紅茶。
今のぼくの家でも、ママがお菓子やその日の気分で選んでる。
ミルクかレモンか、どっちを添えて持ってくるかを。
こんな話になると分かっていたなら…。
「…レモンティー…」
ママに頼んでおけばよかった、と項垂れた、ぼく。
もしもレモンティーを頼んでいたなら、ハーレイと二人、レモン味の紅茶を飲めたんだ。
「おいおい、レモンの味ってヤツはだ、初めてのキスに限るんだがな?」
二回目以降はカウントされんぞ、それは初めてじゃないからな。
お前はレモンにこだわっているが、何度お前とレモンティーを飲んだと思っているんだ。
ついでに料理の付け合わせの方でも何度も食ったな、レモンをな。
「それじゃ、初めてのキスの味なのは、あの日に飲んだレモネードだけ!?」
「そうなるな」
「酷い!」
どうして一回きりしかダメなの、ぼくは気付いてもいなかったのに!
「うんと嬉しい偶然だろうが、初めてのデートでレモンの味の飲み物なんだぞ」
初めてのキスの味のレモンだ、そいつを詰め込んだレモネードだ。
「酷いよ、あの時、ぼくには教えてくれなかったくせに!」
「さっきも言ったろ、忘れていたんだ、俺だってな」
「本当に?」
「本当だとも」
覚えていたなら、思い出していたなら、こっそり耳打ちしてやったさ。
こいつは初めてのキスの味だと、初めてのキスはレモンの味って言うんだ、と。
お母さんたちから丸見えの庭のテーブルでもな。
「そっか…。ホントに忘れていたんだ、ハーレイ…」
聞きたかったな、あのデートの日に。
レモネードを飲みながら聞きたかったな、初めてのキスはレモンの味だ、っていう話。
今頃になって分かっただなんて、なんだか残念…。
あの時のレモネード、初めてのデートで初めてのキスの味だったのに…。
「お前には申し訳ないが…。時間は元には戻せないってな」
あの時は俺と一緒にレモネードを飲んだな、って思い出すしかないってことだ。
レモネードだったと、初めてのキスの味だったんだ、と。
「…前のぼくたちの初めてのキスも、ちゃんとレモンの味だった?」
「それに関しては話してやらん、と言っただろうが」
もちろん味なぞ教えてやらん。本当にレモンの味だとしてもな。
「ハーレイ、やっぱり覚えているの?」
「どうだかな?」
お前みたいにチビじゃない分、記憶はハッキリしているかもな?
前のお前とキスをした頃と変わらない姿になっているしな、記憶もうんと鮮やかかもなあ…。
「お願い、教えて!」
前のぼくたちの初めてのキス。
レモンの味だったか、そうじゃないかだけでもいいから教えて、お願い、ハーレイ!
「駄目だな、チビのお前にはレモネードまでだ」
俺とキスさえ出来ない子供のお前に教えられるのは、レモンの味のキスまでだ。
あの日のレモネードは初めてのキスの味だったな、って思い出すだけで我慢しておけ。
「ハーレイのドケチ!」
意地悪でドケチで、ぼくを苛めて遊んでるんだ!
いい思い出を自分一人だけでしっかり抱えて、ぼくには分けてくれないんだから!
プウッと膨れた、ぼくだけれども。
前のぼくたちが初めて交わしたキスの味さえ、思い出せないぼくなんだけど。
(レモネード…)
今のハーレイとの初めてのデート。
庭で一番大きな木の下、木漏れ日のシャングリラを見ていたデート。
幸せだったあの日に初めてのキスの味の飲み物を飲んでいたと分かって、嬉しくなった。
初めてのキスはレモンの味。
そう歌われた、遠い遥かな昔の地球の日本にあった曲。
ぼくとハーレイは日本という島国があった地域に生まれて、其処で出会った。
そして初めてのデートをした日に、一緒にレモンの味を纏った甘くて冷たい飲み物を飲んだ。
初めてのキスは交わせてないけど、キスの代わりにレモンの味がするレモネード。
向かい合って飲んで、二人で話した。
木漏れ日のシャングリラを眺めて遠い昔を懐かしみながら、二人きりの時間を庭で過ごした。
あれがぼくたちの初めてのデート。
初めてのキスの味のレモンをたっぷり使ったレモネードつきで、木漏れ日の下で。
(初めてのデートでレモネードだよ?)
ハーレイが忘れちゃっていたから、あの時には聞けなかったけど。
初めてのキスを交わす代わりに、レモンの味のレモネード。
今のぼくには交わせないキスがどんな味なのか、気分だけでも、ってレモネードがあった。
知らずに飲んでしまったけれど。
気付かずに飲んでしまったけれども、あれが初めてのキスの味。
(ちゃんとレモネードが出て来てたなんて…)
ママが作って、ハーレイの好きなパウンドケーキと一緒に庭まで運んでくれたレモネード。
初めてのキスの味のレモンをギュッと詰め込んだ、甘くて酸っぱいレモネード。
だから…、と胸が温かくなった。
やっぱりぼくとハーレイの間には、きちんと運命の糸があるんだ。
前のぼくたちを結んだ糸は切れてしまったのか、無かったのかは分からないけれど。
それは永遠に分からないけど、今はある筈の運命の糸。
ぼくとハーレイの小指にはきっと、赤い糸が結んであるんだよ。
神様が結んでくれた糸。
いつかはハーレイとホントにキスして、ちゃんと結婚出来る糸。
その日が来るよう、ぼくとハーレイとを繋いでくれてる、小指に結ばれた赤い糸…。
(初めてのキス…)
ぼくがハーレイと初めてキスを交わす時には、レモンの味がするんだろうか?
遠い昔の歌のとおりに、ハーレイが教えてくれたとおりに。
それとも、いつの間にかレモンと入れ替わっちゃったらしいイチゴの味?
どっちなのかな、と心がときめく。
レモンか、イチゴか、どっちの味がするんだろうと。
(…前のぼくは覚えていないものね…)
前のハーレイと初めて交わしたキスの味を覚えていない、ぼく。
ハーレイは覚えているみたいなのに、思い出せない、ちっぽけなぼく。
思い出せたら、レモンかイチゴか、今すぐにだって分かるのに…。
でも、いつか。
(きっと、前のぼくたちの初めてのキスの味だって、ぼくは思い出せるよ)
その時が来たら。
もう一度、ハーレイと初めてのキスが出来たら。
それまでの間はレモネードの味だったってことで我慢しておこう、初デートの時の。
初めての時しか意味が無いみたいだから、これから先にぼくがレモネードを飲んだとしたって、そのレモネードはキスじゃなくって「ただの飲み物」なんだけど…。
冷たくっても温かくっても、レモン味ってだけのただの飲み物なんだけど…。
それを思うとちょっぴり残念な、味わい損ねたレモネード。
初めてのデートで木漏れ日の下で、ハーレイと飲んだ冷たくて酸っぱいレモネード。
だけどやっぱり嬉しくなるんだ、初めてのデートで初めてのキスの味だから。
初めてのキスの味がするという、レモンの味の飲み物だから。
そんなレモネードが出て来たってことは、運命の糸があるって印。
ぼくとハーレイ、お互いの小指に赤い糸。
その糸で繋がって、距離がどんどん短くなって。
いつか必ず結婚するんだ、レモンの味がするかもしれない初めてのキスを交わしてから…。
レモンの味・了
※ハーレイとの初めてのデートの思い出、レモネード。今の季節は冷たいのは無理。
其処へ聞かされたレモンの味とキスの関係、初めてのキスの味が気になるブルーです。
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